刀使ノ巫女 -蜘蛛に噛まれた少年と大いなる責任-   作:細切りポテト

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今思うと200ペタワットレーザーって数値上は超とんでも兵器よなぁ

やはりここもどう足掻いてもムズい局面ですが迷いながら辿り着く場所を探し続けます。
タイトル的にあの人メインなのでちと急な説明がありますが30話の話をチロっと広げる&背景として軽く扱う位なので頭の片隅に軽く入れとく程度に思ってくだされ。


第55話 蝕毒

ーー数刻前

 

「………ん……そうか、俺は負けたのか」

 

栄人がブラックアウトしていた意識から覚醒すると背後に自重が茂みを押しつぶしている感触を感じ、ウェブのクッションにより投げ飛ばされた衝撃を軽減されていたのかその上で気絶していて先程まで自分の理性を支配していたグリーンゴブリンのスーツの機能も停止している。

手を握ったり開いたりしながら、殴られた腹部に触れて感覚を確かめると少し痛むが何ともない。相手はテロリストでありながら本当に自分を最低限傷付けないように倒したということを察知する。

 

……だが自分たちが負けて紫が討たれ、舞草が国を掌握してしまったら抑え込まれていた様々な悪意や勢力が調子づいて国に牙を向く可能性が高いという問題に危機感を覚えながら前方を見ると2人の人間の姿があるのを確認できた。

 

「あれは………」

 

 

一つは明らかに赤色の塗料を塗っただけのパーカーに青基調のインナーのスーツを着てマスクを外し、踵を返そうとしている人物と、庭の地べたに背を預けて眠るように倒れている小柄な人物の姿だ。

 

そして、次の瞬間。月を隠していた雲が動いた事で月灯が地上を照らしたことで姿が露わになることで視界に入り、嫌な予感だけが心臓の鼓動を早くして行く……それは倒れて動かなくっている結芽の姿だ。

 

(結芽ちゃん……っ!)

 

まだ気怠さの残る身体に鞭を打って身体を起き上がらせ、重い足を引き摺り、彼女が倒れているのは夢であって欲しい……その一縷の望にかけながら走る。

そして、間近まで近付くと踵を返そうとしている人物の顔が視界に入った瞬間に足を止めてしまった。なぜならその人物は、本来ならこんな所にいるはずが無い人物であったからだ。

 

「颯………太?」

 

そして、現在に至る。

 

対峙して互いの瞳を見つめる両者。普段は毎日学校で共に学生生活を送る友人であり、席も前と後ろ。寮の部屋すらも隣の隣人である2人だが先程まで殺し合いをしていたという事実は思春期の子供にショックを与えるなら充分と言える。

 

もっとも、これまで様々な痛みや悲しみ、命懸けの戦いに身を置いて来た颯太はまだしもどこまで突き詰めても結局は安全な場所で生き続けて来たただの一般人でしか無い栄人では受けている衝撃が違うのだが。

 

「結芽ちゃん………」

 

ゆったりとフラ付きながらふと視界に入った庭の砂利の上に身体を横たわらせ、瞳を閉じて安らかに綺麗な顔のまま動かなくなった結芽の前に膝から崩れ落ちて彼女の身体を抱き起こす。まだ人の温かさはあるが息もせず微動だにしなくなった彼女を前にして目の前が真っ暗になったような感覚、それでいてやるせない気分に陥る。

彼女は最後まで自分の命を燃やし尽くして戦った結果なのか、それとも自分の友が彼女にトドメを刺したのかそれは分からない。

 

「……………」

 

その様子を見ることしか出来ない颯太も栄人が結芽の身体を悲しげな表情で抱き起こす姿に対し、自分がこの状況を作り出した原因の一つであるため、心の奥が締め付けられる感覚に陥ってしまう。

 

一方、動かなくなった結芽を抱えながら意外にもグリーンゴブリンのスーツの機能が停止し、スーツの精神支配から解き放たれているためか思ったよりは理性的に行動できる。

 

(何でだよ……何でお前はそんなに苦しそうなんだよ……)

 

何よりそれ以上にどうしても気になるのは、仮に結芽の最後の相手を務めたというのなら友と言えど彼に対してやるせない想いが湧き上がるが涙の跡や酷く落ち込んだ表情から彼が苦しんでいるようにしか見えないことがより一層疑惑を強く深める。

 

管理局及び世間の視点から見て舞草は現政権を瓦解させようと企んでいる上に子供達を甘言で扇動し、その上で自分たちに都合の悪い者の排除を企て、いざ自分たちがやられたら被害者面して同じ様に攻め込んで来る危険なテロリスト集団にしか見えない連中の一員が、彼らから見て邪魔者である自分たちを倒してあんなに苦しそうに涙を流したりするのだろうか……。

実際にそのテロリスト集団の中に自分の友人がいたことにショックを受けたがその相手が結芽の死を心から悔やみ、悲しむ心がある相手を何故か強く責めることが出来ない。

 

だからこそ、どうしても聞かなければならない。

 

「どうしてお前がこんな所に………なんで……お前がスパイダーマンなんだ?」

 

その問いかけは疑念。20年前に大災厄から日本を救い、今の表面的には平和な日本を築き上げて来た現刀剣類管理局局長であり、自分の家の会社が国を脅威から守るために長年協力している折神紫に刃を向け、抹殺しようとした姫和とそれを手助けした可奈美を逃すことに協力した反逆者の1人、何度も自分たちが追いかけて捕まえようとした国家転覆を企むテロリスト集団舞草の1人であるスパイダーマンの正体が友人であったことは未だに信じられないからだ。

 

しかも本来ならばスターク・インダストリーズ日本支部でインターンを受けている筈……更に言えば今は安全な場所に避難している筈の人物であるためここにいるはずがないと疑ってすらいない相手だったのでその正体が彼であったことが拍車を掛けている。

 

その問い掛けに対し、グリーンゴブリンや結芽との戦いを通して流れた涙の跡があり、眼も赤く腫れながらも袖で涙を拭いてついに隠して来た真実を告げる。

 

「僕が舞草の一員でこれから起きるタギツヒメ の大虐殺を止める為だよ………僕は去年の校外研修で局の研究所で実験用の蜘蛛に噛まれて力を得たんだ。だけど、僕の自覚の無さで叔父さんを死なせて皆を悲しませた。だから、今日まで僕と同じように大切な誰かが傷付いて悲しむ人が1人でも減ればと思ってこの力を奮って来た」

 

友の口から告げられる端から見れば嘘にしか見えない真実を聞いて瞳孔が散大して行く。確かに思い返してみればいつもスパイダーマンと彼が同じ時間、同じタイミングでいたことが無かったことを思い出すと合点が行く部分があった。

 

そして、その口からは苦悩や迷いが感じられる。自分の自警団活動の全てが正しかったのか、刀使でも自衛隊でも機動隊という役職に付いている訳でもない特殊な力を持った一般人がその力を振るうという事は各方面から是非を問われても仕方の無いことをしている自覚はある。

