刀使ノ巫女 -蜘蛛に噛まれた少年と大いなる責任- 作:細切りポテト
少し前に某列車に乗って号泣したり、滑り込みで見た心配だったゼロワン映画で浄化されて(消化不良だった本編を映画で見事綺麗に完成させた劇場版艦これで気持ちが救われた時に近い感じ)今の情勢下で制限や不便なことが多い中でも良い映画は作られて行くんだなと少しほっこりしました。
各々の戦局が変化して行く一方、祭壇の最奥の戦況も同時進行で進んでいた。刀剣類管理局局長のポストを利用して自身の元に集めていた20年分のノロと融合を果たした折神紫ことタギツヒメと対峙する反抗組織舞草の最大戦力である可奈美と姫和。
そして、開戦の合図としてタギツヒメは写シを貼って見せる。
「荒魂が写シを…?」
「親衛隊の人達だって使ってたし不思議じゃないよ」
相手は荒魂でありながら写シという刀使の使う技を使用できることに驚いてはいるが肉体自体は紫の物ではあるし、親衛隊も体内に荒魂を注入して身体能力を上げていたことを思い出せば自然な話ではある。融合はしていても肉体が刀使の物ならば使用自体は可能なのかも知れない。
向こうがその気ならこちらも仕掛けるべきだと判断した可奈美と姫和は同時に、写シを貼りつつHUDを操作してトニーの改造が加わっているS装備の身体強化を格段に行う機能を選択する。身体能力に一気にブーストをかけながら八幡力を発動して斬りかかる。
「はあーっ!」
「でやぁっ!」
しかし、直立不動のまま抜刀して既に両手に持って構えているニ振りの御刀で両者の攻撃を受け止める。金属同士が力強くぶつかった音が祭壇中に響き渡るがタギツヒメの方は余裕綽々に受け止め、力と力が拮抗する状態に持ち込む。防がれてしまってはいるが通常のS装備よりも腕力が上がっているためか実は微かに刃と刃の接面は細かく震えている。
「すごい……全部止められた!」
「ストームアーマーの打ち込みを片手で!」
流石にS装備を着けて身体能力が強化されているとは言え軽々と受け止められたことには驚愕を隠せない。
2人の様子を見るや否や、小さく口角を吊り上げて酷薄な笑みを浮かべる。その様子から彼女はどこかこの戦いを楽しんでいるようにも見え、より恐怖を煽って来る。
「ふん…我が先兵の鎧たるその装備、荒魂を宿した親衛隊と渡り合えたのならまずまずといった所か。楽しいな…」
拮抗した状態から一気に前に押し込むことで2人を押し飛ばして距離を開けさせる。
相当力が強かったため、一瞬怯んでしまったが着地と同時に再度構えてタギツヒメをしっかりと睨み付ける。
敵が強力なのは元より百も承知。それでも成し遂げなければならない目的を再確認し、声に出す事で自身を奮い立たせる。
「母のやり残した務め…この私が果たす!……最後に聞く。貴様は折神紫なのか?それともタギツヒメなのか!?」
しかし、その問いに対してタギツヒメはあっけらかんと挑発的にはぐらかしてくる。既存のS装備の技術に大幅な改良を施し、かなり完成に近付けて装備の難点は知っているからこその発言だ。
「話してる余裕があるのか?多少は賢い猿による改造はされているようだが稼働時間は無限では無いだろう?」
しかし、タギツヒメの目から見てもヒーロー兼世界的な天才技術者であるトニーの持つリアクター技術によって稼働時間と性能が向上していることは目視した時点で察しており、自分が施した改良に更なる要素を追加し、拡張までして行くという離れ業をやってのけた人間はいなかったため、人間の中にも飛び抜けている奴もいるものだなと内心感心している。
「くっ…全力で畳みかけるぞ!可奈美!」
「うん!」
先程のタギツヒメの言う通り装備の稼働時間は無限ではない。ベッドアップディスプレイに映し出されるタイマー式の稼働時間の文字は刻々と時間を刻み、0へと近付いている。スーツの身体能力強化の力をより強く引き出そうとすればする程それだけ消費する電力も多くなる、スーツの力が残っている内に有効打を与え、決着を付けなければならない。
気合の篭った掛け声と共に左右から同時に攻め込んで両者共上段から一気に愛刀を振り下ろして叩き付けるがやはり軽々と防がれてしまう。
左手で受け止めた姫和の一撃を横に思い切り振ることで後方まで退け反らせ、すぐ様二刀流の状態で左手で受け止めていた可奈美に対応しようとする。
「だあああっ!」
だが、両腕をフリーな状態にはさせない。攻撃を切らさない事で相手の隙を作り出そうと迅移で加速して攻め込むがその動きを読んだかの如くタギツヒメも同タイミングで迅移を発動して加速、その上で回避して左手に握っている御刀で横一閃を仕掛けた来た姫和にお見舞いする。
「ぐっ!」
しかし、寸での所でガードしたはいいものの腕力で力負けしてしまい一瞬だが姿勢がフラついてしまいその隙に腹部に持っていた右の御刀で突きをかまして来る。
腹部を貫かれはしたが写シによるダメージの肩代わりにより生身の方は無事だ。しかし、20年間分のノロと結合しているためか身体能力にかなりの強化が施されており一撃で写シは剥がされてしまう。
「うおおあああ!」
そして、無言無表情のままタギツヒメが生身の姫和にトドメを刺そうとするが
可奈美が即座にカバーに入り、僅かな時間だが打ち合うことで姫和が一旦後方に下がる時間を稼ぐ。
しかし、2本の御刀を同時に扱う二天一流の妙技は、息を尽かせぬ連続攻撃とその器用さに対応するのがやっとであったことに多少息を荒くしながら戦々恐々とした感情が可奈美の中に湧き上がってくる。
(これが折神紫の二天一流…)
「躊躇ってる時間はない!可奈美、次で決める!」
「分かった!」
