その国の王子がバレずに城の中でコソコソできるのだろうか?
答えはできる、だよ。
何故なら、小さい頃からずっとイタズラのために警備の穴を突いてきたからね!
とりあえず、決めたら即行動だ! 冒険といったら武器を背負い、カバンの中に保存食を持ち、目立たない色のフードやマントで防寒し、薬草の備えをして、あとはいちいち華麗でカッコいい……ってところだろう。
カッコ良くなるのは、ワイルドな空間に揉まれてからに期待するとして。マルティナお姉様に、お母様、その他メイドにいまだに可愛がられ続ける成人男性が逞しくカッコいいとは言い難いだろうからさぁ。素敵な筋肉の持ち主になりたい!
お母様、僕はワイルドに揉まれて帰ってきます!
冒険にとって大事な武器は持ち出さなくても持ってるからそれでいいかな。欲を言うならこんなキラキラした剣より、地味な兵士の丈夫そうな剣でもくすねたいところだけど、武器の警備は流石に王子のいたずらで突破できない。
とはいえ魔物って……今時そうそう襲ってくることはないけど、冒険にはドラゴンとの戦闘が付き物だからね! 忘れちゃだめだめ。
保存食は秘密のルートを通って、倉庫からくすねるってことで。パンと、干し肉と、水。これがいいな。でもあるだろうか? 頑張って探すけどふわふわのパンなんて日持ちしそうにないよね。どうしよう。
で、それより問題は服装。僕の普段の格好が外で目立つことぐらい分かるよ。もっと目立たない色や形じゃないとね。これに関してはしょっちゅうお忍びで城下町に飛び出している僕には入手が容易い。……あれ? なら食料も代替品をくすねるんじゃなくて本物を買えばいいんじゃない?
うん、名案だ!
そうして頭領カミュの率いる旅団であり、商人であり、海賊である彼らの出発日までこっそり僕は準備を続けた。城を抜け出して動きやすい服と食べ物の調達、荷物を詰める袋やカバンの調達。
不思議なくらいバレなくてびっくり。なんでだろ、普段の「お忍び」はやたらと捕まっちゃうのに。
もしかして、僕のお忍びスキルがおじい様に近づいてきたとかかな? それなら嬉しいなぁ!
多分、そのお陰でお父様にはバレてないと思うんだけど、なんとなくお母様にはバレちゃってるような気がするけどね。
でもお母様は今回の僕のいたずらを微笑ましく見守ることに決めたみたいで優しく優しく僕のちょっと浮き足立った言動を見ていらっしゃるだけ。船に忍び込むってところまでバレてるかどうかわからないけど、お母様だったらなんでもバレてそう。
ペルラ母さんも準備の二日目にはやけににこにこしてるし、二人は絶対分かってるよね。分かってたよ、二人にはまだまだ適わないことぐらい。でも黙っていてくださるなら、いいよね、ね?
これでお父様にバレてたらとっくに服も食料も取り上げられてお説教コースだったはずから危ない危ない。お父様、僕はワイルドになって帰ってきますから、ご心配なく。心配性なんだよ、僕は元気! 僕は冒険に心惹かれるお年頃!
でも出発まではバレちゃいけないから、僕はいつも以上にすまし顔をしていい子にしていた。
そうして、トントン拍子に準備を済ませた僕は、彼らの出発の日の深夜、荷物をまとめて軽い変装し、寝静まった城を静かに抜け出した。
こうやって抜け出すことはわりとよくあることだから、容易いことだよ。護衛も見張りも僕にとっては知り尽くした相手だ。抜き足、差し足、頭を向こうに向けた隙にすっと抜ける。
くすんだ色のフードをかぶって、目立たない色の服を着こんで、袋に詰めた荷物を身につけて。目立つ剣は布で巻いて、ほら、これでただの旅人だ。海賊王にバレても王子とは気付かれずに旅人って思われるかもしれないね。それはそれで面白そう!
流石ここまで大掛かりな「お出かけ」はしたことないんだけど、どうしてか体は慣れたように旅支度してくれて助かった。
でも不思議。こういうの本当に多いんだ、やったことないはずなのに、経験なんてないはずなのに、やったことのあるような動きをするのが。
不思議がっててもしょうがないけどね。ありがたく利用させてもらおう。
朝日が昇る前に僕はタルに入った海賊の荷物の中に紛れ込んだ。運良く僕が入り込めるくらいの隙間のあるタルを見つけ、滑り込む。それから中から蓋を閉じちゃえばバレないはず。
中身は丁度いいくらい詰まってる。カラのタルなんかに忍び込んだとしたらさ、よく考えたらバレバレに違いないよね。重さとか、音とか。空だったはずじゃないのか、とか。下手したら解体する予定だったら海の出ることなく失敗だ。
その点、適度に荷物の詰まったやつの中ならバレっこないない。
ちょっと狭いこの空間がむしろ心地いい。詰められているものはよく分からないけど、なんだか柔らかくて居心地がいい。布が主体でいい感じ。一体なんの荷物なんだろう?