実際、新聞社のジェイムソンには日夜「仮面で素顔を隠し、フラッと現れて犯罪者や荒魂に戦いを始めて訳が分からん。正当な理由があると思ってるのは貴様だけだ!」と苦言を呈されている程だ。

だが、それでも持てる力を自分のためだけに使うのではなく誰かのために使って来た。少なくとも自分ではそうありたいという想いを込めて言葉に載せる。

 

「君を……皆を危険なことに巻き込みたくなくてずっと正体を隠して来たんだ……僕には敵もいっぱいるしね」

 

目を伏せながら、ポツポツと語るその姿は普段のシャキッとしない鈍臭い様子からは全く想像できない程重荷と悲しみを背負って来たのだと言うことが伝わって来る。

 

「だけど、御前試合の会場で事態は変わった。僕には……多分管理局の研究所のノロの生物実験の関連からなのか荒魂の反応を感じ取る力があるんだけどそこで局長が荒魂に取り憑かれてるって事に気付いたんだ。だから本当のことを聞くために姫和の手助けをした。そして彼女からこの国の真実を聞いたんだ……折神紫は20年前の災厄から生き残った大荒魂なんだって。それでスタークさんに協力してもらいながら舞草と合流して彼女を止めるために行動して今に至る」

 

「なんだよ……それ。じゃああの会見で言ってた大荒魂が復活しようとしてるってのは注意を引くためのハッタリじゃ無かったとでも言いたいのか?じゃあ、何で前に会った時に言わないんだ」

 

会見をチラリと見た時はあまりにも身も蓋もない話である上に、明らかに囮の罠だと察してはいたが朱音の言葉からはそれを立証する物が何一つ無いため全く信じてはいなかった。更にグリーンゴブリン のスーツの特性である感情の起伏で性能が上下する都合上、常に安定して高出力で戦闘力を高めるために余計な思考をシャットアウトさせて装着者の性格を攻撃的に変性させられていたため信じるという事が出来なかったという部分もあるが。

 

だが、以前に舞衣と沙耶香が結芽の追跡から逃走する際に駆け付けていたスパイダーマンと会った際にスパイダーマンは紫は危険だと、放置していれば危険な事になると具体的な説明はせずに抽象的な事しか言わなかったため、拗れてしまったという部分もあるためその辺の説明は必要と言える。

 

「あの時はそれを証明するための証拠も術も無かったし、君は管理局内でも特殊な立ち位置だ。下手に彼女のことを調べて真相に辿り着いたら消されるかも知れないと思ったんだ。彼女はこれまでも今も自分に従わない不都合な邪魔者や勢力を粛清して排除して来た……一晩で舞草の構成員を殲滅して見せたようにね。そんな危ない橋を君に渡らせたくなかったんだ」

 

「そんな……局長が今の座に着いて今の体制になってから危険な勢力は粛清されてそれで平和な日本が続いて、荒魂の被害も減少して平和な日本だった筈だろ……それが全部嘘だったって言うのか」

 

あの曖昧で抽象的な物言いで余計な混乱を与えてしまったことで拗れるのは颯太の言い方が悪かったのは確かであるが栄人の立場を考えると真実を話して内側から管理局を調べたりしたら紫に排除される可能性があると考え、本当のことを堂々と話せなかった。尚且つあの場には紫を盲信する雪那もいたため余計に面倒なことになって余計拗れたことは想像に難くない。

 

だが、一方で現折神体制が正しいと教え込まれて育った世代の、現管理局の保

守派な考え方を持つ人間である栄人に信じろと言っても難しい話ではあった。だからこそ、早めに紫に憑依てしいるタギツヒメ を倒して終わらせて元の日常を取り戻したかったのだがいつからか互いの道は離れて行っていた。

 

そして、紫が現体制の当主になった事で危険な勢力は皆粛正され、なりを潜めた事で表面的には平和な日本は保たれて来たという事実が彼の考えを固定化させたのだろう。

勿論、その一方で良い面ばかりであったという訳では無い。それは日本中のノロを管理局で一括で管理する事で自身の力とするために20年間復活のために力を蓄えるための演技であり、管理局は……いや、日本の全ては彼女に騙され、彼女の力を復活させるための手伝いをさせられていたからだ。

 

「残念だけど全部今日までの自作自演だよ。君は何も感じなかったかも知れないけど数時間前に隠世の扉が開く大災厄の予兆が起きた。刀使は身体の残像が分裂するような現象で僕にはスパイダーセンスが強烈に反応したんだ。多分今頃20年間日本中に集めさせたノロと融合してるかも知れない。それを止める為に僕らはここに来た」

 

数時間前に起きた隠世の異変、つまり大災厄の予兆が起きた際スパイダーセンスを持つ颯太、及び隠世に干渉する力を持つ刀使達は異変を感じ取っていたが刀使ですらない一般人の栄人はそれを検知する術も無いため知らないと言えばそれまでだが、確かに今日一日祭壇に長時間篭りっぱなしの様子を鑑みるに保管庫に貯蔵されているノロに何か仕掛けているかも知れないことは流石に想像出来た。

 

管理局の局長というポストを利用し、長年集め続けたノロを好きにどうこう出来る人物と言えば紫しかいないという事を踏まえると、その話が本当であるならば自分たちが守ろうとしたいた物は……そう考えると自分の腕の中で動かなくなった結芽の安らかな顔に視線を落とす。

 

……とても、不幸そうには見えない。100%自分のやりたかった事を出し切ったとは言えないがそれでもそれなりに満足そうに眠る彼女の顔がそこにはある。

 

「じゃあ俺たちは何を守ろうとしてたんだ……何のために結芽ちゃんは……」

 

彼女は間違いなく不満ばかりを残したまま逝った訳では無いかも知れない。だが、彼女が命を掛けて守ろうとしていた者は……そして、自分が友に武器を向けて、悲しそうな顔をさせ、彼女を戦場に送り出してまで守ろうとした物は何だったのか。

自問自答を繰り返す……自分は何を守ろうとしていたのか、何を守っているつもりだったのか。

 

そんな動かなくなった結芽を抱えて俯く彼に対し、事実を突き付ける。相手をフォローすることと、間違いを誤魔化して有耶無耶にすることは違うからだ。人は何かを失い、傷付き、自分の過ちに気付かない限り進めないことを自分は多少なりとも知っているからこそ、キチンと伝える。

 

「人でも国でも無い、従わない者を排除する……20年前にノロを兵器にしようとした人間のエゴが生み出したモンスターだよ」

 

「…………」

 

決して禁断の領域を超えてしまった先代達を非難している訳ではないが、力や技術は良いことにも悪い事にも使えてしまう。そして、傲慢な人間のエゴが引き起こす物はいずれ自分たちに返って来る。だからこそ、戒めとして肝に銘じておかなければならない。

 

「…………」

 

栄人は颯太の口から語られる真実を、徐々に理解し始めていたが実際にその真実を突き付けられて硬直してしまう。自分は、自分たちはとんでもない者がしでかそうとしていた、とんでもない事の手助けをし、結果的に結芽を死なせてしまったのだという事を思い知られる。

