刀使ノ巫女 -蜘蛛に噛まれた少年と大いなる責任-   作:細切りポテト

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あー年末忙しい。進むけどちと途中感あるのは許して


第44話 明日への決意

舞草の里が壊滅した後の早朝、刀剣類管理局の舞草構成員の摘発の魔の手は伍箇伝にまで伸びていた。

 

長船女学園の真庭紗南学長、美濃関学院の羽島江麻学長、平城学館の五條いろは学長。三校の学長達は舞草構成員の疑いをかけられ、学校自体が各県警及びSTTにより制圧されて閉鎖された。

中でも江麻と紗南はテロ計画の首謀者の一員として疑惑をかけられ拘束されてしまった。

 

そんな状況を全国ネットでニュースとして大々的に取り上げられている。

そして、東京の大手新聞社デイリービューグルでは社員一同が慌ただしく記事を作成する作業に取り掛かり、常に不機嫌そうな社長である武村純一ことジェイムソンは水を得た魚のように生き生きとしながら舞草側からしたら非常に傍迷惑なことを行っていた。

 

「ガハハハハ!コイツは特ダネだ!一面記事に載せられれば大儲け出来る程のな!急いでこの記事を作成しろ!見出しはこうだ!伍箇伝の学長テロ計画に加担!?首謀者はスパイダーマンの可能性!よし、これでPV数を稼げるぞ!ほらそこモタモタするな!少しでもモタついた奴は即効クビにしてやるからなああああ!」

 

ジェイムソンの怒号に社員一同が「テメーも働け」と内心で舌打ちして毒付きながら大急ぎで作業を進めている中当の本人は意気揚々と社長の椅子に座り、パソコンの椅子に座りラジオ曲と連絡を取り自身の持ち番組である『ネットニュースジェイムソンのファクトニュース』へと接続し、担当のDJが仲介役を担当する。

お得意様である刀剣類管理局からの依頼であるためかすぐ様行動しない訳にもいかないからだ。

 

『日本国民の諸君、ジェイムソンのファクトニュースの時間だ。日本に溢れる未知の脅威についてお知らせしよう。現場の映像に注目だ』

 

現場に赴いているリポーターとカメラマンが映す映像がテレビにされる。そこにはSTTが長船に突入して阿鼻叫喚になっている姿や学校そのものが閉鎖された美濃関の刀使達がSTTに御刀を没収していく光景だ。

 

『見るがいい!このショッキングな映像を!各県警は大規模テロの疑いで伍箇伝の長船女学園と美濃関学院に強制捜査に入ったようだ。当局によると両校共に刀使による戦闘部隊を編成しテロ行為の準備を進めていた模様だ。なんと嘆かわしい!本来は国家公務員として国民を守る立場でありながら国民から余計に税金を巻き上げるだけでなく、陰では長きに渡り日本を守って来た刀剣類管理局に牙を剥き、謀反を起こそうとしたのだ!』

 

捲し立てるジェイムソンの勢いは留まることを知らない。だが、と一度区切ると今度は落ち着いたかのように喋り出す。非常にテンションのアップダウンが激しいノリについて行けない視聴者達であるがこれは国家を揺るがす大ニュースであるため皆ファクトニュースに釘付けになっている。

 

『だが、問題は彼等がいつからこのような準備を進めていたのかだ。今になって問題が露出し始めた所を見るに直近で何かアクションがあったと考えて良いはずだ。長年準備を進めて来た可能性も高いが、どうもここ数日間世間を騒がせている仮面の悪党がいるだろう?』

 

ジェイムソンが国民に語りかけるように問いかける。普段彼の書く記事やファクトニュースの内容を聞いていれば大方予測出来る内容だ。

そのまま続け様に言葉を紡いでいく。

 

『そう!荒魂以上に厄介な仮面の悪党!スパイダーマンだ!奴が数日前に住宅地を襲撃するというテロ行為に走って数日経たぬうちにこの騒動だ。何かしら関連があると見てもいいだろう!現在警察はこの事件に深く関与していると思われる折神家関係者の女を重要参考人として追っている。引き続き続報を待つがいい!』

