刀使ノ巫女 -蜘蛛に噛まれた少年と大いなる責任-   作:細切りポテト

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前回よりは多少話が進みます。


第40話 大事な事

ガレージの地下のトレーニングルームにて、スパイダーマンとキャプテンが対峙し、お互いに手の内を把握出来ていないせいかどちらから攻めるのか微妙な空気が流れている。

 

キャプテンにとって、リーチのある武器を所持していて接近が困難な場合や、距離が空いている場合、自身よりも強力な怪力を用いて単純な腕力で力負けする可能性のある敵の場合はキャプテンは基本的に初手の攻撃はあらゆる衝撃をも吸収し、跳ね返った後に自身の手元へと返る唯一の所持武装である盾を投げ付けて怯ませることで牽制し、確実に攻め込める状況を作り出すのが常套手段だ。

 

トレーニングルームは比較的広いとは言え密閉された空間である。よって、盾を投げつけても拾いに行きやすい、それでいて壁に当てて反射した盾が手元に返ってくる時間も短いと言うことは推測できる。

仮にだだっ広くて障害物も少ない場所なら戦いにくかったと思うがトレーニングルームは比較的キャプテンにとってある程度戦いやすい場所だ。

 

『であっ!』

 

状況を観察したキャプテンはまずは定石通りスパイダーマンを怯ませるために円盤投げの要領で左腕を腕を横に振り抜いて盾を投げつけると、円形の盾が手元から離れて前方に見えるスパイダーマンの方に向けて回転しながら襲い掛かる。

 

スパイダーマンはかなり速い速度で盾を投げ付けられたため、スパイダーセンスが反応したことで身体を軽く傾けると風を斬るかの如く回転音を立てる盾を悠々と回避し、前方から走って接近して来たキャプテンの攻撃に備えて膝を軽く曲げて動きやすい姿勢のまま迎え撃つ。

キャプテンはスパイダーマンに接近し、後方の盾ではなく自身に注意を向けさせるように派手にジャンプして飛び上がり、一回転して蹴りを入れてくる。

 

「おっと!派手で荒々しいね!でも避けやすいよ!」

 

『どうかな?』

 

スパイダーマンは回避の準備はしていたためか、キャプテンの蹴りは簡単に回避は出来た。

だが、スパイダーマンは知らなかった・・・キャプテンの盾は投げつけて硬い物に当たれば何処かに跳ね返る性質があるということを。

 

キャプテンの蹴りを回避した矢先に背後からの毛が逆立つかのようなビリビリと嫌な感覚が発動し、スパイダーセンスが危機を知らせて来たので直感で姿勢を低くして回避する。

 

「?・・・・後ろから何か来る・・・あっぶな!」

 

上を見て確認すると頭上には壁に当たることで跳ね返り、一直線にキャプテンの元へと返って行く円形の盾の姿が見える。

回避しなければ盾に当たっていたことは容易に想像出来るが同時にまさかこんな物理学の法則を無視した武器があるのかと感心させられてしまう。

 

しかし、キャプテンは同時にスパイダーマンに接近して足を前に突き出した前蹴りを繰り出して来ておりスパイダーマンは何とかそれを横に飛んで回避する。

 

キャプテンは流れるように自身の手元へと返って来た盾を右手で掴んで左手に持ち直し、盾の裏側にあるベルトを握って再度腕に装備する。

その様子を見てスパイダーマンはキャプテンの盾を見ながら感心したかのように、これまでキャプテンの仲間たちが心の中で思っていたが誰もツッコまなかったことを指摘する。

 

「それ物理学の法則に適ってないっすよ」

 

『いいか?君の理解を超えるものだってある』

 

「スタークさんも言ってたっけなそれ・・・確かにここ最近で嫌って程実感したよ!」

 

キャプテンの淡々とした返しは先程の訓練でトニーも同じことを言っていたため、やはり戦いの世界では日常茶飯事なのだろうと再度納得させられる。

スパイダーマンはキャプテンの手の盾を奪おうと右手のウェブシューターを前に構えて掌のスイッチを押し、クモ糸がキャプテンに向けて一直線に発射される。

 

クモ糸が発射された際にキャプテンは咄嗟に左手に持つ盾を前方に構え、頭を少し低くすると盾にクモ糸が吸着する。

このままでは盾を奪われると判断したキャプテンはクモ糸が盾に吸着し、空気に長時間触れて硬直することで引っ張り強度が強くなる前に空いている右手でクモ糸を掴んで引き剥がし、手に巻き付けてクモ糸を自身の方へと強く引っ張る。

