魔神柱だった 作:ONE DICE TWENTY
*
アン・パットナムは自首をした。
自らがマシュー・ホプキンス判事をショットガンで殺害し、同伴していた兵士の頭も吹き飛ばした、と。検死を行ったウィリアム医師もまた、アンの所持しているショットガンを、兵士二名の死因、そしてマシュー・ホプキンス判事の死因がそれであると断言した。
アンはこう供述する。
マシュー・ホプキンス判事の言う”魔女”が処刑されていくにも関わらず、怪我が一向に良くなる気配を見せない。どれほど村人を吊るし上げても、アンの怪我は、魔女の呪いは変化を見せない。
それはつまり、魔女はアンの程近くにいて、アンに魔術をかけ続けているのではないか。
なれば、誰が魔女か。
決まっている。
マシュー・ホプキンス判事だ。
おかしいとは思わないか。あの男が来てから、恐ろしい程に物事がスムーズだ。
ティテュバは死を免れぬとわかっていて、何故自供した?
もしこのティテュバが、マシュー・ホプキンス判事の
今までだれ一人、マシュー・ホプキンス判事を疑っていなかった。
けれど僕は違う。
僕は彼を”魔女”だと疑った――だから、殺した。
彼を吊るし縄にかけることはできそうになかったからね。
アンは縛られた両手にある爛れを見せつけながら、朗々としゃべる。
ホプキンスの代わりに法廷に立つストートン判事は、ううむ、と眉をひそめた。
だから僕は悪くない――そうつながるのだと、誰もが思っていた。
だが。
まぁ、
ホプキンス判事が魔女なワケがない。そうだとすれば、彼は同士を殺し続けていたことになる。その判断が僕にはできなかった。僕は悪魔に唆されて、ホプキンス判事が悪いと思い込み――彼に凶弾を放ったのさ。
一度悪魔に唆された人間は元には戻らない。
さぁ。
僕を、処刑しようか。
*
「どういう……事なのでしょうか……」
「さぁ。アイツなりに罪の意識でも覚えていたんじゃないか? 一つ言えることは、この件については私たちにできる事はないという事だ。アイツは私たちの身内ではないから弁護もできないし、アイツの両親は完全にノーコメント。というか、母親の介抱につきっりだったと村人全員が認めているそうじゃないか」
「ええ……それに、彼女は死を望んでいるようにも見えるわ……。まさか、私と同じように仮死になってから蘇って、疑いの目を免れるつもり……?」
「いえ、アンさんは最初から疑われてはいませんでした。むしろ疑う側――絶対安全の場所にいたはずです」
「なんなら『アイツに魔術をかけられている』と告発できる立場でもあったはずだ。それがわからない程知恵の無いヤツじゃない。ああっ、くそ、ああいう何を考えているのかわからないヤツを見るとイライラする!」
アン・パットナムの裁判にはフジマル一座の面々の姿もあった。
彼らの身内であるサンソンを庇ってもらった身になるのだが、直前まで敵対するようなことを言っていた事実と、その行動の意図が掴めない事が、彼らに二の足を踏ませていた。
「――そうか。わかった。
つまりアン・パットナム、君は――悪魔に唆されてしまった自分が悪いけれど、全責任が自身にあるわけではないと、そう言いたいのだな」
「ははは、そうかもしれない。僕を殺すのは構わないけれど、僕を殺してもまだ終わらないよ、というハナシさ」
「――いや、それはどうだろうか」
突然、裁判の成り行きを静観していたカーター氏が、声を発する。
彼は立ち上がり――その背後にいた者の、背を押した。
ぁ、という短い呼気の後に、その者――少女が、法廷に顔を上げる。
「ベティ・パリス。君は知っているはずだ。
彼女の言う証拠――皮膚の爛れの、真実を」
「ぅ、ぁ……ぁ、あ……」
泣きそうな顔で。
でも、どこか暗い感情を混ぜて。
ベティは口を開いては閉じ、開いては閉じ……全員の視線に耐える。
「ベティ。
だが、まさかの――
彼女は大人たちのほうへ、一歩前に出たのだ。
「――私、ベティ・パリスは、証言します。
アンの両腕の、爛れは……焚火に腕を入れたときの火傷で。
翌日にはもう治ったと、アンの作った軟膏で治したと、そう見せてくれました。
なのに……」
「ウィリアム医師! 火傷を一日で完全に治す軟膏などというものが存在するかね!」
「……そんなものは……存在しない……。もし、あるとすれば……それは」
「ウィッチクラフト……魔女の扱う道具だろう」
