刀使ノ巫女 -蜘蛛に噛まれた少年と大いなる責任- 作:細切りポテト
若干ギスギスするよ(主にある人のせいで)
「あー暇だー俺ら大した怪我じゃねぇっつのにわざわざ入院とかだりーわ。装備もぶっ壊れて直すのにかなり時間かかるっぽいからクソ暇なんだが、テレビ見るか携帯いじる以外やる事ねーし」
「あぁ、まぁしばらく出番は無いだろうな」
刀剣類管理局本部にあるとある医療施設の一室にて、2人の男性が入院着に身を包んでそれぞれの寝台に寝そべっていたり、アグラをかいて座っている。
入院着の服の隙間から腕から背中、胸や首にかけてに彫られた刺青が覗く、耳にゴツいピアスという如何にもなチンピラと言った風貌でアスリートのような引き締まった体躯の筋肉質な若者、ショッカーの適合者ハーマン・シュルツは逃亡者一行を捕獲するという任務の際にエレンとスパイダーマンに敗北し軽傷であったが念のために治療を受け、医療施設の一室に検査入院をさせられている。
そして、もう片方の筋骨隆々な体躯とは裏腹に物静かな印象を受ける40代前半程の男性、ライノの適合者アレクセイ・シツェビッチもハーマン同様折神紫襲撃の一味とそれに加担した面々の捕獲のために任務に参加していたが4対1の勝負を正面から受けて敗北。ライノは大破させられたものの本人は軽症で済んだが満身創痍の夜見を運んだと同時に自身もこの施設に搬送され治療の為にこの医療施設にいる。
両者とも任務でテストパイロットとして各々に用意された装備を逃亡者一行と戦闘の末に敗北して破壊され、修復にはかなりの時間を要する為現行は治療以外にする事がない2人は同じ病室に入れられている。最も、2人とも軽症である為入院する意味はほぼ無いがしばらくは待機と治療という形で暇を持て余している。
ハーマンは左肘をシーツにつけ、頭を左手で支えながら寝そべって病室のテレビを見ているが歌謡祭か格闘番組かアニメ以外興味はないためかバラエティを死ぬほどつまらなそうに見ている。
アレクセイもニュース以外に関心はない為バラエティを興味無さげに眺めている。
「あーあ最近のバラエティなんて大体内容同じじゃねーか。俺の推しちゃんが出演する歌番までまだ時間あるしよークソつまんねー」
「・・・・・・・・・・・なぁシュルツ」
「あ?」
ハーマンが愚痴をこぼしていると、後ろの寝台に座るアレクセイに真面目トーンで話しかけられかったるそうに身体をそちらには向けずに寝そべったまま首半分だけを動かして顔の半分をそちらに向ける形でアレクセイの方を振り向く。
するとアレクセイはいつにも増して真剣な顔付きで訴えかけてくるような視線にハーマンは少し戸惑うが顔には出さない。
「すまなかったな。最初に対面した時、お前のような井の中の蛙は肝心なところで上手くいかない、足元を掬われると。自分のことを棚に上げてお前のことを軽く見てしまった。だが、結局俺も彼等に負けてしまって示しが付かない無様を晒した。だからお前を軽んじた発言を謝罪する」
アレクセイの口から出たのはまさかの謝罪の言葉だった。初対面の際、ハーマンがマウントを取った自信過剰な態度で接して来たためあまり本気で相手にせず当たり障りの無い、軽んじた態度で接して来た事を謝罪するとハーマンは驚いたなか少しだけ瞳孔を散大させる。
急に真剣な表情でそのような事を言われためハーマンは珍しく困惑している。
