刀使ノ巫女 -蜘蛛に噛まれた少年と大いなる責任-   作:細切りポテト

47 / 67
2月中は色々忙しくて時間取れなかったっす、スマソ。


第47話 Unlimited Sky

日も沈み、海面を照らす光が黒い闇になった頃。横須賀港に向かう一行を乗せた潜水艦は海中を進んでいた。

 

S装備射出コンテナで空中を移動する都合上、途中で撃墜されてタイムロスをすることを防ぐために管理局が所有する戦闘用ドローン、パラディンへの対策として電気ショックウェブの威力を上げるためにウェブシューターの電力をアークリアクター由来に変換して埋め込む作業や、威力を調整するために付属させるポータブル変電圧機のOSを書き換える作業を進めていた。

 

「坊やが溶接で形を整えてくれたからすんなり組み込めたよ。中々やるじゃないか」

 

「いえ、あんな超精密作業を短時間でこなした博士に比べたら僕なんてまだまだですよ」

 

流石天才技術者と言われているだけあってかフリードマンは短時間でウェブシューターのバッテリーとしてアークリアクターを専用のモジュールを半田付けで接着させ、配線を専用の物に組み替え既にアークリアクターはウェブシューターと一体化して蒼白い輝きを放っている。

颯太が溶接でシューターのバネやパーツの形状を変化させ、より組み込みやすいようにしていたことも合間ってか改造のスピードは格段と上がったようだ。

後は取れないように蓋をし、外部にポータブル変電圧機を連結するだけだ。

 

「書き換え終わり!いやぁ中々骨が折れる作業だったなぁ」

 

「出来ましたか?累さん」

 

「うん、何とかね…あーこんなに高速でキーボード打ち込んだのは上司に無茶振りで夕方に朝のの6時までに資料大量に作れって言われた時以来だなぁ」

 

「無茶振りしてすみません」

 

「いーの、いーの。ほら、早く連結してちゃんと動くか確認しないと」

 

「そうですね、やってみます」

 

累から渡されたOSを書き換えた変電圧機を受け取るとすぐ様ウェブシューターの外側に連結すると起動音がして画面に数値が表示され正常にウェブシューターが動くことを確認出来る。

 

どうやら改造は成功したようだ。3人の…いや、装備を改造するための技術をこの潜水艦に搭載していたトニーの力も含めれば4人の努力の結晶の塊であると言える。通常よりも重量と面積が増して多少大きくなった改造ウェブシューターは机の上で誕生を迎え、確かな存在感を放っている。

 

「よし!成功です!ありがとうございます、2人とも」

 

「どう?私も中々捨てたモンじゃないでしょ?」

 

「何、これも大人の仕事さ。ハッピー君、後どの位かな?」

 

累とフリードマンに協力して貰った事への礼を言うと快く言葉を返してくれる。

無線でハッピーに連絡を入れるとすぐ様操舵室から返答がスピーカー越しに返ってくる。

 

『もうちょいで着く。6人にも伝えてくれ』

 

「じゃあ私が行ってきます」

 

寝室で待機している可奈美達に作戦開始の準備を進めるように伝える為に累が退室していく。

 

『坊主、ちょっと操舵室まで来てくれ』

 

「分かった」

 

ハッピーに操舵室に呼ばれたため言われるがままにラボから退室して操舵室の扉を開ける。

扉の音に気が付いたハッピーは颯太の存在に気付くと一旦潜水艦を自動操縦に切り替えてこちらの方を向いて話しかけてくる。

 

「どうだ?改造の方は?」

 

「博士と累さんのお陰でたった今何とか終わった」

 

早速手首に装着したウェブシューターを見せるように肘を自分の方へ曲げると視界に自分とフリードマンと累、そして技術を搭載していたトニーの努力の結晶であるウェブシューターをかざす。

まだ誰かと協力しながらという未熟な面も見て取れるが、戦いの前に準備をするメカニックとしてのスタンスは確立されつつある事を実感して笑みが溢れる。

直後にハッピーは携帯電話を取り出して手渡しして来る。

 

「なら良かった。たった今ボスと連絡が着いた。お前と直接話したいらしい」

 

「えっ!?マジ?」

 

ようやくトニーと連絡が着いた事が心強く感じて思わず大きな声を上げてしまうが今は向こうの話を聞いてこちらとの示しを合わせる事が先だと判断してすぐ様受け取って電話に出る。そしてビデオ通話であるためお互いの顔を見合わせることになる。

 

『やぁ、坊や。何だか僕がいない間にとんでもない事になってるみたいだな』

 

