【完結】魔神柱だった   作:劇鼠らてこ

2 / 11
乖離と如実。
伏線と矛盾。

同じ。


よって、アーミテッジ博士は本を拾わない。

*

 

 

 

 満月の日。

 

 ランプが寝息を立てはじめた頃、そろり、そろりと小さな人影が夜闇に、森の闇に紛れ込んでいく。

 大人達は目覚めない。小さな影たちはその事を面白がって、段々と、段々と、数を増していく。

 

 夜闇宵闇、森の中。

 秘密の場所に、少しの光。

 

 そこに、彼女らはいた。

 

 年のころは、下は9歳、上は17歳。

 一般的に少女とされる年齢の者達が――村の少女の一部が、この地へ集っていた。

 

「アビー、お招きありがとう。ふふ、大人達に隠れてこんなことをやるなんて、素敵だわ」

「私も、なんだかドキドキしちゃう」

「……ちょっと恐ろしいけれど……遊び、だものね」

 

 光の元。

 焚火の前には、一人の少女がいた。金髪の少女。

 集まってきた者達は少女に礼を言って、焚火の近くに放られていた白樺の枝を手に取る。

 

「お、従姉(おねえ)ちゃん……」

「あら、ベティ? 貴女も来てくれたの?」

「うん……アンも、一緒」

「やぁ、アビゲイル。こんなに楽しそうな催し物だ。僕も参加したいのだけど、いいかな?」

 

 集まった少女たちの中には、ベティとアンもいた。エリザは早々に来て、メアリーやマーシーと話し合っている。

 

「ええ、ええ! 嬉しいわ、アンは来てくれないと思っていたから……じゃあ二人とも、ホワイトアッシュの杖を持って頂戴な!」

 

 言われるままに、ベティとアンも白樺の枝――ホワイトアッシュの杖を持つ。

 準備は整った。

 

「みんな、いいかしら?

 これは魔法の杖よ。扉を叩くわ!」

 

 少女たちが杖を振り上げる。

 

「大地を三回。見えない扉を、三回……とんとんとん(ラッタッタ)!」

 

 少女に続いて、少女たちが。

 ある少女は楽しそうに。ある少女は真剣に。ある少女は恐ろしげに。ある少女は――隣の少女に、ウィンクをしながら。

 

「扉の先は外の世界に通じているの! 扉を叩けば、私たちの前に聖霊が現れて、お告げを下さるわ!」

 

 誰かがクスリと笑ったが、熱狂する少女たちの耳には届かない。

 

「どんなお告げなの? アビー?」

「それはあなたの望む未来。私達が待ち焦がれる誰か――それから、それから、ここではない何処か。私たちの知らない遠い遠い世界へ……本当の願いを叶えるきっかけを、精霊が囁きかける……」

 

 思い思いの願いを口にする少女たち。

 夢を見ているような気分で、夢を口にする。

 

「――……みたいな、……に」

 

 気弱な少女も、願いを。

 

「僕の望みは……託すようなものじゃあ、ないからね。

 ベティの願いが叶いますように、と願っておくよ」

 

 畏き少女は、笑いながら。

 

「さぁ、みんな。願いながら杖を火にくべて。ティテュバの歌を、まじないの歌を歌いましょう?」

 

 杖をくべて?

 くべるべきは生贄だろう。

 微笑みを浮かべる少女は、その言葉を胸の内に仕舞う。

 その少女だけは杖を火にくべる事無く、素早い動作でそれを森の中へ放り捨てた。

 

 ……それを見た隣の少女も、真似をした。

 気付く少女はいない。

 

 歌を。歌を。

 願いの叶う歌を。

 ブードゥーの歌を。

 奉納するように、歌を。

 

 ひそやかに。段々と熱気が薄れ、厳かに。

 それだけの圧を、この歌は持っていた。

 

 だが――。

 

「アビー、ここまでだ」

「la――……アン? 儀式を中断してはならないわ」

「そうは言ってもね。

 ――囲まれているぞ。得体のしれない、獣たちに」

「!?」

 

