では、どうぞ!
怪異。それは人智を容易く超え、科学では説明できず、この世界の理から外れた
生き物にして生き物ならざる存在。中学生を卒業し高校生なる前の吉井明久は、
怪異に遭遇し、怪異に殺された。
そして彼は一人の魔術師の手によって『半分だけのゾンビ』、すなわち『ハーフ・ゾンビ』
という半分だけ屍人種の怪異として蘇った。
そんな彼は努力と苦労の果てに踏み切りスプラッターを見事退治し、期待に満ちた
高校生活を送っているというわけなのだが、何というか、どうも彼が入学した文月
学園は難癖ある生徒達が多数存在している場所らしく……
「死ねぇ! 雄二ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「死ぬのはテメェだ、明久アアアアアアアア!!!!」
その為か、こんな喧嘩も日常的なものらしい。ちなみに教室で掃除用具である箒を
手にしてバトっているのは上記の吉井明久とその親友にして悪友『坂本雄二』だ。
「テメェのせいで買ったばかりの音楽プレイヤーがぶっ壊れたじゃねえか!
慰謝料くらい出して弁償しやがれっっっ!!」
「何を言うかと思えば! 雄二だって僕がまだプレイしてないPSPの
ソフトを見るも無残に破壊しておいて、謝罪もなしかよ!!」
どうやら互いが互いに自身の所有物を誤って(真偽は明らかではない)破壊して
しまったらしく、それでこの喧嘩が勃発しているらしい。いや本当に下らない。
「貴様等! 何を教室で騒いどるか!!」
っと、ここで一人の教師の怒声が明久たちの教室に響き渡った。
少し黒めの肌に引き締まった筋肉の体格を誇る男性教師『西村宗一』、又の名を
『鉄人』と呼ばれている先生だ。この教師に捕まったが最後、愛の鞭という名の
肉体言語に加え難解な補習をやらされるという恐るべき末路が待っているのだ。
「げぇっ! 鉄人!?」
「まずい! 雄二、ここは一旦協力して逃げ……」
「誰が貴様等のような問題児を逃がすといった?」
まぁ当然ながら意図も容易く捕まってしまい凄まじい威力の拳骨を喰らった後、
問答用無用で補習室へと送られたのだった。
~~明久サイド~~
「はぁぁ~~疲れた。もう何もしたくないなぁ……」
げっそりと生気のない、何処かやつれた表情でそう呟きながら僕は自分の教室の机に
『だら~』何て言う効果音が似合いそうな感じで伏していた。
我ながら情けない格好だけど、もう気にかけるほどの精神力も体力も僕にはない。
半分ゾンビだけに。
「お疲れ様です、明久君」
ふと、そんな状態の僕に労いの言葉をかけてくれているのは、ふわっとした感じの桃色の
長い髪にこの学校では滅多にいない美少女『姫路瑞希』さんだ。彼女がその太陽のような
笑顔を僕に向けてくれれるだけで、僕自身としては色々と癒されちゃうんだよな。
ちなみに彼女とは小学生の頃からの幼馴染だったりするわけだ。
「あ、ああ。ありがとう瑞希。そう言って貰えるだけ助かるよ」
「ふふっ、そうですか? そう言って頂けると嬉しいです」
やっぱり彼女は中々の癒し系だ。
あっ、そう言えば瑞樹なら『あの女子生徒』について知ってるかな?
「ねぇ瑞希。秀吉にそっくりな顔の女子生徒のこと知らないかな? 春休み中に会ったんだけど」
「秀吉君似の女子生徒……ですか? それはきっと木下君の姉の『木下優子』さんだと思いますよ」
僕がこの学校に入って一番驚いたことは、木下秀吉っていう男の娘な生徒の顔が春休みの時、初めて
裂男に出会った日の帰り道の電柱にいたあの少女に凄く似ていたことだ。
多分双子なんじゃないかって推測してたんだけど、瑞希の話を聞く限り間違いじゃないらしい。
でも本当によく似てると思うよアレは。
「じゃあ今、その子が何処にいるのか分かるかな?」
「う~ん、どうでしょう。優子さんは勉強も運動も成績優秀って聞いてますけど、
何ていうか………いつも神出鬼没らしいんですよね」
神出鬼没って……怪異の類なの? 優子さんって。
「ありがとう瑞希。じゃあ、そろそろ帰るよ。もう下校時刻は過ぎてるし」
「はい、さようなら明久君。私もお役に立てて何よりです」
そんな会話を交わしてから、僕は教室を出て秀吉そっくりの姉『木下優子』の捜索を開始した。
理由なんて特にないし、わざわざ帰宅時間をいつもより少し遅らせてまでしてこんなことに時間
を費やす必要性なんてまったく無い。断言もできるよ。
でも、どうしても忘れられないんだ。
春休みの時のあの去り際の何処か悲しげな面影を。
出会った時、あの毒舌で辛辣な言葉とは裏腹に『無表情過ぎた』彼女のあの顔を。
僕は昔からそうだった。本当に甘過ぎて、御人好し過ぎて、偽善極まる、大馬鹿者。
誰かが本当につらくて、悲しくて、苦しくて、どうしようもない地獄の中にいるのなら誰コレ
構わず引っ張り上げようとする。僕が救いの手を差し伸べたとして、当人がそれを拒否したと
しても、僕の手は傲慢にも強欲的に欲するかのように当人の手を掴んでしまう。
これを偽善と言わないんだとすれば、何て呼べばいいんだろうね。
少なくとも偽善と呼ばなかったとしても、その別の呼び名は偽善と同じで良い物じゃないと思う。
こんな人として厄介過ぎる性分を今も抱えてる僕は、自分の人生を一度くらいは呪ったことなんて
あったのかな?