 

『ふんっ!』

 

「のわっ!」

 

すると、スパイダーマンは脚で踏ん張って力を入れる直前であったためそのままキャプテンの腕力に身体を持ち上げられることで地上から離れ、キャプテンの方へと引っ張られていく。

キャプテンはすかさず盾を持っている左腕の方を横薙ぎに振ることで引き寄せたスパイダーマンの顔面を盾の表面で殴る。勿論、怪我をしない程度に力加減をしてだが。

スパイダーマンは盾で殴られたことでひっくり返ったまま地面に尻餅を付く。そして、蹌踉めきながら立ち上がり、腰の辺りをさすっている。

 

「いたた・・・盾を奪えば行けると思ったのになぁ・・・」

 

『確かに僕から盾を奪うという選択自体は間違っていない。だが、奪うにせよまず確実に奪える状況を作り出すんだ』

 

「例えば?」

 

『確かに僕の盾はあらゆる衝撃をも吸収し、抜群の耐久力を誇る。正面からなら大抵の攻撃は防げるだろう。だが、完全無欠ではない、同様に欠点もある。何だと思う?』

 

キャプテンはスパイダーマンに対し、接近戦の戦い方をも教える予定だがスパイダーマンの武器を所持している敵との戦い方は武器をクモ糸で奪い無力化することにある。

これから刀剣類管理局を相手にするとなると武器を所持した人間との戦いになるのだから歴戦の戦士のキャプテンとしてはスパイダーマンに知っておいて欲しい事もある。

 

そして、スパイダーマンは思案する。これまでの戦いで武器を所持している相手、刀使と戦闘したり武器を奪った際の自身の行動やその時の状況を。

御前試合の会場で親衛隊と乱戦になった際、真希の薄緑を奪えたのは、相手が罠にかかりその隙を突けたから。舞衣と姫和が東京の神社で対峙した際に孫六兼元を手元から奪えた時、あれは舞衣がスパイダーマンを敵視しておらず眼前の姫和に集中していたため。

伊豆山中で入団テストとしてエレンと薫と戦闘した際に姫和に小烏丸を突きつけられ、ホールドアップしたエレンの手から越前康継を奪えたのは意識が完全に別のことに向いていたから。そして、夜中の戦闘で真希と寿々花の両者から御刀を奪えたのも完全にスパイダーマンが視界に入っていない暗い森で、なおかつ想定外の奇襲をかけたから。

 

スパイダーマンがこれまで刀使との戦闘で正攻法で御刀を奪えた機会はほぼなく、大体が奇襲、不意打ちが多い。だが、これからの戦闘ではそれだけで戦って行ける訳ではない。自分なりに考えて工夫する必要が出て来る。

相手から武器を奪うにせよ、常に直接武器を奪って無力化出来るとは限らない。自身よりも戦闘経験を積んでいて身体能力も高いとなると尚更難しくなる。現に戦闘経験に雲泥の差が差があるキャプテン相手には失敗したため、そう言う相手にはまずどうやって有利な点を崩していくのか。その判断力が求められる。

 

「うーん・・・防御が一局に集中するとガラ空きになる箇所が出来る・・・全方向からの攻撃だと対処し切れない時もある・・・とか」

 

『そうだ。僕の盾での防御は一方向からの攻撃には対応出来るが、その分足元や背中がガラ空きになりやすくなる。そう言った状況に陥りそうだと判断したら即座に盾を投げて遠くの敵を倒して先手を打ったり、姿勢を低くして身体全体を守りながら移動をしたりと工夫が必要になって有利な点を潰されてしまいかねない。僕の盾での防御もそうだが刀使達のように地面に足を付けて武器を振るったり、防御する相手が最も重要とするのは足捌き、脚の踏ん張りの強さだ。そこを崩すんだ。だから坊や、戦いでは戦闘技術も大事だが相手の利点を潰し、如何に自分に有利な状況に持って行けるかの判断力も大切だ』

 

『僕が最初に盾を投げたのも、相手の力量が分からない場合や単純な腕力で力負けするかも知れない相手は盾を投げつけて怯ませる。そして、極力自分に有利な状況に持ち込んでから接近戦を行っている。覚えておくように』

 

「りょ、了解ですキャプテン!」

 