ここに法は執行される。
アン・パットナム。ウィッチクラフト及びホプキンス判事殺害の罪で――絞首刑。
そこに同情の余地はない。自身が火傷を負っていた、という事実を誤認させ、一度は告発する側に立った、卑怯者。
絞首台へと連行されるアンが、ベティの横を通り抜ける。
「アン……」
「君はもう大人になった。もう僕は要らないんだろう?」
誰も止める者はいなかった。
あまりに賢すぎた――その事実が、アンならば齢十二にして魔女足り得るのではないかという先入観を誰もが持ってしまっている。もしかしたら、あの快活だった母アンが痴呆になったのも、この娘アンのせいなのではないか、などと勘繰るものが現れる程に。
それが事実であると同時に虚実であることなど、知る由もないのだが。
外で様子を見に来ていたアビゲイルも、その付き添いの哪吒も、彼女を呼び止める事はない。アビゲイルにとってアンはティテュバの死因であるし、哪吒もまた騙された経験が敵意を生んでいる。
もっとも助けられていた――最もアンに恩を覚えているベティが彼女を糾弾した。
それはとどのつまり、それ以上アンを引き留める人間はいないという事だ。日常生活においてどれほど彼女に助けられていようと、それも企みだったのではないか、と疑ってしまえばそれで終わり。
同じくアンと親しかったウィリアム医師もまた、彼女のウィッチクラフトを見抜き、断罪した。パリス牧師も何も言わず。よそ者であるフジマル一座に何が言えるわけもなく。
アンは驚くほどスムーズに――絞首台へと立ったのだった。
*
「
「……でも、どうしようもない」
「現地の魔術師。キルケーの証言通りなら外部の魔術師という事になるけど、それでも生身の人間。ここにおいては私達サーヴァントも同じだけど、私達は座がある。けれど、彼女は……」
「……気味が悪いぜ」
「ロビン?」
「オレ達を含めて……心からアイツの心配をしているヤツがいねぇ。オレ達ですら見ているか助けるか、なんて選択肢を持ってる。誰もあの処刑を止める気がないってのは……気味の悪さを通り越して、どこか作為的だ」
ストートン判事が、アンに最後の言葉を聞く。
誰も、その言葉に傾聴していない。まるで作業のような処刑。
「あぁ、じゃあ。
最後に一つ――いいかな」
「許そう」
誰も集中していない。
ストートン判事も、カーター氏ですら。特にカーター氏はつまらなそうに、事の成り行きを見ていた。
「هذا ليس ميتًا والذي يمكن أن يكذب أبديًا ، ومع الدهور الغريب قد يموت الموت*1」
カーター氏が目を見開き、ニヤァとアンが笑う。
カーター氏が、待、という制止の声を上げたときにはもう、アンは駆け出していた。
「それくらいはできるだろうね――Awleta etrther! さぁ、生贄はここに捧げられる――生贄の条件はただ一つ! 村人であること!」
自ら縄へ噛みつき、そのまま顔を前に出した。縄を離せば、当然。
首が、締まる。
ぶらんと垂れ下がる体。
「……妄言を吐いて……やはり恐ろしい魔女だったか」
「……見ろ、あれ……」
「空が、晴れて……?」
ざわめく村人の言う通り――ちょうど、アンの死体を中心にして。
空がどんどん晴れていく。暗雲が消え去っていく。
そして、変化は空だけではなかった。
「あ、ああ……う、ぅぅううう!」
「どうした あびげいる。これは 妖気?」
ふらふらと。
アビゲイルが、哪吒から離れていく。
「折角暗雲晴れたってのに、なんですかい! っと、こりゃあ……」
「魔力反応増大……これは、そんな、まるで霊基の解放……?」
「……ふふ」
アビゲイルの姿が、変容していく。
何かを繋ぐように。何かを繋げるように。
すべてにして一つのもの。
「……霧が……」
「おい、どこへ行くつもりだ! この異常事態だってのに……!」
「サンソンさん!?」
「夜霧が……」
アビゲイルを――魔女を前にして、サンソンがふらふらと歩き始める。
止めていられる時間はない。その姿を、見送るしかない。
「みんな、出来るだけ無傷で!!」
「そいつぁちょっと無理があるってもんですぜマスター!」
*
魔女としての姿を見られてしまったキルケーと、伴って座長である藤丸立香が連行されてしまった後。
森の奥で、ラヴィニアの姿を見つけたロビンフッドとマシュは、彼女に話を聞いていた。
