刀使ノ巫女 -蜘蛛に噛まれた少年と大いなる責任- 作:細切りポテト
ここいらはもっと簡素で良かったかなと今になると結構思いますがそこまで
勘定する頭が無かったのとサブダーマンの量産が難しい理由付け程度に思って頂ければ
「なんだここ……」
意識がある事を認識すると何故か見覚えのない辺り一面、霧というか霞の掛かった様なモノクロの世界が広がっている。しかし、目を凝らすと視界の先に透明感のある水が奔流している川が見えた。
試しに身体を触って感覚を確かめると両脚で地を踏みしめる重力、川のせせらぎを聞ける聴覚、身体があることを確かに伝えてくれる皮膚感覚、それらが押し寄せて来る。
眼前にある川へと歩みを進めて覗き込むと川面に映る自分の顔を認識する。美形……とはとても呼べないが中性的な童顔に明るめの茶髪、スパイダーマンの中の人こと颯太の顔だ。
「三途の川ってほんとにあるんだ……約束、破っちゃったな」
見渡す限り周囲を観察しても現実感はあるが白くモヤがかかった誰もいない場所にいるという点やタギツヒメとの戦いで心臓部分を刺し貫かれ、大量出血した状態で限界を越えて戦闘をした所までは思い出す事が出来た。
だが、自分の記憶を頼りにこの状況を鑑みるに自分はあの戦いで……というネガティブな推測が頭を過った。
自分は命を賭して無理を通して戦った事や、自分が満身創痍で死にかけという点やタギツヒメがスパイダーセンスを警戒していなかったという状況が奇跡的に噛み合って彼女を倒す事に貢献は出来た。その事で危機は一時的にだが去り、隣人達を守ったと言えるだろう。
『これだけは約束して。死なないでね…っ!絶対に私達の元に帰って来て!』
『彼女のことを忘れないでやってくれ………気を付けろよ』
だがそれでも……死なないで欲しい、必ず帰って来て欲しいという出撃前に舞衣と交わした約束や立場の違いで行き違い、敵対した友人である栄人と終わったら会って話す約束は破ってしまったと実感する。
もう一度皆に会いたかったという想いと、約束を破って申し訳ないという罪悪感がのし掛かり川面に映る顔がゆらゆらと揺れて輪郭がぼやけていく。どうやら涙目になって行ってる様だ。
『いいや、お前は戦闘による負傷で深い昏睡状態に陥っているだけだ。死んではいない』
前方から声が聞こえて来たので顔を上げてその方向を向くと、スパイダーマンの力を得た日から時折夢の中に出て来ては力の使い方、自分の在り方を問いかけては来るが特に邪魔はして来ない蜘蛛型荒魂の姿が見えた。
「マジ?……ならよかった〜、本気で焦ったじゃん!」
自分はまだ生きている、約束は破っていないという事実を知ると胸を撫で下ろし安堵の声が漏れる。
ここ数日は変に不安を煽る様な発言をしたり、颯太本人が自分の事で悩んでいる事に気を遣って静観の立場を貫いてくれていた事に感謝はしつつ、祭壇の前でタギツヒメが本体を隠世から引っ張り出す為に何か知っているかの様な発言をしていた事も気になっているため、一段落した今なら聞いても良い頃合いだろうと思い話を振る。
「あのさ、いきなりで悪いんだけど君は一体何なのさ?ヤケに隠世やタギツヒメについて知ってるみたいだけど……それに……なんで僕に力を託したのさ?」
核心的な質問され、一瞬ピクりと反応するとこれまで妨害などはしないが自分のことはあまり話さず要領を得ない回答ばかりして来たことに罪悪感は感じている様で戦いに一区切り着いた今なら話しても問題ないと判断してか細々と語り始める。
『………俺は約1000年前』
「あ、そこから始めるんだ」
炒飯を作る為に田んぼに苗を植える所から始めるレベルの根源的な部分から語り始めた為、思わずツッコんでしまったがそれを淡々と受け流しつつ身の上を語り始める。
『話すなら今かと思ってな、では続けるぞ。京の都でお前たち人類が俺から珠鋼を奪い、その後放置された残り滓のノロから俺は生まれた。そして、最初に俺が得た感情は喪失感による渇き、人間が俺にした所業への憎悪だった。だからそれを取り返そうと京の都に攻め入って俺は暴虐の限りを尽くした』
どうやら、やはり巨体と刺々しい外見から察するにやはり我々が知る荒魂だと言う事は当たっていた様でどうやらスパイダーマンの力も荒魂由来の力だったのかと想像出来た。
『当然、そんな俺を止める為に俺を祓える力を持つ存在が俺を迎え撃って来た。俺を祓える存在……今で言う刀使だな』
「確か、400年前に折神家が朝廷から刀使の管理を任命されたって歴史の教科書にも載ってるから昔はそれらに類する別の名称で呼ばれてたんだっけ?」
今でこそかつて神話の人物トールだと思われていたマイティソーが実在の人物で今尚生きていると判明し、歴史ではなく物理の授業で習う存在として刻まれている様に400年前から刀使という呼称を用いられる様になり、その際折神家が朝廷からそれらの管理を一任されていると言うのは歴史の教科書にも載っている事実だ。