キャプテンの長い戦闘経験から来る教えを聞き、確かにスパイダーマンはこれまでの戦闘で強敵相手に戦ってこれたのはスーツの性能だけでなく運が絡んでいたことや、奇襲が成功していたからだと新たにその現実を叩き付けられる。

 

キャプテンは決して脳筋では無い。戦闘指揮で皆を引っ張るリーダーシップだけでなく、自身が戦闘をする際にはかなり工夫して戦闘していることを身に染みて実感するスパイダーマン。

キャプテンは超人血清により超人的な身体能力を獲得しているとは言えどあくまで人間の延長上。よって、戦闘では常に工夫を強いられてきた彼だからこそこの教えに重みが加えられている。

 

そして、気持ちを切り替えて再度お互いに向き直りスパイダーマンとキャプテンの近接格闘の訓練は再開させる。キャプテンとスパイダーマンとの距離は盾を投げる程でも無いためお互いにダッシュで接近して殴り合いを繰り広げるつもりだ。

 

やはり先手を取るのはキャプテンからだ、キャプテンは軽いフットワークで床を蹴って接近し、ボクシングのようなポーズで拳を構えて小ぶりながら素早いジャブを繰り出して来る。

キャプテンは様々な格闘技に精通しており、指揮能力や戦術眼だけでなく本人の格闘技術も優れ、盾以外でも自衛力が高いがためチームでは重要な役割を果たしていると言える。

 

スパイダーマンはキャプテンから放たれる拳に対してスパイダーセンスが反応したことでキャプテンの拳を回避していく。そして、キャプテンが右腕から放って来たストレートパンチを左手の掌ので受け止める。掌を伝って腕全体にかなりの衝撃が走ったがスパイダーマンはそのままカウンターとして手で掴んでいるキャプテンの拳を握ってそのまま腕を力一杯捻り上げる。

 

「すげえ!感触はメタルだね!このまま貰うよ!」

 

『ぐっ!』

(神奈川の坊や、思ってた以上に怪力だな・・っ!)

 

キャプテンは自身の拳を軽々と受け止められたことにも驚いたが、可能性の一つとして考えていたスパイダーマンが細身であるにも関わらずかなりの怪力であるという予想が的中した。

負けじと自身も力を入れて元の位置に戻そうとするが想像以上に腕力が強い、いくら力を入れてもスパイダーマンの腕はキャプテンの拳を捕らえたまま離さず一向にビクともしない。恐らくこのままでは力負けする。そう判断したキャプテンはスパイダーマンの注意を逸らすために左腕に装備している盾をスパイダーマンの足元に向けて叩き付けるように投げ付ける。

 

スパイダーマンの足元に叩き付けられた盾が床と激突して金属を響かせる。それだけでなく盾が反射したかのように床から一直線に上へ向けて跳ね上がり、スパイダーマンの下顎に向けて盾が下から襲って来る。

 

「ん?今何か・・・・やっべ!」

 

床に金属音が鳴ったことでスパイダーセンスが反応し、足元に叩き付けられて跳ね返った盾が下から襲って来たため驚いたが咄嗟に身体を反らして回避するが一瞬キャプテンの拳を掴んでいる手の力を緩めてしまい、キャプテンに腹部に蹴りを入れられてしまったことで手を離してしまう。

 

「やっぱ物理学の法則を無視してるなぁほんと!」

 

キャプテンに腹部を蹴られたことにより、後方へと後ずさってしまったことで距離を離されるとキャプテンはすかさず地面を蹴って跳躍して天井に当たって落ちて来る盾を左手でキャッチして着地し、そのまま流れるように後ろ回し蹴りで追撃して来る。

 

キャプテンの風を斬るかのような音を立てる後ろ回し蹴りを姿勢を低くして回避した直後に懐に飛び込んだスパイダーマンはすかさず午前中にトニーに言われたように攻める時に大振りになり過ぎないように振りは小さく、それで素早くキャプテンの腹部にボディブローを入れ、そのまま押し込んで後方へ倒そうとする。

 

「うおらっ!」

 

『ぐっ!』

 

キャプテンのトレーニングダミーを遠隔操作しているしているスティーブにもVRゴーグルとモーションキャプチャーを通じて多少の衝撃がノックバックとして伝わるがダメージはほとんど無い。初めてまともに有効打を入れられたがキャプテンも反撃に出る。

 

キャプテンが膝を前に突き出すようにしてスパイダーマンに膝蹴りを繰り出しして来る。スパイダーマンはキャプテンの素早い膝蹴りを鳩尾に受け、怯んだ隙に顔面に数発のジャブの連打、そして力強いボディブローを入れられる。