 

ジェイムソンはその後もファクトニュースを続け、国民はその放送の内容に微動だに出来ない程に釘付けになっていた。

そのニュースの一部始終を病室のテレビを通してハーマンとアレクセイも眺めていた。彼等の治療は終わり、もう既に退院扱いで自由に動けるのだが病室を出る前にこのようなニュースが流れたのだから釘付けになるのも無理はないだろう。

 

「なんか知んねーけどこれ俺らの仕事ほとんど終わったんじゃね?ショッカーとライノも夜には治るらしいがやる事なんて局長とかいう奴の警護くらいだろ」

 

「そうかもな。だが、あの子達がただで終わるような気がしない。気を抜かない方が良い」

 

「あぁ、知ってるよ。来るなら来るでぶっ潰すだけだ」

 

アレクセイの真剣な表情から見て取れる。彼等のしぶとさを侮ってはいけない。何かしら仕掛けてくると直感が告げている。同様にハーマンも彼等と戦い、その根性、何かを成し遂げるための信念を知っているためか気を抜いてはいない。

左の掌に右拳を軽く打ち込むと渇いた音が病室に小気味よく響く。

 

一方、潜水艦で逃げた面子は日本の海の海中を潜水していた。ハッピーも脱出以降から今の時間まで操舵をしていたため、休憩のために今は交代して操舵室を離れて皆がいる一室まで来て非常に疲れている様子で姿勢を崩して楽にしている。

しかし、集まっている一同の表情は暗くまるでお通夜ムードであるため雰囲気にそぐわない態度はしない程度にだが。

 

辛うじて入ってきた情報を整理する累と朱音により皆が陸での様子を把握できる。勿論最悪な情報しか入ってこないが。

 

「孝子さん達・・・大丈夫かな・・・」

 

「長船と美濃関が・・・」

 

「平城も警察によって封鎖されたそうです」

 

「一気に窮地に追い込まれたね…大分前から仕組んでたんだろうか」

 

フリードマンの言葉通りかなり前から仕込んでいたからこそここまで用意周到に自分たちを殲滅出来たのだと理解することができた。

だが、何故場所が分かったのか?こればかりが気がかりだ。

 

「どうして里の事が知られていたんデショウ?」

 

「舞草内に内通者がいた痕跡はないしあの里の情報は地図やネット、スターク・インダストリーズのバックアップも込みで衛星からもリアルタイムでデリートし続けてるからね」

 

「本来ならGoogleマップにも映らない筈なんだけどな」

 

ハッピーとフリードマンの言う通り、あの場所は簡単には見つけられない場所だったに違いない。現に昨夜までは隠し通せていたのだから。

知るにせよ容易ではない筈だ。ならば見つけたと考えるのが自然だと理解させられる。

 

「知られていたというより何らかの方法で見つけたんだろう。もしかすると今の我々の位置も筒抜けかもしれないな・・・」

 

「問題は邪魔者がいなくなった奴等が次に何をするかだ」

 

「まさか20年前のような!?」

 

累の言葉に肩を竦めながらフリードマンは戯けているようにも見える発言をする。しかし、表情や声色からは心底落胆していることが見て取れる。

 

「それで済むかな?今や折神家に集められたノロの総量はあの時以上の筈だよ。まさにステイルメント。打つ手なしだね」

 

ステイルメント。今のこの最悪の状況を現す一言は全員の胸に突き刺さる。

直後に携帯を見ていたハッピーがいつも通り不機嫌そうな口調でスターク・インダストリーズならどうかと思って連絡を取ろうとした所逆に向こうから連絡をよこされたことを説明する。

 

「さっきウチの日本支部の奴から連絡が入った。ウチもガサ入れされそうな勢いだから戻って来ない方がいいってさ」

 

「なら、いっそ国外にでも逃げるかい?トニーとの連絡は?」

 

