Saint Snowの2人の弟である俺は『人殺し』   作:七宮 梅雨

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少しだけ遡って、ラブライブ地区予選の前日のお話

難産すぎて辛かった。


『人殺し』は幸せ者である。

 ラブライブの地区予選のライブが遂に明日へと迫ってきた。

 

 なので、今日の練習は明日に備えて早めに終了となって解散となった。

 

 俺はスムーズ良く後片付けをした後に、着替えをしたあと校門前でスマホを弄りながら待機していた。どうせ、今日も善子達の自主練に付き合うことになるからな。

 

花丸「お待たせずら」

 

明「おう…………。あれ?」

 

 おかしいな。善子とルビィの姿が見当たらないぞ??何かあったのか??

 

明「他の2人は??」

 

花丸「善子ちゃんは用事で、ルビィちゃんは曜ちゃんと一緒に衣装の最終調整するって言ってたずら」

 

明「マジか」

 

 そうなると、今日の自主練は中止か。まぁ…………、明日本番だし逆に良かったと思ってるけど。流石に花丸1人だけで練習っていうのは難しいからなぁ………。

 

明「一緒に帰るか。」

 

花丸「ずら。」

 

 俺と花丸は肩を並べて、他愛のない話をしながら一緒に歩き出した。

 

 

花丸「遂に明日ずらね」

 

 

 少し歩いたところで、花丸が緊張しているのか弱々しく言葉を出した。明日の本番は、浦の星女学院の今後の運命が決まるかもしれない日だからな。緊張するのは当然か。

 

明「そう……だな。」

 

 

 それに、浦の星女学院だけではない。

 

 

 俺にとって………、いや『俺達』にとっても明日のライブはとても重要な日だ。

 

 

 明日のライブで、俺はある行動に出る。

 

 この行動の詳細を知っているのは今のところ零さんと千歌だけだ。他のメンバーにも明日に伝える気ではいるが、良い顔はしないだろうな。実際、千歌にこの件について伝えた時もそうだったし。

 

 それも、そうだろう。

 

 その行動によって、『人殺し』である俺は10年間遠ざけていたSaint Snowである姉ちゃん達の関係に踏み込むつもりなのだから。

 

 

 例え………………、それがどんなに悲惨な結末へと迎えるかもしれないとしても。

 

 

花丸「明くん…………??」

 

明「お、おう。悪ぃ」

 

 花丸が心配そうに俺の表情を伺う。どうやら、良からぬ表情を浮かべていたらしい。

 

 俺ってやつは本当に馬鹿野郎だ。自分のことばっかり考えてしまっていた。明日は俺だけじゃなくAqoursにとっても大切な日だというのに。俺のせいで、彼女を不安にさせてしまうなんて、マネージャー失格だ。

 

 くそ!くそ!くそ!

 

 

 ーーーーーーぎゅっ………。

 

 

明「え?」

 

 俺は自分の先程の行動で恨んでいると、誰かに右手を握られた。それは誰か………言わなくても分かるだろう。

 

 

 俺の右手を左手で、ぎゅっと握っている花丸が俺の顔を見つめていた。

 

 

 かつて、俺が彼女のことを好きだと気付いたあの日と同じく、彼女が握っている左手は暖かった。

 

 

花丸「明くん。少しだけあそこの公園に寄ろう」

 

 花丸は片方の右手でとある場所に指を指して俺に言葉をかける。彼女の指の先には、小さい公園があった。俺はあの公園で1度も遊んだことはないが、花丸が幼い頃に善子と遊んだことのある公園だという。

 

 花丸に引っ張られながら、その公園の中へと入る。この時間帯なのに、遊んでいる子供が誰一人いない。まるで、俺達のために用意したかのように感じる。

 

 そして、俺と花丸は入口の近くにあったベンチに横に並んで座った。

 

花丸「あの滑り台の上で、よく善子ちゃんは『天に帰るの』とか言ってたずら。懐かしいなぁ」

 

 あいつ、幼稚園児の頃からそんな中二病発言してたのかよ。普通にやべぇな。

 

 その後、しばらく花丸と善子のエピソードに付き合っていると………

 

 

花丸「ねぇ、明くん」

 

明「な、なんだ??」

 

 び、びっくりした。唐突に声をかけられたから、少しだけビクッ!?となってしまった。

 

 そんな俺を気にしないで、花丸は言葉を口にした。

 

 

 

 

花丸「そんなに、強がらなくてもいいんだよ。」

 

 

 

明「ーーーーーーーーーーーーは??」

 

 

 俺は、一瞬彼女の言っていることが分からなかった。

 

 彼女の顔を見ると、いつも以上に真剣な表情で俺の事を見ていた。花丸もこんな顔…………するんだな。

 

花丸「明くん、最近寝てないで練習来てたでしょ??」

 

明「そ、そんなことはない。」

 

花丸「嘘ずら。目の下のクマがマルの家に来た時よりも大きいずら。最近、分厚いフレームのメガネを掛けてくるようになったのも、みんなに気づかれないようにするためでしょ??」

 

明「うぐっ…………」

 

