刀使ノ巫女 -蜘蛛に噛まれた少年と大いなる責任-   作:細切りポテト

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大事な所且つ、平日は疲れて寝ちまうようになったり休日は映画見に行ったりゲームしたりで遅れましたすみません。畳みに行くようだから出力が変かもですがよろぴくです




第59話 最後の力

「知らなかった?出来る男ってのはなぁ……隠し球持ってんだよ…っ!…僕はまだ……やれるぞ……っ!」

 

貯蔵庫内に響き渡る、まるで最後の力を振り絞るかの様な掠れて息も絶え絶えになりなり、それでも芯の通った力強い声を放つ。

声の主のスパイダーマンはタギツヒメがまだ戦闘可能な姫和にトドメを刺そうと接近した所を御守り代わりに持ち歩いている腕時計を改造した旧式のウェブシューターを咄嗟に手首に巻いて装備し、背後からウェブを放つ事で童子切安綱を振り下ろさんとしていた右腕に命中させ、腕力で彼女の動きを静止させていた。

 

「馬鹿者!お前……そんな傷で……」

 

「ガハ……っ、これでも結構無理はしてるんだけどね……」

 

その光景を目の当たりにしたタギツヒメ の正面にいる姫和は驚愕し、絶句してしまった。

無理もない、先程胸部をタギツヒメ に御刀で刺し貫かれ、壁と床に散々叩き付けられた上に引き摺り回された事で上着の大半が鮮血の色に染まり、足元に雨が降った後の道端の水溜りのような血溜まりを作る程出血し、普通なら心臓を貫かれた時点で即死しなかった事自体奇跡と言えるのだろうがそんな満身創痍な状態になっても尚立ち上がり、立ち向かう意志を見せられるとその精神力と生命力には只々驚くことしか出来ない。

 

(心臓を貫かれてあの出血量。既に即死してもおかしくない筈なのにまだ抗うか。奴の生命力はゴキブリ並か?……いや、蜘蛛だったな)

 

その一方で、タギツヒメ の方は完全に意識を攻撃に向け、そのまま童子切安綱を持つ右腕を振り下ろして姫和を始末する予定が急に右腕が何かに引っ張られる力と拮抗し、動きを静止させられたため思わず首のみを軽く傾けて視線を後方に向けると既に始末したと思っていたスパイダーマンがいた。

 

致命傷を受けて死を待つだけの死に損ないがまだ抗う気でいることに不気味さと同時に苛立ちと鬱陶しさまで覚え始め本格的な排除に移るべきかと思考を切り替える。

 

本当はこんな死に損ないを一々相手にするのも億劫ではあるがこいつに長く時間を取られ過ぎて増援が来たり姫和の一つの太刀を発動されると厄介な可能性はあるからだ。

すぐさま左手に持つ御刀で右手に貼り付いたウェブを斬り払い、拘束から解放されるとスパイダーマンを正面から見据える。

 

手に持っていたウェブが切断された事でタギツヒメの腕力と拮抗していた力が行き場をなくし、勢いに負けてフラつきながら姿勢を崩すが足の裏で大地を強く踏んで踏み留まると自身の身体から流れ出た血溜まりが跳ね、その雫が視界に入る。

 

(うっ……傷は幾らか塞がって来たけど流石に血を流し過ぎたんだ……僕が意識を保っていられるのも後数分って所か…それに……)

 

両腕をだらりと下ろし、膝を軽く曲げてリラックスした姿勢に切り替えて体力の消耗を極力抑え、微動だにしないまま棒立ちになる。

 

ダメージによる疲労が蓄積してた上で無理して立っているだけに過ぎない状態とは言えこれからどう動くつもりなのか分からない、先が読めない状態へと自然と持ち込んでいる事になる。

心臓を貫かれて損傷し、大量出血に際して体内の血液が減少した事で失血状態

に近くなっているがそれでも先程の戦闘とは異なり熱くなって頭に上っていた血が幾らか抜けた事で一度冷静になれたと言うべきか、死に瀕している事で冷静に自身の状況判断を始めることが出来ている。

 

…だが、一概にもいい事ばかりでは無い。

 

(………疲弊とダメージにより立っているのが精々な状態になった事で次の行動がどうとでも取れる棒立ちになったか……偶然か狙ってかは知らないが演算が見せる可能性が増えて来たな)

 

幸か不幸かそれによりタギツヒメ の方も龍眼による未来予測による可能性の数と正確性が不安定になって来ているが満身創痍なスパイダーマンの方が圧倒的に不利な状況にあることに変わりはない。

 

(マズい……視界がボヤけ始めて来た……もうアイツが霞んで見える……これなら目を瞑ってるのと変わらない……)

 

おまけに無理矢理立ち上がってはいるが失血状態に近付いた事で意識が薄くなって来ていると言う事実は変わらないため視界が歪むようにボヤけて行き既に肉眼ではタギツヒメ の姿すら視認することが難しくなって来ている。この状態のまま戦闘してもこちらに勝ち目がない事は明白だ。

 

(目を瞑ってるのと変わらない……?そっか、だったら……っ!)

 

だが、土壇場に追い込まれた事で働き始めた脳内でシナプスが繋がっていきスパイダーマンの中で一つ、思い至ったことがある。

今のこの状態でも使えるいつもはありがたい事も多い反面、扱い方も難しく自分の意思に関係なく無意識に反応する地味にうざったい能力だが、ここ数日の特訓でトニーに特に鍛えるように促され、何度も反復で練習して実践していた。

 

訓練を通してスパイダーセンスは既に目隠しで平衡感覚が安定しない状態でも光速で発射されるリパルサー・レイを普通に回避することが出来る程に身体に馴染んで来ており実際に特訓後に行った戦闘ではこの力と、それに応じて鍛えられた空間把握能力に助けられた場面も多い。

 

ならば答えは簡単だ。目に見える現実だけを信じるのでは無く自分と、自分の直感と自分に後を託してくれた者達の想いを信じる事だと決めると訓練の時と同じ様に瞼を閉じて視界をシャットアウトするとマスクのゴーグルも動きに連動してシャッターが閉まる。

 

そして、視界を遮断した事で現時刻は深夜帯ではあるもののスパイダーマンは深い暗闇の中に1人佇んでいるような感覚に陥る。

 

御刀で貫かれて心臓が損傷し、大量出血で身体中の血液が減少した事で弱まりつつも確かに刻まれている心音が不思議と焦燥感とは違う、必ず勝機を掴むと言う決意へと変わっていく。

そして、全身の力を抜いて息を軽く吸って吐き出して集中力を高める状態に入る。

 

「もういい、失せろ死に損ないが」

 

「避けろスパイダーマン!」

 

微動だにしない棒立ちになった事で龍眼の演算が見せる可能性が増えてしまい手の内が読めないがどの道相手は悪足掻きで立ち上がっているだけ、既に自分の剛腕による攻撃すらまともに回避することすら困難な状態だろう。そのまま串刺しにすれば終わりだ。

