固く閉ざされた黄金の扉を不思議な力で開いたイレブンは、水のない城の中に、水とともに流されていくものだから慌てて腕を掴んで、そして俺まで流された。
カッコつけるところがあるくせに、どこか詰めが甘いところちっとも変わってねぇ。むしろ野生児じみてたところがなくなって目が離せねぇ。
片っ端からツボとタルを割り、カボチャを粉砕し、人の私物の桶を蹴り壊し、宝箱を見ればすべて持っていくのは強盗が黙るほどの強欲さを持ち、戦闘になれば惚れ惚れするくらい豪快で、そのくせ物語の姫のような生い立ちで、そして、俺の……。
俺のなんだっていうんだ?
お姫さんとは初対面だったはずだが。
まぁいい。隣の居心地は良い。
すぐに人に騙されそうなところとか、知り合ったばかりの人間を信用するところとか、不思議な雰囲気とか、……失った片割れのような。そんなところは、嫌いじゃない。
どうせ、人に騙されそうになったらなら俺が止めればいいし、信用するところは美点だし、そう、問題は無い。
俺みたいな粗野な人間と、こんなぽやぽやした人間が一緒にいると釣り合いがとれてむしろ丁度いい。
俺は考えることをやめた。そういうもの、ということで納得しなくてはならないことがこの世には沢山あるからだ。悪いことではないのだから、考えても事態は好転しないだろうとも考えた。
「ありがとうカミュ……」
「気にするな、それより」
この黄金の魔物たちのことだろう。言わんとすることがすぐに分かった。
「魔物だね? 変だなぁ、こんな金属製のくせに僕たちを取り囲んで余裕そうなんて」
そんな重たい体、沈んじゃうんじゃないの? 励ますように極めて明るく笑ったイレブンは、いつも吊り下げている剣を抜いた。
俺はそんな細い剣、お前の力じゃ折っちまわないか不安だったが、まぁ相手は剣術を教わっている王子だし、父君は姫君の護衛騎士のトップだったらしいじゃないか。
むしろ何処の馬の骨ともしれない俺の方が不安だろうよ。だがここは海の中。海といえば俺たちの戦場だ。とはいえ海の中となると話は別なんだが。金属の魔物よりはマシだろう、と思いたい。
囲まているというのにイレブンと背中を合わせているとどんな奴にでも勝てる気がした。いや、勝てる。
初めての共闘? とてもそうは思えない。こいつがどう動くのか俺にはわかるし、イレブンにも分かっている。
あぁ。口から飛び出しそうになる言葉をなんとか飲み込む。
「いこう、相棒!」
だが、その言葉を先に言われちまったものだから、俺は少し悔しくて、違和感しかないはずの言葉を肯定した。
それは、この上なくしっくりくる言葉だった。俺は隣の相棒によろしく頼むぜ、と言うと、イレブンはまた笑った。
カミュは流石に強かった。海賊王の名前は伊達じゃない。片手剣を両手に一振ずつ持って手数が多いクセに両方の威力に差がないみたいだ。
その上素早くって、どんどん魔物を薙ぎ払う。いろんな特技もお手の物だ。
僕はといえば、華奢な剣を壊さないように注意しいしい一匹ずつ倒すわけだからなかなか上手くいかない。回復の手間を惜しんでミラクルソードしてるくらいかな。
僕みたいな大味な人間は、こんな優美な片手剣よりもごつくて丈夫な両手剣の方が向いてるよ。でもこれしか持ってないんだもの。
どこかにいい武器が落ちてたらいいんだけど。そんなのあるわけないか。
じゃあ魔法を使えばいいのかな? 閃光系? 爆発系? 炎系? うーん、どれも水の中で使えそうにないし、使えたら使えたでとんでもないことになりそうだ。
幸い、ここでも回復魔法については普通に使えるみたいだ。これならマヤを助け出したあと、何かあっても治せる。良かった。
奥へ奥へと進めども、黄金の魔物たちはわらわらと湧いてくるけれど、カミュとなら勝てないわけがなかった。息ぴったりに突破して、互いの補助をして、高め合う。
あんなにもやってみたかった戦闘は、やってみれば思っていたのと全然違った。夢見ていた高揚も、楽しさも、冒険してるんだという実感も、そんなことは命のやりとりであると考えればどうでもいいことだった。
だけど、背中を任せられる相手がいるというのはとてもとても居心地のいいことだった。僕の居場所はここだって言われているよう。たとえ怖くても、カミュがいるならなんとかなるような気がする。二人で戦って勝てない相手なんていないと思えるんだ。
何故?
