「海賊王、どうするの?」
「どうするって……呪いを解く方法を探すしかねぇよ。ただ、ここにはなさそうだし、地上に戻ってからになるだろうが」
「だよね、うん、愚問だった」
「妹が大事な君ならそうだろう」。
なにか喉元に引っかかっている。何か言うべき言葉がある気がする。だけどそれはいつもの不思議な感覚でしかなくて、具体的にそれが何なのかわかりやしない。
海賊王の妹は黄金病の足以外は至って健康で、この兄妹の故郷の雪国よりもずっと年中温かく、食料は豊富、珍しいものを見れるし、やはり人間と感性は違うもののそれなりに海の民とも仲良くしているみたいで元気だったのが救いだった。
彼女は今も人魚の友だちと仲良く泳ぎに行っている。腕しか泳ぎに使えなくても海流に乗れば楽なんだって。
陳腐に言えば、美しいこの国。その美しさと同じように、丁重に守られた彼女の居心地は良さそうだ。
下手に抵抗されて黄金病とやらが海底王国で蔓延されても困るだろうし、地上に返してコントロールを失った黄金病が回り回って海に来ないとも限らないし、あの女王は賢明な方だ。帰られても、困るんだろう。
手元に置いて封じ込めていた方がよっぽど易いんだ。
でも、海賊王からすれば死んだと思ってた妹が元気に生きていて、帰る場所まで諦めずに用意してて、それで……その上で返せないって言われたわけだから。
理由も明確で、だけど、海の中で人間が呼吸できるようなとんでもない魔法を使える女王がだよ、呪いの原因がわからないから解けないって言うんだ。
「呪いって言うからにはなにか呪われたものでも触ってしまったのかな? 心当たりはどう? もう女王も考えただろうけど、その、五年前って君たち一緒にいたの?」
僕は何故か海賊王に親身になったようだった。僕には兄弟の一人もいないけれど、どこか同情したのかもしれない。
いくらお母様の依頼があるからって、海賊王にはワガママを言ってる訳だし、引け目があるのかもしれなかった。
「まぁな。心当たりは……ねぇこともないが、俺の方がなんともないんだよなぁ……」
「俺の方?」
海賊王は、胸元の首飾りをチャラチャラ指で動かした。服はバッチリ決まっているのに飾り石がない。妙に僕は違和感を覚えた。
でも、そりゃあ、僕は今まで台座があるのに石がない首飾りなんて見たことがないわけだし当たり前か。
こういう台座にどんな石が合うのか考えるのが楽しいんだよね。
……うーん、服装のアクセントなら赤かな。
あれ? なんで王子の僕が、細工職人かなにかのように未完成の首飾りのことを考えてたんだろう。おかしいな。
「むしろこの首飾りを手に入れてからツキが回ってきたっていうか……」
それは首飾りというのにはちょっと違和感あるけど。
独り言のようにこぼした海賊王は、僕を部屋に置いて行って、どっかに行ってしまった。
僕は、自分が飛び出さなければ見れなかった、この世のものとは思えない景色を眺めながら引っかかる言葉がなんなのか探していた。
そうだ、あんな首飾りのパーツだけぶらさげてあんなこと言うってことは石の方もあるんだな。そしてそれを……妹が持ってる、とか?