「スタークさん!?はい、そうなんです。実は」

 

画面越しから伝わってくる軽妙な口調は相変わらずであるが、この2日間彼に頼る事が出来ず、自分の力で突破しなければ行けない局面もあって心細かった為か1日会っていないにも関わらず数年ぶりにあったような感覚に陥るが嬉しさの方が勝る。

 

『話は大方ハッピーから聞いた。こっちはこっちでめんどくさい長官の機嫌取ったりでやることが山積みで遅れて申し訳ないが…事態は一刻を争うそうだな』

 

「はい、これから作戦開始なんです」

 

どうやらトニーもこちらの状況を把握し、緊急事態であることは理解しているようだ。彼なりに準備を進めたかったが予想外にもタギツヒメが急にアクションを起こした事により予定が狂わされてしまったことには多少憤慨しているらしい。

 

しかし、トニーやスティーブ にも頼れない状況下で自分たちの力で何とか切り抜けた事に関しては感心していると同時に少数でも仲間が助かったことは嬉しいと思っているが素直な性格では無いためあまり表には出さない。

そして通話をしている最中にふと手首に巻いているウェブシューターが視界に入り、大幅な改造が加えられている事が見て取れる。

スーツの力だけに頼るのではなくある物で工夫して戦いに挑むという発想の転換に持って行けるように進歩したことを嬉しく思うトニーであった。

 

『分かっているとも。それにしても、ずいぶんと見ない間にウェブシューターが中々ロックな見た目になってるじゃないか。洋バンドにでも看過された?』

 

「あっ、これはコンテナで空を移動する最中にビッグバードやドローンに途中で攻撃されて撃墜されないように僕がコンテナに引っ付いて皆の乗るコンテナを守る為に博士と累さんと協力して作ったものなんです」

 

『一皮向け始めて来たという事だな。全く思春期のガキは』

 

「…出来るならハイテクスーツやカレンもいてくれたらもっと心強いんですけどね…」

 

本心では無く軽い冗談のつもりでどうせならハイテクスーツやカレンもいてくれたのならもっと心強かっだのだろうと言う発言を聞くとトニーは眉をピクリと動かし、反応する。

 

どうやら多少は前進しているようどが奥の部分ではイマイチ自分自身の力を信じ切れていない部分もあるようなのでかつて自分が体験したことを、その時に学んだ心情を教えてやる時が来たのだろうと思いぶっきらぼうに、しかし真剣な表情のまま口を開く。

 

『……坊主、君はどうやらスーツの力を過信しているようだからこれだけは言っておいてやる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何のために今日までスーツ無しでトレーニングさせて来たのか、もう答えは分かっている筈だ』

 

「…………………はい、スタークさん」

 

尊敬する相手から受け取った言葉、その言葉からは強い重みがあり颯太の胸の奥で突き刺さる。

100%理解し切ることは今は出来ないかも知れない。だが、その言葉により胸の奥が熱くなるような、あと一歩で届きそうな感覚に陥る。

 

『スーツは自分の身を守るための物だ。現実逃避の為の繭でも無ければ、必要不可欠な力でも無い。奪うことも壊すことも出来る。だが、決して誰にも奪えない物が君に、君だけにある。それは……自分で見つけないと意味がないから教えなーい』

 

「そんなぁ」

 

『僕はこれでもスパルタなんだよ。せいぜいお得意のお子ちゃまセンスでも働かせることだな。そうだ、僕から特別に一つだけプレゼントをやろう。ハッピー』

 

折角真面目な雰囲気になっていたのにぶち壊しになったがこればかりは自分で見つけて答えを出さなければいけない物であるため敢えてはぐらかしている。

 

そしてトニーはふと思い出したかのように颯太の後ろにいるハッピーに声を掛けるとハッピーは阿吽の呼吸で理解して行動に移す。

操舵室の壁に掛けてあった物を取り出して投げ渡してくる。

 

「ほらよ」

 

「何これ……日本刀!?」

 

それを難なくキャッチして受け取ると鉄やダイヤモンドよりも硬度が高いように感じるが意外にも軽量であることに拍子抜けする。このような物質は学校の授業で使用したどの金属や物質とも異なるため探究心が芽生えて来る。

 

「僕が昔使ってたシルバーセンチュリオンってスーツの隠し武器に搭載していたヴィブラニウムブレードを改造したものだ。嬢ちゃん達の武器みたく刃こぼれもせず、折れもしない神性を帯びた武器と比べれば信頼性はやや下がるかも知れないが護身用にしては充分強力な武器なのには変わり無い。持って行くと良い」

