刀使ノ巫女 -蜘蛛に噛まれた少年と大いなる責任-   作:細切りポテト

43 / 67
ファーフロ円盤発売めでたい!発売日に出さなくてスマソ。ボックスガチャと周回が大変だったんっす。


第43話 鉄条網

森の抜け道を抜け、潜水艦のあるかつては水源であった停泊所まで辿り着いた朱音を護衛する面々は岩陰に隠れてあちらの様子を伺っていた。

 

来る道中で複数のパラディンによる上空からの連携攻撃を受けて数人が食い止める為に離脱してしまい現在は非戦闘員はハッピーと朱音とフリードマンと累、戦闘員は可奈美、姫和、舞衣、沙耶香、エレン、薫、孝子という面子となってしまった。

 

停泊所まで辿り着いたはいいものの通路が複数人が横一列に並んでも通れる程だだっ広いため既に複数台のパラディンが横陣形を組んでSTT隊員達を守るように前に出て通せんぼをしており、いつでもターゲットを砲撃する準備をしている。それでいてSTT隊員もスペクトラムファインダーを手に持ち、潜水艦を使って脱出する面々が来るのを待ち構えている。

 

「よっと、何とか辿り着いた・・・あー・・・これもしかし無くても僕らチーズに引っかかったジェリーって感じ?」

 

皆がSTTの出方を伺っている最中パラディンを退けてここまで来たスパイダーマンがかなり遠回りをしてようやく合流出来たようだ。

遠回りをして来たためかパラディンを迎撃する面々とは鉢合わせ出来なかったようだ。しかし、パラディンと戦闘をしていたにしてはホームメイドスーツの所々がパラディンの砲撃を掠めたのかほつれていたり裂けたりしているが特に目立った外傷はない。強いて変わった所と言っても盾代わりに持ってきた既に機能が停止しているパラディン一台を担いで来たこと位だろうか。

 

戦闘での相性の問題もあると思うがスパイダーマンが大量のパラディンを相手にして無事に戻って来たことに関して皆驚いている反面、安堵はしている。

戦力が一人増えたことへの安心感と純粋に再会が嬉しいということもあるからだ。

 

「あぁ、差し詰めアイツらは俺らを待ち構えてるトムって感じだ」

 

ハッピーの説明の後にエレンがフリードマンに対し、問いかける。勿論道中の事を考えれば大方想像は出来るが。

 

「撃って来るデスカ?」

 

「多分ね。彼らはスペクトラムファインダーを装備してるだろう?舞草の構成員は人間だよ。あんなものが必要だと思うかね?」

 

フリードマンの指摘通りSTT隊員の手元にはスマートフォン型のスペクトラムファインダーを手に持っている。これは本来対荒魂に使用されるものであり人間相手には無用の産物だ。

なら何故そのようなものが用意されているのか?そして、何故パラディンは刀使を見つけた瞬間にターゲットに設定して的確に攻撃して来るのか?

 

「じゃあ・・」

 

「伊豆でのことを思い出してくだサイ。目の前に荒魂がいたというのにスペクトラムファインダーはぴくりとも反応しませんデシタ」

 

「まさか官給品に細工を!?」

 

舞衣は伊豆での事は知らないため紫は真実を操作し、そのような細工を施せることは想像出来なかったがやはり現に目の前で起きていることであるため信じる以外にない。

 

「おそらくそうだろう。あれはS装備同様折神家からもたらされた技術で作られたものだ。今ならそう・・・御刀に反応するよう設定されているといったところかな」

 

フリードマンのほぼ正解に近い推測の通り、STTの持つスペクトラムファインダーとパラディンに搭載されているスペクトラムファインダーが皆の所持している御刀に反応して機械音がなるとパラディンとSTTが構えて戦闘態勢に入る。

 

『荒魂の反応複数あり、近辺に敵が接近。射程圏内に入らないよう後方で待機を。貴方方は我々が守ります。全システムエクスキュートモードに移行』

 

「了解。よし、全員後方に下がって構えろ!」

 

パラディンは味方を守る騎士のように前に出て陣形を組みならSTTを後方まで下がらせ、武装を展開する。

 

