刀使ノ巫女 -蜘蛛に噛まれた少年と大いなる責任-   作:細切りポテト

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大事な場面なので中々出来に納得できんかった上にリアルが忙しくて眠気と疲労で中々頭が種割れしなかったのとゲームしたり積み番組とか積み映画とか積みプラモ消化したりで遅れましたスマソ

いやーSEEDの劇場版嬉しいですね、嬉しくはあるもののでってにーの後からどう広げるんやって心配もありますが掌クルーゼ期待したいですね


第58話 Never say Never

ーー祭壇付近貯蔵庫通路ーー

 

祭壇へと続く折神家の管轄により20年間厳重に管理されているノロの貯蔵庫、そこに至る薄暗い通路にて壁に右手をつけながら身体を引き摺るようにして歩いて行く人物がいた。

 

自分の主が隠して来た真実を、そして自分が縋った物の正体を接確かめるため戦闘の影響で疲弊した重い身体に鞭を打ってここまで来た長身で褐色の髪に銅色の独特な隊服を纏った人物、折神紫親衛隊第一席獅堂真希だ。

 

「確かめなくては……」

 

そう一言漏らすとそのまま歩みを進めていく。そして貯蔵庫の入り口と思われる金網のフェンスが張られている位置まで移動すると自然と下の方にある貯蔵庫の様子を確認できる。

普段ならばここに全国から荒魂討伐の際に回収するノロをこの貯蔵庫一箇所に集められ、20年分貯蔵した量がある筈だ。真実に向かうに連れて自然と心拍数が上がっていくのを感じる。

自分たちの現実に向き合うことの恐ろしさと、主である紫への半信半疑な信頼の間で揺れ動いているからだろう。

 

ーー意を決して自分と貯蔵庫との間を隔てる金網に手を掛けて貯蔵庫を確認すると、先の戦闘でキャプテンアメリカが語っていた信じたくない方の真実こそが現実だったと突き付けられるものだった。

 

「やはり……本当だったのか」

 

貯蔵庫のプールに貯めてあった筈の20年分のノロがもぬけの殻、水の一滴も残っていない状態だった。現実を突き付けられて自分達は主に騙されていたこと、大荒魂の復活に助力してしまった事を嫌でも理解させられ目の前が真っ暗になったような感覚に陥る。

 

そんな憔悴した精神状態の彼女に背後から声が掛けられる。

 

「事態は飲み込めマシタか?」

 

「何だここは」

 

数刻前までのライノとショッカーとの戦闘による疲労が残っているのか腕を組んで壁に持たれかかったまま語りかけるのは何とかこの場に辿り着いたエレンだ。

一見気丈に振る舞っているが先の戦闘でライノの拳を何度も受けて額が横一文字に切れて拭ったことは把握できるが血痕が残って赤くなっており、身体のあちこちにはショッカーに殴られた青痣が出来ている。

更に彼らの強力な攻撃を腕で直接防いだその余波でワイシャツの長袖の部分はボロボロになっためその部分を途中で破り捨てたのか腕が露出してノースリーブのようになっていて制服は砂利の上での戦闘を行った上にその上を思い切り転がされたため砂に塗れて汚れている。

そして遅れて通路からひょっこりと彼女と共に戦いを制した後も行動していた薫も顔を出した。彼女もショッカーの怒涛の攻撃を受け、お手玉のように連続で休む間もなく追撃されたため身体中に擦過傷、顔は打撲によって所々腫れ上がっている。以上のことから2人とも満身創痍なのは見て取れるがそれでもこの場所に来る彼女達の根性は真希も感じ取れた。

 

そして、この場所については無知であった薫に対しエレンは説明を始める。

 

「折神家が回収したノロの貯蔵庫デス。ほんの数時間前まで20年分のノロがありました」

 

「その全部が結合し化物が復活したってわけか」

 

彼女の説明と現場の状況を客観視した事で合点が行ったのか事態を把握して金網のフェンスに近寄って行く。

 

「波長に合わせて電流を与え続ければノロはスペクトラム化しない。少量ずつ各地に奉納するより安定して管理できる……そう教わっていた」

 

自分は確かにそう教わっていた、救国の英雄で自分に戦い続けるための力をくれた主の言葉を信じて疑わなかったがエレンと薫の会話から汲み取った内容を自分なりに整理した真希は彼女達の口から語られる言葉が事実だと言う事を理解し、エレンの言葉を聞く姿勢に入っている。

 

「残念ですがそれは嘘デス。タギツヒメの支配下にあるノロは大人しいふりをしていたにすぎマセン」

 

「この国は20年間も奴に騙されせっせとノロを集めてたってわけだ。責任取れよ」

 

本来ならばノロは一箇所に集まれば結合する性質を持ちながら紫が当主になって以降一箇所に集められているのに何故今日まで深刻な事態にはならなかったのか、その答えは1つ。

紫の肉体を支配して彼女の折神家当主兼管理局局長のポストを利用して自分の手元に集めさせ今日のこの日まで耐えさせていたという事だ。

 

一方で、薫はこの事態に陥ったのは彼女だけに問題があると言えないのは理解は出来るがこの災厄の一端を担った側の人間であることは忘れるなと冷たく釘を刺しておく。

 

「しかし、折神家の管理が始まってから荒魂による事故は激減した。殉職する刀使の数も……だがそれも」

 

「全部この日の為の芝居だろ」

 

「穢れの具現化である荒魂は駆除しても駆除してもなくならない…対抗するには同等の力が必要だ。毒には毒を、穢れには穢れをもって制するしか他に無いと……そう信じたかったんだ」

 

真希の口から溢れる言葉は彼女の心情を現した物だ。実力を評価されて隊を率いることが多くなりそれに引っ張られて厳しい戦局の任務に駆り出されることが多くなって行きその度に、彼女以外の者は倒れて行き何度も何度も前線で戦い続けたがそれでも被害は無くならない。 

ならば例えそれが自らを闇に落とす力だとしても対抗し続ける力が必要だと考えて行く内に1人で皆からの期待、羨望、使命感。それらを1人で背負い続けることに耐え切れなくなって荒魂の力に逃げてしまった心情をキャプテンとの戦いで吐露した時と同じように語る。

 

「要はビビってんだろ」

 

「………」

 

「お前らみたいな怖がりがいるせいで荒魂は穢れなんて忌み嫌われるんだ」

 

「ねねー!」

 

薫も真希の語る言葉の理屈自体筋は通っていて一理あるかも知れないとは思いつつそれは一種の逃避であり、最適解とは言えないという事実をドライ目に突き付ける。

 

荒魂を自ら体内に入れて強い力を得てまでして理解できないと相手と向き合うことを放棄して相手を滅ぼすまで戦い続けるのではなく、そうではない……理解し、共存して行く生き方だって選ぶことが出来る。少なくとも自分たちは何百年も掛けて穢れを取り除き共存という道を選ぶ事が出来た、諦めなければ可能性はある筈だと頭上にいるねねを意識する。

 

キャプテンは自分よりも大人であった上に自分も力を求めた側の人間だからこそあまり強く否定したりはせずに聞いてくれたが薫の様な第3者的視点から見ればそのように見えても仕方がない。自分がしたことへの自覚の薄さを再認識させられたような気持ちになり何も言い返せない。

 

ーー直後、

 

「あん?」

 

天井が軋むような音が響き、それに何故か地震の様に揺れているようにも感じられたので一同が天井が見上げる。

すると天井が瞬間的に崩落し、瓦礫が落下して貯蔵庫のプールに直撃する轟音が響き渡るが人影のような姿をした人物たちが蛸の様に複数の腕を持つ影が振り回す腕からの攻撃をいなしていることは大まかに把握出来たがその場に似合ぬ軽いジョークが貯蔵庫中に響き渡る。

 

「ねえ!そんな床が抜ける程重いんだったらさ、取り込んだ物全部吐き出して軽くなった方が次体重計乗る時怖くないんじゃない!?」

 