姫和の呼び掛けに対し、可奈美も応える。躊躇っている間に刻々と世界の危機が迫っているのだと再認識して再度攻め込んで行く。
しかし、タギツヒメはすぐ様攻撃に転じて来る彼女らに対して自分から仕掛ける訳でもなくまたしても直立不動、悪い言い方をすれば棒立ちのまま淡々と彼女達の出方を待っているかの様に構える。
姫和が一気に迅移の段階を上げ、地を思い切り蹴り上げて接近して上段から叩き付けるがそれを最小限右手にもつ御刀を振る動きだけで弾いて対応する。
しかし、弾かれると同時にすぐに後方に下がって距離を取って前衛を可奈美と交代してもらう。
前衛に切り替わった可奈美の上段からの振り下ろしてを空いていた左手で対応し、御刀を奮って彼女の攻撃をガードする。
「はぁっ!」
しかし、そのまま振り下ろし切らずにすぐ様タギツヒメの死角になるであろう背後に移動し、再度タギツヒメから見て前方から攻め込んで来る姫和に合わせて同時攻撃を仕掛ける。
しかし、タギツヒメは入り乱れるように攻め立ててくる彼女らの連撃を直立不動のままその場から一歩も動かずに角度を変える動作のみで両者の攻撃を的確に防いで行く。
「ふっ」
「ぐっ!」
「はぁっ!」
そして、防御と同時に可奈美に思い切り突きをかまして、押し飛ばすと入れ替わったように姫和が正面から堂々と突きを繰り出す。
しかし、右手に持つ御刀を右方向に思い切り振る事でガードして弾く。そのまま力負けして姿勢が崩れた姫和に対し容赦無く左手に持つ御刀を彼女の胸部に向けて突き立て、そのまま貫通させる。
「ぐあっ……うう……」
「終わりか?」
胸元から御刀が引き抜かれると彼女は憎々しげにタギツヒメを睨み付けるが先程も写シを一撃で剥がす程の威力の一撃を何度も受けたためか力無く地面に倒れ伏してしまう。
そんな彼女に対し、顔をそちらに向けずに目線だけを向けて見下ろしながら凍てつく様な冷えた声色で呟く。
「姫和ちゃん!」
ダウンした姫和を助ける為に迅移で加速して可奈美が接近し、彼女を肩に担いで拾い上げて再度後方へと下がって間合いを空ける。
可奈美の肩に担がれながら精神ダメージによる疲労で脱力しながら対峙するタギツヒメを睨み付けるが相手が強大すぎる。
「なぜ…奴は今の一撃を躱せた…?私達の剣は完全に読まれてる……っ!」
トニーの改造が施されているS装備による身体強化を持ってしても、2人同時のコンビネーションによる攻撃を持ってしても攻撃を当てる事すら出来ない。
実力……いや、スペックの差以上に何か、普通に攻撃するだけでは突破出来ない要素があるのではないかと思わされてしまう。
まるでこちらの攻撃は全て読まれているかの如く対応されているとしか思えない程だ。
「ああ。見えているのだ私には。全てが」
姫和の漏らした疑念に対してタギツヒメは淡々と答える。そして瞳が一瞬だが左眼が橙色へと変化して行く。
ーー祭壇へと続く折神邸の庭ーー
数刻前、アイアンマンとキャプテンとの戦闘で気絶した真希と寿々花も時間の経過により意識が覚醒し、目を覚ました。
自分達の状況を把握すると真希の方はキャプテンがある程度加減してくれた上に、純粋な攻撃力ではアイアンマンより劣る彼の拳をモロに受けた程度のダメージであるためある程度の戦闘は可能だろう。
しかし、寿々花の方は殺傷能力は控えめにしているとは言え出力次第では高火力な武装へと変わるリパルサー・レイの出力高めの砲撃を至近距離で2回は受けてしまった上に生身の状態で人間を即座に眠らせる強力な麻酔針が首筋に打ち込まれたことでのしかかるような倦怠感が全身に募っている。実質これ以上の戦闘続行は不可能だ。
2人が周囲の状況を把握する為に周囲を見渡すと祭壇へ続く道の少し下の方にある庭がそこだけ世界大戦が起きたのか?と思わせられる程の凄惨な状態と化していた。
屋敷の壁は何かが貫通したのかと思わされる大穴が何層も空いていたり、火災が起きたと言われた方が納得出来る大量の焼け跡に焦げた臭い、崩落した屋根等自分達が本気で戦ってもそうそうこうはならないと思わされる程の惨状だ。
「何だこれ……アイアンマン達がここでも戦闘したのか?」
「真希さん……っ!」
「?……針井……っ!」
その渦中で意識を失って倒れている人物が2人の目に入る。少し前まで管理局の司令室でCICを担当しつつ、新装備組や機動隊に指示出しをしていた栄人だ。
本来非戦闘員である筈の彼が、新型パワードスーツグリーンゴブリンを纏ってこの様な場にいる事自体信じられないが、この場にいると言うことは何かしら関わってはいる筈だ。
その上、倒れている以上放っておく訳にも行かないので真希がそくさくと彼の元に近付き、まだ身体がフラつく寿々花は愛刀である九字兼定を杖代わりにしてゆったりと近付く。
戦闘があったと思われる庭に降りた真希は倒れている栄人に近付き、状態を確認する。呼吸はしている上に目立った外傷もない為無事だと判断して軽く肩を揺すって起こす。しかし、同時に何故彼がこんな場所にいるのか?何故パワードスーツ等纏っているのか?という疑問が湧いてくる。
「おい、大丈夫か?しっかりしろ」
「この惨状も気になりますが何故栄人さんがスーツ等……」
数回揺すった事で意識が徐々に覚醒して重い瞼がゆったりと上がる。そして、真っ先に視界に入って来た真希と寿々花の姿が映る。
「ん……獅堂さん、姐さん……俺は……痛っ」
上半身をゆったりと持ち上げると同時に側頭部に軽い痛みが走ったのでそこを手で押さえる。何かに殴られたような感覚だ。
「大丈夫か?」
「はい……私は大丈夫です」
「どうして貴方がこんな所に、スーツなんて纏っているんですの?」