うーん。呪いのアイテムは数あれど、素人の手でバラせるものなんだろうか。
あぁ、海賊王は素人じゃないか。だって海賊王だもの。手に入れてきたお宝なんてごまんとあるはず。だったらアクセサリーの一つや二つ、磨いたり修理するための人員か、ツテがあるはずだ。
つまり、呪いのアイテムを壊したから呪われたのかな? 確証がない。口振りからしたらあの首飾りの片割れを妹が持ってるって感じだったけど。
そうだったにしても、やっぱり海賊王の言うように妹だけっていうのもおかしな話。
本来は幸運のアイテムなのかなぁ。
僕はいつもの癖で左手にあるアザを右手でなぞり、やっぱり考えても分からなくてそのへんでふわふわ浮かんだ。
水の中でふわふわ浮いていると気持ちよくて、そのまま浮かんでねむってしまい、また僕が浮いて死んでいると勘違いした海賊王の声で起こされるまで不思議な心地で現実と夢の狭間をさまよっていた。
海賊王は諦めなかった。僕はやっぱり彼からしても、女王からしても、お客様だったから本質的なところは隠されて、よく分からなかったけど、それだけは誰にでもわかったろう。
女王は慈悲深く、呪いを解けるのならもちろん妹を地上に返していいし、人間より長い時を生きる彼女たちにとっても永遠に封印を続けるわけにもいかないから、願ったり叶ったりだったらしい。
なぜなら。海賊王の妹はやっぱりただの人間で、海の民はそうじゃないからだ。彼女は女王たちからすればすぐに寿命がくる。呪いの原因がわからない以上、彼女の死後どうなるかわからないのは避けたかったらしい。呪いをとどめられずに海が滅ぶ可能性を恐れているみたいだった。
僕はといえば、なんとしてでもこれがお返しのチャンスなんだと気づいて、もちろん邪魔にはならないように久しぶりの兄に照れて話そうとしない「マヤ」と会話して聞き込みをしていた。
彼女には僕が王子だとかそういうことは話してない。でも乗組員と騙ることもしなかったから、多分護衛かなにかをしてる最中の頼りない客だと思ってる。
僕は彼女の口調について何も言わなかったし、それで良かった。なんとなく、懐かしい気持ちになる。やっぱり海賊王はビジネス的に僕を丁重に扱うから。まぁ、当然のことだけど。
僕は血湧き肉躍る冒険をしたかったわけだから、物足りないと思うのも当然じゃないか。一人くらい普通に「仲間」って感じに接してくれてもいいじゃないか。願うくらい、そして身分をちょっと明かすのを忘れてたくらい。
ここ、海の中だし。いいよね。……いいわけないんだけど。嵐の中海に落ちて、魚になって混乱してたんだよね、うん。
あー、戻されちゃったのが惜しい。魚でしか行けない採取ポイントあるんだよなぁ。
「海賊王はあの首飾りを手に入れてからツキが回ってきたって言ってたんだけどね、マヤは……その、片割れのアイテムを持ってるの?」
「片割れっつーか……もともと分離してたっていうか。あの首飾り、オレが見つけたんだ。海賊どもとシャカイケンガク? する時に。孤児院のなんか、勉強で」
孤児院? じゃあ海賊王もかな。ふーん……まぁ、孤児は珍しいけど、いないわけじゃないし。珍しいくらいだから知識の国であるクレイモランでは手厚いだろうな。子どもは宝って分かってるんだから。
それを分かっててなんともしない国があったら相当切羽詰まってるってことだよ。それこそごく短期間に国が二つくらい滅んでないとありえないさ。
ユグノアはグロッタに支援金出てるし、マルティナ姉様もデルカダールの下層の人々の福祉に着手しているし。たまに行き届いていないところもあるけれど、シャール様の統治に間違いはないみたいだ。
まぁ、クレイモラン出身かどうかなんて僕の予想でしかないけれど。でも、当たってる気がするよ。
「ふぅん?」
「兄貴は、同じ時にどっかからこの腕飾りの赤い宝石を見つけてきた。多分、形からしたら一つのものだったんだろうってのは分かってたけどさ。丁度いいから記念に交換して身につけてるってわけだけど」
「そっか。怪しいけど、本当に怪しいなら女王がなんとかしてるよね。やっぱり、五年も女王が探してる呪いの原因を素人が見つけるのは難しいなぁ」
赤い宝石の腕飾りは、僕からしてみればちょっと怖い光をしているくらいのものなだけ。怖いっていうのも呪いがあるかもしれないという先入観によるものだろう。
そして、それは外せないとかそういうことはないらしいけど、女王が外さないように厳命しているらしい。
「呪いの原因がわからない、だからなにをしたら解けて、なにをしたら悪化するのかもわからない、現状呪いを止められるからなるべく服装を変えるなって。流石に服はいいみてぇだけど、全部決められてるし、髪紐一つ変えれねぇの面白くないよなぁ」
「年頃の女の子だもんね」
「……あんがとよ」
