Fate/GrandOrder_藤丸と立香   作:部屋ノ 隅

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第二の夢 相異 その三

 

 

――カルデアの資料室――

 

 

「え~っと次は……」

 

 時刻は午前0時少し前、つまりは真夜中。シン―と静まりかえったカルデアの資料室で、立香は一人パソコンに向かってカタカタとキーボードを打ち続けていた。

 

 彼女とパソコンに内蔵されている資料作成ツールによって作られてゆくそのレポートは、誤字脱字に言葉の誤用と色々酷く、とても読めた物ではないのだが、彼女は一々打ち直したりしない。この資料作成ツールなんとも便利な事に、誤字脱字を自動でチェック、正しい物に変換してくれる機能は勿論の事、完成したそれが誰でも読みやすくなるように適切な場所にルビを振ってくれるわ、使用者の意図を読み取って勝手に相応しいレイアウトを選んでくれるわと、一つのツールとしてこれ以上なく優秀なのだ。

 

 ぶっちゃけた話ここまで出来るなら、写真やなんやらをパソコンに取り込んで適当な注文を付ければ、数分後には立派なレポートが出来上がり~。なんて某未来から来た猫型ロボットがポケットから出してくれる秘密道具染みた機械が造れそうなものだと思うのだが、ダヴィンチちゃん曰く

 

『ん~出来るけどさ、それはまだこの時代の人類には早いと思うなぁ。ほら、魔術と関わりのない普通の世界じゃ、まだ自動翻訳機はそれほど進歩していないだろう? 一大企業がちょっと本気を出せば、耳に入ってきた単語を母国語に自動翻訳してくれるイヤホン型のそれが出来ていても不思議じゃないのにさ。外国語の教室だとかそういう職業の妨害をしかねないってのもあるけれどなによりも、人から学ぼうっていう意欲を削ぐ……怠惰にしかねないってのがあるんだ。立香ちゃんは普通に魔術霊装の一機能として使ってるからあまり実感がないかもしれないけれど、そんなのが世界中に普及したらまず間違いなく学校の単位から「外国語」が消えるし、それに関連する職業もあらかた全滅しちゃうだろうしね。(……まぁ私の予想じゃあと五十年もしない内に出来上がって普及しちゃうと思うけど)……過ぎたる技術(オーバーテクノロジー)ならぬ早すぎる技術(クイックテクノロジー)ってやつ。それに、誰が作っても完璧に近い物が出来る~なんてツマラナイじゃないか! そこらのレトルト食品じゃないんだぜ? 漫画や小説は勿論、たかが小さなレポート一つにだって作成者の個性が滲み出るんだ。そこまで機械任せにするようになっちゃったら人の芸術はお終いさ』

 

 ――という事らしい。なるほどと感心したので、立香は仕方なく一人せっせと大量の文章を打ち込み、特異点で撮影した画像などを取り込んで加工し、ペタペタと貼り付け、レイアウトなどもなるべく自分で選んでレポートを作り出そうとしている。

 

 そうして暫く経った後、先ほどから鳴り続けていたキーボードを叩く音が不意に止まった。

 

「んー……なんかイマイチ」

 

 大まかに纏まりつつあるレポートをザッと見返してみた立香だったが、どうしてかあまり納得のいく出来になっていない事に気づく。打ち込んだ文章も、貼り付けた写真も、選んだレイアウトにだって不足はあっても不備は無い。自分が作成した以上の出来映えをしたレポートなんてダヴィンチちゃんやロマンなら片手間で、それも短時間で作りあげるだろうが、それはレポートや資料作成などにおける単純な実力や格の違いであり、この違和感の正体などでは無いはずだ。現にこの奇妙な感覚さえ無ければ、立香が今までカルデアに提出してきた特異点レポートの中でも過去最高レベルの出来映えになっているとも思えるのだから。

 

 脇に置いておいたレポートやプレゼン資料作成用の参考書をパラパラと捲って気になる部分がないか探してみるが、どのページもこれといってピン! とくるような物は無く、どうしようかと立香が頭を悩ませていた時だった。ふわりと漂う湯気に混じって、どこか甘く香しい匂いが鼻をこしょこしょとくすぐっているのに気付く。