彼の目が覚めた事で寿々花が聞きたい事を尋ねる。確かにこの事を知っているのは身内では父親と結芽のみであるためこの2人には話す時間も無かったので聞かれた以上は話す必要があるだろう。
「私も国家転覆のために攻め込んで来ると思っていた舞草の侵攻を止めようとしました……ですが、スパイダーマンに敗れてそれで……」
「そうか」
「なんて無茶な真似を……」
自分の行動を説明して行く最中、死闘を繰り広げたテロリストスパイダーマンの正体が自分の友人であったことを知ってしまった。何度も捕まえるため、叩き潰すために何度も戦っていた相手が友人だったことにショックを受けた。
だが、彼から管理局の真実、自分がこれまで正しいと信じていた、信じ込まされていたいたものが偽りであったこと、彼が何故命を賭けてまで紫に立ち向かうのか……彼が背負って来た物を聞かされ、戦いに赴く彼を送り出した。
そして、その戦いの結果結芽が………ふとそれに気付くと周囲を慌てたかのように見渡し始める。
「結芽ちゃんは!?」
「結芽と一緒にいたのか?」
どれ程時間が経っていたのかは分からないが気を失う寸前までは確かに自分の腕の中にいた筈の、まだ温もりが残っていたが既に動かなくなっていた結芽がいない事に気が動転してしまう。
そんな動揺が真希にも伝わったのか彼のただならぬ様子に対し、結芽に何かがあったのかも知れない。いや、この場所が激しい激戦区になっている以上彼女の事情を少なからず把握している真希の頭には最悪な状況が浮かんでしまった。
一方、寿々花の方も彼の様子と周囲の状況を鑑みるに真希と同じ考えに行き着いたが自分も激しく動揺してしまえば冷静さを欠いている2人を更に混乱させてしまう。自分はあくまで気丈に真実を聞き入れる覚悟を決めて2人を諌める。
「落ち着きなさい、2人とも。栄人さん、話してください」
「…………」
寿々花は決して責めている訳ではない、ただ何が起きたのかを知りたいという想いで冷静に振る舞って無理矢理震える声を喉から振り絞っている。
そんな寿々花の押し殺しているかのような表情から気丈に振る舞ってはいるが拭いきれない不安や悲しみが伝わって来た。
そして、自覚する。自分は彼女に同伴して共に戦ったからこそ結芽の事を仕事仲間として大事に想っていた2人に対し、自分はこれから残酷な事を伝えなければならない。
自分の腕の中で動かなくなった結芽の体温の温もり、細くて華奢な腕の感触、そして彼女幼くも無邪気な笑顔を思い出しながら重々しく口を開く。
「結芽ちゃんは……亡くなりました」
「くっ……!」
「そうですか……」
彼女らの顔が一気に曇る。当然だ、短い間とは言え共に過ごした仕事仲間が既に亡き者となった事を聞かされて平然としていられる程彼女達の精神は大人では無い。
実際は地球外生命体シンビオートの一体であるヴェノムに寄生された事で一命を取り留めてはいるのだが彼(?)の自身の身の安全の確保と上司への下克上のための養生を優先とした彼女の周囲の人間を盾にした脅迫によって管理局、もとい人間社会では生きられない存在となったと悟って結芽自身も自分は皆の元にいてはいけないと判断して既にこの場を去ってしまい距離が離れたため今の彼らでは知る由は無い。
彼らの視点から見れば彼女の生命のタイムリミットが尽きてしまったとしか考えることが出来ない。しかし、いくら見渡しても彼女の遺体がどこにも無い。
先程まで彼女と一緒にいた栄人ですらそのことが気がかりで困惑している。
「だが、彼女はどこだ?何処にも見当たらないぞ」
「私が彼女を局の安置所まで運ぼうとしたのですが、突如何かに殴られたかのような衝撃を頭に受けてそこからの記憶が無いんです。そして目が覚めたら……お2人が前にいて、彼女はいなくなってて……」
その発言を聞いた途端、真希はハッとして瞳孔を散大させ、自分たちが取り入れた禁忌による起きうる末路が頭をよぎったことで取り乱してしまう。
その事実が本当だと言うのなら彼女は……
「マズいぞ……結芽が死んでそのまま彼女の体内のノロが活性化したら荒魂化してっ」
「真希さん!」
「っ……!」
寿々花の遮るような呼び掛けで思わず失言した、と自覚した頃には遅かった。関係者で無いとは言い難いが管理局に関わる者にとっての最大の機密事項をうっかり口に出してしまった。
真希の発言を受けて彼の方も驚いかを隠せないのか固まったまま2人の方を見つめる事しか出来ていない。
だが、ショックを受けつつも管理局の真実、それらを統べる紫が大荒魂に取り憑かれているという話を聞かされているためかもしかしたら、ありえなくはないと想像が付くため現実を受け止める姿勢に入っている。
「どういう……事ですか?」
「それは………」
「話してください……お願いします」
はぐらかそうにも既に彼に機密事項を聞かれてしまった上に結芽と共に行動をしていた上、彼女がこの場からいなくなっていることに対して筋の通らない説明をしても納得しないだろうと理解する。
自分たちの真実を語るのは彼にとって、自分たちにとっても良い事ばかりでは無いのかも知れない。だが、彼も真実に迫っている以上知る権利はあるだろう。それにあの男にも言われた。行き先が見えなくとも勇気を持って一歩を踏み出すことから始める。現実と向き合うことがどれだけ恐ろしくとも、例え小さい一歩でもそうやって少しずつ積み重ねて行く。
そしてそれを自分にも言い聞かせるつもりで自分たちの事情を語り出す。
「僕達親衛隊は紫様から渡されたノロアンプルを身体に投与することで荒魂の力を使って身体能力を上げている……僕らが生きている間はいいがもし、宿主の肉体が死んだとしたら……」
