魔神柱だった 作:ONE DICE TWENTY
目が覚めたら、とか。気が付いたら、とか。
そう言う事じゃなくて。
自分が、魔神柱であると……自覚した。
しかし、さて。
困った事がある。
何を隠そう、僕はこの時代に転生した転生者であり、それなりにしがらみを経て、一個の魔術師として生きている。友人……というか、利用し、され合う仲の者は何人か出来たし、何よりも家族がいる。
魔神柱としての役割は理解しているが――あぁ、これは、なんとも。
他の
悲しい事に――身体や魂の乖離を、自覚してしまったが故に強く、強く感じているけれど。僕の魂は、意識は、確実に人間で、だというのに、魔神柱であるという自覚が精神の大半を占めるという、厄介な状況にある。
あぁ、ツマラナイ。
どうして僕が――っと、来客か。
この小さな足音は……ははあ。彼女だな。
「――いらっしゃい、ベティ。今日はどうしたのかな?」
「あっ……そ、その……」
ひどく遠慮気味に開いた扉に向かって問いかければ、ひょこりと小さな顔を出した少女が口ごもる。俯いて、扉を掴んだままに、耳を赤らめて。
可愛らしい。
少女は恐る恐る僕の家に入る。
「僕に、何用かな、ベティ。
また転んで擦り剥いてしまったのかい? それとも、井戸にバケットを落としてしまった? いや、硬貨の入った麻袋が破けてしまったのかな?」
「……ぜ、全部……正解……」
「はは、それは驚いたね!」
彼女はベティ。ベティ・パリス。気弱で、気が小さくて、常にビクビクと何かに怯えていて、とても信じやすい、騙されやすい、煽られやすい性格だけど――とってもいい子だ。
ちなみに今の推理はとっても簡単。推理とも呼べない、ただの観察結果だ。
だってベティの膝が痛々しく擦り剥けているし、井戸へ降ろすための、バケットの付いていないロープを引き摺っているし、硬貨を入れるための麻袋がぺたんこになって服に挟まっているからね。
「やっぱり、アンはすごい……」
「そんなことはないさ。僕よりすごい人はたくさんいる。そんなことより、まずは膝の傷を洗おうか。それから、包帯を巻いてあげよう」
机の下に置いてある救急箱……とも呼べない、ただの木箱から、とてもではないが上質とは言えない包帯を取り出す。それと、比較的綺麗な布も。
「!? い、いい……包帯は高価で、軍人の使うものだって……
「うん? 負傷した軍兵と、膝を擦り剥いたベティ。何か、違いがあるかい?」
「わ、私は、役に立たないから……」
確かに。
ベティはあまり利発ではない。取り柄、と言われて思いつく物が何一つないし、反対に欠点を問われればボロボロと出てくる――そんな少女だ。
なるほど、役に立たないベティより、役に立つ軍人のために包帯を使え、というのは効率的だ。
ただ――僕の魔神柱としての性格から言わせてもらえば、「効率なんてクソ食らえ」である。
「いいかい、ベティ。負傷者は等しく負傷者だ。例え腕が無かろうと、例え足が無かろうと、膝を擦り剥いただけであろうと――治療を施せば、元気になる。その点において、負傷者は等しい。
負傷者が役に立たないのは当たり前だ。戦場においても、日常においても、負傷者の居場所は無い。存在しない。
故に、君は治療されなければならない。君はまず、元気にならなければならない。元気でない者に、役に立つか立たないかの判別はつけられないからね。この時点においては、ベティ。君は『役に立たないから治療されない』なんて言い訳は使えないんだよ」
じゃあ、水を汲んでくるから。
そう言って一度家を出る。汲んでおいた水など、消毒に使えた物ではないからね。
しかし――彼女にこれを言うのは、果たして何度目なのやら。
そろそろ、ちっぽけでもいいから、自信を持ってくれると嬉しいんだけど。
*
音も立てずに扉を閉め、家を出て行った
もうそこに彼女はいないけど――それでも、多分、結構な時間。見つめていた。
自身の開いた扉から風が入る。彼女が机に向かって、寸前まで読んでいた、よくわからない沢山の文字が書かれた本がパラパラとめくれてしまう。自分が突然訪問したから、栞を挟んでいなかったんだ。
あれほど厚い本を読みなおすのは、時間がかかってしまうだろう。
だから、急いで本のページを押さえた。多分、沢山めくれてしまっているけど、それでも……彼女に迷惑をかけたくなかったから。
「――?」
丁度、私の押さえたページ。
そこには何かの言葉……名前だろうか。それが、びっしりと並んだ文字の中で、やけに強く瞳に残った。
「オ……ズ……?」
「――本に興味があるのかい、ベティ」