 

 これはそう、アップルパイなどによく入っているあの……

 

「シナモンティーよ。行き詰まったなら休憩しましょう、マスター」

 

「マタ・ハリさん」

 

 フリフリのレースが所々にあしらわれた、露出が強めのワンピース。男は勿論、女でさえも手玉に取りかねないその陽の光のような雰囲気。いつの間にこんな近くまで来たのか、そもそもいつ資料室へと入ってきたのかも分からないが、その綺麗な人――サーヴァント・アサシン。マタ・ハリは、確かにそこに立っていた。彼女はレポートを作る立香の邪魔にならない位置に耐熱カップに入ったシナモンティーを置くと、適当な机から備え付けの椅子を持ってきてサラリと腰掛ける。

 

「いつからそこに?」

 

「ついさっき。あなたはレポートを書くのに集中していて、まるで気付いて無かったけれどね」

 

 何の変哲も無いように彼女は言うが、立香がレポートを作成しているこの机は、資料室の出入り口から見てほぼほぼ真っ正面にある。つまり、誰かが資料室に出入りなどすれば、影や光の具合ですぐに分かるはずなのだ。第一に、必ず「ウィーン……」という開閉音を起てる筈の自動ドアをどうやって無音で突破するのか。霊体化しているならば兎も角、彼女は立香と自分、二人分のシナモンティーを手に持って現われたのだから。

 

『正直私って他のアサシン(みんな)と比べたら地味でしょ? 戦闘はほぼ問題外だし、気配遮断だって山の翁や忍者の人達には遠く及ばないもの。まぁ『女スパイ』って標的には姿を晒してなんぼだから仕方がないんだけど』

 

 と恐縮しながら前に話していたが、しがない一般人からしてみれば十分過ぎるほど凄まじい技術である。加えてマタ・ハリの真価は一般的なサーヴァント・アサシンにおける気配遮断や諜報のそれではなく、姿を眼前に晒してなお『自分を敵だと認識させない』その雰囲気と、異性を魅了する女性らしい仕草にこそあるという事を、立香はよく知っている。なにせ、彼女はカルデアの英霊としては古参のサーヴァント。邪竜百年戦争が行われていたオルレアンの時からの、長い付き合いだ。

 

 立香は一言お礼を言うと、椅子にもたれたまま両手を上に上げて背を伸ばす。折角持ってきてくれたのだから冷めない内にと口に運んだシナモンティーは、立香が想像していたのよりずっと甘く感じたけれど、そこに不快さやクドさは無かった。

 

「どう? 疲れてるんじゃないかと思って、砂糖もミルクも結構多めに入れちゃったんだけど……甘過ぎるなら私のと交換しましょうか」

 

「ううん。むしろ、何時もよりも美味しく感じるくらいだもん!」

 

 立香はゴクゴクと、続けざまにシナモンティーを胃へと流し込んでゆく。多少行儀が悪いかもしれないが、優しい甘さと温かさを持ったこれを、疲れた脳と身体が強く欲していたのだ。一口、二口、三口と口に入れて飲み込んだあと「ほぁぁ……」というため息が湯気と共に口から出ていった。

 

「ふふっ、気に入ってくれたのなら良かったわ」

 

「うん、ありがとう。丁度カルデアに提出するレポートを作るのに行き詰まっちゃってて……これさえ終われば後はノルマのテスト勉強だけだから今日はもう寝ようと思ってたんだけど、なんか違和感が……」

 

 マウスのホイールを動かしてパソコンの画面に表示されているレポートをもう一度上から見返してみるが、やはり何かが足りない気がする。何故だろう。文脈におかしな部分は無いし、貼り付けてある写真もゲオルギウスと一緒に厳選した、ブレの無い綺麗な物だ。誤字脱字に至っては、ツールが自動で修正してくれるのだからあり得る筈が無い。

 