 

ヴィブラニウム。遥か太古の昔に、宇宙からの隕石によって地球にもたらされたダイヤモンド以上の硬度を持ち、ウラン以上のエネルギーを放出する。限界まで振動と運動エネルギーを構成分子内に吸収して硬度を増すという超鉱石。

その力は植物をも超常的なパワーを内包するように変異させたり、ナノマシンの素材としても使用可能などの不可思議な特性を有していることである。

中央アフリカの小国ワカンダのみで採掘される稀少な鉱石であるため日本の中学生である颯太が触れる機会などほぼ無い物である。

 

今回護身用に託した武器はかつてシルバーセンチュリオンの腕に仕込み、隠し武器としていた物の分量を新たに増やし、更に改造を施した物であるため頂いた量自体は実際は大したこと無い。

 

その上御刀のように神性を帯びて折れも欠けもしない武器に比べれば信頼性はやや低いが護身用の武器としては充分すぎる上に、本来は武器など持って欲しくは無いが今は日本と世界の命運を賭けた作戦であるため、それでいて彼は間違った力の使い方はしないだろうと判断して止むを得ず彼を守る為に持たせることを決意した。

 

しかし、あまり浮かない顔をしている颯太。何やら引っかかる事があるようだ。

 

「あ、ありがたいですけどこれは受け取れません。持ち歩く形式の武器はスウィングする時どっかに引っ掛けて飛ぶのに邪魔になりそうですし…必要な時だけパッと取り出せたりするなら個人的にはアリかもですけど…」

 

武器はなるべく持ちたくないという思いもあるが小学校卒業までは剣術を習っていたとは言えスウィングで縦横無尽に飛び回れるのが自分の長所だとも思うため、持ち歩く形式の武器を所持すると色々な所に引っ掛けて飛ぶ際にに邪魔になる可能性がある上に気を付けて飛ばなければならなくなる。

 

何より最近では付き合いで竹刀をたまに振るう位の自分が達人相手にどこまで通用するかは分からないため、気持ちはありがたいが受け取ることに抵抗が生まれてしまうようだ。

 

彼なりの考えを聞き訝しむ表情に変わるが『必要な時だけパッと取り出せる』。この言葉を受けてトニーの脳内では新たなビジョンが浮かび始めていた。

今作成しているナノマシンで構築される新スーツのアイデアに流用出来そうだなと思いつつも頭がお硬い子供にも分かるような説明してやらないとなと思い話を続ける。

 

「ふむ……必要な時だけパッと取り出せる武装か……案の一つとして記憶しておこう。それはさておき坊主、そいつに切断能力は無い。ほぼ打撃武器だ。それに昔にちょっと剣の鍛錬はやってたんだろ?枯れ木も山の賑わいだ。どんな武器も無いよりはあった方がマシの筈だ。まぁ、いざとなれば状況に応じて盾にするなり投擲武器にでもしてやれ」

 

「状況に応じてか……分かりました、ありがとうございます。スタークさん」

 

どのような武器も、科学の技術も使い手の使い方次第。何事も無いよりはあった方がいい。その時の状況に応じて使い分け、あらゆるものを利用して有効活用する事が大切なのだと言う事が理解出来たと同時に納得してあくまで防御手段として使用するとこを受け入れる。

 

『僕も後から現地に向かう、君たちの手伝い位は出来る筈だ。それにもう1人助っ人が現地に行く、君の良く知る奴がな』

 

「それって」

 

今自分たちは孤立しているがトニーだけで無く自分たちにはまだ仲間がいる。そして、その相手に心当たりがあるため合点が行った際に遮るようにしてハッピーが会話に入って来る。

 

「ボス、そろそろ時間です」

 

『分かった、じゃあ後でな』

 

「では、また後で」

 

トニーとの通話を終えるとハッピーは正面に立ち、真剣に。それでいて優しい視線を向けながら語りかけて来る。

 

「俺の仕事はお前らを横須賀まで運んで、後は成功を祈ること位だ。だが、ここ数日お前らと過ごしたからこそ分かる。これだけは言わせてくれ……お前らならやれる」

 

「あぁやれる。道中で新装備を付けた奴らや親衛隊達が待ち構えているかも知れないけど頭である局長を倒せれば全てが終わる」

 

ハッピーも皆と出会ってから過ごした時間は少ないが、実際に共に過ごし、里での殲滅作戦の際も彼と協力したことで危機を乗り切ることが出来た。

もしハッピーがいなければ里からの脱出はスムーズには行かなかったかも知れない。

そう言った経験を通して彼も仲間として舞草の若者達の事を信じ、彼等なら成し遂げられると信じているようだ。

 