STTとパラディンに勘付かれたことで全員が冷や汗をかき始めるが今はうだうだしている場合ではない。

おまけにこの停泊所は比較的広いと言えるが洞窟ではあるため逃げる場所も少ない。その上パラディンの砲撃の破壊力はかなり高く、ボウガンの矢は写シを貫通して直撃すると肉体に矢が残るという彼女達とは相性が悪い武器だ。尚且つそれを大量に搭載している相手が複数台陣形を組んで道を塞いでいるというのは明らかにこちら側の部が悪い。

 

「このままだと我々は荒魂として処理されるぞ!」

 

「荒魂が人を荒魂呼ばわりするか!」

 

荒魂でありながら人に憑依して管理局を支配し、荒魂を使って人々を傷付ける紫が人間を荒魂呼ばわりするというのは彼女にとっては誠に遺憾で地雷を踏み抜いた行為なのだろう。声色と憎々しげな表情からも憤りが見て取れる。

 

「だが、あのボウガンお前らと相性悪いんだろ?どう対処するんだ?」

 

「えっ?あのボウガン何かあるの?」

 

「当たると写シを貫通して身体に矢が残って直接本体にダメージを与えてくる代物だ。刀使の動きを封じる武器と言った所だろうね」

 

「あのボウガンそんなにヤバかったのか・・・」

 

スパイダーマンは実際にパラディンからボウガンの砲撃を受けたが掠った程度であるためその脅威を実感していなかったがそれを目の当たりにしたフリードマンの説明により刀使達にとって相性の悪い武器を大量に搭載していたとなると本気でこちらを潰す気で来ていることが容易に想像出来た。

 

「クソッ!」

 

「お待ちなさい。彼らは命令に従ってるだけです」

 

「わかっています」

 

しかも性質が悪い事にSTTも、ましてはパラディンも上層部または操作する者の命令に従っているだけであり致し方ない部分もあるためやるせない想いもありつつ孝子も悔しそうだが理解はしており朱音の言葉には素直に従うつもりだ。

 

この切羽詰まっている状況、尚且つ彼女達に対抗する相性の悪い武器を大量に積んでいる敵に、逃げる場所も無い。おまけに破壊力の高い攻撃を雨のように放って来るとなるとこちら側に深刻な被害が出かねない。

非情にもこちらに考える猶予を与えることなく、海の方からヴァルチャーが操作するパラディンが増援として加勢し始めてより強固な陣を組み始める。その姿は勇ましく、騎士団の整列のように一糸乱れぬ的確さだ。

 

この最悪の状況下で当然ながらスパイダーマンもかなり内心で焦っているが頭の中にはあるビジョンが浮かんでいる。

あのボウガンの矢はあくまで写シを貫通する物。写シに関係なくショッカーやライノの攻撃やアイアンマンのリパルサーにも耐えうる耐久力を持ち、如何なる戦闘不能状態や負傷からでも数時間で回復できる再生能力を持つ自分からすればただの金属矢に過ぎないのではないかという考えが浮かんでいた。

 

人には適材適所というものがある。出来るのならば目の前にある鉄条網を切る選択肢を取り、危険を取っ払って最小限のリスクで皆と無事に脱出したい所だが今はその選択肢すら用意されていない。

 

おまけに完全に里中が包囲されているだけでなく、前方にはパラディンが列をなしてこちらを待ち構えている。倒さない限り潜水艦に乗ることさえ叶わないだろう。そして、こうしてオタオタしている間にも他の追っ手が増援として加勢して来ない保証はない。

 

よって、今何よりも大事なことはこの状況下で仲間の為に立ちはだかる鉄条網に飛び込む勇気を持つこと。それが今スパイダーマンに出来る最大限のことだろうという結論に至る。

全員で襲い掛かることも可能だろうが確実にこちらに深刻な被害、尚且つかなりの消耗を強いられ、脱落者を出して脱出どころではなくなってしまうのではないだろうか。

今自分が思い付く限りの最善の行動を考え、そう思い経ってからのスパイダーマンの行動は早かった。

 

「忘れました?ここに相手を取っ捕まえる達人がいるって」

 

「颯太さん・・・」

 

「でもやっぱりあの数のドローンを一体一体倒してたらチーズにされちゃうか・・・よしっ!」

 

