Saint Snowの2人の弟である俺は『人殺し』 作:七宮 梅雨
〜事件の起こる前日〜
明日にライブを控えた彼女たちは、振り付け、立ち位置、衣装の修正などに時間をかけ練習を終えた。
千歌「よーし、みんな!!明日は精一杯楽しもうねー!!」
千歌以外「おー!!」
練習着から制服へと着替え終えた後、千歌先輩の言葉で解散となった。
明日はリハーサルもあるし、機材の準備なども早くしなければならないので今日は早めに帰って寝ようと思っていたが、
善子「ねぇ、奥山くん!!」
明「ん??」
善子さんから話しかけられるなんて、珍しいな。
明「どうしたの??」
善子「この後、ずら丸とルビィと一緒に自主練するんだけど付き合ってくれないかしら??」
明「自主練??」
善子「えぇ。これ、見てくれないかしら」
善子さんはスマホを取り出して、とある動画を流す。これは……………今日の練習の動画だ。いつの間に撮ってたんだ??
善子「ここのシーンを見て欲しいんだけど」
善子さんが見て欲しいシーン、『ダイスキだったらダイジョウブ』の途中にある1年生3人が歌うパート部分だった。…………そこまで気になる要素はどこも見当たらないのだが…………。
善子「ここの私達のパートだけ、少しだけダンスがズレてるのよ」
明「ズレてる??」
善子さんの指摘でもう一度巻き戻し、再生する。言われてみれば確かに微かだが、3人のダンスにズレが生じている。生じてはいるが
明「本当に微かの範囲だぞ??言われてみれば確かに………と思うぐらいなんだけど。」
善子「私達はそれが嫌なの!!」
明「お、おう。」
びっくりした…………。いきなり大声出さないで欲しい。
善子「それを直すために練習をしたいの。だから、付き合ってくれない??」
明「それだったら俺は別に構わんが…………」
善子「やった!!じゃあ、コンビニ前で集合ね!!絶対に来なさいよ!!じゃなきゃ、堕天使ヨハネの魔術で呪っちゃうんだからね!」
善子さんはそう言って、走り去ろうとした瞬間、俺は彼女に声をかけた。
明「なぁ」
善子「何??」
明「どうして、そこまで完璧を求めるんだ??さっきも言った通り、そこまで気にする必要はないと思うんだけど」
俺の問いに、善子さんは「コイツ、バカなのか??」と言わんばかりの表情をして一言。
善子「私達が納得してないからよ。リリーを最高の形で東京に送り出してあげたい。その想いは千歌だけじゃないってこと…………仲間として当然のことでしょう??」
この言葉を最後に善子さんは走り去って行った。
彼女は第三者からしてみれば頭の痛い中二病にしか見えない。しかし、先程の言葉で俺は前から気づいていたことを改めて確信した。善子さんは仲間想いの女の子で諦めの悪い女の子であるということを。
俺は何も言わないまま、思いっきりと両頬を叩く。パシィィィィンと気持ちの良い音が鳴り響いた。当たり前だが、両頬からジリジリと痛みを感じる。
明「痛てぇ…………」
先程の俺の言葉は彼女にとって余りにも失言だった。
千歌「あれ?まだ誰かいて…………って奥山くん!?どうしたの??両頬真っ赤っ赤だよ!?」
戸締りの確認に来たのか、千歌先輩が部室に入ってきて俺の両頬を見るなり心配そうな表情をして近づく。
明「大丈夫ですよ。少しケジメをつけただけです。」
千歌「ケツメイシ??」
明「どうして、そうなるんですか………。」
せっかく、気を引き締めたつもりだったのに………。シリアスブレイカーかよ、この人は。
明「じゃあ、俺はこれで。」
千歌「うん。気をつけて帰るんだよ」
明「了解です。では、また明日」
千歌「奥山くん」
明「はい?」
千歌先輩が俺に声をかける。振り向くと、千歌先輩は微笑みながら右手をグッジョブにして言葉を出した
千歌「明日はよろしくね!!」
明「はい!!」
しかし、この時の俺はまだ知らない。俺のせいで先輩の笑顔を壊してしまうことを…………
〜コンビニ前〜
善子「遅かったわね!!」
コンビニ前まで行くと、両手を組んで見るからに怒っているオーラを放つ善子さんの姿があった。後ろには花丸さんとルビィさんの姿もある。
明「悪い。ちょっとだけ千歌先輩に捕まってた」
善子「言い訳無用!!罰として私たちに何か奢りなさい!!」
う、うぜぇ………。けど、俺のせいで彼女たちの自主練の時間を減らしてしまったのも事実。
明「分かったよ。ほれ、これで何か買ってこいや」
俺は財布から2000円取り出して、善子さんに渡す。すると、善子さん達3人はキャピキャピとしながらコンビニへと入って行った。
数分後に、お菓子やら飲み物やらのっぽパンやら一番くじのハズレ商品を持った彼女達がコンビニから出てきた。いや、ちょっと待て。誰だ、一番くじ引いてきたやつは!!善子か??善子なのか??善子なのだろう??
