【完結】きっと君とは相棒だった   作:ryure

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潮風の香るその人

「ひーまーだーなー」

 

 窓辺で本を読んでいたけど、なんだか飽きてしまってパタンと閉じた。足を投げ出したいのを我慢して、ちょっと伸びをする。こういうとき、本当に行儀悪く足を投げ出しちゃうこともよくある。すると、身分に相応しい所作を身につけてください! なんてお作法の先生は言うけれど、僕はなんだか普通の村人とか町人とかやってる方が良かったと思う。そっちに慣れちゃってるんだ、何故か。

 

 でも、生まれというものは変えようがない。僕はユグノアの王子。もちろん十六年前からずっとそういう生まれでずっとそういう育ち。最初から「こう」のはずなのに。不思議だよね。なんだか違和感があるような。お作法をちゃんとするのから逃げてるからなのかな? 

 

 この前やっとこの国での成人を迎えたばかりの僕は、だからって特に何かが変わるわけじゃない日々にちょっと飽き飽きしていた。

 なにしろ世界を旅するおじい様は元気いっぱいで健康、お父様とお母様は今日もアツアツでピンピンしていてまだまだ若い。だから、僕が何か特別するようなことはない。世界は平和で、大昔のように魔物が増えすぎて困るってこともない。

 つまり、僕はこの上なく幸せなわけだけど、それゆえに暇を持て余してるってわけだ。

 

 ユグノアの王子として生まれた僕は、あのラブラブっぷりからしたら不思議なことに一人っ子だし、つまり王位継承権の第一位だし、お母様にご兄弟はいらっしゃらないし、きっと順当にいけばこの国の王様になるんだろうけど、なんだかそれが迷いもなく迫っていると思うとあまり嬉しくない。

 もちろん、なるのが嫌とかそんなのじゃなくて、なんだか僕もおじい様みたいに冒険の旅をして、世界を回って、いろいろここでは見れないものをみて、それから王様になりたいなぁ、なんて夢を見ていたんだ。

 

 冒険、やってみたいよね。素敵なロマンだよ。絶対そっちの方がしっくりくるって。戦って、旅をして、人と出会う。なんて素敵なんだ!

 それに、婚約者をそろそろ決めなきゃならないけど、たくさんの令嬢の姿写しと手紙、家柄とおべっかが書き連ねられた封筒をうんと貰うのもうんざりしていたし、なんとなくピンとくる人もいなかった。みんな型通りでつまらないんだ。

 お母様みたいに親衛隊長と大恋愛! とかできたらいいんだけど、仮に僕の親衛隊長をやっている強面で屈強な人が素敵な女性だとして、僕がその人に惚れてしまったらなんとも守られる気満々で情けない気もする。

 うーん、僕は姫じゃなくて王子だし、おんなじにはならないか。一筋縄にはいかないものだ。

 

 お父様とお母様のロマンスも、おじい様と亡きおばあ様の馴れ初めも、話に聞けば聞くほど僕も運命を感じてしまうような出会いをしてみたくなる。

 でも、これは別に恋愛じゃなくてもいいな。とにかく僕の運命ってものと出会ってみたいだけだから。絶対、いるよ、僕にも、世界のどこかに運命の相手が。それは確信してるのに、国の中でじっとしてたら見つかるわけないとも思ってる。

 

 あーあ、探すためにもとにかく冒険してみたい。隠居したおじい様に無理やりでもついていけば良かった。ほら、船でご出発されるときにこっそり潜り込むとかさ。

 潜り込む。……これ、いいかもしれない。船なら早々引き返せないんじゃないかな。特に沖に出ちゃえばさ。

 なんか面白そうな船、泊まってないかな。それに乗り込んで、大海原を冒険してみたい。もちろんただ、王子がわがまま言って乗ってきて、お客様として連れられるなんてつまらないものね、僕だって掃除とか、剣だってお稽古してるんだから魔物と戦うとかさ、そういうお返し、対価も支払って、ね。

 我ながらいい考え。

 

 僕は、椅子から飛び降りて、窓から外を眺めた。当然、ここから海なんか見えやしない。川と噴水くらいしか水は見えないさ。でも、海から運ばれてきた荷物なら見えなくもない。そして、それがどこにあるかは知ってる。