朱音の方を向いて当然のように言い切るスパイダーマンの発言は皆の注目を集める。

戦闘経験が乏しく、これまでの戦闘をスーツの性能と身体能力と運で押して切り抜けて来たが故に1人だけ特別な訓練をしていた人物が自ら危険な鉄条網に飛び込んで行くと言うのだから無理はない。

 

そんな皆の心配を他所にスパイダーマンは盾代わりに担いで来たパラディンを地に置き、機体の隙間に指を入れてそのまま腕力でこじ開けると中にはドローンを動かすために稼働し、熱を帯びて紅く光る専用のエンジンが埋め込まれている。

 

「あっつ!」

 

スパイダーマンがオープンフィンガーの部分でエンジンに触れると静電気が起き、一瞬驚いて手を引っ込めるがすぐに本体からエンジンを引っこ抜きそのまま即興でクモ糸を当てて先端にエンジンを巻きつけたチェーンハンマーのような武器を作り上げる。

 

「お、おい無理すんなって。確かに一人でここまで戻って来たのはすげぇけどこれは全員で行った方が良いんじゃねえか?」

 

「今は皆の消耗を抑えることも大事。それに、僕からすればあのボウガンはただの金属矢だ。食らってもちょっと痛い程度だと思う」

 

「でも・・・」

 

「いくらなんでもリスクが高過ぎるよ・・・」

 

「大丈夫大丈夫、あんなんアイアンマンのリパルサーに比べたら屁でもないって!」

 

ここまですれば何をするつもりなのかは想像出来る。薫がスパイダーマンに配慮している最中、当の本人は今は損害を抑えつつ皆で脱出をするならば耐久力と再生能力のあるスパイダーマンが鉄砲玉になる方が良いと主張する。何より祢々切丸を振り回すにしては狭い場所でもあるからだ。

舞衣と可奈美は心配そうにしているがこちらに顔を向けて白い眼のゴーグル越しに伝わる明るく振舞いつつも力強い声色を聞いてそれでも行くのだと言う決意を感じ取る。

 

「米村さん。僕からすればあの矢はただの金属矢です、当たっても軽く刺さる程度だと思うんで僕が突っ込んだら攻撃が当たらないように僕の真後ろからついて来て下さい」

 

「・・・分かった」

 

スパイダーマンは物陰に隠れつつ岩壁に背をつけて顔を少しだけ出して状況を確認すると再度岩陰に戻る。

一度深呼吸をし、気持ちを落ち着かせてから右手のウェブシューターを構えて岩陰から身を乗り出してクモ糸を一体のパラディンの砲口に当てる。

 

直後、向こうの視線がこちらに向いたと同時に右手に即席で作った武器を携えて振り回しやすいように手に絡めて短く持ち、パラディンの残骸を足で拾い上げて左手でキャッチし、盾のように前方に構えて岩陰から飛び出して隊列を組んだパラディンに向けて突撃して行く。それに追従する形で孝子もスパイダーマンの背後に続いて突撃する。

 

『攻撃開始』

 

「ちょっ、やっぱヤバいかもこれ!」

 

スパイダーマンが勢いよく飛び出して来た事でパラディンがスパイダーマンと孝子に向けて接近しながら機関砲とボウガンを乱れ撃ちし始める。

スパイダーマンはパラディンの残骸を前に突き出して盾にしながら砲撃を防ぎつつ突進する。

砲口から放たれる辺り一面を埋め尽くす雨のように浴びせられる銃弾が盾にしているパラディンを掠めて行くことで破片が飛び散り、徐々に。それでいて確実に部位が欠けて面積が小さくなって行く所を見るに砲撃にはかなりの威力があることは見て取れる。

 

「・・・っ!」

 

 

流石に全ては防ぎ切れずに所々弾丸が身体を掠めて肩や足にボウガンの矢が浅く刺さり、少量の血が飛散するが結構痛いという具合のダメージだ。

刀使相手には写シを貫通する武器ではあるが強靭な耐久力を持つスパイダーマンからすればただの金属矢に過ぎず、そのまま脚を止めずに突進して行きエンジンにウェブをつけた即興武器をハンマーの如く円を描くように振り回しながら宙に浮いているパラディンに向けて投げ付ける。