でも、理由なんてもうどうでもよかった。僕の相棒、君の相棒は僕。それだけさ、そうでしょう。
ストンとあたりまえの事を思い出したかのようだ。こうあって然るべきだったんだ。そうあっさり納得して、僕は戦うんだ。一人なら戦えなかったかもしれない。でも、二人なら?
なんでもできる。なんだって取り戻せる。君となら。
僕たちはそうして、たどり着いた黄金の玉座の間に乗り込んだ。
そこには呪いによって玉座の横に縛り付けられ、巨大な黄金の獣の魔物のように変わり果てたマヤと、邪悪な気配を隠そうともしないこれまた巨大な魔物がいて。
変わり果てた姿をしていても、兄の姿にすぐ気づいて助けを求めているマヤ。それを無理やり押さえ込んで、何やら囁く魔物。
呪いを悪用して、人間をあんな姿に出来る魔物がいるなんて……!
でもマヤは、半ば暴走しながらもまだ理性が残っている。ずっと抵抗している。お兄ちゃんと呼びながら、襲いかかるように命令を乗せて放たれても、獣のように猛る一撃は、ちゃんと外してくれる。
苦しいだろう、怖いだろう、だけど彼女は頑張ってる。お兄ちゃんには当てないし、僕のことを見ないようにしてなんとかなんとかそこにいる。
黄金の呪いの成れの果て。それは巨大な魔物の姿なの? 首飾りに魅せられたからなの? それとも、単に黄金の力を持つ人間を魔物にするような輩がこの魔物なのか?
僕に判別はできない。頼れそうな女王の声は聞こえない。
でも分かるのは、あの紫のクジラの魔物を倒せば必ず道が拓けるってこと。
カミュも同意見らしい。僕らは武器を構えた。向けた先をなんとか理解したマヤも、足掻くようにそいつに一撃を喰らわせた。
裏切られたも同然、手綱を握れていないと同義なのにそいつは気にすらしない。
そしてそいつは不敵に笑う。それどころか悠々と名乗った。そしていろいろと語り始めた。
自分は負けるわけがないのだから、置き土産に教えてやるとばかりに。
自分は海の帝王ジャゴラだと。海底王国ムウレアの女王、セレンを貰い受けに来たと。
そして、その黄金の呪いは魔物にとっては有用なものだから適合した娘共々嫁入り道具に貰っていく。
人間どもの欲望が、本来の力を変質させてとてもとても美味そうだ、と。
あぁ強そうな相手。でも僕はお前なんてせいぜい海の鼻つまみものだ! と鼻で笑った。
「かつて」とはもちろん比べ物にもならないのだ。ジャゴラも……僕らも。
世界は穏やかだ。少なくとも僕はそう思う。
はるかな昔、勇者ローシュ、賢者セニカ、戦士ネルセン、そして魔導師ウラノスが世界を闇に堕とそうとする邪神ニズゼルファを滅ぼし、ロトゼタシアは平和を手に入れた。
悪の芽を摘み取られた世界。だから、大樹は今日も美しく、世界の真ん中で雄大に枝を伸ばしている。
大きな危機なんてない。人間や魔物のいさかいが全くない訳では無いけれど、豊かな世界は激しく争い合う気持ちを持たせない。
だってそうだろう、見上げれば、自分たちがやってきた根源であり、死後還るところがそこにある。僕らの未来はおだやかに約束されている。
それでも大きな格差があればなにか起きたかもしれない。平穏な世界でも格差はある。間違いなくある。でも、それ以上に僕たちは「手を差し伸べること」を重んじる。
伝説によると、かつての世界では魔によっていくつもの国が滅び、余裕がなくなった人々は貧しい者を貧しいままにしていたらしい。
その状態で魔が「勇者」を「悪魔」呼ばわりし、魔による諍いが起きたという。つけこまれた人々は、それまで起きたことをみんな「勇者」のせいだと思いこみ、救う存在を憎んだ。
その後、世界が滅びる危機に陥った時、真実を知り、闇に怯えながら身を寄せ合った人たちはみんなかつてより貧しく苦しい生活を強いられていたけれど、共に手を取り合って生きることを知った。それはかけがえのないことであると身をもって実感して。
貧しい者には援助を。ひとりぼっちになんてさせない。悲しい思いも、ひもじい思いも、「もうたくさんだ」、と。世界はようやく手を取り合うことを覚えた。
これは勇者ローシュのことじゃない。彼の伝説はどれもこれも華々しく、影らしいものは何もない。
ただ、この伝説を書き残したとされる賢者セニカは、それを私たちのあやまちの罪だと書き残した。無くしてはならないことがあるのだと。無かったことにしてはいけない絆があったのだと。だから、子孫たちに魔法をかけて、忘れ去られないようにしたという。