 そうそう、あの木のコンテナの群れがそうだ。いっぱいあるね、一つくらい人が入ってもバレないんじゃない? あぁそうだ、あそこに人が入れるくらい大きな樽があるじゃないか。あれに入れば海まで運ばれて、そのまま乗せてもらえるかも。

 

 えーっと、今どんな人がユグノアに来てたんだっけ? 良さそうな相手を見繕わなきゃね。他国の役人の補給物資だったらつまらないでしょ? すぐに送り返されちゃう。

 運が良ければ謁見に来てるかも。見に行こうかな。ほら、正装して、すまし顔して、護衛の兵士を連れて歩けば誰にも咎められやしない。

 

 乳母のペルラ母さんに今の顔を見られたら「次のいたずらは何にするのかい」なんてすぐに言われてバレちゃいそうだけど。そうじゃないならおじい様でもない限りバレやしないさ。

 僕はちょいちょいっと服装を直すと、自室から出た。なんだか城中が慌ただしいような気がして、慌てて背筋を伸ばした。

 お作法の先生にまた何か言われてしまうのは嫌だった。僕はどうやら、サマディーの王子、ファーリスと同じくらいしゃんとしてないらしい。ファーリスかぁ。うーん、僕の悪友。

 類は友を呼ぶ。だから、それもそうだね。

 

 まぁ、何か普通でないと思ったならより落ち着いて堂々としておきなさいと言われた言葉に従っておかないと。そうしたらとりあえずなんとかなるものなんだ。

 背筋を伸ばして歩いていると、どこからかちょっと磯の香りがしたような。海の商人が来てるのかな? 海には行ったことないけど、荷物の箱から潮の香りがしたことがあるから、それで匂いを覚えてるんだ。

 なんておあつらえ向けのタイミング! ウキウキしながらなるべく無表情無関心を装い、僕は玉座の間にお父様に会いに来ました、王子としてお客様との会話つなぎに来ました、と言わんばかりに突入した。

 

 するとそこにはやっぱり、筋肉隆々な海の男と言わんばかりの人が何人か。その中でも僕は中央に立つ、ひときわ目立つ青い髪を逆立てた男に目を惹かれた。黒くて長いコートを着こなし、眼帯をして無骨なレイピアを腰に指している男。たぶん船長。

 なんてカッコいい眼帯なんだ。男前だ。僕なんて髪の毛を少し伸ばしているものだから、からかい半分に姫君扱いされているからとても羨ましい。あぁ、それに腕に巻いたバンダナがワイルドだ。あんな海の男に憧れる。

 でも、なんだか初めて会った気がしないのはなんでだろう?

 

 それに、何をしてもキマってる。首を痛めるポーズが似合うに違いないよ。いいなぁ、冒険物語なら海賊の若き頭領に配役されるに違いない。僕のひらひらした格好では出ないカッコ良さだなぁ。

 彼は僕に気づくと恭しく会釈したので、僕もお客様に軽く挨拶した。

 

 ともあれ、用事の邪魔する成人済みの王子なんてみっともないことは出来ないので、すまし顔で玉座の隣の……つまり僕の定位置で薄く微笑みながら突っ立っていることにした。

 ここなら話を聞いていられるし。

 

「噂はかねがね、こちらがユグノアの至宝と謳われしイレブン王子殿下ですね。お会いできて光栄です」

 

 ちょっと北方訛りの丁寧な敬語がとっても似合わない。彼は物語から飛び出してきたような風貌なのだから、もっとカッコつけだったり、もっと粗野だったりした方が様になるのにな。

 とりあえずその呼び名はどっちかといえば姫君扱いしたい、つまり僕を着せ替えのおもちゃにしたい人の呼び名だからね。まぁいいや。この肌の白さは明らかに外国の……というより雪国生まれの人だ。知らなかったんじゃない?

 

「ご丁寧に、どうも」

 

 僕は全然無口じゃないけど、外交的には無口ということになってる。どうやら僕は黙っていると勝手に向こうが深読みしてくれる顔らしい。なので今回も黙っていることにした。黙ってすまし顔。僕の常套手段。

 いや、単に黙ってるのはボロが出るからだけど。なんでだろうね、僕はここで生まれ、育ち、教育されてきたのにどうして出るボロがあるんだろう?