 ジーッ、と立香が再び画面とにらめっこを開始しようとした時だった。隣に座ったマタ・ハリが自然と肩をこちらに寄せて、画面に映ったレポートを覗き込んでくる。

 別に隠すような物でも無いし、見られて困る様な事を書いている訳でもないので特に咎めたり文句を言ったりはしない。むしろ、かつて女スパイとして暗躍し、様々な情報を取り扱っていた彼女であれば、このレポートから感じる違和感がなんなのか分かるかもしれないというある種の期待すら抱いてしまう。

 

「あら、珍しいわね。あなたが主観的すぎる感想を入れないなんて」

 

 そしてその期待は、立香の予想をある意味裏切る形で彼女から指摘される事になった。

 

「え、うん。ダヴィンチちゃんに何度も言われたから……『君独自の視線や感想は大切だし面白いけれど、あまり利かせすぎると共感が得られなくなるから良くない』って。だから今回は極力そういうのを省いて書いてみたんだけど……って、ちょっと待って。なんで私が書いたレポートの事知ってるの」

 

「単純な話よ。前にDr.ロマンとちょっとお茶した時にあなたの事について聞いてみたらね、快く色々と話してくれたの。で、話のついでにあなたが書いたっていうレポートがあるから読んでみるかい? って誘われちゃって。一回目のやつから最新の物まで、軽くだけど拝見させてもらった事があるのよ」

 

「ちょっと何してくれてんのロマン!? ああもう恥ずかしい……!!」

 

 あなたに断りもせずごめんなさいね。と困った様に笑いながら立香に謝罪するマタ・ハリだが、立香の心中は彼女ではなくロマンに。そして、怒りではなく呆れの感情を向けていた。なにせホンの少し想像するだけで、彼女の言葉と艶めかしい仕草に絆されてデレデレになるロマンの姿が、ありありと脳裏に浮かび上がってくるのだ。迫られる相手がマタ・ハリじゃあ無理ないかとも思うが、人が苦労して作りあげたレポートを勝手に誰かに見せるのは止めて欲しい、というか止めさせよう。そう心のなかで硬く決意する。出来の悪さもさることながら、ああいう半ば創作染みた物は、納得のいく出来映えになったやつ以外なるべく他人に見られたくない。恥ずかしいし。

 

「……酷い出来だったでしょ? 特に最初の方」

 

 ボソリと呟くようにマタ・ハリに問う。当然、彼女が生きていた時代とは文章の美しさだとか文法の正しさといった物に差違があるだろうが、それでも当時自分が所属する大組織に敵将官などの事を事細かに調べ上げ、伝えていた凄腕スパイからしてみれば、分かりづらい上に子供っぽいレポートだったはずだ。それこそ、そのまま提出なんてすれば銃殺刑を食らいかねない程の。

 

「そうねぇ。確かにあんまり出来が良い物じゃなかったけれど、誰だって最初はそんなものでしょう? 回を得るごとに言い回しだったり表現だったりがちゃーんと上手くなってるんだから、別に良いんじゃないかしら」

 

「……まぁ、そうなんだけど」

 

「それに、私は好きよ? あなたのレポートに書かれてた感想や表現。なんでしたっけほら……ワイバーンについて書いた回なんかほら――」

 

「ワイ、バーン……?」

 

 レポートで、ワイバーン。その二つの単語を耳にした瞬間、立香の顔は困惑するように歪み、背中には訳の分らない悪寒が走った

 ……なぜだろう。とても、凄く、かなり嫌な予感がする。まるで自分がまだ子供だった頃の赤裸々エピソードを、学校の友達の前で親に語られたような――

 

 マタ・ハリはこほんと咳払いをすると一拍置いて両手を自分の頭上七〇度ぐらいの位置にバッ! と勢いよく衝きだすと、大きな声で一言だけ。

 

 

 

 

「『がおー! 食べちゃうぞー!!』」

 

「ぶぅうううううううううう!!?」

 

 

 

 