「心配無用だ、もう乗る必要はないからな」

 

「こんな時に何を……」

 

「あはは……」

 

「大荒魂相手でも、流石に失礼」

 

「だからモテないんだよっ!」

 

着地した衝撃が土煙を払う風となったと同時にその姿をようやく視認することが出来る。20年分のノロと融合したタギツヒメとスパイダーマン達だ。

 

「紫様…いや…あれは…」

 

真希の目に映ったのは姿は自分の主である紫だ。だが、その様子は普段とは明らかに異なっていた。

髪が逆立ち、そこから黒と橙色の剛腕が4本生え手には御刀を持っており紫の手に持っている物を含めて6刀流、脚を含めれば8本という蛸のような節足動物と形容できなくはない異形の姿だった。その異形はゆったりと歩きながら周囲を見渡して自分に相対する敵対者たちをぐるりと見渡している。

主の今の姿を見て確信に変わる。自分の主は大荒魂であり人間ではなく、自分たちはいいように利用されていたのだという事に。

 

「じゃあな」

 

真希が主の真の姿を見て愕然としてる間に薫は金網のフェンスを叩き破り、人が通れる程のスペースが出来上がるとエレンと薫は飛び降りてそのまま5人の元へ向かう。

 

「…………」

 

真希自身も行くべきだろうか?と思ったが足が地に糊付けされたように動かせない。当然だ、一度も自分は主である紫に勝ったことがない所か一撃も入れられた事がない。

幾らかは戦闘可能とは言えど疲弊による消耗で入った所で無駄に死体が増えるだけだと脳が警告して来る。

行かなければいけないと頭では理解していても身体が言うことを聞いてくれない、今の自分はただ彼らの戦いを見届ける事しか出来ないと立ちすくんだ。

 

貯蔵庫に飛び降りると髪から生えた剛腕を伸縮させて遠距離にいる相手に対応し、間近から攻めて来る相手には手に持つ御刀で対応するという離れ業を披露しているタギツヒメに接近しながらエレンは叫び声をあげる。

 

「敵は六刀流。こっちは一本多くて七本デス!」

 

「エレンちゃん!薫ちゃん!」

 

「無事だったのか!」

 

「無事じゃねえっつの」

 

2人が参戦して来た事により2人の生存を確認できた舞衣は彼女らの生存を喜ぶ声を上げ、他の面々も安堵の笑みを浮かべる。この戦局の中で味方が1人でも多いのは心強い上に再会できたことは嬉しいからだろう。

そして、それに呼応してスパイダーマンの呼びかけに薫はややぶっきらぼうに返しながらも笑い掛ける。

 

そんな再会を喜ぶのも束の間、髪から伸びた腕を振り回した高速の剣を自分に向けられた沙耶香は速さに対抗するために無念無想を発動する事で迅移の持続時間を維持しながら剛腕による攻撃をいなして接近を試みるが雪崩の様に攻め立ててくる攻撃には押されてしまっているとすかさず姫和が割って入ることでカバーする。

その一方で薫が跳躍して空中で縦方向に回転しながら八幡力を発動させて袮々切丸を叩き付けるが軽々と防がれた上にそのまま弾き飛ばされた。

 

「スパイダーマンさんは距離を取って皆を援護して!可奈美ちゃん!一度退いて!エレンちゃん!後ろ!」

 

「OK了解!」

 

舞衣が自分自身を自衛しながら少し離れた全体が見渡しやすい位置で戦局を見極めながら的確な指示を出すことにより互いをカバーしながら戦闘するという構図が出来上がる事で布陣が完成する。

 

異常な耐久力とスパイダーセンスによる高い回避性能があるとは言え写シという実質的な残機がある面々とは異なり、戦闘による攻撃直撃時の危険性は最も高い。だが、唯一ウェブシューターという飛び道具が扱えるためバックアップによる援護に回るとすればその効果は高いと判断、スパイダーマンもそれに納得した。

直後に自分の方へ伸びてきた剛腕による横一閃を宙返りで後方に飛んで回避しながら貯蔵庫の岩壁に飛び移ると壁にひっ付きながら壁を這ってタギツヒメ の死角になる位置にまで回り込む。

 

(よし、皆の動きと奴の攻撃に合わせて、味方が被弾しない位置は……ここだ!)

 

各々が攻め込んだり、防御に徹している状況を観察しながら相対するタギツヒメから伸びる腕からの攻撃精度とその攻撃によって生まれる隙間を見極める。

その際、味方に被弾すれば状況は悪化するため正確に敵からの攻撃速度と味方の配置、これから行うであろう回避行動によって移動する位置やタイミングを見極めると狙いを定めてウェブシューターのスイッチを押す。

 

「行け!」

 

右手のウェブシューターは結芽との戦闘で破壊されているため左手からのウェブのみになるため攻撃の量は減ってしまっているがそれを補うかのように2方向に裂けるスプリットを連続で多方面攻撃、そして一度だけ跳躍するリコシェを組み合わせたスパイダーマンの放ったウェブがタギツヒメに押し寄せる。

 

「うおっと、近付き過ぎたか」

 

薫が近距離で近づき過ぎた位置で踏み込もうとした瞬間リコシェウェブが足元で跳ねたため、足を止めて一旦離れて距離を取る。得物がリーチのある袮々切丸だが重い上に八幡力によるパワーファイトが主体で動きは鈍重なため適切なタイミング以外で下手に近付き過ぎると変幻自在に伸縮する腕が4本もある相手となると得策では無い。

スパイダーマンは敢えて薫の足元にリコシェウェブを当てることで足を止めさせると同時に跳弾させてからの死角からの攻撃を行い薫に再度距離を取らせるつもりだった。

 

そして最前線で打ち合っている姫和、可奈美、沙耶香に命中させないように切りかかった彼女らに当たらない腕を振り上げた瞬間の脇の下や踏み込んだ瞬間の股座の隙間や顔面スレスレを通過させ、被弾させずに的確にタギツヒメを狙い撃つ。

 

「…………」

 

流石のタギツヒメの龍眼でも7人分の動きとそれによって生じる未来による予測を同時にしながら動きに対応するというのは器が人間の脳の容量ではいずれ限界が訪れて処理落ち。その上で、スパイダーマンが攻め込んで行く面々に当たらないように放つ正確なウェブ投擲による牽制は厄介なようだ。

当たった所でダメージなど無いが直撃すると桁外れな粘着強度により動きを封じられたり、足元を硬直させられると隙を生んでしまうからだ。

 

タギツヒメもそれを理解してか咄嗟に前方に移動するがその動きを可奈美と姫和に先回りされてしまい足止めを食らい、それを2人からの攻撃を2本の御刀を振る事で防ぐ。

 

そして、背後から沙耶香が接近すると後ろに目が付いてるのかと思うレベルの精度では髪から頭部から生えている剛腕を器用に動かしてノールックで突き刺して来る。

 

だが、その攻撃を横からエレンが前に割り込んで金剛身を発動することで盾になる事で防ぎ、そのまま跳躍して前にいる彼女の肩を踏み台にして斬りかかろうとするが横薙ぎに振った一撃に防がれ、そのまま弾き飛ばされてしまう。

 

「きええええい!」

 

7人掛でも未だに誰も有効打を与えられていない状況の最中、薫が距離を保ちつつタギツヒメが沙耶香を弾き飛ばした瞬間の硬直を好機と判断し八幡力を最大限に発揮させるべく力を溜めて蜻蛉の構えを取ると一直線に走り出して一撃を叩き込もうと接近するが4本腕の同時攻撃で渾身の一撃を防がれてしまい足が床を削りながら後方へと押しのけられる。

 

「クソっ」

 

「薫ちゃん!近づきすぎないで!」

 

なるべくその場から動かずに全体を見渡して指示を出す事で布陣を保っていた舞衣であったが彼女の指示により陣形が組まれていることはこの場にいる誰もが理解出来る。

ならば司令塔が潰れればこの陣形はドミノ倒しのように瓦解すると判断して彼女が薫に気を取られてそちらに気を向けたその一瞬を見逃しさず彼女に向けて刃を突き刺す。

 