寒気が走った。
ううん……怖気が。
「あ、違うの、アン。私は」
「はは、そんなに焦らなくてもわかっているよ、ベティ。風で本のページがめくれてしまうから、それを押さえてくれようとしたんだろう? 僕が栞を挟まなかったから、僕のミスさ。君を責めるつもりはないよ」
……アンは、なんでも知っている。
一目見ればわかること、なんて言っているけど、村の大人達は
「さて、ここに座って。まずは傷口を水で洗うから。少し染みる――痛いけど、我慢は出来るかい?」
「う、うん……大丈夫」
アンは不思議な子だ。
まだ私のみっつ上……12歳なのに、大人達と普通に会話が出来る。でも、大人達みたいに私や、私達を「何も出来ない子供」という風には扱わないで、ちゃんと、私達を見てくれる。
村にいる子供達の誰よりも頭が良いし、村にいる誰よりも大人だと思う。
何より――。
「よし、よく我慢出来たね。まだ9歳なのに、大したものだ」
「う……うん。もう、9歳……だから。ちゃんとしない、と」
「それも
アンは多分、
私も、12歳になったら、アンのような……かっこいい、女性になれるだろうか。
間違っている事をはっきり間違っていると言い、自分の意見をしっかりと口に出せる、そんな女性に。
「さて、それじゃあ麻袋を縫い直してから、君の家の井戸に行こうか。バケットを掬い上げなくちゃいけないからね」
「……あ」
「忘れてたね?」
「……お願い、します」
「勿論。なんたって、君は友達だからね」
アンは、にっこりと笑った。
……あの時、何故怖気を覚えたのか、なんて。
この時にはもう、すっかり、忘れてしまっていた。
*
「あら? アンじゃない。どうしたの、珍しいわね。アナタがこんな村の中心部に来るなんて。何か買い物? それとも大人達に呼ばれたのかしら?」
「それは君だね、エリザ。君は大人達……というか、ウィリアム先生に呼ばれて此処まで来て、その帰り道に買い物がてら散歩をしている……。違うかな?」
「う……正解よ。やっぱりすごいわね、アンは。それで、アナタは何用なの?」
「僕もウィリアム先生に用があるんだ。包帯を切らしてしまってね。買いに来た、というワケさ」
そこまで大きくないこの村の、そこまで賑わっていない商い通り。人が少ないからね。と言っても商える商品なんてほとんどないので、例え人が増えたとしても、賑わえる環境であるとは言えない。
麻袋を修繕し、ベティを家に送り届け、井戸のバケットとロープを直した後だから、既に太陽は真上にあるけど……さてはて、エリザはこんな時間から何用で呼ばれていたんだろうね?
推理は……流石に無理かな。
いや。
なるほどね。
「エリザ。君を信じて言うけれど――」
「?」
「――僕も、呼ばれているんだ。あまり言えないけど……多分、ベティも」
布石を打つ。
僕の言葉に、みるみる顔が変わっていくエリザ。最初は驚き。そして、歓喜。共感。
そして――安堵。
「次の満月、よね?」
「うん。みんなで」
「良かった、アンがついてきてくれるなら……私達は、間違っていないのね」
それじゃあ、後で。
そう言い残して、エリザは自身の家の方へ駆けて行った。
それじゃあ僕も、目的を果たすとしよう。
「入りなさい」
ノックをして、すぐ。
厳かな声に「失礼する」と返事を返して、部屋に入る。
そこには、多少、ふくよかな腹を抱えた男性が、椅子に座って此方を見ていた。
「やぁ、ウィリアム。包帯を分けてもらいに来たんだ。貯蓄に困っていると言うのなら、購入するよ。とてもそうには見えないけれど」
「……アン。君の慧眼には毎度恐れ入るが……君と私がどれだけ歳の差を持っていると思っているのかね。もう少し、敬意をだな」
「この態度で良いと言ったのはウィリアムじゃないか。おいおい、とうとうボケてしまったのかい?」
「……はぁ。いや、流石はトマスの娘、と言った所か。
よろしい。包帯だったな。金はいらぬが、何故切らしてしまったのかだけ、教えてくれないか」
「友達に、よく擦り傷を負う子がいてね。その子や、怪我をした猫……鳥……と。僕は患者を選り好みしないから、すぐになくなってしまうんだよ」
「猫ならまだしも、鳥に巻けば翼や身体が重くなり、完治しても飛べなくなる」
「それは問題ないね。完治するまでは家から出さないし、何より彼らは逃げないんだ。ははは、餌を少し上質にしすぎているのかもしれないけどね」
僕の回答に、男性――ウィリアム・グリッグス医師は、はぁ~……と深い溜息を吐いた。
確かに、ただでさえ物資の少ないこの開拓村で、猟犬でもない鳥に上質な餌を与えるなど、溜息を吐きたくなるのも理解できる。