その言葉を聞いてハッピーもまた自分達を信じて送り出してくれる仲間だという事を再認識し、真剣な表情でハッピーの瞳を見つめ返す。

 

「この前は親衛隊のチビに負けかけたけどな」

 

「そ、そうだよ!だけど……今度は感じるんだ。あー、第六感みたいな!」

 

「お子ちゃまセンス?」

 

「違うよスパイダーセンス!」

 

冗談を言いつつもお互いに確かな信頼関係が結ばれていることを感じ、緊張が解れていく。

ハッピーも冗談を交わせる余裕があるならば問題ないと判断して激励を送る。

 

「それだけの元気があるなら充分だ。お前はスパイダーセンスを働かせろ」

 

「あぁ、大丈夫。やれる」

 

ハッピーの激励を受けてヴィブラニウムブレードを握りしめ、改造ウェブシューターにも視線を送る。

自分には力を貸してくれる仲間が、共に戦う仲間がいること。決して1人では無い事を。彼等と共に作り上げ、渡された武器がある。そして託された想いがあることを胸に秘めて自分のヒーローの証であるハンドメイドスーツに着替えるために寝室に戻る。

 

一方その頃、6人がいる寝室。

 

「可奈美ちゃん。そろそろ時間だよ」

 

「ん…おはよう…」

 

どうやら作戦の前であるにも関わらず仮眠を取っていた様であるため舞衣に起こされている。どうやら長い夢を見ていたようだ。

だが、命懸けの作戦前であるにも関わらず仮眠を取れる神経の図太さに感心しているのか呆れているかの感情が半々で皆各々異なった反応をしている。

 

「こんな時によく眠れるな」

 

「どこでもすぐに眠れるのことも刀使の大事な資質デス!」

 

「みんな!そろそろ横須賀だよ!」

 

ウェブシューターの改造を終え、皆に作戦開始の時刻が迫っている事を伝え、それでいて激励しに来た累の言葉で皆の視線が真剣な物に切り替わる。

自分たちが負ければ日本は終わる。皆が気持ちのスイッチを切り替えるのに充分な一言であると言えるだろう。

 

しかし、真面目な雰囲気になることも大事だが緊張をほぐすことも大事だ。

可奈美が勝利した後、皆無事に生きて帰ってきたのならしたい事をここで決めて置こうと言う面目で語り始める。

 

「ねぇ!大荒魂を倒したらみんなでおいしいもの食べに行かない?シャワルマとかどうかな?」

 

「そういうことなら私がごちそうしてあげる」

 

「おー!累っぺお腹太いデース!」

 

「わざと間違ってるだろ」

 

作戦前に暗い雰囲気になり過ぎず、程よい空気感に包まれていく。

それでいて皆がやる気に満ちていく、良い傾向だ。

 

「やった!姫和ちゃんデザートは勿論ハルクのイケイケアイスだよね?」

 

「人をチョコミントのアイスがあればいいみたいに言うな」

 

「みんな無事に戻って来てね。美味しいお店探しておくから」

 

皆が無事に帰ってくる。この目標を持つ事で一体感が生まれると姫和が舞衣を意味ありげな視線を送っており、当然舞衣もその視線に気付く。

 

「十条さん?」

 

「お前が全体の指揮を執ってくれ。お前の指示があればきっと折神紫に辿り着ける」

 

「え?」

 

「お前にはその力がある。孝子先輩達もそう言ってただろ』

 

「十条さん…」

 

その言葉からはお互いに気まずい関係だった間柄であった2人であるが姫和なりに覚悟を決め、戦う事を決意した彼女を、そして彼女の指揮能力を信頼していることを伺わせており表情もいつもの仏頂面ではなく穏やかな物だった。

 

「姫和でいい。舞衣。後ろは任せたぞ」

 

「うん。姫和ちゃん!」

 

「・・・・クスッ」

 

一時は対立し、厳しい言葉を掛け、お互いに気まずい間柄であったが既にこの数日間で確かな信頼関係が構築され名前で呼び合うように、背中を預ける仲間という間柄に変わった両者の表情は晴れやかな物だった。

その関係性の変化を、そして人と人が繋がっていくことの温かさを感じ取った沙耶香も微笑みを零す。自分も仲間として皆を守るために戦おう。そう、思えた瞬間だった。

 