「うあっ!」

 

その一撃のダメージで彼女の写シを剥がされると同時に意識を刈り取られてしまい気絶してしまう。そのまま意識を失って戦闘不能になった舞衣に用は無くなったのかボールのように壁の方に向けて放り投げる。

 

「……っ!危ない!」

 

舞衣が放り投げられたのが視界に入り、放り投げられて宙に浮く彼女を目の当たりにして咄嗟に足で壁を思い切り蹴って跳躍し、彼女の方向へと手を伸ばす。写シも剥がされ気を失った彼女はただの人、生身で岩壁に直撃するのは危険であるため左手のウェブシューターのスイッチを押す指に力を入れてウェブを放つ。

 

放たれたウェブは舞衣の背中に命中し、思い切り自分の元に引き寄せるとそのまま右腕で抱き止める姿勢で受け止めて再度ウェブシューターのスイッチを押す事でウェブを発射して壁に当て、地に脚を付けて引っ張り強度を利用しながら勢いを軽減して自分の背中を壁の方に向けて彼女を衝突から庇う準備をに入る。

 

本来なら右手のウェブシューターも使って別の場所にウェブを当ててそのまま方向転換して安全な位置まで運びたかったが結芽との戦闘で壊されてしまったため、この方法を選択した。

そして壁との衝突から彼女を庇って自身は壁に激突してしまう。背中に衝撃が走ったが肉体頑丈なスパイダーマンからすれば大したダメージでは無い。

 

「いったぁ!……はっ、舞衣!」

 

確かに多少は痛いが今はそんなことよりも、最優先に確認すべきは舞衣の安否だ。すぐ様腕の中にいる舞衣の方へと視線を向ける。

 

スパイダーマンの腕の中にいる舞衣は眠るように意識を失っているが肌の血色に問題は無く、胸も上下に動いており呼吸も確認できる。

 

「よかった……生きてる」

 

間一髪で彼女が壁に激突することは防げたため安堵しているが今は戦闘中であることを忘れてはならない。腕の中で眠っている舞衣をゆっくりと床に降ろしてタギツヒメの方を見据える。

 

(今は切り替えろ、ここで負けたら皆が死ぬんだ!)

 

自分たちが負ければ全員の死。いや、大切な人や自分を信じてくれた人達の死を意味するということを再認識して気持ちを切り替えなけらばならない。

 

「舞衣!うぐっ」

 

舞衣が戦闘不能になり、スパイダーマンに庇われているとは言え壁に激突しているため心配になった沙耶香が気を取られている一瞬の隙を突かれ、胸部に御刀を突き刺される。

その一撃で写シを剥がされてしまい彼女も意識を失い、その場に倒れ伏した。

 

また1人、1人と倒され状況は切迫して行く。

 

「きえー!!」

 

薫が猿叫を上げながら接近するも敵の数が減少した事で手間が空いた複数のタギツヒメの剛腕が2方向から同時に攻め立てて来て、彼女を小さな身体中を切り刻んで行く。

 

「クソッタレが……っ」

 

「ぐあっ………もう限界デス……」

 

呪詛のような言葉を残して薫も写シを剥がされしまい、精神ダメージと連戦の疲労も限界に達してその場に倒れ込む。

そして、同時に攻め込んで隙を突こうとしていたエレンも金剛身を張るよりも先に腹部を貫かれており薫同様蓄積された疲労が限界に達したことで視界が暗転して倒れ込む。

 

「くっ、7人掛かりでもまともに攻撃を当てられないのか……っ!」

 

次々と仲間たちは倒され残るはスパイダーマンと可奈美と姫和の3人のみ。

スパイダーマンも可奈美達の隣まで移動してタギツヒメを睨み付ける。だが、彼女相手に対して打つ手も無い。7人で掛かってもまともな有効打すら与えられていないという絶望的な状況は3人の心臓の鼓動を早くして行く。

 

だが、一方で姫和は自分のみが使える唯一の手段が頭を過ぎる。

 

(あれを使うべきか…母と同じ秘術を…)

 

だが、その奥の手すら一回しか使用できない。外して仕舞えばすぐ様反撃されてしまうだろう。それに仮に成功したとしても自分は……と思案している間にタギツヒメが口を開く。

 

「我は凶神…」

 

ーー20年前、江ノ島

 

機動隊と刀使の総力戦により大荒魂を江ノ島まで追いやることには成功したが大荒魂の本体と無数の荒魂は江ノ島に完全に根を張っていた。

過激化する戦闘の最中、既に体力の限界に達していた特務隊の隊員であった現高津雪那こと相模雪那が戦闘不能となり隊長として現場を指揮をしていた紫はこれ以上の犠牲を出さないために現綾小路学長である当時伏見結月に皆を連れて撤退を指示して自身は柊篝を連れて奥津宮へと移動した。

 

それと同時期、奥津宮付近にて人知れず大地が揺れて何かが地中を突き進んでいるのかそれが道のような形になるように徐々に地面が隆起して行く。

そして、直後に地面がひび割れると轟音を上げて同時に地中を破って巨体の異形が姿を現した。虫と形容されがちだが実際には節足動物である8本の刃のような鋭利な脚、そして顔面に相当する部分には複数の複眼。そして、2本の牙の生えた生物学的には蜘蛛に酷似した異形、荒魂と言える。

 

『イヤな臭いがすると思って来てみれば……まさか世界を終わらせかねない逸材だとはな』

 

江ノ島に完全に根を張っていた大荒魂の本体を見据えるとおどろおどろしい声を上げながら状況を観察してその異形は己の感情に従って行動を決める。

観測史上類を見ない巨大荒魂の出現、引き付けられるように次々と現れる荒魂の群れ、多数の死者、負傷者、行方不明者を出しながらも討伐は数日に及んでいることを鑑みるに余程強力な相手な様だ。

 

『だが、奴に無駄に長生きされて人類を滅ぼされてもおもしろくない。この辺りで消えてもらうか』

 

人間に対して何か特別な思い入れがあり味方しているのか、御刀という神具を作り出すために半身である自分たちを生み出しては滅ぼすということを繰り返している愚かで滑稽な生き物の歴史を観客席から傍観して楽しむことを娯楽の一環とし、それを中心となって動かす人類を自分を楽しませるサーカスの動物程度に思っているのか図り知れないが今だけはタギツヒメの敵、という事だけは確かだろう。

 

8本の脚を駆使し、江ノ島の地を這いずって移動しながらタギツヒメの根本近くまで移動するとその鋭利な脚を思い切り突き立てながら垂直に這い上がって行き、上部にある繭の辺りを目指して登って行く。

 

繭の付近まで接近するとその蜘蛛型の荒魂は左の前脚を軽く上げると前脚の先端が先割れして鋭利な形状の針を展開する。すると、その針が薄紫色の毒々しい輝きを発光する。

 

『散れ』

 

その容赦の無い一言と同時に発光する針を持つ脚を大荒魂 の繭に思い切り突きり刺突すると繭の表皮にめり込み、針が内部へと突き刺さる。

 

『なっ……!何だこれは……貴様……っ!我らが同胞でありながら愚かな人類の肩を持つというのか……っ!裏切り者め!』

 

『俺は誰の敵でも味方でも無い、ただの観客として積み上げられて行く歴史の果てにある世界の行く末を見届けたいだけだ。今、お前に世界を滅ぼされるのは都合が悪いんでね』

 

突き刺さった針から毒々しい光がタギツヒメ の身体へと流れ込み始めるとのタギツヒメ の身体が内部から軋み始め、激痛が走り、徐々に身体全体を黒と橙色で彩られていた全身がまるで毒に侵されているかの様に紫色に変色させて行く。

本来自分負の神性を帯びた存在である自分たちは神性を持つ御刀でしか祓うことが出来ない。だが、この全身を蝕んで行く猛毒は祓うというニュアンスよりも相手が持つ神性の構造そのものをノロの知能が無くなるまで原子分解させて行き、生物としての死という結末へ誘っているように見えた。