それよりも昔に御刀を使う巫女は存在していたと言う話も授業では習うが深掘りされない分野で、取り敢えずその辺りの時代の生まれだと言うことを認識した。
『そうだな。俺はそいつと何日も掛けて激戦を繰り広げ、何度も何度もそいつを叩き伏せ、そいつは何度も何度も俺の身体を刻み付けた。そんな戦いを何日も続けている内に俺の中で人類への認識が変わって行った』
「認識が変わった?どんな風に?」
話を聞かされている内に言われてみればこの荒魂はねね同様に人間に対してタギツヒメの様な敵意は現在は感じられない、なんなら自分のことを煽ったり力の使い方を問いかけては来るが邪魔をした事はなかった。そこに至る経緯があったと聞いてつい食い気味になってしまう。
『お前たち人類は俺たちよりも脆弱な存在であるのに、自分よりも強大な相手に対し自分の信じる事、守りたいもののために命を賭して戦いに身を投じる。それが時に強大な壁さえも打ち破る力に変える強さがあると知った。俺には持ち得ない価値観だった』
自分達はただ人間のエゴで生み出され、半身を奪った存在へ敵意を向けるという動物的な行動でしか生きていない、心も満たされない。守る物も共に戦う仲間もいない空虚な生き物である自分達には持ち得ない物を人間達は持っていた。
何度叩き伏せてもその度に立ち上がるその姿から人間の強さを学習し、心に綻びが生じて行った事を聞かされる。
『そして、俺は負けた。人間に……いや、人間の持つ想いの力に。その時、俺は死を覚悟した。俺は奴らにとっては恐怖の対象に過ぎない、あれだけ都を破壊し暴力の限りを尽くした俺は滅ぼされて当然だとな』
最後には人間の強さの秘訣を理解はしたが自分たちはどこまで行っても相容れない恐怖と恐怖で成り立つ敵対関係、彼女が自分たちを守るために自分を滅ぼすのならそれも自然の摂理として受け入れるつもりでいた……しかし、
『だが俺は生きていた。どうやらトドメをさされる瞬間、そいつの攻撃が急所を外れて当たり所が悪く俺は一時的には意識を失い、その事に気付かない当時の人間たちに自分たちへの戒めの証としていつの間にかそいつの家の社の祠に肉体を地中の深くに埋葬されて祀られていたんだ』
「え?何その間抜けな話……」
実は気絶している際に死んだと勘違いされ、その間に祠に埋葬された事で地中深くから出て来るのが困難な状態にさせられていたというあまりにも拍子抜けな顛末を聞かされて颯太も思わずずっこけそうになってしまった。
露骨に脱力されると流石に恥ずかしいがこれまで自分の身の上を隠して来た不誠実な対応の埋め合わせとして今は話を続ける。
『……続けるぞ、奇跡的に生きてはいたが人類への憎しみが消えた訳ではない。再度人類への復讐への機会を伺うつもりだったんだがな……』
「何かあったの?」
自分の意志が変わり始めたキッカケに興味があるかの様な顔で問い掛けられたため荒魂はその過程を語り出す。
『そいつはあくる日もあくる日も俺への祈りは欠かさなかった。自分達のした業により俺は半身を奪われ人間の都合で排除することになった事を謝り続けているのを土の中で聞いていた』
どうやら当時蜘蛛型荒魂を祓った人物は自分達の業を重く受け止め、悔恨の念を込めて心から誠実な謝罪と蜘蛛型荒魂が安らかに眠れる様に礼拝し続けた事がキッカケだったようだ。
『最初は理解出来なかった。原因は自分たちにあれど俺は京の都で暴れた人類の敵に過ぎない、なのにそいつは祈りを欠かさず時にはその日起きた事や意中の相手と結ばれた事、変わって行く世界の話を俺に聞かせて来た』
自分は人間達と相容れない危険な存在、悪意のある害獣として忌避されると思っていたがその積み上げて来た礼拝によって彼の心は少しづつ解き解されて行ったのだろうと言う事を察知した。
全てがこの様に上手く行く訳ではないし、普通なら分かり合えないまま終わるのが人間と荒魂の歴史の常だ。しかし、僅かな歴史の片隅で経緯はともかくこの様な奇跡も起こっていたのだと年若いながらも少し胸が熱くなった。
『そいつと、そいつの子供、更にその先の世代へと俺への礼拝を続けられて行く内に徐々に俺の人間への感情は憎しみから純粋な興味へと変わって行った……だが、ある時を境に段々礼拝の数は減って行きピタリと止んだ』
「戦争か……」
それだけ、長い年月を掛けて礼拝を続けて来たのにそれが出来なくなった理由、太平洋戦争の辺りから集団疎開等で土地を離れざるを得ない事情はその辺りかと察すると肯定される。
『ああ、それにより子孫達も京から離れざるを得なくなったんだろうな……そして新しい地で各々が生活を始めたため再び訪れる機会が無くなって行ったのか、子孫達も亡くなったのかは定かではないが時代は巡りて幾とせ、俺は誰からも忘れ去られて完全に過去の遺物となった』