 たまに夢の中で村人として育つただのイレブンになってるけど、そのせいなのかなぁ。野をかけ、畑でどろんこになり、弓を持って森に入る。そんなワイルドな僕の夢。

 不思議な既視感を覚えながら、カミュというらしいその海賊的な海賊である、海賊王と呼ばれた……でもユグノアとしては一応交易商人扱いのその人を見つめていた。向こうも僕の視線が気になるのかたまにこっちを見る。

 年の頃も近いしこれから仲良くして……なんていうお母様の言葉が聞こえたような。それが聞こえないくらいまじまじ見ていた。本当なら失礼なんだけど向こうもそんな感じ。

 

 なんだろう。不思議だけど、しっくりくる。

 ちなみに海賊である、といってもユグノアとしては彼は海賊じゃないんだ。どっかの国とは交易がなくて海賊扱いらしいんだよね。だから海賊王って。

 カッコイイじゃないか。なんだかとっても気に入った。潜り込むのは彼の船にしようかな。そうと決まれば出航日調べて、準備しなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 「勇者」がすべてを成したあと。「ロト」と大樹に認められた勇者は、悲劇の末路を歩むかつての賢者にその力を譲渡した。

 賢者は時の礎を破壊し、時を遡り、愛しき勇者と再会する。悲劇は最後、一転してハッピーエンドを迎えたのだ。

 

 その後、どうするか。当然、過去は変えられる。

 

 邪神によって堕とされた魔術師は、希代の賢者の手によって悪心に取り憑かれることはなくなる。ニズゼルファの肉体を封印する必要もなくなる。つまり、邪神の討伐がこの伝説になるほど昔の世代でなされるのだ。

 

 過去が変えられれば、当然未来も変わる。

 その出来事は時間をかけてゆっくりと未来へ浸透していく。

 

 十七を目前としたかつての「ロトの勇者」は、十六歳になったばかりの時点でも祖国ユグノアを滅ぼされることなく王子として育つ。悲運の運命に生きたデルカダールの姫は世界をさまよう旅人になることなく、姫として育つ。双賢の双子は勇者を探しに来る使命を背負わない。

 バンデルフォンは今も顕在で、花の都は花の都のまま。あぁだが、海の街の騎士はこの世界でも芸人になるべく飛び出したかもしれないが。しかし、世界は平和なのだから魔王を滅ぼす必要はない。彼は今日も憂いのない世界で更なる笑顔を生み出すのだ。

 そうすればどうだろう、孤児を養う力もなかったクレイモランは五大国のうちの二つが滅びることなく、つまり支援を行う必要もないのだから、海賊の元で腹を空かせながら育った兄妹は早々に保護された。保護された上で少々、海賊と関わったかもしれないが。

 彼らはそれなりに幸せな幼少期を送り、故に贖罪を胸に足掻いた盗賊カミュは生まれない。戦利品として受け取った「赤い宝石の首飾り」は彼らの手元に存在しない。存在しないのだから、黄金の悲劇も起きない。そう、クレイモランの黄金の悲劇は。

 

 ねじ曲げられた運命は、ねじ曲げられることのなかった歴史を歩む。故にゆがんで、ゆがんだことをかつての役者たちはわずかな違和感として認識する。

 

 王子として育ったはずなのに、作法に疎い王子だとか。体の寸法に違和感を抱く大魔法使いだとか。大きな変化があった者ほどそうなったが、真実は既に解けて只人には見えぬ。

 多かれ少なかれ、人々は失ったものへの違和感を抱いた。しかし、それらはどれも口に出すほど大きな違和感にはならない。物語の中心人物ほどの「修正」を受けた者がやっと、違和感に不信を覚える程度なのだ。

 運命はもうないはずだった。なのに、出会うことがなくなったはずの相棒たちは、それでも、惹かれるように出会う。

 

 デルカダールの地の底で、悪魔の子めと罵られて投獄されて?

 否、滅んだはずの国の、無くなったはずの玉座の、若くして亡くなったはずの王夫妻の前で。

 

 じめじめとした暗い場所で?

 否、赤い絨毯の敷かれた豪奢な場所で。

 

 何不自由なく育ち、しかし違和感を抱き続ける王子と、彼に懐かしい既視感を覚える若き海賊王は、やはり導かれる様に出会う。預言者は生まれなかった。彼らの導きはもうないはずだというのに。

 互いの青い目を突き合わせながら、なんとなく、出会うべき人物に出会ったと秘かに想いながら。

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