 

ならば、早くこの針を抜く必要がある、このままでは自分は計算外の手駒に滅ぼされてしまう。だが、まだ手が無い訳では無い……ふと下を見下ろすとどうやら天はまだ自分を見捨てていない様だ、こちらが用意した駒が到着した。

 

紫と篝が進んで行く道中、その最中2人に無理矢理ついてきた美奈都も合流して大荒魂の根本となった奥津宮へと入って行く。

それを確認すると大荒魂は身体の一部を変質させて自分の繭に針を突き立てている蜘蛛型の荒魂の自分の繭に突き刺している前脚を掴んで押さえ込み、思い切りへし折る。

 

『はぁ!』

 

『何っ!?』

 

『少し読みが甘かったな、我の用意した駒が揃った。盤外からの来訪者には退場願おうか…っ!』

 

針を介していた前脚が折られたことで猛毒の供給が途絶え、身体に毒を更に注入され続けることは阻止できた。そして、根元に来た手駒である紫達の様子を確認しながら一気に反撃に打って出る。

 

前脚が折られて姿勢を崩した蜘蛛型荒魂に対して、身体の一部を変形させて剛腕を形成して拳を握り、思い切り剛腕を振り下ろして人間に例えると背中の辺りに相当する頭胸部に叩き付ける。

 

『ぐあっ……!』

 

身体中に猛毒が回っているため力を出し切れず、一撃で仕留めることは不可能であったが奴の背中の甲殻が割れて内部からノロが溢れ出して来ている。

これを好機と判断してか大荒魂は連続で頭胸部を殴打する。殴られる度に甲殻が砕けて行き、挙句の果てには四肢さえも遂に砕けて身体を支えられなくなることで身動きが取れなくなって行く。

 

この調子だ、後は柊の小娘が自分を封じるために秘術を使った時、そこに放り込んでやれば此奴は永遠に一瞬が永遠となった通常の時間から切り離された場所から出てこられ無くなり、この邪魔者を排除できるということだ。

後はタイミングをしっかりと計算し、一寸の狂いがない様にじっくりとその時を待っている。

 

大荒魂の根本で篝は腕を後方に向けて伸ばし小烏丸を斜めに構える斜の構えを取り、紫に向かって声を掛ける。

 

「紫様、ご命令ください。務めを果たせと」

 

「務め?」

 

その言葉を意味を、紫は誰よりも理解している。つまり、命を賭けて例え自分が戻って来れなくなったとしてもタギツヒメを封じる。

それが自分たちに残された唯一の方法、それを許可して仕舞えば彼女は2度と帰っては来ない。出来るのならば彼女に死んで欲しくない、止めろと言たい。

だか、自分は折神の者、そしてこの場を任されている現場責任者だ。最善の選択で多くの者を守らなければならない。

 

だから……

 

「紫様!」

 

「お願い篝…タギツヒメを封じて……」

 

「はい。辛い決断をさせてしまい申し訳ありません」

 

辛いのは自分も同じ筈だ。いくら大荒魂を封じることが出来る力を持つ人間だとは言え15歳の子供だ。それを背負うにはあまりにも大き過ぎる。それでも、気丈に振る舞い気遣いの言葉を掛けてくれる。

だからこそ、その優しさが刃となって胸に突き刺さる。

 

「みんなで過ごした学校生活、かけがえのない私の宝物です」

 

走馬灯の様に、学校生活を振り返る。2人とも同じ時間を共有した掛けがけの無い友人であり、仲間であり、恩人だ。最後に語るのならば笑顔で感謝を伝えたい。

 

「美奈都先輩。あなたのこと正直苦手でしたけど…でもいっぱい…いっぱい感謝してます」

 

よく言えば気さく、悪く言えばガサツで自分の領域にズケズケと踏み込んで来る馴れ馴れしさは生真面目な気質の彼女からすれば苦手そのそものではあったが彼女と過ごした日々も今となっては良い思い出だ。

言い残すべき事は全て言った。後はもう、後戻りは出来ない。覚悟を決めてこの世から別れるための最後の跳躍をする。

 

「タギツヒメ、お前は私が封じる!そのために私はここにいる!」

 

「篝!」

 

跳躍と同時に一筋の光となった篝は一瞬で弾丸すらも超える速度まで加速して

江ノ島を包む繭のような巨体にまで接近して来た。

 

『今だ、悠久の時に堕ちよ!』

 

タギツヒメは今がチャンスとばかりに眼前で這いつくばる蜘蛛型荒魂を繭の中に放り投げると必殺の一撃として小烏丸を突き立てられ、同時に篝は闇の中に消えて行く。

 

『ぐっ……これで終わりだと思うな……人間にも貴様という世界を蝕む悪意を跳ね除ける可能性もある……運命はどちらに転ぶか分からない。見届けてやるさ、この戦いの結末をな』

 

だが、蜘蛛型荒魂は放り込まれる寸前タギツヒメ が気付くか気付かないかの一瞬の隙を突いて体内から毒の生成機関と思われる部分を切り離すと秘術の影響を受けて闇の中に吸い込まれて行くとタギツヒメ に向けて負け惜しみ、捨て台詞というのが適切だが同時に宣戦布告とも取れる不穏な言葉を残し、隠世の彼方へと押し込まれて行った。

そして、切り離された毒の生成機関は徐々に小型の蜘蛛の姿に形を変えて、脚を懸命に動かして森の中へと姿を消した。

 

だがしかし、その篝の後を追うかの様に美奈都も跳躍してその闇の中へと入って行く。

 

「美奈都おおおおおお!」

 

篝だけでなく、美奈都まで消えてしまうかも知れない、彼女の行動に対して悲鳴の様な声を上げる。そして、徐々にその姿が見えなくなって行く彼女を見送ることしか出来ないでいた。

 

 

ーー跳躍した先で篝は暗闇の中にいた。ただ一面、無限に広がる闇。光も届かない暗闇の中。

最高速度の5段階迅移をしようしたのだ、一瞬が永遠となり戻って来れなくなり、通常の時間とは切り離された。

これでもう自分は帰って来れないことを自覚する。これでいい、自分1人の命で皆が救われるなら使命を果たせたと言える。

既に先程の浮遊感すらも失せ、重力にも似た力に引き寄せられるかのように堕ちていくだけだ。

 

だがしかし、ここには自分以外が来る筈の無い人間のような感触が自分の身体を腕で包み抱きしめていた。

 

ここまで自分を戻すために付いてきた美奈都だ。彼女は篝を諦めないつもりだったのだ。だが、それでは……美奈都も巻き添えとなってしまう。自分が消えてでも守ろうとしたのに彼女は無茶をしてでも連れ戻しに来たのだ。

 

「美奈都先輩!駄目です!あなたまで…」

 

「篝は絶対渡さない!!」

 

美奈都は闇に向けて咆哮するが、虚しく木霊するだけ。彼女も篝同様闇の中へと堕ちていく。

 

「篝…美奈都…私は…」

 

責任ある立場の人間としてその場を動くことが出来ず、友が消えて行く様を立ちすくんだまま見ていた紫は自身への無力感と絶望。

幼子の様に眼から涙を溢して泣くことしか出来ない。一人の犠牲に留めるはずが二人とも犠牲にしてしまったという重荷が彼女にのしかかっていく。

 

そして彼女の心が折れ、精神的に参る瞬間を待っていたかのように彼女の前に張り巡らされた大樹の枝よのうにも見えるタギツヒメの身体から橙色の眼球に紅い瞳の目玉が一斉にギョロりと開眼する。

 

「折神紫、我は取引を提案する」

 

奥津宮の閉ざされた空間に鳴り響く様な不気味な声、その声の主は間違いない。タギツヒメだ。

紫は今、その声を書くことしか出来ないため静聴に入る。

 