「それはもうその人ではありません、その器を苗床にしたただの荒魂。そうなればもう一度殺さねばなりません」
2人の口から重々しく語られる真実、折神紫親衛隊は身体能力を強化するためにノロアンプルを投与している。現に投与無しでは身体を起こすことすら不可能な程病気で衰弱した結芽が短時間だが戦闘を可能な程にしている事から筋が通っている。
結芽の場合は戦闘で荒魂の力は使用せず、あくまで生体維持のために使っている程度ではあったのだがやはり完治には至らず戦えば戦う程彼女の命は削られて行くためその事が彼女を存在の証明に固執させていた。
だが、それには悪魔との契約の如く成果に対して大きな代償が伴い、宿主の肉体が死亡した場合その肉体を苗床としたその人であった物でしか無い荒魂と化してしまうというデメリットがあったと知らせられる。
そうなってしまえばそれは人に仇を為す怪物となり討たなければならない存在となってしまい人としての尊厳すら与えられない最期を迎える事になるのだと彼女らの説明で理解した。
数日前に出会ってから今日までという短い期間であったが彼女との思い出は確かに少ないかも知れない、だが彼女の年相応の笑顔と妹のように懐いてくれたあの愛らしい人間らしい初めて心の底から好きになった相手が人間としての尊厳すら保たれないまま荒魂となってしまったのだと聞かされたらショックを隠せないのは無理もない。
だって彼女はわがままで強引で、ややな生意気ではあったかも知れないが年相応に笑う明るい1人の人間だった筈のだから。例え彼女が自分の意思でそれを取ったのだとしてもその終わり方がどうしようも無く悲しいと思ってしまった。
「じゃあ結芽はちゃんが言ってた局長のお陰でって言うのは……皆さんはもう普通に死ぬことさえ許されないんですか……」
「元よりその覚悟はできていました……荒魂を受け入れたあの時から」
「多分君が無事なのは残っている記憶の残滓が君を殺したく無いという想いから君の事は放置したのかも知れない……」
「結芽ちゃん……」
結芽の姿が見えず携帯のファインダーにも反応が無い所を見るに既にに彼女は人ではない存在となってこの場から離れてしまったのだと考えられる。だが、栄人に危害を加えていないことを見るに彼女の残った記憶が彼を殺さずに1人でに何処かに行ったのかとこの場の全員が判断した。
最も地球外生命体と融合した事で一筋縄で行かない存在となったのは事実で、皆の為に自分の気持ちを押し殺して人前から姿を消したのだが今の彼女らの視点から見ればそう判断する以外ないのもまた事実。
重苦しい雰囲気が3人にのし掛かり、冷たい夜風が吹き抜けて行く。まるで今の3人の沈んだ心情を現しているかのように。
だが、こうしている間にも戦局は変化して行く。今の自分に戦う力は無い。だが、戦いが続いており反逆者達が紫と戦っているのだとしたら今は自分に出来ることをすべきと考えて寿々花は真希に言葉をかける。
だから自分は精神的に参っている彼の側を離れない方がいいと判断して一旦はこの場に残る事にしたようだ。
「お行きなさい真希さん。紫様の下へ。残念ながらわたくしにはもう戦う力はありません。彼は私が見ます」
「あぁ……この目で真実を確かめに行く」
襲いかかって来る度重なる現実に押し潰されそうになってしまうが今は泣く事も落ち込むことま許されない。親衛隊として何と戦うべきなのか、キャプテンが語っていた事が本当なのか、それを見極めなくてはいけない。
そう判断して踵を返して本殿の地下施設のノロの貯蔵庫方向に向けて駆け出して行く。
再度場面は戻って祭壇・祷の間
可奈美と姫和の猛攻すらも全て見切ったかのように対応し、未だに攻撃を掠らせる事すら出来ていない状態で焦りが募っているであろう2人に対して事実を突き付け、その上で問い掛けに応える。
「我が眼は全てを見通す。お前達の身体能力、秘めた力、思考。あらゆる可能性を見通しそこから最良の一手を選択する。先程の問いに応えよう。我はタギツヒメ」
その返答と同時に2人の少女は果敢に攻めていく。スーツの稼働時間、彼女の中の怪物が応えた真実により本格的に倒すべき敵と認識したからだろう。
2人が雄叫びを上げながら祭壇の床を脚で強く蹴って特攻する。
「「はあああああああ!」」
同時に攻め込むと同時に可奈美は前方から姫和は迅移で加速してタギツヒメの背後に回り込む。片方は正面、片方は死角。この変則的な攻撃では相手の防御も普通なら追い付けない。
だが、タギツヒメは正面からの可奈美の攻撃を受け止め、その直後に背後から攻めて来た姫和の背面への一撃をノールックで受け止めて見せる。
「くっ!しまった!」
「……っ!」
トニーの改造により従来のS装備よりも稼働時間は伸びているのだが敵の総大将を全力で倒しに掛かるために力を初っ端からフルパワーで使い過ぎてしまったのか限界が思ったよりも早く来てしまい、強制的に装着を解除されてしまった。
「本当に見えているのか…?」
「そうとしか思えない」
すぐ様2人共一旦タギツヒメ から距離を取って並び立ち、先程の本当に見えているとしか思えない的確な対応、ノールックでの背面受け等で確信に近づいて行く。だからこそ御前試合の会場で不意打ちで一瞬の内に消えたと錯覚する程の速さで放たれた一つの太刀さえも防ぐ事が出来たのではないかと
「そうか…あの時私の一つの太刀を受けられたのは…」
「そう、全て見えていた。殺す気ならば容易にできた。だがあえて解き放った。結果全ての糸をお前が手繰り寄せ舞草共は壊滅に至った……そして今、殺されるために舞い戻ってきた」