 

「後ろの人達!伏せた方がいいよ!君たちが中止にしてくれた花火の第2幕が上がるからさ!」

 

スパイダーマンの忠告を聞いてSTT達や岩陰に隠れている面々が姿勢を低くし、STTは咄嗟に盾を前に構えて防御の態勢に入る。

 

「たーまやー!」

 

フワリと浮いたエンジンがパラディンの眼前まで来たので迎撃のために砲撃するとエンジンに直撃して他のパラディンを巻き込んで爆発する。

轟音が周囲に響き渡り、飛散した残骸が海に落ちて行く機体もある最中皆が耳を塞いでいる。

 

スパイダーマンと孝子は爆発音により一瞬耳が聞こえにくくなった気がするが黒煙と炎が上がる中で視界が悪くなっている隙に孝子は前に出て上段から振り下ろした一閃で眼前のパラディンを破壊しながらパラディンの壁を突破してSTT隊員達に突撃していく。

 

スパイダーマンは走りながら通路の壁に向けて反復横跳びの要領で飛び、壁を蹴って宙に浮いているパラディンを殴り飛ばし、その勢いに乗ったまま踵落としで前にいた他のパラディンを破壊する。

 

そして、着地の後に先程まで盾にしていた手元の残骸を腕を後方まで伸ばして背中の方まで持って行き、大きく振り被りながここ数日間の特訓で何度も見た投擲フォームのように下から円盤投げの要領で投げるとフリスビーのように回転しながら宙に浮いているパラディンに直撃してお互いのボディが押しつぶし合うことで地に堕ちる。

 

墜落したパラディンから装備されている機関砲を力任せに手で引き抜くと砲身を掴んで両手に持ち、鈍器の代わりとする。

 

直後に前方のパラディンが放って来る衝撃波を跳躍で回避し、落下したまま右手に持った機関砲を振り下ろして叩きつけるとパラディンの装甲が潰れ、左手に持っていた機関砲を別の機体に押し込むようにして突き刺すとメインカメラを突き破って貫通する。

 

「まだだ、撃って撃って撃ちまくれ!」

 

勢いが止まらない孝子とスパイダーマンにより配備されていたパラディンが全て破壊されたことで完全に切羽詰まったSTT隊員達はほぼヤケクソ気味に横一列に並んだまま孝子とスパイダーマンに向けて再度発砲を始める。

 

しかし孝子は既に近距離まで接近しており、飛び蹴りと峰打ちでSTT隊員達を気絶させて行き、スパイダーマンはパラディンを盾にしながらも特攻し、攻撃が一瞬途切れたタイミングで投げ捨てる。

ウェブシューターを構えてクモ糸をSTTが所持している銃に当ててこちらの方に引き寄せると手元から離れ、直後に飛んで来たクモ糸で身体を拘束されて身動きが取れなくなる。必死に脱出しようと身をよじらせているがクモ糸は既に常人では破ることが不可能な引っ張り強度となり、強靭な繊維により脱出は不可能だと実感させられてしまう。

 

そして、気が付くと彼等は抵抗虚しくウェブでグルグル巻きに拘束されて無力化されて完全に鎮圧へと至っていた。

 

一方その頃、結芽が降り立った神社では彼女を取り囲んでいた舞草の刀使達は既に倒されており、迎撃部隊を率いていた聡美もそれなりには粘ったものの結芽の実力は桁外れであったため非常にも結芽に鎖骨の辺りにニッカリ青江を押し込まれている。

写シを張る精神力が限界に達したことを察した結芽はニッカリ青江から引き抜くと聡美は意識を失って地に伏せる。

 

「おねーさんたち、よ・わ・す・ぎ〜♪あーあ、全然足んないや」

 

倒した舞草の迎撃部隊を感心無さげにため息混じりに見下ろしつつ、不服そうな本心を呟く。

力の証明に相応しい相手となるとやはりそう簡単には見つからないものだとある程度覚悟はしていたが手応えがないとやはり興醒めなようだ。

 

直後に海の方向から銃撃音と爆発音が聞こえてくる。どうやら逃げるチームと迎撃するチームに分かれて行動していたようだと推測出来た。

 

