とある1人の小学生が学校を終え、帰路の道を歩いていた。
すると目の前の電柱に人が立っているのが見えた。
外見は20代前半か後半くらいの女性で赤いコートに白いマスクが
特徴的だった。
女性はその小学生を見つけるとこう問いかけた。
『私、きれい?』と。
突然のことに小学生は混乱するも少し間を置いてから『きれいです』と答えた。
『そう……これでも?』
そう言ってその女性は白いマスクを取って小学生に見せた。
その口には、耳まで裂けていたと言う。
これが日本、果ては中国でも有名とされている都市伝説『口裂け女』の噺。
この口裂け女には色々とバリエーションがあるらしいんだけど、その中でも
『如月市』で有名なのが『口裂け男』と呼ばれる噺なんだ。どういうものか
と言うと白いマスクじゃなくて赤いマスクを付けた男が様々な怪奇噺を収集
しており、時としてその裂けた口を見せびらかして人を驚かすものの口裂け
女と違って人を殺すことはないと言われてるんだ。
その口裂け男が今、僕の目の前にいる。
「くっくっくくく、驚いてくれて結構結構。やっぱ僕も怪異の端くれ
だからね。人を驚かせるのはやっぱり気持ちがイイもんだよ本当」
「い、いや、全然! 全然驚いてませんよ本当! はははははは」
いや、正直に言うと結構過ぎるほどにビビったんだけど……男の意地ってことで。
「さてと。僕が大いに満足したことで本題に入ろうか? 明久君」
「は、はい。お願いします……」
「あ~~あとさ。別にそんな敬語使う必要ねぇから。気楽にフレンドリーで」
「………わかった。色々とよろしく裂男」
「結構結構。んじゃっまずは……『ゾンビ』について説明しようか」
~~第三者サイド~~
鉈崎裂男はそう言い、自身が座っている回転イスをクルクルと回しながら
半分だけゾンビとなってしまった少年『吉井明久』に『ゾンビ』に関して
の説明を始めた。
「まず明久君。君はゾンビって言葉に何を連想する?」
「……意志も自我も無く人を襲って食べる死体……かな?」
思ったとおりに答えた明久に対し、裂男は『やっぱりそういうイメージか』
と少し溜息を吐く物言いで呟くと改めて明後日の方向から明久へと視線を戻す。
「そいつはあくまで人間が勝手に生んだフィクションに過ぎない。
意志も自我も無いってのは100%当ってるんだけど、人を襲うことは
無いのさ……仮にだよ? 仮に襲ったとしても人間を食べたりはしないさ。
あくまで死体だからね。
ゾンビの発祥はブードゥー教の魔術を起源としている。人間から魂を
抜いて壷に封じ込めた上でその死体を操る。まっ…ようするに人工的
に生まれる怪異ってわけなのさ。俗に有名な」
「でも、それなら何で僕には意志も自我もあるの? それに誰かに
操られてるわけでもないし……」
「うん。そこで疑問に思うのは当然だろう。ダークさんは言ったと思うけどさ、
君は半分だけゾンビなんだよ。だから屍人種特有の弱点である『日光』が通用し
ないし、ただ操り人形なだけの普通タイプのゾンビと違って色々な動作もできる」
この点がハーフ・ソンビである吉井明久と普通のゾンビの決定的な違いと言える。
『日光に弱い』『単純で鈍間な動きしかできない』などその他諸々欠点だらけの
普通のゾンビとは違い、明久は自我がちゃんとしている分、複雑な動きができるし
一つ一つの動作も早い。
だが……やはりメリットがある分デメリットが存在するのだ。
「でもね、やっぱり半分死んでるに等しいから……つっても朝と昼間の
時間帯だけなんだけどさ。痛覚とかその他色々な感覚機能が低下してるか、
あるいは無いに等しい感じになっちゃてるのが唯一の欠点かな? まぁ夜に
なれば感覚機能も人間以上の力を発揮できるからアレなんだけど」
「……や、やっぱり、ゾンビも吸血鬼みたいに夜活動するものなのかな?」
「そりゃ屍人種は夜行性の怪異だからね。屍人種じゃなけど狼男も夜、特に
満月の出る日はパワーを最大限に発揮できるから怪異と夜は親密な関係性で
繋がっていると言っても過言ではないよ。もっとも昼間の方がパワーを最大