「まだ取れない。かなり遠くにいるから時差もあるし、合流もすぐには無理かもな。ただGPSで俺達の位置は分かるのが救いだな」

 

潜水艦の中では重苦しい空気がのし掛かったまま虚無に時間だけが過ぎて行く。トニーと合流出来る可能性はまだ残ってはいるがこの潜水艦の場所を突き止められて全員確保されないとも限らないという予断を許さない状況は続く。

 

刀剣類管理局司令室では、皆が先程までは慌ただしく業務に徹していたが舞草関係者を次々と摘発していく事で徐々に落ち着きを取り戻して行く。

寿々花が報告の内容が綴られているタブレットの画面を見ながら淡々と状況を整理して行く。

 

「舞草と思しき者を全て掌握しました。これで事態は収束に向かいますが・・・」

 

ため息と同時に紫の手腕には感嘆とするしかなため、寿々花は肩を落とす。

 

「あれほど我々を悩ませた組織をほぼ一夜にして壊滅に追い込むなんてえげつないほど鮮やかな手腕ですわね」

 

これまで影も形も掴めなかった、長年水面下で行動してきた組織を一晩で壊滅させるというまさに神業を披露されたのだから無理はない。

タブレットに目を通しながら捕獲者のリストを確認していた。リストの中に舞衣と可奈美の名前が無いことにほんの少しだけ安堵するが彼女達が舞草の人間として逃げ続ける以上安息の地など無い。彼の不安が消え去ることは無いだろう。

 

「現場に向かわせたSTTには刀使の写シ対策のための武器とそれを装備した大量のパラディンを持って行かせるように命じられました。かなりの数のパラディンを破壊されましたが里の戦闘員を大方捕獲したそうです」

 

「対刀使用の武器をわざわざ開発してたなんて。舞草対策だとしても少しの容赦もありませんわね」

 

ここまで徹底した対策を取って里を殲滅させる容赦の無さと手際の良さ。ここまでスムーズに行くとなると一から十まで計算済みだと思わざるを得ない。真希もそう考えているようだ。

 

「紫様は十条姫和の起こした御前試合の一件からここまでずっと布石を打っていたんだろうか」

 

「それ以前から、という感じですわね。わたくし達の敗北も布石の一つ、だったのかもしれませんわ」

 

「結芽はいつ戻って来る?」

 

舞草の里を壊滅させたとは言え肝心のフリードマンを含む残党達が何かしらの手段で攻めて来ないとは思えない。紫に次ぐ管理局の最強戦力であるため彼女がいてくれた方が安心出来るからだ。

 

「近いうちに戻って来る筈です。ヴァルチャーの上空からの索敵能力で里近辺の人間を捜索するのに時間は掛からなかったのだと思われます」

 

「舞草の拠点を壊滅か・・・手練れの刀使も随分いたと聞いていたが・・・」

 

パラディンの攻撃により彼女が戦い安い状況を作っていたとは言え、やはり親衛隊最強戦力の名は伊達では無いということか手練れの舞草の刀使を殲滅する手腕は見事としか言いようがない。彼女が刀使として実際に戦っている姿をあまり見たことがない栄人でもそれがどれだけ凄いことなのか理解させられてしまう。

片手間に鍛錬に付き合った程度でしか無いが、竹刀での試合であれだけ強いのだから御刀でも強いのだろうというのは容易に想像でるのだが。

 

「紫様は?」

 

「祭殿でお務めです。ずっとお籠りになられたままですわ」

 

紫は長時間祭壇に篭りっきりになっている。今まさに20年分のノロと融合しようとしているなど局の本部にいる者達には知る由もない。

真希と寿々花が会話をしている最中、栄人のヘッドセットにプライベートチャンネルで通信が入って来る。大方この通信方法を使って来る相手も、通信を送ってくる理由もパラディンに特殊コマンドを入力した本人からすれば一瞬で察することが出来た。

 

『よぉ坊ちゃん。お陰様で一旦任務完了だ。今着いたから後で腹割って話そうや・・・俺らだけでな』

 

「分かった。格納庫で待ってろ」

 