短時間ながら未来視を行える能力『龍眼』。これが彼女の能力の真髄だと語る。
彼女があの時姫和たちを敢えて見逃したのはいずれ自分に対抗する意思がある舞草が目的は同じである彼女を仲間に引き入れるということは想像に難くなかったから。
舞草のメンバーと思わしき人物の居場所や組織構成を今の立場を使っても全てを把握することは難しい、現に舞草の里では衛星からもリアルタイムデリートによってマップにすら映らない程用意周到であった程であった。
だからこそ、彼女をダシとして泳がせて合流することで反抗勢力の頭の居場所を突き止めるための布石、全てタギツヒメの掌の上で転がされていただけだと伝えられる。
母親の人生だけでなく自分さえも掌の上で踊らされているだけだと知らしめられ、憎々しげに表情を歪める。その発言に完全に頭に血が上って激昂した姫和は怒号の乗った荒々しい声を上げながら連携も可奈美の制止も無視して一人で突っ込んで行く。
「貴様ぁあああああ!!」
「ダメ!」
「見えている」
やや呆れの入ったその一言で彼女の怒りを一蹴すると連続で繰り出される強い怒りの籠った連撃を左手で軽くいなす事で全て防いでいく。
攻撃を全ていなした後は右手に持つ御刀で上段から勢いよく叩き付けるように振り下ろされるタギツヒメの一撃、頭に血が上っていた上に猛攻を全て防がれた一瞬の隙を突いた一撃が姫和を縦切りにしようとする。
「ぐっ……!」
「な、何を!?」
横合いから介入した可奈美が姫和とタギツヒメの間合いに入り込み、その一撃を防ぐ。その行動に姫和は驚いていると同時にタギツヒメの方も一瞬だが固まったかのように見える。
そして、今度は先程から自分から仕掛けず反撃に時だけ仕掛けるようにしていたタギツヒメが自分から攻撃を仕掛け始め、左からの横一閃は屈んで回避することに成功するが右手からの腹部を突く一撃はいなし切れずに受けてしまう。
当然一撃で写シは剥がされてしまうが、そのまま背後に倒れるようにして後方へ下がると先程の打ち合いで何かを確信する。
(今のは見えてなかった)
尻餅を着いてしまった可奈美を守る為に姫和が前衛に立って切り掛かって行くがやはり全て対応されてしまう。
それを見据えていた可奈美は思い付いたこと、先程の戦闘で気になったことを実際に試してみることにした。
(だったら……)
一度目を瞑って写シを貼り直して立て直す。斬り合いの末何とか背後に回った姫和がタギツヒメ の剣戟によって押されてしまいバランスを崩した矢先に背後から攻め込み上段から叩き付ける。
この時、もう一度攻め込む際に頭の中では仕掛けを考えるが実際には身体に任せて打ち込むがやはり普通に防がれる。だが同時にすぐ様切り替える。どうやら相手はこちらの心を読んでいる訳ではないのかも知れない。
(駄目…こうじゃない)
今度は目を瞑る事で、タギツヒメの上段からの一撃を最小限の動きで回避するとそのまま反撃には転じず、正眼に構えたまま棒立ちになる。
柳生の「無形の位」だ。
だが、この棒立ちのまま幾らでも攻め込める状態の可奈美に対して何故かタギツヒメ は御刀を向けるだけで固まってしまっているように見え、攻撃しようとしない。
(なぜ攻撃しない…?)
そんな棒立ちの状態の両者に困惑している姫和だがそれに反して可奈美は一つの結論に至った。
(見え過ぎているんだ。打ち込めばその先はある程度絞り込むことができる。でもこの状態だと可能性が見えすぎて打つ手が選べないんだ)
どうやらアタリだったようだ。次に試していたのは相手は五感で感じる情報から予測をしているのなら、棒立ちになることで極力動きの兆しを伏せ、防御に徹すればその分有り得る動きの可能性を増やしてみたら相手はどう動くか?……見事に固まってしまった。
攻撃をしようとするならば、その行動にはどのように攻めるか、どこを狙うかの意思が介入し攻撃の方法が限定され見える可能性はぐっと絞られる。だが、もし行動の兆しを極限まで抑えられ、どうとでも動ける構えを取られるとそれだけ可能性が広がってしまう事で脳内の処理が追い付かなくなってしまうのだと。
そして、完全に固まっている今が攻め込むチャンスだと判断した姫和が背後から叩き付けるように上段からの一撃を振り下ろすがまたしてもタギツヒメ は後ろ向きでノールックのまま左手を後ろに持ってくる事で容易く防いぎつつ右手に持つ御刀を眼前にいる可奈美に向けて上段から振り下ろすがカウンターに徹していた可奈美は最小限の動きのみで対応し、切先でその一撃をしのいで晒すとその隙にタギツヒメの右腕の上腕二頭筋の辺りに突きを入れる。
突き込まれた切先は見事にタギツヒメの右腕はその肉体を突き破り、後方まで突き出している。
これまで誰も手も足も出ず、攻撃すら当てられなかったタギツヒメに対し、初めて舞草側が……いや、人類が一矢報いた瞬間だと言っていい。
その証拠に相手は表情は一切変えていないが貫かれた自分の腕の部分を凝視している。
だが、一発入れたからと言って深追いは禁物。再度そのまま反撃されたらあちらがまた優勢になってしまうかも知れない。
一度立ち位置を立て直すために2人はすぐに後方に下がって距離を取り、再び正面からタギツヒメと睨み合いをする。
「なるほど……この器ではこれ以上の演算は難しいようだ」
淡々と付かられた傷口を凝視しながら状況を分析するタギツヒメ。確かに一発入れたと言っても致命傷には程遠い。もしかしたら蚊に刺された程度のダメージしか受けていないのかも知れない。
先程の一連の流れはこれまで通り仕込み通りに全てが進み、姫和への止めの一撃を放った直後、処理の演算が済んだ一瞬の間に可奈美が姫和を守る為に動いた行動により演算が終わった姫和への止めに対する割り込みのため処理が遅れてしまったことで彼女に気付かれてしまった。