「我という自我が目覚めたのは暗く冷たい貯蔵層の中だった。最初に在ったのは喪失感だ。自らの一部を引き裂かれ大切なものを奪われたという感覚。取り戻さねばという衝動。それは餓えに似ていた」

 

軍事転用の実験として輸送する船の貯蔵庫で目覚めたこと、そして得た感情。

それに従った結果輸送船に乗せられていた大量のノロと結合してしまった事で大荒魂となった。という経緯をおどろおどろしくも強い感情の籠った声で伝えてくる。

 

「やがて巨大な凶神となった。その時我を突き動かしていたのは復讐心だった。災厄を振り撒きながらも我の知能は進化し続けた。やがて一つの結末を予見した」

 

「凶神と化した我はいずれ人の手により駆逐されるということだ。我は生存の道を模索した。それを実行してるに過ぎぬ」

 

「そんな…江ノ島に封じ込めたのも特務隊を送り込んだのも…」

 

「そうだ折神紫。全てはお前をおびき出す演出に過ぎん」

 

ただ生きる為、憎しみを晴らすため、最初はそのためであった進化の過程で自分が始末される可能性を予見した。荒魂を祓う家系である折神の家の者が代表として特別な隊を組んで攻め込んで来る。

そして、その代表者として送られてくるであろう紫を誘き出してここまで来させること。そして彼女の友人の命が取引の材料となるこの瞬間を待っていたのだ。

 

「じゃあ…篝は…美奈都は…」

 

自分が彼女達をここに連れて来たから、特務隊の仲間も傷付き美奈都も篝も隠世へと消える。掌の上で転がされていたとは言え自分のした事がこの結果を招いてしまったのだと言う事実を突き付けられた紫の心は完全に折れてしまった。

 

そして、今が交渉の時だと判断してそんな彼女の心情を察してタギツヒメは実に甘美で悪魔のような囁きをする。

 

「我と同化しろ。さすれば藤原美奈都と柊篝の命は救われる、我はお前と同化し幽世の浅瀬に潜み傷を癒そう。今より10数年お前は猶予を得る。それまでに我を滅ぼすことができればお前の勝ちだ」

 

そんな事、出来る訳がない。自分は折神の家の者、この現場を任されてている現場責任者だ。私情を優先させて全てを瓦解させて無に帰す訳にはいかない。もし、奴の提案に乗って奴をのうのうも生かしてしまったら自分がここに来た意味は?二人が命を賭けた意味は?彼女の理性が取引の言葉を否定する。

 

だが、タギツヒメは彼女のその根底にある想いを見透かしているためそれを後押しする。

 

「そんな馬鹿げた提案を…」

 

「お前の結論は既に出ている」

 

「………っ!」

 

自分が望んでいたことを持ちかけられ、2人が助かるのなら、また会えるのなら……いけないと頭で理解は出来るが自分にとって2人は大切な存在であることは間違いない。

世界と友人を秤に掛けられ、その上でこちらにも譲歩した一時的な妥協案を提案されたのならいくら現場責任者としての責任や家の務めを背負った立場である人間とは言え所詮は17歳の子供。ダメだと頭では理解していても仲間を見捨てることが出来ず、その提案を呑んでしまった。

 

「脈々と受け継がれてきた折神家の務め。だが紫は二人の生還を選んだ」

 

「じゃあ彼女は……20年間ずっと1人で……」

 

紫が2人の生還を選んだことでタギツヒメは今の今まで生きながらえているのは事実だがスパイダーマンは彼女の話を聞いて彼女もただ大切な人を助けたかっただけ、自分の判断ミスで大切な人を失った側の人間なのかも知れないと把握した。

自分も判断ミスで大切な人を失ったからこそ、彼女だけを憎んだりということは出来なかった。自分ももし同じ立場になったとして大切な人を助けられるのなら、今にも失ってしまうかも知れない大切な人が帰って来るのなら同じ事をしないとも限らない。

だがそれでも、今自分のやるべき事はタギツヒメを止める事だ。それに集中しなければいけないことを思い出し身構える。

 

だが、そんな彼らの心情を知るや否や全員を仕留めに来る為に剛腕を伸ばして二振り同時に攻め立ててくる。

 

「ぐあっ!」

 

最初の一撃で姫和が胸部を貫かれ、写シを剥がされて膝を着かされる。激痛で胸部を抑えるがまだ意識はある。だが、写シを貼れるとしても後一回が限界かも知れないと理解出来る程自分の疲労も溜まって来た。

 

「ぐっ!」

 

二手に分かれて同時攻撃を仕掛けるが動きを先読みされた可奈美は腕に持っていた御刀で腹部を貫かれると写シを剥がされ意識を失ってその場に倒れ伏す。

 

「筋はいい、だが母親には遠く及ばぬ」

 

「可奈美……っ!うおおおおおお!」

 

スパイダーセンスによる直感でタギツヒメからの攻撃を回避していたスパイダーマンはタギツヒメに斬りかかるがそちらを見ずに左手に持つ御刀でその一撃を防ぎ、その間に空いている剛腕でスパイダーマンを一斉に狙う。

 

「くっ!オビワンはすごいなぁ!」

 

映画で四刀流で今の自分が相手をしてる敵よりも少ないとは言え4本腕で自分よりも近接武器の数が多い相手にライトセイバー1本で挑んだ映画のキャラクターの凄さを実感し、それらを捌きながら後方に飛んでウェブを放つが身体を軽く傾けるだけで回避されてしまう。

 

「はああああ!(だめだもっと……速く動かないと!)」

 

その後にスパイダーマンが再び地を蹴って再度振りかぶってそのまま斬りかかろうとするがタギツヒメ は4本の剛腕を広げて4方向からスパイダーマンの周囲、例えスパイダーセンスによる予知に近い回避能力があろうとも回避しても避けきれない程の広範囲攻撃の回避は難しいと判断して剛腕から御刀による雨のような連続突きを繰り出す。

 

「その力は未知数だが……お前自身は素人に毛が生えた程度だな」

 

「くっ……!」

 

(しかし、奴の速さと力は上がって来ている。そろそろ終わらせるか)

 

一応視線はスパイダーマンに向けているため感心はあるようだがスパイダーマンの動きは手に取る様に分かる。以前見た時よりは多少経験は積んでいるのか幾らかはマシになってはいるがまだまだ未熟。

だが、自身が本体を隠世から引き摺り出した後……すなわち祭壇に来てからスパイダーマンの腕力とスピードは以前とは比べ物にならない程上昇しており、下手に長引かせ続けると面倒な事になると判断して勝負を仕掛ける。

 

「なっ!ぐあっ!」

 

スパイバーマンも雨の様に広範囲に降り注ぐ連続の突きを回避し続けるというのは至難の業、繰り出される突きは徐々に身体に命中して行く。

一閃した光が左肩を裂き、身体中に切り傷を作り血を撒くスパイダーマンに対して右足の靴の爪先に御刀を思い切り突き刺して地面にめり込ませることでスパイダーマンを固定する。肩からは出血し、足元からは円形状に血が広がって行く。

 

「終わりだ」

 

そして、一気に迅移を使用して接近しようとするとスパイダーマンがヴィブラニウムブレードを悪足掻きで投擲して来たがそれを左手に持つ御刀で明後日の方向に弾き飛ばして眼前まで接近して左手の御刀でスパイダーマンの左腕に装備されているウェブシューターを横一閃に振ることで破壊する。

 

ウェブシューターが壊れた事で内蔵されていた筈の容量のウェブが飛び出して火花を散らしながら発光するがそれを意にも介さず氷のように冷えた声色で終わりを告げ、その勢いのままスパイダーマンの胸部に思い切り童子切安綱を突き立てる。

 

「ぐあ………っ!」

 

右手に持っていた童子切安綱はスパイダーマンの胸部に突き刺さると思ったよりも頑丈であったため咄嗟に八幡力の段階を一気に上げることで肉体を貫通して背中から飛び出す。

普通ならば今の一撃でバラバラの肉塊になってもおかしくないのだが姿を保っているだけで充分異常だ。だが、結芽と戦った時も身体を貫かれたが肩口であったため致命傷には至らなかったが今回ばかりは違う。