まぁ、あの様な態度を取られて友好的に接しろと言う方が無理な話ではあるため、アレクセイが当たり障りの無い対応に出るのも無理はないと頭では理解していたが唐突にハーマンを一人の個人として認識した上で謝罪をされるとこちらも立場が無くなるという部分もある。
「な、なんだよ急に気色ワリィ・・・・アイドルみたいな美少女にならともかくテメェみたいなゴリラにマジ顔で言われても嬉しくねぇっつの・・・・まぁ、俺も調子こいてたわ悪かったな。俺も大口叩いといて負けたし2人ともダセェ敗残兵だしな、罵り合っててもしゃーねーか」
「そうだな、俺も自分ではすでに出来ていると思っていたが彼女達や皐月隊員のように何かを為すための意志も覚悟もまだまだ足りなかった。だから負けた。お前の事を言える立場じゃ無かったなと思ったんだ。もし、次から一緒に戦う時はよろしく頼む」
「おう、俺の足は引っ張んなよ。つーかテメェ何人がかりに負けたんだよ?」
自分がやられた事にはネチネチと根に持つタイプのハーマンではあるが他人の失敗や敗北には比較的寛容、どちらかと言うと無頓着な部分もあるためアレクセイが彼等に負けた事に関してはとやかく言うつもりはない。何より自分も大口を叩いておいて敗北したのだから言い訳したり反発するのはシャバ憎のやる事だと考えている為素直に非を認める。
互いに非を認めた事で多少だが関係が修復し、仕事仲間である事を認めた事で蟠りが少しだけ解ける。
するとハーマンは自身は2人掛かりの相手に敗北したのだが自身に勝利したエレンに自分の事は口外しない事を約束しており、彼女が潜入がてらノロを奪取し、夜見とライノと戦闘した事で逃亡者一行の一味だと知られている事はハーマンは知らない為エレンにも負けた事は話すつもりは無いがアレクセイが何人を相手に立ち回ったのか気になった為に問い掛ける。
「4人だが?」
「はぁ!?4人だぁ!?盛ってんじゃねぇだろうな?」
「事実だ。俺は正々堂々彼等一人一人と真正面からぶつかって負けた。死力を尽くしたが勝てなかったな」
「マジかよテメェ・・・・俺は・・・・・スパイダー野郎とサシだ」
伊豆の山中でアレクセイはライノとして可奈美、姫和、薫、スパイダーマン の4人を捕獲するために夜見がノロの過剰摂取で倒れて以降は一人で戦っていた事を告げるとハーマンに驚かれる。自身も2体1を相手にそれなりに善戦したとは思っていたがまさか渡された装備の性能に違いはあるとは言え4人相手に激戦を繰り広げたと考えると開いた口が塞がらない状態になる。
ハーマンは律儀にもエレンとも戦闘をした事は仮に逃亡者一行の一味だと知られていても約束通り話すつもりは無く、無関係で通すつもりでいたため自分はスパイダーマン とタイマン勝負で負けた事にしている。
「そうか、だがあの坊主はまだまだ未熟という感じがしたが・・・」
「うっせ、トーシロなりに気合い入った野郎だったから俺が凡ミスで負けただけだ。次はぶっ潰す」
(あの女も相当に気合い入った野郎だったな。わざとらしいエセ片言でふざけてやがるが常に思考はクールでぜってぇ負けねぇ、やり遂げるって闘志が眼に宿ってやがったな・・・・チッ、何で推し以外の女の事なんざ考えてんだ俺は)
「・・・・・・・・・」
「んだよ文句あんのかコラ・・・・・あぁっ!歌番が始まったであります!」