6人とは離れている自分の寝室に戻った颯太はハンドメイドスーツに袖を通し、多少パラディンの弾丸や矢が掠めた後が残るノースリーブの赤いパーカーに袖を通し、赤を基調として黒い蜘蛛の巣模様のオープンフィンガーグローブに手を通して数回グーとパーを繰り返し、大量のウェブのカートリッジを専用のホルスターにしまう。

先程手渡されたヴィブラニウムブレードは他の面々のように装着できる物が無いため頑丈な紐を通して肩から下げて背に差すような形になる。装備の仕方が見た目がソックリな誰かさんに似ているような気はするが気にするな。

 

そしてリュックを漁ると最近は使っていないが最初期から使用している叔父から貰った腕時計をウェブシューターに改造した物が視界に入る。

自分がスパイダーマンになると誓った日から常に持っている大事な御守りに近い代物であるため持って行く事はいつものことだ。

 

「行くよ、叔父さん」

 

そのウェブシューターを外れないようにガッチリと腰のベルトに固定して上から服を被せる。

そして、視界調節のシャッター付きゴーグルの付いたマスクを頭から被ろうとすると背後に誰かがいる気配を感じ、すぐに出て行く予定であるためドアは開けっぱなしにしていたのでたまたま誰か通りかかったのかと思い、振り返る。

 

「あの…颯太君…ちょっといいかな?」

 

単独で部屋の前まで来た舞衣だった。作戦開始前でありそろそろ時間だと言うのに何故自分の部屋に来たのか理解出来なかったが意味もなくこんな所には来ないだろうと思い用件を聞くことにした。

 

「あー…どうしたの?そろそろ時間だよね?」

 

「うん…。そうなんだけどね…少しだけ、残ってる時間でお話ししたいなって」

 

どこか歯切れが悪い。何故か手を後ろに組んで時折視線を泳がせてモジモジとしている。

常人ならば薄暗くなっている船内の灯、それでいて部屋を真っ暗にしていた状態では相手の表情は分かりにくい筈だがスパイダーマンの視力により恥ずかしそうな表情をしていることは読み取ることが出来た。

 

だからこそ作戦前に、彼女が何故今このタイミングでそのような態度なのか理解が追い付かずに首を傾げて彼女の顔をジーっと見つめる。

他意は無いが見つめていると数回目配せをした後に何かを決意したかのように高鳴る心拍数を押さえるために胸に手を当てて瞳を閉じて一度深呼吸をし、開眼して颯太の瞳を見つめて言葉を紡ぐ。

 

「?」

 

「私ね、やっと分かった気がするんだ…自分には何が出来るのかって。これまではずっと迷ってたけど颯太君が…舞草の先輩達が仲間の為に必死で戦う姿を見て私も戦う理由を、そして何が出来るのかを見つけたの。そして、分かった、貴方がいつも勇気を持って誰かの為に行動する姿を見て私も勇気を貰ってたんだって…本当にありがとうね」

 

ここ数日、嵐のように降りかかる真実、そして困難により彼女は自分の在り方に付いて迷い、悩んでいた。

だが、里での殲滅戦の際に仲間の為に鉄条網に身を投げる彼等の背中を見て、傷付いたとしても戦う姿を見て勇気付けられて戦う理由を見出す事が出来た。

感謝の気持ちを作戦の前に伝えるのはどうかとも考えたが彼女の真面目な性分がそうさせるのだろう。

 

照れ臭さは残るが面と向かって礼を言われたことで少し驚いてしまうがあの時は自分は最大限自分が出来るベストな行動を取ったに過ぎないため、その結果誰かを勇気付けたというのは結果論でしか無い。謙遜しながらも理由やきっかけはどうあれ自分の道を自分で決めた彼女の決断ことがなによりも大事であるとフォローする。

 

「僕は何もしてないよ。決めたのは君だ」

 

「それでも、妹達を助けてもらったあの日から私はずっと貴方に助けられてた…だから…だから…」

 

こらから挑む作戦は命を掛けた勝負だ。少しの隙が命取りになるだろう、彼も自分達同様にその身を戦火に晒す。

こんな状況だからこそ伝えたいことがある。そう思うと直後に相手の右手を両手で包んで取り、顔の辺りまで持って来て真剣な表情だからこそ自分の彼に対する最大限の望みを口にする。

 

「これだけは約束して。死なないでね…っ!絶対に私達の元に帰って来て!」

 

「……了解!僕はいつだって親愛なる隣人だ。だから絶対に皆の所に帰って来る、約束だ!」

 