とにかくあったかくて、ふわふわだ。どうせ動けないし、出航してかなり経たなきゃ出られないんだから、ここで一眠りしておこうかな。
持ち込んだ荷物を潰してしまわないように僕は前に持ってきてぎゅっと抱きしめる。海賊王の荷物に紛れて、僕は眠る。ワクワクして眠れなかったから余計に眠気が襲ってきて、僕は無事に侵入できた安堵からそれに逆らわずに眠る。
初めての密航はそうしてつつがなく成功……したと思ってた。
でも実際は。
「どうだ、王妃の予想通り、『お姫さん』は来たか?」
「へいお頭。こちらにいらっしゃいますぜ」
「……マジか。ホントに来るとはなぁ、無謀というか、恐れ知らずというか、ともかく好奇心いっぱいだな。この国もむしろ安泰だろ」
「確かに……」
すぐにすやすや眠ってしまった僕は、蓋を開けられて、それもまだ陸で、さらに寝顔を見られてのそんな会話があったことも知らず、そのタルが事前に仕込まれたものであることも知らず、さらにすべてを見抜いていたお母様の根回しであることも知らずに呑気なもの。
寝心地良く、ちょうどいい位置にあって、さらに僕でも開けられて、その上人が入れるくらいの隙間があって、さらに寝やすいふわふわで詰められてる……なんて絶対罠かなにかなんだと教えられるまで僕は気付けない。
えっちらおっちら丁寧に運ばれて、気づけば海の上。それでも息を潜めて船が沖へ出るまで静かにしていたのをすべて声を潜めて笑っていた海賊王その人に見られっぱなしだなんて……つまり、僕入りのタルは荷物としてではなく「お客様」として最初から船長の部屋に運ばれていただなんて、気づきやしない。
どこまでも間抜けというか、計画が筒抜けの僕。
そしてお母様からの「依頼」で僕の面倒を見ることにした海賊王カミュ。
それは、そんな間抜けな冒険の始まりは、僕の唯一無二の相棒を見つけるための運命であり。彼の運命、すべて収束しきったこの世界での「運命だった」その残滓が成した、奇跡のようなもの。
「……生きてんのかこれ」
「寝息がわずかに聞こえますね……」
「呑気なお姫さんだなぁ。さて、そろそろもてなしの準備をしろ。流石に起きるだろ」
初日の僕は、ドキドキしてここ数日、まともに眠れていなかったものだから日が高くなるまで眠っていた。そのせいでいらない心配までかけていたなんて、ますます恥ずかしい。
そろそろとタルの蓋が開く。さっきから薄くうかがうように開けられていたが、いつまで経っても明かりが消えないので痺れを切らしたってところだろう。
好奇心旺盛なお姫さんは少々せっかちでもあるらしい。
「よいしょっと……? うわぁ!」
「第一声が悲鳴とはなかなか笑わせに来るお姫さんだな?」
「か、か、か、」
「ん? どうした? ユグノアのお姫さん、びっくりしたか?」
「海賊王カミュ!」
「ご丁寧に紹介をどうも」
手下が一人、吹き出しそうな顔をして肩を震わせている。目を真ん丸に見開いて、髪の毛を振り乱す男のお姫さんなんてそうそう見られないだろう。
すまし顔、無口。それが彼が「お姫さん」から逃れようとして外の人間へ印象づけようとしているようだが。それ、素じゃねぇだろう。お姫さんの本当の姿は活発やんちゃなお転婆なようだ。世話が焼けそうだ。
かつて大樹の至宝と謳われた母君によく似た今代の青い宝石。まだ父君のような優れた武勲はなく、このぬくぬくとした平和な世に大切に育てられ、何も汚いところを見ずともいい存在。
つまり、イレブン王子はユグノアの「お姫さん」だ。そんな存在なんて、そうだろう? あぁ、もちろん本人の自負のとおり王子だが、こんな絹糸の髪に白い肌の、外の世界を全く知らない箱入りなんてどう考えても「王子」より「お姫さん」だろう?
日焼けも労働も知らない肌がなんとなく似合わないお姫さん。なんとなく畑でわしわしとクワを振るう方が似合いそうなお姫さん。きっと外見に似合わず、足でカボチャを蹴り割ったり、ツボやタルを破壊しまくる豪快な性格をしているんだろう。
……何故だろうか、こんな本物の姫君が裸足で逃げ出しそうな麗しい「お姫さん」を見てそんな感想を抱いたのは。まぁいい。やけに具体的な想像だが、こんなことはよくあることだ。妙な既視感なんてつきものだ。
ともあれ、海の男と比較すれば細っこくて未熟な王子は「お姫さん」なわけだ。ここではな。俺に言われたかないだろうが、まぁ勘弁して貰おうか。
何も成さずに認められることなんてねぇんだから。さっさとなにかしてくれねぇかね。「お前ならできるだろ」。
「エレノア妃からの言伝がね、少々ございますよ。楽しんでいらっしゃいってね」
一応「お姫さん」なわけだから敬語を使ってみたが、既にお姫さんは理解しきっていたようだ。なかなか聡明だ、いや、慣れているのか?