そう判断するとタギツヒメ はスパイダーマンの本格的な排除を決定し、頭部から生える4本の剛腕をスパイダーマンの周囲全方向に向け伸縮させ、一瞬で其々の腕が手に持つ御刀で突き刺そうとスパイダーマンの眼前まで迫る。

 

姫和の悲壮な叫びがスパイダーマンに向けて放たれるがやはりスパイダーマンは瞳を閉じたまま微動だにしない。マズい、このままだと剛腕による突きが直撃して串刺しになってしまう。

 

(何故逃げない…っ!?死にたいのか!……いや、まさか)

 

そんな考えが頭を過ぎるが本当にそれだけだろうか。これまでの戦闘でたまに他の事に集中していたり、扱い切れていないのか攻撃を回避し切れずに直撃している局面を何度か見た事はあるが彼は予知を疑うレベルの危機回避を行なっている局面があった事を思い出した。

まさか、彼が狙っているのは……

 

「……………来い、スパイダーセンス………っ!」

 

タギツヒメ の剛腕による全方位攻撃の突き技がスパイダーマンに命中するか否かの刹那。そう小さく呟くと同時にスパイダーマンの意志に応える様にスパイダーセンスが発動し、周囲の時間経過が遅くなったと錯覚する程にゾワゾワとした感覚が鋭敏になって行くと身体中のリミッターが外れたかのように全身が軽くなる。

 

迫る剛腕の切先がスパイダーマンを捉えて串刺しにするその瞬間、血溜まりに波紋が広がり、血液が跳ねると同時にスパイダーマンの姿が消えた。

 

「何?」

 

「消えた……?」

 

攻撃を外して行き場を無くしたタギツヒメの剛腕は壁に突き刺さる。その様子は側から見れば消えたように錯覚するだろう。だが、姿を消して何も行動していないと言うのなら血溜まりには何の影響は無い筈。なのに彼が立っていた血溜まりに波紋が広がり血液が跳ねたと言う事は

 

「ぐっ……!」

 

全方向からの攻撃を命中寸前に回避し、倒れている沙耶香の位置まで移動して手元に落ちている妙法村正を左手で払い上げると同時に右手に装備しているウェブシューターのスイッチを押す事でウェブを射出し、舞衣の倒れている場所に落ちている孫六兼元にウェブを当てるとそのまま手元に引き寄せて足元から火花を散らしながら着地していた。

そしてやはり動く度に胸の辺りが痛むが歯を食いしばって痛みに耐え、孫六兼元を右手に、妙法村正を左手に携えて手の中で数回クルクル回して構えると未だに距離のあるタギツヒメ に向けて特攻して行く。

 

どうやらスパイダーマンはタギツヒメ の攻撃が自分に命中するまでの間に視界を遮断している今の状態でどの様な危険が迫っているのか目視する事は出来ないが先程までタギツヒメが触手のような剛腕を伸縮させ多方面から攻撃して来るか直接接近して来るかのどちらかだと推測した。

だが、今の満身創痍で瀕死な状態の自分など腕を伸ばしてサクっと倒すのが効率的なためその可能性に賭けるとスパイダーセンスで感覚を研ぎ澄ますことに集中していた。

 

そして、タギツヒメは姫和からの攻撃にも対抗できる様になるべくその場から動かず効率よく自分を倒すために剛腕を伸縮させて来たことは音と多方面からの同時攻撃をスパイダーセンスで読み取り、命中する寸前まで脚をためて攻撃が命中する直前で回避し、気絶している皆が倒れている位置は記憶していたので最も近くにいた沙耶香の妙法村正を拝借しつつ少し離れているが他の皆よりは近い位置で気絶している舞衣の孫六兼元も視覚を遮断した訓練で培った空間把握能力で見事に位置を把握して回収したという所だろう。

 

「無駄な足掻きを」

 

タギツヒメはすぐにスパイダーマンを追撃する為にニ振りの御刀を構えたままウェブの使用無しで脚力のみで高速移動するスパイダーマンに再度剛腕を伸ばし、鞭のように縦横無尽に振り回して追撃する。

 

「ダブルダッチってさ……回す方も大事なんだよ!」

 

しかし、スパイダーマンは眼を瞑った状態でスパイダーセンスによる直感を頼りに4本の剛腕による追撃に対し、前から来た一撃を左手に持つ妙法村正を横薙ぎに振って弾き返して防御する。

 

その直後に来る背後からの上段からの斬り下ろしはまるで後ろに目が付いてるのかと疑うタイミングで手の中で軽く孫六兼元を回して柄を逆手持ちに持ち替えて右手を後ろに持って来る事で背面に当たる寸前に刃の位置で防ぐ。直後に再度手の中でくるりと回して孫六兼元を持ち替えると相手の刃を逸らして左脚で回し蹴りを入れる事で弾き返して軌道をズラす。

 

「後ろにも目が付いてるとでも言うのか……」

 

だがそれでも止まない縦横無尽な攻撃の雨霰の最中、スパイダーマンの勢いは止まらない。タギツヒメが剛腕を交差させながら攻めて来る一閃は軽く跳躍して身体をスケートのジャンプの様に捻り、攻撃の隙間を縫って的確に回避して行く。そして、身体を縦に一回転させながら両手に持つ孫六兼元と妙法村正を下向きに持ち変えると勢いのまま伸びた剛腕に思い切り突き刺す。

 

「はぁ!」

 

「………っ」

 

(戦いで大事なのは純粋な力と戦闘技術だけじゃない……相手の利点を潰し、如何に自分に有利な状況に持って行けるかの判断力も大切……っ!まだまだぁ!)

 

突き刺した妙法村正と孫六兼元が剛腕の分厚い表皮と筋組織を突き破って貫通し、そのまま貯蔵庫の床に突き刺さる。

スパイダーマンは視覚に頼ることが出来ない状況下にいながらもキャプテンから教わったように確実に攻め込むためのプロセスを組み上げていく。

この剛腕を地に縫い付けて動きを止めるという行動は大したダメージがあるわけでは無いがその細めの身体からは想像も付かない力で突き刺した御刀が鍔の位置までめり込む腕力で地面に縫い付けられているためちょっとやそっとでは引っこ抜けない事態に陥り、その上で未だに勢いの止まらないスパイダーマンにも対応しなければならない。

 

「はああああああああ!」

 

「ふん」

 

剛腕2本を地に縫い付けたとは言え剛腕の伸縮による遠距離攻撃を武器無しの回避のみで対応するのは難しい。そこでスパイダーマンは自分からも仕掛けてみるという方向にシフトし、前進しながら足元に落ちていた薫の袮々切丸を思い切り右足で固定された状態にあるタギツヒメ に向けてサッカーボールの様に蹴り飛ばす。

 

蹴り飛ばされた袮々切丸が物体を切断する機械の刃の様に細かく縦回転しながらタギツヒメ目掛けて飛来するがこの攻撃は自分が攻撃に打って出ている状態で仕掛けられた物であるため予測は間に合わなかったが対応出来ない程では無い。右手に持つ童子切安綱を横に振って弾き飛ばすと袮々切丸が壁に突き刺る鈍い轟音が貯蔵庫に響き渡る。