ルビィ「ごめんね、奥山くん。一番くじやっちゃった。」
明「いや、お前かよ!!」
ごめん、善子さん。普通に疑ってたわ。てか、よくよく見てみたら一番くじの内容はサンリオ系のやつじゃないか。善子さんには無縁のものだな。
善子「あんた、私の事馬鹿にしてない??」
明「安心しろ。常に思ってるから」
善子「何よ、それー!!」
花丸「善子ちゃん、近所迷惑ずら」
善子「善子言うなーー!!!」
その後、完全に拗ねてしまった善子さんを俺たち3人でなんとか復活させてから自主練の方を開始させた。
〜数時間後〜
善子「どう…………だったかしら」
汗を流し、はぁはぁと息を切らして心配そうに俺の方を見つめる3人。俺は3人の顔を見ながら呟いた。
明「うん。完璧だ………」
善子・ルビィ・花丸「!!」
俺の言葉に驚きの表情を見せる3人。確認として、手に持っていたスマホで先程の3人の動きを見直す。うん、やっぱり………
明「動画で見直しても、3人の動きはピッタリだ。………やったな」
善子・ルビィ・花丸「わーい!!」
上手くいったおかげか、3人は歓喜の声を上げた。3人姿を見てると、こっちまで嬉しくなる。
ルビィ「ルビィ達、出来たんだね!!」
花丸「ずらぁ!!」
バタン!!
明「!?」
急に、善子さんが両膝を地につける。もしかして、体になにかあったのではと思い、直ぐに駆けつけたが
善子「ゔゔ…….良かったよぉ……………」
善子さんは大粒の涙を流していた。よっぽど嬉しかったのだろう。
俺は何も言わずに、堕天使ヨハネの頭を優しく撫でた。本当の本当の本当にこいつは強い女の子だ。まじで尊敬する
善子「ーーーー♪」
花丸「ずらぁ………」
ルビィ「ぴぎぃ………」
明「うわ!?」
俺の背後からルビィさんと花丸さんがジト目で迫ってきた。いや、怖ぇよ。
花丸「善子ちゃんだけ、せこいずら」
明「は?」
ルビィ「うゆ」
明「あぁ、なるほど」
2人の状況を見て何とかく理解した俺は右手で花丸さんの頭を、左手でルビィさんの頭を撫でてあげた。
花丸「ずらぁ♪」
ルビィ「ぴぎぃ♪」
うん、満更でもなさそうだ。
明「もうだいぶ日が暮れてきたし、帰るか。いくら連絡してるからって言ってもそろそろ帰らないと厳しいだろ。特にルビィさんのとことか」
ルビィ「あはは」
早く帰らせないと、この子の姉が面倒臭いからなぁ……。今頃「ルビィはまだ帰ってこないですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」と発狂してそうだ。
明「暗いし、何かあったら怖いから3人とも家まで送ってくよ」
善子「そこまでしなくてもいいわよ」
明「馬鹿野郎、そういう奴ほど危ない目に遭うんだよ。フラグ立てんな!!」
そういうことで俺は善子、ルビィ、花丸という順番で家まで送ることにした。
〜津島家の前〜
善子「ここまででいいわよ」
善子さんが住んでるマンションのすぐそばまで行くと、彼女はここあたりで俺たちの足を止めた。
明「そうか。じゃあ、また明日な」
善子「うん。今日はその………ありがとう」
明「おう。堕天使様のためだからな」
善子「ふふ、それじゃあ」
〜黒澤家前〜
ダイヤ「ルビィィィィィン!!」
ルビィ「ぴぎゃあああ!!」
ルビィさんの家に行くと、なんと入口の前で心配そうにダイヤ先輩が立っており、俺達の姿を視界にとらえた瞬間、泣きながらルビィに抱きついた。どんだけ、シスコンなん??