その上で柳生の無形の位による動きの兆しを減らした彼女の読みが上手くハマったことによりそこから得られる膨大な情報量によって脳が処理落ちを起こしてしまったことでより最良の結果を選ぶことに固執したことにより予測の正確度を上げようとした矢先に次は姫和に背後からの一撃を入れられたことにより、処理落ちした状態で放った一撃を可奈美に放ったことで安易と打ち返されて反撃を許してしまった。と自己分析を行う。
そうして視線を貫通した跡が残る右腕から相対する2人へと移し、その右腕を左手に持つ御刀で切り落とし、再度写シを貼り直す。
「千鳥と小烏丸。藤原美奈都と柊篝の二人と同じく現世にあらざるもの。我と同質の存在に……なぜその可能性が見えなかった…そうか…うっ……!紫ぃ!」
未だに自己分析したことを1人でにぶつぶつと独り言のように呟き始めたタギツヒメだが何かを納得したその矢先、急にうめき声を上げると頭を押さえて苦しみ始めた。
「……討て!」
「え?」
「何!?」
これまでの酷薄とした冷淡な声色では無く、何か訴え掛けるような悲痛な叫びを唐突に上げる。これまでの冷徹な彼女の様子からは想像も付かない必死な叫びに2人に対して驚きを与えるには充分な代物だった。
「その御刀で私を討て!」
今の一瞬だが2人に対して、強く語りかけるその意思は紛れもなく20年間タギツヒメに囚われている折神紫その人の物であった。
想定外のダメージを受けたことで自己分析をしている間に彼女の中にいる紫の意思が上回ったのか、それともただの奇跡なのかは測り知れないが確かに彼女の意思もタギツヒメと戦っていることは分かる。自分ごと討つことでコイツを止めろと言う強い願いが籠っている。
「ぐ……っ!ぐあああああああああ!!」
だが、その微かな抵抗さえも嘲笑い、無惨にも踏み潰すかのようにタギツヒメの力はそれを塗り潰していく。紫が頭を押さえ、身体を天井の方へとのけぞらせながら悲鳴を上げる。
すると紫の腰の辺りまであるだろう長く艶やかな黒髪は瞬間最大風速の突風に吹かれたかの様に逆立ち、隙間の端々から無数の橙色の眼、深紅の瞳、黒い瞳孔がギョロリという音を立てながら一斉に開眼する。
隠世に隠していた本体をこちらに引き摺り出し、その姿を顕現させた事で隠世と現世の境界線が限りなく近くなる。
「これは!」
「あの時と同じ…っ!」
それと同時に日中に起きた全身に違和感を感じる強大な反応を感じ取る。自分の身体が前後にも分かれて分身でもしたかのように飛び出す現象だ。
ーー同時刻の横須賀港
演説で気を引いている間に潜水艦からコンテナを射出した後、船内にいた累、フリードマン、ハッピー、そして甲板に立って演説をしていた朱音は今での敵で戦闘を繰り広げている希望達に想いを馳せながらも今の自分たちは国からすれば立派なテロリストであるため現地に来ていた神奈川県警には大人しく拘束され、連行されるためにパトカーに乗り込もうとしていると朱音と累はピタリと足を止める。自分の身体が前後に飛び出した分身している現象を察知したからだ。
だが、男性であるフリードマンとハッピーには特に何も起きていないが船内で見たこの現象を見るに隠世で何かが起きている……いや、滅びの刻は一刻と迫っているのかも知れないと察する。
「朱音様、また!」
「……姉様……皆さん……」
大荒魂に取り憑かれているとはいえ実姉が世界を壊しかねないこと、そして送り出した子供達に対し、ボソリと不安を漏らしてしまう。しかし、そんな朱音に対し手錠をかけられながらも両手の親指を立てて前に突き出してハッピーは語りかける。
「俺もいつもボスが命懸けの戦いに出向く時は心配で仕方ない、あの人は無茶ばかりするからな。だが、あの人が戦いに行くのは皆を守るために命を賭けられる強さを持っているから俺はあの人を信じられるし、ついて行こうって思える。だからアンタも信じるんだ。坊主を、ガキ共を信じろ!」
ヒーローアイアンマンとして世界を賭けた戦いに出向くことも少なくない上司であり、友人とも言えるトニーに対し自分がしてあげられることは確かに多くはない、いつだって心配だ。だが、それでもハッピーは彼の仲間としてサポートし、身を案じながらも信じて待つ。それが戦う者を支える人間の務めだ。
「……はい、ハッピーさん」
ハッピーの言葉に励まされた朱音は微笑みを向け、何があっても、どの様な結果になっても彼らを信じることを決めてパトカーの中に乗り込む。
ーー折神邸祭壇へと向かう通路
祭壇への入り口となっている通路の扉の前に何かしらの引っ張り強度の強い糸の反動を利用して長距離を一瞬で飛び越えて跳躍して来たと思われる影が着地する。
相当な長距離から高速で飛んで来たのか着地と同時に脚が地を砕き、土煙が上がっている程の威力がそのスピードと高度を物語っている。
土煙が晴れるとその人物が姿を露にする。
「ここが祭壇……」
グリーンゴブリン 、そして結芽との戦闘を終えてここまで来たスパイダーマンだ。
既にここからは一本道の通路であるためウェブによるスウィングで長距離移動をする必要が無いため手に持っていた糸を放してこのまま一本道を一気に走り抜ければいい。
まるでゲームのダンジョンの洞窟にも見えるこの通路には壁に付いている篝火が道を照らしてはいるが尚更ボスとの戦闘への雰囲気を醸し出している。
(幾らか治って来たけどやっぱり結構痛いな……燕さんに刺された所は傷の治りが遅い……それに……ハリーとも……。けど、今は僕個人の感情は後回しだ、アイツを止めないと!)