その間にスパイダーマンはすぐ様右手のウェブシューターのスイッチを押してタギツヒメ の足元に向けて放ち、左足首に命中させる。

 

「何?…」

 

「足を狙えってね!」

 

演算が間に合わない瞬間にウェブの命中を許してしまいスパイダーマンは思い切り右腕を後方に向けて引っ張ることで体勢が崩れて足が宙に浮く。ノロとの融合で相当な重量になっている筈のタギツヒメを片手で引っ張り上げる腕力も異常だがキャプテンから特訓で教わった様にキャプテンのシールドでの防御や

刀使達のように地面に足を付けて武器を振るったり、防御する相手が最も重要とするのは足捌き、脚の踏ん張りの強さだ。そこを突き崩す。

 

「うおおおおお!」

 

姿勢が崩れて固定されたまま軽く宙に浮いたタギツヒメ に向けてスパイダーマンはウェブを手放すと一気に接近してその勢いに乗ったまま右足を軽く上げると前に突き出して前蹴りを放つ。

 

「だが甘い」

 

タギツヒメは姿勢を崩され、姿勢が安定しないため両腕に持っている御刀で防ぐにせよ踏ん張るのが難しいのは確かだがまだ自由な剛腕が2本残っている。

次に取るべき行動を防御最優先に切り替え、残っている2本の剛腕を自身の眼前に交差させながら持って来ようとする。そしてスパイダーマンの蹴りを防いだらそのまま反撃でもう一度直接御刀で串刺しにしてやればいい。視覚を遮断しているスパイダーマンでは視覚に頼らずに次に自分が取る行動を予測するのも限界がある筈だとそう確信して思わず薄ら笑いが浮かんだ。

 

「甘いのは……お前だ!」

 

しかし、その刹那に貯蔵庫内に荒々しくも力強い声が響き渡る。

その叫び声にタギツヒメと姫和はその方向に顔を向け、スパイダーマンは

一瞬反応するが台詞回しから敵では無いと勘繰ると自分の攻撃に集中すると何者かがやや高い位置にあったフェンスから一直線に飛びながら一瞬で両者の方向に接近し、縦方向に回転しながら防御体制に移ろうとしていたタギツヒメ の2本の剛腕に重い一撃を与える。

 

流石に一撃で破壊には至らなかったが全身全霊の八幡力を込めた一撃を叩き付けたため、怯ませて一瞬動きを止める分には充分だった。

 

一撃を与えるとその人物が御刀を振り下ろした姿勢のまま地面に着地して姿が顕になる。銅色の制服にジャージを肩がけに羽織り、褐色の髪に鋭い目付きの整った顔立ちに長身。親衛隊第一席獅童真希だ。

 

真実を確かめるためにこの場所に来て、自身が仕えていた相手が全ての元凶に乗っ取られ今この日本に牙を向ける存在だという真実に辿り着いた。

先程まで足がすくんで動けなかったが勝ち目が無くとも、打ちのめされても立ち上がり続けるスパイダーマンの姿に自分より弱くとも自分に打ち勝ったある不屈の男の姿を見て、勇気付けられ自分が真に戦うべき相手を見極めて介入して来たようだ。

 

既に倒され用済みになったと思っていた手駒が今になって自分に牙を向くとは思ってもいなかったが、邪魔者の1人であるスパイダーマンを排除することに集中していたのに余計な横槍を入れられた事で不快感を示したのかタギツヒメ の眉間に皺が寄る。

 

「刃向かう気か、腰抜けの捨て駒風情が」

 

普段冷徹であまり表情が変わることはないものの寛大で、現在の平和な体制を築き上げた圧倒的な強さを誇る信用できる上司だと思っていたがやはりこいつは自分たちを騙して利用し、日本を滅ぼそうとする日本の敵だと理解した。

 

これまで彼女を信じて忠義を尽くして来たが、その相手はたった今自分の心を裏切った。そして自分はその相手の甘言に乗せられて悪行に加担してしまった、ならば今自分が為すべきことはコイツを止めて国民を守る事だと再確認してタギツヒメを睨み付けて叫ぶ。

 

「そうか……やはり本当に……なら、今のが辞表だ……っ!行け!蜘蛛男!」

 

「はぁ!」

 

その呼び掛けに応えるようにスパイダーマンが気合の入った掛け声と共に前蹴りを放つ。真希の介入で怯まされた事で剛腕での防御は間に合わずすかさず両手に持つ御刀での防御に切り替える。

 

「この……っ」

 

風を斬る音と同時に放たれた渾身の前蹴りがタギツヒメへと向かって推進して行くがタギツヒメは両手に持つ御刀で防ぐ。しかし、放たれた蹴りが御刀に激突した瞬間に全身に電流が走ったのかと思う程の衝撃が走る。それだけ重たい一撃だった。

どうやら自分が本体を呼び出す為に隠世に干渉した辺りからスパイダーマンの力はまるでリミッターが外れたかのように上がって来ている……だが、本当にそれだけだろうか?

 

姿勢が安定しない宙に浮いた状態で受けたスパイダーマンの前蹴りを防ぐことには成功したが軽くだが押されてしまい、2本の剛腕は地面に縫い付けられてしまっている為動きは制限されたしまった。ならばこのままカウンターを入れれば奴を捉えられると判断してからそのまま右手に持つ童子切安綱を前方に向けて突きを放つ。

 

(ぐっ……!流石に長くは持たないか……なら、ここで一気に勝負を決める!)

「はああああ!」

 

スパイダーマンは蹴りを防がれ、宙に投げ出された状態のままであったが目を瞑っていてもスパイダーセンスは敵からの攻撃が来ている事を教えてくれる。

スパイダーセンスの直感を信じて相手の突きが命中するか否かの絶妙なタイミングで身体を急旋回するという離れ業で捻りながら突きを回避し、そのまま回避と同時にタギツヒメ に再度回し蹴りを入れる。

 

「がっ……」

 

先に自分から仕掛けた事やスパイダーマンが回避と同時にカウンターの動きを放つ動きは予測出来ずに下顎に蹴りが命中し、その力の勢いに耐え切れず身体を固定していた2本の剛腕が千切れてタギツヒメ の身体は天井に向けて打ち上げられてしまう。

スパイダーマンは初めてまともに攻撃を当てる事に成功した事に確かな手応えを感じたがこれまでの自分の様に成功したからと言って一喜一憂してはいけない。自分が動き続けられる時間にも限りはある上に相手を空中という姿勢も安定せず、紫の身体の倍近くはあった剛腕のように重量もあるとなると身軽でウェブを使用して空中でも高速移動や細かい動きが出来る自分と違って小回りが利かず空中での急旋回や細かい動きは難しいだろう。

