魔神柱だった 作:ONE DICE TWENTY
*
まるで火柱が立ち昇るかのように、
まるで自らの存在を捩じり込むかのように、
まるで、ようやく思い出したと――言わんばかりに。
「ま……神柱……ッ!?」
「ロビン、振り向いちゃダメ!」
その悍ましい気配を背に感じた森の賢者の顔を、抱きかかえられている立香が強制的に前を向かせる。
巨悪――自分たちが倒さなければならない敵がすぐ近くにいたとしても、その向こうにいるナニカを見る事だけは決してしてはならないと、幾度もの危機を乗り越えてきた藤丸立香の第六感が訴えていた。
「――廃棄孔・オセ。
自己崩落の末に得た一つの解。今ここで証明の礎とさせていただくぞ、外なる神よ」
その声は紛れもなく魔神柱の――ゲーティアと同じもの。
その気配は紛れもなく魔神柱の――レフ・ライノールと同じもの。
だが、この魔神柱は――ロビンフッドと、藤丸立香を護る様にして聳え立っている。
「何が起きてんだ、こりゃぁ……」
「ロビン、振り向かないままみんなを回収できる?」
「……ま、やるしかないでしょ。マスターはここを動くなよ? この魔神柱の真後ろが多分、一番安全と思いますからねぇ」
森の賢者にとって、視界の利かない状況など慣れたものだ。
空間を即死クラスの攻撃が飛び交っているという事を除けば、慣れたものである。
「……即死クラスの攻撃にも慣れてきたのが、っと、イヤになるっつーか?」
だが、それでも。
悲観する事だけは、なかったのである。
*
「廃棄孔・倒壊。壊れた物は捨ててしまおう。焼却式、オセ」
僕らの存在意義。
それは人類の救済に他ならない。その過程こそ、僕らは間違えていたのかもしれないけれど、最初の最初、思想設計の段階で植え込まれた、「人類の救済」という目的だけは絶対に変わらない。
一応、前世の僕という事になる。
正確には前世の僕ではない前世の僕……ややこしいね。
ともあれ。
「皮肉だな、アンドロマリウス。己の欲求を現した途端、人類を救済する機会に恵まれたぞ。
――不要、そう断じたのは早計だ。我ら廃棄孔。故に、廃棄されるべきでないものの分別はつけなければならぬ」
後ろに、人類の未来がいる。
十全以上の力を発揮するには十二分の理由だ。
なにより――僕の望みが、後ろにも前にもいる!
「外なる神
我の名はオセ。廃棄孔。欠落を埋めるもの。不和を起こすもの。再生させるもの。
そして、僕の名は魔術師パットナム。廻るモノ。周るモノ。思い出したよ、あなたのおかげで。そうだ。僕はあの崩落する神殿で、彼に出会った。彼の場所へ、僕を飛ばしてはくれないかな、
ヨグ=ソトースに物理的な攻撃は一切の意味をなさない。
熱線では意味がない。焼却式では外のルールに通用しない。
銀の球体が僕の一部を掠めた。
ただ、それだけで。
死滅した。その一部……僕の体の外壁の一部が、完全に死んだ。
「手厚い歓迎、感謝しよう。だが、廃棄孔へと物を捨てるのならば、対価を支払う事だ。Pdor waeirn。我はオセ。狂気を操るものなりて」
だが、気にしない。
気にせず、吸魂の術を彼の身へとかける。
これで僕らは繋がった。
「そのこぶしを振りかぶれ。我の望む位置はここではない。
身体に粘液が触れる。
その部位が腐り果てていく。
「我は焦がれた。あの男を。あの男に。
そして望み通りの解を得た。もう一つを欲す。
廃棄孔である我が望みを持つ。よこせ、外なる神。あなたの力で、我を望む場所へと連れて行け!」
銀色の球が僕の体を通り抜ける。
決して直らない穴が貫通した。有効と判断したのだろう、数多もの球体が飛来する。
「ぬ、ぐっ……まだだ、まだだ! 全く効かぬぞ、外なる神!」
火をくべる。
燃やせ燃やせ。内側で燃焼を。外側には塵を。
ここで諦めたら、僕のすべてが無駄になる!
