瀉血をしなければならない、呪われた血を出すために

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狂えば変わらない


瀉血

 

カチャカチャ...カチャカチャ.....

 

鳴らぬ、成らぬ、為らぬ。鐘を振り音を出そうとするも、そこから響くのはただただ乾いた音だけだ。

昔はきっと鳴っていたであろうその共鳴鐘は、血と脂に塗れて見る影もない。

だが彼は鳴らし続ける、その鐘が響く愚か者の場所に赴く為に。それが悪夢に住まう秘密の番人、狂ったブラドーの使命だからだ。

黴か、藁か、あるいは自らの匂いか。何とも言えない空気が充満するそこは彼専用の地下牢である。

元は医療に使っていたであろう簡易ベッドは時の流れにより無残に崩れ、その場所を更に退廃的に見せている。そこに寝ていた患者は、今やもう屍よりも酷い状態になっている事だろう。

だが彼には関係ない。秘密の番人たるブラドーは何も変わりはしない。赴き、向かい、殺す。それが全て。だからここから出る必要も無い。

鐘を鳴らしていない方の手で、頭から胴体を覆う獣皮をさらりと撫でる。あぁ、今にして思えば狂うというのも悪くない。

 

友を失うという事が、自らをここまで強くしてくれたのだから。

 

 

 

 

 

「おいブラドー、医療教会がやってる獣狩り、また人手が足りないそうだぞ」

 

黒いフードを被り、故郷ではよく見るシャツとサスペンダー付きのズボンを着用したアイツが声を掛けてきた。手には既に血に汚れた剣を持っており、恐らくはここに来るまでに居た有象無象を狩ってきたのだろう事が伺えた。

 

「なんだ.....また化け物どもか?全く近頃は化け物共が多すぎる...どこから湧いてきているのかは知らんが、愚かに過ぎる事だよ...」

 

「だがいいじゃないか、こんなに楽しい娯楽もないだろう?合法的に殺戮が出来るんだ、ここまで素晴らしい事を出来るなんてこの街は最高だよ、そうだろ?」

 

「.......さて、な」

 

 

はて、俺が知っているこいつはこんなやつだったか?もっと臆病で、人見知りで、常に泣きそうな顔をしていた覚えがあるのだが。

今はその顔にはどこか狂気が張り付いているように見える、まるで何かを求めるような、そんな渇いた笑みだった。

ならば尚更こいつについていかねばならないだろう。今のこいつは危なっかしい、まるで意志を持った錆びたナイフだ。自分が折れそうな事にも気付かずそれを振り回している。

アイツのその言葉を聞いて私は準備に取り掛かる。眼前に居るアイツと同じ黒いフードに白いシャツ、サスペンダー付きのズボンを着用する。

簡素な木で作られたケースを取り出しそれを開け、中から豪華な装飾と複雑な機構が施された最新式の連装銃を取り出し、銃身と銃口をさっと拭いた後に銃口内部にグリスを塗って煤を取り払いキチンと整備する。

長ったらしく面倒くさい。狩人たるもの銃を使えとの医療教会からのお達しだった為、半ば嫌々ながらも従っているが本来ならこんな物は使わない。

その嫌そうな顔を見たからか、アイツがフッと笑って口を開いた。

 

「おいおい、まだ銃を嫌がってるのか?そんなんじゃ狩人として上手くやれないぞ?」

 

「当たり前だ。近付き、殴り倒し、屠る。これで十分だろう。こんなよく分からぬ代物など要らぬという事だよ」

 

「ハッ!言葉巧みに誤魔化してるが、お前が複雑な物が嫌いなだけってのは知ってるぞブラドー。お前の武器だけ仕掛け武器じゃないのをどう説明するのか興味深いね」

 

そうアイツが指差した先には、歪に打撃部分が配置された奇妙なメイスだった。

無二の相棒であり、自分が異邦に居た時にも使っていた手作りの金属製のメイスは作りこそ荒いものの、よく手に馴染む。

これさえあれば十分だと言うのに何故銃を持つのだろうか?煩いし手間だし整備が面倒くさい。

噂に聞くシモンとか言う狩人が同じ銃嫌いの狩人らしいが、いつか会ってみたい物だ。

 

「言ったろう。近寄って、殺す。簡単じゃないか。複雑な仕掛けなど不要も不要。これは娯楽じゃない、狩りだ。そこを履き違えるなよ」

 

「分かった、分かったよ。お前は何時もこうなると話が長いんだ、ほら行くぞ。獣共が欠伸してやがる」

 