彼女の翠色の幼いが硝子の様に美しい瞳に宿る力強さに吸い込まれるような程魅せられつつも自分はこれまでも彼女と約束を交わし、打ちのめされた際もそのことを思い出して切り抜けて来た。

舞衣が、いや、スパイダーマン を形造り自分を支えてくれている親愛なる隣人達がいる場所が自分の帰る場所だ。だから、その約束を胸に生きていれば今度もきっと帰って来れる。そんな気がして力強く返事をする。

 

「うん!約束!…じゃあ後でね」

 

「うん、また後で!」

 

舞衣が包んでいた颯太の右手を離した後にお互いに手を握り拳の形にして交互に上下に軽くぶつけるグータッチをする。

そして、手をパーの形に開き掌と掌をを軽く叩き付けるハイタッチをすると小気味のいい音が室内に響く。

 

互いに必ず生きて帰るという誓いが今結ばれた。

そうして互いに別方向に歩いて行きながら颯太はマスクを被り、スパイダーマンとなる。

 

横須賀港にて

 

既に日が落ちて暗くなった港を灯台が照らしている。

普段は漁船などが行き来しているであろう港には県警、武装したSTT隊員が辺り一面を完全包囲し、間近の建物の屋上にはスナイパーまでもいる始末だ。雪那の指示で待機させられている鎌府の刀使も横一列に並んで潜水艦に搭乗していると思われる面々を捕獲する為にこの場に来ているようだ。

そして、会見を開くという都合上マスコミが大勢殺到しておりその中には勿論、東京から態々ネタを集めに来たデイリービューグルの社員とお騒がせ社長、ジェイムソンまでもが来ている。

 

「よし、ベストなポジションは確保したな。この記事は絶対に物にするぞ!反乱分子共の実情を、そして…スパイダーマンの正体を吐かせてやる!全く、いつもスパイダーマンの写真を寄越して来る坊主にも見せてやりたい光景だな」

 

「彼がこんな所に来る訳ないじゃ無いですか」

 

時折ウェブの代金やスーツの修繕費のためにデイリービューグルにスパイダーマンの写真を売っているため、社長であるジェイムソンや社員からも写真を送ってくる坊やとして知られている。

ジェイムソンは意外と颯太が写真を撮るのが上手いことを評価しているためこの場に来させて記事に載せる写真を撮らせたいと思っていたがただの学生がこんな所に来る訳が無いので俄然無理な話だと事情を知らない面々はそう思っている。

 

ジェイムソンが騒いでいると同時に海面が波紋を作り出して黒い大型の潜水艦、ノーチラス号が水飛沫を上げてその姿を露わにする。

するとタイタニックのように朱音が船のハッチを開けて甲板に上がる。

 

「潜水艦の甲板に人が出てきました!どうやら女性の様です!」

 

「むっ!出たなテロリストの首領め!」

 

「しゃ、社長!いきなり喧嘩腰はマズいですよ…っ!」

 

朱音は自分たちを取り囲む警察やマスコミ一同を見渡して深呼吸をして話を始める。

舞草の象徴である自分にはマスコミの前で話をする事で注目を集めて時間を稼ぐ囮りになるという重要な役割がある。ミスは許されない。

震える声帯から声を絞り出して自分が出せる大きな声でマスコミ各社に、そして日本でこの放送を見ている者達全てに聞こえるように告げる。

 

「みなさん!私は折神朱音です!私の話を聞いてください!」

 

「よし!張り込んでいた甲斐があったぞ!大スクープだ!」

 

朱音達を捕獲または殲滅して手柄を立てようとまたしても指示を無視して行動をしていた雪那もこの港に到着し、状況を確認する。

どうやらマスコミが大勢来ているこの状況は想定していなかったのか毒付きながらも隣にいるSTT隊員に指示を飛ばす。

 

「なぜマスゴミがいる!?ネタを漁るために集りに来たか!チッ!有事の際に備えろ!くだらんマスゴミに遅れを取ってたまるか!」

 

「なぁにおう!コネでのし上がっただけの小娘風情が神聖なジャーナリズムを侮辱するだとぉ!許さああああん!」

 

「社長落ち着いて!今は会見に集中して!」

 

雪那の暴言を聞いて沸点の低い万年高血圧のジェイムソンは無視出来る訳が無く雪那の方を向いて同じように暴言を吐き散らし、暴れようとすると社員に押さえつけられながらジタバタとしている。

そんな彼らの様子を他所に朱音は自分の役割を全うする為に真実を語る。

 