いや。答えは『NO』だ。
こんな厄介な性分でも僕という存在を構成してる重要な要素なんだ。
だから間違っても、そんなこと人生の中で一度も思ったことなんてない。
「あっ、いた」
ふと、そんな呟きが零れた。
文月学園中を探し回って30分くらい経ったと思う。
ようやく見つけたその場所は学園の屋上だった。
そこで彼女は屋上から見られる如月市の街並みの景色を見ていたんだけど、その顔は
あまりに無表情だった。まるで物言わぬ人形のように。表情を一切垣間見ることが
できない感じで。その様子は春休みの時とまったく変わっていなかった。
その光景を見た瞬間、僕は瞬時に直感する。
この子は……怪異に関わってる!
「あ、あの! 優子さ…」
シュッ
ああ、何ていうか……薄々感付いてたけどさ!
それでも人の首にナイフの刀身を押し当てるってどういう神経なんだよ!?
「あら? どっかの誰かと思えば、春休みに出くわした超・絶・変態仮面さんじゃない」
「人のことをパチモンヒーローみたいに言わないでほしいな!! つーかこんな人と人が
互いに繋がり合い青春を謳歌する神聖な学園でそんな物騒なものを人に向けるなんて……
君には良心って言うものがないの!?」
「猟死ん? つまり猟奇的に殺してほしいっていう意味合いでいいのかしら」
「何処の星の常識だよソレ! とにかくいいから。今すぐ僕の首に押し当ててるナイフを
しまってくれないかな? ぶっちゃけ危ないし、もし万が一でも他の生徒や教師に見つか
ったらヤバイよ」
「………………………………………………………いいわ。一応はしまってあげる」
何かやけに長い間を置いてからそう言った優子さんは、ナイフを懐にしまい改めて僕を見る。
「で、何の用かしら? 生憎、私は貴方なんかに構ってる余裕はないわ」
「時間をとらせるようでゴメン。でも、これだけは聞いておきたいんだ。君は、優子さんは……
……『怪異』に関わってるの?」
「『怪異』?」
「妖怪変化や魑魅魍魎、ようするに化物や妖精の類のことだよ。君の顔、正直に言って変なんだ。
別にあんまり表情を出さないムッツリな人なんてごまんといるさ、でも。君の無表情はムッツリだ
とかそういう風には全然見えないんだ。あまりに無表情過ぎて、まるで無機質な人形みたいだ」
その言葉に対し優子さんはやっぱり無表情には変わりなかったけど、何処か雰囲気的に驚いた
ような感じを醸し出していた……と思う。
そして何かを考えるような仕草で数分経過して、改めて視線を僕へと戻した。
「中学生3年の頃。中学生として最後の夏休み、私は……『のっぺら坊』に出遭ったの。
そして……表情(かお)を奪われた」
~~第三者サイド~~
「いや~~何ていうかさ、何やら妙な空気を感じたから『これはもしや』と思ってみれば
……やっぱし来たね明久君。それで其処にいるムッツリお嬢さんは誰かな?」
吉井明久と木下優子は怪異の専門家にして怪異退治を生業としている、あの有名な口裂け女
の亜種『口裂け男』こと『鉈崎裂男』が住む廃墟ビルを訪れていた。
相変わらずの陽気な口調で喋りながら回転イスに座り、足を組みながら仰々しく両腕を広げる
裂男の姿に明久は無意識に溜息を吐いてしまう。そして木下優子が『のっぺら坊』という怪異
に遭遇し、表情(かお)を奪われたことについて説明する。
「ふむふむ。事情は分かった。そんで解決の為に小生の所に来たって感じなわけね」
「そういうわけなんだ。だからその、のっぺら坊について教えてほしいんだよ」
明久の真摯な頼み事にマスク越しで笑みを浮かべて承諾した裂男は、真っ白なホワイトボード
にマジックペンで大きく『のっぺら坊』と書いてから二人を見る。
「さて、じゃあ何から話そうものか。まず基本的な質問として明久君。君はのっぺら坊に
どういう印象……つまるところイメージを思い浮かべるんだい?」