「そんな……」
先祖代々、自分達の罪の象徴として敬意を持って祈りを欠かさず、知らず知らずの間に蜘蛛型荒魂の心は救われていた矢先にこの様な事態になった事は素直に悲しいな、と思わされる。
『だが、恨んではいない。彼らは俺の事を知らないだろうし、幾ら取り繕っても俺は所詮人類に牙を向いた脅威。たまたま彼女とその子孫に世代を越えて祈りを捧げてもらっていたに過ぎない過去の遺物。今を生きるお前達にとっては野暮な存在でしかない。だから世界の行く末を静かに見守る事にした……だが20年前奴が目覚めた』
「相模湾岸大災厄……その現場にいたってこと?」
どうやらその口ぶりから20年前の相模湾岸大災厄について何か知っている様子であり……いや、むしろ当事者の様な口ぶりを見せたため思わず問いかけてしまう。
『奴の、日本を終わらせかねない力の気配を察知した俺はもしもの時に備え長い年月を掛けて身体を新たに作り直していたため自らの意志で地中を掘って気配を感じる方向へと向かった。俺に勝利した彼女が作った未来を終わらせたくなかったのかも知れない』
『そして、奴のいる江ノ島にたどり着いた俺は奴を始末しようと奴を追い込んだが一瞬の隙を突かれて奴の攻撃を受けて身動きが取れなくなってしまった』
しかし、人類に密かに協力してタギツヒメを討伐しようと試みはしたが後一歩という所で失敗してしまった事や20年前にタギツヒメが根を張った奥津宮に紫、美奈都、篝が向かったという話を朱音から聞いていたため段々颯太の中で色々とシナプスが一つの線に繋がって来ている。
『その隙に奴を討伐しに来た刀使の技を受けた奴の繭に放り込まれ、俺も共に隠世へと引き摺り込まれた』
「じゃあ、その時姫和のお母さんが使った技の余波で君は隠世に送り込まれたから姿は基本見せないしこっちに干渉したりはして来ないって事か……でもそれならどうやって僕に力を寄越したり声を届けたり出来るのさ?」
飲み込みと状況の整理の速さに感心させられるが理解が早いのは説明する上では非常にありがたい。負傷した事で身動きが取れなくなった際に自分が取った行動の真意を語り出す。
『奴に隠世に放り込まれる寸前、俺は自分の毒の生成器官に俺の力の一部……簡単に言えばバックアップを残して身体から切り離した。人類が奴に対抗出来る可能性を一つでも増やす為に、その力に適応出来る可能性のある者を見出す為にな』
どうやら自分が得た力は20年前に彼が人類がタギツヒメに対抗する可能性の一つとして飛ばした種でありそれを受け取ったという事は理解は出来たが何故それが自分だったのか?より力が強くて優れている人間だっていたはずなのに何故自分が適応出来たのか?という疑問が湧いて来る。
「それがどうして僕だったんだろう……」
『基準は俺にも不明瞭だが適応出来る存在か不可な存在かは見れば大体察しがつく。まあ、俺が長い年月をかけて適応出来る人間を探す最中管理局に潜り込んだ際に研究者達に実験用の蜘蛛と取り違えられ遺伝子改造と同時にノロを投与されている時にお前があの施設に来たと言う事だ』
基準は不明確で適応出来た細かい理由までは分からないが自分達が出会ったのは偶然であり、奇跡の巡り合わせだったという事は確かな様だ。
「な、何でそんな凡ミスしたのかは深く聞かないでおくけどその時に適応出来る可能性のある僕を見かけて力を託した……じゃあどうして僕らは会話出来るんだ?」(意外とって言うか……下手すると僕よりドジなんじゃ……)
『こうして会話できるのはお前が俺の身体の一部であるバックアップの遺伝子と結合した事でそれを通して会話をする事が可能となり、超人的な身体能力と全身に神性が宿りそれがスパイダーマンの力となった。しかし、本当に五分五分の賭けだった。力を託した相手がいい奴とも限らないからな……力を私利私欲の為に使う可能性もあったが俺にはこの手段した取れなかった。だから俺はお前に力の使い方を、在り方を問いかけ続けお前がどの様な奴か見極めざるを得なかった』
最後の方は段々声色が弱々しくなって行き、どこか後ろめたさを感じられる。
自分の力を託した相手がその力に対する責任を自覚し、誰かの為に使える相手だったと言う事が最大の幸運であった。
その一方で若干浅慮なところがあり短絡的な行動に出てしまう事も多く、目の前や自分の知る所で誰かが危険に晒されるとその後に起きる周囲への影響や割りを食う他人への配慮に欠ける難点もやや見られた。しかし、言い換えれば他人の為に一生懸命になれる人物に変わりはないため、力を託した人物が彼で良かったと思っている気持ちに嘘偽りは無い。
だが、自分が力を託した事で同時に彼に多くの物を背負わせてしまった事は紛れもない事実。許してもらえるかは分からない、今更遅いのかも知れない。それでもこれだけは伝えておかなければならない。
