*
机に向かって、パラパラと本を捲る。
どこにでもある、と言えるほど安価な物ではないにせよ、医学書としてはそれなりに有名で、ウィリアムも「これを完全に理解してから私に師事するという戯言をのたまうといい」なんて言って来たくらいの入門書。
その日の内に読み込んでいったら溜息をついて、晴れて僕は彼の弟子になったわけだけれど。
さて、何故それを今になって読んでいるのかと問われれば。
「そろそろ出してくれてもいいんじゃないかい?」
「ダメだ。
アン、その傷は火傷によるものだ。決して魔女による魔術の被害などではない。私は医者だよ、アン。君だってそうだ。君の母だって。それなのに、魔術の被害にあっている、だなんて戯言をいう様では到底外には出してやれない。その入門書をよく読みなおすといい」
……こういう事である。
ジャイルズを”言いくるめ”た後に、
彼は医者だ。それはつまり、科学者と言う事でもある。この時代の科学者が神学者や錬金術師であることは然程珍しくないが、ウィリアムはむしろそれを批判する側だったのが、此度の事態を招いた一因であると言えるだろう。
……ああ、いや。
もしくは――大切にしていた教え子が、痴呆になってしまった事が……いっそう彼を医学の道の追及へのめり込ませたのかもしれないが。
「はぁ……だがね、ウィリアム。僕は火傷を負うような事はしていないし――何より、捕まったんだろう?
――魔女ティテュバは」
「……まるで熱に浮かされたようだった。ボストンから来たと言うホーキンス。娘が
ほう、と嘆息した。
素晴らしい。史実通りであれば、そして本来通りであれば彼もまた告発者の一人となるはずだが――何の因果あってか、理性を保っている。
素晴らしい、が……。
「ウィリアム。その知見は、その賢さは――あなたにとって仇にしかならないわ」
「……アン? いや、その喋り方は……」
「あなたはこう言わなければならない。”少女たちは魔術によって
「ア、ン……」
誠に悲しいが――僕のせいで変わってしまった事には、僕が始末をつけなければならない。
……たとえ彼らが、とうに亡きモノだとしても。
「ウィリアム。僕はここを出て行っていいかな?」
「……ああ。だが、安静にするのだぞ。お前にかけられた魔術は”小さい”ものだが、それでも、だ」
「……ありがとう。
それじゃ、ウィリアム。良い余生を」
ウィリアムは、この村における重鎮の一人。牧師や教職者と同じか、それよりも高い説得力と影響力を持つ医者だ。この村で彼の診断を受けていない者はいないくらいに、ね。
そんな彼が、”少女たちは魔術によって苦しめられている”と言えば――その見識が讃えられることは間違いないし、少女たちが被害者の括りにいることは確実なものとなる。そして反対に、魔女はまだいるのだと、村人に刻み付ける事になる。
……それは恐らく、ウィリアムの真意ではないし――もしかしたら、唾棄する行為なのかもしれないけれど。
「……母子二代、揃って破門かな、これは」
どっちも僕だけど。
あぁ、でも。
一振りの、毒だけは――。
*
「ラヴィニア・ウェイトリー。彼女は魔術師の家系だわ」
ティテュバの疑いを晴らす為、ランドルフ・カーターと共に牢へと向かったマスター、それに付き添ったロビンを除く面々――内、哪吒はアビゲイルの元にいる――は、リビングにてこそこそと話し合っていた。
勝手に行われたメディアによるカーター家の工房化。それによって霊体化が行えるようになったことなど、少々の悶着があったとはいえ、話し合いは調査へと戻る。
ウェイトリー家に残された魔術の痕跡。錬金術、黒魔術の儀式に使われた物。地下の工房。ウェイトリー家そのものが現役の魔術師であるかどうかは不明だが、それがわかった場合、ラヴィニアの命が危ないということ。
「……それを言うなら、一昨日の夜我々と共に戦ったアン・パットナムという少女も魔術師だ。それも、相当に強力な」
「なんですって?」
「……何故、昨日の内に言わなかったのですか?」
疑いの目がメディアに向く。
同時に、疑問。いつもの三割……七割増しで胡散臭いメディアはともかく、哪吒まで黙っていた理由はなんなのか。