「動物や友人を治癒するのは、まぁ、医者として許そう。
だがな、アン。
「うっ」
「君は確かに賢く、もしかしたら、村にいる大人の大半よりも知能を有しているかもしれない。だが、演技は下手だな。
パリス牧師から聞いている。今朝、牧師の娘が井戸のバケットを落としてしまったそうだ。アン。君の服についている泥と苔は、どこで付着したものかな?」
「……も、森の中で」
「それならばついているのは苔ではなく葉だろうな。
アン。君は賢いが――身体は子供なのだ。井戸などという深い場所、落ちたらどうする気だったのだね。一つ間違えば、死んでしまっていたかもしれないんだぞ?」
ウィリアム医師は、僕の医学の師である。
魔神柱であると自覚する前の僕……つまり、ただの転生者でしかなかった頃の僕は、とりあえず知識を求めた。両親。親戚。近所の大人。
その中で、最も知識を持っていたのが彼だ。
故に、幼少期(今もまだ幼少とはいえ)のほとんどは彼の元で医学を学んでいた。この時代の医学故、多少おかしなところはあれど、やはり専門家。学んで損は無かった。
そんな経緯もあってか、態度こそ対等だが……僕はウィリアム医師に対して、嘘がつけないらしい。
勿論、それはアンとしての時だけ、だけど。
「……そうだね、確かに頼ればよかった。それは認めるよ。
だがウィリアム。君は見栄、というものを知っているかい?」
「……またか、アン。
またなのか。あぁ、そうか、牧師の娘が壊したと言っていたな。そして、牧師の娘……確かベティと言ったか? 彼女はお前の友人だ。彼女の眼前で、大人に頼るのは格好がつかないと……そういうことか」
「すべて正解だ。彼女は酷く不安定でね。僕はあくまで『かっこいいお姉さん』でなければいけない。そうしなければ、彼女はたちまち拠り所を失ってしまうだろう」
そうなれば、彼女が次に頼るのは……あの、破天荒と大人しさと儚さと突飛さをいっしょくたに詰め込んだ従姉だけ。
頼ったが最後、ベティは彼女の言いなりになってしまうだろう。
「……友人の為なら、自身が犠牲になっても構わないと?」
「そうは言っていないだろう? 何のために包帯を貰いに来たと思っているんだ。ウィリアム、優先順位の問題だよ。幼い彼女や、弱い動物たちを先に治療して、我慢の効く僕は後回し。治さないわけじゃあない。そこまで落ちぶれたつもりはないよ。僕だって医者だからね」
「……はぁ。まぁ、良い。肘と、
「……ははは! それは驚いた! 肘と
「やはりか。井戸の修繕で、一度落ちかけたな。全く……」
「うわ、僕にカマをかけたっていうのかい? ちぇ、まんまと引っかかっちゃったみたいだ……。あと何年したら、ウィリアムを唸らせる事が出来るかわからないね」
「私が死ぬまで、無理だろうな」
渋々肘と踝を露出する。
12の娘が壮年の男性の前で――などという輩は存在しない。
医療行為に、そこまでの莫迦らしいモラルが適用される時代ではない。
「大人として扱われたかったら、自己管理を怠らないことだ。自身が怪我をしている内は子供だぞ」
「はいはい」
そんなこと――重々承知の上だ。
とはいえ、そうおおっぴらには言えないからね。
「じゃあ包帯は貰って行くよ」
「ああ。再三いうが、自身の身体は――」
「雑に扱うな、だろう?」
「わかっているなら良い。それと、友人や動物を治療する事は良い事だ。これからも続けるように」
「……はーい」
これだから。
これだから、僕はこの人に師事したんだ。
「返事を伸ばすでないわ」
この言葉も、何度言われたか分からないけどね。
*
夜。
ランプのオイルすら勿体無い――それほどまでに物資の無いこの村は、夜の灯りが見える事のない、静かな場所へと変貌する。
暗く、昏く――生者は皆眠りに就く。
だからこそ、蔓延るのは外道だ。
道を外れた者。道を違えた者。初めから、道になかった者。
「良い夜だ。そう思わないか?」
「ア……アア……」
「――なんて」
話が通じない事はわかっている。
だが、別に彼らを撃退したり、彼らに襲い掛かられたりすることはない。
そもそも彼らに僕は見えていない。
僕は結界の中にいて。
彼らは、外にいるのだから。
「これで何度目だろうね……。こんなツマラナイ事に付き合わなくちゃいけないのは。あのカラス野郎も、面倒な手法を取る物だ。外なる神など……あれらが、人類の救済などを考えるはずがないのに」
扉を閉じる。
外は魍魎跋扈の魑魅跳梁だ。混ざってる混ざってる。
さて。
次の満月の夜。
僕は、彼らが来ることを、星にでも願っておこうかな?