先程の戦闘のダメージはスパイダーマン独自の再生能力によりある程度は治癒し、傷口は閉じて来たが結芽にニッカリ青江で突きを入れられた左肩はまだ少し痛む。通常の攻撃よりも傷の完治が遅い上にダメージが大きいと言った感じだ。おまけに敵対や対立とまでは行かないものの友人との間に溝が出来てしまった事も引っ掛かっている。
……だが、今はなりふり構ってはいられない。自分たちが負ければ日本は滅びて大切な隣人達が死ぬ。自分の私的な感情のみを優先させて皆の足を引っ張ってはいけないんだと自分に言い聞かせて戦いに臨む。
「スパイダーセンス……っ!?ぐっ」
気を引き締めて一歩踏み出そうとしたその瞬間、日中に起きたのと同じ全身の毛が逆立ち、ゾワゾワとした感覚に襲われる。
その上手も細かく震えていることからこの先にいるタギツヒメ に何かが起きている事は確かだろう。
「今度は頭が痛い……っ!」
ただ、明確に日中と違うのは脳内に電流が走ったような痛みが頭に走っていることだ。まるで脳に直接何らかの力が強制的に働きかけ、圧力を掛けられているような感覚だ。
あまりの激痛に左手で頭を押さえながら右手を壁に付けて身体を支えつつ、頭を地に向ける。
『時間がない、急げ』
脳内に直接語りかけていのか、聴こえているというよりは頭の中で声が響いていると言った方が正しいだろう。そして、この声色には聞き覚えがある。
ここ数日は大人しくしていたのか夢の中に干渉せず、絡んで来なかったが今になって出てきた謎の蜘蛛の声だ。
「…最近出てこないと思ったらこんな時に……っ!」
ここ数日間全く夢の中で語りかけて来なくなったなと思っていたが、特訓やスーツ依存を克服する事への執着で何する余裕が無かったため、出て来ないことに関してあまり気にしていなかったが普段は睡眠中のみに語りかけて来ていたのだが今は起きている最中に声を掛けて来たのは初めての事例だ。
頭が握られているような痛みが徐々に引いて来たことを察するとその声は続ける。
『少し前から俺のいる所にも変調が起きてな、下手なことをして事を悪化させるのも悪いし奴に気付かれないよう大人しくせざるを得なかった。そもそもお前に俺を気にする余裕も無かっただろう?そんなことよりもだ』
どうやら出て来なかったのはこちらに気を遣ってくれていたというのが主な理由だったようだ。意外と親切な面もあるのかと感心させられていると自分の事などどうでもいいかのように話を振って来る。
『奴は今、一気にケリを決めるために隠世にある本体をそちらに引き摺り出した。さっきのは隠世とそちらの境界線が限りなく近くなった余波だろう、俺とお前が話せている事もその影響のようだ。その上、今の奴はこれまでよりも強力と来た、2人だけでは死ぬぞ』
「マジかよクソ!急がないと!」
気になるワードが散りばめられているが今こうして起きている状態でも会話出来ていることの理由としてはタギツヒメ が隠世に干渉して本体を引き摺り出したことで真の力を解放したことを聞かされた事がスパイダーマンに焦燥感を募らせて行く。
急がなければ今でも本殿で奮闘している彼女らが死ぬ。また大切な人達の危機に間に合わない、そう感じ取るとゴーグルの下で瞳孔を散大させ扉の方へと顔を向ける。
『お前1人が下手に行った所で死体が増えるだけだ、それでも行くのか?』
誰も手も足も出なかったタギツヒメが真の力を解放したという事は先程からジワジワと危機を告げるスパイダーセンスを通して感じ取ることが出来る。
いつもよりも強大な反応だ。全身の毛が逆立ち、身体中がゾワゾワとしてさぶいぼが出ている感覚そして距離が離れている扉越しでも伝わってくる敵の禍々しい程の強さ、そしてそれを平然と振り翳す悪意。
直感で分かる、行った所で死ぬ方の確率の高いということ。ここ数日の命懸けの激戦と特訓で少しは強くなったからこそ相手のレベルが上がり強大な壁であることは理解している。
ーーだがそれでも、答えは最初から決まっている。
「……あぁ、それでも行くさ。だって僕はスパイダーマンだから!」
例え敵が強大であろうとも、世界から敵と蔑まれようとも、自分は自分の大切な隣人達を守るために戦う事を決めてここに来た。
国を支配する悪意と戦う度に自分は戦いで傷付き、時には大切な人とも殺し合いをした。肉体的にも精神的にもかなり応えている。だが、それでもこうしても前を見て、立ち続けられるのは叔父を亡くしたあの日から、自分の力を自制して人のために使って行くと誓ったあの時からその根底にある後悔、そして自分を信じて協力してくれた人達が背中を押してくれたからだ。
迷い、傷付き、苦しんだとしても持てる力で行動でし続ける意思がスパイダーマンを奮い立たせる。
この場所から走り出したらもう後戻りは出来ない。命を賭けた戦場に身を投げる。だが、それでも命を賭ける価値はある。信じたい物のために、大切な隣人達のために戦える意志で脚の震えを抑え込む。
『………なら、邪魔をしたな。せいぜい足掻け』
スパイダーマンの考えを聞くとどこか納得したように脳内に干渉されていたかのような感覚は消える。本当に帰ったようだ。
だが、下を向いている暇は無い。今すぐ2人を助けにいかなくては……そう考えると同時に地面を強く蹴って前進する。
スパイダーマンが地面を力強く蹴り上げると地が陥没して足跡が残る。そして普段は長距離を時速320km程度でしか走れないが瞬きとほぼ同じ速さで鉄の扉まで接近し、扉を開けるために前蹴りを入れる。
そして、軽く開けるつもりだったのに蹴られた鉄扉は跡形も無く粉々に砕け散った。
一方その頃、祭壇の最奥。
床に突き刺していた二振りの御刀を引き抜くと、逆立った髪が拡散していきながら巨大化し体内のノロが凝固して瞬時に異形へと変化する。
あちこちから一斉に開眼する橙色の無数の眼球、そして徐々に生えて来た部分が腕の形へと変形すると手をぐーとパーを作って動きを確認しているように見える。
「鬼…か?」