 なんか聞き覚えの、というよりは書き覚えのあるトンでもワードを口に出してきた。Critical Hit! を心臓と脳にもらい大ダメージを負った立香だが、彼女の呪詛は立香を吹き出させるだけに止まらない。

 

「『そう言わんばかりに群れを成して襲いかかってくる彼らへ、ジークフリートは「ジャリュウ=ホロブベシ=慈悲ハ無イ」と容赦なく殲滅光線(バルムンク)を叩き込む。ドグワッシャァアアアアアン! という辺りの地形ごと敵を粉砕するような一撃が放たれたのち土煙が晴れると、そこにはワイバーンのバルムンク焼きが何品か並べられていた(苦労して苦労して一匹の飛竜を倒す事が出来る某有名狩猟ゲームじゃあり得ない光景である)。どれもこれも魔剣から出たなんか蒼くて凄い炎によって全身が黒焦げになるまで焼かれていてあまり美味しそうには思えなかったので、あれを美味しく調理できるエミヤさんやブーティカさんはやっぱり凄い。(その後、いつものように牙を剥ぎ取って貰ったけれど、魔術の素材として使用出来る質の良い物はホンの少ししか取れませんでした。ただ討伐するんじゃなくて部位破壊を行ったり、落とし穴と麻酔玉で生きたまま捕獲したりすればもっと大量に手に入ったりするかもしれないので、是非検討して欲しいと思います)』」

 

「お、お願いだから朗読するのはやめて! なんでそんな細かい部分まで覚えてるの!? 泣くよ!? 私本気で泣いちゃうからね!!?」

 

 あえて言おう。 こ れ は ひ ど い。かの血の女主人(エリザベート・バードリー)伝説の女吸血鬼(カーミラ)もビックリの公開拷問である。 

 生半可な宝具やスキルなんかよりも余程恐ろしい物を聞かされ(生み出したのは他ならぬ自分なのだが)、満身創痍(マジ泣き)寸前の立香に対し、マタ・ハリは「んー、そんなに恥ずかしいかしら」と少し不思議そうな顔をした。

 

「確かにワイバーンの細かな詳細は伝わってこないけれど、コミカルで良い文章じゃない」

 

「いやいやいやいや! 提出まで時間が無かったから徹夜して、おかしなテンションになったまま書いちゃったダメダメなやつだよ!? ワイバーンについて調べた事やカッコいい考察なんて殆ど書けてないし、後半は「やっぱりなんど戦っても怖い」とか「もし躾けられたら背中に乗って乗り心地を確かめたい」とかいう私の独白だらけだし……なんか自分で言ってて落ち込んできちゃった……」

 

 なんだ「ぎゃおー! 食べちゃうぞー!!」って……子供アニメに出てくるユルい敵キャラじゃああるまいし、ワイバーンやドラゴンがそのような口調で喋り掛けてくる訳が無いだろう、小学生の感想文か。あー、もうソロモンが都合良くあのレポートだけを人理から焼却してくれたりしないかなぁ……。

 

 自らを詰るように下を向いてボソボソと呟き続ける立香の背中をマタ・ハリは優しく撫でると、和やかに笑って話しかける。

 

「堅っ苦しく鱗や牙の材質がどうだのとか、攻撃のパターンがどうだったとか……そういうのを一々書き出すなんて、あなたらしくないわ。そういうのは他の……ダヴィンチちゃんやカルデアのスタッフさんがやってくれてるんだから任せちゃって良いのよ。あなたは研究者でもなんでもないんだから」

 

「でも……」

 

「こう考えましょう、立香。これは学校の宿題……日記に近い物なの。あなたが思った事、感じた事、考えた事なんかをお題に沿って素直に書いてみて? ダヴィンチだって、別にあなたの主観や感想自体を咎めた訳じゃないでしょう? ただ、文体にそういう「癖」がついちゃうと将来困る事になるかもよ? って忠告をしてくれているだけ。折角ここまで頑張って良い具合に纏めたんですもの。書いたあなたの感想が無いなんてもったいないわ」

 

「……」

 