 

スパイダーマンはショッカーやライノの威力が高い攻撃にも耐え得る程の超人的な耐久性を持つが、キャプテンの腕力は人間の延長上であろうとも的確に人間の弱点である鳩尾にボディブローをクリーンヒットさせられるとダメージは大きい。

その証拠に鳩尾をさすり、肩で息をしながらキャプテンを見据えている。

 

『今の攻めで大振りで攻めず確実にボディブローで攻めに転じるのは良かったぞ。だが、まだ荒削りだ。パンチを打つ時は拳を握り込むようにして打ち込むんだ。そして殴ったらすぐに腕は元の位置に戻してガードにも使える様にする。殴った後に捩じ込むのも悪い選択では無いがそれは確実に倒す時だ。基本的にはすぐに拳を引っ込めて連続で殴る方が相手にはダメージが大きい』

 

「めっちゃ丁寧で分かりやすいですキャプテン!」

 

実際にキャプテンの達人のような拳を受け、その威力を身を以て理解した為かスパイダーマンもすんなりとキャプテンの説明を受け入れることが出来た。

キャプテンとスパイダーマンもお互いに破壊力のある武器を用いず、基本的には素手での戦闘の方が主体となる為接近戦では最も参考にしやすい相手と言えるだろう。

そんなキャプテンからみっちりと限られた時間の中で鍛えてもらうためには時間は1秒も無駄には出来ないスパイダーマンは再度攻撃を仕掛ける。

 

「行きますよキャプテン!」

 

『来るがいい坊や!』

 

右手のウェブシューターのスイッチを押してキャプテンの盾へと向けてクモ糸を発射するとクモ糸は盾に容易に防がれるが直後にワンテンポ遅らせて左手のウェブシューターで足元を狙ってクモ糸を放つ。

 

まず初めに放ったクモ糸はフェイク、キャプテンの足首に接着したクモ糸の方を自身の方へと強く引き寄せるとキャプテンは姿勢を崩して仰向けに転倒すし、スパイダーマンの方へと引き摺られて行く。

 

『ぐっ!そう来たか!』

 

「足をねらうんでしょ!」

 

直後にスパイダーマンは持っていたクモ糸から手を離し、壁の両端に向けてクモ糸を放ち、身体を少し後方に仰け反らせて引っ張り強度が強くなった瞬間に

手を離すと地面をスライディングしながら滑り、キャプテンの下顎に蹴りを入れる。

完全に足元を狙われて体制が崩れていたこともあってか防御が間に合わず、スパイダーマンの蹴りを受けて蹴り飛ばされてしまい、盾を落としてしまう。

 

キャプテンは即座に起き上がり、すぐに足元に落ちた盾を拾おうとするがスパイダーマンは盾を狙ってクモ糸を放って来る。

 

『狙いはいいぞ、だがこれは想定できたかな!?』

 

「・・・っ!?マジ!?」

 

この状況では素直に手で盾を拾っていては時間的ロスの差でキャプテンが不利。スパイダーマンが盾を狙って来ることは察知できていたため、敢えて拾うと見せかけてキャプテンはすかさず地面に落ちた盾をスパイダーマン目掛けてサッカーボールのように蹴飛ばす。

 

「あいた!」

 

『坊や、行くぞ!』

 

スパイダーマンはウェブシューターを既に発射する準備に入っていたため、反応が遅れてしまい盾の表面が顔面に直撃し、強い衝撃で視界が白黒と反転する。しかし、そんな暇さえ与えずに直後にキャプテンは走って助走を付け、両足同時に飛び上がり腹部に向けてドロップキックを入れて来る。

 

キャプテンの力強いドロップキックが直撃し、スパイダーマンは後方まで蹴り飛ばされてしまい地面を転がりながら壁に激突する。

 

『判断力自体はいくらか身に付いて来たな。この調子で行こう』

 

「いたたたた・・・はい、キャプテン・・・」

 

キャプテンはいつのまにかスパイダーマンの前に立っており、右手を差し出している。スパイダーマンがキャプテンの手を取ると腕力で起立させる。

その後はスパイダーマンとキャプテンは残りの時間で近接格闘での攻撃方法、プロレス技、殴り合いによる踏み込みや防御の方法、そして実践的な殴り合いを続けていた。

 