つくづく幸運に救われていると思わざるを得ないがそれでも降って来たチャンスを逃さずに自分の物に出来る奴が勝利を掴むと信じ、打って出る。

 

スパイダーマンは天井に向けて右手を伸ばすとスイッチを押し、ウェブを発射する。ウェブが天井に命中すると引っ張り強度が強くなった事で天井に向けて強く引っ張られ、一気に急上昇する。

 

「はあ!」

 

「ぐあ……っ!」

 

「世界を……お前の好きにはさせない!」

 

そのまま右膝を思い切り上に向けて曲げると空中にまで蹴り飛ばされたタギツヒメ の腹部に命中し、膝が思い切り腹にめり込む音が鳴ると勝機を逃すまいとスパイダーマンは追撃を開始する。

膝蹴りを命中させ、更に宙に浮かせた状態から再度身体を捻ることで勢いに乗り、タギツヒメを更に上に向けて蹴り飛ばす。

 

スパイダーマンの蹴りが命中して蹴り飛ばされたと知覚するよりも先に先程まで下方にいたスパイダーマンがウェブを壁に命中させ、その伸縮によって加速していつの間にか背後に回り込んでおりタギツヒメが反応するよりも先に回し蹴りを放って来る。

ウェブによる高速移動によって速度と慣性の乗った回し蹴りが背中に命中すると更に反対側へと蹴り飛ばし、スパイダーマンは先程と同じ方法で接近して拳を振り下ろすと最もスパイダーマンに近い位置にある剛腕で防御するが踏ん張りの効かない空中ではスパイダーマンの拳に力負けして剛腕が折れてひしゃげると殴り飛ばされ、縦横無尽に駆け回りながら空中で何度もアクロバティックに追撃して行く。

 

(マズい……このままでは……っ!)

 

空中で身動きの取れない状況下で絶やす事なく攻撃を当て続ける格ゲーで言う所の"お手玉"の状態にされ、連続で追撃されたことで徐々にだがダメージが蓄積して来たためスパイダーマンに対して危機感を覚え始めたタギツヒメ の心情など知る由も無いスパイダーマンは空中で一回転した後に回し蹴りをタギツヒメの背中に放ち、地面に向けて思い切り彼女を叩き付ける。

 

「ぐぁ………っ!馬鹿な……っ!」

 

地面に叩き付けられたダメージは大した物ではないものの空中での連続攻撃は着実にタギツヒメにダメージを与え、蓄積された痛みはタギツヒメの反応速度にも影響を及ぼし痛みに身悶えている。

 

しかし、タギツヒメを地に叩き付けた事を音で把握出来たが自分たちが7人相手で勝負を挑んでもまともにダメージを与えられなかった相手だ。

運良くダメージを連続で与える事は出来たがその程度で倒れる相手ではないのは想像に難くない。

 

「クソッ……ウェブが切れた……っ!おっと」

 

速く追撃しなければと判断して、落下しながらスパイダーマンは追撃しようとウェブを放とうとするが先程の戦闘で全て使い果たしてしまっていた様で空気が抜けた様な音がするだけだった。

しかし、視覚に頼れない状況下で地に向けて落下していると直後に足の裏に着地した時と同じ衝撃と金属音が鳴り響く。長さから察するにスパイダーマンが蹴り飛ばされた袮々切丸がタギツヒメに弾き飛ばされて壁に突き刺さった物だった。

 

「すぅ………」

 

スパイダーマンは着地した矢先に壁に刺さった袮々切丸の上で再度深く深呼吸をすると膝を曲げて力強く踏み締める。

重傷でありながら限界を超え、無理に無理を重ねて動いたため全身が悲鳴をあげており動けなくなるのも時間の問題だろう。ならば、この最後のチャンスに全てを賭けるべきだと判断する。

 

『フッ…………やっちまえ、隣人』

 

すると、脳内にスパイダーマンを激励するかの様な声が響くとスパイダーマンの命を賭けてタギツヒメという悪意に挑む意志に応えるかの様に力を溜めていた右脚が薄紫色の毒々しい輝きを発光する。

 

「何だ……この光は……?」

 

「馬鹿な………あの光は奴の……っ!」

 

スパイダーマンは思い切り袮々切丸の縞地の上を思い切り強く蹴り上げ落下しながらタギツヒメ に向けて一直線に飛び蹴りを放つ。

 

「堕ちろ!」

 

タギツヒメは20年前に隠世に放り込んだ蜘蛛型荒魂と同じ力をスパイダーマンが使い始めた事に前回の経験からあの技は危険だという事を理解しているためそれを阻止する為にスパイダーマンに向けて剛腕を伸ばして撃墜しようする。

 

「させるかぁ!」

 

しかし、その一連の動きを見ていた真希はいち早く動き出して伸ばされた剛腕に向けて横凪の一閃を叩き付けると真希の八幡力の威力によって軌道が逸れる。そして真希は上段から薄緑を思い切り振り下ろす。

 

一直線にしか飛べないスパイダーマンを狙っていた剛腕は軌道がズレた事で狙いがそれてしまいスパイダーマンの顔面スレスレ……いや、マスクのゴーグルの右側の縁に辺りを掠めたが精々ゴーグルが突き刺す力によって砕けてマスクの布と頬を軽く裂いてマスクを後方に弾き飛ばして素顔を露出させただけの結果となった。

 

 

「この裏切り者が……!」

 

「お前にだけは言われたくないな…っ!」

 

真希に割り込まれた事で狙いが逸れてしまったことも痛いため、すぐ様真希を片付けてスパイダーマンを……いや、既に素顔も露出しているのでスパイダーマンの中の人である颯太を迎撃する準備に入らないとマズい。そのため、上段から振り下ろされた薄緑を左手に持つ御刀の刃で受け止めるて左へ受け流すと

右手に持つ童子切安綱で真希の腹部を貫く。

 

「失せろ!」

 

「ぐあ………」

 

その一撃で写シが剥がされてしまい、精神にもダメージを受けると一瞬で意識が薄れていきタギツヒメはすぐ様腹部に刺した御刀を引き抜くと蓄積されたダメージが限界を超えて気を失った瞬間に右脚で彼女を蹴り飛ばし、真希がそのまま転がって行くのを他所に颯太の迎撃に入る。

 

「これで最後だ!はあああああああ!」

 

「はっ……ぐああああああ!」

 

「うあっ!」

 

しかし、迎撃体制に入ろうとした矢先に颯太の蹴りはタギツヒメの腹部に直撃し、その瞬間に地震が起きた様な周囲一帯に轟音と衝撃が走り、貯蔵庫の地層がグラグラと揺れ動いて地響きを立てており姫和はその衝撃に驚いてしまった。

 

それと同時に、衝撃の影響かは定かでは無いが意識を失って倒れていた可奈美の指先が微かにピクりと反応した。

 