「理由はいくつかあるが――強力であると気付いたのが、今朝だから、という理由が大きいな。それまでは本人の言う通り、転がっていた魔導書を齧っただけの相手にする価値も無い魔術師だと思っていたが――まさか、私と哪吒を完全に欺く程の技量とは」
「……続けて」
「私の沽券に関わるから、余り言いたくはないんだが……昨日の朝、マスター達と合流する前の話だ。私と哪吒は朝食をアン・パットナムの家で食べたんだ……」
メディアは顔を顰めて話す。
相当に怒っていた。とても。馬鹿にすること、おちょくること、いたずらする事。
自分がやるのは好きでも、やられるのは大嫌いなのだ。
特に、化かす、という分野は。
「この簡素な村とは思えないほど、豪勢な朝食だった。たっぷりとチーズのかかった、柔らかいパン。温かいスープ。何より、焼き立ての香ばしい匂いがたまらない肉詰め」
「ごく……」
この村へ来てから簡素な料理――それも美味しいとは言えない――しか食べていないマシュが、喉を鳴らす。我慢に慣れているサンソンやマタ・ハリも、メディアの言葉に想像を膨らませた。
「だが」
反対に顔の皺を深くするメディア。
思い出しても腹が立つ……そんな言葉を吐いてから、大きくため息。
「全て、幻だった。チーズなんてかかっていなかったし、スープはただの水だった。そしてパンと肉詰めは――青臭い、熟れる前に地に落ちた、瓜だったよ。あぁ、今朝思い出したんだ。ムカつく……!
あの女、次会ったら絶対豚に変えてやる……」
幻。
メディアと、そして恐らく哪吒の怒りはごもっともだが、そんな事よりも衝撃の大きい話があった。
幻を――幻術を、神代の魔女と、驚異的な嗅覚を持つ哪吒にかけた、というのだ。それも一日の間気付かないほど、強力なソレを。
それは、脅威だ。
「あ、それなら、昨日のお芝居の時におかしなものが現れたり、音が聞こえたのも……」
「なるほど……幻術ですか。村人も完全に騙していたようですし、何より、疑似受肉により弱体化しているとはいえ、サーヴァントである我々も欺けるとなると……」
「魔神柱の可能性、大。と言う所ね。でも、そんな解りやすい事するかしら?」
「それは私も気になっていました。余りにも目立ちすぎる動きは、魔神柱というより現地の魔術師、と言う方がしっくりくるような……」
「ですが、それならばダビデ王や
「幻術の中にはかけられた者の中に在る知識から幻を見せるものもある。一概にこうだ、とは言えないが……有力な情報はある。
アン・パットナムの家に、『オズの魔法使い』があった」
その題名を聞いて、しかし面々の反応はマチマチだった。
サンソンは首を傾げ、マタ・ハリは難しい顔をする。
そして本を嗜むマシュは――。
「え……それは、ありえません」
メディアの工房化のおかげでより鮮明になった頭で、否定する。
それは有り得ない。それがこの村にあるのは、おかしい。
「どういうことです? その本に何か……」
「……童話『オズの魔法使い』は、私が……あの男と一緒に居た時に初版が出されたものよ。だからそう……二十世紀初頭のこと」
「はい。そしてこの村は、セイレムは今、十七世紀終盤のはずなんです。一六九二年――それが魔女裁判の起きる年ですから。だから、この村にそれがあるのは有り得ないんです」
「ああ――それなら、同じような事例で、あり得ない事が一つ。
昨夜突然あらわれ、セイレイムの主任判事に赴任した男性マシュー・ホプキンスですが――僕は彼を知っています。直接の面識はなく、知識として。
自分と同じ経理に関係するものとして、あまりにも著名な人物ですから」
そのおかしな事を話そうとした、が。
降りてくる足音二つに、四人は口をつぐむ。
哪吒とアビゲイルだ。
「メディア。
「ええ、それは私も同じよ」
「うん」
怒っています、という顔で見つめ合う二人。
その時間は一瞬。
だが、万感の思いがあった。負の方向に。
「アンに騙された、って聞いたけれど……」
「! ちょうどいいわ、アビゲイル? アン・パットナムという子について、少し教えて欲しいのだけれど……」
「アンについて?」