ハーマンの何かを隠しているかのような態度に少し怪訝そうな視線を送るが、余計な事は喋らないつもりであるためこれ以上追求しても無駄かも知れないと判断したため会話を打ち切ろうとするとつけっぱなしで放置していたテレビ欄が切り替わり、ハーマンが待ちに待っていた自身が好きなアイドルグループが出演予定の歌番組が始まった為即座に視線をアレクセイから外して子供の様に眼を輝かせながらテレビに齧り付くように見入っている。
あまりの変わりようとその反応の速さにアレクセイも戸惑ったが、誰しも趣味や好きな物の前ではテンションが上がる物だと無理矢理納得し、共にテレビを眺める。
ハーマンが推しているグループの推しメンのアイドルがテレビの前の視聴者及び観客に向けて元気に可愛らしく挨拶して曲が流れ始めるとハーマンもリズムに乗り始めて医療施設の病室でありながら所構わずに大声でガチコールをし始める、その豹変ぶりに隣にいる普段は無表情なアレクセイですら、ハーマンの装備ショッカーの名の通りに強い衝撃を与えられ、気圧されて固唾を飲んだまま固まってしまう。
『みんなー!いっくよー!』
「(ウリャ!)オイ!(ウリャ!)オイ!(ウリャ!)オイ!(ウリャ!)オイ!タイガー!ファイアー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!L、O、V、E!ラブリー、りるる!Fuwa!Fuwa!Fuwa!Fuwa!」
(な、なんというべきか・・・・すごく、立ち去りたい・・・・)
ハーマンの豹変ぶりにも驚いたがその声量にも驚かされたアレクセイは頭を抱えながらしばらくは任務で共に仕事をするのはともかくハーマンと同室であることは1つの試練、苦行なのでは無いかと思わせる苦痛の空間だ。
「はぁ〜やはり何度見てもりるるんはかわゆいでありますな〜」
曲が終わり、汗を流しながら緩んだ表情で好きなアイドルグループがインタビューされている場面を見ている姿を横目に嵐が過ぎ去ったと思った矢先に病室の扉を開けていたためか廊下から怒号が聞こえてくる。
「鎌府女学院!直ちに集合しろ!モタモタするなノロマグズ共!早急に沙耶香を連れもどしなさい!」
雪那が逃走した沙耶香を捜索するために、管理局の捜査本部へ向かう道すがら各地に配置させた自身が学長を務める鎌府女学院の生徒たちに大声で呼びかけ、時には手を叩き、生徒を召集するために指笛を吹いている為先程のハーマンにも匹敵する程うるさい。
テレビにお熱になっているハーマンは我関せずの態度を貫いているが雪那が病室に近づくたびに雪那の大声がより強く大きく響き始めてテレビの音をかき消し始めた。
テレビを熱中して観ている最中に近くで誰かに騒がれたり話しかけられると人間は段々イライラし始めるのだが、ハーマンも例外では無く段々怒りのボルテージが上がり始め、表情も先程までの緩んだ表情から視線だけで人が殺せそうな眼力を宿して歯を力強く食いしばり、額に青筋を立て、背後からでも分かる程肩がワナワナと震え始めている。アレクセイは直感で察した・・・・あっコイツ、キレる寸前だと。
すると雪那が2人の病室の前まで来ると病室のドアが開いていた為、雪那は姿が見えた2人に向けて威圧的で上から目線な態度で偉そうに指図してくる。
「おい、役立たずのボンクラ共!どうせ大した怪我じゃないのだから生身での捜索で構わないから私に協力しなさい!猫の手も借りたい状況なのでな、我が校の生徒の糸見沙耶香の捜索に協力すれば私直々に報酬を出す!どうせ新装備もロクに扱えない、生きていても大して意味を持たない無能なのだからそれくらい役に」
・・・・ブチン!
