魔神柱だった 作:ONE DICE TWENTY
*
すべてにして一なるもの。
ソレは本来、そのものとして顕現するはずだった。
少なくともセイレム村ではない――ダニッチ村という場所で。
そして、外なる神にしては珍しく、ほとんどの被害を出さずに帰るはずだった。
そこに目を付けたのがラウムだ。
冠位時間神殿で
そして1692年……魔女裁判があった時のセイレム村を”再現”し、”アビゲイル・ウィリアムズ”以外の人間を”演出”した。
あくまで演出だ。人間は”再現”ではいけない。なぜなら”再現”では、同じ結末に至ってしまうから。
だから彼ら彼女らに史実とは違う名をつけて――舞台装置にした。
ところが。
都合の悪い事に、その舞台装置の中にはラウムと同格の――魔神柱がいて。
干渉されることを知っていた魔神柱は、事前に手を打った。なんてたって、その魔神柱の方が
その魔神柱と、周囲の数人の子供。
それらの子供たちは”演出”ではなく”再現”――どころか、”再誕”と呼んで相応しい程の人格を得ることになる。
無論。
肉体はとうに滅び――精神も一度、大人になって死ぬまでを経験しているから、本人ではない。本人であるのは魔神柱だけで、子供たちはあくまで”再誕”したナニカ。
だが、その”過程”と”結末”は正に魔神柱の望むものであり、同時に
即ち。
相互理解を諦めた人間でも――再び、その背を押される事があるのならば、考えを改めることが出来ると。人間の心は常に動いていて、一時の主張だけがその人間の本質ではなく、変わり続ける事で交わっていく――力を得ることが出来る生物なのだと。
最後の結論に関しては、本当に最後の最後。
理解してくれないと嘆くばかりで、大人たちに歩み寄る事をしなかったあの少女が、理解してくれる子供を切り捨てた事で、その一歩を得ることが出来た事実から生まれた物だ。
その時点で、魔神柱の望みの半分は叶っていた。
その実証を怠ったから、自分たちは負けたのだとも理解していた。
残りの半分は、天文台が叶えてくれる。
ラウムの舞台装置は、”アビゲイル・ウィリアムズを救うために、アビゲイル・ウィリアムズにセイレムの外へ出たい”と思わせるためのもの。
アビゲイル・ウィリアムズが外へ出てしまえば、セイレム村は用済みだ。舞台装置達は破棄され、”再現”も”演出”も消えてなくなるだろう。
ならばそれに便乗しようと、魔神柱は考えた。
すべてにして一なるものを呼び出すための条件は三つ。
ひとつ。生贄に、呼び出す村に住まう人間を一人捧げる事。
ふたつ。空が綺麗に晴れ渡っている事。
みっつ。特別な石の塔を建てる事。
ひとつめの条件、生贄の人間。
残念ながら、子供たちは人間とは呼べなかった。魔神柱の目的であるベティ・パリスだけは人間と呼べるかもしれなかったが、それを生贄に捧げる流れは魔神柱の望みを遮る結果になってしまう。
他の村人はただの”演出”――土と腐肉の木偶人形だ。
カルデアの者たちもまた、英霊――肉人形を詰めてはあるが、人間とは呼べない。カルデアのマスターを生贄にするのは以ての外だ。
人間である候補は、ウェイトリー家の面々、マシュー・ホプキンス。
そして、魔神柱の転生体――アン・パットナムという少女だけ。
この中で、”呼び出す村の人間”という条件に合致するのは、アン・パットナムだけなのだ。
ウェイトリー家は、ダニッチ村の人間。マシュー・ホプキンスに至ってはイングランドの人間だ。
故に、生贄はアン・パットナムでなくてはならなかった。
ふたつめの条件、空が綺麗に晴れている事。
これは簡単だった。魔神柱としてでなくとも、魔術師パットナムにとって天候を変える魔術など、特に困るものではなかったのだ。
なんせ魔術師パットナムの魔術は――”周る”ことに重きをおいているのだから。
みっつめの条件、特別な石の塔を建てる事。
これも悩むことはなかった。
天文台が連れてきた哪吒太子――彼(今は彼女かもしれないが)の父親は、托塔李天王。
托塔とは、宝塔を如来より預けられたという意味であり、宝塔とは、寺院にある石の塔を指している。
――それこそが正に、特別な石の塔だ。
そう、アン・パットナムが生贄となって死ぬことで、全てが揃うのだ。
ラウムですら、「アビゲイル・ウィリアムズがセイレム村から外へ出たいと思う事で、その門の鍵を手に入れる」という遠回りな手段に頼っていた、
Groans、Groans、Groans!