ウェイトリー家が外部から来たモノであること。魔神柱に脅迫されていたコト。
アビゲイルの両親を殺した先住民や、波止場と貿易船もまた、招かれた客であると。
ティテュバに、ホプキンス。そしてカルデア。
「それなら、アンさんは何度目の客なのでしょうか……」
「アン……? アン・パットナム……?」
「はい。彼女もまた……外部からの来訪者のはずです」
童話『オズの魔法使い』を所持し、外部の知識を――この村からしてみれば未来の知識を持っていた、アン・パットナム。
「パットナムは……招かれた客、じゃ、ない……。アイツは、元からこの村に、住んでいた人間……のはず」
「え?」
「お、お父様と……親交があって、お父様はまだ、理性があった、から……パットナムは招かれた客じゃない、って……」
「あんたの父親と親交があったってのは、それまたどうしてだ? 魔術師だからか?」
「そう……母親の
「母親の頃? 母親の代、ではなく、ですか?」
「まるで、母親だった頃があるような言い草だな」
「わ、私も不思議に思った、けど、それ以上は、話してくれなかった……」
だけど。
「パットナムは……お、お父様と友人、だったから……復讐も、手伝ってくれたし、それに、それに」
「それに、なんですか?」
パチパチと燃えていた焚火が――消えかけている。
どこかで獣が遠吠えをした。
「ぱ、パットナムは、約束は、守るから……魔術師でも、なにもの、でも……頼りには、なる……と思う」
*
深い夜霧が立ち込めている。
その中を一人、シャルル=アンリ・サンソンは歩く。
不思議な心地だった。
まるで、生と死の境界線を歩いているかのような。
あぁ、でも――自身はずっと、同じような場所に立っていたんだっけ。
「――霧が……晴れて……」
サンソンの周囲だけ――霧が晴れていく。
目の前には、大きな泉があった。
そこの畔に――大きな獣が、一匹。
「豹……?」
豹は水を飲んでいた。
赤い瞳を持つ豹は、水を飲んで――サンソンのほうへ、顔を向ける。
その口が動く。
まるで、人間のように。
「やく、そく……?」
それを読み取ることは難しかったが、それでも、その単語だけはわかった。
霧が立ち込めていく。
それは豹の姿を覆い隠し――見えなくしてしまった。
同時に、サンソンの脳裏にあった霧が、晴れていく。
そこは、裕福そうな家の一室。
机の上で、オズの魔法使いがパラパラとめくれる。
止まったのは、カカシのページだった。
*
翌日の、簡易法廷。
観覧席は食屍鬼で溢れかえっていた。
ピックマン夫妻や――アン・パットナムの姿もある。
皮肉にも、ベティ・パリスはアン・パットナムの食屍鬼の横に座って、裁判を眺めていた。
キルケーが魔女であること。
そして藤丸立香が、数多の罪を持つこと。
さらには、アビゲイルが――七つの罪を持つ事。
証言者、カーター氏は語る。
一つ目の罪状。
ウィリアムズ夫妻の命を奪った、銃の暴発と馬車の転倒。だが、その原因はアビゲイルにあった。
二つ目の罪状。
今いるティテュバは”侵入してきた者”だ。本来のティテュバは食屍鬼になり、森をさまよっている。これはアビゲイルの発案だという。
三つ目の罪状。
アビゲイルは親友が欲しいと願った。妹分では足りなかった。
アビゲイルには、それが欲しかった。
バタン、と大きく扉が開かれる。
肩を揺らすラヴィニアの影。
「ら、ランドルフ・カーター氏? あ、あたしも証拠品を、持ってきたわ」
「ほう? いきなり来て何かと思えば……いや、裁判を円滑に進めるものならば歓迎しよう」
「こ、れよ――!」
粉末が、カーター氏にかけられる。
変化は一瞬だった。彼の頭が気味の悪いカラスへと変化したのだ。
カーター氏が苦しみ続ける。カーター氏……いや、魔神柱が。
そこへシバの女王が飛び込んできた。
彼女が対等足り得る存在を基点に手を伸ばしたのだろう。
魔神柱ラウム。
それがランドルフ・カーター氏の、正体だった。
そして。
「魔女は火あぶり、ダ! ヒッ、火アブリ、ダ、火アブリだ――!!」
「コロセ! コロセ!」
「タベテヤル、タベテヤルゾ!」
その場にいた村人たちが――食屍鬼へと、その姿を変える。
「こいつら……どいつもこいつも、村人全員が最初から食屍鬼だったってのか!?」
「そうね……いえ、待って。でも、あれは……?」