颯太の渾身の一撃を受けたためか腹部から全身に向けて生身で車に激突された様な衝撃と痛みが走って行き、20年分のノロと融合した本体の分の重量があるにも関わらず両脚の踏ん張りすら意味を成さずにそのまま蹴り飛ばされて壁に直撃し、タギツヒメが激突した岩壁に巨大な穴が空いた上に土煙が舞っていることがその威力を物語っている。

 

「はぁ……はぁ……これでどうだ……ぐっ!」

 

「おい、これ以上は無理だ!後は私が!」

 

颯太は彼女を蹴飛ばした後、着地しようとしたが力が入らずそのまま顔面から地面に倒れ伏して、地面に向けて拳大の血液を叩き付けるように吐血する。

何とか起き上がろうとするものの今度こそ身体に力が入らず、地に這いつくばる形になっていると姫和が駆け寄って来て声をかけて来る。

颯太は失血で視界がボヤけている状態は変わらないが近くに彼女が寄って来た事は理解出来たが具体的な状況を把握する事が出来ずにいた。

 

もし、今のでカタを付けられていないのなら姫和が一つの太刀を発動してタギツヒメ と心中してでも封じる可能性がある。またしても目の前で誰かが消えてしまうかも知れない結果は避けたい。

 

「一瞬本気で焦ったが……我を倒すには遠かった様だなスパイダーマン」

 

しかし、それを嘲笑うかの様に現実はあまりにも残酷だった。土煙が晴れると壁穴からゆったりとした動きで起き上がってくる。歩き方はどこか覚束ずフラついている様にも見えるが颯太の攻撃が派手に直撃した割には深刻なダメージを受けているようには見えない。おまけに2本の千切れた剛腕も蹴り上げた際の勢いによる力技で千切れたに過ぎ無いため徐々にだが再生を開始している。

 

(奴が放って来たあの蹴り……20年前に我の邪魔をした奴に似た力を使った様に見えたがただの威力の高い蹴りでしか無かった。我の杞憂だったようだ)

 

タギツヒメは眼前に倒れ伏して起き上がる事すら出来ない颯太を死にかけの虫でも見るかのような凍てつく視線で見下ろし、状況の分析を始める。

確かに20年前の大災厄で自分の邪魔をして来た蜘蛛型荒魂の毒針の様な妙な力で死にかけた経験も有り、1ミリも予想だにしなかった相手が土壇場で似たような力を発揮して来たため警戒せざるを得なかったが直撃した時点では全身に衝撃が走った上に慣性の乗った渾身の飛び蹴りであったため確かに意識が飛びかねないダメージではありかなり痛かった。

 

だが、20年前に受けた毒針のように全身が軋む様な内部からの激痛や死という結末に誘われるような感覚は無くこうして何とか動く事は出来ているため肩透かしをくらったような様な気分にさせられると同時に自分の心配が杞憂であったため内心安心している。

 

「まぁ、未熟者でありながら我をここまでコケにした事は褒めてやろう。もういいだろう?無駄な足掻きだったがな。もうそろそろ楽になれ」

 

「スパイダーマン、お前はよくやった……だから」

 

「よせ……っ!」

 

「無駄だ、お前の剣は私に届く事は無い。折神紫を越える刀使はこの世に……」

 

 

反面一瞬の綻びからそのチャンスを逃さずに自分に対して怒涛の攻めで確かなダメージを与えたという事実は覆す事は出来ないため素直に賞賛しているが排除すべき人類の一部である事は変わらない上にしつこい程に諦めが悪い様はいい加減面倒になって来ている。

瀕死で苦痛なだけなのに未だに抗う眼前の惨めな生き物を生という名の地獄から解放してやろうと接近するタギツヒメ に対して姫和は瀕死ながらも命がけでタギツヒメに挑んだ颯太にこれ以上無理をさせてはいけないと思案し、自分が相手をする事を決めて迎え撃つ体制に入る。

 

「………?」

 

だが………対峙するタギツヒメの背後にある、ある物が視界に入った事で驚愕して瞳孔を散大させている。

颯太も懸命に静止しようとするが身動きが出来ない程疲弊している自分では止める事が出来ない事にもどかしさと焦りを感じているが目視できないながらも姫和の様子が変わった事を急に大人しくなった事で感じ取り、顔を上げて前を向く。

   

「?」

 

何故か自分よりも後方に視線が向けられている事に違和感を感じたタギツヒメは視線の先である自分の背後を向く。

 

「紫!久しぶり!」

 

「可奈美……?」

 

先程まで倒れて気絶していた筈の可奈美がいつの間にか立ち上がり、そこから発せられる張ったような気安い声色を発していた。

だが、その言葉には妙な違和感がある。可奈美と紫は知人という仲でも無く、先程まで戦っていたのに久しぶり、という表現はあり得ないからだ。

まるで、別人が乗り移っている様な不思議な雰囲気。当然ながらその急変ぶりに姫和は困惑してしまっている。

 

……だが、タギツヒメ と颯太はこの感覚を知っている。

 

「美奈都…………おばさん……?…ゲホッ」

 

「何だと!?」

 

「ちょっとちょっと〜!ピチピチのJKに向かっておばさんは無いでしょおばさんは〜。ま、アンタが耐えてくれてたお陰でアタシが起きるまでの時間を稼いでくれたのは助かったけどね!」

 

「えっ?あ、すいま……ガハッ」

 

「有り得ない……っ!」

 

颯太と姫和は可奈美の変貌に困惑しているが状況を受け止めている反面タギツヒメは今眼前で起きている想定外の、本来ありえない筈の現象が起きた事で狼狽している。

眼前で起きている不条理な現象に対し、排除する対象をすぐ様可奈美に切り替え迅移を発動して斬りかかる。

 

しかし、冷静さを欠いて自分から攻め込んでしまった事で攻撃を当てる寸前まで行動の兆しを起こさずに動かなかった可奈美の動きを予測出来ずに流れるように回避され、通りざまにカウンターで右手首を切り飛ばされて宙を舞い地に突き刺さる。

 

「あり得ない」

 

「あり得るよ!」

 

忌々しげに呟くタギツヒメの言葉に対して軽めな口調で返し、相手の注意を逸らしながら可奈美は姫和と颯太の前に移動して両者を守るように前方に立ち千鳥を正眼に構える。

 

「可奈美……?」

 

その呼びかけに対して、軽く後ろを振り向いて不敵に微笑みを返す。

 

「ありえない……藤原美奈都は既に死んでいる!」

 

既に7対1でも圧倒的な力で蹂躙し、表情も変えなかったタギツヒメはスパイダーマンに反撃され始めた頃から若干その鉄のベールは剥がれ始めていたが既に故人でありながら現代で最強と言われている折神紫をも超える筈の人物が、いやその人物をトレースしてるのかも知れないがこの器を越える技量を持つ相手が眼前にいるとなると動揺するなという方が難しいのだろう。

本格的に排除するために2本の剛腕を可奈美に向けて伸ばし、串刺しにしようと試みる。しかし………

 

「らしいね!」

 