「…………」
『………言うのが遅くなってしまったが、お前を巻き込んですまなかったな。過去の遺物である俺の1000年越しのエゴと、お前が生まれる前の俺たちの問題にお前を巻き込んだ……そのせいでお前には何度も辛い思いをさせた』
「……………」
『今更謝っても遅いのは百も承知だ、許して欲しいとも思わない。お前の人生を狂わせてしまった』
遅すぎる謝罪の言葉を受けると一瞬顔が強張ったがそれでも真剣にこちらの目を見つめ返して来る。それは怒りなのか、悲しみなのか計り知れないがこれはいずれ向き合わなければいけなかった問題だ。だから、かつて彼女が自分にした様に誠心誠意心から謝罪をする。
謝罪の言葉を聞いている最中、握っている拳が震えてはいるがそれでもこちらを見つめる目は真剣でまっすぐだ。その眼力に押し負けそうになっていると沈黙を貫いていた颯太はゆったりと口を開く。
「確かに僕にとってスパイダーマンの力はいい事ばかりじゃないのは確かだよ。この力が遠因で叔父さんが死んだ事も……」
やはりそう全てを割り切れる訳が無い、彼は自分を恨んでいてもおかしくはない。ぶん殴られるのを覚悟していたが彼の強張っていた表情は徐々に柔らかくなって行く。
「だけど、あの日力の使い方を間違ったのは僕自身の問題なんだ。だから他人のせいになんてしない、傷として心に刻んで背負って行く。君の全部を肯定出来るかは正直分からないけど君なりの想いがあったことを全否定も出来ないって言うか……だから、そんなに謝んなくていいって」
彼の出した答えは、全部を全部肯定して許す……だなんて割り切った答えを出すことはしないが叔父が死んだのは間違いなく自分自身に問題があった為であり、力はそのきっかけに過ぎない。力そのものに善悪はない、持つ者の使い方次第だと颯太は認識している。
だからこそ、自分の教訓、痛みとして刻み込んで行く事を既に決めていたため強く恨む程の事でもない、と言うのが彼の結論だった。
『………すまない』
「だから良いって言ってるのに……そういや、タギツヒメと戦った時僕瀕死でハイになってたって言うかゾーンに入ってたって言うか瞬間的だけどアイツに対抗出来てた様な気がするんだけど君が力を貸してくれてたの?」
心臓を御刀で刺し貫かれ、その上出血多量で瀕死の状態となっていたがいつも以上にポテンシャルを発揮出来ていた点や遅効性たがタギツヒメに有効打を出す事が出来たり、ウェブを使用する暇が無く姫和が一つの太刀でタギツヒメを隠世に送り込もうとした際に咄嗟に手を伸ばしたら手首から糸が出せたのは隠世からアシストしてくれていたのではないか?とこれまでの話から推測して問い掛けると首、というか頭を左右に振って否定の意を示される。
『いや、お前の様子は見ていたが俺たちはバックアップの遺伝子で繋がっているから見聞きしている物を共有はしているが俺からお前に直接干渉することは出来ない。俺にも理解は出来ないが危機的状況に陥った事で防衛本能が土壇場で俺の力を部分的に引き出せる程の進化を促したのかも知れない。お前についても出会って以降の情報しか知らないからな』(しかし、火事場の馬鹿力と言うにしてはあそこまで俺の力を再現出来るのか?コイツには一体何が……?)
「うーん、そっかぁ。そんなもんか……ちゃんと調べないと分からないのかな」
あまり要領を得ない答えが返って来たため、顎に手を当てて考えむ姿勢に入る。バックアップに込められていた遺伝子を通しているため会話が可能、何かしら条件がある可能性はあるが瞬間的に普段以上の力を発揮出来る事があるという独自の進化の兆しがまた始めている、程度に留めておく事にした。
しかし、その一方で蜘蛛型荒魂は内心この進化を下手に深掘りし過ぎて悪い結果に繋がったりしないだろうか?蟠りはほぼ無くなっているとは言えこれから彼がどう生きていくのか、少し踏み込んだ内容の質問をしなければならないと思い問い掛ける。
『………一ついいか?』
「何?」
先程と同様にまたしても真剣な問い掛けが飛んで来た為、今度は何だ?と思いつつも相手の方へと向き合って話を聞く。
『お前はこれからどうするんだ?』
「え?」
言葉の意味が抽象的だったのもあり、質問の内容を一回では理解し切れずワンテンポ遅れて反応してしまった。
『お前は元々平和に穏やかに生きる事が許されている立場の一般人だ。だが、過去の遺物である俺の面倒ごとに巻き込まれたと言うのにお前は力を持つ自分の責任だと自分に課して隣人達を守る為に力を奮ってきた』
『しかしそれは本来それを生業とする立場の者たちの仕事、お前が無理をしてまで首を突っ込む程の事でも無くあの戦いから降りても誰も文句は言わなかっただろう』