ガチャリと玄関の戸を開けて外に出ると、いつも以上に死の匂いが充満していた。何とも言えない鉄臭い陰鬱な匂い...この日が獣狩りの夜であることを否応なく思い出させてくる。

手に持っていた銃を左腰にあるホルスターに入れ、メイスを両手で持ち構える。ここからは狩人の領分だ、異邦から来た町人ブラドーは必要ない。

 

「じゃあ、俺は左の街道からやる。お前は噴水広場の方面を頼んだぞ」

 

「聖剣の狩人達はどうした?いつも街を練り歩いているが...」

 

「あぁ、何でも大聖堂で何かあったらしくてな、みんなそっちに向かってる。しかもそこにはあの最初の狩人も居るみたいだぞ?余程のことだ、何かあったに違いない。個人的にはその最初の狩人の戦いざまには興味があるから行ってみたいんだがな。

 

あぁ...どんな悍ましくて血に塗れた狩りをするんだろうなぁ...」

 

まるで恋に落ちたように宙を見つめて呟く様は、狂気という物で満ちていた。狩りは、狩りだ。決して殺戮ではないと自分は考えているがこれは...尋常ではない。

アイツの握る剣がまるでその狂気に呼応するかのように沈み行く夕日に照らされ鈍い橙に輝いた。銃もまた然り。

嫌な予感がした。大聖堂の異変、こいつ、そして最近増えてきている狩人同士の殺し合い.....

だがその思考を振り払う。他人であるならば、そう考えて問い詰めるだろう。だがこいつは、親友だ。遠い故郷に居た時からずっとずっと、兄弟のように。

 

だから、その言葉は聞きたくはなかった

 

 

「お前は一体.....どんな痛快な狩りをして...血を流すんだろうな?」

 

冗談はよせ。そう言って自分は逃げるようにその場を離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッ...!」

 

近寄ってくる獣人の顔面目掛けてメイスを思いっきり振り下ろす。辛うじて人の原型を保っていたそれはその一撃で顔が歪み眼球は弾けて顎は吹き飛び、趣味の悪いオブジェと化した。

どこからか湧いてでるこいつらは医療教会の説明によると謎の風土病の所為で湧き出てきているらしい。それを狩るのが狩人の仕事だとか。獣の病の実態はよく知らないが、不治の病であるのは確かだ。

これにかかると人は獣になり、襲い掛かってくる。そんな噂を聞いたが新人狩人や末端の末端には余り知らされていないらしい。

自分は医療教会初期からいたおかげで辛うじて知っていたが...何故秘匿する必要があるかは分からない。

 

そんな無駄な考察は早々と切り上げて辺りを見回す。

辺りにはどこかしらがひしゃげた獣がそこかしこに転がっているのみで、動いている物は見当たらない。

 

....そう、見当たらないのだ。ほかの狩人が、どこにも。

 

地区ごとに分かれている為確かに一人で狩る場合もあるが、少なくとも3人は居たはずだ。気ままな奴等だから他の場所をうろついているかもしれないが、それにしても静かすぎる。

銃声も鳴き声も何も聞こえない。獣が焼ける音さえも。

 

「.....まさか」

 

考えたくは無かったが、どうしてもその考えが頭によぎってしまう。

ダメだダメだ、考えるな。だが足がそちらに向かっていってしまう。

来た道を戻り、アイツが狩りをしているであろうその場所に。

見たくは無い、知りたくは無い、近付く事が愚かだとしても、その猜疑心は止められない。

メイスを握る手が微かに震えた。大丈夫だ何を焦る必要がある。ただ心配だから親友の様子を見にいくだけだ、何も変わらない。

 

ましてやアイツが狩人殺しの犯人だなんて、そんなはずはないんだ

 

 

 

 

 

そこは臓物に塗れていた。

 

ズルズルと引き出されたであろうはらわたに、まだ僅かに動いている心臓。その血管に繋がれているように倒れているのは狩人だった。

その目は恐怖により驚くほど開いており、死の瞬間が手に取るようにわかるほどだ。

そんな死体が3つほど辺りに転がっている。いずれも切られ、抉られ、「撃ち抜かれていた」

同じ狩人がこれをやった、その事実に気付くのに時間はかからなかったが、だからこそ理解などしたくない。

当たり前だろう、こんな気色の悪い殺し方はまるで獣のようじゃないか。度が過ぎている。きっと、きっと余程凶悪な獣なのだろう。もしかしたら銃を扱う知性があるのかもしれない、そうだ、そうに違いない。

だからその目を逸らさないか。自分が見ているその場所を見る必要はない、振り向いて帰ればいい。明日教会に報告だけすればいいんだ。

なのにどうして動かないんだ、どうして見てしまうんだ、やめろ、見たくない、知りたくない、近付きたくない。

 