伸ばされた2本の剛腕の手首は無惨にも返す刃で切り裂かれて転がって行く。

余裕そうな笑みを浮かべる可奈美に対し、タギツヒメは再度迅移で加速して接近して斬りかかって行くが軽々と回避された後に剛腕を斬り飛ばし、再度攻め込んで行くが攻撃する前に剛腕を斬る。着実に剛腕の数が減って行くことで焦りは更に本格的になって行く。龍眼が見せる未来が自身の敗北以外を見せなくなって行くからだ。

 

 「こんな未来…ある筈が………っ!演算が……未来が狂う!」

 

 「でもこうして戦ってる!」

 

最後の剛腕を斬り落とした後に本体から生える眼球に切り込みを入れる。しかし、可奈美の方も限界が来ていたのか気を失って地面を転がって行く。

 

「ごあああああああああああ!」

 

 

「うっ……」

 

「「可奈美!」」

 

人間の声帯から出る物とは思えない、潰れた蛙のような絶叫が貯蔵庫中に木霊する。

その絶叫に颯太と姫和は一瞬驚くが颯太は動けないため姫和が可奈美に駆け寄り、可奈美の肩に手を置いて容態を確認する。あれだけの凄まじい戦いを繰り広げていたのに目立った外傷は見られず、眠っているかの様に気を失っているだけであるため胸を撫で下ろした。

 

「この事態は予想外だが……これで終わりだ」

 

だが、タギツヒメ は剛腕を全て失いながらも未だに両脚で大地を踏みしめて立っている。だが、最大の脅威であり計算外の存在であり可奈美に剛腕を全て斬り落とされ、本体に付いている眼球も潰されてノロが涙のように溢れ出している事から確実に弱っているのは事実ではある。

よって、本格的にケリを着ける決断をし眼前に見える姫和と颯太、そして気を失って横たわる可奈美に向けて両手に持つ御刀を構えて3人を始末しようと足を前に踏み出そうと大地を蹴り上げた瞬間。

 

ドクン……ッ!

 

本体の体内で紫色の液体が広がって行く事で徐々にタギツヒメの本体のみが毒々しい薄紫色に変色して行き、20年前のあの時の様に身体全身が内部から軋み始めて激痛から走り出していたタギツヒメの足が不自然に静止して、両手に持つ御刀を地面に落とす。

 

「ぐっ………こ、これは……っ!?」

 

「何が起きているんだ……?」

 

「融合が保てない……これは……あの時の……っ!?ぐああああああ!」

 

タギツヒメが胸を押さえて苦しみ出して悶え始めると徐々に頭部から生えていた本体から薄紫色に変色したノロが泥の様にボロボロと溢れ始めて崩れ落ちて行き、遂には毒の浸食によって紫との融合を保てなくなったのか肉体を放棄した。

放棄された紫はその場でパタリと倒れ込み、動かなくなっているが完全に20年間彼女と融合していたタギツヒメは完全に彼女から除去出来たという形になるのかも知れない。

 

スパイダーマンがタギツヒメを止める為に限界を超えて瀕死の状態で戦う事で可奈美が起き上がるまでの時間を稼ぎ、土壇場で発動した未知数な力による攻撃も結果として紫からタギツヒメを追い出す(?)状況を作り出す土台となった。タギツヒメが無駄な足掻きと嘲笑ったスパイダーマンの決死の反撃は決して無駄では無かったと言えるだろう。

 

「今になって効いて来たとでも言うのか……っ!?ぐっ……だが……っ!」

 

宿主を無くしたタギツヒメは紫の頭部から生えていた姿のまま大地を踏みして顕現しているが颯太に打ち込まれた紫色の光の毒が遅効性で今になって効いてきたが死に至る程の物では無い様だ。

だが、まだ生きているなら反撃の意思は途絶えない。タギツヒメの頭部が花の開花の様に開き、そこから真紅の光の柱が天に向けて放たれる。

 

すると、夜空にひび割れた様に裂け目が出来ていきそれが近辺一帯に広がって行き真紅の色に染まって行く。

 

「何だあれ……?」

 

「…………」

 

その様子を見ていた姫和と未だに起き上がることは出来ないがボヤけていた視界が幾らか回復し、夜空に広がる真紅の異変を視認する事は可能でつい言葉を漏らす。

 

姫和は空を見上げながら様々な想いを逡巡する。この広がって行く紅い空がどの様な影響を及ぼすのか測り知れないがここでタギツヒメを止めなければ全てが終わるという事実は変わらない。

そして、周囲を見渡しても皆が戦闘不能の最中対抗できるのは自分だけだという事を自覚すると眼前に立つタギツヒメを見据えて立ち上がる。

 

「スパイダーマン……皆を頼む」

 

「待って!ダメだ………っ!」

 

倒れ伏したままだが、意識のある颯太に向けて遺言とも取れる発言をして後を託し、再度写シを貼り直して両手を背中側に下げて後ろに構える斜の構えを取る。

一瞬だけ可奈美の方をチラりと見やると小さく微笑み、一瞬目を瞑ると心中してでも倒すという覚悟を決めて対峙するタギツヒメを真っ直ぐに見据える。

 

それに応じて先程まで地に突き刺さっていた2本の御刀が消えて空間移動した様にタギツヒメの手元に収まると交差するように構えて防御の姿勢を取って迎え撃つ態勢に入る。

 

「姫和!」

 

右足を後方に引き、一気にシフトチェンジで加速して大地を強く蹴り上げると姫和の姿が消えた……いや、通常の肉眼では消えた様にしか見えない速度で加速したのだ。

颯太はその動き自体を目で追う事は出来ていたが既に静止も届かない距離まで移動しており、一筋の稲妻の様になっていた。

 

「これが私の………」

 

そして、タギツヒメの防御が彼女の一突きを防ぐ間もなく胴体に突き刺し、そのまま貫いた。

 

「『真の一つの太刀』だ!!」

 

そう力強く叫んだ瞬間、迅移の段階がより深い層に進んだ事によって通常の時間から切り離されて行く。自らと引き換えに対象を永遠に隠世の彼方へと送り込んで戻って来れなくなる柊の秘術。

 

「このまま…私と共に隠世の彼方へ!」

 

それを舞草の里で一同が会した際に触り程度だが聞いており発動させるのは避けたかった颯太はどうにか阻止しようとするが、無理をして起き上がるのが精一杯でウェブシューターのウェブも先程の戦闘で使い尽くしてしまって止める術が無い。

 

「クソッたれえええ!」

 

半ばヤケクソ気味になりながらウェブシューターを装着していない左腕を手を伸ばす様にして前に突き出す。しかし、この時無意識且ついつもの癖で左手の中指と薬指で掌を押していた。

 

すると、現在着ているハンドメイドスーツのパーカーの袖とフィンガーレスグローブの隙間の辺りから見える素肌の手首からいつもウェブシューターでウェブを発射する様に一直線にクモ糸が飛び出て行く。

 

「何だか知らないけど……頼む!」

 