 

しかし、そんな彼の沈んで行く姿を前にして自分も彼らに対して非のあることをしてしまったことは事実であるため、謝罪しなければと思い謝罪する。

 

「でも、ハリー……これだけは謝らせて欲しい。ゴメン、僕は……僕のせいで彼女が死んだ……僕じゃ彼女は助けられ無かった」

 

「颯太……」

 

その声の方向に顔を向けると彼は涙を流しながら自分たちに向けて謝罪している。膝を地につけ同じ目線に立ちながら結芽と栄人にだ。

 

「彼女を何としても祭壇でタギツヒメと戦ってる可奈美達に近付ける訳にはいなかった。もし、彼女が祭壇の戦闘に介入して行ったら作戦が瓦解して全てが無に帰すかも知れない。だから、僕は……彼女を足止めしたんだ」

 

折神邸に突入して来た面々は何としても最大戦力である可奈美と姫和を最優先で何としてもタギツヒメのいる祭壇に向かわせなければならない。だが、その上で自分たちを阻む存在である親衛隊と新装備を付けた面々も抑えなければならない。お前にS装備の稼働時間も込みと考えると時間は自分たちに味方してくれてるとは言い難い。

 

その上で一番厄介な存在が結芽だった。彼女は親衛隊どころか日本だけで見ても最強クラスの刀使だ。そんな相手を可奈美や姫和と戦わせて仕舞えば祭壇にたどり着くのが遅れてしまい、タギツヒメ は完全復活を遂げて誰も手が付けられなくなり全てが無に帰す。そうしたら自分の家族や隣人だけでなく日本中の人が死ぬ。それだけは阻止する為にここまで来たのだ。

 

だからこそ、誰かが身を削ってでも彼女を抑えなければならなかった。最初はエレンと薫が。彼女がライノとショッカーの介入で逃げて以降は自分が。

数多くの犠牲を払い、バトンを託されながらこの場に来ている以上仲間の想いを無駄にすることなど出来ない。だから自分は何としても彼女を抑えなければならないと思い、彼女と戦った。

 

本当は誰かと争うことなど好きでも得意でも無いが日本を守る為に互いにやるべき事をやった。そして、自分は負けた。だが、同時に彼女の生命もタイムリミットを迎えて力尽きてしまった。

 

どちらかが悪いと断じて良いものかは分からないが自分は彼女にも死んで欲しくなったため、少なくともこれまで人間の死者は出さないように戦って来た自分が友の大切な人を死なせてしまったことも事実である。だからこの事実からは逃げない。作戦的には成功でも一騎討ちの勝敗も込みでこの結果は充分に敗北と言えるからだ。

 

栄人はその瞳から伝わって来る悲しみや痛み、矛盾を背負いながらも前に進み続け、乗し掛かる責任や重荷に対して向き合い続ける意思を感じ取り、こいつには勝てねぇなと理解した。だからこそ、自分なりに相手の事情を汲み取って意思を伝える。

 

「結芽ちゃんは……自分がもう長く無いことも、今夜が最後になることは分かってたんだ。俺はそれを止めずに彼女の戦いに同伴した……俺にお前を責める権利は無ぇ」

 

「だけど……」

 

「お前を倒すために彼女が本気を出したから死んだ……結果論で言えばそうかも知れない。だけど、彼女を止めなかった俺も同罪だ……俺は彼女に何もできなかった」

 

友の必死な謝罪を前にして、自分がしたことは彼女が今夜が最後になるから最後まで戦いたいという願いを尊重したと言えば聞こえは良いが言い変えれば死地に向かわせることを是として彼女の命を諦めたと同義でもあると理解し、結芽と全力で命をやり取りをしたが彼女のために涙を流す彼を責める事が出来ない。

何より自分にも非があるというのに彼を責めるのは筋違いと言える。だから今は背伸びせず現実を受け止めるしかない。

 

「僕もかつては大切な人を自分の判断ミスで失った。だから、僕は君を強くは責めない。だけど、力を持って何かを為そうとすると言うのならいつだって自分の心に問いかけ続けなきゃいけないんだ。これでいいんだではなくこれでいいのか?って」

 

「そうか………」

 

友のその言葉を聞き、自分にも通じる部分があった。

確かに管理局や世間から見れば舞草は危険なテロリスト以外の何者でもない。紫が倒され、舞草が国を掌握してしまえば起きる問題もあるが同時に現折神体制も良いことばかりではない。テロを起こして国家転覆を企む奴らがいるのならそれだけ紫の掛けてきた圧力により不幸になった者達も少なからずいたからではないか。

そう言った少数に目を向けず、目に見えて管理局が、世間が、皆が悪だと断じる者達に対し彼らの事情を汲み取らず、容赦無しに大衆が掲げる正義という名の棍棒で思い切りぶっ叩いてしまったのではないかと思い至る。

 

管理局や国の脅威に対して対抗しなければならない自分の立場からすれば、反乱分子を取り除く選択自体は特段間違いではないだろう。だが、本当にそれだけで良かったのか?

そのテロリストにも大切な人や守りたい者がいる。同時に敵であろうとも相手の死を悼み、哀しむ心があるのだと言うことを颯太を通して理解した。自分は友人達のことは庇おうとはしたが他の構成員は容赦なく捕らえようとすることは虫の良すぎる話だ。その者達だって敵組織に属した友人達にとって大切や人や仲間になっているかも知れないことは想像できなくはない。

そして、自分の木を見て森を見ない考え方は結果的に友人と殺し合いをし、相手にこれ以上無い程に悲しい想いをさせてしまったのだと自覚する。

 

お互いに気まずい空気が流れる中、自分達に残された時間が少ないこと、今もなお祭壇で最大戦力である可奈美達が戦っている以上あまりぼやぼやしてはいられない。

そうしてマスクを被り直し、結芽との戦闘の際に枝に括り付けたウェブシューターを取り外して手首に装備し、栄人の方へと向き直る。

 

「悪いけどあまり僕らに時間は残されて無い。行かないと……ハリー、後でちゃんと話そう」

 

踵を返し、祭壇に向けて跳躍しようとウェブを高い建物に当て、飛び上がろうとすると栄人が声を掛けてくる。

 

「……一つだけ聞かせてくれ。結芽ちゃんとお前、どっちが勝ったんだ?」

 

確かに勝敗については話してはいないため、彼も彼女の最後の戦いの結果について質問される。

結芽と自分の一騎討ちの結果……彼女を祭壇に近付けないという作戦の意味では自分達の勝ちと言えなくはないが勝負の結果は敗北であること、自分の命を燃やし尽くしてまで戦い抜いた彼女に敬意を評して嘘偽りない真実を伝える。

 

「彼女だよ。一生忘れられない位、僕の会って来た敵の中で一番強かった」

 

「そうか。なら、彼女のことを忘れないでやってくれ………気を付けろよ」

 

「うん」

 

和解……とは口が裂けても言えない程気まずくて曖昧なやりとりではあるがもう既に敵対という意志はない。何もかもが終わったらちゃんと話し合う必要がある、だからこそ必ず生きて帰って来い。そんな意図を込めてスパイダーマンを送り出す。