 

人間の全身に血液を循環させる最も重要な器官、心臓に思い切り童子切安綱が突き刺さっている。細胞が代謝を維持するには常に血液によってエネルギー源や酸素を受け取り、老廃物や二酸化炭素を運び出す必要がある。そのため、心臓が機能を停止することは生き物の存続条件の一つである代謝・呼吸ができなくなることである。

童子切安綱が刺さっている胸部から赤いパーカーのスーツを鮮血がより紅く染め上げて行くことで足元には血溜まりを作り、貫通している童子切安綱の刃に

血が滴り落ちる。

 

「ゴハッ……!あ゛ああああ!」

 

「力を入れてもなお砕けぬか……ならば」

 

「うっ……」

 

一方スパイダーマンの胸部を刺し貫いたタギツヒメは想像以上に硬く全く砕ける様子が無い心臓の強度にも驚いたが心臓にダメージを受けた以上コイツも長くは持たない。

そう判断するとスパイダーマンの足を地に縫い付けている御刀を引っこ抜くと右腕を上げることでスパイバーマンの身体が持ち上がり、足が地から離れて中に浮く。そのまま右腕を思い切り振り上げる事でスパイダーマンを放り投げ、空中で剛腕の一本で右肩と腹部に突き刺して貫通させる。

 

「ぐ……っ!」

 

「死ぬがいい」

 

スパイダーマンを串刺しにしたまま思い切り貯蔵庫のプールの床に思い切り叩き付ける。既に先程からの出血で意識が朦朧とし始めて徐々に痛覚が無くなって来たような気はしたがその衝撃で目を覚ます。

 

「うあっ!」

 

「ほらほら」

 

そして、休む間もなく剛腕を持ち上げることでスパイバーマンを振り回して貯蔵庫の岩壁に叩き付ける。荒魂の怪力で叩き付けたためスパイダーマンの身体は思い切り壁の中にめり込むのを確認するとそのまま壁に押し付けた状態のまますり潰す様に思い切り引き摺り回す。

 

岩壁と剛腕に挟まれ、前からも後ろからも痛みが来るというのにその剛腕の怪力で引き摺り回させると言うのは地獄の苦痛だ。

 

剛腕による腕力で目一杯引き摺り回されることで壁に横一文字のような跡が刻まれていく、身体が潰されそうになりながらもスパイバーマンは抵抗出来ないまま何度も何度も岩壁に叩き付けられ、既にボロ雑巾と言う表現が正しい程ハンドメイドスーツとスパイダーマンは惨めな姿になり抵抗も弱くなくなるとプールの床に叩き付けられる。

 

すると同時に倒れ込んだ衝撃でスパイダーマンの腰のベルトに固定されていた旧式のウェブシューターがのロックが外れてスパイダーマンの目の前辺りまで転がり落ちた。

 

「…………」

 

「スパイダーマン!」

 

先程の苛烈で執拗な攻撃を受けるショッキングな様を眼前で見せ付けられた姫和は瞳孔を散大させて声を荒げるがもう頭はでは1つの結論に辿り着いていた。自分たちのように写シという身代わりの残機があって肉体へのダメージを誤魔化せる刀使とは違いスパイダーマンは超人とはいえ生身だ。

心臓を貫かれ、何度も壁や床に剛腕で叩き付けられ、引き摺り回され、既に抵抗無く倒れ伏せ、倒れた場所からは一面丸を描くように血溜まりが広がって行く。断言できる……もう助からないと。

 

「お前の存在は想定外だったが取るに足りん」

 

「………」

 

既に虫の息のスパイダーマンに対してタギツヒメは冷め切った視線を送り、淡々と告げるがスパイダーマンは首だけを動かしてタギツヒメの方に視線を向ける。

 

「我と同じ人を超えた力を持ちながら人々に媚び諂って受け入れられ、祭り上げられようともお前の力と在り方は人を迷わせる。ヒーロー、親愛なる隣人、自警団。どれだけ貴様が自分に都合のいい方向に取り繕おうとも所詮は現実の見えていない子供。諦めの悪い者達に余計な希望を抱かせ、どうにか出来るかも知れないというくだらぬ幻想という名の病魔を撒き散らす」

 

「何を……」

 

これまでスパイダーマンに対してあまり感心を向けて無かったように思えたタギツヒメが自分に対して長々と捲し立ててくる。その事も意外だったが身体から血液が抜けて来たからか意識も朦朧として来ており、語彙力の無い返しをしてしまう。

 

自分がスパイダーマンとして力を使って来たのは、自分と同じく大切な人を失って悲しむ人が1人でも減るのならと持てる力を人の為に使って来た。

だが、彼女の言う様に人によっては自分の行動や在り方は人に媚び諂っている、自分の行動を都合のいい方向に捉えている現実の見えていない子供という風に見えるのかも知れない。

 

だが、同時にそんな自分のして来た行動には希望や勇気を人に与える事もあってそれに感化されて行動を起こした人もいた。だが同時にこうして巻き込まれて皆が今こうして倒れている状況を作っているのも事実だという現実を突き付けられたような気がした。

 

「だが、現実はこれだ。お前を信じて力を託した者、それに感化されお前の病が感染った者達は皆倒れた。直にアイアンマンもキャプテンアメリカも始末してやる。皆お前を信じたばかりにこうなるのだ」

 

「…………そんな……こと!」

 

させるものか!と否定したいが皆自分で選んだとは言えスパイダーマンを信じて力を託してくれた舞草の面々は捕縛され、折神邸に乗り込んだ面々はタギツヒメ という現実の前では打ちのめされ、挙げ句の果てには守りたい者の筈の友人とも殺し合いをしたのも事実だ。

単なる精神攻撃でしか無いのだが今の精神的にも肉体的にも打ちのめされているスパイダーマンには有効だ。言葉が棘となって突き刺さって行く。

 

既に反論する力もこちらを睨む力も弱くなって行くのを感じ取ると関心が無くなったのか地に伏せるスパイダーマンから目を逸らして視線を姫和の方へと向ける。

 

「大人しく自分なりの生活で満足していれば良かったものを、力を持った程度で子供風情が出しゃばるからこうなる。せいぜい後悔しながら逝くがいい」

 

「待て……っ!ゲホッ!」

 

起き上がろうと身体を起こすが喉から血液が洪水のように押し寄せて来て思い切りマスクの下で吐血する。マスク中に血が広がり心臓を傷付けられた事で血液の循環が鈍くなり呼吸が苦しくなったためスパイダーマンは右手でマスクを上に向けて引っ張り上げて外すと自分の重さを持ち上げることが出来ずに血溜まり倒れ込む。

 

「何だと、アイツが蜘蛛男だったのか……」

 

離れた場所にいて戦いの勢いに押されながらスパイダーマンがマスクを外した姿を初めて目撃した真希は驚愕の声を上げる。

その相手は反逆者として逃亡した可奈美た姫和を追うために協力を申し出た美濃関の中学生、榛名颯太だ。自分たちを散々引っ掻き回していた人物が名前すらまともに覚えられなかったような地味な奴であのスパイダーマンだったのかと驚いたが今にも死にそうな程瀕死な様を見て真希も目を思わず目を背けてしまう。

 

外したマスクが血溜まりの上に落ちた事で波紋が広がって行き、微かに持ち上げられる頭を起こそうとするが出血で力が抜けて来た事ですぐに倒れ込む。

もはや自分の重さを持ち上げる事すら困難な状態だ。

 

(動け……っ!動けよこんちくしょう!クソ……視界がボヤける……このままじゃ叔母さんが……皆が……)

 

先程まで自分の体内にあった血液が血溜まりとなって今の虚な瞳が自分の顔を映している。視界がボヤけて来たのでハッキリとは見えないがきっと酷い顔をしているのは理解できる。

 