先程から起きる自分の肉体の変化には戸惑っているがこれはある意味地獄にいる時に降ってくる蜘蛛の糸だと思う事にして手首から放たれたクモ糸が一つの太刀の影響で通常の時間から切り離されて加速して行く姫和の背中に命中したのを確認すると慣れた動作で糸を掴み、両脚で強く踏ん張る。

 

「………はっ!」

 

一瞬、後方から何かに引っ張られて前進が遅くなったようや感覚がして後方を向くと姫和は瞳孔を散大させて驚愕した。何と颯太が姫和の背に張り付くクモ糸を持ったまま大地を踏みしめて綱引きの様に引っ張る事であちらに引き戻そうとしている姿が見えたからだ。

 

「やぁ、結構重いね……これでも10t位は普通に持ち上げられるんだけどな……もしかして太った?……」

 

「バカ者!このままではお前も引き摺り込まれるぞ!」

 

「助けようとしてるのに……っ!うおっ!」

 

颯太は姫和を自分の方へと引き戻そうと踏ん張っているが加速して行く力と既に限界を超えた上で何とか動いている状態であるため踏ん張り切れずに力負けし、足裏が宙に浮いて自分も吸い込まれて行ってしまった。

だが、それでもクモ糸を離さずに自分の元へ手繰り寄せて姫和を救出しようと試みている。

 

だが、ここまでは2人とも吸い込まれる……そう姫和が思案した瞬間更に後方で声が聞こえた。

 

「ダメ!2人とも!」

 

その悲痛な声の主は先程まで気を失って眠っていた可奈美だった。

遠ざかって行く2人を追い掛けるために迅移によって加速した空間へ向かって全力でまるで果てしなく遠い坂を登るかの様に腕を左右に振りながらその道を一直線に駆け上がって行く。

 

「可奈美……」

 

そして、前方にいる颯太にまで追い付くと彼の背中に抱き着くと彼がクモ糸を持っている手に自分の手を重ねて自分もクモ糸を掴む。

颯太が振り向くと可奈美は真剣な顔で小さく頷くと彼も同じく頷き返す。

 

「「うおおおおおおおおおおお!!」」

 

2人が思い切り力を振り絞ってクモ糸を引き寄せると徐々にだが、姫和の身体が徐々にタギツヒメ から離れて行き、童話のおおきなかぶの要領で同時に強く引っ張ると完全に姫和の身体がこちらに引っ張られて来たため可奈美はすぐ様姫和を受け止めるがまたしても意識を失ってしまうが上昇が止まらない颯太と落ちて行く姫和はタギツヒメの方を見据えている。

 

(タギツヒメが…?)

 

(まだ……何か仕掛ける気なのか……?)

 

その寸前、タギツヒメは真紅の光を強く放っている。まるでまだ死んでいない可能性があると言う事、そしてまた新たなるゲームを始める気でいる可能もあるという事を認知させられた。

姫和が一つの太刀を使った反動で気を失ってしまい颯太も既に限界を越えていたため、意識を保てずに結果気を失う。

 

 

「何とか倒し切れたが……時間が掛かってしまったな」

 

「あぁ、超人兵以上の集団を2人で相手取るのは厳しかったな……」

 

一方、未だに折神邸で雪那が送って来た鎌府の刀使の増援を足止めしていたアイアンマンとキャプテンであったがこれまでの敵でいた強力な装備を付けているが所詮は人間だったり超人と言っても少人数の敵とは違い、訓練されて超人的な力を使う集団を相手にし、尚且つ命令に従っているだけで進んで悪事に加担している訳ではない子供を討つ訳にはいかない上に負傷して疲弊しているキャプテンをカバーしながら突破するのは難しい状況であるため、背中合わせで互いを守りながら鎌府の刀使を相手取っていたがたった今カタが付いた。

 

「よし、坊主達の所に行くぞ」

 

「あぁ」

 

アイアンマンがキャプテンに声を掛けるとスーツに搭載されているAIであるF.R.I.D.A.Y.が語りかけて来る。

 

『ボス、祭壇の方で異変です』

 

「何?それはどういう……」

 

アイアンマンがF.R.I.D.A.Y.の報告に嫌な予感がして一瞬祭壇のある方向に視線を送ると祭壇から一筋の真紅の光が立ち上って行き、空がひび割れた様に広がって行く。

 

「やれやれNYを思い出すな……嫌な予感がする。F.R.I.D.A.Y. 、解析出来るか?」

 

『少々お待ち下さい………解析不能……消失しました。ですが、上空にスパイダーマンの姿を検知』

 

真紅の柱はかつてNYでの戦闘で出現したワームホールを想起させ、アイアンマンの記憶を刺激し、その中に入り込んで命懸けで核ミサイルを持って特攻した事を思い出す事でこの現象も何か危険な予感がして解析を命じたが機械では不可能な様だ。

しかし、解析は不可能であったが一つの太刀を発動して上空に登って行く最中で可奈美とスパイダーマンの介入によって姫和がタギツヒメ ごと隠世に送り込まれる事を阻止した上でタギツヒメは別のプランに切り替えた事で真紅の柱は消失した。

 

だが、上空をスコープ機能でよく見ると可奈美と姫和は少し離れた場所に不時着したが戦闘の余波でマスクが外れて素顔が露わになっている颯太は途中で弾き出されて上空から落下しそうになっていた。

 

「世話が焼ける奴め……キャップ、空から男の子だ。キャッチしてくる」

 

「分かった、急げ!」

 

アイアンマンはすぐさま掌を地に向けてリパルサーを起動すると空中に向けて飛翔するとF.R.I.D.A.Y.に座標と落下速度を計算させて彼が落下してくる場所まで一瞬で移動する。

 

「よっと、F.R.I.D.A.Y.!坊主は!?」

 

空から降って来た颯太の落下点に入り、落ちて来た所に両手を広げて彼を受け止める。

アイアンマン の腕の中でですやすやと眠るその寝顔は命懸けの戦いに身を投じる舞草の一員でも、隣人達を守る為に世界を脅かす脅威に立ち向かうスパイダーマンでも無い年相応の子供の様であった。

だが、身体中に何度も叩き付けられて引き摺り回されたような擦過傷や元々赤色に塗装されているパーカーが鮮血で染まっているというパッと見だけで重症だという事は見て取れる。

 

『満身創痍で出血多量……失血状態ですので輸血は必要かも知れません』

 

「分かった急ごう……何だアレは」

 

アイアンマンが急いで運ぼうとすると祭壇から蒼白い3本の光がうねりながら出現し始める。うねり、交差し、そして夜の鎌倉を照らす様に拡大して行き天へと登って行く姿が確認出来た。

 

祭壇では先程まで戦っていたが気絶している沙耶香、エレン、薫とねね、真希……そして紫は蒼白い光に照らされ、横須賀港にて拘束されて連行されパトカーに乗り込もうとしていたハッピー、朱音、累、フリードマンは祭壇の方向から真紅の光の柱が出現した事で警察一同の視線が釘付けになっており彼らもそのパトカーの窓から様子を見ていたが今度はうねる蒼白い光を見つめていた。