スパイダーマンの方も、またしても死ねない理由が、戦いが終わったらやらなければならないことが増えた事を実感して必ず帰らなくてはと心に誓って思い切り祭壇に向けて跳躍して飛び去っていく。

 

スパイダーマンが飛び去るその姿が見えなくなるまで見送ると自分の腕の中で静かに眠る動かなくなった結芽の顔に視線を落とすと堪えていた涙を流すと彼女の顔に涙が当たって頬を伝って流れ落ちて行く。

 

「結芽ちゃん……俺は……俺たちはどうすればよかったんだ……答えちゃくれねぇか……」

 

残りの命が少なくとも戦い抜くことを選んだのは彼女の方だ。自分はそれを否定せずに自分も同伴した。あの状況ではそれ以外に方法は無かったのは確かだが真実を知った今、自分はどうすれば良かったのか分からなくなってしまう。

だが、これだけは言える。彼女を死に追いやったのは自分も同じだ。

必死に迷った末に出した決断の先がいつだって正しいとは限らない、起きてしまった結果を覆す事など出来はしない。結果から目を逸らさず、背伸びせずにただ受け止めることしか今の自分には出来ない。

だから、だから今だけは………最愛の彼女の死を悼んで泣いた。

 

……一通り泣いて落ち着くと、自分の腕の中で動かなくなった結芽を管理局の遺体安置所へ運ぶために持ち上げ、そのまま大人しく降伏しよう。そう決めて今もなお戦闘しているであろうライノとショッカーに停戦を呼び掛けようと通信機に手を掛けようと手を動かした。

 

「結芽ちゃん……行こう………ぐッ」

 

だが、直後に頭に殴られたような強い衝撃が走り、一瞬で意識を刈り取られて地に倒れ伏す。それでも最後の最後に結芽に手を伸ばしたが届かずに意識がブラックアウトする。

 

自分の周りにいる人間が1人になる瞬間を結芽の体内で待っていたそれは結芽の背中からは服と同化しているかの如く、自然に溶け込んでいる黒いコールタール状の液体が握り拳の形を形成して振り抜いたポーズのまま固まっていた。

直後に流動しながら姿形を変え、丸い頭部、白く釣り上がっている横長の眼、裂けたような口が出来上がり、その口からガラガラで掠れた様な、人間の声帯からは出ないだろと感じる声を発する。

地面に倒れ伏した栄人と自身が乗り移った結芽を交互に見渡すと常に裂けている口を更に開いて刃物のやうに鋭利な牙を見せて不気味な表情を浮かべる。

 

やっと行ったか。アイツは厄介だがこのガキ1人なら今の俺でもどうとでもなる。どうやらこのガキにとって大切な奴みたいだからな。交渉のカードになる……さて、交渉開始と行くかぁ」

 

ーー数刻前、舞草の残党であるスパイダーマン一行が射出用コンテナで管理局に突入した際、ヴァルチャーとの戦闘で大破寸前であったコンテナが人のいない地帯、つまり管理局の研究者であるコナーズ(53話参照)がシンビオート(管理局の研究チームによる呼称)を保管していた研究棟に不時着し、保管庫に激突した時だ。

 

カプセルが潰れて何とか脱出しようと一度分裂した矢先に不時着したコンテナのエンジンが爆発を起こし、片方は脱出と同時に火柱を回避出来たが自分はその炎に巻き込まれてしまった。

 

自分たちシンビオートには致命的な弱点が存在する。一つは地球の大気下のように酸素のある星では何かに寄生しないと生きることすら出来ないという点。(コナーズは特殊なケースに入れることでこれを塞いでいた)尚且つ、宿主に適合しなければ相手を死に至らしめてしまうため非常に不便だと言うこと。

二つ目は超音波、中でも4000〜6000hz以上の音波は今の寄生する前の戦闘力が低い状態では致命的となる。

そして、三つ目は炎……厳密に言えば高温の熱と言った方が正しいだろうか。有機生命体に寄生する以上炎が弱点になるのは仕方ない事だからと推測される。

 

そして、最悪なことに自分は運悪くコンテナのエンジンから出火した炎に身体を呑まれてしまった。

全身を焼く炎の熱が痛い。苦しい。自分たちは地球では何かに寄生しなければただの動く液体に過ぎない、炎の直撃を受けたのはかなりの痛手……防御力0の状態で一撃必殺のクリティカルヒットを喰らったに等しいダメージである。

そんな状況下で自分たちを故郷の星から連れ出し、研究をしている連中の代表の1人である20代後半程の研究者コナーズが駆け付けた。

 

(苦しい……っ!何をしている地球人、早く俺を助けろ……っ!)

 

自身を包む炎の熱によりジリジリと全身を焼かれるダメージにより知能を低下させながらも助けを求めるかのように暴れるがその人物はまだ分裂した無事な方のみを救出していた。

……そう、自分は見捨てられたのだ。

 

『申し訳ありませんが貴方を助けている余裕はこちらにはありません。無事な方を救うのがベターです。非常に残念ですが結果的にいいデータが取れました、それでは』

 

そう言って燃え盛る保管庫から走り去っていくコナーズの背を視線で追うがこのままでは焼け死ぬことは想像に難くないため、何とか脱出した。

既に体組織の大半が焼け爛れ、満身創痍な虫の息となりながらも生にしがみつくために地を這いずり回りながら行くあても無く宿主を求めて彷徨っていた。

 

最初は自分に近づいて来た虫、それを捕食しようとする蛇、そして山中にて遭遇した野兎、食物連鎖の如く次々と乗り移る生き物を変えて折神邸まで移動して来た。

だが、やはり小型の動物では自身との融合には耐えられないようであり数百メートル走っただけで限界が来てしまっていた。

 

(ふざけるな……この星でも俺は欠陥品の弱者だとでも言うのか?俺が今にも死にそうな弱者だから奴は俺の価値を否定してあの生かすかねぇ高慢チキなゴマスリ野郎を助けたとでも言うのか……そうか、ここでも俺は負け犬なのか……)

 

死にゆく宿主である野兎の体内で、シンビオートは悔しげに呟く。

自身の故郷、水星でもそうだった。水星に拠点を置き、そこに根を張って生息するシンビオートは一体一体が意思を持ち、人間同様同族間にて文明、社会を形成している。

その中でシンビオートの中で長年の間守られているルールがある。完全実力主義の強き者が絶対正義というルールだ。

最も力のある者が施政を敷き、敗北した者達は最も強い王に従うことでシンビオートは王の敷いた社会を生きる。

 

そして、自分はシンビオートの中ではまだ若輩の身……実力は低くないが言うならば下っ端だ。

そんな自分はかつて王の気紛れで催し物のために皆の前で手も足も出ずに徹底的に打ちのめされてから、自分は向こうでは負け犬の烙印を押されて上流階級のシンビオートにこき使われる屈辱の日々を送っている。それが今回自分たちが地球に来る理由へと繋がっていく。

 