「どうって。姿形は人間みたいだけど顔が無くて、人間を驚かす程度の悪さしかしない
妖怪ってところかな?」
「残念だがそいつは違うよ、明久君。正確に言うとのっぺら坊はれっきとした神様の類なのさ」
神様。
俗に言うところの『奇跡の体現者』たる存在。
のっぺら坊がそんな大それた存在だった事実に明久は素直に驚き、裂男は説明を続ける。
「のっぺら坊の神様としての名は『平坦神』、九州地方なんかじゃ『のっぺり神様』なんて
言う場合もあるんだけど、この神様は人間から顔を取るんだ。『表情』という名の顔をね」
「表情……それを取られた人は、どうなっちゃうんだ?」
「心を失う。喜びも無ければ哀しみもなく、楽しさが無ければ怒りも無い。どこまでも
冷めていて何に対しても生きる実感を見出せない、そんな生きているのが不思議な位の
人間になってしまう。だからその子はこんなにも無表情過ぎるんだよ明久君。
尤も正確に言うのなら『人を人たらしめている心の一部分を取る』、というのが適切だね。
人が思い悩むのは人としての心があるから。だから色々と複雑に思い悩んでしまう。ならば、
その厄介な心の一部分を取ってしまえばいい。そうやって人の心を取るんだよ…のっぺら坊は」
絶句した。裂男の説明に対し明久はただ絶句する以外の行動、思い、言葉といったものが
まったくもって見つからなかった。
「わ……私の顔は、……取り戻せるんですか?」
「まぁ難しいんだけど取り戻せないってわけじゃないね。方法は単純。神様とバトればいい」
「えっ?」
「へ? ようするに戦うってこと? 神様なんだから普通に頼めば返してもらえ」
「ない。断言するよ。神様ってのは基本的に『貰い』、そして『与えるもの』だけど『返す』と
なると話は別になっちゃうんだコレが。だからこそ戦って神様に勇猛さを見せつけてのっぺら坊
を感服させるんだ。そうすれば返してもらえる筈さ」
クルクル、クルクル、またクルクルと自身が座っている回転イスを文字通り回転させる
裂男は唐突にその行動を急停止させ、改めてその視線を明久へと戻す。
「とは言っても、のっぺら坊と戦う相手は小生じゃない。小生は、怪異の専門家にして怪異
退治をしてるけども『怪異退治の行為』はあくまでも均衡を守る為なのさ。君たちが住む側
と怪異たちが住む側の境界線の均衡はとっても大切だ。でも怪異の中には意図的ではないに
しろ均衡を崩してしまうような性質の者もいる。
だからこそ、小生はそういった怪異を退治して均衡を守っているわけだ。今回の場合は別段
均衡を乱し崩壊させるような一件じゃないから、あくまでも小生は戦わない」
「で、でも、それじゃ……」
「だからこそ。君が戦うのさ、吉井明久」
ついさっきとは違う、何処か真剣さを帯びた真摯な瞳を明久と優子の二人に向けて裂男は言った。
~~第三者サイド~~
神様と呼ばれる存在と戦う。
一体全体何処のふざけた冗談だ。と、明久は言いたくなる。
だが、そうでもしなければ『のっぺら坊』と言う神様は、優子から奪った表情(かお)を返さない
のだから、そうする以外に解決方法は無い。
そして現在。
明久、優子の両名は如月市の大橋を歩いていた。
裂男はのっぺら坊を特定の場所に出現させる為『降霊の儀式』の準備をするということなので、
一旦家に帰り待ってほしいとのことだった。
「ねぇ……吉井君」
「ん? なに? 木下さん」
「貴方って、本当にゾンビなの?」
ゾンビ。それはもうホラー映画世界において名を刻むモンスターの一角であると同時に
散々ホラー系のサブカルチャーにおいて掘り尽くされた鉱脈だ。
だがブードゥーの原典ゾンビより数々の映画作品によって変質したホラー映画ゾンビの方が、
その知名度は圧倒的と言えるだろう。
もはや原典ゾンビを知る人間なんて極少数、むしろ天文学的数値と言っていい位の少なさに