「今この国には大きな危機が迫っています!20年前、いえ、それ以上の災厄が起ころうとしているのです!20年前の災厄の元凶、大荒魂は再び蘇ろうとしています!」

 

その様子にメディアが、国中が注目する。そしてこの放送を見ている者達が朱音の言葉に耳を傾けて聞き入っている。

 

「刀使のみなさんは感じたでしょう?先程の不思議な現象を!それは大荒魂が現れる前兆です!最早一刻の猶予もない!」

 

新装備の格納庫にてショッカーとライノの最終メンテナンスがまだ掛かるが終わり次第出撃できるように待機しているハーマンとアレクセイ。

 

ハーマンが寝そべりながら携帯のワンセグで自分の推しグループの出演する歌番組を見ていると突如ニュースに切り替わったので憤慨していたがどうやら敵のシンボルである朱音が出て来た事には驚き、アレクセイもその中継に見入っている。

 

「おいおいマジかこの女。何か俺らの気引くためにやってるみてぇで発言が嘘くせぇな」

 

「少し静かにして貰えるか」

 

「チッ、わーったよ。つーかテメェ間に受けんなよ?こんな見え透いたホラ話」

 

「…………」

 

ハーマンが冷めた目で中継を見ているがアレクセイにとって無視出来ないワードが飛び交っているため朱音の発言に聞き入ってしまっている。

 

一方、中継を車の中のテレビで見ているとある一行は鎌倉に向けて進路を進めている。

顔は暗い車内によって判別は付かないがどうやら30代前半程の白人女性が中継に対して懐疑的な視線を向けているが既に戦闘の準備は終えているのかピッチリとしたバトルスーツを身に纏っている。

 

「にわかには信じられない話だけど、他人事とは思えない話ね」

 

シルエットですら分かる程の筋骨隆々の肉体を持ち、手には円形の物体を持つ人物が女性の疑念に答える。

 

「だが、以前にトニーからこの危機が訪れる可能性がある事は聞いていた。今がその時だ」

 

「で?どうするかもう決めてるんだろ?」

 

坊主頭の30代程の特殊なバイザーで目を隠した黒人男性は当然彼の答えは分かっているが彼の決断を聞こうと言う姿勢を見せている。

筋骨隆々の男と行動を共にしている以上、覚悟は既に決まっているということだろう。

 

「あぁ、僕も行く。ここはアメリカじゃないが…助けを求めて手を伸ばす誰かがいるのならそこに国境はない。その手を掴むのが僕たちだ。例え僕1人でも戦うが1人では無いと信じている」

 

筋骨隆々の男性の答えは決まっている。自分と同じ時代、同じ戦場で戦った日本の英雄達の魂に報いる為、彼らが守った未来を守る為、そして…助けを求める誰かの想いに応えるため。自分は舞草に助力する。それが彼の答えだ。

 

「釣れないこと言うなよ。俺たちもいるぜ?」

 

そう答えると思っていた坊主頭の男性は筋骨隆々の男性と共に戦う事をとうの昔に決めているため快く返す。

その心地よい程自分を信じてくれる彼からの信頼は心強いため、筋骨隆々の男性は彼らに指示を出すと彼らは仕事人の顔になりながら返事をする。

 

「なら、僕は本拠地で敵を引き付ける。そして2人は彼らが戦いやすいように近隣の住民を避難させたら折神家周辺を警備するSTTを制圧してくれ。彼らも命令でやっているに過ぎないからなるべく傷つけないように頼む」

 

「「任せろ/分かったわ」」

 

朱音の演説にマスコミや警察が注目している間、既に時間稼ぎが終了。

フリードマンはここまでは予定通りに進んでいることに不敵な笑みを浮かべながら射出ポットに目をやる。

 

「フン…準備は整った」

 

「どうか皆さんのお力をお貸しください!」

 

朱音が語気を強めて力強く日本中の人々に向ける。

その瞳と声色には魂が込められているのが伝わって来るのかいつもなら騒がしく野次を飛ばしているであろうジェイムソンも真剣に聞き入ってしまっている。

 

「よし、お前ら…ぶちかましてやれ!」

 

ハッピーが操舵室から射出コンテナの発射ボタンに力を込めて押し込む。

すると潜水艦に搭載さているS装備の射出コンテナがブーストを蒸し、轟音を立てながら離陸して行く。

 

その際に雪那は何か様子がおかしい事を察して目を細めていると、徐々にイヤな予感…というより自分が学長を務める鎌府女学院の生徒が任務に当たる際局長である紫から使用の許可が降りた際に、生徒達の元に装備を届けるためにいつもやっている行為が脳裏をよぎり、シナプスが一つの線に繋がって合点が行き、眼をカッと見開く。