とはいえ、ずっとこんな綺麗なことを言い続けられるほど人間は穏やかな生き物じゃない。争いは起きただろう。危機もあったかもしれない。そんな中でも優しい魔法は静かに、僕たちの根底にくすぶっていた。
だけど、そうだな、自惚れるなら大樹の愛し子……つまりかつてでいう「勇者」の力を持った僕が生まれた頃ぐらいから、魔法の力は再燃し、ここまで定着した。
おじい様によると、奇跡の力はそのかつての思いを取り戻させたのではないかって。まぁ、それによって辛い思いをする人が減ったし、別にだれもその時代の嫌なことを「思い出した」りしてないからいいよね。
起きなかったのだから、「僕らは何も知らない」。そう思う僕は、自分の中にある何かが、自分の知らないことでいっぱいになってることには気づいてる。そしてそれは大切なんだ、どうしようもなく。
あぁ、左手の紋章が燃えるように痛む。胸の奥がずくずくと痛む。頭がガンガンする。僕は、もう勇者にならなくていい存在だったから、使わなくていい力を無理やり引きずり出して戦ったのだから。
……ジャゴラとの戦いは熾烈だった。
呪いによって異形と化したマヤは、それでも理性を保って加勢してくれたとはいえ、本来ジャゴラはたった二人で挑むような魔物じゃない。
熟練の討伐隊を組み、時間を掛けて遠くから観察し、研究し、さらに逃さないように軍を投じて討伐するか、伝説の勇者一行が対峙して倒すような魔物なんだ。もちろん、その伝説の勇者一行も二人なんかじゃないはずだ。
それでも戦った。水の中では使える技も限られていたけれど、あいつの一撃と僕の剣は何度もぶつかった。その隙にカミュは攻撃する。カミュが作った隙に僕が攻撃したこともあった。
僕が回復して、カミュがサポートして、僕が攻撃して、息ぴったりに相棒も攻撃する。
幸い、僕らは戦いの中で何かを掴んだようだった。僕らはジャゴラを知っていた。少なくとも、既視感を覚えた。
そして共に戦ったこともない相棒は、僕とよく連携した。僕らの息はぴったりだった。生き別れた兄弟かなにかのように、相棒の名に相応しく。
だから、僕らはきっと実力以上の力は出ていただろう。最善は尽くしたんだ。
ただ、相手が悪かった。幸いにも僕らはひとひねりにされたわけじゃなくて、隙を見てマヤの呪いが解き、確保するくらいには善戦できた。
取り戻して、安堵して。その時もう僕らはぼろぼろだった。
ジャゴラは不利を悟った。僕らにあとはなかった。満身創痍の相手はあとひと押しだが、なにをしてくるかわからないという意味でもある。ここは海の底、さらに黄金の城の中。逃れることは出来ない。故郷に帰れず死ぬくらいなら相打ちにしてやる覚悟だったからだ。
幸いにも、遠くから人魚たちの歌声が聞こえてきた。ここは呪いを解いた彼女たちに囲まれているらしい。
ジャゴラはそれでも勝てた。だが手酷い傷を恐れた。人魚たちの報復を恐れた。結果、奴は逃げ出した。
僕らは奴が去ったあと、力を抜いた。体がぷかぷか浮かぶのに身を任せて。意識が薄れるのに任せて。必ず奴は報復しに来ると分かっていたけれど、そのときばかりは休みたかった。
あぁ、どこか胸の奥が叫ぶようだ。
こんな、くたくたになって安堵して、隣の存在が生きていることが嬉しくて、そのままばったり倒れてしまったことがあったのだ、と。
「僕は何も知らない」。奇跡を使えば僕もカミュも「思い出せる」だろう。でも、そんなこと「僕は思いついたりしない」。
空中に浮かぶ大樹は今日も美しく、世界が穏やかであるのだから。僕らは何も知らずに平穏を謳歌するのだから。……するはずだったのだから。
これは無くなった軌跡のオマージュに過ぎない。本物ほど熾烈でなく、本物ほど周りに影響を及ばさず、ジャゴラの迷惑さはせいぜい凶暴なクジラってところ。
僕らが勇者一行のように華々しく勝てないのは、戦いを真に必要として生きていないから。僕らもせいぜい戦いがあまりない世界の王子と海賊に過ぎない。
もうほとんど喉から出かかっている真実を飲み下した。何も見ないふりをした。僕は何も知らないのだから。知らないままでよかったから。
大樹の愛し子、それは勇者。その力をどうやっても授かる僕は……その力を利用した以上もう、気づかないわけがない。