違いない。それだけに映画によって変質したゾンビと言うのは多くの人々に衝撃を与えた、
とんでもないモンスターなのだ。
明久は自分がそんなゾンビの半分だけの存在『ゾンビ・ハーフ』になったことと、詳しい経緯
を優子に事前に教えていた為、それ故の質問と言えた。
「まぁ信じられないのも無理ないよ。基本的にみんなが知ってるゾンビって言ったら意思も
知能も無くて、それでも食欲だけは異常にあって人間を食い殺すって感じでしょ?」
「そうね。貴方のように何の罪もない女の子を騙してその性を貪る怪物よね、ゾンビって」
「僕も含めてゾンビにそんなサキュバスみたいな特性ないよ!? さっきから人をどんだけ
変態にしたいんだよ君は!!」
『人を人たらしめている心の一部分を取る』。
裂男はそんなことを言っていたが、果たして本当なのかと疑ってしまう所が明久にはあった。
春休みに邂逅した時も、文月学園で再開した時も、彼女は辛辣さに満ちた毒舌をマシンガンか
何かのように自分に向けて吐き出してくる。明久にとって彼女の第一印象はまさにそんな感じ
だったと言えるだろう。
現に今もこうして明久自身に対して毒舌を放っている。
しかし、やはり彼女に張り付いた仮面のような『無表情過ぎる顔』が、彼女の『心の無さ』を
ありありと曝け出していた。
「何で……貴方はそこまでして私に協力してくれるの?」
「えっ?」
「普通、こんな厄介極まりないことに関わる理由なんてないし、必要もない。でも貴方は
何故か好き好んで自分から首を突っ込んで来る。私にはそれが……どうしても理解できない」
「……まぁ、確かにそうだよね。実際。僕は君からすれば赤の他人なんだろうし、僕からすれば
君もやっぱり赤の他人だよ。優子さんの言う通り、本当なら君の問題の解決に僕が協力する義理
も無ければ、理由もないと思う」
「それなら」
「でも」
そこで明久は、ふと、立ち止まり振り返ると真摯な瞳に優子を映した。
「君が一生不幸のままで。誰にも自分の苦悩を言えなくて。ずっと、周りどころか自分さえも
騙したくないのに欺いてる、そんな地獄の底のような場所にいていい理由にはならないよ。
僕って誰もが皆スゲーって言うくらいの大馬鹿だから、すごく自分勝手なんだよ。本人の意見
なんか聞かないし、何が何でも底から引っ張りあげようとする。例えソレがどうしようもない
偽善だったとして悪辣な行為だったとしても。僕は絶対そうする」
明久の言い分はあまりに自分勝手だ。
地獄の底から誰かを救い上げる、と聞けば大抵の人間は『なんて素晴らしい人なんだ』と褒め
称えるかもしれないが『地獄に浸り続けることこそが救い』と思う人間もいる。それはダメだ
と理解していながら、一時でも苦痛から救われる為に麻薬の摂取し続ける麻薬中毒者のように。
そんなどうしようもない人間さえ、目の前にいたら救おうと彼は足掻くのだから、本当に馬鹿だ。
救ったところで助けた者から裏切られ、その挙句殺されるかもしれないのに。もしくは地獄に浸り
続ける以外に何もできず、浸り続ける以外の全てに絶望して助けたその人は自殺するかもしれない。
だからこそ明久の行動は己の分を弁えない愚者の行動なのだろう。
救ったところで、その人が幸せになれる道理なんてない。
それでも、そうだとしても、彼は救う。何が何でも。
踏み切りスプラッターの一件がまさにそうだったように。
「そう……本当に貴方って馬鹿なのね」
「ああ、世界でも類を見ない位の馬鹿だよ」
さて。そんな話をしている内に二人は自宅に着いた。自宅と言っても優子の家で明久はあくまで
送りに過ぎないので用を果たせばそのまま帰るつもりだったが、また会うのも面倒だから時間に
なるまで一緒にいた方がいい、と。優子直々の提案で明久は木下家へと訪問することになった。
「おかえり姉上。うん? 何故明久がおるのじゃ?」