 その言葉に、歌っていた少女たちがようやく気付く。

 唸る獣。そんな、ありえない。呟く。

 

「村の近くに、こんなに獣が!」

「いやぁ! 逃げないと!!」

 

 子供では獣に対処できない。

 それは教訓だ。教え込まれた事。

 

 だから、逃げる子供がいても仕方のない事だった。

 

 そして獣は、群れからはぐれた者を優先して狙う。

 それもまた――獣としての、教訓だった。

 

「フッ!」

「ガァァッ!?」

 

 だが、その瞳に()()が直撃したのなら、教訓など忘れて飛び退くのも無理はないだろう。

 余りの痛みにのた打ち回る。目を火傷したから――ではない。

 眼孔を貫通し、脳髄の中に焼石がぶちこまれたから、だ。

 

 じたばたと暴れ回る獣は、次第に動かなくなった。

 

「……しまった」

 

 畏き少女・アンは呟く。

 怯えさせれば逃げて行ったかもしれないが――殺されたのなら、話は違う。

 相手は村を襲ってきた獣。

 初めから人間を下に見ている。

 

「チィ……メアリー、エリザ! アビーの指示をしっかり守って逃げろ! ベティ、君は――焚火に、火を消さない様丁寧に石を放り込むんだ!」

「! ――に、逃げろ、って言わないの……?」

「言っても聞かないだろう! いいか、火を消す事だけは避けるんだぞ!」

「う、うん……!」

 

 アンは自身の手が火傷する事も恐れずに、焼石を拾う。

 そして余りにも精確なコントロールで、獣の瞳を貫いていく。

 

 だが、圧倒的に足りない。

 アンの両腕だけでは、あまりにも。

 

「……くそっ!」

 

 覚悟を決め、焚火に腕を突っ込もうと――した、寸前。

 

「ほいほいほい、っとぉ。ヒュウ、やるなぁお嬢ちゃん。子供にしてはだいぶ、頑張った方だと思いますよ?」

「ああ……だが、酷い火傷だ。無理をする……」

「座長、貴女とマシュ、私は子供達の避難を! 獣の方はお願いね?」

「心配 無用。 任された!」

 

 突然森の奥から現れた、珍妙極まる集団によって、事なきを得た。

 緑の伊達男。白黒の優男。メガネの少女に、赤毛の少女。露出の多い女。鳥。棒を持った少女。

 アンは白黒の優男に抱き止められた。

 

「あ、貴女達は……?」

「アビー、今は逃げるんだ。手助けしてくれると言っている。僕はここで打ち漏らしを」

「いや、君も避難するべきだ。君は子供なんだから……」

「あ、アンは……子供じゃない!」

 

 普段の彼女からは考えられない、大きな声が響く。

 ベティは白黒の優男を睨み付けた。

 

「……ベティ。いや、いいよ。僕は紛うこと無き子供だ。彼は言葉を選んでくれただけさ。

 『足手まといだから、早く逃げてくれないと戦い辛い』という言葉を、優しくね」

「……アン」

「だからこそ、アビー。彼女たちと一緒に逃げて欲しい。僕も同意見だ。ベティを無理矢理連れて行ってくれたらなお良し」

「おいおい、頑固なお嬢さんだな! アンタも逃げてくれるとこちらは助かるんだが!?」

「ふん、大人の男だけの集団であれば、従ったが……そこにいる、棒を持った少女は僕と同じ年のころだろう」

「? ボクの こと?」

「そう。君のこと」

 

 アンは茂みの中から二つ、白樺の枝を取り出す。

 そしてその先端になんらかの液体を垂らし、それを焚火に近づけた。

 燃え移る炎。

 

「これで、同等だ」

「……同等 了解 共闘!」

 

 緑衣の伊達男と白黒の優男は顔を見合わせる。

 伊達男は面倒くさそうな顔を、優男は心配そうな顔をしながら、溜息を吐いた。

 

「ベティ、行くわよ!」

「……うん」

 

 気弱な少女は、これまた普段の少女にしては珍しく――聞き分けの良い様子で、避難を始めるのだった。

 

 

 

*

 

 

 