任務を終えて帰還したヴァルチャーから皮肉を交えてかなり不機嫌なのが伝わって来るが敢えて2人で話そうというのは彼なりの配慮だろうか。

一方で仕事を依頼しておきながら私情を挟んで彼等を逃す手伝いをしてしまったのだから文句の1つでも言いたくなるのも当然かと思い、覚悟を決めて他の人からは聞こえない程度の声で場所を指定した後に通信を切る。

丁度休憩の時間になったため、真希と寿々花に声を掛けた後に司令室から抜け出してヴァルチャーの待つ格納庫へ駆けて行った。

 

 

「私…戦いたい」

 

潜水艦の寝室にて可奈美、姫和、舞衣、沙耶香、薫、エレン、そしてねねの6人と1匹はベッドに腰掛けつつ待機していた。先程の皆で集まった時のようにお通夜ムードであったが舞衣がどこからともなく、今の自分の湧き上がって来る気持ちを皆に吐露する。

その発言により、皆の視線がそちらに向く。

 

「十条さん。私あなたに戦う理由がないって言われてずっと考えてた。自分がどうしたいのかって」

 

どうやら昨日訓練の後に言われた事が、彼女なりに巻き込まないように気を遣った発言で敢えて突き放していた発言だったのだが指摘されてからずっと突き刺さっていたらしい。

 

「私は可奈美ちゃんや颯太君に追い付きたくて、沙耶香ちゃんをほっとけなくてここまで来た。ただそれだけで、状況がどうなっているのかも紫様の事も実感がなくて・・・でも、颯太君が皆の為にドローンに向かっていく姿や聡美さんや孝子さん、他にもお世話になった沢山の舞草の人が命を懸けて戦う姿を目の当たりにして改めて思ったの。これ以上目の前の人達が傷付くのは嫌だって」

 

彼女は管理局に強い因縁がある訳でも無ければ、命を懸けてでも管理局と戦う理由が無かった。ただ、状況に呑まれ、流され、気付けばここまで来ていた。

だが、仲間の為に鉄条網に身を投げる彼等の背中を見て、傷付いたとしても戦う姿を見て勇気付けられて戦う理由を見出す事が出来た。

 

「私の力では全ての人を助ける事はできないかもしれないけどせめて見える範囲の人達だけでも助けたい。それが私の戦う理由だって」

 

「私も・・・私にはそれしかできないから」

 

舞衣の決意を聞き、沙耶香も自分には戦うことしか出来ない。だが、それでも同じ気持ちであることを告げる。低く淡々とした口調だが声色には確かな熱意が篭っている。

 

「オレも里のみんなの仇を討つって決めた。このまま黙っていられるか」

 

寝そべってだらけた姿勢ではあるが普段はダラけている反面誰よりも義理人情に熱い薫も闘志を燃やしていた。仲間を傷つけられて心中穏やかでは無いのだろう。

 

だが、皆がやる気になっている最中普段は惚けているかのように見えるが最も

この不利な状況下で行動することのリスクを冷静に把握しているからこそエレンは反論する。

 

「ちょっと待ってくだサイ!残った刀使は私達だけなんデスよ?そもそもこの状態でどうやって・・・」

 

「この艦を下ろしてもらって孝子さん達の無事を確かめに行きます」

 

「それから鎌倉に戻る」

 

舞衣と沙耶香のプランはあまりにも無謀で、無策で行けば同じく捕まるのがオチだろう。

だが、彼女達の目には硬い決意を感じる。

 

「敵は一人じゃありませんよ!大荒魂に辿り着くまでにはきっと沢山の障害があります!」

 

「十条さんは一人でその障害をかいくぐって紫様に一太刀入れました」

 

「そこのぺったん女にできて俺達にできないはずはない」

 

姫和が御前試合の決勝戦であそこに辿り着くまでに、敵にバレずに一太刀入れたのも方法を考え、自分の命に関わることでも躊躇い無しに行動する事が出来た。

例え障害があろうとも諦めずに挑み続ければ必ずそこに綻びが生じる。それを彼女は命を懸けた一突きが証明してくれた。そんな彼女の姿もまた誰かを勇気付けた筈だ。

 