ティテュバに関して、心を痛めているだろう、アビゲイル。
そんな彼女に話を聞くのは憚られるところもあったが、それでも聞かずにはいられなかった。それは直接聞いたマタ・ハリも、サンソンも、そしてマシュも、同じ心持ちだったのだろう。
アビゲイルに対して目を細めているメディアと、カーター家から見える茂みを睨みつけている哪吒を除いては。
*
「おかえりなさい、先輩」
マシュー・ホプキンスの所へ行っていた座長・藤丸立香が帰ってきた。
同じく付き添いのロビン――ロビンフッド、サンソン、哪吒、マタ・ハリ。そしてマシュと藤丸立香。彼らと、そしてメディアの六名が、今この家にいる者。カーターもアビゲイルもいない。
そうして行われるのは情報交換だ。
ホプキンスについて。そして、ティテュバについて。
ティテュバは牢に入れられ、酷く狼狽しきっていて。
ホプキンスの面会謝絶に対しても一切ひかないカーターの様子。
「さらには都合の悪い事に、ティテュバの魔術とやらがバレた原因……ひきつけを起こしたっていう少女の診断を行ったウィリアムって医師が、これは”大きな”魔術によるものだ、なんて証言をしやがったんだ。”おぞましい呪いの拡散を防ぐためにも、無暗に触れさせるわけにはいかない”と、な」
「……魔術的には筋が通っているわね。そのウィリアムっていう医師は、魔術の判断ができる……魔術師なの?」
「さぁ、オレにはなんとも」
「ではカーター氏は、その処置に納得せず、今度はその少女たちを診たウィリアムという医師に会いに行った、というわけか」
険しいものが彼らの眉間に走る。
ホプキンスは容疑者に自白させる――
それがサンソンから聞かされた事実であり、そうであるのならば、ティテュバの命は針の上。さらには、どこに疑いの目がかかるかもわからない第一級要注意人物。
「二人目の要注意人物、ですか……」
「二人目?」
「あ、はい。先輩がいない間に情報共有は行ったのですが……」
マシュは一度、哪吒とメディアを見る。
その意味に気づき、哪吒は顔を強く顰めた。
「私達がセイレムへとついたあの晩。焚火に腕を突っ込み、焼石と棒切れを以て果敢にも野獣と戦った、あのアン・パットナムという少女についてです」
「うげ、あのお嬢ちゃんやっぱり危なかったのか。行動が大胆すぎると思ってたが……」
「アビゲイルに聞いた話だけれど、アン・パットナム……彼女は所謂”天才”ね。六つの時にウィリアム医師に並び立つほどの医学を心得、さらに科学、物理学、神学に歴史学。他にもさまざまな学問に手を出し、修めているわ。
それでも気味悪がられないのは、偏に彼女の人徳かしら。誰にでも無償で手を貸し、助け、知恵を与え、そしてそれを誇らない……。絵に描いたような人徳者。大人達からの信頼も厚い、この村きっての才女、とのことよ。
ただ、それには色々背景があるらしくて……彼女の母親が、彼女が生まれた時に
「ええ、それが表向きの『アン・パットナム』です。
メディアの話によれば、彼女はメディアと哪吒の両名に強力な幻術をかけ、沢山の魔導書を持ち、家の工房化を行える現役の魔術師。さらには異物……この時代にあるはずのない書物を持ち込んでいる、恐らくはこのセイレム外部の人間だろう、という事」
だが、”おかしくない所”もあった。
マシュの記憶。カルデアで与えられたセイレム魔女裁判に関する知識は、工房化によってより鮮明になっている。
その中に、彼女はしっかりと居るのだ。
「ですが、史実通りとも言えるんです。
アン・パットナムは、天才と称される少女でした。齢十二にしてしっかりとした弁論を法廷の場で行い、魔女とされた人々を糾弾、有罪にまで持ち込む。話術と知恵に長け、自身を告発者の位置に置く事で身を守り、相手を騙して言いくるめ、信じ込ませる事が出来る。魔術師という差異は大きなものですが、性格や素質に大きな違いはありません」
「魔神柱じゃなさそう?」
「それは、わからないわ。ホプキンスと同じく注意するべきなのは変わりないけれど……余りにも動きが派手すぎる。それに、あの晩。確かベティとか呼ばれていた子を守っていたでしょう?