頭部の髪から生えている異形はまるで鬼と見紛う程の悍ましさを放っている。そして四本の腕へと分離し、瞬時に手の中に御刀が収まるとミスマッチなサイズ感を放っている。
紫の肉体の方で持つ童子切安綱と大包平、そして4本の剛腕の持つ三日月宗近、大典太光世、数珠丸恒次、鬼丸国綱を構える。
計6本の御刀を構えるその姿は一見すると手の数が増えたグリーヴァス将軍、脚も含めれば8本であるためタコ等色々と言いようはあるが最もしっくり来るのは鬼だろう。
その異形の覚醒に驚いている眼前にいる可奈美と姫和に対し、その場から一歩も動かずに異形の剛腕のみを振るう。
「ぐあ!」
「うわぁ!」
その力任せに叩き付けられた一撃を防ぐ事など出来ずに力負けしてしまい2人とも一撃で写シを剥がされる。姫和は床を転がり、可奈美はそのまま飛ばされてしまい壁に叩き付けられ、意識を失ってしまう。
あまりの威力に御刀を手放したまま意識を失っている両者に対して無慈悲に、それでいてゆったりと歩きながらトドメを刺そうと近付いていく。
そして、頭部から生える剛腕が両腕を振り上げてそのまま叩き付けようとしたその瞬間……
「やぁグリーヴァス将軍!手首は回せないの!ジェダイの技はドゥークー伯爵から習ってない感じ!?」
殺意の静寂に包まれたその空気にミスマッチなジョークであると同時に自分を奮い立たせ相手の注意をこちらに向けるための挑発が入るとタギツヒメのリーチの範囲内にいる姫和の背中と地に転がる小烏丸に対し、2条の糸が当たる。
「ごめん、ちょいと投げるよ!」
そして、腕を思い切り強い力で後方に向けて引っ張る事で反動と後ろに投げる力が作用して身体がふわりと宙に浮いて攻撃が当たらない位置の壁側へと投げ飛ばすことで攻撃から逃す。
するとその人物はその体勢から左手で背中に掛けてある日本刀を抜刀しながら身体を捻り、一回転してタギツヒメが叩き付けた一撃とぶつかり合うと互いの怪力と怪力によって衝撃が周囲へと伝わる。
「うっ!」
「………!」
後から入って来た2人の人物の内1人がその人物が投げた姫和をキャッチすると
その衝撃から守るようにタギツヒメに背を向けて衝撃から守る。
それと同時に金属がぶつかった音が祭壇に鳴り響き、その人物が祭壇の壁に立てかけてある篝火に照らされて姿を現す。
パーカーを赤の塗料で塗り潰し、胸の辺りには黒い蜘蛛のマーク、そしてマスクの目の部分にシャッター付きの白い眼の黒ゴーグル、手袋も手の甲の部分が赤で黒い蜘蛛糸の様な縞模様に、掌の側が黒いオープンフィンガーのグローブと右手のみに装着された無骨なウェブシューター、そして手に持っているヴィブラニウムブレード。
スーツに力は無くともここまで辿り着いた親愛なる隣人、スパイダーマンだ。
「うおりゃあ!」
スパイダーマンがそのまま力強く振り抜くと剛腕から振り下ろされた一撃は跳ね返され、一瞬だが怯ませた。
床に着地すると姿勢を低くして、相手の攻撃に備えるや否やタギツヒメ は標的をスパイダーマンに変更して分離した4本の腕を変形させながら伸縮させて振り下ろして来る。
「退いて!」
背後から聞こえた少女の力強い声。スパイダーマンにとっては聴き慣れた声であるため誰の声かすぐに理解し、即座に指示に従って軽くステップする事で後方へと移動する。
すると、スパイダーマンの隣に左右一列に人が並び立ち共にタギツヒメと対峙する。
「皆!」
気絶から起きた姫和と可奈美、そしてスパイダーマンに一歩遅れて入って来てスパイダーマンが投げた姫和をキャッチした舞衣と沙耶香。
どうやら舞衣と沙耶香もなんとか無事にここまで辿り着いた様だが既にスーツのバッテリーは切れていたのかパージされているようであった。
「すまない……と言いたいがさっきお前思い切り私を投げたな?」
「ギクっ!ご、ごめんああするしか無くてさ……」
「まぁいい」
スパイダーマンは今のところ全員が何とか生きていることに内心胸を撫で下ろしていると姫和にジト目で先程の行動を指摘される。もしああしなければ死んでいた確率は高いので感謝はしているが流石に女子をぶん投げるという扱われ方には納得出来なかったのか軽く嫌味を言う程度で済ませた。
「私…始めて怖い…」
「私もだよ……多分、あの人も」
眼前に立ち憚る真の力を解放した強敵タギツヒメ 。その異形の放つ威圧感に圧され、恐怖が伝播する。それはあまりその面を表に出さない沙耶香や、精神的に安定している可奈美ですら恐怖を覚えている程だ。
「僕もアイツが怖い……怖くて今にも気絶しそうだ」
「颯太君……」
この中で一番弱いであろうスパイダーマンは尚更タギツヒメが怖い、それは当然の帰結だ。だが、そんな最中でも姫和と可奈美を助けるために真っ先に飛び出して行ったり、震えを必死に押し殺しながらも後戻り出来ないこの場に立ち、タギツヒメと対峙している。
先程決意を固めたがやはり強大な敵に対して怖いものは怖い。だが、それでもと自分に言い聞かせてしっかりと相手を睨んで拳を強く握りしめることで叫ぶ。
「だけど……ここで逃げたら皆が死ぬ!この国には皆の大切な生活がある、皆の大切な思い出があるんだ!だから……逃げない!」
自分達が負ければ日本中の人達が、隣人達が死ぬ。ヒーローならば強いし負けないと思われるだろうがスパイダーマンはそれだけとは言い難い。自分のやり方や方法に悩んで苦しむ人間だ。
だがそれでも命を賭けても守りたい人達がいる。だからこそ恐怖に怯え、苦しんでも辛くても情けなくとも、例え勝てる確率は低くともそれでも逃げずに必死に戦う姿勢がある。それを行動で示すためにスパイダーマンはヴィブラニウムブレードを両手持ちに変えて決意を込めた雄叫びを上げて皆と一緒に突撃する。
「うおああああ!」
次なるmcuスパイダーマン映画のタイトル、no way home。家へと帰る路はないという意味か……まぁ、あの状況ならそうなっても仕方ないですがホントどうなるのやら。しかも次でトムホが契約満了するらしいんでそこもどうなるのか?とは思いますが先人達は満了しても契約更新してたので一昨年のアレよりは深刻ではないと思いたいですね。