ある時、シンビオートを統べる王に自分ともう一体、エリートの格に位置する上流階級のシンビオートが玉座に呼び付けられる。

 

全身が真紅の液状でありながら個体よりも巨大で禍々しく、威圧感を放つシンビオートの王は自分の配下である自分ともう1人、白銀のシンビオートを呼び出していた。

自分はこの王が死ぬほど苦手だ。超がつく程の愉快犯で只々自分の悦楽の為だけに脈絡も無く他者を屠り、痛ぶる……所謂暴君と言えるだろう。

以前に気紛れで催し物と称して昇進をネタに自身に挑戦させ(尚且つ断れば即処刑)、皆の前で自分を徹底的にサンドバックとして痛ぶることで笑い者にして今の地位に固定させた。

しかし、気分で配下を屠る悪癖はある物のこの星で最も強い存在である以上誰も逆らうことが出来ない。反面その強さと何だかんだで統治者としては有能であるため心酔する者も少なくはないためかなりの困ったさんである。

 

そして、暴君としか言いようが無い真紅の王は自分たちに向けてがま口のように横に広がった口を形成して語り始める。

 

「最近、我々の個体の数が無用意に増殖したため各地で食料が枯渇しつつあるのは知っているなぁ?」

 

「はっ、心得ております」

 

白銀のシンビオートは副官として情勢を把握している為か真紅の王の語る、この星で起きているシンビオートの増殖による食料問題についても把握していた。自分は何となく知っている程度だが、下っ端である自分を呼び付ける理由は大方察することが出来る。恐らくこいつの補佐だろう。

 

「バランスを取ぉるためには不必要な個体、つぅまり能力的に見て無能な順から抹殺して数を減らすことで保って来たがこのままではいずれ足りなくなるぅ。はい、そこで無能君に質問です。どうすればいいんでしょおかぁ?」

「……他の惑星にまで我々の手を伸ばす事だろう?」

 

真紅の王が心底自分をおちょくるような口調で自分に話題を振ってくる。やはり以前嬲られたトラウマが身体に染み付いているのか一瞬強張ってしまう。

タメ口が耳に入った瞬間、真紅の王がコールタール状の身体を刃状に変形させ、シンビオートの周囲をわざと本人にギリギリ当てないようにズタズタに斬り付けて見せた。

 

「はぁい、口の利き方には気ぃを付けなさいよぉ無能がぁ、虐殺するぞぉ?まぁた痛い目を見たいのかぁ〜?」

 

「……申し訳ありません」

直後に明るいトーンになりなって返してくる。やはりこちらをおちょくって反応を楽しんでいる辺りつくづく胸糞の悪い奴だと内心で吐き捨てるが力では絶対に敵わない相手であるため抑え込む。

 

「うん、よろしいぃ!そこでお前たちは今回、他の惑星に行って調査をして来い。無能は優秀な高官の補佐だ。我等の狩場に相応しいかどうかをなぁ。そしてぇ!地球人の中に私が大虐殺を行うに相応しい玩具がいるかぁ……実に楽しみだぁ」

 

自分の隣にいた白銀のシンビオートは王へのご機嫌取りなのか純粋な忠誠心なのかは計り知れないが真紅の王の発言から汲み取った内容を掻い摘んで提案をする。

 

「では我が王、私は敢えて彼らを水星に呼びます。調査のために我らを回収するついでに彼らの星に案内して貰おうと考えております。そこで適合する宿主を探して向こうでの調査を始めます」

 

 

「やはりぃお前に任せて正解だぁ……さぁ、行って来いぃ!我らの次なる狩場の下見になぁ!お前が戻って来るまでいつまでも待つうう」

 

地球に来るまでの経緯を思い返しながら、地を這いずり回り折神邸にまで到達した。何やら地球人が抗争をしている様で激しい戦闘があちこちで繰り広げられている様だった。どこの世界でも争いは無くならないのだなと地球もまた厳しい場所なのかと薄々感じ始めていると偶然通りかかったそこでは2人の地球人が白熱した戦闘を繰り広げていた。

 

薄桃色の髪に茶色の独特なデザインの制服を身に纏い、1尺9寸9部のこの星の金属で構成された刃物を持っている少女とパーカーに色を塗っただけのように見える赤い上着に青いインナースーツと手作り感満載のゴーグルを付けたマスクを被っている恐らく雄に分類させるであろう人物が同じくこの星の金属で構成された刃物で激闘を繰り広げているが押されている。

 

一見すると、押されている方に取り付くのがベストに見えるがシンビオートは別の所に着眼点を置いている。少女の方は優勢だが肉体的な限界が近いことは荒い呼吸、速まっていく心音から想像できる……シンビオートは決めた。

 

(乗り物決定だ)

 

 

そして、激闘の末一瞬の交錯の末勝利を制したのは少女の方だった。最後の悪足掻きで頭突きをかました赤い衣装の人物が地に伏したが肉体的には向こうの方が強靭である以上火傷による大ダメージで大幅に弱体化している自分では簡単に追い出される可能性が高い。

地球人の水準がどの程度かは知らないがその人物の高い身体能力を見るに辺りその可能性は否定出来ない。だからこそ、勝利しつつも既に立っている事が奇跡の状態の少女に向けてゆっくりと接近する。

 

(乗り物が3台分……だが、このピンピンしている方はダメだ。今の俺では簡単に追い出される。乗り移るなら……このチビの方だぁ)

 

赤い衣装の人物がマスクを外して彼女を抱き起こした際には少し焦ったがそれでも息を殺して近づいて行く。そして、少女の意識が途絶えて動かなくなり、赤い衣装の人物が立ち去ろうとした際、突如現れた赤い衣装の人物と知り合いの緑のパワードスーツを着た人物が起き上がり対峙して気を取られている隙に自分は少女の腕から体内に忍び込んで行く。

 

(まさか適合するとはなぁ……コイツの身体はよく馴染む)

 

少女の体内に寄生したシンビオートの融合は……結果的には成功だった。寄生した少女が完全に死亡する0.1秒前に体内に潜り込んだことが幸いして、彼女を

仮死状態にする。そして、血液を通して全身に浸食を順調に広げて行く際、ある1つの異常に気が付いた。

 

--彼女の体内のあちこちに橙色の生命体が存在していたのだ。どうやら先客のようだ。シンビオートは向こうがこちらに気付く前に一気に吸収することで封じ込め、しばらく暴れられたような気はするがすぐに大人しくなった。

どうやら、この橙色の生命体を捻じ伏せることに成功はしたようだ。だが、もし仮に彼女が死亡した状態であったのなら体内で結合して手が付けられなくなったかも知れないことは容易に想像出来た。

 

(まずはこの星の情報が欲しい。脳と結合する)

 

体内のあちこちに散りばめられていた橙色の生命を吸収したことで食欲が急激に満たされたことに満足しつつシンビオートは宿主の体内を駆け上がって脳と結合し、宿主の記憶、この星の言語と情報を探ろうとして行く。

 