しばらく経ち、キャプテンとスパイダーマンが実際に接近戦での殴り合いを繰り広げていた最中、スパイダーマンの放った拳を顔に受けた直後にキャプテンはスパイダーマンの腕を掴み、足払いをしてスパイダーマンの身体を浮かせた直後に思い切り一本背負いで床に叩き付ける。

 

午前中よりかは戦闘に慣れて来たが、やはり歴戦の戦士であるキャプテンが相手となるとやはり自身はまだまだなのかと実感させられてしまう。

そして、弱音ではないが叩き付けられた現実に対してボロッと心情を吐露してしまう。

 

「いててて、やっぱハイテクスーツ着てない上に歴戦の戦士キャプテンアメリカが相手だと技術も力量にも差があるのかな・・・」

 

『・・・坊や、少し休憩がてら僕と腕相撲をしよう』

 

キャプテンはスパイダーマンの発言を聞き、戦闘訓練での様子を見てか自分なりに思う所があるのか、それでいて他にも教えたいことがあるのかスパイダーマンに腕相撲で勝負を持ちかけて来る。

しかし、スパイダーマンはキャプテンの唐突な提案を聞いて理解が追いついていないが意味もなくこのようなことなど言わないだろうと思い、床から起き上がり、キャプテンの言葉に従う。

 

「え?何で今腕相撲なんか・・・分かりました」

 

キャプテンとスパイダーマンは椅子に腰掛け、テーブルの上に肘を載せてお互いの手をガッシリと握る。

ただの腕相撲であるのだが、キャプテンの表情は極めて真剣だ。自身も気を引き締めて汗ばむ手でキャプテンの手を強く握る。

 

『よし、坊や。僕が合図したらそれが勝負開始の合図だ。遠慮はいらない。全力で来い』

 

「了解しました」

 

『行くぞ・・・Ready・・・GO!』

 

キャプテンが瞳を閉じ、深呼吸をした後に力強く勝負開始の宣言をする。

合図開始と同時にお互いに腕に力を込め、相手の腕をテーブルに叩き伏せようと押し込もうとする。

 

『「うおおおおおおお!」』

 

キャプテンも力を入れるためにホログラフで姿を再現しているとはいえ見事に肌の見える部分から血管の青筋が浮かぶ程に力を入れていることを再現しているかが分かる。

それだけ全力を出していると言うことが容易に想像出来る。

 

・・・・・しかし、お互い拮抗しているように見えるが実際にはスパイダーマンの方がキャプテンを押している。

 

スパイダーマンも力を入れてはいるがここまで自分の力が拮抗するとは予想もしていなかった。キャプテンは自身よりもずっと怪力で、それでいて経験の差があるから勝てないのでは無いかと想像していたが腕相撲で、それでいてキャプテンが全力を出しているにも関わらず自身が優勢。戸惑わない訳が無い。

 

それでもスパイダーマンはキャプテンが全力で来ているのならばこちらも全力で行くのが筋だと思い、キャプテンの手を掴む腕に更に力を込める。

 

スパイダーマンが手に力を込めると徐々にキャプテンの手の甲がテーブルにの上に接近して行き、しばらくしないうちにピタリと着く。

腕相撲ではスパイダーマンが勝利した。

 

「嘘・・・腕相撲では、僕の勝ち・・・?」

 

『ふう・・・見事だ坊や。僕も全力だったんだが、負けてしまったよ』

 

キャプテンは手の甲をブラブラとリラックスさせながら、腕相撲に勝利したスパイダーマンを賞賛する。

しかし、スパイダーマンはそれでも腑に落ちなかった。自分がキャプテンに勝てない、負けるのはキャプテンが歴戦の戦士であって経験も技術もある。

それでいて、自身よりもずっと身体能力が高いからでは無いのかと思い込んでいたため勝負の結果に困惑してしまっている。

 

「そんな、僕がキャプテンに勝てないのはキャプテンは経験や技術だけじゃなくて僕よりもずっと力が強いからだって思ってそれで」

 

『坊や、さっきの腕相撲の結果からわかるように純粋な腕力、反射神経では君が上だ』

 

「そんな、信じられないですよ・・・」

 

キャプテンの言葉に納得出来ずに戸惑うスパイダーマンに対し、キャプテンは更にその言葉に説得力を持たせるためにより具体的な話をする必要があると考え、持ち上げられる重さの話をし始める。

 

『確かに腕相撲では実感湧かないか・・・なら君はどれくらいの重さなら持ち上げられる?』

 

「多分・・・10t位なら。後は時速80km位で走る車を素手で止められる位ですかね」

 