だけど、僕は何も知らないのだ。知らなくたって良いことだから。ただ、僕は、かけがえのない人を見つけることが出来たから。それだけでもういい。因果は巡らない。運命も預言も使命もない。
僕にあったのはどこかつまらない日々。何かが足りないとつっかえる。
その正体を見つけたのだから、僕は王子でも愛し子でも……もちろんお姫さんでもなく、ただのイレブンとしてそれを大切にする。
君は僕と同じで何も知らないだろう? 気づきそうになったら、その「なにか」を見て見ないふりをするだろう? 気が合うね。僕と同じ。それは、僕らが経験しないことだから。
知らなくたっていい。それでも、もう一度、僕らは相棒だ。
「さて、地上に帰るか。イレブン」
「うん、カミュ」
「素直じゃねぇか。まだ冒険したいって言うかと思ってたが」
「まさか。あんな迷惑クジラをお父様とお母様に報告しないわけにはいかないからね。海は女王が見ているけれど、陸からの目撃情報も必要だろう? これからのことも話さなきゃならないし」
マヤの呪いはもともとは大したことはなかったらしい。というか、それは人の手に渡り続けることで欲望やらで増幅され、黄金病の源となったというだけで、ジャゴラがちょっかいを出さなければちょっと不幸になる程度の軽い呪いの代物だった。
元凶の首飾りを俺たちが見つけた時は、増幅されたせいで犠牲者が出ていたらしく、既に犠牲者を出さないようにバラバラにされていたわけだが……バラバラにした奴には中途半端な呪いは逆に面倒で解けないものだとは気づかなかったらしい。
首飾りの宝石側の「負」の力。その中途半端な呪いを嗅ぎつけ、利用しようとしたのがジャゴラ。呪いが暴走したのは、首飾りが完全体となって力を存分に発揮したからで。
つまり……なんつーか、ひたすら運がなかった。
幸運のお姫さんのおかげと言うべきか、本来依頼を受けなきゃぶつからなかった嵐に偶然巻き込まれ、女王に助けられ、マヤと再会し、そして呪いを結果的に解けたのは運が良かったとも言えるだろうが。
もうその力はない。俺が海賊王になれたのは、呪いの首飾りが持つ「正」のパワーが働いていたかららしい。自信がなくなるじゃねぇか、と愚痴れば、まぁ実力以上の力が出るなんてことはないから安心なさいと女王は微笑んだが。
ともあれ船員は無事でも船は木っ端微塵の海の藻屑。お宝を大量に積んでいたわけじゃねえけど、再建にはなかなか時間がかかるだろう。しばらく故郷でゆっくりするかな……と思っていたら、イレブンが口を出した。
曰く、見つけた相棒はもう離さない、やっと見つけたのだから、と。
具体的にはユグノアで雇うから来い、と。
全員面倒見てやると啖呵をきったお姫さん。いや、勇ましくも向う見ずというか、世間知らずの王子様。
俺たちは海賊だぜ? と言えば、ユグノアとしては貿易商扱いだろとな。海賊王と執拗に呼んでいたのは誰だ?
それから、あんな迷惑な魔物を野放しにできないんだから討伐するまでは目撃情報でも傭兵としてでもなんでも売りに来い、だと。
お前も一緒に見てるのに。お前は先陣切って戦うだろうに。……いや、だからか。
つまるところ、それは欠けたピースを見つけたイレブンのワガママみたいなものだったが。
まぁ俺も同じ気持ちさ、前世で生き分かれた兄弟みたいなものだ。そうそう見失いたくもないだろう。この、戦乱のない穏やかな世界で見失っちゃあ、次に会うときゃ爺さんになってるかもしれないからな。
ともあれ。
ようやく懐かしい地上に返された俺たちは、女王の采配に静かに息をついた。
白い大地、凍てつく風。俺たち海賊にとっては本拠地だが、比較的温暖な国の出身のお姫さんが早くも凍てつきそうな大地だ。まぁ、俺たちも。
クレイモラン。何故ここにしたのだろう、海底の女王よ。
ともあれイレブンが凍る前にとりあえず懐かしい教会に駆け込む。父親同然の神父が目を丸くし、姉同然のシスターが慌ててびしょ濡れの俺たちを暖炉の前に急き立てた。
ガタガタ震えながら俺は先のことを久しぶりにワクワクしながら考えた。
これからまた小さな冒険が始まるだろう。俺たちに持ち船はなく、外海と内海をつなぐ定期便なんてものは無い。流石に王族を送り届けないわけにはいかねぇが、シャール女王はきっと送り届けるために俺たちを指名するだろう。
まぁ、元々の依頼もあることだし。
死にそうな顔をした相棒はまだまだ冒険がしたいようだし。あぁ、もう一度旅をしよう。
いつかの約束のように。