「はぁ…やれやれデス。わかりマシタ。皆さんだけでは頼りないですから私も一緒に行きマスヨ」

 

「ねねー!ねねねー!」

 

エレンも彼女達の熱意に押され、自分も共に戦う決意をする。状況を冷静に分析することも大切だが時には自ら行動してでも運命を変えなければよりよい成果を得ることは出来ないからだ。

エレンが重い腰を上げたのを皮切りに最初から姫和と共に戦い続けることを決めていた可奈美は真剣な顔で、だがそれでも不敵な笑みを浮かべながら姫和に喝を入れる。

 

「姫和ちゃん!みんなで行こう!」

 

「いいのか?」

 

自分一人で成し遂げなければならないと決めていた大荒魂退治。人と壁を作り他人を巻き込まないようにしていた。だが、今はその重責という重みを肩代わりしてくれる人達がいる。それだけで彼女の心は救われ、閉ざしていた心に光が灯ったかのように表情が少し明るくなる。

 

「・・・ありがとう」

 

「後はアイツにも声を掛けるぞ、今ハッピーが医務室で治療してる筈だからな」

 

気持ちが1つになった今、戦力の一人でもある颯太にも声を掛けようと寝室から移動する事を決意し、腰掛けていたベッドから離れて寝室から退室しようとする。

 

 

 

一方その頃、時を同じくして皆の寝室から離れた医務室ではハッピーが颯太の軽い応急処置を行っていた。傷口の場所が分かりやすいようにハンドメイドスーツの上着を脱いで中に着ていた黒のタンクトップ姿になり、傷口になっていた部分を縫っていく。

身長は高いという程ではないが中学生では平均的な背中に、そこそこ引き締まった程よい筋肉がノースリーブ越しに覗いている。

しかし、昨夜のパラディンとの戦闘によりあちこちに擦り傷が出来ていたがスパイダーマンの再生能力により細かい傷は大方塞がっている。

治り切っていない部分を縫い合わせているのだが現在の追い詰められ、傷心した心情のせいかいつもより痛く感じる。表情もあまり良く眠れ無かったのか目の下に隈が出来ており落ち込んでいるようにも見える。

 

「いてっ・・・」

 

「ほら、リラックスしろ。もうちょいで終わる。お前強いんだろ?」

 

「強くないよ・・・だから痛い・・・」

 

「だからほらリラックスリラックス・・・」

 

ハッピーが気を遣って言葉をかけてくれているが今タギツヒメの手元には20年分の日本中から掻き集めたノロがあり、いつでも融合可能だということ。結局自分は全員を守ることは出来なかったこと。あのような理不尽な手段を敵とは言え人間に対し平然と行う紫に対する憤りが焦りを加速させ苛立ってしまっていた。

いつもは大して痛くもない筈の針のクチリとした痛みが焦り、不安を刺激するかのように責め立ててくるように感じた。これまで何度も戦いで追い込まれる状況に陥っては来たが流石に国家や街に危険をもたらす敵に対し打つ手が無いという現実はどれだけ超人的な能力を持っていようとも所詮は13歳の子供を焦らせるには充分な物とも言えるだろう。

 

これまでの不安や焦り、怒りがついに爆発してしまい、拳を握り締めながら机の表面に力強く叩き付けてしまう。

そして、勢いよく立ち上がってハッピーに向けて感情をぶつけてしまう。情緒の糸が切れてしまったのか涙目になっており、いつもはマスクの下に隠している年頃の思春期の子供の顔に戻っている。その表情からは焦り、不安。そして何よりも悔しさが滲み出ている。

 