照れたマヤはぷいっとそっぽを向いたけど、すぐにこっちを向いた。五年も海の中にいるとやっぱり地上のことが恋しくなる時があるみたいで、地上の他人の僕に興味津々だ。
黄金の足を撫でながら、熱に浮かされたようなうっとりとした口調で言う。
「だけど惜しいんだ。オレ、やっぱり首飾りにしときゃよかったかも。
いや、オレ多分ゴーヨクなんだ。両方欲しい。兄貴の首飾りとこの石が合わさったら絶対綺麗で、絶対豪華で、オレに似合うと思う。女王サマには世話になってるけど、今までなんにも起きなかったんだし、あの首飾りが欲しいんだ。もともときっと一つだったんだよ、こいつは」
「確かにあの首飾りに赤い石はよく合うだろうけど」
「だよな!」
「でも相談はした方がいいんじゃ……」
「堅いこと言うなって」
悪化したら目も当てられないんだけど。本当に。
「どっちにしたってお兄さんから貰わなきゃいけないんだから、ちゃんと相談するんだよ」
「……分かったよ」
僕はなんとか了承を取り付けたことに安心して、小さい彼女の頭を撫でた。
そのあと、彼女と一緒に珊瑚やら宝石やら、落ちているものをたんと集めたのだけど、よくよく考えてみればなぜ使い道もないものをこんなに楽しく集めたのか分からない。宝石だってそんなに珍しいものじゃない。
だってユグノアの翡翠は世界一だよ。いくらこの世とも思えぬムウレアにだって、これより綺麗な宝石がその辺りに落ちてるわけもなく。
でも楽しい。それは森の中でどんぐりを拾うような……? え? 僕、どんぐりなんて拾ったことないよね。遊びといえば、野の草と、幼なじみ……。
なんだろう。だんだん、だんだん、知らない自分を追っているような心地になる。
僕の幼少期は、幼少期は……そうだ、優しい乳母のペルラ母さん。その父のテオじいちゃん。マルティナ姉様。デルカダールの騎士ホメロスとバンデルフォンの騎士グレイグとの漫才みたいな掛け合い。
ラムダの使節兼僕の友人としてやってきた姉妹。芸人シルビアのサーカス。たくさん楽しい思い出があるはずなのに、どうして一瞬、素朴な村で泥んこになって遊ぶ思い出が過ぎったのだろう。エマはどうしているだろう。
……エマ? ペルラ母さんの故郷の村の女の子。ユグノアに遊びに来たことがあったよね。でもそこまで親しくなったわけじゃない。どうして思い浮かんだのだろう。
外を見る。相変わらず美しいムウレア。
どうしてか、一瞬その繁栄を極めた国が崩れ滅びかかっているように見える。でもそれは幻でしかない。本物のムウレアはもちろん美しくそこにあるのに。
混乱してぼんやりしている僕へのご機嫌伺いか、はたまた僕が何かやらかしていないか、たまに確かめに来る海賊王が山盛りに積まれた海の宝石の山をガラクタでもお宝でもなく、素材とか言っていて、どうしてか心が踊った。
そうだ、君に何か作ってあげるね、なんて。心が久しぶりに晴れたから、そう言ってしまって。
なんで僕の口からそんな言葉が飛び出したんだろう。海賊王もすんなり頷くなよ。おかげで僕は女王の許可と、海賊王とその妹の期待の元、かつて一つだった首飾りをくっつける役目をあずかってしまった。
ねえ、胸騒ぎは嘘だよね?
日々、妹を地上に返せないか女王に話に行く海賊王はその不安を笑い飛ばす。妹はどこかギラギラした目で、はやくはやくと催促する。
これでなにか災いが起こったりしないよね? 僕の不安は、まずは少し怪しいような気がする首飾りを完成させたら女王が保管してなにか魔法がかかっていないか確認するということでひとまず打ち払われた。
僕は何故かやり方がわかっていて、首飾りを完成させた。でも、それを女王に届けようとする、運んでいる途中に盗まれて、盗まれたことに気づいたのは女王の前。
金色の光がどこからともなく押し寄せて、人魚も魚もみんなみんな黄金に変わっていくのを見ているしかなかった。
女王の守りは女王の間にいた者にしか聞かなくて、嗚呼、黄金に支配されたその国は、禍々しくも美しく、玉座の間の窓からは黄金の魔城が見えたんだ。
赤い目をした黄金の怪物が、高笑いして。
妹を心配して飛び出そうとするカミュの足先が、指先が、黄金に変わっているのを見て、今度は手を伸ばせたんだね、と僕は囁く。
平穏は、欲望を育てる。
かつてよりも祝福が呪いに転じるのは早かった。依代の欲望なくして発動する呪い、真実の愛をもってしても解けない呪い。
でも、僕の手には……まだ、勇者の証が残っていた。倒すべき敵のいない世界で。かつての歩みの痕跡だけがまばらに残る世界で。
「行こうか、カミュ」
箱入りのお姫さんが何を、とカミュは言わなかった。僕の差し出す手を取ったら、すぐに黄金の呪いが解けたから。
僕は黄金になって沈む海の民たちを順にぺたぺた触って呪いを解きながら、黄金の魔城へいざなう海賊王を追った。