 立香は少しのあいだ、無言になって考える。感想、主観……そういうのを極力省くように意識して作ったのだから当然ではあるが、確かにマタ・ハリの言う通り、立香がいつも書いていたあの長ったらしい独白が、このレポートには無い。書くつもりではあったのだが、それはキチンと全部纏め終ってから、最後の方にちょこんと添える形で何行か書き記す予定だった。

 

 ――だって、綺麗だって思ったから。彼が何かのヒントになればと見せてくれた物はどれもこれも見やすく、内容も分かりやすかったから。

 

 だから、ちょっと露骨なぐらいに真似をした。なるべくコンパクトかつ分かりやすい物になるようにと出来るだけ文章を削り、適切ではあるが難解な専門用語をわざわざ調べて書いて、言い回しや語彙がクドくならないように気を使った。

 

 ……ただ「参考になったから」という単純な理由じゃない事くらい、自分でも分かっている。

 

「……ああ、そっか」

 

 立香はようやく、感じていた違和感と不快感がなんなのか検討がついてレポートを読み返しながら呟いた。

 

「うん、そうだよね。こんな難しそうなレポートを書くなんて、私らしくない」

 

 要するに、これは猿まねなのだ。「こんなレポートが書きたい!」といった憧れや羨望などの小綺麗な理由からくる模倣ではなく、無意識ながらも「彼の作った物に似せる」事を軸として作られた贋作。

 

そんな半端な心持ちで書いた物など、真作に並び立てる筈がない。彼が同じテーマでレポートを書いたのならきっと数倍は出来の良い物が仕上がるに決まっているし、なにより失礼ではないか。

 それだったら例え上手く纏まっておらず、詳細な部分が殆ど書けていないとしても、子供染みた考えと独白を並べ立てた感想文の方がまだマシだ。そもそも自分でも言った通り、こんな頭の良い大学生が教授に提出しそうなレポートなど、肌に合っていない。

 

 立香は文章作成ツールの「閉じる」を躊躇なくクリックして書いていたレポートをパソコンの画面から消したあと、「新規作成」を選んで何も書かれていない真っ白な画面を呼び出す。何時間も苦労して作った物だが、ボツにする事に戸惑いは無かった。

 

「あら。作り直すとは思っていたけれど、全部消しちゃうの? 流石にもったいなくないかしら」

 

「一応見直すために保存はしてるから大丈夫。見に来てくれてありがとう、マタ・ハリさん。悪いけど、今日はもう最初の方だけ書いて寝ちゃうね。明日も朝早いから」

 

 再びカタカタとキーボードを打ち鳴らし、最初のページにいつもの定型文を書きながら、立香は明日の予定について頭の中で整理をしだす。今日中に終らせる予定だった定期レポートをボツにした以上、時間や予定をなるべく詰めなくてはならない。

 

(明日は朝から北米にレイシフトして、残っている特異点の影響で生まれたモンスターや暴走した機械歩兵をやっつけつつ、世界樹の種やら無間の歯車、あとは混沌の爪の回収でしょ。……三時頃にはカルデアに帰るから、持ち帰った素材で霊器再臨出来る人がいたらそのまま召喚ルームで再臨してもらっちゃって……その後の休憩時間でレポートを書いたらどれぐらい進むかなぁ?)

 

 スケジュールとしてはギュウギュウだ。それに特異点の探索はカルデアのシミュレーションで行う種火周回や戦闘修練と違い、それだけでかなりくる(・・)

 ……やはり一度ベッドで休んでから、夕飯後に書き始めるのが良いだろうか。でもそれで寝過ごしたらどうしよう。テスト勉強の時間の時間を削る訳にはいかないからそれ以外の……ああ、そういえばジャック&バニヤン&ナーサリー・ライム(幼女組)と遊ぶ約束があったんだっけ――

 

 忙しなくそんなことを考えていた時だった。ポン。と頭部に優しい感触を覚えた立香が驚いてマタ・ハリの方を見ると、彼女はニコニコと微笑みながら立香の頭を撫でようとしていた。

 