 悔しいところではあるが、ほぼ正解だ。ここ最近は、明日のことで頭がいっぱいになってしまって寝れていない。花丸の奴、よく見てんな。

 

花丸「それに明くん、皆に内緒で裏で凄く動いてる。何かを誤魔化してるかのように。………違う??」

 

 花丸は言葉を続ける。どうして、そんなに核心を突いてくるんだ…………この少女は。

 

明「それは…………」

 

 なんとか、嘘の言葉で誤魔化そうとしても言葉が見つからない。それを見て、花丸は「やっぱり………」と呆れたような表情を浮かべながら一言呟いた。

 

 

 

花丸「ねぇ、明くん………。今、明くんが心の中に溜めている想いを全部マルに聞かせて欲しい。」

 

 

 

 

明「俺の…………想い??」

 

 

 

 

 

花丸「うん。明くんの想い。」

 

 

 

 

 ーーー俺の心の中に溜めている想い??

 

 

 

 ーーーそんなの、あるはずがないだろ。

 

 

 

 ーーー逆に、なんだよ。それは。

 

 

 

 ーーーあるとしたら、明日のライブが成功でいますように、という祈りだけだ。

 

 

 ーーーだから、それこそ花丸の勘違いに決まって…………………。

 

 

 

 

聖良『人殺し』

 

 

 

聖良『もう、私達には近づかないで。』

 

 

 

明「ーーーーーッッ」

 

 

 突然、10年前に俺が聖良姉ちゃんに言われた言葉とその時にしていた表情をフラッシュバックで視界に映し出された。

 

 

 しかも、それだけじゃない。

 

 

理亜『姉様。なんだかこの人、気味悪いわ。早く行きましょ』

 

聖良『どうして泣いているのですか??』

 

 

 これは、10年ぶりに東京で姉ちゃん達に再開したとき………。

 

 

聖良『理亜は私の………大切な家族ですから』

 

 

 これは、東京のイベントのあとに襲われていた聖良姉ちゃんを助けたとき………。

 

 

理亜『この小豆ぜんざいを作った人を出してちょうだい。』

 

聖良『すみません、うちの妹が迷惑を掛けてしまったみたいで…………。』

 

 

 これは……………マリーと海の家で手伝いするときに理亜姉ちゃんが押しかけてきたときだ。

 

 

聖良・理亜「………………」

 

 

 そして、最後に忘れたくても忘れられない俺が商店街のライブで事件を起こした時に俺の姿を見て驚愕する2人の姿が映し出された。

 

 

 俺は、恐る恐るその映像に手を伸ばすと…………

 

 

 ーーーピギピギ…………パリン!!!

 

 

 フラッシュバックによって映し出された全ての映像にヒビが入り、そのまま跡形もなく砕け散った。

 

 

 …………そうか。そういうことだったのか。

 

 

 その瞬間、俺は彼女が言っていた『想い』の正体に気付いた。そして、無意識で小声ながらもそれを口にした。

 

 

 

明「…………い。」

 

 

花丸「え?」

 

 

 ーーーーーガバッ!

 

 

花丸「きゃっ………!?」

 

 

 俺は横にいる花丸に抱きつき、そして彼女の胸に顔を埋めてから大声を出して『想い』を吐き出した。

 

 

明「俺、明日が……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怖い!!」

 

 

 

 

 

 

 『怖い』

 

 

 

 

 それが、俺が無意識ながらも心の中に貯めていた『想い』の正体だった。

 

 

 それを口に出してしまった瞬間、まるで蓋を抜かれたかのように、どんどんと溜めてしまっていた想いが次から次へと吐き出される。

 

 

明「怖い、怖いんだ。明日のライブが。」

 

 

花丸「うん。」

 

 

 言葉を出す度に次第に目からは涙が、鼻からは鼻水が、口からは涎が情けなく出続け、顔がぐちゃぐちゃとなっていた。身体も震えている。つい、彼女を抱きしめている力も強めてしまう。

 

 それでも、花丸は嫌な顔を1つ見せずに、こんな情けない俺の頭を優しく撫でながら見守ってくれていた。

 

 

 

明「もし、明日失格したらどうしようって。もし、姉ちゃん達にもう会えなくなったらどうしようって。もし、会えたとしても、またあの表情で………あの目で『人殺し』って言われたらどうしようって考えちゃうんだよぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 まるで、泣きじゃくる子供のように俺は嗚咽を交えながら『想い』を吐き出す。 手で目を抑えるが、それでも涙は止まる気配はない。

 

花丸「うん。明くんは頑張ってる。それはマルたち、みんな分かってるよ」スリスリ

 

 

 花丸はそんな惨めな俺の背中を優しく擦りながら、励ましの言葉を何度も送ってくれた。

 

 

明「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」

 

 

 それから、俺はしばらくの間、彼女の胸を借りてひたすら泣きまくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明「いや、本当にマジですみませんでした。」

 

 馬鹿みたいに泣いた俺は、ようやく落ち着いたあと、自分がこの数十分の間に無意識に犯してしまった罪を理解し、花丸の前で土下座していた。

 

 

花丸「だ、大丈夫だから…………」

 

 

 花丸は苦笑いをしながら俺の罪を許してくれるが、俺は納得出来なかった。全然、大丈夫じゃないだろ。

 

 なんだよ、いい歳した高校生が好きな女の子に抱き着いて、えんえんと子供みたいに泣いてしまうなんて…………。彼女の制服の胸部分を見てみろよ。俺の涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃだよ。マジで申し訳ない。

 

 

 とにかく恥ずかしい!!マジで恥ずかしい!!この場からダッシュして逃げたい!!思い出すだけで黒歴史決定だよ!!死にたいと心の底から思ったのはコレで初めてだよ!!