明「も、もうその辺にしといて上げてください。ルビィさん、疲れてるんで。」
俺がフォローに入ると、ダイヤ先輩はルビィさんを解放させる。
ダイヤ「奥山さん、ルビィを家まで送ってくれてありがとうございます。助かりましたわ」
明「マネージャーとして当然のことをしただけですよ。それでは」
ルビィ「奥山くん!!今日はありがとうね!!」
明「あぁ」
ルビィ「ルビィの頭を撫でてくれた時、とても気持ちよかったよ」
明「ちょ、おまえ………」
ダイヤ「は?」
明「あ」
ダイヤ先輩の口から聞いたことの無い声のトーンを耳にした瞬間に俺はまるで天敵から逃げるように超全力疾走で走った。あとで、LINEで誤解を解いておこう。
何とか、ダイヤさんから逃げきれた俺は最後に花丸さんの家まで2人きりで向かっていた。
花丸「……………」
明「……………」
ルビィさんを見送ってからは、ずっと沈黙の時間が流れている。彼女を避けている俺からしたら好都合なのだが、少しだけ気まづい。
花丸「あのね奥山くん」
明「!?………どうした??」
唐突に花丸さんに話しかけられてビックリした。
花丸「マル………奥山くんに謝らなきゃいけないことがあるずら」
明「謝らないといけないこと??」
花丸「うん。」
なんだろう…………。嫌な予感がする
花丸「合宿の時に、実は奥山くんと鞠莉ちゃんとダイヤさんの3人でしてた会話を聞いてしまったずら」
明「ーーーーーーーッッ!?」
なんだと…………。いや、よくよく思い出してみるとあの3人で会話してる時に背後から音が聞こえたな。あの正体は花丸さんだったのか。
花丸「も、もちろん。奥山くんの過去のことは誰にも言ってないし、言うつもりもないずら!!」
彼女の言葉で俺はひとまず安心して溜息を吐く。彼女のことだ。うそはついていないだろう
花丸「ごめんね。多分、東京に言った時も明くんの過去を思い出させるような言葉を言っちゃったからマルを避けるようになったんだよね??」
明「………………」
花丸さんの言う通りだ。そこまで分かっていたか。この子も千歌先輩同様、馬鹿そうに見えて案外鋭いところがあるんだな
明「一つだけいいか??」
花丸「??」
明「どれだけ会話を聞いた??」
花丸「奥山くんが『人殺し』だったっていうことしか聞き取れなかったずら。あとは途切れ途切れで何を言っているのかわからなかったから…………」
明「そっか」
なるほど。花丸さんが知っていることは俺が『人殺し』であるということだけ。つまり、俺がSaint Snowの鹿角姉妹の弟だということまでは分かっていないということか。
花丸「マルも一つだけ聞いていいかな??」
明「何だ??」
花丸「奥山くんは………………Saint Snowのあの2人とどういう関係なの??」
明「は?」
…………おかしい。どうして、ここで彼女から姉ちゃん達の存在が出てくるんだ??会話は聞いてなかったんじゃないのか??
花丸「東京でSaint Snowに会った時にまず思ったのが、彼女達と奥山くんがなんとなく似ているなと思ったずら」
花丸「あとライブの日、Saint Snowが1番手だと知った時の奥山くんの表情がいつもと違ってたずら。まるで、彼女たちに素顔を見せないような動きだった。」
明「……………」
花丸「もしかして奥山くんはあの二人の………」
ズガァァァァァァァァァン!!
花丸「ッッ!?」
花丸さんが言い切る前に俺は、彼女の顔面すれすれの所に回し蹴りをする。当然、当てるつもりは無いので蹴りはそのまま彼女を通り過ぎ空き家だと思われる壁に蹴りが入る。すると、壁は大きいと音を立てながらヒビが入った。
びくびくと震わせながら、花丸さんは腰を抜かして尻を地面につけた。
明「頼む。それ以上は言わないでくれ」
花丸「あ……………」
理由は分からないが、花丸さんは俺の事について調べている。俺の入って欲しくない領域に足を踏み入れようとしている。それだけはどうしても避けておきたい。
だから、俺は
本格的に彼女を拒絶すると決めた。
俺はそのきっかけとなる言葉を……………
言ってしまった。
明「二度と、俺に話しかけんな。このド田舎無知女が…………」
これをきっかけにのちのち、明くんはぐちゃぐちゃとなります。