伏線と矛盾。
同じ。
*
満月の日。
ランプが寝息を立てはじめた頃、そろり、そろりと小さな人影が夜闇に、森の闇に紛れ込んでいく。
大人達は目覚めない。小さな影たちはその事を面白がって、段々と、段々と、数を増していく。
夜闇宵闇、森の中。
秘密の場所に、少しの光。
そこに、彼女らはいた。
年のころは、下は9歳、上は17歳。
一般的に少女とされる年齢の者達が――村の少女の一部が、この地へ集っていた。
「アビー、お招きありがとう。ふふ、大人達に隠れてこんなことをやるなんて、素敵だわ」
「私も、なんだかドキドキしちゃう」
「……ちょっと恐ろしいけれど……遊び、だものね」
光の元。
焚火の前には、一人の少女がいた。金髪の少女。
集まってきた者達は少女に礼を言って、焚火の近くに放られていた白樺の枝を手に取る。
「お、
「あら、ベティ? 貴女も来てくれたの?」
「うん……アンも、一緒」
「やぁ、アビゲイル。こんなに楽しそうな催し物だ。僕も参加したいのだけど、いいかな?」
集まった少女たちの中には、ベティとアンもいた。エリザは早々に来て、メアリーやマーシーと話し合っている。
「ええ、ええ! 嬉しいわ、アンは来てくれないと思っていたから……じゃあ二人とも、ホワイトアッシュの杖を持って頂戴な!」
言われるままに、ベティとアンも白樺の枝――ホワイトアッシュの杖を持つ。
準備は整った。
「みんな、いいかしら?
これは魔法の杖よ。扉を叩くわ!」
少女たちが杖を振り上げる。
「大地を三回。見えない扉を、三回……
少女に続いて、少女たちが。
ある少女は楽しそうに。ある少女は真剣に。ある少女は恐ろしげに。ある少女は――隣の少女に、ウィンクをしながら。
「扉の先は外の世界に通じているの! 扉を叩けば、私たちの前に聖霊が現れて、お告げを下さるわ!」
誰かがクスリと笑ったが、熱狂する少女たちの耳には届かない。
「どんなお告げなの? アビー?」
「それはあなたの望む未来。私達が待ち焦がれる誰か――それから、それから、ここではない何処か。私たちの知らない遠い遠い世界へ……本当の願いを叶えるきっかけを、精霊が囁きかける……」
思い思いの願いを口にする少女たち。
夢を見ているような気分で、夢を口にする。
「――……みたいな、……に」
気弱な少女も、願いを。
「僕の望みは……託すようなものじゃあ、ないからね。
ベティの願いが叶いますように、と願っておくよ」
畏き少女は、笑いながら。
「さぁ、みんな。願いながら杖を火にくべて。ティテュバの歌を、まじないの歌を歌いましょう?」
杖をくべて?
くべるべきは生贄だろう。
微笑みを浮かべる少女は、その言葉を胸の内に仕舞う。
その少女だけは杖を火にくべる事無く、素早い動作でそれを森の中へ放り捨てた。
……それを見た隣の少女も、真似をした。
気付く少女はいない。
歌を。歌を。
願いの叶う歌を。
ブードゥーの歌を。
奉納するように、歌を。
ひそやかに。段々と熱気が薄れ、厳かに。
それだけの圧を、この歌は持っていた。
だが――。
「アビー、ここまでだ」
「la――……アン? 儀式を中断してはならないわ」
「そうは言ってもね。
――囲まれているぞ。得体のしれない、獣たちに」
「!?」
その言葉に、歌っていた少女たちがようやく気付く。
唸る獣。そんな、ありえない。呟く。
「村の近くに、こんなに獣が!」
「いやぁ! 逃げないと!!」
子供では獣に対処できない。
それは教訓だ。教え込まれた事。
だから、逃げる子供がいても仕方のない事だった。
そして獣は、群れからはぐれた者を優先して狙う。
それもまた――獣としての、教訓だった。
「フッ!」
「ガァァッ!?」
だが、その瞳に
余りの痛みにのた打ち回る。目を火傷したから――ではない。
眼孔を貫通し、脳髄の中に焼石がぶちこまれたから、だ。
じたばたと暴れ回る獣は、次第に動かなくなった。
「……しまった」
畏き少女・アンは呟く。
怯えさせれば逃げて行ったかもしれないが――殺されたのなら、話は違う。
相手は村を襲ってきた獣。
初めから人間を下に見ている。
「チィ……メアリー、エリザ! アビーの指示をしっかり守って逃げろ! ベティ、君は――焚火に、火を消さない様丁寧に石を放り込むんだ!」
「! ――に、逃げろ、って言わないの……?」
「言っても聞かないだろう! いいか、火を消す事だけは避けるんだぞ!」
「う、うん……!」
アンは自身の手が火傷する事も恐れずに、焼石を拾う。
そして余りにも精確なコントロールで、獣の瞳を貫いていく。
だが、圧倒的に足りない。
アンの両腕だけでは、あまりにも。
「……くそっ!」
覚悟を決め、焚火に腕を突っ込もうと――した、寸前。
「ほいほいほい、っとぉ。ヒュウ、やるなぁお嬢ちゃん。子供にしてはだいぶ、頑張った方だと思いますよ?」
「ああ……だが、酷い火傷だ。無理をする……」
「座長、貴女とマシュ、私は子供達の避難を! 獣の方はお願いね?」
「心配 無用。 任された!」
突然森の奥から現れた、珍妙極まる集団によって、事なきを得た。
緑の伊達男。白黒の優男。メガネの少女に、赤毛の少女。露出の多い女。鳥。棒を持った少女。
アンは白黒の優男に抱き止められた。