「リラックスリラックス言わないでよ!どうやってすんのさ最悪の状況なのに!僕じゃ皆は助けられなかった・・・っ!あれだけ特訓したのに親衛隊が来た時怖くなって足が竦んで、おまけに米村さんまで犠牲にした!それにタギツヒメは里を簡単にサーチしたみたく、いつでも僕らを殺せる準備が出来てるだけじゃなくて20年分貯めたノロと融合してアイツは日本中の人を殺す気だ!なのにリラックスとか言わないでよ!」

 

感情のままに気持ちをぶつけてしまう。実に賢くないし愚かと言えるだろう。

これまで出来る限りは気丈に振る舞って来て、自分なりに自分が抱える問題に前向きに取り組んで来た。紫と戦うと言うことはこれまでにない最大の脅威と戦うということ。これだけの規模の戦いになることは覚悟はしていた。出来ていたつもりだった。

 

だが、彼女は長年舞草が立てていた計画を一晩にして打ち砕き、圧倒的な力と権力で蹂躙した。

自分もトニーとスティーブ の特訓で以前の戦闘訓練も受けていない素人の状態よりは多少はマシにはなっただろう。だが、それでも全員は助けることが出来なかった。それは非現実的で到底無理な事だと分かってはいた。

部隊を分け、朱音を逃す事が何よりも大事であり、その役割を全うすることを選んだのは舞草の人達だ。分かってはいる。だがそれでも自分の無力さを恨まずにはいられない。

 

そして何より最も彼を不安にさせているのはタギツヒメが紫の刀剣類管理局局長というポストを使いこれまで自分の元に集めさせていたノロの総量は正に20年前よりも遥かに膨大な数。相模湾岸大災厄ですら多くの犠牲者が出たと言うのにその時以上の力を手に入れるとなるといつでも復活し、人類への復讐の為に日本中の人間を殺し尽くすことだろう。

 

もし、彼女がそれを実行したら日本中の人間が死ぬ。町の人達も、学校の友人達も、近所の人達も、そして、家族でさえも。

両親が幼い頃に亡くなっている颯太ではあるが自分を実の子のように育ててくれた叔父と叔母がいてくれた。だから今自分はこうして生きている。

父親の代わり。いや、実質彼にとっての父親と言える叔父が自分の力への自覚の無さのせいで死んだ。そして今は残された叔母が唯一の親だ。

タギツヒメが虐殺を開始したら今度は自分にとって母親とも言える叔母も死ぬ。そんな状況下で落ち着けというのは常人ならば難しい事だと言えるだろう。

そして今は頼みの綱とも言えるトニーといつ合流出来るかも分からず、敵がいつ行動を開始するかも分からない状況なのにこれまで自分を守ってくれていたハイテクスーツもない。言葉通り最悪の状況だ。

 

子供のように喚き散らす颯太のことをハッピーは毅然とした態度でただ黙ったまま、眼を逸らさずに真剣な表情で聞いていた。

 

一通り喚いた後で直後に何も悪くない。本来は自分だって不安な筈のハッピーに怒ってしまったことを申し訳なく思い、そんな配慮が出来なかった自分を恥じてすぐさま椅子に腰掛けながら謝罪する。

 

「ごめんなさい・・・貴方に怒って・・・スタークさんやキャプテンだったら皆を助けられたのかな・・・今この最悪な状況でどうすれば良いのか教えてくれるのかな・・・」

 

涙を掌で拭きながら、気持ちを吐露する。

その様子をハッピーは言いたいことを言い終えるまでは受け入れるかのように聞き入る姿勢に入っている。

 

「・・・・」

 

「スタークさんやキャプテンに特訓を付けてもらって、少しは強くなれたかもって思った・・・でも、実際にあの人たちの背中を見て思った。僕はアイアンマンでも無ければキャプテンでも無い・・・ただの子供なんだよ」

 

アイアンマンとキャプテンに特訓を付けて貰ったことで、以前よりは確かに実力は上がった。それは間違いないだろう。

だが、それでもまだ彼らに、彼らのような強い人間になれたのかと言われればまだまだの一言で片付けられてしまえるレベルだ。

これまでの戦いでもアイアンマンが作ったハイテクスーツがあったから、皆がいてくれたから乗り越えられて来たことは本人が一番分かってはいた。

その実力不足の壁を越えるために、そして、皆を守れるようにと短い期間だが彼らに特訓を付けて貰った。そこで思ったのだ。自分も彼らのようにありたいと。

 