『僕はヘリコプターを素手で引き戻せる位だ。だから全力で2〜3t位かも知れない』

 

キャプテンの衝撃的な発言を聞き、スパイダーマンは驚愕する。自分よりも腕力が強いと思っていたキャプテンよりも実際は自分の方が重いものを持ち上げられるという事実はスパイダーマンを驚愕させるには充分であった。

ちなみにキャプテンはサポーター無しでベンチプレス500kgを軽々と持ち上げることが可能であるが実際に普通の人間が補助なしでやろうとすると潰れるか体中の関節が外れるので良い子の皆は決して真似しないように。

 

「嘘・・・ですよね・・・」

 

『嘘を言っているように見えるか?』

 

「・・・見えないです」

 

未だにのキャプテンの発言を信じられないスパイダーマンに対してキャプテンは真っ直ぐにスパイダーマンの目を見据える。蒼く澄み切った瞳には一切迷いも嘘偽りが無い程真剣な目をしている。

誰が見てもこう思うだろう。この人は嘘は言っていないと。

 

『いいか、坊や。戦いで重要なのは単純な身体的スペックの差だけじゃ無い。技術や経験、それでいて自分が如何に戦いやすい状況を作り出す創意工夫が必要なんだ。最初から強い人間なんてどこにもいない。僕もそうだったからな』

 

キャプテンアメリカだって最初から強かった訳ではない。超人血清を打つ前は徴兵にすら弾かれた喘息持ちで小柄なモヤシ、ただ人一倍愛国心と勇気だけは誰にも負けなかっただけの普通の青年だった。

血清の力で超人兵士となって以降常に戦場で前線に立ち皆を引っ張って行くリーダーシップを発揮し、時には自身よりも超人的な身体能力を持つ相手や宇宙からの脅威、機械の兵団と渡り合って来た。その最中で彼は自身の力に驕ることなく常に研鑚と努力、戦闘に置いて常に創意工夫を重ね、幾度となく修羅場をくぐり抜けて歴戦の戦士となったのだ。

そして、キャプテンにはいつも大事にしていることがある。血清があるから、盾があるからキャプテンアメリカは強いのでは無い。

打ちのめされようと、自身よりも圧倒的に力の差があろうとも、仮に血清が無くとも一歩も引かずに立ち向かうモヤシのスティーブ・ロジャースであることが最大の武器だからだ。

 

『だからこれだけは覚えておいて欲しい。君はまだ本格的に戦いの方法を学び始めたルーキーだ。これからたくさん訓練を積めば良い。だが、その上で必要なのは自分を信じること、例えどれだけ不利で、打ちのめされていても相手を睨みつけながらまだやれるぞって言ってやる事だ』

 

「はい、キャプテン・・・」

 

凛とした声の中に重みの籠もった言葉がスパイダーマンにのし掛かって来る。本日出会ったばかりでキャプテンの言葉をスパイダーマンでは100%理解することは出来ないだろう。だが、それでも心に響く物があった。

 

キャプテンはVRゴーグルのデジタル時計を確認すると訓練終了の時刻が迫っている。

キャプテンはスパイダーマンの方を見据え、スパイダーマンに問いかける。

 

『時間はギリギリだな。坊や、まだやれるか?』

 

「はい、まだやれます!キャプテン!・・・・あれ・・・身体に力入らないや・・・」

 

意気揚々とキャプテンに返答する。しかし、朝から現在の時刻までハードな訓練を受けていたため、流石に全身が既に悲鳴を上げ身体が自分の重さを持ち上げられ無い程力が入らずへばってしまう、気持ちに身体が着いて来れないという非常に締まらない状態だ。

 

キャプテンはスパイダーマンの様子に苦笑いを浮かべるが確かにハードなスケジュールであったと考えれば無理もないかと思案し、特訓を切り上げることにする。

 

『まぁ、日中ぶっ通しで激しい訓練したからかな・・そういきなりはうまくいかないか。今日はここまでにしよう』

 

「す、すいませんキャプテン・・・」

 

『お疲れ様坊や、明日も頑張ろう。トニー、坊やが限界だ。ここまでにする。分かった、また後で』

 

キャプテンが遠隔操作を解除したことでトレーニングダミーはホログラフを解除し、元の機械のボディへと戻る。そのまま最初に収納されていた壁の方まで歩いて行き、収納される。

 