『お前はもう充分によくやった、奴の脅威から隣人達を守った。これ以上は誰も強くお前に要求したりはしないだろう、ゆっくり休んで戦いから身を退いて元の日常に帰ったっていい筈だ』(お前が俺の力と深く適応出来た理由までは読み取れなかったが真実がいつでも人を幸せにするとも限らない、もう充分戦ったんだからお前は元の日常で自由に生きるべきだ)
「それは…………」
確かに言われてみればタギツヒメという脅威を退け、一時的とは言えその脅威から隣人達を守った。
しかし、言い換えれば本来はそれを生業として行う立場の人間が戦えばいい話で力を持っているとは言え本来は守られる立場にいる一般人の颯太が無理をして首を突っ込む程ではない。
さらに言えば戦いからはいつ降りても誰も責めたりはしなかっただろうがそれでもと前を向いて進み続けた結果、タギツヒメを倒せたのならそれは万々歳。それ以上は誰も強要はしないし元の日常に帰る事が許容されてもいい筈だ。
彼女を止める、その事ばかりに注視しておりそこから先までは深く考えてはいなかった。目の前にあった大きな目標が無くなった後、まずはどうすれば良いのだろうか?と初めて気付かされた。
『元々は過去の遺物である俺の面倒ごとに巻き込んだのが始まりだ。今を生きるお前にとっては本来関係のないはずの事だった。お前は俺の様な過去の遺物ではなくアイツが作って来た今を生きる人間だ……だから』
『お前はお前の今に帰れ、お前を待っている奴らがいるんだろう?』
これ以上、危険な場所に身を置き続ける、力を持つ者としての責任という名の枷に縛られ続ける必要もない。自分のエゴに付き合ってくれた事には深く感謝はしている。お前はもう戦いから身を引いて安全な場所で生きれば良い。
巻き込んだ側なりの配慮を込めた発言をされ、言いたい事は理解出来るし確かにこれ以上自分が変に首を突っ込む必要は無いのかも知れない。
「ちょっと待っ……!」
だが、そう簡単に飲み込める話ではないため反論しようと一歩前に踏み出すと視界全体に眩しい白い光が広がって行き、やがて全身を包んで行く。
「ーーんっ………」
瞼が自然と持ち上がって行くと薄暗い白い天井が目に入る。身体に残る気怠さが重量となっていて起きがけで頭も少しボーッとするが先程から右手の辺りにしっかりと存在する重量と温かいと感じる皮膚感覚、どうやら自分は本当に生きていて現実に戻って来た事を理解する。
「起きた……っ!」
妙に温かいと感じていた右手側の方角から聞き慣れた声がどこか嬉しそうに聞こえ、その声が耳に届いた瞬間にぼんやりしていた視界が晴れて行き鮮明に映る。
声のする方向に首を傾けて視線を向けると先程から自分の右手は誰かの手によって握られていてこの自分よりも小さく、しかし程よく鍛えられていて優しく包む陽の光の様な温かい手、自分はこの感触を知っている。
「ま……い」
意識が回復したばかりで声が途切れ途切れだが、持ち主をしっかりと認識する。
「うん……っ!私だよ……颯太君……っ!」
彼女自身も入院中なのか入院着を身に纏い髪も普段の後ろ結びではなく下ろした状態の艶やかなストレートのロングヘアーになっているが過去に一度だけその姿を見たことがあるため彼女と認識出来た。
しかし目を引くのは彼女がベッドの隣の椅子に腰掛けたまま手は右手を握ってくれていて溢れ出しそうな感情が喜びかどうかは推測の域を出ないが彼女の硝子の様に美しい翠色の瞳から一筋の涙が零れ落ち、2人の握られている手の上に温かい雫が落ちて跳ねる。
そして、真横の床頭台に置いてあるテレビの前に叔父から貰った腕時計を改造したウェブシューターがちょこんと見守るかのように置かれてあり時計の針は粛々と時を刻んでいる。
(叔父さん………ありがとう)
心臓を刺されて意識が消失し掛かってる時、このウェブシューターも立ち上がる力をくれた。自分がそう思いたいだけかも知れないが、叔父はいつでも自分を守ってくれている様な気がした。
「おーい、私たちもいるんですけどー」
「ったく、何2人の世界みたくなってんだ」
「起きた様だな」
「おはよう」
「もうHelloなお時間デスケドネ」
すると直後に眼前に5人分の顔が画面外から生えて来たかの如くにゅっと顔を出して視界に入る。
可奈美、姫和、沙耶香、薫、エレン。共に折神邸にカチコミを仕掛け、苦楽を共にしてタギツヒメへと挑んだ面々だ。
各々怪我の度合いは異なる様だが全員が生きて入院着を着用している所を見るに自分も入院中だと言うのに空いている時間に自分の様子を見に来てくれてたのだという事を実感し、皆が生きててくれた事と心配してくれていた事が嬉しくなり胸の奥が熱くなった様な気がした。
「よかった………皆無事で」
一瞥した感じ全員こうして元気に颯太の様子を見に来れる余裕がある所を見ると安堵の声が漏れるがその一方で薫は右腕にギプスを巻いていて顔中湿布が貼られ、エレンに至っては頭と顔へ部分的に包帯を巻いている所を見るに彼女達はかなり負傷したようだ。