リビングへ入った二人を迎えたのは、同じクラスの友達で木下優子の弟である木下秀吉だった。
「ちょっとした野暮用と縁って奴よ。吉井君、悪いけど此処で待ってて。シャワー浴びて来るから」
「う、うん。分かった」
そう言って優子はリビングを出てシャワー室へと向かう。
残された明久は未だ慣れない木下家の住まいに緊張しながらも近くにあったソファーに座る。
「すまんのぅ明久。せっかく来たのじゃから、ゆっくりしていってくれ」
「あ、ありがとう秀吉」
秀吉が淹れてくれた緑茶をズズーっと啜り、一息吐く。
「ねぇ秀吉。その……優子さんっていつもあんな感じなの?」
「……いや、少なくとも中学三年生の夏まではあんな雰囲気ではなかったのじゃが、
やはり最大の要因はあの事件じゃろうに」
「事件?」
怪訝な表情を浮かべる明久の為に秀吉は懇切丁寧に順に説明していった。
自分達のとって姉のような幼馴染で年上の親友がいたことを。
ある日、優子がある一つの深刻な出来事が切っ掛けで飛び出すように家出したこと。
優子を必死に捜していたその親友が交通事故に遭い、そのまま帰らぬ人になってしまったこと。
それから一週間後の夏休みのある日を境にああなってしまったことなど。
一切全部を包み隠さず明久に話していった。
「その人の名前は『山潟沙弥(やまがたさや)』と言ってな。小さい頃は三人一緒に
よく遊んだものじゃが……今となってはのう……」
秀吉の顔に暗い影が差す。だが『山潟沙弥』という名前を聞いた明久は、そんなことなど
気にも止めず、秀吉の口から零れたその名前にただ驚愕するしかなかった。
何故なら、吉井明久は山潟沙弥を知っているからだ。
文月学園に入学する前、宿魂に憑依され『踏み切りスプラッター』という怪物に変異して
そうなってしまった幽霊少女……その本名が『山潟沙弥』という名前だった。
「お待たせ、吉井君」
「なッ!!//////////////////」
「あ、あああ姉上! なんて格好をしておるのじゃ!!////////////」
一言で表すと全裸。大切なのでもう一回言おう。全裸だ。
濡れた髪から水滴がポタポタと垂れ落ち、まさしく『風呂上り』と言わんばかりの
あられもない姿がそこにはあった。
「なによ吉井君。秀吉ならともかくして私の全裸を見て興奮して欲情してるの?」
「ば、ば、ばば馬鹿なこと言わないでくれるかな! 僕にそんな邪な気持ちはない!」
「あら。そうなの? てっきり碇シンジ君みたいに私の身体を押し倒すのかと思ってたけど」
「そんな真似しないよ! てゆーかアレは100%事故みたいなものだろ。一人の男として
断言させてもらうけど、彼に罪はない!!」
「そう。きっと貴方という腐った人間は碇ゲンドウみたいにドロドロに爛れた愛人関係を
構築していくのね」
「人の話をちゃんと聞いてから会話しようよ!?」
明久の意見など何処行く風と言った様子で軽くスルーし、明久と秀吉の二人が座っている
以外のもう一つのソファーに置かれている、何十枚か綺麗に折り畳まれたタオルの真ん中
辺りを崩さずに取り出し、濡れた身体をゆっくりと拭いていく優子の姿はやっぱりエロい
と断言しよう。
(や、やばい! 初めて女の子の裸を見ちゃったよ! てゆーか何でわざわざ真ん中辺り
を取った!? 普通一番上から取るものだと思うけど……)
、
もちろんながら……明久はこれまで家族以外の女性の裸を見たことがない。
それはつまり、意外と美少年な位置付けの癖して正当過ぎるほどに童貞野郎ということなのだ。
しかし色々と混乱しているものの、何気なくツッコミを忘れないところは一流だろうか。
「はぁぁ。姉上、いい加減そういうのはよしてくれんか? これではまるで露出…」
シュッ
何かが秀吉の頬を掠めた。
どうやら果物ナイフらしく、同時に優子の『睨み付ける』が炸裂。
効果は抜群だ!