するとついに、ハーマンの中で何かが切れた音がした。雪那は意図してやっていた訳ではないが付けてしまったのだ、付けてはいけないダイナマイトの導火線に火を。
そして、その危険なダイナマイトが今炸裂する。
「うるせぇババア!人がテレビ見てる横でギャーギャー騒ぐんじゃねぇ!りるるんの声が聞こえねぇだろうがぁっ!シメるぞこの・・・っ!」
ハーマンは病室のベッドから立ち上がり窓側に置いてあったガラス製の壺のような大きで、花と水も入っていてそれなりに重量のある花瓶を手で掴み、振り向きざまに雪那に向けて大きく振りかぶって全力で投げつける。勿論当てるつもりは無いが。
「クソボケアバズレがぁっー!」
「ひぃっ!」
声だけで人がすくみ上がる。窓ガラスが声の声量で揺れ、館内に響き渡るであろう罵詈雑言を込めた怒号を雪那はいきなりぶつけられて腰を抜かして尻餅を着く。ハーマンが力強く投げた花瓶は風を切る音を立てながら雪那の頭上スレスレを通過して廊下の壁に直撃して、花瓶が粉々に砕け散り水が廊下に散乱して花が床に落ちる。雪那は確かに言い方に問題はあったかも知れないが突然に逆ギレされた上に花瓶を投げ付けられたのだ、怖くない訳がない。
当のハーマンがキレた理由は侮辱されたからではなく雪那の周囲を顧みない怒声のせいでテレビの音が聞こえないからだというかなり一方的な理由だ。
先程病室で騒いでいたハーマンにはそれを言う資格が無いため尚更性質が悪い。
同じく自己中心的で短気という点は似てなくも無いが2人の相性は水と油、衝突は必然とも言えるだろう。
「な、何をする貴様!?」
「脳ミソに刻んどけやアバズレ、人がテレビ見るのを雑音で邪魔する野郎はなぁぶちのめされても文句は言えねんだよゴラァ!」
「あ、アバズレ・・・・っ!?」
「覚悟は出来てんだろうなぁ!?あ゛ぁっ!?」
「いいから早く逃げろ!」
「この、野蛮な猿め・・・っ!」
衝撃的な光景にアレクセイも唖然としていたが、このままでは雪那が危険だと判断したため、既にアイドルオタクから一介のチンピラの顔になりながら怒声をあげ、拳をバキバキと鳴らして今にも雪那を殴りかねないハーマンの前に立ち塞がり通せんぼをするとその隙に雪那は走るのに向かない筈のヒールの靴であるが全力疾走で捜査本部へと駆けて行った。
ハーマンは先程怒りを爆発させて怒鳴っていた為か肩で息をしながら息を荒くしている。
「ハァ・・・・ハァ・・・・クソっ、推しグループのインタビュー終わってんじゃねぇか。チッ、あのババア覚えとけよ」
「お前少しは自重しろ」
「つーか、あの偉そうなババア俺らに何の用だったんだ?」
「聞いてなかったのか・・・生徒さんが逃げたから捜索に協力しろとの事だ。しかも報酬付きで」
「マジか、ちゃんと聞いときゃ良かったかな・・・・・ま、いっか!ババアの事情なんて。それよりテレビ見よーぜ」
アレクセイがハーマンを諌めると廊下を歩く足音が聞こえる。振り向くと2人同様に入院着に身を包み、右眼や腕の辺りを包帯で覆っている少女、先の任務で負傷した夜見だ。重い身体と足を引き摺る様な覚束ない足取り、誰が見ても安静にしてなきゃいけないように見える彼女だが何度も転びそうになりながらゆっくりとした足取りで雪那が走り去って行った捜査本部の方へ向かっていた。
「おう、てめぇか。てめぇもこっち来てテレビ見よーぜ。俺が推しグループの良さを朝まで語ってやるよ」
「結構です」
ハーマンに部屋で一緒にテレビを見ようという誘いを即答で断り、ハーマンは口を尖らせて不貞腐れながら自身の寝台に寝そべってテレビの鑑賞に戻り、次は深夜アニメを見始める。
アレクセイはハーマンとは違い、戦闘で彼女が倒れる所も見ており彼女を駐車場まで運んだ為夜見の容態を心配していた。