「あ、貴女達は……?」
「アビー、今は逃げるんだ。手助けしてくれると言っている。僕はここで打ち漏らしを」
「いや、君も避難するべきだ。君は子供なんだから……」
「あ、アンは……子供じゃない!」
普段の彼女からは考えられない、大きな声が響く。
ベティは白黒の優男を睨み付けた。
「……ベティ。いや、いいよ。僕は紛うこと無き子供だ。彼は言葉を選んでくれただけさ。
『足手まといだから、早く逃げてくれないと戦い辛い』という言葉を、優しくね」
「……アン」
「だからこそ、アビー。彼女たちと一緒に逃げて欲しい。僕も同意見だ。ベティを無理矢理連れて行ってくれたらなお良し」
「おいおい、頑固なお嬢さんだな! アンタも逃げてくれるとこちらは助かるんだが!?」
「ふん、大人の男だけの集団であれば、従ったが……そこにいる、棒を持った少女は僕と同じ年のころだろう」
「? ボクの こと?」
「そう。君のこと」
アンは茂みの中から二つ、白樺の枝を取り出す。
そしてその先端になんらかの液体を垂らし、それを焚火に近づけた。
燃え移る炎。
「これで、同等だ」
「……同等 了解 共闘!」
緑衣の伊達男と白黒の優男は顔を見合わせる。
伊達男は面倒くさそうな顔を、優男は心配そうな顔をしながら、溜息を吐いた。
「ベティ、行くわよ!」
「……うん」
気弱な少女は、これまた普段の少女にしては珍しく――聞き分けの良い様子で、避難を始めるのだった。
*
「……ふぅ。これで大丈夫か」
「共闘 ようやく理解。 ボクを 知ってる?」
「いや、初めましてだと思うよ。っつ……」
「……火傷をした手で、白樺の枝などを振り回せば傷になるのは当たり前です。僕には医術の心得もあります。手を――」
「ああ、それには及ばないよ。君が医術の心得に収まるなら、僕は医者だ。国の……ボストンで資格免許を取っている、ね」
腰に提げていたポーチから、火傷に効く軟膏を取り出す。
元々治りは普通の人間より早いのだが、それを見せるわけにもいかない。
「……恐ろしい医者もいたものだ。焼石に掌を焼かれる痛みに耐えながら、素早く動き回る獣の眼孔に焼石を投擲する、などと……」
「ダーツは得意でね。っと、そんな雑談をしている場合じゃなかった。早くベティの所へ行って安心させてやらないと!」
「まーそんなに慌てなさんなって。オタク、彼女らの位置わかるワケ?」
「……村に向かったんだろう? ここから直線状に村まで向かえばどこかで見かけるはずだ。……君達が、児童誘拐の一味でない限り、だが」
「誘拐 違う。 ボク達 カルデア」
「カルデア?」
「あーっとですねぇお嬢さん!? オレ達はカルデア一座ってもんでして、大陸中を芝居して回る劇団なんですよ! ちょっと哪吒さん!? フジマル一座って話はどこへ行ったんですかねぇ!?」
カルデア――星詠み。天文台の、到着だ。
おめでとう、ノア。お前の悲願はようやく叶う。
お前が生きているかは、知らないがな。
「とにかく、オレの方がそういうのは得意なんで、ちょっと待っててくださいよ」
「ええ、それがいいでしょう。しばしの休息を。大丈夫、彼女らと共に避難した僕達の仲間は、とても頼りになりますから」
「……わかった。
ところで、そこの鳥っぽい人。何を見ているんだ?」
「鳥? ……メディアの事でしょうか? どちらかといえば蝶だと思うのですが……」
「あぁ、確かに。ヤママユガとかなら納得できるね」
座り込む。
全く、魔神柱だからスタミナも魔力もたっぷりあるとはいえ……基本は魔術師で、魔術で戦うのが基本だ。だから、こういう斬った張ったは苦手なんだよな。
緑衣の男が森へ消えて行くのを見送って、蛾っぽい人を見る。
「……木陰に、誰かいるわ。アレは……
「! 僕が見てきます。彼女も獣に襲われているかもしれない」
森の奥に入って行く白黒男。
誰も止めないのは、信頼しているからだろう。
「自己紹介 名前 ボクは 哪吒」
「僕はアンと言います。アン・パットナム。よろしく、哪吒」
「よろしく 了解!」
「そちらは?」
「……メディアよ」
「さっきの 緑 ロビン。 さっきの 白黒 サンソン」
「ふぅん。本当に世界中を旅しているんだね」
「? どうして 理解?」
「哪吒は東洋の名前。メディアはグルジアの名前。サンソンはフランス訛りが強かったし、ロビンはイングランドかな? 世界中を旅していなきゃ、こんなメンバーは集まらないでしょ」
座長さんは東洋人、後フランス人と、メガネの子はわからない。
そう言うと、哪吒は悲しそうな顔をした。
「……待っているだけは無理だな、うん」
「どこ行く アン?」
「村に向かうよ。僕が帰らないと、僕の父親も心配するからね」
「なら 着いていく。 護衛 御用!」
「はぁ……そんなことを言われたら、私も行かないわけにはいかないじゃない」
「ロビンが戻ってきた時のために、何かメモを残しておこう。えーと、村一番の大きなお屋敷で待ってます。哪吒より」
「? ボク そんな風に 喋れてる?」
「はは、冗談だよ。
さぁ、行こうか」
もう一つ。
一振りの毒を、地面に染み込ませて。
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基本日曜日更新。