嘆け、嘆け、嘆け!
ラウムの手段は、すでに失敗した。
外なる者を呼び寄せる――それは、一万四千年前に失敗した事だ。
だが。
外なる者の力で――外に行く。
それは未だ、どの魔神柱も成しえていない。そこに答えがあると、知っている。
隠された真実を見抜くことが、魔神柱の特性で。
なにより。
魔神柱でも、アン・パットナムでもない――
ラウムに用意してもらった舞台を使用して、
魔神柱は軽薄に嗤う。
本来、ラヴィニアはすべてにして一なるものの子を孕むはずだが、そうはならない。それこそがノアの望みであるが、ノアから託されたのは「娘を頼む」という事だけ。
被害を拡大させるつもりはない。ウィルバーの弟は生まれなくていい。ウィルバーもね。
丁重に、ラヴィニアは……そうだな、ダニッチ村にでも送るとしようか。ベティと一緒に。
魔神柱は、行けないから。
さぁ、起こしてあげよう。
ラヴィニア・ウェイトリーが引き金ではない――本来の、門の鍵。
そのこぶしを魔神柱が受ける事こそが、魔神柱の最後の目的。
カルデアが半分を叶えてくれる。
カルデアが、アビゲイル・ウィリアムズという余分な要素を切り離してくれる。
「スト・テュホン……スト・テュホン……」
「Groans……Groans……!」
「其は罪人なり……六つの縄の結び目なり……。この異端の地に贖罪を求むるは、悪魔の収穫なり。祈りはここに、父なる神と共にあり……」
「Groans……!」
「其は罪人なり……七つの縄の結び目なり……この煉獄に贖罪を求むるは、仮象への供物なり……!」
Yaji ash-shuthath――Yag-shuthath!
*
それが”異常”であることがわかったのは、どの程度いたのだろうか。
シバの女王。キルケー。哪吒。
感覚の鋭い、もしくは魔術に精通した者だけが、それに気づいた。
「偽りの神……顕現する……!」
「これは、マズいな……アビゲイルへの降臨なんてものじゃ済まないぞ!」
「あびー 制御 不能。これは 解放される」
ぼこ、と音がした。
こぽ、こぽ、ぼこ、ぼこ……。
不快な粘液が、気泡を立てている。
裂けるように笑っていたアビゲイルの額が、
アビゲイルの、瞳が――ぐりん、と。
逆さに剥いた。
「苦痛を――苦痛を――苦痛を――、」
「パットナム!」
ラヴィニア・ウェイトリーが、アン・パットナム――だろうヒョウ――を振り向いた。
軽薄に嗤うヒョウ。
その瞳は、まるで恋に焦がれる少女のように、輝いていた。
「ラヴィニア・ウェイトリー。ベティを頼んだよ」
そして、のそりと体を起こし――大きく、天へと吠えた。
その所作に、人間らしい様子はひとつだってない。
それは当たり前だ。
人間の魔術師パットナムはもう死んだ。生贄として。
ここにいるのは、彼と魔神柱だけ。
「カルデアのマスター!」
その獣の所作で、叫ぶ。
彼女が振り向いたことを確認することなく、二の句を継ぐ。
「この結界の中にもう一つ結界を敷こう。僕の特別製だ。
シバの女王も、大魔女キルケーも、サーヴァント達も、その力の限りを尽くして戦える。
存分にやってくれていい」
彼女が頷いたのを見て、言葉の通り結界を敷く。
ラウムが張った演劇のための狂気の結界ではなく。
隠された真実を明かす――
Groans、Groans。
さぁ。
*
「…………あぁ、ああああ……戻って、戻ってぇ……」
中空を掻き抱くアビゲイル。