だが、まだまだ発展途上であるにも関わらず理不尽は襲って来る。自分なりに地に足を付け、自分に出来る範囲で皆を脱出させる努力はした。だが、それでも全員は助けることは出来なかった。

 

そこで、実感させられる。自分は彼らにはなれない。天と地がひっくり返ってもそれはありえない。

だからこそ、自分ではなく彼らがいてくれたのなら皆無事に脱出できたのではないかと。それはたられば論でしかなく、後からどうとでも言えることだが今の心境ではそう思わざるを得ない。

 

そして、今日本の終焉の刻が刻々と迫っていく最中、残酷なことに自分たちに残された猶予はあまりにも少ない。もし、トニー がこの場にいてくれたのならこの状況をどう解決すれば良いのか教えてくれるのだろうか。スティーブがいてくれたのなら皆の先頭に立って諦めずに引っ張ってくれたのだろうか。

そんな想いがグルグルと頭を駆け回っていく中、これまで傾聴に務めていたハッピーが口を開く。

 

「アイアンマンじゃない・・・アイアンマンにはなれないよ。人は自分以外にはなれない。自分自身になるために誰だって時にはキレたり悩んだりしてるのさ・・・ボスでさえな」

 

ハッピーが語る言葉が耳に入ると少し驚いたかのように反応し、伏せていた顔を上げてハッピーの方へと視線を向ける。

 

無理もない。自分では到達できない、ずっと雲の上のような存在で立派な大人だと思っているトニーが今の自分のようにどうしようもなく追い詰められながら、時にはキレたり悩んだりもすると聞いて少し懐疑的に感じたからだ。

ハッピーは上司である彼のいない所でこのような事を話すのはどうかとも思ったが、今迷走する子供を励ましてやりたいと思って話を続ける。

 

「あの人とは長い付き合いだ。前には自分の命が危なくなってヤケを起こしてキレて暴れたりもした。常に先のことを考えながらも本当は自分のしたことが正しいのかいつも迷ってる。あの人がスゴイのはアイアンマンだから、強いからスゴいんじゃない。今何をすべきか、何が出来るかを考え、行動で示し続けているからだ。それに・・・お前ももう既に持ってるだろ?」

 

ハッピーの語るトニー像から伝わってくる。颯太が立派だと、雲の上の存在だと思っているトニーもまたアイアンマン 、ましてはヒーローとしての重責と人々からの要望に悩み苦しむ等身大の人間だということが。

 

アイアンマンも決して完璧ではない。スーツから出る毒で命が蝕まれた際にはヤケになり、酒に溺れて家で暴れ、脅威を退けても自分の身を守るスーツが無いと不安で不眠症を起こしてPTSDになったり、皆が脅威に対し、来たら倒せばいいというスタンスでいた中彼は先のことを考えて人々を守るというプランとして作成した人工知能は悲劇を引き起こし、後にチームを引き裂く遠因を作ってしまった。

 

だが、そんな彼が今でもアイアンマンであり、ヒーローである理由。それは常に言葉で語るよりも行動で示しているからだ。特別なことが、スゴいことが出来るからスゴいのではなくその人が出来る、その人にしか出来ないことを悩み、苦しんだとしても持てる力で挑み続けているからだ。

そして、ハッピーは言及する。彼自身は気づいていないが昨夜の里の襲撃の時からだが芽生え始めていることに。

 

「えっ?」

 

言われた際にはイマイチピンと来ないためつい素っ頓狂な声を上げてしまう。今の自分ではそこまで思い至るに足る自信がないからだ。

 

「洞窟での大量のドローンとSTTに待ち伏せされた時、お前と孝子は仲間のために危険な鉄条網の中に飛び込んで行った」

 