「無事じゃねぇって全く」
「ねえ〜」
「私も結構やられてしまいマシタ〜」
「私達はそこまで外傷は無かったが1日程意識を失っていたんだ」
「でも、颯太は2日位ずっと寝てた……」
「そっか……だから……」
身体を起こして自分の状態を確認する。入院着を身に纏い左腕には点滴がされていてタギツヒメの童子切安綱で心臓部を貫かれた事による大量出血、祭壇の貯蔵庫中を散々剛腕で引き摺り回された上に何度も叩き付けられた全身打撲の傷により全身包帯だらけの姿となっていた。
「ミイラみたいだな」と他の面々と比べると戦闘経験と技術に乏しいが故に負った傷を見るにこの程度で済んだ……いや、生きてる事自体つくづく運に救われていることを実感した。
「でもよかった〜1番重症だったしずっと眼を覚まさなかったから心配してたんだよ。ね、舞衣ちゃん」
「あっ……う、うん。本当、良かった……」
どうやら自分が寝ている間舞衣は自分の手を握ってくれていた様だったが本人が起きた上に話を振られたと同時に皆の前だという事認識すると手を離し、両手を膝の上に置いて少し俯いてもじもじしている。
颯太は本当に皆に心配を掛けたのだということを再認識すると一同を一瞥して一息付き、今こうして皆が笑っている事実を嬉しく思いながら心からの本心を告げる。
「それはごめん……ありがとう、皆」
「礼を言うのは私の方だ、正直助かった」
「そうだよ、ほんとにありがとう!」
「センキューベリマッチ!」
「ま、ありがとよ。おかげでキャプテンと握手出来るキッカケにもなったしな」
「ね!」
「颯太がいなければ皆あの場所に辿り着けなかった、ありがとう」
「約束を……皆を守ってくれてありがとう……っ」
一同も笑顔で感謝の言葉を述べて行く。ひょんなことから逃走を手助けしたり争ったりもしたが今こうして協力しながら互いに感謝し合える仲間……と呼んでもいいであろう関係性をありがたく思う、命を賭けた甲斐があったなと実感させられる。しかし、舞衣がサラッと言った発言に対してある人物が原爆を投下する。
「舞衣、約束って何?」
純粋さ故の天然なのかわざとなのか……恐らく前者だろうが沙耶香の問い掛けに一同が言われてみればと言わんばかりに一斉にふたりの方を向く。
「確かに!気になるし教えてよ2人とも!」
「え?えーとそれはその………っ!」
可奈美に興味津々に詰め寄られてお茶を濁そうとたじろいでいる。潜水艦の中で密かに颯太のいた部屋に個人的に会いに行き、自分の決意を伝えに行くと同時にその場の流れで約束を交わしたのだがよくよく考えると少し重たくて恥ずかしくなる。
その事を思い出して若干赤面しながらバツの悪そうに両手の人差し指を突き合わせて恥ずかしそうにしている。
「いや、別に普通の約束だって。必ず生きて帰って来るって約束しただけだよ」
舞衣の心情を知るや否や自分にとって大事な約束ではあるがそんな恥ずかしがる事もないだろうと認識しているためか真剣な顔付きをしながら堂々と皆の前で言い切る。
「あぅ………」
「確かに普通だねー」
「うん、普通……」
確かに言われてみれば命の保証も出来ない命賭けの戦いに身を投じようという状況下であり、2人とも同じ学校の学友であり共に戦う仲間という点を鑑みると普遍的な約束ではあるがやはり舞衣的には思い出すと少し恥ずかしいのか顔を逸らしつつも瞳は確かにこちらを見ている。
(でも、この普通の約束だけど僕にとってはかけがえのない生きる理由になったんだよな……あれ、よくよく考えるとちょっと恥ずかしいな……)
だが、そのありきたりで普通な約束でも自分にとってはかけがえのない生きる理由になっていた事を自覚したのと舞衣にそんなに恥ずかしそうにされるとこちらも段々恥ずかしくなって来て頬が赤く染まる。
「あーソウイウ……(いやでも聞こえ方によっては……まぁ、茶化すのはやめてあげまショウ)
「ほんとはもっとあるんじゃねえのお?」
「ね」
「おい、大袈裟にするのはやめてやれ」
恥ずかしさを実感している最中、ふとあの祭壇の貯蔵庫の場で20年間1人で戦い続けていたある人物がどうなったのか気になったため、恥ずかしさを振り切って皆に問い掛けにる。
「あっ、そう言えば局長ってどうなっだんだろう……確かあの時……」
「それは私達からお話しします」
病室の扉の方から声が聞こえて来たため一同がそちらに顔を向けるとその人物が病室に入って来て病床の方へと歩みを進めて姿を現す。
舞草の創設者で潜水艦からコンテナを射出する作戦を遂行するために囮となって演説を行った事で警察に捕らえられた筈の朱音だった。それと
「やぁ、起きたか坊主。悪いが嬢ちゃん達、彼に話があるから一度席を外してもらっていいかな?」