 

 

花丸「スッキリした??」

 

 

 花丸の言葉に、俺は無言ながらもコクリと頷く。

 

 好きな女の子の前で醜態は晒したものの、溜まっていた想いを全部吐き出すことができたので、今はスッキリした気持ちとなっている。

 

 

花丸「なら、良かったずら。これだけは、忘れないでね。明くんは1人じゃない。マルもいるし、ルビィちゃんや善子ちゃん。他のAqoursのメンバーも明くんの味方ずら!!」

 

 

 花丸は、そう言ってにぱぁ〜と笑顔となった。彼女の笑顔に俺はドキリと胸が鳴った。

 

 

 何があってもその言葉は絶対に忘れないでおこうと、俺は心の中で誓った。

 

 

明「花丸、ありがとうな。」

 

 

花丸「ずら〜♪」

 

 

 俺は、少し照れながら花丸にお礼の言葉を言って、今度は俺が彼女の頭の上を撫でた。色々とあったものの、彼女のおかげで気持ちが随分と楽になった。その事実だけは変わらない。

 

 

 

 

 

 

 俺は、ますます花丸のことが好きになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつか、この気持ちを彼女に伝えたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、花丸と別れて家に帰ってきた俺は玄関の扉を開けて家の中へと入る。

 

 

明「ただいま。」

 

 言ったものの、家には俺しかいないのだから返ってくる言葉なんてない……………と思っていた。

 

零「おかえり〜♪」

 

 まだ北海道にいるはずの零さんが両手にお土産袋を持ちながら俺の目の前に姿を現した。俺は目を丸くして彼女に声をかける。

 

明「零さん!?どうして!?」

 

 予定では帰ってくるのは明後日の筈じゃ……。

 

零「明ちゃん達のことが心配になって帰ってきちゃった。」

 

明「そんな………、俺の事なんて気にしないでいいのに。」

 

 せっかくの年に1度しかない社員旅行なのに………。俺を優先してしまうなんて、勿体ないじゃないか。申し訳ない気持ちになるんだけど。

 

零「そんなこと、言わない!!」ペチン

 

明「痛っ!!」

 

 むぅーと、頬を膨らませた零さんは俺に目掛けてデコピンした。ペチン!!と気持ちよくいい音が部屋中に鳴り響く。めちゃくちゃ痛いです。

 

 

零「明日は明ちゃん達にとって、とても大切な日なんでしょ。それを見届けないで、何が家族よ。絶対に観に行くんだから!!」

 

 

 零さんはそう言って、ドヤ顔でブレードを数本用意していた。どうやら、北海道にあるスクールアイドルショップで購入したらしい。ぶんぶんとブレードを可愛らしく振りまくる零さんの姿を見て、ぷっとつい吹き出してしまった。

 

 その姿を見て、振り回すのを辞めた零さんは一言だけ呟く。

 

零「明ちゃんは、アレだね。なんだか前に通話した時と違っていい感じで落ち着いてる。何かいい事でもあった??」

 

 さ、流石は零さんだな。すぐに分かるなんて。

 

零「当然よ。私を誰だと思ってるのよ。」

 

 零さんはまたしてもドヤ顔して答える。ハハ………、やっぱりこの人には敵わないや。

 

 

明「部屋で着替えてくる。すぐにご飯の支度するから待ってて」

 

 

 俺はそう言って、自分の部屋に向かおうとした。

 

 

零「明ちゃん。」

 

 

明「ん?」

 

 

 リビングの扉を開けたところで、零さんに声を掛けられる。なので、零さんの方に振り向くと、彼女はニヒッと笑いながら俺に向かってビシッと拳を突き出してこう言葉を出した。

 

 

 

零「大丈夫。明ちゃんなら、きっとやり遂げれる。だから、自信持ちなさい!!」

 

 

明「ーーーーーッッ!!」

 

 

 零さんの言葉に、俺は胸がジーンと熱くなった。数時間前に、あんだけ涙を流したのに、またしても泣きそうになった。俺は何も言わず、零さんと同じくニヒッと笑って拳を彼女に向かって突き出した。

 

 

 この時、俺は零さんと家族になれて本当に良かった。と改めて実感した。

 

 

 

 

 ありがとう、零さん。

 

 

 

 

 あぁ、俺はなんて幸せ者なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 『人殺し』である俺が………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなにも素敵な家族と仲間に出会えたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだか、明日は上手くいきそうな気がするな。そう思いながら、俺は自分の部屋へと向かった。

 




次回もお楽しみに。

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