「あ・・・あれは・・・あの時はああするのが最善だと思ったし・・・皆の消耗を抑えるのが大事だと思ったから。でもあれは誰にだって出来たことだよ」

 

昨夜の潜水艦の前でパラディンとSTTが待ち伏せしていた時、刀使の防御手段の1つである写シを貫通する相性が悪い武器を大量に搭載して誰が行くにせよ避けては通れない道だった。行けたとしてももっと多くのメンバーがリタイアしていた可能性だって0ではない。パラディンに打ち込まれた特殊コマンドについて知らなかったためこう考えるのも仕方ないのだが。

 

しかし、スパイダーマンと孝子は自らも危険でありながらパラディンの隊列に仲間のために躊躇いなくその鉄条網に身を投げた。颯太からすれば写シ対策装備が自分にとってはただの金属矢に過ぎず、負傷のリスクはあったが皆の消耗を抑えるのならそれが最善だと判断したからだ。

 

「誰にでもできたことかも知れないが最も大事なことだ。お前達あの時、皆のために自分にやれる事を放棄せず行動し、今この艦にいる仲間を守った。孝子だって、舞草の一員として何を守るべきか、何が大切なのか分かっていたから殿を買って俺たちの道を作り、舞草の意地を行動で示した」

 

颯太も孝子もあの瞬間、組織のため、仲間のため、何が出来るのかを考え行動で示した。そして、孝子が結芽という強大な敵に対し一歩も退かずに自らが殿を務め、後を皆に託せたのは例え自分達が倒されても必ず残った仲間がいると信じていたからだ。

 

「ボスとの合流もいつになるか分からない、それでいてハイテクスーツも無い上に敵の準備は万端・・・お前はどうする?」

 

状況はまさに最悪。だが、立派な大人だと敬愛するトニーも悩み、苦しみながらも自分のなすべき責務を行動で示し、孝子も仲間のために自分を犠牲にしてでも道を作ったことに思い至った。なら、自分は?何をすべきか?

 

思いたってからは椅子から起立してハッピーの目を力強く見つめて自分の答えを出す。

 

「アイツを止める」

 

自分はアイアンマンでもキャプテンアリメカでも無い。ただのスパイダーマンだ。だが、彼らと唯一変わらないのは迷いもするし、悩みもする完璧では無い等身大の人間であること。

それでも今何をすべきかを考え、行動で示す。そういう風に戦い続ける道も決して間違いではないのだろうとハッピーの言葉で信じることが出来た。

 

そして脳内である言葉を思い出す。「例えどれだけ不利で、打ちのめされていても相手を睨みつけながらまだやれるぞって言ってやる事だ」。キャプテンから教わった事だ。

 

そうだ、まだ自分は生きている。死んで灰になっていないのなら。まだ、脚が地を踏みしているのなら。まだ、手が拳を握れるのなら。まだ、相手を睨む眼力があるのなら。まだ、やれるのなら・・・自分の持てる力で挑み続ける意志が、昨夜の自分の危険を省みずに行動した時のように瞳に宿っている。

 

「あぁいや、それはいいんだが今どうするかだ。何事もまず段取りが必要だろ?」

 

善は急げとばかりに自分のすべきこと、何をするべきかを見出した颯太の言葉に対し、理念自体は伝わったが行動に移すにせよ今大事なのはどういうプロセスを辿るべきか。その為の段取りが必要なことを指摘すると理解したかのように方法を考えようとし始める。

 

「あっ、それもそっか・・・じゃあ」

 

次の瞬間、全身をゾワゾワとした感覚に陥る。いつものアレだ。急いで腕の毛を確認すると腕毛が逆立っている。そう、スパイダーセンスだ。

しかし、いつもと違うのは気を抜くと意識が持ってかれそうになる程強烈な予感を感じ取っている。上に手が細かく震えてている。

これ程までに大きな反応は一度体感したことがある。そう、御前試合での会場でだ。

 

 

 

 

直感で察することが出来る。これはまさに、大災厄の予兆だ。




長くなるのでこの辺で。来年もよろぴく〜

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