「ふふっ。あなたは本当に頑張り屋さんねぇ」

 

「も、もう……どうしたの急に……」

 

「色々と前向きに頑張っている可愛いマスターを、つい応援したくなっちゃっただけよ。いつも必死に頑張ってるけど、最近は特に輝いて見えるんですもの」

 

「? 輝いてるって?」

 

 言葉の意味がイマイチよく分からず、立香は聞く。「頑張っている」という感想なら分かる。冠位の魔術師(グランドキャスター)・ソロモンによって燃やされてしまった人理を修復するという大きな使命の為。それに力を貸してくれているサーヴァント(みんな)の為。最高に可愛い一人の後輩の為。そして、立香自身が生きる未来の為。大小様々な理由があるが、レイシフトを行ってみんなと一緒に特異点を修復し、強化素材やQPを集めて、たまにされる無茶ぶりやおかしなお願いを聞いたりして――

 

「んー、確かにそれもあるけれどそうじゃなくて」

 

 立香の言う例題を途中で切ったマタ・ハリは、伝承通りの陽光のような瞳で薄らと微笑んで、話を切り出す。

 

()()()()()()()()()()()。誰かの為じゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()って言えば分かるかしら。笑顔に良い意味でハリがあるって感じ。人理修復っていう目標の為に頑張ってるのは勿論だけれど、それ以外の……苦手な勉強も今みたいによく励むようになったし、元々好きだった小さい子達のお世話やお料理にも、こだわりや熱が入る事が多くなってるって思うわ」

 

「――――そ、そうかなぁ?」

 

 ドキリ、と立香は自分の胸が鼓動するのを感じた。彼女が何を言いたいか、なんとなく分かってきたからだ。何の事だか分からないと言いたげに適当な返事をしてすっとぼけてみるが、目が泳いて顔も赤くなっているのが自分でも分かる。

 

「ええ。休日に着るお洋服も魔術霊装やカルデアから支給されてる安物じゃなくて、ちゃんと可愛いのを選ぶようになったし、食後に歯を磨いた後はブレスケアまでするようになったじゃない。お風呂に入る時も身体を丁寧に洗って、髪のダメージケアやトリートメントもしっかりするし、上がった後はお肌の保湿や軽いマッサージなんかもするようになったんでしょう? 本当によく頑張ってる。見てて気持ちが良いわ」

 

 ……マズい。特異点とかでは神経を張り巡らせっぱなしな事が多い分、カルデア内では気が緩んでいたっていうのもあるけれど、英霊を……人の目って奴を舐めていた。三週間ほど前に彼から「アーラシュに感づかれた」っていう話を聞いて、気をつけようって思ったばかりだというのに。

 自覚もなにもなかったが、以前と違う行動や雰囲気というのはここまで感づかれやすい物なのか。それとも、生前名高い女スパイだった彼女故か。

 

「いやその、私だって年頃の女の子だし? そういうのにもこだわりたくなったというか、人の目って奴が気になるようになったというか……ほ、ほら! 特異点も残すところあと二つでしょ? 色々と気合入れて頑張らなくっちゃなーって思ったら他の所にまで力が入って……」

 

「うんうんそうよね。で、誰を好きになったのかしら?」

 

 マタ・ハリは相も変わらずニコニコと陽光のような笑みを浮かべながら、立香の弁解や誤魔化しを全て粉砕する火の玉ストレート(時速200㎞)を容赦無く放つ。カァアアアアッ! と立香の顔に血液が集中しだし、口からは「アゥ……」という小さな嗚咽のような物が漏れた。

 

「やっぱりDr.ロマン? それともアルジュナさん? 長い付き合いならジークフリートさんでしょうし、最近だとロビンも結構一緒に任務に行ってるわよねぇ」

 

「べ、別にそんな……そういうのじゃないっていうか……私は、その……」

 

「あぁ、ウッカリしてたわ。男の人とは限らなかったわね。マシュちゃんは勿論、清姫ちゃんに静謐ちゃんに頼光さんに……あ、もしかして私とか!!」

 