スパイダーマンはしばらく起き上がれなかったが徐々に力を取り戻し、ようやく立って歩ける様になる。

壁に手を付けて足を引きずりながら地上へ向けて歩き始める。

 

「いたた・・こんなに身体動かしたの昨日ぶり位かな・・とにかく戻らないと」

 

一方、外では既に里の景色は夕暮れに染まっており、橙色の夕陽が田舎の里を照らしている。神社で集団戦の訓練をしていた面々も訓練を終了し神社の渡り廊下の縁側に腰掛けて里の景色をぼんやりと眺めており、フリードマンと会話をしたりしていた。

しかし、フリードマンが一度去ってから訓練を終えて皆が疲労により寛いでいる最中約1名落ち着かない様子を見せる人物がいた。

 

「舞衣、どうかした?落ち着きがない」

 

「えっ?そうかな・・・?」

 

「らしくないぞ」

 

「そうだよ舞衣ちゃん、休み時間とかたまに颯ちゃんとスタークさんが入っていったガレージの方チラチラ見てたよ」

 

皆に指摘されて自分が1人だけ特別メニューと称してガレージに連れて行かれたスパイダーマンがどの様な特訓をさせられているのか、昼に戻って来た時はピンピンしていたが顔に擦過傷が出来ていたため、心配になって落ち着かなかったことを自覚させられてしまう。

スパイダーマンには超人的な耐久力と、失明しても翌日には回復し、戦闘不能状態から短時間で復帰する再生能力があるとは言えやはり友がハードな特訓をしていると考えると心配になってしまうものだ。

 

「・・・っ!わ、私そんなに見てた?」

 

「ハイ!まるで子供を心配するマミーみたいなデシタネー」

 

「ま、まだそんな歳じゃないですよ・・・1人で特訓って言うからどんなことしてるのかなって気になってつい・・・」

 

友人としてなのか、保護欲からなのかは分からないがあまりに心配する様子から保護者目線になってしまっていたのだろうか。

言及されてもイマイチピンとは来なかったが、世話焼きな彼女の本質がそうさせたのだろう。

 

「午前中はアイアンマンにみっちりしごかれてたみたいだからな、午後は何してたか知らねーけど。オレもアイアンマンに特訓付けて貰いて〜」

 

「それだと薫は訓練そっちのけでアイアンマンを眺めるだけで終わってしまいマス」

 

「まあ、否定は出来ねえ」

 

「心配ないよ舞衣ちゃん、昼にスタークさんと戻って来た時はピンピンしてたし運動不足にはもってこいな訓練してるって!」

 

「そうだよね、心配だけど信じなくっちゃね」

 

可奈美の言葉で元気付けられたこともあるが、昨夜に話をした際に彼なりにスーツの力だけで無くとも本人なりに努力する気持ちがあることを知っているため信じる事にした。

 

「にしても超疲れた〜水〜」

 

「体力無いデスネ〜」

 

「こ、ここにも体力無いのが一人・・・」

 

薫とエレンの会話に乗じてガレージの方から力の抜けたような声が聞こえてくる。

皆が振り返ると足を引きずりながら、覚束ない足取りでフラフラしながら歩いてくるスパイダーマンの姿だった。

何度も殴られるたり、蹴られたり、叩き付けられたりしたのかスーツの上に来ている赤いパーカーは薄っすらと汚れており所々糸がほつれたりもしている。

幸いゴーグルは無事なようだがマスクにも汚れが付いている。

大袈裟に見えるが割と満身創痍な状態に一同は驚いている。一体どんな訓練をしたのだと。

 

そして、躓いて前に転倒しそうになった際に舞衣に腕に身体を抱きとめられることで転倒を防がれる。

抱きとめられた際に鼻腔を甘い匂いが擽ぐるが疲労状態の自分は地獄から天国に来たような感覚に陥る。

 

「そ、颯太君!?大丈夫!?」

 

「あぁ・・・舞衣。何とかね、ブルックリンのスティーブって奴にやられただけ」

 

「?」

(ブルックリン?・・・スティーブ?・・・いやまさかな、流石にねーよな。あの人は今逃亡中だぞ、無い無い)

 

スパイダーマンの発言を聞いて薫には引っ掛かるワードが入っており、思い当たる人物がいるにはいるのだが流石に今の現状ではありえないため思い過ごしだと思う事にした。

薫が尊敬する人物であるため、対面した際には飛び上がって喜ぶ自信があるが。

 

「どうだった?最初の戦闘訓練は」

 