「ふーん、あっちか」

 

どうやらまだ敵が残っていることを察知した結芽は命令通りに反逆者達を捕らえる任務を続行するためにそちらへ向かうのであった。

夜空の上空では結芽が停泊所の方向へ向かう姿を里全体の戦況を観察していたついでに見ていたヴァルチャーはHUDに映る映像の狭い場所かつ陣形を組んで刀使と相性の悪い写シを貫通するボウガンを大量に搭載しているパラディン

がスパイダーマンに、そして後方から付いてきていた孝子に破壊されていく姿を目の当たりにして内心でイラついているが特に能力を持たない、明らかに誰が見てもただの服でしかない手作り感満載のハンドメイドスーツでパラディンの攻撃の嵐の中に飛び込むという突飛な行動に舌を巻いている。

 

確かにスパイダーマンからすればあのボウガンは一気にただの金属矢と化すためスパイダーマンが鉄砲玉になりながらパラディンを破壊するというのが味方への損害が少ない手段なのだろうが味方の為にそこまで身体を張る度胸まで身に付いていたことに関しては割と予想外であり尚且つ地力がある程度向上したことにより、相性が良いという点もあるがパラディンを倒す手腕には純粋に驚かされた。

 

「なんだあの野郎・・・知らねえ内にそんな度胸まで付けてやがったかのか。つくづくテメェも忌々しい野郎だなおい」

 

パラディンが倒された後はSTT隊員達がクモ糸で拘束されて行く姿を見て、セカンドプランへと移行することを決意した。

 

「しゃーねぇ、潰せるネズミの数は減っちまうが出来る限りは捕らえねぇとな。背に腹は変えられねえ」

 

ヴァルチャーはエンジンを蒸しながら彼らに視認されない高度を保ちながら移動し、念のためまだ停泊所付近に潜伏さていたパラディンをタッチパネルで操作し始める。

 

 

停泊所では待機していたパラディンを破壊し、STTを拘束して無力化した一行は先に潜水艦を操舵するハッピー、非戦闘員の朱音やフリードマンが乗り込み、次々と同行していた面々が潜水艦に乗り込んでいく。

 

「朱音様、お早く!」

 

「皆早く!」

 

スパイダーマンと孝子は乗り込む面々を誘導しつつ周囲を警戒するために孝子が入り口を、スパイダーマンは海の方向を見張っていると最後尾にいた可奈美と舞衣が乗り込もうとすると潜水艦が駆動音を立てて今にも動き出す準備を始めている

 

「ここにいた人達で最後だといいんだけど・・・」

 

「そうであってくれなきゃ困る」

 

「後は可奈美と舞衣だけか、急いで!」

 

「了解!」

 

だが、安堵する暇も与えずに次から次へと厄介ごとは舞い降りて来る。

可奈美が潜水艦に乗り込むためにタラップを渡ろうとすると潜水艦のエンジンによる振動と同化して分かりにくくなっていたが海面からパラディンが水飛沫を上げて複数台浮上し、メインカメラの黄色いバイザーが無機質で冷徹な視線をこちらに向けている。

 

「マジかよくそ!」

 

敵を全て倒したと思わせて潜水艦に乗り込もうとし、完全に奇襲に対応する準備が出来ない状況になってから再度攻撃を仕掛ける為に海中に潜伏させていたパラディンに指示を出すヴァルチャーはタイミングを見計らっていた。

陣形を組んだパラディンを突破されてもいいように管理局にとって最大の脅威となり得るであろう可奈美、そして残党達を仕留める確率を上げる為の算段も用意していたようだ。

 

「天災は忘れた頃にやって来るって言うじゃねぇか。考えた奴分かってるなぁおい」

 

ヴァルチャーは多少降下した位置でタッチパネルを操作しながらパラディンの視界を通して映る可奈美と舞衣、スパイダーマンと孝子の姿がHUDにも映し出されたため、彼らを捕獲のターゲットに定めたようだ。

 

そして、息を吐く余裕すら与えないかのよう入り口の方では音もなく姿を現し、不敵な笑みを浮かべたまま佇むこの場にいる最大の脅威。折神紫親衛隊最強の名を欲しいがままにする結芽が納刀している自分のニッカリ青江以外にも手元に1つ、御刀を所持している。