アレクセイの真剣な問いに対して無表情のまま言葉を返す。
「皐月隊員・・・・大丈夫か?」
「はい、シツェビッチさん。私のこと、運んでくださったようですね。申し訳ありません」
「それはいいんだが、怪我人なんだから無理をしてはダメだ」
「お気遣い感謝します。ですが行くところがありますので」
「んだよ、つれねー奴」
アレクセイの気遣いには感謝をしてはいるが今は急いでいるのか再度壁に手を付けて身体の姿勢を直した後に2人の病室を後にして捜査本部の方向へ向かう夜見の背中をテレビから視線を離さずに欠伸をして悪態をつくハーマンとは違いアレクセイはただ見つめていた。
場面は変わって捜査本部。
「今何と言った?」
雪那は自身にキレて花瓶を投げつけて来たハーマンから逃れ全速力で捜査本部に駆け込み、目的であった新装備の使用権を持つ栄人、親衛隊の面々真希と寿々花に対し沙耶香の捜索に協力するように高圧的な上から目線で指図しに来たのだが彼女らからの返答に不機嫌そうに返す。
「我々親衛隊は糸見沙耶香の捜索に協力出来ない。と申しました」
「そもそも我々の使命は紫様をお守りすること、鎌府女学院内部の問題に介入する権利も義務もありませんわ」
「申し訳ありませんが私も協力出来ません。使用権は私に一任されていますが例外を除いて局長の許可なしに彼らを出撃はさせられません。おまけにショッカーとライノは戦闘で大破、近日中での修復は不可能。残っているヴァルチャーも調整中です」
3人から協力出来ない理由。そもそも自分達には関係が無い、雪那と沙耶香個人同士、鎌府内輪揉めのいざこざに介入する理由は無い上に紫の側を離れる訳にはいかない為
協力は出来ない。紫の許可無しに装備は使用できない事と、どの道どの機体もすぐには出撃は不可能であるため栄人にも協力を拒否されると3人に向けて反撃し始める。
「紫様の為なら尚更よ!沙耶香こそ紫様の片腕たるにふさわしき者、反逆者も捕まえられない貴様ら無能共とは違うの!早急に沙耶香を連れ戻しなさい!このノロマ共が!」
雪那の傲慢で粗雑な言動、自分達や仲間の夜見をそのように堂々と貶されたためか真希と寿々花の顔付きが段々険しくなっていく様を隣で見ている栄人は生きている心地がしなくなって来て冷や汗をかき始める。
しかし、彼女達が雪那の言動に腹を立てる理由も理解出来る上に会社のクライアントである彼女達を貶されて自身も腹が立ってしまった上にこれまでの彼女の横暴な態度に我慢していたフラストレーションが軽く爆発し、自身の正直な気持ちをつい口を滑らせてしまった。
本来ならば雪那のような導火線の無いダイナマイトのような相手は下手に刺激せず飽きるまで適当に言わせて置けばいいと堪えるべき所だが、ここ数日間一緒にいただけだが、自由気まま、自分の意思を強く持って生きる結芽の影響を多少なりとも受けたのか、栄人も自分のことはいくら悪く言われても構わないが仕事仲間であり無表情で何を考えているか読めず現状最も接しにくいが職務に忠実で真面目で、自分にも丁寧に接してくれる夜見、昔から知っていて実姉のように慕っている寿々花、面倒見が良く凛々しくて気の良い人物で素直に尊敬できる真希、そして何より友人を追い詰めなければならない苦難が続く中、彼女といるときはその事を払拭してくれる。時折彼女の我儘に振り回されるがそれでいて一緒にいて楽しい気持ちにさせてくれる相手である結芽を侮辱されて黙っていたくないという自分の意思を雪那に丁寧に、それでいて力強く語る。
「高津学長・・・・その辺にしておいた方がいいですよ。いい加減にしないと皆さんキレますよ」
「針井・・・・?」
「栄人さん・・?」