「……あーあ、結局全部バレバレだったんだなぁ。どうぞ、海賊王。僕に対してそんな似合わない敬語使わないで」
「そうかい、お姫さんは剛胆だな?」
「そのお姫さんってのは特に気に食わないよ。やめてくれる?」
わがまま放題に育った訳ではなさそうだが、甘やかされてのびのび育てられたお姫さんは断られる可能性なんて考えてないんだろうな。
「いーや、俺から見れば王子様というよりはお姫さんだ、箱入りのな。なぁに先はそれなりに長いからな、認めてやれば改めてやるよ」
「……そう」
「お姫さんは俺のことを好きに呼んでいいぜ? 海賊王か? それとも名前で呼ぶか?」
「海賊王は思ったよりも紳士じゃないから、姫君の機嫌は既に損ねられてるんだけど?」
タルからひょいとかるがる飛び出し、妙に似合う旅の装束を身にまとったお姫さんは少しむくれていた。十六で成人した、と聞いていたがはてさて。
世界には十六では成人ではない国もあるくらいだしな、まぁまぁ子どもってところだろう。可愛いじゃないか。お守りの相手に不足なし。
それになんだかこのお姫さんとは初めてあった気がしねぇんだよな。妙にちらつく既視感の正体ってのをハタチになる前には明らかにしてぇじゃねぇか。
俺の勘が囁いている。このお姫さんはただのお姫さんでも、ユグノアの王子様でもなく、なにか……なにか重要な何かをになっている存在じゃないか、と。
根拠はない。箱入りとはいえそれは一人息子だからだろうしな。順当に考えればユグノア次期王だ。
だが、ざわざわと胸の内が言うんだ。
また会えたな、と。こいつに。甲板掃除もまともに出来そうにない、箱入りのお姫さんに。
大樹のお姫さんは一応、自国にとっては交易商人という立場なものの、実態はならず者の頭領でしかない。なのに、俺に対して随分肝が太かった。
「僕はなにをやればいいの?」
無邪気に楽しそうに聞いてくるお姫さん。いやいや、海慣れもしていないお姫さんだぞ、お前さんは。少々海が荒れたら吹き飛んでいきそうだ。それは困る、俺たちの首が物理的に飛ぶ。
好奇心旺盛だからここにいるんだろうが、そうそう冒険なんてさせられねぇ。これは依頼なんだ、お得意様のな。そうじゃなきゃ積荷の異常に気づいてとっくに降ろしている。
「お姫さんにさせてやれることはそんなにねぇよ。まぁそのうち『楽しませて』はやるから、いい子で待ってな」
「姫扱いに子ども扱い……僕が本物の可愛い姫だったらよかったね?」
明らかにお姫さんは不満げだ。さーて、お姫さんに相応しい仕事がこんな船にあるかどうか。下々の生活に興味を抱かれるのはいいことなんだろうが、結局何もやらせずにお客様のお姫さんとして連れていくことにもなるかもしれねえ。
「本物の可愛いお姫様だったらタルに忍び込んで密航してこねぇよ」
「はは、それもそうだ」
特別製のタルは片付けた。相変わらず旅装束のお姫さんは偉そうに俺のベッドに足を組んで座りながら、俺のことを相変わらずまじまじ見つめていた。
まぁいい。まじまじ見つめていたい気持ちはわかる。「何かがある」。何かはわからないが、確かになにかが。
世界には解明できない事が多いからな。
「お母様の伝言があったってことは、僕の立場は見聞を広げるために『海賊王』のところに預けられたって感じかな?」
「だいたいそうだな。お姫さんは『交易商人カミュ』の船で見聞を広げることになってる」
「もしかして海賊王って呼ばれるのは嫌かい?」
「好きにしたらいい」
何ともくすぐったい上に身の丈に合ってねぇその呼び名。だがこっちも「お姫さん」と呼んでるんだ、文句は言わねぇ。
にしても海賊王ねぇ。お姫さんに呼ばれるとさらにしっくりこねぇ。
「僕、船の甲板掃除とか、魔物と戦うのとかできるかなぁって思ってきたけど、『預かり者』にはさせられないかな?」
「さてな」
「はっきり言ってよ」
「はっきり言ったら突っ走りそうなお転婆姫だからなぁ」
ダメだといったら何としてでも参加しそうだし、いいと言えば張り切りすぎて何かやらかしそうだ。
とりあえず何日かは様子を見させてもらわねぇと。
まぁお姫さんつっても男だ。護衛隊長の息子なだけあってそれなりの体格と筋肉には恵まれていて、これが新入りなら仕込みがいがあったってもんだ。
王宮仕込みの剣術が魔物との打ち合いの役に立つかどうかはともかく、悪い噂は聞かねぇし。むしろおべっかの可能性もあるが噂には剣の腕が立つと聞いている。
だがお姫さんだ。預かった、大樹の至宝。甲板掃除くらいならやりたいならやらせてもいいかもしれねぇが、戦わせるのは絶対に無理だな。戦力になるかならねぇかじゃねぇ。俺の家族を守るためにはお姫さんの無事の帰還が必須だろうよ。
やれやれ、面倒だ。だが、たまにはこういうお宝を運ぶのも悪くはないぜ。