孝子はその手元の御刀が目に入った瞬間に神社の方では何が起きていたのか察することが出来た。

尚且つスパイダーマンも入り口にいる者の気配に気付いて視線を向けると最も会いたくない敵が現れたことで冷や汗が流れ始めてマスクの中が蒸れていくのを感じる。

 

「げっ!一番めんどくさい奴が来た・・・っ!」

 

「一番めんどくさいなんて心外だなー。一番強いって言ってくれたら優しくしてあげようと思ってたのにー」

 

「嬉しくないお気遣いどーも!」

 

結芽の余裕そうな態度は崩さない様子はスパイダーマンに一抹の恐怖を与えてるには充分過ぎるものだった。あの時はハイテクスーツがあったから何とか戦えた・・・いや、戦いにすらなってはいなかったろうが何とか持ち堪えられたが今は手作りの何の力もないハンドメイドスーツだ。数日間みっちり鍛えたからと言って勝てる相手ではないとスパイダーマンは実際に勝負して痛感していた。

直後に身体の震えが止まらなくなっている程に自分はこの相手を避けていることを自覚させられてしまうのであった。

 

「舞衣ちゃん早く!」

 

「うん!」

 

可奈美はフリードマンが言っていたこのアメリカ海軍所属の潜水艦には相手は簡単には手を出せないという言葉を思い出して脱出を優先させようと急いで潜水艦に乗り移ろうとする。乗り込んで仕舞えばこちらの勝ちであるため現段階では最善策と言えるだろう。

 

「逃がさねえよ。テメェは厄介だからなぁ、出来ればここで捕まえたいんだわ。つーわけで・・・逝っちまいな!」

 

ヴァルチャーがタッチパネルを操作してパラディンの写シを貫通するボウガンを連打する指示を出し、彼らを攻撃するコマンドを入力し始める。

すると、パラディンは入力されたコマンド通りに武装をフルで展開して視界に移っているターゲット達を顔認証で判別して攻撃を開始し始める。

 

「「「・・・・っ!」」」

 

ボウガンの弦から弾かれた金属矢はボウガンを飛び出して対象達へと向かって行く。

 

ドスン!

 

 

・・・・そして、ボウガンの矢は眼前の可奈美と舞衣ではなく結芽と対峙していた孝子の背中や肩に連続で突き刺さり、スパイダーマンには機関砲を浴びせて来る。

 

スパイダーマンは地面に落ちているパラディンをクモ糸で引き寄せて咄嗟に盾にし、同時に発射も可能に設定されていた電気ショックウェブを放ってパラディンに着弾させる。

防水性はあったのか海中に潜伏可能ではあったようだが海水にどっぷり浸かっていて電導率が上がっている為かパラディンがショートを引き起こす程の電力となり、力無く地に落ちて海面に音を立てながら没していく。

 

「ぐっ!」

 

「孝子さん!」

 

舞衣が目の前のショッキングな光景に思わず叫んでしまっているがその間に可奈美が舞衣の手を引いて潜水艦のハッチの中に一緒に飛び込んだことで2人は実質脱出成功となり、ヴァルチャーと結芽は実質可奈美と舞衣を取り逃がした事になる。

 

「あ゛ぁっ!?どうなってやがんだクソッタレ!・・・あのガキ・・どこまで甘ぇんだボケが!」

 

ヴァルチャーはパラディンが攻撃を開始した瞬間彼らを捕獲出来ると確信していたが何故かパラディンは可奈美と舞衣は狙わずに孝子とスパイダーマンを攻撃した。

最初は何が起きたのか理解できずに思わず二度見してしまったがすぐに合点がいった。

 

パラディンの操作の指揮はヴァルチャーに譲渡はして来たが戦闘プログラムを弄れる立場にあるのはパラディンの提供者である針井グループの人間。さらに今の代表者である栄人だ。どうやら可奈美と舞衣は攻撃しないように設定していたようだ。

 