「何だと貴様!」
全員が雪那を冷やかな眼で見ている最中、突然にトゥームスなどを相手にする際、時に牽制のために強気で脅しをかけたりすることは知っていたが普段はこういう場では上の立場の者には強く主張しない栄人が唐突に最大限丁寧に、それでいて強い口調で雪那に相対している。
その姿を見て真希と寿々花は少し驚いていて、雪那もただ自分の暴言を黙って大人しく聞いていた相手に反論された為少しだけ驚いたが立場は自身の方が上であるため尊大な態度で怒鳴る。
そんな雪那に対し、恐怖で掌が汗まみれになるが強く握って一歩も引かずに反論する。
「局長のお役に立ちたいと言うお気持ちを否定するつもりはありません。むしろ誰かの為に懸命になれる精神はご立派だと思います。でずが周囲を顧みずに当たり散らすのはいかがなものかと思います。それに貴女は私と共に局長直々に勝手な真似はするな。自分の持ち場を離れるなと再三注意をされたにも関わらず命令を無視されている事に関して、私が言えた発言ではありませんが局長の親近を悩まし、不利益になり得ないご自身の行動に疑問は持たれないのですか?ここ数日の貴女の態度と行動を見ていると逃走された糸見さんが逃げ出したくなるのも無理はないかと思わざるを得ません」
「図に乗るなよ商人風情の小僧が!誰に向かって口を聞いているか分かっているのか!」
鎌府女学院は神奈川県に設立されており南関東1都3県にやたら荒魂が発生する首都圏のため討伐に狩り出される事が多く、結果として最新装備を優先的に配備される為会社にとって雪那は御得意様あるため、雪那に反抗的な態度をとるということはマズい所では済まないのだが、それでいて先程の強い言葉ではなく諭すように語りかける。
「分かっております。貴女も我が社の立派な御得意様であり、お客様です。商品を贔屓にして頂けていることは誠に感謝しているからこそ私は貴女が無闇矢鱈に他人に当たり散らす方だと他の皆様に誤解されて欲しく無いのです。局長の為に何かをしたいというお気持ちは尊重しますがここは貴女のホームではありません。貴女は伍箇伝の一校の学長を務められているのならご自身の立場を考慮した冷静で適切な発言と行動をされた方がよろしいかと思われます」
「・・・・・ちっ!」
「・・・・・申し訳ありませんが、我々もご期待には沿いかねます」
「獅堂、貴様!」
「お静かに、紫様の親近を悩ますは高津学長とて本位では無いのでは?」
「・・・・・・・・ふん!」
確かに沙耶香には逃走され、研究者にはあしらわれ、ハーマンには花瓶を投げ付けられるという散々な目に遭遇して焦りと苛立ちで冷静さを欠いていたが真剣な表情で語りかけてくる言葉、全員に言われた事も一理ある事や、これ以上彼らに何を話しても協力しては貰えない。時間の無駄だと判断すると会話を打ち切って退室していく。本来ならここで立場を盾に取って栄人に脅しをかける位はしたいがそんな事をしている間に沙耶香に遠くに逃げられる方がマズいため退室していく。
「出来損ない共め、沙耶香に取って代わられるのを恐れてか・・っ!」
「高津学長・・・」
そして、退室した扉の外に出た廊下で悪態をつき始めると声をかけられる。
振り返ると病室から抜け出して出して来た右眼の辺りや身体中に包帯を巻き、左手で右腕を押さえる満身創痍の夜見が歩み寄って来る。
すると先程までの鬱憤をぶつけるかの如く夜見を見下し、嘲笑い始める。
元より自身の学校の卒業生ではあるが故に当たりがキツいのだが、本日は特に機嫌が悪い為か更にキツく当たり始める。
「ふんっ、折角の力も御し切れず惨めな姿、それで親衛隊とは聞いて飽きれるわ。お前など所詮紫様の温情で拾ってもらった試作品。身の程を知りなさい」