なんてザマだ、自分が皆に希望を抱かせたから皆が傷付いたと指摘され自分の行動や理念と相容れない友と殺し合いをして、挙げ句の果てには誰の事も守れずに自分は無様に死ぬ。連戦での疲れが心臓を穿たれたことで更に増して来たような気がする。

 

ボヤけている視界の中で今自分の目と鼻の先にある物体はかろうじて視認できる。叔父から貰った腕時計を改造したウェブシューターだ。それはこちらに対してただ見守るかのように転がり落ちている。

 

(ごめんなさい叔父さん……叔母さん……もう…身体が動かないや……)

 

かつてこのウェブシューターに誓った、必ず力を手に入れた責任を果たすと、自分の力を自分の為だけではなく人のために使うのだと。

だが、立て続けに訪れる現実は齢13歳の子供の精神に対して重荷となって積み重なって行く。今動かなければ今なおタギツヒメ と相対している姫和が、仲間たちが死ぬ。なのに身体は動いてくれない。

おまけに改造したウェブシューターも壊れた上にハンドメイドスーツには何の力もない。全てが自分次第だ、自分が動けない以上打つ手は無い。

 

ギリギリを保っていた意識は既に途切れかけ、視界が徐々に暗転し死へと誘う闇が広がって行くような感覚に陥るとあの世から迎えが来たのではないかと思われる走馬灯から映写機がフィルムから映画を映すように古い記憶が流れてくる。

 

ーー小学校低学年程の頃、運動会のシーズンだろうか。周りの生徒は皆体操着で各々赤と白の鉢巻きをしていて、校庭の隅で保護者がベンチシートを地に敷いて弁当を食べている。

 

(何だこれ……あぁ、小学生の頃の運動会か……マジか走馬灯ってマジであるんだ……)

 

隣の衛藤一家のベンチシートに座る可奈美は弁当をバクバク食しているがそれを横目に自分は叔母の芽衣に慰められながらも昼食を突いていたがあまり乗り気では無い状態だった。

 

『落ち込むことはないわ、あなた頑張ったじゃない。あそこから追い上げただけでもスゴいわよ』

 

『でも……皆応援してくれたのに…僕……』

 

『おいーっす、ワリィ遅れたー』

 

そこで休日出勤で途中から合流して来た叔父拓哉が気落ちしている幼き日の颯太の様子が気になって隣に座り込んで来た。

 

『何だよ元気ねえな、何があったか話してみろよ』

 

『そうよ、叔父さんにちゃんと話しなさい』

 

叔父に優しく肩を叩かれたことで気持ちが落ち着いたのか、何故先程まで落ち込んでいたのかを語り出す。

 

『転んでリレーに負けた』

 

リレーの選手として出場したものの自分が転んでしまったことで負けてしまった。その事に自責の念を感じ、毎日練習したというのに転倒するという凡ミスを犯した事で応援してくれてた叔母や皆の期待を裏切ってしまったことに落ち込んでしまっていた。

そんな落ち込んでいる自分に対し、怒るでもなく、ただ励ます訳でも無く拓哉は問い掛けてくる。

 

『立ったか?』

 

『うん』

 

走っていた時の勢いのまま思い切り転倒してぶつけた肘が痛くとも、擦りむいた膝が痛くとも立ち上がった。

 

『走ったか?』

 

『うん』

 

先を行く他の面々に引き離されないよう、追い付くように懸命に走り抜けた。

 

『足が痛くても?』

 

『うん』

 

走る度に擦りむいた膝が痛み、速く走れば走る程痛みが走ったたとしても諦めずに前だけを向いて走り続けて3人抜いて1位にはなれなかったが2位にまで上り詰めた。

 

『自分に勝ったんだな、ならお前はヒーローだ』

 

『えっ?』

 

その言葉の意味を理解できずに思わず聞き返してしまった。負けたというのにヒーローという言葉を掛けられたのは幼い自分では理解できなかったのだろう。そんな様子を見てか真意を語り出す、本当に大切な事は何なのかを。

 

『勝つっていうのは一等賞を取ることだけを言うんじゃないんだ。もうダメだ、そう思っても辛い状況を押し退けて前に進んだ奴の勝ちだ』

 

優しく笑いかけた後は頭に手を乗せて撫でて来る。先程まで自分の行動を問いかけて来た時の様子とは一転して諦めかったことを称賛してくれる。

 

『今日お前は勝った、それで誰かを元気付けたかも知れない。負けたっていうのは自分自身が頑張るのをやめた時だ』

 

楽な状況で勝利するのは誰にでも出来る。だが、本当に大切なのは苦しい状況の中でも最後まで諦めず、立ち向う事。そして、勝てる確率が微々たるものだったとしても勝利を信じて戦い抜く事が大切なのだと。

 

今日自分は勝負には負けたが、自分自身に勝った。その姿は落ち込んでいる誰かを励まし勇気付けたかも知れない。敗北する事が恥なのではない、本当に恥ずべき事は諦めてしまう事なのだと叔父は教えてくれた。その言葉に対してとびきりの笑顔で返したことを思い出していた。

 

(叔父さん……ありがとう、僕に大切な事を教えてくれて……もうちょっとだけ頑張ってみるよ)

 

横になった事で多少意識が回復したのか先程までモヤがかかったように曇っていた視界がある程度だが眼前にある旧式のウェブシューターを視認できる程度には回復して来た

 

そして、視界に入り込む自分の血溜まりが反射して鏡のように自分の顔を映し出す。既にボロボロだが目に生気が宿っており先程脱いだハンドメイドスーツのマスクの半分が顔半分と重なることでスパイダーマンというもう1人の自分の姿をも写している。

 

『スーツ無しじゃダメなら、スーツを着る資格はない』

 

『自分を信じること、例えどれだけ不利で、打ちのめされていても相手を睨みつけながらまだやれるぞって言ってやる事だ。坊や、まだやれるか?』

 

(ですよねスタークさん……ちょっとだけ分かった気がします……っ!キャプテン……まだ……やれます!)

 

血溜まりに映った自分の顔と自作スーツ、そしてトニーとスティーブの言葉が脳裏を過ぎる。そして再度認識する、自分がヒーローだということに。

トニーの放ったあの言葉、いつもスーツの頑丈な鎧に守られ、豊潤な武装と高性能AIによるサポートによって地の利を得て戦っている彼がこの結論に至ったたのか。

これは自分の憶測の域を出ない話だがきっと彼も今の自分のようにスーツの力に頼る事が出来ない状況に追い込まれて、自分自身の力で創意工夫して切り抜けることを強いられ、スーツという殻を破りそれを乗り越えたからではないのか。

だからこそ、スーツの力に頼っていた自分に対し、スーツ無しでも戦える力を身に付けるように仕向けて来たのはこれらの経験を得たからこそ厳しく接していたのでは無いかと。

 

そして、スティーブの語る言葉。超人血清を打つ前は徴兵にすら弾かれた喘息持ちで小柄なモヤシ、ただ人一倍愛国心と勇気だけは誰にも負けなかっただけの普通の青年だったと聞く。

だが、彼が力を持ったとしても根底にある弱くても逃ずに立ち向かうモヤシのスティーブ・ロジャースである事を忘れずに何度打ちのめされてもその度に立ち上がり、盾のベルトを握り直す事が出来るから彼はキャプテンアメリカという1人のヒーローになれたのではないだろうか。

確かに彼はチームの中では1番強い訳では無いのかも知れない。だが、どんな時も初志貫徹の心を持ち、どんな状況でも「まだやれる」と前だけを見続ける彼だから皆がついて行くのではないかと思い至った。

 

ならば自分も…… 今何をすべきか、何が出来るかを考え、行動で示す。

 

(行くぞ颯太……っ!お前はスパイダーマン……スパイダーマンだろ!行け!スパイダーマン!)