限に発揮できる怪異もいるから、全部の怪異が夜行性っていうわけじゃない
んだけどね」
裂男はそう言い、今度は後ろを振り返ってダランと姿勢を崩した。
「まっ、ゾンビに関してはこんなもんだね。ああ~~そうだ。一つ忠告しておこう」
「えっ? 忠告って何?」
「君を殺した踏み切りスプラッターなんだけど、アレ。まだ普通に存在してるから
あの踏切りには近付かない方が得策だ。また上半身と下半身オサラバなんて嫌だろ」
踏み切りスプラッター。
吉井明久を殺したとある踏み切りに生息する怪異のことである。
ブヨブヨとした腕と同様の無数の触手を背中に生やした非常にグロテスクな姿
の怪異。あの何とも受け入れることの出来ない姿を思い出すだけで、明久の背
筋に人生においてかつてないほどの悪寒が駆け抜けるを感じた。
「……裂男。あの怪異は、これからも人を襲うの?」
「まっそりゃそうだろうね。でもそんなことはさせないさ。何せ僕は怪異の専門家で
あると同時に怪異退治も勝手ながら請け負ってるわけで、そんなもんだから踏み切り
スプラッターは大人の小生に任せて、学生の君は寄り道することなく家に帰るのを
推薦するよ」
そう言って裂男はイスから立ち上がり、ガラスの無い窓へと向かい飛び降りようとする。
普通の人間ならビルの十階から飛び降りたらまず大怪我ではなく『死』が確実的だろう。
でも裂男は『人間』ではなく『怪異』。怪異に人間の持つ常識など通用しない。
世界の理から外れた存在だから、そうであるからこそ不可能なことそれぞれ形は違えど
可能にすることができる。そしてそれを知っているからこそ明久は少し驚いただけで、
止めることはなかった。だが一つ気になることがあった明久は裂男を引き止め問い質した。
「裂男。あの踏み切りスプラッターって……何の部類に入る怪異なの?」
「うん? 確かアレは死んだ少女の魂が霊体を得て成ったものだから霊媒種に
該当するな。霊媒種は怪異の中では『実体を持たないタイプ』だ」
「実体を持たない? それって……俗に言うところの幽霊ってやつ?」
「まっそんなとこ。魂ってのは肉体と言う入れ物に収まってる内は生命の根源的な
力たる『オド』を一定量生成し肉体に循環させる。そうすればそれが一つの生命体
として確立するんだけど、死んでしまったことで器を失った魂は、オドを無意味に
生産し幽霊としての身体……つまり『霊体』を作る。
それを媒介にしてこの世へと顕現した怪異を『霊媒種』と呼ぶわけなんだ。霊媒種
ってのは浮遊霊とか守護霊の類なら特に害はないし、時と場合によっては人に富と
益を齎してくれる。けど怨霊や地縛霊とかの連中は拙いね。下手すりゃ人を殺しか
ねない」
『君の場合みたいにね』。
そう付け足すように言って来た裂男の言葉に明久は思わず息を呑んでしまった。
「とにかく。踏み切りスプラッターの一件を小生が無事対処するまでは絶対に
あの踏み切りには近寄らないこと。これは怪異の専門家たる小生の真面目な言
葉であるが故に、マジで言うとおりにした方が身の為だ」
先程までの陽気で軽い口調をかなぐり捨て、厳しい口調と視線に切り替える
裂男に明久は何も言えず、ただ彼が飛び降りて行った窓を見つめる以外に
なかった。
~~明久サイド~~
鉈崎裂男が廃墟ビルから姿を消した後、僕は複雑な心境でビルを後にした。
正直なところ何かが引っかかっているんだ。あの踏み切りスプラッターは
確かに残虐性と暴力性の高い怪異だけど、『ただ人を無差別に殺す』……
…それだけじゃない気がする。
曖昧で何て具合に言い表せばいいか分からないけど、とにかくそんな感じがした。
「はぁ~~、何か色々と疲れたな~~本当……うん?」
帰り道を歩いていた僕は、前方の電柱に人影を見た。
よく見ればその人影は女の子で、私服姿が中々様になってるような子だった。
年はたぶん僕と同じくらいだと思う。けど何ていうか……その女の子の顔は
およそ感情と呼べるものが無かったんだ。そんな彼女に興味を抱いた僕は、
何気なくその女の子に話しかけてみた。
「ねぇ、君。そんなところで何してるの? 誰かを待っ」
シュッ!