(これがこの星の言語か、簡単過ぎるな。さて、宿主の個体名は燕結芽。地球人換算で年齢12歳。職業は折神紫親衛隊第4席……か。なるほど)

 

シンビオートは宿主である結芽の脳と結合することにより、宿主の記憶という名のデータ、文明に関する情報、言語を瞬時にインプットして情報を整理して行く。

 

ーー自分たちの星とは異なり自然や海、そして自分たちの星では決して見ることが出来ないであろう青く晴れ渡る空。特定の星の主を持たずに各々が自由に生きる世界。自分たちの狂った真紅の王の気分次第で死に兼ねない世界よりは遥かに優しい世界……純粋に美しいとも思った。

水星での生活で既に心は死んでいたと思っていたが、この景色を失うのは少し惜しいような気もしてくる。

 

(適合出来たはいいが12歳程のガキの脳じゃ得られる情報が少ない。

それにこいつ自分が感心ある物以外への興味が少な過ぎる……これならこの星にある情報探知システムの本やネットとやらを使った方がまだ速いな……だが意外にも健康体の際の身体能力に関しては問題はない……その点に関してはアタリと言えるがコイツは……)

 

シンビオートは結芽の脳と結合した事で理解した。いや。彼女の過去の記憶を覗き込み彼女のこれまでの人生を情報という名のデータとして閲覧したという方が正しいか。

彼女は類稀なる剣の才能を持ち、神童と持て囃され、将来を期待されていたようだ。このデータを覗いた時は王になす術もなくボコボコにされ、以降は負け犬として上流階級のシンビオート達にこき使われて来た自分とは異なる。正直いけ好かない奴だとすら思った。だが次の記憶のページを開く。

 

綾小路武芸学舎への編入の際、急に胸を抑えて苦しみ出して呼吸困難に陥って搬送されてしまった。

そして、彼女の身体は日々弱って行き、見舞いに来ていた筈の両親もすぐに来なくなった。彼らはこの宿主を見捨てたのだ。

 

(そうか……コイツも、価値を見出されなくなって捨てられた訳か……俺と同じように)

 

シンビオートは彼女の経緯に一瞬だが自分を重ねる。この大役の仕事に選ばれ、地球に来ればもしかしたら自分は変われるかも知れないと思っていた。だが、現実はそうは行かなかった。不慮の事故で炎に包まれ、死にかけたことで自分に研究対象としての価値を見限られ見捨てられた。

彼女は自分と違い、天才と持て囃され、期待されていた。だが、突如訪れた不幸により本来は最後まで味方であるべき両親に見限られ、後の主となる紫に荒魂と融合するためのアンプルを受け取って何とか今日まで戦って来たということを理解した。

例え、神から与えられた才能があろうとも、一つの不幸によりいとも簡単に切り捨てられ、忘れられて行く現実……そこから生まれる孤独。ここだけは何となく共感できてしまった……そして同時に、使えるかも知れないと思った。

 

(俺たちシンビオートは単体じゃあこの星で生きて行くことすら出来ない。生物としての格は最下層……一番格下って言って良いだろうなぁ……だが、だらかこそ……この星で這い上がる価値があるなぁ)

シンビオートは何故か自分では理解出来ないが、心の内に湧き上がってくる高揚感に胸を躍らせている。自分たちは良くも悪くも共生した宿主の影響を受ける。自分では気付いていないが徐々に負けず嫌いな彼女に影響され始めているのだ。

何より、自分たちの世界よりほんの少しだけでも優しい世界を壊せる程自分は腐りたくない。奴等と同じにはならない。

 

(コイツは自分の境遇をぶち破るために禁忌を犯してでも進み続けた。自分を忘れた奴らにその存在を刻み付ける為に……なら、俺もうかうかしてる場合じゃない。今度こそ変わるって決めただろうが……俺は、一つの命としてこの星の大地に根を下ろし天下を掴む。そして俺を見下したいけ好かねえゴマスリ野郎と王様気取りの痛野郎に吠え面掻かせてやる……俺たちの星よりほんの少しだけ優しい世界を壊せる程俺も腐っちゃいねえ。そのためにまずはコイツと交渉と行くかぁ)

そうだ、燻っている場合ではない。自分は何のためにここに来た?変わるためだろう?コイツは禁忌を犯してでも自分の存在を刻み付けるために行動した。なのに自分は状況を悲観して文句を垂れるだけ。

それでは何も変えられない、今までと同じだ。ならば変わってやろうではないか。水星同様に今の自分は生物として最下層……どん底から這い上がり、この星の誰よりも強くなっていずれ奴らに吠え面掻かせてやる。ならばそのために善は急げだ。

これまでの水星での自分の待遇と度重なるパワハラに不満を募らせていたこともあって完全に故郷と一度もついて行きたいとすら思わなかった主との決別を心に決めたシンビオートは栄人が孤立したタイミングを見計らって彼を殴って気絶させたのであった。

 

ーーそして現在至る。

 

「おい、起きろチビ」

 

「ん……何……ここ天国……?」

 

脳内に直接語りかける様な掠れた声に結芽は重たい瞼を上げる。既に自身を蝕む病の限界を超えてスパイダーマンと全力で戦ったことで自分の12年の生涯は幕を閉じたと思っていたためか自分が生きているとは思えずにそう口に出てしまう。

だが、自身の肩から顔を出すドス黒い色をしたコールタール状の液体は人間で言う所の頭と顔に相当する形を形成して話掛けて来る。

 

「天国なら良かったなぁ」

 

「………っ!?何これ荒魂!?もしかして寄生虫!?」

 

自身の肩から頭部を形成して声を掛けて来る異形に対して一瞬冷静さを欠いて驚いてしまった。自身は延命のために紫からノロのアンプルを手渡されている。自身が死亡したことによって荒魂が体内でスペクトラム化を起こしてしまったのでは無いかと本気で焦っている反面、その直後の発言はシンビオートの地雷を踏んでしまった。

 

「誰が寄生虫だゴラァ!!……ゴホン、俺はシンビオートと呼ばれているこの星を調べるために水星から来た地球外生命体……分かりやすく言えばエイリアンと言った所だな。刀剣類管理局の研究チームが俺たちの出した反応を検知し、俺たちを調べるためにここに連れて来させた。俺はその内の一体だ」

 

「私やな夢見てるのかな……いった。本物か」

 

結芽はシンビオートが語る身も蓋もない突拍子の無い話に付いて行けないのか頬を軽く抓って見るがキチンと痛覚が機能する。どうやら自分はまだ生きているという事も現実な様だ。

そして、シンビオートはそろそろ本題に入ろうとして結芽に右隣を見るように促す。

 

「残念ながら本物だ。右隣を見てみろ」

 

「おにーさん!お前……何をした!?」

 

視線を右隣に向けると機能が停止したままのグリーンゴブリンを装着したまま気絶している栄人の姿がある。自身が意識を失う前は少し離れた位置にいたのに自分の隣にいるということはコイツが何かしたことは明白だ。

語気を強めてシンビオートに問い詰めると、あっけらかんとしたまま答えを返して来る。

 