「……ふぅ。これで大丈夫か」

「共闘 ようやく理解。 ボクを 知ってる?」

「いや、初めましてだと思うよ。っつ……」

「……火傷をした手で、白樺の枝などを振り回せば傷になるのは当たり前です。僕には医術の心得もあります。手を――」

「ああ、それには及ばないよ。君が医術の心得に収まるなら、僕は医者だ。国の……ボストンで資格免許を取っている、ね」

 

 腰に提げていたポーチから、火傷に効く軟膏を取り出す。

 元々治りは普通の人間より早いのだが、それを見せるわけにもいかない。

 

「……恐ろしい医者もいたものだ。焼石に掌を焼かれる痛みに耐えながら、素早く動き回る獣の眼孔に焼石を投擲する、などと……」

「ダーツは得意でね。っと、そんな雑談をしている場合じゃなかった。早くベティの所へ行って安心させてやらないと!」

「まーそんなに慌てなさんなって。オタク、彼女らの位置わかるワケ?」

「……村に向かったんだろう? ここから直線状に村まで向かえばどこかで見かけるはずだ。……君達が、児童誘拐の一味でない限り、だが」

「誘拐 違う。 ボク達 カルデア」

「カルデア?」

「あーっとですねぇお嬢さん!? オレ達はカルデア一座ってもんでして、大陸中を芝居して回る劇団なんですよ! ちょっと哪吒さん!? フジマル一座って話はどこへ行ったんですかねぇ!?

 

 カルデア――星詠み。天文台の、到着だ。

 おめでとう、ノア。お前の悲願はようやく叶う。

 お前が生きているかは、知らないがな。

 

「とにかく、オレの方がそういうのは得意なんで、ちょっと待っててくださいよ」

「ええ、それがいいでしょう。しばしの休息を。大丈夫、彼女らと共に避難した僕達の仲間は、とても頼りになりますから」

「……わかった。

 ところで、そこの鳥っぽい人。何を見ているんだ?」

「鳥? ……メディアの事でしょうか? どちらかといえば蝶だと思うのですが……」

「あぁ、確かに。ヤママユガとかなら納得できるね」

 

 座り込む。

 全く、魔神柱だからスタミナも魔力もたっぷりあるとはいえ……基本は魔術師で、魔術で戦うのが基本だ。だから、こういう斬った張ったは苦手なんだよな。

 緑衣の男が森へ消えて行くのを見送って、蛾っぽい人を見る。

 

「……木陰に、誰かいるわ。アレは……白子(アルビノ)の子よ」

「! 僕が見てきます。彼女も獣に襲われているかもしれない」

 

 森の奥に入って行く白黒男。

 誰も止めないのは、信頼しているからだろう。

 

「自己紹介 名前 ボクは 哪吒」

「僕はアンと言います。アン・パットナム。よろしく、哪吒」

「よろしく 了解!」

「そちらは?」

「……メディアよ」

「さっきの 緑 ロビン。 さっきの 白黒 サンソン」

「ふぅん。本当に世界中を旅しているんだね」

「? どうして 理解?」

「哪吒は東洋の名前。メディアはグルジアの名前。サンソンはフランス訛りが強かったし、ロビンはイングランドかな? 世界中を旅していなきゃ、こんなメンバーは集まらないでしょ」

 

 座長さんは東洋人、後フランス人と、メガネの子はわからない。

 そう言うと、哪吒は悲しそうな顔をした。

 

「……待っているだけは無理だな、うん」

「どこ行く アン?」

「村に向かうよ。僕が帰らないと、僕の父親も心配するからね」

「なら 着いていく。 護衛 御用!」

「はぁ……そんなことを言われたら、私も行かないわけにはいかないじゃない」

「ロビンが戻ってきた時のために、何かメモを残しておこう。えーと、村一番の大きなお屋敷で待ってます。哪吒より」

「? ボク そんな風に 喋れてる?」

「はは、冗談だよ。

 さぁ、行こうか」

 

 もう一つ。

 一振りの毒を、地面に染み込ませて。

 

 

 

*




基本日曜日更新。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。