ヴァルチャーはあと少しでうまく行きそうだったと言うのに雇い主に私情を挟まれたことで台無しにされたため流石に頭に来たのか本気でイラついて口汚く罵っている。

甘ちゃんなのは重々承知していたが彼らと敵対することを悩んでいるとはいえ中途半端なスタンスで仕事に水を差されたとなると流石にヴァルチャーも頭に来ている。問題を先延ばしにしても解決はしない。これはただの逃げだ。そのことで後で文句を言ってやろうとヴァルチャーは心に誓った。

 

孝子は背中や肩口に矢が刺さっている状態であるためか痛みに耐えながらも状況を把握し、とある決断をしてスパイダーマンに指示を出す。

 

「先に行け・・・っ!」

 

「えっ?でも米村さん1人じゃ・・・」

 

孝子の発言を聞いてスパイダーマンは思わず振り返る。結芽の脅威的な強さを身に染みて実感しているスパイダーマンからすれば一人で立ち向かうと言う選択肢は敗北を意味するものだと察知しているからだ。

 

だが、潜水艦は既に発進しているためこちらに残された時間は少ない。心配してくれることは嬉しいがこのままここで2人とも倒されるより朱音を護衛する人間は一人でも多い方が良いと判断して孝子はスパイダーマンの方を向きいつになく真剣な表情で訴えかける。

 

「いいから行け!・・・・朱音様を頼む!」

 

舞草の重鎮達を守ること、その事をスパイダーマンだけでなく潜水艦に乗り込んだ面々に託す。その言葉と同時に孝子は八幡力を発動させながらスパイダーマンの肩と腕を掴むと身体が持ち上がって身体が宙に浮き、そのまま腕力で潜水艦の開いているハッチに向けて投げ飛ばす。

 

「米村さん!」

 

スパイダーマンはシュートでリングに入れられるバスケットボールのように放物線を描きながら潜水艦のハッチの中へと投げ込まれ、船内にて強く腰を強打する。

結芽は沈んで行く潜水艦を眼で追いながら心底つまらないそうにしている反面、数日前の出来事で舞衣と可奈美は栄人の友人であり彼女らと戦うことへの迷いがあるようでもあったようで乱暴な真似をして悲しませなくて良かったとも思っている自分もいるが、やはり身体は闘争を求めている。

 

「あーあ間に合わなかったか・・・ざーんねん。まぁ、ナイスシュート。3点あげるよ」

 

「神社にいた刀使はどうした?」

 

結芽の軽い態度もそうだがパラディン達と戦闘して消耗している可能性は否定出来ないが手練れの迎撃部隊を無傷で殲滅する手腕を見るに何が起きたのか想像は出来るが睨みを利かせている孝子。

そんな様子を知ってか否か当て付けのようにわざわざ持ってきた聡美の御刀をチラつかせ、事態を強調してくる。

 

「ぜーんぜん手応え無くて寝ちゃいそうだったよ。ま、この御刀の人はちょっとはマシだったかな!」

 

既に倒した相手には関心がないかのように孝子の足元に転がって行くように孝子の足元に聡美の御刀を投げつけてくる。

 

「聡美・・・」

 

身体に矢が刺さったままであるが一向に投降する気配のない孝子に対し、挑発的な口調で写シを張りながら言葉を投げかけてくる。

 

「やるの?そんな状態で?待っててあげるからその矢抜きなよ。何なら手伝ってあげようか?」

 

「必要ない・・・・ぐっ!」

 

自身の身体に刺さっている矢を素手で引き抜き、痛みに耐えつつ地へと棄てる。

 

「荒魂に頼っているお前達なんかに・・・負けはしない!」

 

その孝子の一言は挑発とも単なる強がりとも言える発言だが、舞草の中では親衛隊は身体の中に荒魂を入れて肉体を強化しているという話を聞いているため、そう思い込むのも無理はないだろう。

 

しかし無知は罪とでも言うべきかその発言は彼女の導火線に着火した。眉間を内側に寄せて眼を細め心底不愉快そうな表情を浮かべ吐き捨てるように言い放つ。分かっていないようだから力で骨の髄まで理解させてやると決心させた。

 

「あっそ」

 