 

そして、3本の光の柱が交差した瞬間にまばらに、流星の様に一筋の光となって3方向に分かれて行った。

 

戦闘不能に陥った後にスパイダーマンにウェブで道端に生えている木にくくりつけられていたヴァルチャーの装備も既に稼働時間の限界に到達して解除され、トゥームスに戻っていたまま放置されていたが祭壇から立ち上る蒼白い光を見て自分が付いた陣営の主がどう言った物だったのかを察知して今後の動向を思案していた。

 

「あーらら、俺今回とんでもねぇ所に着いちまったみてぇだな。にしても連中、バケモンの親玉が治安組織の親玉でそいつを守るために必死こいてたなんて皮肉なモンだな……さて、こっからどうすっかねぇ」

 

御前試合会場でエレンと薫とねねに敗退してやれる事も無くなったのでその場から動かずにいたが突如現れた蒼白い光を見てアレクセイは複雑そうに何かを考えている様だがハーマンはスマホを取り出してカメラ機能で蒼白い光の波動を動画撮影していた。

 

「おいおいおい、何だありゃ。ゲリラライブでも始めるってか?」

 

「やはり、局長には何か秘密があったという事だろうか……それに、あの子達は大丈夫だろうか」

 

「知らね。ま、ちょっとそっとでくたばる連中じゃねーのはテメーも知ってんだろ?映えそうだから動画撮っちゃお」

 

「あまり節操の無い事はしない方がいい。今や日本中が混乱の最中でこの現象を見守る事しか出来んからな」

 

ハーマンが蒼白い光をスマホで動画撮影という若干俗っぽいと言うか拙僧の無い行動をしたので注意すると口を尖らせて拗ねた様に撮影をやめてスマホをポケットに仕舞うと何か思う所があるのかふつふつと語り出す。

 

「ちぇっ……わーたよ……てか、待てよ。今日本中がこの特大ネオン見てるって事はりるるんも見てるかも知れないって事……つまり拙者とりるるんは同じ日同じ時間に同じ光景をみて同じ経験をしてるかも知れないって事ではあーりませんか!」

 

「やれやれ……」

 

一方、茫然自失としている栄人とそんな状態の彼が心配で傍に立つ寿々花もその蒼白い光に目を奪われていた。

 

「…………」

 

自分達が今日まで信じていた物も、当たり前だと思っていた物も、国に悪意を向ける存在から作り出された物だという現実を知り、打ちのめされていた。

これからどうなるのだろう、どうすればいいのだろう。そう考えながらも分かれて行く3つの光を眺める事しか出来なかった。

 

「クソッ……コナーズめ!たかが研究者の分際でいつも私を否定しおって!………何が起ころうと言うのだ……これは……」

 

「…………」

 

その一方で、沙耶香には殺す価値も無いと遠巻きに吐き捨てられ、コナーズにも自分の行動をボロクソに非難されて苛立っていた雪那も意識を取り戻した夜見を伴ってその光景を眺めていた。

 

 

重い身体を引き摺る様にして暗い夜道の山中を歩いて行く、既に人間で無くなり、自分は既に人間とは相容れない存在と融合した事で人前から姿を消すことを選んだ結芽であったが自身に寄生したヴェノムが肩口の方からぬるりと出て来ると顔の両端まで裂けた口から細かい牙を覗かせながら話しかけて来る。

 

「おい、空を見てみろ」

 

「何?……綺麗…」

 

まだ、互いを受け入れて切れていない為か喧嘩腰に返事を返して言われるままに夜空を見上げると蒼白い光が広がって行く様が見え、3つに分かれて行く姿を視認する。

 

「こりゃあマズいなぁ、この星に害を撒く脅威はウチのクソ王だけじゃねぇかもな……こいつぁ……とびきり危険で甘美な臭いがする」

 

「何でもいいよ、邪魔するなら潰すだけ。そうでしょ?」

 

「まぁな」

 

あの蒼白い光の危険性を人外の嗅覚で感じ取ったヴェノムに対してぶっきらぼうに返すと、ヴェノム は納得した様に顔を引っ込める。そんなヴェノム を他所に掌に握っている限定品のイチゴ大福ネコのストラップに視線を送ると強く握り締めて再度暗闇の中を歩き始める。

 

 

 

………そして、細かな光の粒子が降り注ぐ最中他の仲間たちからは離れた空洞の様な場所で倒れていた可奈美と姫和はタギツヒメから引き離した時の影響か

お互いに手を握り合って眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん……そういう事でしたか」

 

3本の光の柱が天へと昇って行く様を管理局の研究室のガラス窓から、回収したシンビオートを酸素ケースの中に保護して世話をしている、コナーズと呼ばれた右腕が肩より下には存在しない片腕の研究者も鎌倉一帯を照らす蒼白い光に目を奪われ椅子に腰掛けて優雅に紅茶を嗜みながら眺めていた。

 

「旧世代の異物は去り、新たなる時代が幕を開ける。時代の変化に対応する為に、人類にはそれに応じたアップデートが必要です」

 

紅茶を飲み干したティーカップを机の上に置いて窓際まで近付くと蒼白い光が3つに分かれて拡散して行く様を見つめている。

だが、蒼白い光が彼の姿を照らし、窓ガラスに映るその顔は口を三日月状に吊り上げて不敵な笑みを浮かべていた。そして、左ポケットから取り出した蜥蜴の刻印が刻まれているアンプルを掲げるとそのアンプルの中にあるノロが不気味に蠢いた。

 

 

 

ーーこうして世界の危機は一旦は回避された。だが、まだ全ての問題が解決した訳では無い。新たなる悪意が枷から解き放たれ、今新たに動き出そうとしていた。

 




フィギュアのホットトイズの玩具情報にてno way homeのスーツのフィギュアが発表されましたがこのギミック本編でやったとしたら「え?これヤバくね?」ってなるの多くて戦々恐々としてます…w

ウィドウ、観て参りました。
延期に延期を重ねてドラマの方が先に公開された状況且つ本来はフェーズ4 の始まりだったこともあってようやく劇場に足を運べたことは嬉しく思います。
超人少なめで人間の範疇での限界バトルはやはり壮観でここいらは期待以上で長年いたけどメイン語りが少なくて長年いるから愛着が湧いて来る、普通に好き位の好感度だったナターシャに着いての掘り下げは非常に興味深かったし知りたい部分だったので良かったです。彼女がどれだけチームに必要だったかって実感させられたのも大きかったですしとある新キャラとその役者さんが非常に良かったです。
家族ドラマが若干しっくり来ないって言う意見も分からなくは無いし、私も若干感情移入しにくかった新キャラもいましたが家族ドラマがキチンと彼女の行動原理に繋がって行くって言う部分や全体を通しての支配から脱却し自分の道を決めて行くというテーマは良かったですね。
後、あの終わり方マジヤベェよ……w

次のシャンチーと、ヴェノムも楽しみですね

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