メディアの変装を解いた、マタ・ハリの視線の先。
そこには、辺りをキョロキョロと見渡して……恐慌状態に陥りかけている、ひとりの少女がいた。
「アン、アン! ど、どうしよう、なんで、みんな化け物、怖い、助け、助けて!」
「ゥ……ゥゥ……」
「ア、 アン……?」
ベティ・パリス。
彼女だけが――食屍鬼に、なっていない。
「アビー、カーターさん! 私、どうしたら……」
「グ、ゥゥゥ……ウェイトリィ、ウェイトリィィイイイ……」
「ティ、ティテュバ? また、また? これで何度目なの? もういや、もういや!」
助けを求めても、誰も助けてくれない。
ここにおいて、ベティは独りぼっちだった。誰も彼女を見ていない。ただ、ただ。
「ゥ、ゥゥ……ウウウウ!」
「アン……!」
アン・パットナム――には、頼れない。
だって、ベティにはわかっていた。その顔が、その瞳が。
誰も見たことのない程に、邪悪に嗤っていて――その矛先が、自分に向いているわけではないことを。
このアンは、自分が知るアンではない。
「アビゲイル、アビゲイル……く、苦しいの……?」
「う、ぁ、あ……ハァッ、ハァッ……」
四つ目の罪状は、罪人を招き入れた事。
五つ目の罪状は、人を信じた事。
この混沌とした場であってもなお、法廷は続いていく。
ラウムが姿を顕わにする。魔神柱――ただ、己を信じたアビゲイルを護るために。ふさわしき外なる神の巫女を守護するために、ソロモンから零れ落ちた金砂の輝きが、夢を見るために身体を刺す。
祈りを二つ。犠牲を三つ。
報いを五つ。
ここに、小さな願いを持つ、大いなる儀式の行使者が成る。
*
「croak……croak……アビ、ゲイル……アビゲイルゥゥウゥウ……」
シバの女王とキルケーの助力あって、ようやく倒すことのできた魔神柱ラウムは――だが、死んでいない。
ゴリ、ゴリという音。
「ラウム――いえ、カーターの頭部がちぎれて!」
「アビーを道連れにする気!? ロビン!」
一匹のカラスとなったカーターが、アビゲイルに迫る。
否。
狙いはただ、ひとり。ラヴィニア・ウェイトリーだけだ。
「
だが――ロビンの矢が、カラスを食む前に。
カラスが、ラヴィニアを食む前に。
一匹の猛獣――ヒョウが、そのカラスを食いちぎった。
「時空の門が増え続けている……だが、これは、これは……おのれ……”
「安心するといいよ、カラス。君の悲願は叶う――降臨は成った。あとは、僕の願いだけだ」
瀕死のカラスを、ヒョウが食らう。
バリバリと音を立てて、獣らしく、荒々しく。
「パ……パットナム、ね……?」
「え!」
「やぁ、約束通り、そして契約通り――君を守ったよ、ラヴィニア。古き友人、ノア・ウェイトリーの約束はここで果たした。あとはほら、そちらの問題だ」
ヒョウはヒョウの姿のまま、しゃべる。
その言葉は、声は、彼らにほど聞き覚えのあるもの。
そして。
「あ、ああ、あああ! や、やっぱりそぉだったんじゃぁないですかぁ!
「ははは! 久しぶりだね、シバの女王――だが、今は黙っていてくれないかい? 僕に君達を害する意思はないし、そんなことよりも大変な事象が起きつつあるだろう?」
ヒョウの言う通り、ヒョウの正体よりも優先すべき事実があった。
アビゲイルだ。
「ぱ、パットナム! あびー、を、解放したら、あびーは……」
「さぁ……そこまでは、契約にない。ただ、僕は嬉しいよ。
さぁ、と。
ヒョウは――アン・パットナムは、邪悪に嗤う。
その笑みはまるで、外から来る者である、あの南米の女神にすら似ていた。
「目覚めの時だYaji ash-shuthath。暗雲を晴らし、僕という村人を生贄にし、石塔に纏わる太子もそこにいる。特別な石の塔だ、十分だろう?」
「あ、ああ、痛みを……痛みを……報いを……」
ヒョウの瞳が赤く光る。
それはもう、あのカラスとなんら変わらない――魔神の光。
「苦痛を、苦痛を、苦痛を、苦痛を!」
「Groans……Groans……!」
そこに、顕現する。
すべてにして一なるもの。大いなる一。道を開くもの。外なる神!
「少女に降りたのは、計算違いだったね、ノア」
そんな。
他人事のように、ヒョウは笑って軽口をたたいた。
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フォント機能楽しすぎる……使いすぎると重くなるみたいだけど。