「話の邪魔になるから少し寝て貰っただけだ。俺はお前と話がしたい」

 

「話?」

 

「お前は何で自分が生きてるのか気になるだろう?それは俺がお前が死亡する0.1秒前にお前の体内に潜り込み、適合することでなんとか命は繋いだという事だ」

 

「………で?」

 

どうやらまだ自分が生きているのはコイツが自分の体内に入り込むことで死自体は回避出来たようだがコイツの思惑が全く見えてこない。自分たちとは異なる姿を持つ相手だからだろうか。

そんな自身に懐疑的な結芽に対してシンビオートは語り始める。ここからが本当の勝負だ。適合者が見つかる確率は限りなく低い、その上経験上人間不信に陥っている自分からすれば管理局も上官を保護している上に、初の適合例が出来たとなると自分たちは永久に実験動物として扱われかねない可能性を考慮すると危ない組織でしかないのだ。

最も、シンビオートがこの答えに行き着いたのは凝り固まった他者への不信感と紫及び管理局がノロを人体に投与するという非道な実験を行なっていることを子供故にあまり詳しくは説明されていないものの当事者と言えなくも無い結芽の記憶を覗いて推測した物だ。

 

「俺は舞草とやらの残党共が突入して来た余波で研究所から脱出するハメになってここまで来て、死にかけのお前を見つけて取り付いた。簡単に言えば今のお前は俺が体内に入ることで何とか生きている状態だ。無理に俺を追い出そうとすればお前は死ぬ」

 

「何が目的なの?」

 

結芽の記憶から拾った知識で相手と同程度の知識レベルで会話をし始めたことには驚いたが今の自分はコイツのお陰で生きながらえているという事は理解出来た。

そして、相手が事情を理解出来たのならばここからが交渉の場だ。

自身の方も火傷による大ダメージにより回復力が大幅に低下している以上、長期間身体を休める必要があるため、管理局の目から逃げるにはまず人間社会から遠ざけ、追跡を躱す必要がある。それを理解して貰わなければ。

 

「俺がこの星の頂点に立つ程の強さを得るために為にお前の身体を貸して貰いたい。俺達がこの星に来たのはうちの星で1番偉い王様の命令でな……そいつは俺と違って何かを虐殺して自分の悦楽を満たすこと以外考えちゃいない快楽主義者だ。そいつは俺ともう1人の奴をこの星に送り込んだ……俺は奴ら潰す。そのためにお前が必要だ。勿論ただとは言わない、人間社会から離れて生きる事になるがお前の延命は保証しよう」

 

「話がとんでもない方向に飛んでる……てか、何で私が皆から離れないと行けないの?私が協力するメリットが生きる以外に見当たらないんだけど」

 

確かに言われて見れば明らかに自分にばかり優位になるように話を進めてしまったなと反省し、元々あまり他者と会話することが得意ではない自分を恥じる。だが、あまりうかうかもしていられない。自身の隣で気絶しているガキが起きないという可能性……尚且つ火傷のダメージによる致命傷のためこの宿主を逃す訳にはいかない。カードを切らなければ。

そう言って首に相当する部分をゴムのように伸ばして頭を栄人の隣まで移動して刃物のような牙をチラつかせながら口を大きく開けて舌舐めずりをする。

 

「そうか、なら残念だなぁ……しっかし最近何も食べてねえから何だか腹が減って来ちまったぁ……おっと丁度いい所にご馳走がある。肺、心臓、目ん玉……御馳走が一杯だぁ」

 

本当はここに来るまでの宿主である野兎やら蛇を食した上に体内に投与されていた橙色の生命体を吸収したことにより満腹ではあるのだが相手がこちらの話を飲み込みやすいように敢えて栄人の存在をチラつかせる。

結芽の記憶を覗いたことにより彼及び仕事仲間である親衛隊達が大切な存在であることは読み取っている。彼女の意識を彼らの安全を確保させる方向にシフトさせる。

 

「ダメ!おにーさんに手を出すな!」

 

結芽は気迫迫る顔で栄人を守るかのように覆いかぶさってシンビオートをキッと睨み付ける。どうやら読みは正解だったようだ。

 

「なら、どうする?言っておくが俺を追い出したからって回避出来ると思うなよ?何も乗り物をお前だけに拘る理由はない。他を探せばいいだけだからなぁ。そこのガキ、お前の大事な仲間……探せば乗り物はゴロゴロいる。しかもお前みたくホイホイ俺に適合出来る訳じゃない。適合出来なければ……宿主は死ぬ」

 

「駄目……それは……やめて」

 

シンビオートの口から語られるシンビオートのこの地球における特性はまだ幼い結芽の心に圧力を掛けるには充分すぎるものであった。もし、自分がシンビオートを切り離したら自分が死亡した後に手当たり次第に寄生することになる。そうなってしまったら自分の大切な人だけでなく、他の大勢の人間が苦しむことになるかも知れない。先程の勢いは衰えてシンビオートに懇願する。

 

「なら、俺に身体を貸せ」

 

「分かった……貸す……貸すからおにーさん達に、私の大事な人達に手を出さないで……」

 

シンビオートの最も語りたい結論、その提案を涙ながらに聞き入れる。そして、契約が成立した以上この場所に用はない。自分の傷が癒えるまでは最低でも数ヶ月はかかる。おまけに管理局(主にコナーズ)が信用できない以上は離れるのが得策と判断する。

 

「良いだろう、契約成立だチビ。急で悪いがここから離れるぞ、既にお前は人間じゃ無くなってるんだ」

 

「どういう……こと?」

 

シンビオートの放った言葉。その言葉に瞳孔を散大させながら尋ねる。人間では無くなっている?どういう事だ?

 

「お前はもう既に俺と適合したシンビオートの宿主だ。奴ら管理局の研究者共は人類を進化させるためと言って俺たちを研究するために躍起になってやがる。もし、俺とお前が適合したとなれば奴らはこぞってお前をモルモットとして酷使するだろう」

 

以前に雪那が管理局の研究棟に沙耶香を連れて来た際にたまたまそこにいたコナーズが自分たちについて説明した際の言語を記憶しており結芽の脳と結合する事で地球の言語を理解し、その時の雪那とコナーズの会話を地球の言語に変換した事実を結芽に伝える。

現に他の動物では適合せずにいた非常に扱いにくい生命体であるシンビオート。もし、世界で初めてシンビオートに適合した者が現れたとなると奴らはこぞって自分たちをモルモットにするだろう。

中でもMRIの超音波検査などされたら只では済まない可能性もある。あの手の超音波で体内を調べる類の検査では弱点を攻撃されるに等しいからだ。

 

「でも、そんなの黙ってれば」

 

「残念だがそう簡単にはいかない。奴らはもう片方……俺の上司にあたるシンビオートの方を回収している。今は俺の力が弱まっているし距離も離れているから俺を探せないが近距離に入れば互いを検知する力でバレかねない」

 

今のシンビオートは火傷による大ダメージで大幅に弱っている状態であるため互いに感応する能力では探せない程反応が小さくなってはいるが、もし管理局が確保した方のシンビオートにはバレる可能性も捨てきれないため管理局に残ること自体がリスキーと言える。