「い、いや、その……何でもない」
姉の恐ろしさを幼少の頃からよく理解している秀吉だからこそ解る。
彼女に対しての言葉を一歩間違えば……『死』あるのみだと。
~~第三者サイド~~
夜の風が何処からか吹く。
明久と優子が廃墟ビルに着くと同時に時刻は12時00分を回り、日付は4月27日となった。
「待ちかねたよ、明久君に優子ちゃん。もうこっちの準備はとっくに終わってるから
付いて来てくれるかな?」
そんな二人を待っていたのは当然の如く裂男だが、その服装は白い神父服へと様変わりし、
髪型もそれに合わせたのかどうかは分からないが、オールバックにキメていた。
いつもと違うその容姿に反応したのは明久だった。
「また随分な格好してるけど、何か意味でもあるの?」
「ううん? ああ、コレね。いやほら、一応服装ってのも神様の降霊儀式には必要なんだ。
だからこうしてこんな格好してるわけなんだよ。まっ、あくまで形だけなんだけどね」
階段を一段一段、廊下を一歩一歩と進んでいきながら降霊儀式の場へと赴く三人。
そんな折、ふと。
優子が裂男に質問を投げかけて来た。
「あ、あの、裂男さん」
「うん? 何かな優子ちゃん」
「一つお伺いしたいんですけど……目当ての神様を呼び出すにしろ、その神様は何処に……」
「そうさねぇ。神様なんてのは見えないだけで何処にでもいるもんだからさ、人智を越えた
存在だからといって何も人の手には届かない領域にいるなんてことはないんだよ。ただ其処
にいて、何処にでも現れて、此処にはいない。それが神様ってもんなのさ」
相変わらず赤いマスクの下で軽薄な笑みを浮かべながら言う裂男はふと、ある重厚な
扉の前で立ち止まる。どうやらこの扉の向こうが儀式の場らしい。
裂男が扉の取っ手に手をかけて押す。
その重厚な扉が鉄で出来ている為に錆びているのか、軋む様な音を上げながら開いた。
「どうぞ入って。ああ。それと此処はもう神聖な場所となってるから、入る前は
目を瞑って手を合わせて一礼することを忘れずにね」
裂男の言葉に従い、言う通りに頭を下げるようにし手を合わせ一礼する。
中に入った二人の目の前に床に敷かれた巨大な魔方陣のようなものが描かれた白い布と
無数の蝋燭、そして小さな社のようなものがあった。
「まっ、儀式って言っても何も小難しく考える必要はない。ただ願えばいい。そうすれば
あとは神聖なる場と化したこの場所の力が神様を顕現させる。さっ目を閉じて静かに願うんだ。
明久君もね」
優子は言われたとおり手を合わせ祈祷する。1分、2分、3分、4分、5分、と経過してから
裂男が次の指示を出した。
「よし、もうそのくらいでいいだろう。二人とも目を開けてよく見てみるんだ。自分達の目の前に
何がいるのか、どういった存在がいるのか、それをよく見るんだ」
いつもの軽薄な口調と違い、真剣さを帯びた声が明久と優子の鼓膜に突き刺さる。
裂男の言う通りにして、二人は目を開けた。
「なっ!」
「あ……ああっ!!」
明久は驚愕の声を、優子は何処か怯えの混じった声を上げる。
そこには面と書かれた白い布をフードのように被った姿の異形がいた。
まるで卵のようにのっぺりとしていて、顔を構成するパーツが何もない顔。
それこそ、これが、優子があの夏の日に出遭った怪異……のっぺら坊だ。
『久しいな。木の下の娘よ。平をこの場に呼んだということは、またあの時のように
心を取ってほしいのか?』
「え? それってどういう……」
「ち、違います。私の……私の表情(かお)を返してほしいんです。お願いします!」
『ならぬ。平はあくまでも神、神様。貰い与えるものだが返すことは決してない』
「そ、そこを何とか…!!」
「おっとっと、そこまでにしとけよ優子ちゃん。こっからは明久君の仕事さ」
そう言って裂男はのっぺら坊に一つの提案を持ちかけた。
『決闘』。すなわち神様との戦い。
ハーフ・ゾンビである明久と神様であるのっぺら坊が尋常に勝負し、勝てば表情(かお)を
返してもらえるが、負ければ明久の命を奪い優子自身の心を根こそぎ貰い受けるという約定。
これに対し優子は渋ったものの承諾し、吉井明久は……
「やってやるよ。絶対コイツに勝って、優子さんの表情(かお)を、心を取り戻す」
即座に承諾した。
そして今、明久とのっぺら坊は何もなく無駄に広い倉庫のような部屋で互いに対峙している。
『これは奇妙な。お前は半分死んでいるのか?』
「……さっさと始めるぞ。悪いが先手必勝だ!」
のっぺら坊の質問に答えず、先手を打つ明久。
家から持ってきた木刀を振るい、のっぺら坊の首筋辺りに打ち込む。
『甘い。甘いぞ、明の久しき少年。平はこの程度など苦でもない!』
しかし、手応えはまるで無かった。
『明きの久しき少年。貴様は中々の実力者か? そうでなければ平を倒すこと叶わんぞ!』
のぺっら坊の顔に恐ろしい顔つきの般若の面が張り付き、そこから灼熱を劫火を明久へと
浴びせる。
「ぐっ、がぁっ! ああああああああああああああああああああああ!!」
『火の熱さは貴様にとっては苦痛過ぎるだろうな。何せ貴様は半分だけとは言え屍人の怪異。
屍に火は厳禁、これすなわち自然の理。そのまましばし生き地獄を味わってから死ぬが良い』
吉井明久は半分だけのゾンビ。
つまりハーフ・ゾンビなわけだが、ゾンビとしての弱点である『日光』は無い。
が、『火』は消えることなく明久の弱点として残っている。
『日光』と『火』。
これが屍人種共通の弱点であると同時にゾンビが持つ弱点である。
同じ屍人種である吸血鬼はこの二つ以外に『十字架』『大蒜』『白木の杭』『銀製の武器』
など多々あるが、ゾンビはこの二つだけ。よってゾンビの退治方法というものは、そのゾン
ビを操作している魔術師を倒すか、もしくは以上による二点の弱点を利用して倒すかの二択
に絞られる。
そして今、のっぺら坊が用いている明久への退治方法は弱点である火を用いた攻撃。
明久にとって分が悪いのは明確だった。
(ヤバイ! このままじゃ……マジでヤバイ!)