 

その狩人達の死体の真ん中に立つアイツを、もう見たくはないんだ

 

 

 

 

「なんだ、ブラドーか」

 

アイツはこんな惨状にも関わらず、気さくにこちらに話しかけて来た。

時計塔近くの広場で血に塗れて月に照らされるそいつは、最早人には見えなかった。

この時の自分はどんな考えをしていたのだろう、きっと、アイツから見れば笑ってしまうほど深刻な顔をしていたに違いない。

ギュッとメイスを握り直し、初めて銃の持ち手にそっと左手を添える。最悪の事態を想定しての事だ。

 

「いやぁ、少し昂ぶっちまってな。獣を狩る内に疼きが治らなかったんだよ。殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して、殺し尽くしても治らなかったんだよ。だからちょっと殺してみた。中々気持ちいいもんだぜ」

 

何を言っているか入ってこない、アイツの銀の剣は最早血と臓物に塗れて原型が見えず、見慣れた故郷の衣装は色が変わっていた。そんな外見の情報しか入ってこない。

 

「だからさ...ずっと思ってた事をやっていいか?」

 

アイツが近寄ってくる、一歩一歩確実に。無意識に後退りをしていたが、背後の柵に阻まれてしまった。

 

「お前がさぁ...どんな血を流すのか...気になってたんだ...」

 

銃を構える。慣れない手付き、慣れない狙い、慣れない指でそれを向ける。だがそれを微塵も介さずにアイツはこちらに向かって来た。

 

「お前.........おまえが......」

 

アイツの歩みが不意に止まる、何か痛みを感じているのか蕩けた瞳を彷徨わせながら頭を抱える。

 

「おま..........ガァギ.....」

 

歪んでいく。アイツの頭が、姿が、足が、手が、思い出が。全部全部歪み尽くしていく。

その頭からは巨大なヘラジカのようなツノが頭を突き破って生えて来た。グチャグチャと不快な音を立てながらアイツの頭を破壊していく。

身体や腕は膨張し、あっという間に服を破って巨大な体躯へと変化する。左腕は毛むくじゃらで気味の悪い獣の長い腕に、逆に身体はそれに似つかわしくないほど痩せさらばえ、あばらを外気に晒していた。

 

やめてくれ、これ以上壊さないでくれ

 

その願いは届かない。最早人の原型など微塵も留めておらず、眼前にはヘラジカと犬と人を混ぜて混ぜて悪い部分だけ取り出したような醜悪な獣が二本足で立っていた。いや、足を縮ませているからしゃがんでいるのかもしれない。考えたくもないが、そうなのかもしれない。

甲高い、耳をつんざくような破壊的な鳴き声を街に響かせると、ゆっくり、ゆっくりと左腕を器用に使いながら距離を縮めてくる。

 

アイツが獣になってしまった。親友であるアイツが。

 

獣。そう獣だ。アイツは獣。獣になった。いや獣だったんだアイツは。元からそうだ。だから狩らねば、狩らねばならない。

狩人としての本能がその左腕による叩きつけを避ける、頭で考えるよりも先に自分を動かし生き延びさせた。

つまりこいつを狩れと言っているのだ。この忌まわしき狩人の血は。

 

「愚かだな...本当に」

 

詰まる所殺ししかできない。獣も狩人もどちらも一緒、そう自分は気付いてしまった。ならば狩る、この呪われた血の赴くままに。

 

悲鳴のような鳴き声に合わせて左腕が薙ぐように払われるが、地面と腕の間にスライディングで滑り込むようにして避ける。

大振りで分かりやすい一撃、お前の単純さが出ているのかもな。

避けた後は攻撃だ、尖ったメイスの打撃部分を脚の健に抉りさすように振り下ろす。

存外に硬い皮膚だったがそれを突き破り、肉を切り裂いた。

 

「ぐっ.....」

 

だが咄嗟に払われた左腕にぶち当たり、広場を囲む柵に叩きつけられてしまう。だが効果はある、アイツは単純だからすぐに顔に出るんだ。

叫びながら全速で前に行って両腕で捕まえられる前に懐に飛び込み、胴体に横薙ぎで思い切りメイスを振るう。

次いで二撃、三撃と胴体に加えるとあばらが折れたような痛快な音が響いた。

悲鳴が、辺りにまた響く。それに驚き距離を取った瞬間、アイツは跳躍した。

空高く、こちらを見下ろしていると分かった時には、全身の骨が砕ける音と共に地面に叩き伏せられる。

あぁ、悪いがそんな趣味は無いんだ、退いてくれ。

血を咄嗟に入れると今まさに拳を振り下ろさんとするアイツの顔面目掛けて銃を放つ。

一度に二発の弾丸を放つそれは一発は頬に、一発は目に命中した。

血が吹き上がり、顔に暖かい物が掛かる。こんな物に僅かながら愉悦を感じてしまうなんて、なんて呪われた血なのだろうか。

 