声をかけた瞬間、僕の首筋に固く冷たいものが与えられた。
うん………これは間違いなくナイフだね。しかも相当切れ味良さそうだ。
……………………………………ってこれ、どういうこと!?
何で僕はこんな物騒な代物を向けられてるのさ!!?
一体僕が何をしたって言うんだ!!
「混乱してるようだけどね、貴方が悪いのよ? いきなり赤の他人の女の子に
声をかけるなんて……ちょっとした不審者に思われても弁護も反論も何もでき
ないわよ? 本当ならこの時点で警察に突き出してあげたいところだけど、今
回は初めてだから見逃してやるわ」
「いや、確かに見ず知らずの女の子にいきなり声をかけた僕が悪いけどさ!!
それでも刃物は銃刀法違反じゃん! 絶対君の方が僕よりヤバイよね!?」
「へぇ。アンタそうやって言い逃れようとしようって魂胆なの? まっ私は
アンタなんかに構ってる暇はないわ。とっと私の目の前から失せなさい!」
この子……相当なまでに他人という存在に対して疑心暗鬼だな。
「いいえ違うわ。ただ単に貴方から『異常変質者オーラ』を感じ取っただけで、
別に疑心暗鬼ってわけじゃないわよ? つまるところアンタは私の目から見れば
類生まれなる真性の変態」
「ふざけんなっ! 僕にそんなもんは一切出てないと断言するよ! てゆーか
それ以前に人の心を読まないでほしいな!!」
まったく。なんて子なんだ。
「はぁぁ、私ったら何でこんな奴なんかに時間を費やしてたんだろ。
じゃあね変態。できれば二度と会わないことを祈ってるわ」
そう言って彼女は行ってしまった。走って。走って。ひたすら走るように
この場を去る彼女に僕はどういうわけか、何故か悲哀的なものを感じてしまった。
~~裂男サイド~~
小生の名は『鉈崎裂男』という。小生という存在は一般の人から見れば
人間も同然だが実の所小生は人間などではなく『怪異』と呼ばれるものだ。
そう、『怪異』。
それ等は一般の生物のカテゴリーには当て嵌まらず、時として人間に
奉られ、敬われ、恐れられ、忌み嫌われ、そして好まれるもの。怪異
は人間の『信仰心』『恐怖心』『知名度』が『異界』と呼ばれる別次
元からこの世界へと湧き出た『マナ』、和名的に『霊力』とも呼ばれ
る霊的エネルギーと結び付くことで初めて『存在』として確立する。
それが怪異。
怪異は生物が細胞で出来ているように人間の『信仰心』や『恐怖心』、そして
『知名度』を細胞としてその存在を形成しているが、そうでない場合もある。
例に挙げるとすれば、例えば『自然神』という種類の神がこれに当たる。
自然神は以上の三つではなく『自然現象』がマナと結び付くことで霊格を得て
神となったもの。故に人間の信仰心から生まれた神とは違い人間の信仰など無
くても存在を維持できるんだ。
さて、随分と話が長くなってしまったが、そろそろ終わりにしよう。
何せ今は小生にとって大事な仕事故、そう、怪異退治を始めるから。
「おうおう育ち盛りもいいもんだね~~この怪異ちゃんは。こいつは
相当なまでに人間の恐怖心を喰らいやがったな……はぁ~~こういうの
って経験上中々に骨が折れるんだよね本当」
小生は今、踏み切りの前に立ってる。その向こうには同様に踏み切り
一歩手前に立ってる少女が一人。セーラー服を着た黒髪の長い女の子
。
そいつはもう、間違いなく怪異だったよ。
『………………………………貴様、怪異、カ、カ?』
「へぇ喋れるんだ。なるほど、中々に厄介ってことがよく分かったよ」
全部の全部がそうじゃないんだけど、喋ることができる怪異ってのは
意外と強いものなんだ。
これは骨以上になんかが折れるね。
『私ハ人間以外ニ、キョ、キョ、興味は無イ。早々ニ立チ去レ、レ』
「そういうわけにはいかないよ。踏み切りスプラッター……つまり君をどうにかして
退治するのが僕の仕事なんでね。まっ僕は怪異であると同時に怪異の専門家って具合
なんだよ」
『ドウデモイイ。キ、貴様ナゾニ興味ハ、ナ、ナナ、イ。早々ニ立チ去レ』
「ここから立ち去るのは君だよ? いや『消え去る』の方が正しいね!」
小生は駆ける。眼前の少女めがけ肉薄する。
時刻は1時15分。もう既に電車は来ない。そういうわけで思う存分
ここでバトれるわけだから、心置きなく怪異退治に勤しむことができるよ。
『死ネ。身ノ程、シ、シ、知ラズ怪異ガ』
彼女の背中からこれはまた見事なまでにグロテスクなブヨブヨとした感じの
触手が無数に生えその一本一本に付いた刃が小生に襲い掛かる。
けど小生のスピードをナメてはいけないな。こんな触手攻撃は鈍間過ぎて
話しにならない。
小生は踏み切りスプラッターの顔を鷲掴みにし、そのまま地面へと叩き付ける。
「うん? あれれ? 小生の予想が大きく外れたかな? こんなに弱い筈は」
ブシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!!