ヴァルチャーの妨害を潜り抜けて折神家に突入している最中、遅れたがしっかりと参戦し、舞草の最大戦力である可奈美と姫和を祭壇まで送り届ける事に一役買いつつも親衛隊の寿々花相手に勝利を収めると敵の増援が祭壇に行かないよう足止めをしていた颯太のインターンの指導者兼師、社長でありヒーローであるアイアンマンことトニー・スタークだ。
6人と1匹は颯太が元気に起きて来た事を確認出来たため、後の話は大人に一任して病室を後にしようとする。
「近くにいますぜ、社長」
「遠くにおれよ、いいか?距離感保て」
「へーい」
「ねー」
目を輝かせながらトニーに近寄ってこれからヒーロー同士の秘密の会議でもするのかと思って薫が擦り寄るとトニーに軽くあしらわれる。
あしらわれはしたがトニーも相当彼を心配していたことは知っているため今は互いに話す時間が必要と察し、長いは無用と判断して退室して行く。
「see you!」
「じゃあまた後でねー」
「ゆっくりしてろよ」
「バイバイ……」
「お大事にね、颯太君」
一同が病室から一斉に退室して行く。最後尾を歩いていた舞衣がこちらを振り向く。未だに顔に赤みが残っているが視線は確かにこちらの眼を真っ直ぐ見つめると軽く手を振って退室して行く。
「うん、お大事に……」
その様子が一瞬愛らしいな、と不意に感じ取っている最中にすぐさま退室されたためそのまま見送ってしまった。
一同が退室して行く様子を見送った朱音とトニーは上体を起こして病室の上に座っている状態の颯太に向けて穏やかな表情を向ける。
「お疲れ様でした、あなた方の奮闘で災厄は回避され日本は救われました」
「いえ、朱音様が命懸けで演説をして時間を稼いでくれていたから僕たちはあそこまで行けたんです。こちらこそありがとうございました」
「いえ、私の方こそ皆さんには感謝してもし切れません」
朱音が深々と頭を下げてお辞儀をすると颯太もそれにつられてお辞儀をし、互いに協力した事で日本の壊滅の危機を回避出来た事をお互いに感謝した。
2人の話が終わると、それを待っていたトニーがベットの隣にある椅子に腰掛けて目線の高さを同じ程にして話しかけて来る。
「よ、スーツ無しでもよくやったな坊主。スーツのことはごめん、でも仕方なかった。君にとって必要な愛の鞭だったんだ」
「はい、スタークさん。……スタークさん、僕本当に」
「前回はしくじり颯太、大ポカした。だが、そこから挽回。ダメ犬が飼い主に捨てられて虎の穴に行きここ掘れワンワン……いや犬の例えはよそう」
超人的な力を持つ達人たちと戦うにあたり、自分と同じ高性能なスーツの力に依存している最中本人が言い出した事で友達の為だったとは言え舞草に迷惑を掛けたけじめとしてスーツを取り上げた事で不便を強いてしまったことを謝罪する。
しかし、本人なりにスーツの力無しでも自分の力で乗り越える為の意志も見られたため、厳しい態度で接してはいたが自分も訓練に付き合い、チームの内部抗争で気不味くなっていたスティーブにも歩み寄って和解して2人で彼を鍛えた。その結果、今目の前にいるこの子供は例えスーツの力が無くとも、ウェブシューターが無くとも……例え打ちのめされて満身創痍になったとしても逆境を押し退けて大荒魂の討伐に貢献した。背は変わっていないのに心なしかほんの少しだけ大きくなったような気がする。
無意識の内に習字で金賞を受賞した子供を褒めるように頭に手をポンポンと叩く。
「見くびってたよ、よくやったな」
「はい、ありがとうございます。あの……一つお聞きしたいんですけどお二人共外歩いてて良いんですか?後局長も……後キャプテンは?」
憧れを抱いている大人に褒められたのが嬉しいのかつい子供のような笑みが溢れるが2人が入室して来る前に気になっていた事を質問する。
「キャプテンは逃亡中の身だからまた別の場所にいる。君たちが奴を撃退してくれた所までは良かったんだが奴が何の目的か関東一円にノロが流出してしまってな、一般には特殊な危険廃棄物とされている物が流出したとなると管理局が責任を問われる……が、その当事者である折神紫も命に別状は無いが真実全てを公表する訳にもいかないもんで特殊な医療機関で療養中ということにして身を隠し、現在朱音くんが局長の代理を務めているんだ」
「私や他の舞草の皆さんも既に拘留から解放され、貴方の舞草に合流するまでの悪評も私の方でメディアに働きかけて誤報であった事を伝えておきました。正体も世間一般には明かされてもいません」
「そうですか……よかった〜局長は助かったんだ」
スパイダーマンの悪評が誤報であったと告げられた今、デイリービューグル本社にてジェイムソンはさぞ憤慨しながら謝罪記事を書いている頃だろう。
『よくもワシにスパイダーマンへの謝罪記事を書かせおって!絶対に許さーん!』
と聞こえて来そうだがそれは置いておくとして。あれだけ敵対して激戦を繰り広げ、タギツヒメに憑依されていた紫の生存を聞いて胸を撫で下ろす姿に朱音は自分の身内の事を本気で案じてくれている事と救う事に助力してくれた事に心から感謝しているがこれから自分は彼に聞かなければならない事がある。