 

「そんな……」

 

「悪いが理解しろ。お前はもう人の輪から外れた存在だ、共に生きていくことなど出来ない。もし、奴らに脳を弄られて洗脳されでもしたらそれこそ取り返しが付かなくないことになる。そして、お前が死ぬ事で俺が実験のために次から次へと新しい宿主に身体を移り渡ることになれば、適合しない者は死に至る。俺たちは既に……世界の毒なんだよ」

 

人間への不信感も勿論存在するが考え得る最悪の状況を短時間で導き出して結芽に伝える。最早今の自分たちは研究者たちからすればこれ以上ない程のモルモット。おまけに超音波検査などされれば身体から強制的に引き剥がされて結芽は死亡する。

仮に地球外生命体とは言え今の現代医療では完治できなかった病の治癒をするとしても短期間では難しい、先程まで病の進行で死にかけていた肉体だ。完全に取り除くにせよ今の弱体化した状態では最低でも数年は必要と言える。

そんな猶予があると言えるだろうか?尚更管理局に戻る訳にはいかない……自分達は死して尚且死を撒く毒となってしまったのだということを突き付けられてしまう。そして、結芽も決断する……

 

「……分かったいいよ、身体を貸すよ。だけどある程度はこっちのやり方には従ってもらうからね。人殺しはNG、世界の毒になってもそれだけはしたくない」

 

今の自分では彼らの……大切な人たちの側にいては巻き込んでしまうかも知れない。そして、自分がこのシンビオートを棄ててしまったら適合せずに誰かが死ぬかも知れない。ならば、今は人知れず皆の前から離れることがベターだと思い至った。

だが、シンビオートに対して条件を突き付ける。元々自分は激情に駆られ易いタイプではあるが相手を殺すなどという行為はしなかったし肉体に傷もなるべく付けないようにはしていた。これだけは絶対に譲らない。

だが、それでも自分は任務や敵とは言え他者に対して嬉々として暴力を振るってしまったことをスパイダーマン含む舞草一行との戦いを通して後悔しており、それが自分の元に返ってきてしまった結果なのだろうと自らの戒めとした。だから今度は力を証明するためだけではなく、この力を人の為に使う。そう決めた。

 

彼女の自分を見つめる瞳からはこれだけは譲らない。という強い意志を感じ取ったシンビオートは彼女の意志を尊重することにした。

 

「あぁ、約束する。ならお前も俺を隠蓑として使え。俺とお前では体格が違う。俺を纏っている間はお前だと気付ける奴はいないだろう」

 

実際に一度結芽の体内に潜り込むと全身をコールタール状の液体が包むと2mはあるだろう大型の人型の異形の姿に変貌させる。

普段の視点よりも高くなったことには驚いたが確かにパッと見で自分だと判別出来る人間はそうそういないだろうという事は納得した。

そして、確かに身体は貸してやるが今のシンビオートのスタンスや考え方について、自分が敵対者である舞草の面々から学び取ったことを真剣な表情になりながら伝える。

 

「先に1つだけ言っておくよ。アンタ……今の考えのままじゃ絶対に1番強くなんてなれない。本当に強いってのは力が強いって事だけじゃないって理解しない内は絶対に」

 

「フンッ…ありがたく受け流させて貰うぞ、チビ」

 

真剣な忠告を真剣に聞いてはいるがイマイチ素直にはなれないのかシンビオートはあっけらかんと返す。そして、あまりにも自分をチビと連呼するため結芽もムスッとした表情で返す。

 

「さっきからチビって……私には燕結芽って名前があるからそっちで呼んでよ」

 

「分かったぞ結芽」

 

「じゃあアンタの名前は?アンタじゃ呼びにくいし」

 

そう言えばシンビオートという種族であることは名乗ったが本名を名乗ったことは一度も無かったことを思い出して自身の本来の名前を地球の言語形態に当て嵌めて変換して行く。

 

俺の名は………

 

「お前達の星の言語形態で言い換えるならば……そうだな……俺は、ヴェノムだ」

 

毒物、悪意、憎悪を意味する『VENOM』。これが本来の名前だ。

 

「ヴェノムね……分かったよ。でも、行く前に1ついい?」

 

互いの自己紹介を済ませた事で結芽もこの場を離れようとする。本当は皆といたい。だが、自分はもう既に人の身で無くなってしまった。生きても死しても世界にとっての毒。

彼らのことを想うと自分はいるべきでは無いと判断して、未だに気絶している栄人に視線を向け、接近して両手で頰を挟んで少しだけ浮かせる。

 

「……早く終わらせろよ」

 

やはり実際に近くで見ても整った顔立ちだ。その顔をじっくりと見つめる。

長い睫毛に、高い鼻筋。そして、一度だけだが重ね合わせたことのある唇。その全てが愛おしかった。

今は気を失っているが月明かりに照らされて綺麗な顔の眠る顔に一瞬顔を近づけようとする。

だが、今の自分はそうするべきでは無いと思って静止する。もう自分は人とは交わらない存在になってしまったのだから。

 

「おにーさん、ごめんね。私せっかく生きられたのに、こんな事になっちゃったよ……おにーさん達と一緒にいられなくなっちゃった……だけど、私はいつだっておにーさん達の事を想うよ。だから生きてね……私より先に行かないでね……おにーさん」

 

ここ数日の満たされた日々。自分の寿命から鑑みて体験することなど無いと思っていた青春。

確かに出会ってからの時間は短かったが、彼と出会った数日間自分は人生の中で1番幸せだったと思える。

だからせめて生きていて欲しい。既に世界の毒となってしまった自分。もう、触れ合うことすら出来ないだろう。だからこそ、大切な人達一人一人の事を想う。

 

ーー既に自分は毒となってしまったのならば、その毒を以て毒を制する。脅威と戦い続ける。大切な人たちとの想い出を胸に。

 

そう想うと初めて栄人と出会った時に貰った限定品のイチゴ大福ネコのストラップを強く握り締める。最後に、彼に返そうかとも考えたがこれは彼が自分に初めてくれた物……せめて、自分で持っていたい。唯一の彼との繋がり、手放すことは出来なかった。

 

そんな感傷に浸っている結芽に対し、ヴェノムは声を掛ける。

 

「行くぞ」

 

「……うん」

 

ヴェノムの言葉に反応して、踵を返して結芽は去って行く。恐らく自分は死亡した後に体内に入れていた荒魂がスペクトラム化したという扱いになるかも知れない。皆に心配と傷を残してしまうであろうことを申し訳なく思いながら重い足を引き摺る。

 

一瞬だけ名残惜しそうに振り返るが彼は未だに起きない。俯いて目を瞑って皆の事を思いながらすぐに前を向いて歩き始めた。

 




中々進まなくて申し訳無い、次はちゃんと進めますぜい。


ウィドウ再延期で来年公開かよぉ(涙目)来年にウィドウ、エターナルズ、シャンチーといい上映スケジュールキツキツになりそうですね……。

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