それはあまりに一瞬の出来事だった。いつの間にか小生の空いた腕が指先から
肘辺りまで無くなっていて、無くなった腕の断面から鮮血が噴水のように溢れ
出ていた。
そんでもって苦痛が稲妻のような、あたかも電流が生じているみたいに全身に
感覚として伝わっていくもんだから……ヤバイ位痛いよ。
「やっべ。マジで滅茶苦茶痛てぇよ」
『ユ、油断大敵ダッタナ』
このままでは色々拙いと思った小生はとりあえず、一旦距離を取ってから改めて
相手を見据え洞察することにしたんだけど何というか……痛みのせいでうまく思
考が回らないんだよなコレが。で、このまま殺し合っても一方的に負けるのは目
に見えていた小生は急いでその場から脱出したよ。
正直、怪異の専門家としては無様で情けない敗退だね。コレは。
で、小生は無様で情けない敗退と腕を消失しちまうっつー大怪我を負って
仮の住処にしてる廃墟ビルに転がるように10階の窓から突っ込んだ。
いやはや……本当に格好悪いな。明久君にあんなこと言っといて。
「……………………ふぅぅ~~。こいつはちと予想外だったな」
そう、本当に予想外だったんだよ。
言い訳にしか聞こえないと思うけど、霊媒種の退治方法は霊体を壊し崩す
効力を持つ、呪いが込められたルーン文字ってのを手に書いて、直接触れ
ること。そうすることで霊体は消滅し残った魂を『御霊送り』と呼ばれる
儀式であの世へと送る。
この他にも霊媒種の退治方法は色々あるけど、今回小生はそれを使った。
そしてあの時、ルーン文字を書いた両手の内一手は確実にあの踏み切り
スプラッターの頭を鷲掴みにした筈。その時点で呪い文字の効力は発揮
され霊媒種は死ぬ……筈だったんだけど、何故かそうはならなかった。
触手も両腕も使ったわけでもないのに小生の空いた片腕を容易く引き千切った。
しかも何故か引き千切られた腕は消滅。
ぶっちゃけ専門家の小生でさえ訳が分からなかったんだよねぇ~コレが。
でも僅か数分の間で大分痛みも引いて来たおかげで、ようやく思考が
正常に働ける。そしてすぐにパッと閃いたよ。
「もし本当にそうだとすると、こいつは中々に厄介過ぎるねぇ~~」
~~第三者サイド~~
4月1日。吉井明久や同様の少年少女たちにとって高校生活のスタート言える
入学式が始まった。入学式を終え教師から文月学園の様々な説明を受けた明久
は、文月学園入学初日の終了と同時に裂男の住まう廃墟ビルへと足を運んだ。
何故か?