不機嫌そうな呟きと同時に結芽は加速して孝子の左胸の辺りに突きをお見舞いすると身体を貫いてダメージを与える。

それだけでは済ませる筈もなく今度は背後に回り込んで連続で袈裟斬りをお見舞いし、四方八方に回り込んで斬りつけると孝子も力なく地に伏せてしまう。

あれだけ斬られても写シが剥がれない辺り精神力は強いと想像出来るが結芽はトドメと言わんばかりに孝子の背中にニッカリ青江を突き刺して来る。

結芽は自身の力を存分に見せつけた上で孝子を見下ろして言い放つ。

 

「私、戦いに荒魂なんて1ミリも使ってないもん。これは全部私の実力なの!」

 

子供が意地を張ってムキになっているかのように徐々に語気がエスカレートして行っている辺り相当本気でイラついていることは見て取れる。

しかし、こんな些細なことでイラついた自分にも腹は立つため、孝子からニッカリ青江を引き抜くとパラディンの残骸の中に佇みながら潜水艦の方向をただ見つめている。

 

その頃、刀剣類管理局の本部では廊下に出て、窓ガラスから月を見上げる真希、廊下の壁に腕を組んで寄り掛かかる寿々花、浮かない顔のまま下を向いている栄人は今頃結芽とSTTが舞草の構成員を捕獲しに向かった面々の話ことを話していた。

 

「結芽は今頃、どうしてるかな」

 

「・・・分かりません。トゥームスがヴァルチャーで里全体を見ながらパラディンを操作して反乱分子の戦闘員達を攻撃して彼女が戦いやすい状況を作っていると思うので彼女が不利になると言うことは無いと思いますが・・・」

 

「そうでなくてもあの子、手加減という物を知りませんから」

 

栄人は後ろめたさもあるのか当たり障りの無いコメントをしているが真希と寿々花の表情と声色から結芽への強い信頼感を感じ取ることは出来る。

 

だが、自分は気休め程度にしかならない今自分が出来るであろうことを考慮してパラディンの戦闘プラグムに可奈美と舞衣を顔認証で照合したら攻撃しないように設定し、例えパラディンが攻撃しなくとも結芽によって彼女らが捕獲される可能性も無くは無かったが彼女達が少しの間だけでも逃げられる可能性を1%でも上げられればと思いこのような行動を取ったこと。

リスキーで、現実を見ていない行動であることは理解しているため2人との間に壁を感じていた。

 

(せめて、お前らだけでも・・・少しの間だけでも逃げててくれ)

 

潜水艦に乗った一行が去った後は祭りの後の静けさとも言える程閑散としており、事態の収集に当たっているSTT隊員が結芽とパラディンを操作したヴァルチャーの攻撃により戦闘不能になっている戦闘員達を捕獲し、護送車に乗り込ませて行く。

中には神社の祭壇から祀られていたノロを持ち出す者もいる。

 

ヴァルチャーは未だに近辺に潜伏者がいないかを里の上空を旋回しながら確認しているとふと視界に神社の境内の水飲み場に佇む結芽が入る。

結芽の戦いぶりを見ていたため、彼女程の逸材はそうそういないだろうと贔屓目無しに評価していたが以前に地下牢に入れられた頃に栄人を呼びに来た人物の声と似ていることからあの時のガキか。と合点が行った。

 

「ゲホッ!ゲホッ!」

 

直後に結芽は唐突に胸の辺りを抑えて激しく病的な咳をし始めたため、何事かと表情を確認すると彼女は表情を苦痛で歪ませながら吐血し、血を受け止めた掌には拳大の血溜まりができていた。

 

あれだけの激しい狂ったような強さを見せつけていた彼女が、突如苦しみ出して吐血した姿を見る辺り彼女には何か秘密があると察知したヴァルチャー。

同時にヴァルチャーは長年戦場にいたため何度も目の前で戦死するものや負傷して数日後に死亡する者達を大勢見てきたため、()()()()()()()には敏感になっている。ヴァルチャーの直感はまた新しい戦いの予感を告げている。

 

「へぇ・・・こいつはまた・・・」

 

鳥型のヘルメットの下で興味深そうな歪んだ笑みを浮かべた後、再度周辺の散策へと向かうのであった。




ホットトイズのPS4版アイアン・スパイダーのフィギュアマジかっちょいい。でもホットトイズだから絶対値段ヤバい・・・。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。