雪那の罵詈雑言を無表情で聞きながら、しばしの間両者の間に沈黙が流れるが普段は口数が少ない夜見がその沈黙を破り、左腕で抑えていた右腕を持ち上げて差し出すようにして体の前方に持って行く。
「私の・・・私の力であればご随意に」
「私の力だとぉっ!」
しかし、直後その発言が雪那の理性の導火線に火を付けてしまったのか怒りで表情筋が細かく動き、怒鳴りつけながら頰に強く平手打ちをお見舞いする。
その乾いた音が深夜の静寂に包まれた廊下に木霊し、頰を抑える夜見に向けて直後に正面から向き直って腹の底から怒鳴りつける。
「お前にくれてやった力など、沙耶香を完成させる上で零れ落ちたゴミも同然!なのに紫様に召し上がられ増長して私を見下すか!忘れるな!沙耶香さえいればお前たちなど必要無い事を!」
言いたい事だけ言い終わると苛立った様子のまま通り過ぎ、再度鎌府の生徒たちに召集をかけ始める。
そしてその一部始終を柱の陰から見ていた者がいた。手に持っていたいちご大福ネコのストラップを握ると顔が形を変え、どことなく先程まで怒鳴り散らしていた雪那の表情を真似たような表情をいちご大福ネコにさせている。
「うへーおばちゃんおっかなーい。あーあ、おにーさんやおねーさんが仕事を終えて出て来たらびっくりさせようと思って出待ちしてたのに嫌なもん見たちゃったなー」
捜査本部に籠りきりで完全に疲労で油断している所を突然柱の陰から現れるか大声を出すなどして驚かしてやろう等と考えて結芽が栄人や真希達を出待ちしていたのだが出て来たのはヒステリックに怒鳴り散らしながら夜見に八つ当たりをする雪那であったためアテが外れたような、すっぱいガムシリーズでハズレを引いたような気分になる結芽であった。
一向に捜査本部の部屋から出てこない3人の出待ちに飽き始めていた矢先に捜査本部の扉が開かれる。
「あー疲れた、やっと寝れる・・・・さ、皐月さん!?」
(あっ!ハリーおにーさん!よーし、後ろから大声出してあげよっと・・・・ん?)
一仕事を終えた為宿舎に行こうと捜査本部から退室して来た栄人の姿を見るやニヤリとイタズラっぽい表情を浮かべて栄人の背後を取るタイミングを伺っていると目の前の光景が気がかりになり始める。
栄人が駆け寄るようにして夜見に近付いて心から心配そうな顔をして接し始めたのだ。その瞬間に結芽には普段現れない焦りのような感情が湧き上があってくる。
「皐月さん!ダメですよ抜け出しちゃ!貴方は安静にしていないと!しかも顔も腫れてる・・・・高津学長にやられたのか・・・ひでぇな・・・」
「・・・・・」
本来ならば病室で安静にしていなければならない筈が病室を身体を引き摺りながら抜け出し、頰を抑え無言で佇む夜見を見て甲斐甲斐しく声を掛ける姿を見て結芽は胸やけなどのように生理的に起きる現象とは種類が違った胸の疼きが走る。無意識のうちに掌で服を掴んで胸の痛みを押さえる動作をしてしまう。
その動作により服に強く皺が残るほど強い力が籠っていた。
「とにかく、皐月さん。病室に戻りましょう、今は安静にしている事が第一です。歩けますか?」
「はい・・・・つっ!」
「危ね!」
直後に覚束ない足で歩き出そうとすると躓いて姿勢を崩し前に転倒しそうになると身体が前に傾いた瞬間に夜見の両肩を支えて栄人が転倒を防ぐ。
咄嗟であった為両者共驚いているがすぐに長距離の歩行は難しい夜見を病室まで戻すべきだと判断してか夜見の左腕を自身の首の後ろを通した後に手を左肩に乗せて左手で夜見の手を持ち、右手で相手の脇腹を支えて肩を貸すような形になる搬送法、支持搬送の形になる。
夜見は無表情を貫いているが声色は申し訳無さそうに謝罪してくる。