「ちょっと何言ってるの!? 違うから!! 一部の人達には悪いけど私にそっちの趣味はないし、れっきとした男の人で…………あ」

 

 思わず口を滑らせてしまったと立香が気づいた時にはもう遅い。上手い具合に情報を引き出されてしまい「さすが陽の目を持つ女(マタ・ハリさん)……」と戦慄する立香だったが、当の彼女からしてみれば、この程度のやり取りなどただの児戯に等しい。いや、児戯にすらなっていないだろう。紅茶片手に立香とお喋りをしていたら、なんか立香の方から勝手に自爆した。というような感じだ。

 

「うふふ。ごめんなさいね。だって立香が日に日にもっと綺麗に、もっと可愛らしく、もっと素敵になっていくんだもの。どうしたって気になっちゃうわ。余計なお世話かもしれないけど、できるだけ応援したいし、支えてあげたいって思ってるの。私だけじゃなくて、マリーやメイヴちゃんもね? あなたと契約しているサーヴァントだからっていうのもあるけど、女の子は意外と気付いてる人多いわよ? それが恋による物だって結論まで辿り着いてる人は、まだ少ないけれど」

 

「……」

 

「だから躊躇する必要なんて無いわ。秘め事や隠し事にするのも良いけれど、なにか悩み事や相談したいことがあったら誰かに遠慮無く言いなさい」

 

 マタ・ハリからの言葉を受けて、立香は一瞬だけ静かに目を閉じた。

 

 自分の変化に気付いているサーヴァントが、実は多い。その事実に焦りを覚えはするが、それでいて立香に何も言わずにいてくれたり、心配しや応援をしてくれる、力になろうとしてくれるみんなの気持ちは素直に嬉しい。とても嬉しい。

 

 

 

 

 ……だけどそれが……それこそが――

 

 

 

 

 

 

「――――うん、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 胸に沸きだした空しさとある種の罪悪感を併せ呑んで、立香は強く笑う。こんなチンケな物でヘコたれるなんて、それこそ私らしくないと前を向く。

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……そう。じゃ、今日はここまでかしらね」

 

 立香のお礼を聞いた彼女は小さくため息をつくと、空になった二人分のティーカップを手に持ってゆっくりと起ち上がった。

 

「私はそろそろ行くわ。レポートを書くのもお勉強をするのも良いけれど、夜更かしは健康にも美容にも良くないわよ? 子供達への示しもつかないし、早めに寝てね」

 

「うん。さっきも言ったけど、最初の方だけ書いたらもう寝るよ。ありがとね、マタ・ハリさん」

 

「いえいえ。私こそ、久しぶりにあなたとお話が出来て楽しかったわ、マスター」

 

 そう言って立香に背を向け、資料室の外へ出て行こうとするマタ・ハリ。こんな夜遅くに自分を心配してお茶まで淹れて来てくれた彼女に対し、お礼以外何も言うことが出来ないという切なさと申し訳なさを振り切って、立香が改めてパソコンの画面へ視線と意識を集中しようとした時だった。

 

 ちょうど資料室の入り口付近。正確に言うと、少しだけ開かれた資料室のドアから顔だけを覗かせる形で、マタ・ハリが話しかけてくる。

 

「あ、そうそう。言い忘れる所だったんだけど――」

 

「?」

 

「マスター。男の人を誘惑しちゃうようなイケない子になりたければ、私に任せてね。「そっち」方面の知識と技じゃあメイヴちゃんに劣るかもしれないけれど、男心をくすぐるような仕草やちょっとした恋の駆け引きなら、私だって負けないんだから」

 

 ……男の人を誘惑? そっち方面の知識と技???

 

 数瞬後、脳が意味を理解すると同時に、「もう! マタ・ハリさん!!」と顔を真っ赤にして叫んだマスターを見ると、満足そうな顔をした彼女は今度こそ扉を閉めて資料室を出て行った。

 

 

 




本気でボックスガチャを回すため、次回の更新は短めです。周回タノシイ……タノシイ……(白目)

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