全身の大部分は、ほぼ炭化状態。
このまま劫火に身を焼かれ続ければどうなるのかなど、明久自身が一番よく理解している。
「くそがっ! あんまり、ゾンビを、なめんじゃねえええええええええええええ!!!!」
『何っ!?』
のっぺら坊が驚愕したのも無理はない。明久は獣のような咆哮と共に劫火をその身に
浴び続けながらも眼前にいる、のっぺら坊めがけ突進していく。
もう既に下半身は完全に炭化しているにも関わらず、明久は信じられない速度でのっぺら坊に
接近し、木刀の先端を用いてのっぺら坊の般若の面を刺突する形で粉々に打ち砕いた。
『が、があああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』
狂った獣のように喚き散らし、のっぺら坊の顔に能面や阿多福面などの様々な種類の仮面が
パッと出てきてはパッと他の仮面に移り変わっていく。その様はまるでテレビのカットだ。
やがて糸の切れた人形のように倒れ込み、それに習うかのように明久も地面へと倒れ込む。
薄れ闇へと徐々に沈んでいく明久が見たのは、何かを必死で叫んでいる人影だった。
~~明久サイド~~
暗い。暗い。暗い。暗い。暗い。暗い。暗い。暗い。暗い。暗い。暗い。暗い。暗い。暗い。
重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。重い。
とにかく暗くて、とても重い。
僕は何でこんなところにいるんだっけ?
何でこんな真っ暗で重いと感じるような場所にいるんだ?
ああ……そうだ。優子さんだ。
僕は優子さんの為に戦ったんだ。彼女の為に。彼女の心をのっぺら坊が奪い返す為に。
そう願った瞬間、僕の意識はまた静かに眠り込み次に目覚めた場所は見慣れた廃墟の一室と
泣きそうな顔で僕を見る優子さんの……うん? あれ? 何だろ。妙に後頭部が暖かいな。
「やぁ明久君、おはようさん。あんな重傷だったのにすぐ元通りに再生して、しかも回復して
からたったの5分に目覚めるなんて驚きだな~~本当に」
いつだって変わらない裂男の軽薄な口調が僕の鼓膜に届く。どうやら僕が倒れてそう時間は
経っていないみたいだね。でも本当になんだろうこの後頭部の感触。何でこんな暖かいんだろ?
「うんん? 明久君。もしや君は自分がどういう状況なのか分かってないのかな?
だったら顔を横に向いて視点を変えてみるといいよ。絶対に分かっちゃうからさ」
裂男の言葉に怪訝を浮かべながらも僕は視点を真上から横にして見てみる。
そして裂男の言ったとおり、僕の身に起きている状況が一網打尽によく分かった。
簡単に言うと、僕は膝枕をされていた。
誰がやっているのかと思えば、まさかまさかの優子さんだった。
「あっ、いやっ、これは……その………ほ、ほんのお礼代わりにと……思って……あぅぅ/////」
……………………………………………………………………………………………………………
……………………………………………あれ~なんだろう、コレ。
なんか優子さん…………………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………………………………
…………………滅茶苦茶、可愛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
いいいいいいいいいッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!
えっ、ええっ!? 何コレ! こ、これはもしや心を取り戻した優子さんの本当の姿!?
まさか、まさか、こんなにも健気で献身的だったなんて!
この膝枕行為がもし彼女の献身さを表したものじゃないって言うなら、一体何なんだ!?
ないだろう! つまり……これは紛れもない彼女の献身さ!!
すなわち『萌え』だあああああああああああああああああああああああああ!!!!???