「超キツい。小学生の頃の剣術の鍛錬の倍はキツい・・・」

 

可奈美のこれから戦闘員としての一歩を踏み出したばかりのスパイダーマンに対して心配というより、期待という意味合いを込めた問いに対し、キツい。の一言で返す。

だが、努力や訓練はいつだって厳しいし、苦しい物。逃げ出す意図は無いことはすぐに伝わる。

 

「とにかく、颯太君ボロボロだよ。ちょっと来て」

 

「あっちょっと」

 

舞衣に肩を貸してもらった状態のまま神社の渡り廊下の縁側まで連れてこられる。

一足先に彼女は縁側に腰掛けて先程までの訓練で一応用意はされていたが結局ほとんど使用しなかった救急箱を開け、手で縁側の方を指して座れというジェスチャーをしてくる。

 

「はい、座って。頭と顔をこっちに向けて。手当てするから」

 

「えっ、いや良いって!放っておけば僕の怪我は治るからいいの!骨折しても寝れば治るし」

 

「すごい・・・」

 

「ダーメ、菌が入って化膿しちゃうかもでしょ。いいからほら」

 

「は、はーい・・・」

 

スパイダーマンの再生能力に皆感心しているがそれでも舞衣は傷口から菌が入る可能性も考慮している上に純粋にボロボロな相手を前にして何もしないということは出来ない彼女の母性本能のようなものなのだろう。

舞衣の圧に押されてスパイダーマンは大人しく廊下の縁側に腰掛ける。

いててと言いながら舞衣の隣に座り、マスクを外す。

 

マスクを外すと長時間マスクを被っていたせいか髪型が非常に乱れており、顔には殴られた際の擦過傷が所々にあり、額には傷、盾や拳で殴られたことが要因であろう。鼻は出血して鼻血が流れているが時間が経っているのか既にある程度固まっている。

 

舞衣は救急箱から救急セットを取り出して、腫れている箇所をアイシングしたり、擦過傷に対して消毒綿で傷口を拭いていく。

軽い手当てであるのだが、怪我をした顔を見るためお互いに顔と顔が近くなり、自然と心拍数が上がり、顔が紅くなって行くのを感じるがこれはあくまで手当だ。余計なことは意識するなと自己暗示をかける。

 

「どれどれ・・・顔結構腫れてる。ちょっと冷やすね。ほっぺも切ってる、絆創膏も貼っておくね」

 

「あ、ありがとう舞衣」

 

照れ臭さはあるが訓練の後に舞衣の優しさに触れて、心が落ち着いてのを感じる。訓練は死ぬほど疲れたがこうして心配してくれる人や、懸命にトレーニングを付けてくれる人達がいることに内心感謝するのであった。

 

長船に帰還する紗南を見送るために朱音とフリードマンがハッピーが運転手を務める黒塗りの高級車の近くに集まっていた。ハッピーはトニーの指示で朝方に別の場所に遠出していたのだが、戻って来てすぐに今度は紗南を長船まで送る役割を担う。

紗南が今両手で持ってるアタッシュケースの中にはエレンが強奪したノロのアンプルが入っている。里の施設では詳しい解析が出来ないため、長船に直接持ち帰って調べることになったようだ。

 

「えっと、長船の学長さん。場所は長船女学園で良いんでしたっけ?」

 

「ええ、詳しい解析は長船で行わなければならないようで、アンプルが想像通りの物なら折神家と鎌府が行なっている人を荒魂と融合する非道な研究を白日の下に晒すことが出来ます」

 

「孫たちが命懸けで手に入れたプレシャスだ、無駄にはならないよ」

 

短い会話の後にハッピーが運転する車が発進し、長船に向けて移動を開始する。紗南は怪訝そうにアタッシュケースを眺めているがそこには様々な感情が渦巻いている。

これから自分は解析というかなり重要な役割をこなすという重圧とかつての仲間の非道を明かすということに多少なりとも抵抗があるがこれは放置してはいけない問題だ。すぐに気持ちを切り替えて前を見据える。

 

しかし、エレンが強奪したアンプルはアタッシュケースの中でギョロリと黄色い目に紅い瞳が開眼していたことはこの時は誰にも知る由は無かった。

 

そして、刀剣類管理局の局長室の一室で、薄ら笑いを浮かべる紫の姿があった。

 

「見つけたぞ、朱音」

 




キャプテンが初手に盾を投げ付ける云々は私の自己解釈な部分があるので解釈違いだという方はすみません。


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