戦闘は苛烈なものだったが、幼稚であったともいえる。
単調な触腕と門による移動は、しかしサーヴァント達にとってそこまでの脅威に成るものではない。ましてや、時たま苦しそうに額を抑えるアビゲイルを相手取るのは、歴戦の英霊にしてみれば魔神柱との闘いよりも簡単なものだったのだろう。
何度か蘇る――異相を身代わりにする事はまぁ、大変だったかもしれないが。
「神様が……私の中から……
最後の魔女の装いから一転。
ただの少女として倒れる、アビゲイルの――額。
そこにはまだ、鍵穴が存在していた。
ごぽ、ごぽ……どろ。
「ッ、あれを出させるな!」
初めに気づいたのは、キルケーだった。
シバの女王、哪吒、そしてマシュも気付いた。
だが、手がない。
ロビンの矢では、粘液を止めることはできない。
哪吒の速度でも間に合わず、シバの女王の精霊も呼び出せず、キルケーの魔術でも及ばない。マシュの盾だって同じだ。
もう、間に合わなかった。
「あ、ああ、あああ!」
ごぼ、ごぼ、ごぼぼぼぼ……。
アビゲイルの額から現れたソレは、玉虫色に光る――粘液。
粘性の強い、粘液と球体。ぐちゃぐちゃ、ねたねたと音を立てて、そこへ顕現する。
「偽りの……神……」
光の球が、公会堂の屋根へ向かって集っていく。球体は破裂し、別れた球と、その外側に流動している粘液が集合し、新たに球を生み出す。生み出す際に玉虫色の粘液が滴り落ち、破裂した玉と、くっついた球と、別れた球と、粘液とが……集塊を作り上げた。
常に破裂し、くっつき、滴り落ちるそれら。
時空のいちばん底の墓地の向こうで、核となる混沌の中で、原始の粘液として永遠に泡立っていたモノが。
今ここに――姿を現したのだ。
*
――”アレ”を見てはいけない。
それは生物的な本能。”アレ”を視認した事を自覚したら、自らの常識との乖離にすぐさま己を自覚できなくなってしまうだろう。
だから、ロビンフッドと藤丸立香は目をつむった。
その危機察知能力は”凡人”故のもの。
だが、彼ら以外の――勇ましき者たちは、違う。
しっかりと、それを認識してしまった。
膝をつき、胎児のように丸まったり。
四肢を投げ出し、何が起きたのかわからずうつぶせになっていたり。
大粒の涙を流したり、可笑しくてたまらなくなったり。
とにかく、現実から逃げるように。
それは、紛うことなく――狂気的だった。
「こいつぁ、ちと……いや、最大のピンチってヤツじゃねぇですかね!」
「みんな、落ち着いて!」
「マスター、多分無理だ! ここは一時退散を――」
目をつむったまま、ロビンフッドが藤丸立香を抱え、今持てる最大速度でその場を――公会堂の真ん中を離脱し、公会堂の扉まで来た。目をつむっていようが、場所を把握する事など森の賢者のせがれにとって然したる問題のある事でもない。
だが、扉を開けることは叶わなかった。
はじかれたのだ。
それが結界である事に気づくのにコンマとかからない。
「おい、ヒョウのお嬢ちゃん! 結界を解いてくれ!」
「え、嫌だよ」
「はぁ!? 今はふざけてる場合じゃ――」
悪寒がロビンの背筋を撫でる。
すぐ、そこにまで、”アレ”が、来ている。
それがなんであるか、ロビンは全く認識していないけれど――ひた、ひた、ごぼ、ごぼ。
音が。 音が。
「Groans――ありがとう、天文台。おかげで、目的が果たせそうだ」
それを。
もう、幾度となく戦った悍ましい気配が――遮った。
*