 

そんな雪那の不安を煽るかのようにVLSハッチが開き、6つの射出コンテナが煙り上げながら流星の如く夜空へと舞い上がって行く。

 

皆が一瞬の隙を突いて飛び立った物体に驚愕し、気を取られているため大抵の人は気づかないだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事に。

 

「むっ……っ!?奴は!?」

 

だが、約1名。その相手を最も忌避し、常にバッシングする記事を書き、非常に嫌っている程毎日眺めている人物は例え服装が変わっていても瞬時にその相手だと見抜き、それを見逃さなかった。

 

「これは攻撃ではありません!今飛び立ったのは私達の希望なのです!」

 

飛び立った希望の中にまさか奴がいること等想定はしていなかった、ましては実物を見るのは初であるためテンパりながらジェイムソンは無茶苦茶な事を言い始める。

 

「おい!坊主!いつも写真を寄越す坊主!すぐに写真を撮れ!」

 

「何を言っているんですか社長!?彼がこんな所にいる訳がありませんってさっきも言ったじゃないですか!?」

 

「くそぅ!スパイダーマンめ!反乱分子の味方をするだけでなくこんな小癪な手を使うとは!待っていろ!貴様はいつか絶対にワシが捕まえてやるからなぁあああああ!」

 

ジェイムソンは悔しそうに飛んで行ったコンテナに対して負け惜しみを口にしつつも自分がネタにしている相手の実物を見ることが出来たことには満足感も感じているため拳を天に、あの野郎が飛んでいる空に向けて突き上げて雄叫びを上げる。

 

その中継を見ていた管理局の本部では椅子に座っている職員が映像を解析すると舞草が今回使った種が割れる。

 

「これは…ストームアーマーのコンテナです!」

 

「予想着地点は!?」

 

寿々花が目の前の突飛な現象に驚いてはいるがすぐ様冷静に次にどうするかを考えて職員に尋ねるとその場所を報告する。

 

「ここです!ここに向かって飛んできます!」

 

「何!?」

 

敵を横須賀に集め、舞草のシンボルである朱音が堂々と姿を現して会見をしている隙に射出コンテナを管理局の本部に打ち込むという大掛かりな手に出たことに真希だけでなく多くのクルーが驚きを隠せていないが直後に本部に向けて通信が入る。

 

『任せな、空飛ぶコンテナをガキ共の棺桶にしてやる』

 

 

 

上空を飛行するコンテナの上では強風とコンテナの速度により常人ならば容易く振り落とされて空中に投げ出されているであろう力が加わっている状態であるにも関わらず平然と引っ付いているスパイダーマン。

空中での敵の攻撃から皆を守る為にその身を晒してはいるが乱気流の強風に揺られてハンドメイドスーツのパーカーのフードがバタバタと音を立てて激しく揺れ、その力強さを物語っている。

 

直後に張り付いているコンテナに搭乗している可奈美から、その次に隣のコンテナの姫和から通信が入り、マスクの中に付けた通信機越しに声が聞こえて来る。

 

「通信チェック、聞こえるー?」

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫聞こえるよー!風の音が邪魔だけど!…言い出しといてなんだけどコレ結構怖いな!ま、アイアンマンの速さに比べたら余裕!」

 

思っていた以上のスピードとパワーには驚いている様だがいつもの調子で返してくる。

口調はマスクを被っている時の物になっているがいつ撃墜するための攻撃が来るか分からない状況であるため意識は常に集中させている。

 

「いいなー…つーかさりげなく自慢してるよな」

 

「最恐の絶叫マシンデスよねそれ…」

 

「楽しそう…」

 

「さ、沙耶香ちゃん!危ないから真似しちゃダメだからね!」

 

まだ冗談を言える程の余裕はあるようだがそんな時間も長くは続かない。

スパイダーマンの直感が、スパイダーセンスが神経を逆撫でしながら語りかけてくる。

 

直後にスパイダーマンの視界に、入って欲しく無い連中が目に入って来る。100m程先に複数の小型の飛行物体。そしてその奥で高速で飛行しながらそれらを的確に操る凶鳥の姿が。

 

「……っ!来た、奴だ!」

 

日本の…いや、世界の命運を掛けた戦いの火蓋が今、切って落とされる。




mafexにナイトモンキー登場っすか…グラサン装備の顔パーツの再現度高くて良さげっすね。

ちょいとシメがムズいので半端なのは許して。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。