 

絶体絶命な状況で自分を鼓舞する。どれだけ泣いて絶望して助けを求めたとしても今この状況をどうにか出来るのは自分だけ、それが自分の選んだヒーローという道。スーツがあるから、ウェブシューターというアイテムあるというだけがスパイダーマンの力じゃない筈だ。そう言い聞かせるとうつ伏せになっている身体全体に力を入れる。

 

(僕には常人の何十倍以上の力がある筈だ、今こそそれを活かすんだ……死んで欲しくない人たちがいるんだろ!)

 

自分を信じてくれた者達、そして守りたいと願う者達全ての顔が次々と浮かび上がるとダラリと脱力していた手に力が篭り、地面に手を突いて身体を起き上がらせると眼前に落ちていたかつての旧式のウェブシューターとマスクを掴み、そのまま頭からマスクを被ると足腰に力を入れてゆったりとだが起き上がる。

力を入れる度に貫かれた胸と腹は痛み、血は流れて落ちて行き体内の血液は減少して行く。しかし、徐々にだが再生して行く筋肉が出血を抑えて行く。それでも四肢は耐え難い程の激痛に呻き声を上げ、細くはあるがそれなりに引き締まった筋肉質の身体は言語にするには絶する程の試練に悲鳴をあげている。

 

(今、何をしなきゃいけないのか……考えなきゃいけないのはそれだけだ!)

 

だが、今の自分を形作ってくれたのは自分が守りたいと思う隣人達、家族、友人、師。自身がスパイダーマンとして活動するのはかつての自分のように大切な誰かが傷付いて涙を流す人が少しでも減るのなら。そして、自分の大切な隣人達を守れるようにこの力を自警団として振るって来た。

それでも現実では思い通りにならない事も多い。明確な悪意を持って自分達に危害を加える敵とも対峙したし立場の違いから友人とは敵対し、彼の大切な人である筈の結芽のことも失わせてしまった。

 

確かにタギツヒメの言う通り、自分は現実が見えず周囲に悪影響を与えて煽っているように見える子供と言う風に見えるのもかも知れないし自分を信じたから、信じてくれた舞草の面々やここまで一緒に来てくれた皆は傷付いたかも知れない。

 立ちはだかる現実の前では守りたい人を全員守るだなんて夢見がちな綺麗事だと分かっている、助けるために手を伸ばそうにも手の長さには限界がある。だからこそ手が届く範囲で自分が信じる正義を、守りたい人を全力で守る。

自分を信じてくれた人達から希望を託されて背負っている想いを嘘にしない為に立ち上がり、戦って証明しなければいけない。

 

諦めずに立ち上がり、タギツヒメという現実と彼女が振り翳す悪意から皆を守る。それが原動力としてスパイダーマンを突き動かす。彼女が悪意で戦うのなら自分は大切な隣人達とその笑顔を守る。 

 

(それに……約束したんだ……っ!必ず帰るって!)

 

最後の一押しに出撃前の潜水艦での舞衣とのやり取りを思い出す。自分の右手を彼女の両手が包み込んだ手の感触、程良く鍛えられていてか細くは無かったがそれでも自分の手よりも遥かに柔らかく、そして陽だまりのように温かった。そして自分の瞳を正面から見つめて来る彼女の翠色の幼いが硝子の様に美しい瞳に宿る力強さと、交わした約束を思い出した。

 

『これだけは約束して……死なないでね…っ!絶対に私達の元に帰って来て!』

 

(うおおあああああああああああああああっ!)

 

「はぁ……っ、はぁっ」

 

その言葉に対して自分は必ず皆の所に帰ると約束した。その約束を胸に抱き、もう一度生きて彼女に……皆に会いたい。その想いがスパイダーマンの力に更なるブーストを掛け、不恰好でアンバランスながらも何とか地に足を着けてどっしりと大地を踏みしてて立ち上がり、姫和と対峙するタギツヒメのいる方向を真っ直ぐ見据える。

 

その様子を後方で見ていた真希は驚愕した表情でスパイダーマンが立ち上がる様を見ていた。

 

「何故だ……何故そこまでして立ち上がる……心臓だって貫かれてる筈だ。生きてる事すら奇跡なのに……それに力は兎も角技量は1番低い。勝ち目が薄いのに何故……まるで」

 

心臓や腹部をを刺し貫かれ、既に虫の息という表現が適切ながら諦めずに立ち向かおうとするその小さな背中に1人の男の面影を見た。

自分よりも弱いのに何度打ちのめして叩き付けても、その度に盾のベルトを握り直し、こちらを「まだやれる」と睨み付けるあの男、キャプテンアメリカに通ずる物を感じ取った。

 

『弱さを認め、前に進むんだ。生まれてからずっと強い者は、力に敬意を払わない。だが、弱者は力の価値を知っている。それに、憐れみも……』

 

確かにスパイダーマンはキャプテンでは無いし、比べる物では無いのは理解しているが例えどれだけ不利な状況下で、どれだけ打ちのめされても勝敗に関係なく立ち上がり続けるその背中に確かに彼から受け取った魂が宿っていると真希は理解した。

 

『行き先が見えなくとも勇気を持って一歩を踏み出すことから始めるんだ。例え小さい一歩でもそうやって少しずつ積み重ねて行くんだ。そうやって立ち直り、もう一度目標を見つけよう』

 

「僕もアイツも弱い……それでも勝ち目なんて薄いのにまだやれると信じて立ち向かえる本当の強さ……か。なら、僕も負けてられないなキャプテン……っ!」

 

スパイダーマンと重なったキャプテンの背中から何か言語化するには難しいが確かに心に響く物を感じ取った真希は覚悟を決めて息を呑んで自分が今やるべき事を考慮してタギツヒメの方を力強く睨み付ける。

 

心臓を刺し貫いた事で既に始末したと判断したスパイダーマンには目もくれず相対する姫和を前にしてタギツヒメ は淡々と挑発して来る。

姫和の方も覚悟を決めて小鳥丸を強く握り、一発の賭けに出るかと思案していると手に自然と脂汗が溜まり、緊張が伝わって行く。

 

「さて、どうする?母と同じ秘術を使うか?その御刀を当てる事ができれば……だが、今のお前では無駄な足掻きだろうな。今楽にしてやろう」

 

タギツヒメが彼女の緊張している心理状態を察するとトドメを刺そうと一気に迅移で加速して前進して斬り掛かかり、右腕の童子切安綱を上段から振り下ろす。

 

「くっ!」

 

咄嗟に迎撃しようと姫和も身構えたがタギツヒメ の右腕を振り下ろす姿勢のまま動きが止まり、右手が何かに引っ張られる力と拮抗しているのかカタカタと震えている。

 

「何?」

 

「まさか……っ!?」

 

この現象の発端はまさか……と思い2人が同時に後方を向くとそこには一直線に伸びた白い糸が真っ直ぐに張られており、その糸を右手で握っている人物がいた。

 

パーカーを袖を引きちぎってノースリーブにして赤の塗料で塗り潰しているのだが傷口から流れ出る鮮血が更にスーツを赤く染め、胸の辺りには黒い蜘蛛のマーク、そしてマスクの目の部分には視界を調整出来るシャッター付きの白い眼の黒ゴーグル、手袋も手の甲の部分が赤で黒い蜘蛛糸の様な縞模様に掌の側が黒いオープンフィンガーのグローブの手作り感満載なスーツを纏った胸部を貫かれて血塗れになりがらも立ち上がり、叔父から貰った腕時計を改造した旧式ウェブシューターを右腕に巻いた親愛なる隣人、スパイダーマンだ。

 

「知らなかった?出来る男ってのはなぁ……隠し球持ってんだよ…っ!…僕はまだ……やれるぞ……っ!」

 

最後の力を振り絞り、力強い芯の通った声が貯蔵庫内に響き渡り今、逆襲が始まる。




no way homeにライミ2のオクトパス役のモリーナ氏が出演決まったらしくてこれ一本の映画にしちゃ情報量やば過ぎない?と見る前から戦々恐々とさせられてます…まあもう予定通り公開してくれればいいかなって感じにはなってますw

venom LTBCのCGカーネイジ思っていた以上にかっこよかったですね

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