*
「ノア。こんな朝早くから、僕の家に何か用かな?」
満月の日の、早朝。
僕の家の前には、豊かな顎ひげを蓄えた、少し吊目の大男がやってきていた。目元には隈、それによって引き立つぎょろりとした瞳。
だが、高い知能を感じさせるその態度は、ウィリアムと違う……僕を対等として扱っている証。
ノア・ウェイトリー。
彼は僕の……アンという、少し賢いだけの子供ではなく、パットナムという魔術師と対峙する、同じく魔術師である。
「パットナム。儂がお主に用立てをするのだ。理解はしておろう」
「はぁ。また奥さんの鎮静薬か。切れるのが早くなってきたね。魔術師パットナムとしての見解を言わせてもらうなら、そろそろ限度だと思うよ」
「……一族の悲願が叶うのなら、是非も無い。だが、まだその時ではない。まだ
「……君に騙されて恋に落ちてしまった彼女が可哀想でならないよ。とんだ酷いヤツもいたものだ」
「何を言うか。
肩を竦める。
まぁ、魔術師など……そのようなものだ。
僕の母の名は、アン・パットナム。
僕の名も、アン・パットナム。この時代、両親の名をそのまま名乗る娘・息子は珍しくないし、強いて言えばジュニアをつけるくらいの、名前というものが名札という意味すら持たない環境であるけれど――僕の場合は、少し違う。
僕は転生し、今の父と結婚したが――己が孕んだ胎児に、自らの魂を植え付け、縫い付けた。そして、元から胎児にあった魂を、元の僕の身体に縫い合わせた。
結果、母アンは痴呆――正確に言えば幼児退行――をし、娘アンは母の経験をそのまま、文字通り受け継いだ存在としてこの世に生まれ出でたのだ。
この時はまだ自分が魔神柱だなんて知らないから、これは僕の魔術によるもの。
母親になっても彼女は僕の娘だから、最後まで面倒を見るけれど……魔術を知らない父トマスには、本当に申し訳ないと思うよ。だって僕、彼を愛したわけではないからね。
ただ、この魔術に必要だったから、自分に言い寄ってきた彼を利用したに過ぎない。
「魔術師などそんなもの――お主の口癖だろう」
「はは、違いない。それで、対価は?」
「――卜占を、久方ぶりに行った。七度」
彼の卜占は予言の類いではなく、導きを得る程度の物。見えた結果が如実になる可能性は、25%程度。
「その全てにおいて、
「……素晴らしい。では、持っていくといい。君のお望みである、鎮静薬だ。ついでに堕胎薬もつけてあげよう。母体に及ぼす影響は限りなく減らしてある」
「……パットナム。もし、儂がその時に――いや」
ノアは言葉を切る。
ノア・ウェイトリー。独学であちらの体系の魔術を身に着けた、偉大なる魔術師。
「ささやかながら、パットナム。お主の願いの成就も、願わせてもらおう」
「ああ、ありがとう。
――あぁ、それと。君、尾行られていたよ。君の娘に。惑わしておいたけれど……余計なお世話だったかい?」
「……あの子は我らにとって最も大事な娘だ。だが、何も知らなくていい。知るべきこと、知らされるべきことを知っていれば、知らなくて良い事を知る事は出来ない。助力、感謝する」
「ははは、僕も彼女とは単なる友人のままでいたいからね」
それではな、と言って、ノアは去っていく。
その後ろ姿を見て、思う。
僕も確かに、人間としては外れているほうだけれど……。
心から軽蔑するけどね。
*
この作品の登場人物・団体・企業名は実際の人物・団体・企業名とは関わり有りません。