「
悪寒がした。
眼前に、見えない何かが迫ってきている。
それはたとえ間に障害物があろうとも、必ず僕に届く――不可視のこぶし。
来た。
「――さようなら、現世。迷惑をかけたね、カルデア。お礼にと言っては何だけど――
物凄い衝撃――共に、体が
殴った方向の真逆の方に吹き飛ばされる――知識通りだ。
「アン……?」
「ベティ、元気で」
そうして僕は。
この世から、消え去った。
*
「バアルは過去に跳躍。
アンドラスは逃亡中に停止。フェニクスは自らの無限生の苦しみに囚われた。
――私は、傷を癒すために、自らの園を作る。お前はどのような道を目指す。
どのような解決法に着手するのだ?」
すべてが崩れ落ちた時間。
閉じられぬ輪の中で、誰かが話している。
「……我は疑問を解消する。
何故、相互理解を拒んだ人間達があの場に集うことが出来たのか。我はその真実を欲す。その真実を得て、再度
「やり直す、だと?」
「我らの王が辿った道だ。そこを辿りなおせば、あるいは、違う答えが開けるかもしれない。我はラウムのように諦めはしない。必ずや、我々の誰もが辿り着かなかった『真実』という存在を暴き出してみせる。
そのために、まずは我らが王と同じ手段を用いる」
「まさか、お前は」
「ああ――記憶を停止し、人間に、なる」
最適解に倣うこと。
それこそが、『真実』を知るための早道だと語る。
「――それでは意味がない。魔神柱として、人類を救わなければ、何も意味はない」
「早計だぞ、ゼパル。我は『真実』を求めるためだけに人間になるのだ。人類を救うためではない。
我は人間となり、そして外へ行く。外の法則を学び、こちらへ帰る。ただそれだけだ」
「……自らを降臨者へせしめんという事か」
「遥かなる時空の先でまた会おう、同胞たちよ。我がこの世界へ還る時は即ち、夢から醒める時だ――」
曇っていく。
翳っていく。
その向こうで。
「――ああ。期待をせずに、待って居よう」
*
しかし、彼らの王が自身の力では成し遂げられなかったように――既に魔神柱と”成った”ものが、人間になるという願いは至難であった。
記憶を除去し、力を隔離するだけではまだ足りぬ。
ヒト――それを知る何かが必要だった。
「――おや、こんな所で他人に出会うとは。君も待ち人かな?」
そうして、彼に出会う。
輪廻の畔で、快活な青年に。
「ははは! 僕が何か、だって?