「さて、と。そんじゃ優子ちゃん。明久君へのお礼もいいけど、こっちにもしてあげた方が
いいんじゃないのかな?」
『……………………』
そう言って裂男が指差した方向にいるのは、僕と激戦を繰り広げた相手『のっぺら坊』。
どうやらまだいたらしい。
「はい。分かってます」
そう言って優子さんは僕の頭を優しく丁寧に床に置くと、のっぺら坊の前で正座し深く頭を下げた。
「ごめんなさい。本当に……ごめんなさい。貴方に心を……私の心を奪わせておいて……こんな。
でもやっぱりダメだったんです。どんなに苦しくても、つらくても、泣きたくても、悲しくても、
決して手放しちゃいけないものなんです……だから、だからもう、貴方に頼んだりはしません。
ちゃんと、自分で背負っていきます。今まで本当にありがとうございました」
『………木の下の娘よ。その言葉、偽りは無いか?』
「はい、ありません」
『そうか………平は神、神様。故にやはり人間というものは、よく解らんものだな』
たったそれだけ。それだけを言うとのっぺら坊は消えた。
最初から其処に存在していなかったかのように。
「うぅ、うわぁぁ、あああああああああああああああああああああ!!!!!!」
そして彼女は泣いた。『ごめんさない』と何回も呟きながら、今までの無表情が嘘だったみたいに泣いた。
「神様ってのはさ、強制的に人間から何かを奪ったりはしないものなんだよ。あくまでも彼等は
『貰い』そして『与える』存在だからね。のっぺら坊だってそうさ。全然例外なんかじゃない。
あの子自身が何らかの事情で背負うには重過ぎる精神的な苦痛を受けて、それから解放されたい
と願った。
神様は願った者の前に現れる。だからこそのっぺら坊と優子ちゃんは互いに出遭ったというわけさ」
説明を交えた口調で裂男は優子さんを見ながら、僕にそう語りかけた。
事態が何とか収拾した後、優子さんは僕と裂男に語った。自分がのっぺら坊に出くわした経緯を。
彼女には『姉さん』と呼べる年上の親友がいて、その人は小さい頃から優子さんと秀吉の3人組で
いつも一緒にいることが多かったらしい。
けど中学3年の夏休みに入る一週間前、事は起きてしまった。優子さんにとって初恋の人ができた。
その人に告白しようとした際、彼女は知ってしまった。
優子さんにとって『人生初の初恋相手が親友の彼氏だった』という事実を。
その時の優子さんがどういう思いであったかなんて人を好きになれど、愛したことのない僕では
察するのはおこがましいと思うんだけど、とても辛い筈だ。
優子さんは自分のことを全部親友に打ち明けた後、飛び出すように家を出た。
特に当てなんて無かったらしい。
ただ、一度でも、気持ち悪いくらいに嫌な思いから解放されたかったから、ひたすら走り続けた。
そんな彼女を親友は必死に追う形で捜した。そしてようやく見つけて道路を渡ろうとした直後、
親友は一台のスピード違反と信号無視を犯した自動車に撥ねられ、そのままこの世を去ってしまった。
この瞬間、彼女の心は絶望と悲哀の二色で染められてしまった。
更に彼女の死を切っ掛けに親友の彼氏であり、優子の初恋相手だった少年は後を追う形で自殺した。
度重なる不幸の連続。その際に引き起こされる悲しみと後悔を背負わなければならない彼女は、
のっぺら坊という怪異に出会った。
そして彼女は願ったんだ……『この苦しみを、思いを、心を、取り除いてください。取って下さい』と。
自らそう進んで………。
「まっ、別に悪いことじゃないよ。今回の場合だと今更心を取り戻したところで、そのお姉さんや
初恋相手が生き返るまわけでもないから、ある意味無駄だったかもしれないしね」
それでも。そうだけど。そうだったとしても。優子さんは返して欲しかったんだ、自分の心を。
「いいえ、全然無駄なんかじゃないわ。少なくとも大切な人ができたのだから」
「へ? 大切な人って……誰?」
「貴方よ。吉井明久君。私は……その……あ、貴方のこと、大好きです。愛してます!
で……できれば……け、け、結婚を前提に……つ、つつ、つ、付き合って下さいッッッ!!!!」
ぎこちない。すっごくぎこちなかったけど。顔真っ赤にさせて、優子さんは確かにそう言った。
そんな彼女の唐突な告白に対し、僕は。
「ご、ごめん。あの、何ていうか……三日間の猶予をくれない?」
と、男としてスゲー格好悪く情けない返答をしてしまった。
感想待ってます!