それはやはり、あの怪異こと踏み切りスプラッターが原因だった。
やはり明久自身の中であの怪異がただ単に人を殺すだけの怪異ではないと
いう、確証も保障も根拠もない考えがあった。それを裂男に相談する為に
明久はここを訪れたのだ。
「やぁ明久君。要件は多分、踏み切りスプラッターについてかな?」
裂男はいた。どういうわけか彼の着ているパーカーは片腕だけ袖の部分が
なかったが。
「うん? これかい? いや~昨日のことなんだけどさ、アレというか
何というかそうそう。踏み切りスプラッターに腕もってかれちゃってさ」
「えっ! ちょっ、それって!」
「ああ~~そんなに取り乱さなくてもホレ。ちゃんと腕あるでしょ?」
そう言って裂男は袖の無い方の腕……もっと正確に言えば袖の無い左腕の
手首をブラブラ振ってと見せた。
「まっ中身の方はまだ完全に繋がってないんだけど、小生の治癒能力なら
あと数時間程度で完全に回復するよ。だからそんなに心配する必要はないよ?」
「そ、そうなんだ……」
「とりあえず小生の腕のことは置いといて、さっきも言ったけどアレ。
踏み切りスプラッターの件で小生の所に来たんでしょ?」
明久は首を縦に頷く。
そして明久は自分の考えてる確証も保障も根拠もない意見を裂男に
打ち明け、その返答を待った。
そして彼から帰って来た答えは随分と意外な物だった。
「ふむふむ、なるほどね。踏み切りスプラッターは『ただ人殺しをする類
の怪異』じゃなく、もっと別の、霊媒種として存在し続ける何かがあると
……君は言いたいんだね?」
「うん。確証も保障も、それに根拠も無い考えだけど、僕はそう思う」
「そうだねぇ~~まっその考えは案外間違ってないと思うよ」
「えっ? それって……」
「つまり、『踏み切りスプラッター』という怪異は実のところ『人間を
襲い殺す』っていう類の怪異じゃないのかもしれないよってことさ」
裂男は自分の座っている回転イスをクルッと一回転させイスから立ち上がる。
そして近くにあった黒板の半分くらいに大きなホワイトボートへと歩み寄り、
マジックペンで何かを書いていきながら説明を始めた。
「昨日の小生最大の敗因はね、踏み切りスプラッターを地縛霊で悪質タイプと
判断して地縛霊に効果抜群のルーン文字っつー…何て言えばいいかな? あっ
そうだそうだ呪術だ呪術。呪術を発動させる為の文字なんだけど、それを両手
に書いて、それで直接触れるって言う退治方法をとったんだ。
でもね……これがこんな具合に失敗しちゃったから負けたんだよ」
そう言って裂男はホワイトボードに書いたものを明久に見せた。
そこにはあの踏み切りスプラッターの絵があり、その隣には片腕を失い
片腕の断面から血を噴出す裂男が描かれていた。
「何が原因で失敗したんだ?」
「うん? あ~~それなんだよそれ。簡単な話『ルーン文字が発動しなかった』
っていうのがヤバかったんだよね~~」
「それおかしくない? そのルーン文字っていうのを使えば、踏み切りスプラッタ
ーは倒せたんだろ?」
「そこがポイントだよ。ルーン文字ってのはさ、そもそも北欧由来の魔術なんだ
けどその存在自体は神代…つまり世界に信仰がやりすぎって思うぐらいに満ちて
いて神様が今よりも強大な力を行使できた時代から続くものだから相当なまでに
威力はあった。でも無意味に終わった」
「それって、まさかその踏み切りスプラッターがルーン文字の力を
無効化するほどの力を持ってたってこと?」
明久の指摘に裂男は首を横に振ってNOと返答する。
「踏み切りスプラッターは決して雑魚とは呼べないけどさ、ルーン文字を
容易く無効化できるほどの力は無いし、そんな馬鹿げた特性も無い。では
何故小生は負けたのか。敗北を喫したのか。答えは簡単だよ」
そう言って裂男は再び回転イスへと腰を下ろした。
「さっきも…ほら、言ったと思うけど小生は地縛霊に効果抜群のルーン文字
両手に書いてけど逆を言えばそれ以外の対怪異用の装備はしてなかったって
ことだよ」
「!! 踏み切りスプラッターは……地縛霊じゃなかった?」
「そう。意外と察しがいいね明久君は」
赤いマスクの下でニヤリと笑みを作り上げながら裂男は言う。
「あの場所に留まっていたんだからてっきり地縛霊かと思ってそれ相応の
対怪異装備……っていうより手段だね。それしてみれば、とんだこの様って
わけだよ……まったく」
自分に対して皮肉を込めて言う裂男だが、ここで本題とばかりに真摯な目で