「ここからまた病室まで歩くのは大変か・・・私が肩を貸しますのでゆっくり行きましょう。ほら」
「すみません・・・・・・」
「大丈夫ですよ、皐月さんも大事なクライアントさんです。2人も貴女を心配していました。今はゆっくり身体を休めてください」
「はい・・・・・」
「「あっ・・・・・・」」
肩を貸しているため身体は接着している状態であるため会話をしようとお互いの顔がある方向に顔を向けると自然と近距離で見つめ合う形になってしまう為両者共素っ頓狂な声を上げてしまう。
これまで事務的な会話は交わして、その際に面と向かって話した事はあるものの顔を近くで見る機会は無かった。普段は感情が死滅したかのような無表情であるが、例えそうでも逆に美しさを際立てる色白の艶のある肌に、毛先以外が白く染まっているが綺麗な髪質、無機質に栄人を映すタイガーアイの様な琥珀色の瞳、更に健康的な身体つきであり忙しさで意識する暇も無かったが夜見もかなりの美少女であったと認識させられる。
夜見は一切表情を変えてはいないものの栄人は年代、増しては年上の異性と近距離で顔を合わせたことや、肩を貸す体勢で接着している為色々と意識してしまうが煩悩を払って無心であるように暗示をかける。
「す、すみません!」
「いえ、大丈夫です」
「「・・・・・・・・・・・・・・」」
夜見は特に気にしていないが栄人は以降妙な気まずさを感じてかその後はお互いに無言のまま病室まで歩き続けて、2人分の足音だけが廊下に響いて行く。
その2人のやり取りを陰で見ていた結芽は俯いて前髪で両目が隠れて表情は見えない。
口を横に結んでいる為少なくとも笑顔では無いだろう。
(べ、別におにーさんは他意なんて無いだろうし私がおねーさんと同じ状態でも多分おにーさんは同じこと言ってたかもだけど何で・・・・私、こんなに胸が苦しいんだろう・・・・)
(おにーさんが他の女の人と仲良く接したりしてるのがこんなにモヤモヤして苦しい。いつもの胸の痛みとは違う・・・なんでか分かんないけど、早くおにーさんにスゴい私を見て欲しい。それでスゴいって褒めて欲しい・・・・どうすれば・・・・・)
栄人は自分達を仕事仲間、会社のクライアントと見て、気遣っている為仮に自分が今の夜見と同じ状態でも同じ事を言っていただろう。それは頭では理解出来るが心が認めたくない。そんな感じだろうか。2つの自身の感情の鬩ぎ合いが焦燥感を掻き立て、胸を締め付けている。
以前に栄人がそう言う感情は無いが寿々花を姉の様に慕い、尊敬しているため強く信頼し、褒めちぎっていた際に感じた焦燥感に近い感情だ。
どうすれば自分を褒めてくれるのか、より強く存在を刻み付けられるのかその方法を模索する。
そして1つ、思い出したことがあった。以前に雪那が局長である紫と自身の出身校である綾小路武芸学者の学長相楽結月に自身の学校の在校生で天才と呼ばれ鎌府のエースとして紹介しに来た際に自身も同席していた事を思い出す。
すると、1つの結論に結芽は思い至る。結芽は口を猫口にしながら不敵な笑みを浮かべ、手に持っていたイチゴ大福ネコのストラップを空中に投げてノールックで別の手でキャッチして窓の外を眺める。
「そう言えば家出したのって私と同い年の沙耶香ちゃんだよね・・・確かあの娘も天才って呼ばれてるんだっけ・・・捕まえたら皆・・おにーさんもビックリするかなぁ」
次の瞬間、結芽が先程まで立っていた場所には誰も居なくなっていた。
フェーズ4のラインナップが決まってテンション上がりました!フェーズ4 は新キャラのが多いみたいですね。ただ、ワンダヴィジョンとかホークアイとかロキとかドラマで公開のメンツもいる上に合計10本を追うの大変そうですよね・・・・・w