どうも演技には思えないのよね……」
「確かにあの時の緊迫した表情や声は演技で出来るモンじゃないと思いますねぇオレも。さっき外部から来た魔術師、なんて話が出ていやしたけど、史実通りに居る人間なんだったら、むしろあのお嬢ちゃんに魔術を教えた外部の人間がいる、って考えた方がしっくり来ないですかい?」
怪しい人間はホプキンス。
怪しい家系はウェイトリー。
ウィリアムとアンについては、一概に怪しいとは言い難い。
それが、一応の結論だった。
「これ以上案件を増やすのは億劫なのだけど……もう一つ、気になる事があるのよ」
「ム?」
「誰か、この中で……ティテュバの容姿を詳しく語れる人はいる?」
「え? どういうことですか?」
メディアが切り出した話。
それは、今尚投獄されているティテュバに関するものだった。
「褐色の肌の、温和そうな夫人でしたが……む? おや、これは……」
「具体的な特徴を、一つでもあげてごらんなさい?」
「……――マジかよ、オレもだぜ。いつの間にか術中にあった、ってことか?」
驚きが広がる。
認識阻害――記憶干渉。
工房化によって隔離されたこの場所であるからこそ、それを認識できる。
「サーヴァントの肉体と近くにすら容易く干渉する、神霊クラスの結界。……だからこそ、あのアン・パットナムは怪し過ぎるのだけど……まぁ、それは置いて於いて」
「発見者として、メディアの意見は?」
「決まっている。
彼女は外見を偽っていた。私はホプキンスよりも、そしてアン・パットナムよりも、彼女、ティテュバに疑いを向けている。彼女
バッ、と。
哪吒が、窓の外へ振り向き……茂みの中を睨みつける。
つられてロビンとサンソンもそちらを向くが、なにもいない。
「どうしたよ、太子殿」
「窓に 獣?」
「また外れた野獣ですかい?」
「……」
キッと睨みつけるそこにはなにもいない。
ただ、昼だと言うのに暗い
「……話を続けるわよ?」
「……わかった」
「それで、ホプキンスについてだけれど――」
メディアが自身をホプキンスの元へ連れて行け、という旨の話を始める。
その間も、哪吒は茂みを睨みつけていた。
*
何やら面白そうな、喜劇の演目が開催されるらしい。
といっても、前回の様にいたずらをしにいくつもりはない。彼の王の関わらない演目であるなら僕が出る幕も無いし、何より他にやる事があるからね。
「――ォ――ォォ――」
熱に浮かされた、人間の声がする。
劇を見に行かなかった人間たちの――ホプキンス判事主導によって行われる、
絞首刑。
その、
そこに立たされるは数人の人間――ティテュバをはじめとした、罪人たちだ。
「アン・パットナムと言ったね。つらいだろうが、君の腕を見せて欲しい」
「はい、判事様」
手袋を脱ぎ、腕を晒す。
そこには、ひどく爛れた肌があった。篝火に照らされ、そのおぞましさ、酷さが有様に浮かびあがる。
どよめく村人。子供は皆劇を見に行っているが故に、いるのは大人だけだ。それも、劇に対して何の興味も持たなかった、とりわけ気の荒い者達。
「ウィリアム医師」
「ああ……皆も知っての通り、彼女は私の教え子なのだが……今朝、彼女が
息を飲む音。
医者が視れば、ただの火傷だと判断するその傷も、無学な民衆ではわからない。
「これは確実に、魔術の被害だ。”小さな”ものとはいえ……そしてジャイルズの娘やマーシーの娘など、沢山の少女たちが被害に遭っている。これは確実に、魔女が引き起こしたモノであると断言しよう」
「うむ。
それではここに、刑を執り行う。罪人ティテュバ。罪名はウィッチクラフト。罪人ジョン・ウィラード。罪名は魔術使用……」
少なくない数の名前と、罪名が上がる。
もう抗議の声を上げる気力を持つ者はいない。皆項垂れ、死を待つのみだ。首に縄を掛けられ、その状態で足場に立っている。