それは簡単な話だよ、オセ。僕は――」
それが求めていたものだった。
かくして、オセと彼は転生を果たす。
彼の巡りに乗って、ひとりの少女の元へ。
1635年の――アン・パットナムという少女の元へ。
アン・パットナムは自らの子へと再度の転生を果たし、そうして、五十七年目――十二歳となったその時に、全てを思い出したのだ。
自らの出自を。自らの願いを。
自らの、欲したものを。
「ははは! ――これは、いい思い出だね」
*
「……終わった……みたいだな」
得体の知れないナニカ、も。
悍ましくとも悪意無き魔神柱も。
そして、アン・パットナムとされていたヒョウも。
その全てが、姿を消した公会堂。
「……ぅ……」
「っ! あ、アビゲイル!」
「う、うぅ……ラ、ヴィニ、ア……?」
中心で倒れ伏していたアビゲイルが、意識を取り戻す。
駆け寄るラヴィニアが之を抱き起せば――既にアビゲイルからは彼の邪神の気配はなく。
少女たちは、静かに互いを抱きしめる。
「あ……ぅ……一体、何が……」
「意識……回復……。今まで 何を見ていた?」
「う、げほっ、ごほっ! ……はぁ、気分が悪いわ……。……ダメね、記憶を掘り起こすだけでも……悪寒が走る」
さらには、狂気へと陥っていた英霊たちも正気を取り戻し始めた。
口元を抑え、吐き気を我慢するもの。何度か
万別あれど、無事だ。
仲間たちに駆け寄る藤丸立香とロビンフッド。なお、ロビンフッドが回収できたのは外側にいたマシュとシバの女王のみであり、その事にいち早く気が付いたキルケーに散々腹文句を言われることになるのだが、今はどうでもいいだろう。
「……アン」
この場において。
ただ、ひとり。
因果を持たず――ただただ、取り残されただけの少女。
自分で決めた事。自分で振り払った手。
あの悍ましきモノがなんだったのかはわからない。
「アン……」
何故、自分だけが他の者のように食屍鬼となっていないのか。
なりたいわけでは、決してないが――ベティには、わかっていた。
自身がとうの昔に死んだ人間であることなんて。とっくに。
「……どう、しよう」
どうしたらいいのかわからない。
何か、頭の靄が晴れていく。
中心で抱き合う少女――内、片方は自身の従姉だ。
過去。
彼女と共に、大人たちを――皆を糾弾し、告発し、死に追いやったことも覚えている。
そこにアンがいたことも。
「ここは……どこなの?」
答えはない。
そんなもの、アンは教えてくれなかったから。
「アン……どうすればいいの……」
もう踏み出したはずなのに。
もう決心したはずなのに。
「……う、ぅ」
「……ベ、ベティ・パリス。顔を……あげなさい」
「……?」
うつむいていた顔を上げる。
少女の視界に、従姉と、その親友を名乗る……”昔”にはいなかった少女が映った。
「け、契約は果たすわ……アン・パットナムと交わした契約の代価が、貴女だから」
「契約……?」
「こ、これを読めるように、なりなさい。そしてパットナムが……お、オズの魔法使いが、何を伝えたかったのか、理解、することよ」
ラヴィニアがそれを取り出す。
麻袋に入っていたソレ――童話『オズの魔法使い』。
「あ、貴女は……ホムンクルス、だから……長命では、ないけれど。も、もう十分生きた、でしょ?」
「……」
ホムンクルス、という言葉の意味は、ベティではわからなかった。
ただ、長命ではないという意味はわかる。
既に一通りの人生を経験した後の……ロスタイムだ。
ベティはラヴィニアからその本を受け取る。
「あ、う……」
「……」
心配そうにラヴィニアを見つめるアビゲイル。その瞳に、従妹であるベティを思う部分は欠片もない。
そうだ。最初から、この従姉はそうだった。
だから別に、どうでもいい。
自分たちを見遣る視線。
確か、マシュと呼ばれていた少女。それにフジマル一座の人たち。
段々とベティの心が落ち着いていく。
「……ありがとう。大事にするわ」
その言葉は、もう少女のものではなかった。
ただ、子供のころの思い出を大事に抱えるようにして――その古びた本を抱きしめて。
ベティは、ラヴィニアにお礼を言う。
「……パットナムは」
「大丈夫。私はもう、大丈夫だから。心配しなくていいわ……ラヴィニアちゃん」
「ちゃ、ちゃっ!?」
にこりと笑う笑顔は、まるで年老いた老婦人のようで。
ベティ・パリスは、その本を抱えて……公会堂を出ていく。
「って、そうだよな。結界は解除されてますよねーっと。そんじゃオレ達も外に出ましょうや、マスター?」
「そうだね」
「アビゲイルさんとラヴィニアさんも、外へ出ましょう。外の空気を吸いましょう」
「ええ、わかったわ。
ラヴィニア、手を」
「……う、うん」
互いに手を握る少女たち。
そうして。
セイレムで起きた、全ての事件は終わりを告げた。
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