早くアイツから取り除かなくては。アイツが苦しんでるんだ。

 

怯んで頭が丁度良い位置に来たのを見計らい、両手でしっかりとメイスを握って脳天目掛けて振り下ろす。

ガチュ、という妙な音しかしなかった。

ならもう一度。

グチュ、という脳漿に届いた音がした。

よし、これなら血を取り出せそうだ。

メイスの尖った部分を空いた穴に差し込み、抉りながら開いて剥がしていく。

より悲痛な鳴き声が聞こえるが、歓喜の声に変わっていくのが自分にはわかった。

良いぞ、後少しだ、あと少しで血を抜き切れる。

こんな呪われた血など滅びてしまえ、狩人など無くなってしまえ。全てあの輸血のせいだ、抜いてしまえ、抜き切ってしまえ。これがあるから獣になるのだ。

ブチブチブチと皮が引き裂かれる音が喜びのメロディーの様に鳴り響く、良い音色だもっと響け。ガリガリと骨が削れる高音も聞こえる、違うな骨は要らないんだ。そうして悪戦苦闘した先に、自分の手にはアイツの皮が握られていた。瀉血は成功したという事だろう。

酷い喪失感を和らげる為にこの皮を被る、うむ、良い心地だ。アイツがしっかりと自分を見守ってくれているのが手に取るように分かる。

だが困った、この皮を被るという事は呪われた血の力を更に高めてしまうという事だ。

ふと手に持ったメイスを見やる。尖っているそれは、先の瀉血で皮膚と血と脂に覆われているが使えないわけじゃない。

 

成る程、気付いてしまえば簡単な事だったか。

 

ならばと自分はそのメイスを勢いよく腹に突き立てる。グチュグチュと内臓が掻き乱されるのが心地良い。

 

「ククク...クハハハハ...」

 

思わず歓喜の声が外に出てしまう。あぁそうだ、瀉血しなければ、抜いて抜いて抜き切ってしまえばきっと全て元通りだ。

何度も何度も腹に突き立てると、その度に呪いが外へ出ていくのをしっかりと感じる。痛みも何も感じない。これは外へ呪いを出しているだけなのだから

 

「クハハハハハハハハハ!!ハハハハハハハハハ!!」

 

 

あぁおかしくてたまらない、こんな簡単な事に今まで気付かなかった自分やアイツがおかしくてたまらない。

内臓を全て壊して血に混ぜて、抉り混んで骨も巻き込んで。出し切って。

そして笑いながら抜いた瀉血の槌は魅力的な血肉の塊になっている。

良かった、これで抜き切れた、全部終わりだ何もかも。

 

 

 

 

 

そうしてずっと笑いながら、自分達は眠りについた

 

 

 

 

 

「......クハハハハハハ」

 

鳴らぬ鐘を鳴らしながら、私はあの時を思い出す。

あの頃の自分のなんと愚かしい事だろう。まともにすがり、狂う事の素晴らしさに気付かぬとは。

思えばアイツ.....もう名も忘れた我が親友は私の一歩先を行っていたという事か。

ただ生きている限り呪いは消えない、それに気づいたのは私だけだったが。

あの後は医療教会に見つけられて、いつしかこんな場所に閉じ込められた。秘密を守る番人になれとは、知りたくなかった私にはうってつけだったからまぁ良いが。

 

コーン...コーン...

 

鳴らぬ鐘が共鳴する。それは即ち秘密に近寄る何者かが現れたという事だ。

秘匿を知り、その重さに折れたあの女を解放した奴はそれはそれは強く、呪われているのだろう。

だからこそ、行かねばならない。殺して血を抜いてしまわねば。

 

「真実になど近付かなくても良いものを、よくもまぁ求めるものだ...」

 

真実を知った物は狂う、あのヤマムラやアンタルも、私もそうだ。それを知ろうとするなどそれこそ狂人の類だろう。

 

「囚われるべきでない場所、知るべきでない事、近付くなど愚か者の仕業よ...」

 

 

 

 

赤い鐘の光と共に、秘密の番人はその姿を消した

 




どうも下級騎士です。またまた短編書いてしまいましたね、仕方ないね。ブラドーさん魅力的だからね。これからも細々と書いていきます...!


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