「足場を取り除け!」
足場が取り除かれる。
自然、支える物が無くなった身体は、重力に引きずられる。吊縄は深く、深く首へめり込み、気道と血管を締め付ける。
バタバタと手足を震わせる者。酸素を求め、口をパクパクとさせる者。目を剥き、早々に気絶してしまう者。糞尿を撒き散らし、手を際限なく開いてもがき苦しむ者。
そして。
「刑は終了した。
魔女は全て処刑した。だが、まだ潜んでいる可能性はある。息を殺している可能性はある。セイレム村の人々よ。彼女――アンのような被害者をつくり出さないためにも、積極的に疑って欲しい。この地で我々を貶めようとほくそ笑んでいる悪魔たちを!!」
「……僕からもお願いするよ、みんな。
僕だけじゃない……みんなの子供や、そしてみんなまで、魔女の脅威にさらされるなんて、僕は耐えられない。魔女が全ていなくならなければ、僕は一生、この腕で生きて行かなければならないんだ。そしてそれは、みんなの手や足、顔にだって現れるかもしれない……」
「そんな、恐ろしい――」
「あぁ、可哀想なアン――」
「勉学が立っても、あの体では嫁ぐことさえ――」
同情は心の隙だ。
期待通りの働きをする僕に気をよくしたのだろう、ホプキンスは、僕の肩を優しく叩いた。
「安心するとよい。
私が来たからには、魔女は全て捕える。全てこの絞首台にかける。だからしばしの間、我慢していてくれ。出来るかな?」
「はい……頑張ります」
「ウィリアム医師。彼女を家に送り届けてやってくれ。まだ子供だ。眠いだろう、痛いだろう。良く付き合ってくれた。上質の塗り薬を忘れないで欲しい」
「ああ。それでは行こうか、アン」
証言のためとはいえ、子供に処刑を見せると言う狂気的行いについては誰も触れない。
そんなことは気にされないのだ。この場では。
ウィリアムに連れられ、丘を下る。
ゆらゆらと揺れる死体が、僕に手を振っている様だった。
地獄へ来いという、手招きかもしれないが。
*
魔力が満ちる。
狂気に中てられたアブサラム・ウェイトリーが、食屍鬼の招聘を行ったのだ。
そしてそれは、無残にも結界の中を跳ね返り――一つの墓地へと堕ちる。
嘲る屍肉食らいが、地中より這い出す。
「やぁ、ジョン。やぁ、サラ。おや、ジャガイモを盗んだバッティじゃないか。クリスクも」
「――痛い――痛い首が痛いクビ――一つくらいいいじゃない――あるんだクビいっぱい、クソ――」
「コンナトコロ――痛い――貴様――パットナム――」
「貴様が、貴様が、貴様が、貴様が……助けて、くれると思った、のに……」
僕の家の敷地に踏み入った瞬間、塵となって消えて行く彼ら。
ヒュウ、恐ろしい。これは心にクるね、普通なら。
だけど、こんな塵一つ二つに心は動かされない。
そうだね、シャンタクの鳥の一匹でも来れば魔術で相手をしてやるけれど……。
「ここはカラス野郎にならって、
視界の端。
ベティの父親であるパリス牧師が襲われているそこへ走って、ぶっ放す。
ショットガンは名前に反してそこまで拡散しない……ちゃんと扱えば、対人戦においては無類の強さを発揮する。
「アン!?」
「パリス牧師! 銃器は!?」
「い、今は家に無いのです……」
「わかった。僕が撃退するから、パリス牧師はベティを見ていてください!」
「そんな、そんなことは!」
「ベティも”魔術の被害者だ”。僕はこれ以上、被害者を出したくない!」
茶番も茶番だ。
相手も操られた駒。僕も盤上で踊る道化。
襲い来る屍もまた、操られた駒の一つ。
正気の者など誰一人いない、
これこそがお芝居だろう。観客もいないけれど。
「……危ないと感じたら、すぐに逃げるのですよ!」
「ああ!」
銃弾は十分。
銃器はメンテ済み。
何より僕は――いや。
まぁ、なんだ。
かかってこい、木偶の坊共――!
*