明久を見た。
「もし仮に踏み切りスプラッターが地縛霊でなかったとして、その怪異として
の本質が『人を襲い殺す』ものじゃなかったとしたら。十中八九…『宿魂』の
仕業だよ」
「宿魂?」
「よく聞くだろ? 『お化けの類が人間に憑依する』って奴。その怪異現象
の仕業が『宿魂』さ。宿魂は別名『支配霊』とも呼ばれる怪異で、適性さえ
あれば誰でも憑依して取り付いた宿主の人格を悪い意味で変貌させる。
その姿は人であったり狐や狸、狢や猫などの獣である場合もあるけど、姿が
狐だったら『狐憑き』、狸だったら『狸憑き』、猫だったら『猫憑き』って
具合に色々呼び方があるんだ。今回の場合は……さしずめ『幽霊憑き』かな
」
「幽霊憑き? 意味は分かるけど幽霊が一体誰に取り憑いてるってのさ」
「いやいや、明久君。違うんだよ。『幽霊が憑く』って意味じゃなくて
『幽霊が幽霊に憑く』って意味さ」
裂男の言葉に首を傾げ怪訝な表情を浮かべる明久。
それに対し裂男は今度は座った状態でイスごとホワイトボードの前まで
来ると再び何かを書き始めながら物分りの悪い明久の為に説明を加えた。
「前もって説明したけど、宿魂は『人間にしか憑かない』。でも生き物に
突然変異っていうのがあるっしょ? それと同じように怪異にも似たもの
があって『怪異変種』というのがある。通常の怪異とは行動パターンや性
質などがまったく違うそれは、時と状況によって発生する。
怨霊が守護霊に、守護霊が怨霊に、悪魔が神に、神が悪魔にって具合で
反転・変質する怪異現象。
、
それが怪異変種。小生等の敵は本来なら人間に憑依する筈だった宿魂が
どういうわけか、あの踏み切りで死んだ少女の魂に取り憑いて怪物へと
変貌してしまったもの……って考えるのが妥当だよ」
「それじゃあ、実質人間を襲って殺してるのは」
「君の考えてる通り、『怪異変種の宿魂』だよ」
やがて書き終えたそのホワイトボードには、宿という字が書かれた玉が
踏み切りスプラッターを包み込み恐ろしい化け物へと変貌させている絵
が有々と描かれていた。
「さて。こうなって来ると退治方法は二つに絞られる。一つは『幽霊殺し』
の呪文が書かれた札の効力を使ってやる方法、もう一つは君の協力によって
宿魂から幽霊少女を引き剥がして宿魂を退治する方法。前者の場合を実行する
と幽霊少女は宿魂と一緒に消滅し、後者の場合は成功率は低いけど宿魂だけを
退治することができる。そんなわけだけど、君ならどっちを選ぶ?」
「後者を選ぶ。だから裂男、その女の子の幽霊と宿魂を引き剥がす方法が
何なのか……教えてほしい」
それが、吉井明久が自分で決めて下した一つの答えだった。
「これはまた……随分な答えだね。見ず知らずの、それどころか本人の意思
じゃないっつっても君を殺したも同然な幽霊少女を助けようとなんて、本っ
っ当の本当に随分耳障りの良い糞甘い宣言だね」
「確かにそうだよ。普通なら本人の意思どうこうに関係なく自分を殺したも
同然な犯人を好き好んで助けるような奴なんて、早々いない。
それにそうしてやる理由だってない……でも、それと同じ位にそれが、例え
自分を殺した相手だったとしても、助けなくてもいい理由なんてものはない
って少なくとも僕は思うよ。
安っぽい同情や偽善かもしれない。でも、それでも、そうすると決めた以上
は何が何でも貫くってのが僕の信条なんだ。決めた信条を貫き通さなきゃさ
、そもそも信条の意味なんてありゃしないし、なんか格好悪いじゃん」
なんてことはない。それがさも当然とばかりに言ってのける姿に裂男はマスク越し
ではあるものの、少しだけ笑みを浮かべて回転イスからゆっくりと立ち上がる。
「君の覚悟は一応受け取った。だったら君の望むままにしよう。できるだけ君の
意見には従うようにとダークさんに言われているからね」
「え? アイツがそんなことを?」
「まぁさ。ダークさんは一見すると酷い奴に見えるかも知れないけどさ、やっぱ
何ていうのかな……アレはアレで、結構『義』や『信念』って奴を通す人だから
さ」
少なくとも義に厚く信念を持った奴が全責任を他人に丸投げするなんてことない、と。
口に出すことなく吉井明久はそう思った。
「とにかく方針が固まったら、後は実行あるのみだよ。まっそういうことで
宿魂と幽霊少女を引き剥がす方法なんだけどそれは……」
裂男がその隠された口から紡がれる言葉の数々。その内容に明久は………。
感想が無い……。