「そして……我々は貴方に、これからの事をお聞きしたいと思います。よろしいですか?」
「はい」
いつになく真剣な顔付きで問いかけて来る朱音の顔を見て、何か大切な話をされると思い、背筋を正して話を聞く姿勢をに入る。
「今回の件、貴方の助力により最悪の事態は免れました。本当に感謝しています。ですが貴方は元々管理局の内情とは無縁の一般人、本来は安全な場所で守られる権利があります。大荒魂は討伐され、日本の壊滅を防ぐという最大の目標は達成された以上、貴方がこれ以上我々に力を貸す理由は消失する筈です。なので……」
(まさか……)
夢で蜘蛛型荒魂に言われた事と、朱音が言いたいであろう事が何処となく合致するため朱音が次に語る言葉の続きを予想できてしまいつい身構える。
「これから先の事は管理局と特別祭祀機動隊の問題です。貴方には戦いから身を退いて元の日常へ帰る事を推奨します」
「僕は君がどんな選択をしようが止めはしない。一応インターンの指導者である以上君の意志を聞くためにここにいる」
「仮に日常に帰る事を選択したとしても我々は一切咎めはしません。定期的な近況報告と身体検査をして頂く事にはなるかも知れませんがそれ以上の事は望みません。よく考えて答えを決めてください」
力を持つ者としての自覚を持ち、その責任を果たし誰かを守るために力を使う。それは勿論良い行動と呼べるかも知れないが安全な場所で守られる事が許容される一般人かつ幼い子供という事を鑑みると人智を超えた力があるとは言えそれを行使して命懸けの危険な場所に身を置き続けることを是とされるべきかは議論の余地がある。
祭壇からノロが流出した事により荒魂の出現頻度は増え、人手は足りなくなり特祭隊は猫の手も借りたい程に逼迫するだろうがそれでも一般人の子供を戦いに巻き込む大義名分は消失している。よって、これ以上彼に戦いとそれに挑む責任という名の不自由を強いるべきでは無いと朱音は考え、トニーはあくまで意志の尊重というスタンスでいる。
「僕は………」
蜘蛛型荒魂の言っていた事、朱音の言っている事、各々が言いたい事は理解出来る。むしろ自分の事を本気で気遣ってくれているのだと言うことは非常にありがたい、心地よいしそうしたい……戦いや責任から解放されて自由になってみたい……心の何処かではそう思っている節はある。
もうこれ以上は一般人に過ぎない自分が無理に自分が首を突っ込む必要もなく、相応しい力を持ちそれを生業をしている者達が行使すれば良いのかも知れない。
ーーそう迷っていた最中、一瞬だけ真横にある床頭台のテレビの前に置いてある腕時計を改造したウェブシューターに視線を移す。
ーー3ヶ月後、盆の時期ーー
熱い夏の日差しが照り付け、既に衣替えに入り半袖の服に袖を通す季節となり今年も多くの人間が先祖を祀るために霊園へ訪れる。
そして、この一家もそれは例外では無い。今年で37歳を迎えるが未だに20代に間違われる事の多い叔母の芽衣と3ヶ月の時は思春期の子供を成長させるのか多少は背も伸びてはいる颯太もだ、腕にはしっかりと叔父に買ってもらった腕時計を巻いており、今もなお時を刻んでいる。
よく並んで歩いていると歳の離れた従姉弟に間違われる事が亡くなった義兄夫婦の子供である甥っ子を引き取っている間柄であるため関係性は一応親子である。
そして、昨年の春。彼女は夫を、颯太にとっては叔父を亡くしているため彼らの魂を祀るために今日は霊園を訪れている
6月に14歳となり1歳を年を取っている事に時の流れの速さを実感しつつも今日だけは過去に生きた人を弔う日であるため時が止まっているような不思議な感覚だ。
霊園の中を並んで歩みを進めて行くと自分達の家族が眠る墓標の前に着いたため、足を止める。
「久しぶりね、お義兄さん、お義姉さん、拓哉さん」
「今年も来たよ、皆」
芽衣は義兄夫婦、長年連れ添った夫に向けて。颯太はあまりほとんど記憶の無い両親と実の親代わりに自分を育ててくれた叔父に向けて挨拶をすると2人で墓の掃除を始めて行く。
掃除が終わるとろうそく立てにろうそくを立てて火を灯し、お線香に火を点けて線香立てに立てる。そして、次に花立てにお花を供えて水鉢水を入れて行く。そして、借りて来た墓参り用の手桶に入れていた水を柄杓で掬って墓標に水をかけて行くとお供えをすると墓標に眠る者達に向けて合掌をして冥福を祈る。
合掌して眼を閉じて瞑想する最中、まず最初に浮かべたのは自分が力を持つ者としての自覚をせずに叔父を死なせてしまった日の事。どれだけ願っても2度と会うことができない、自分がそうさせてしまった。
それと同時に、3ヶ月前に病院で朱音達と会話していた内容が頭の中でフラッシュバックしていく。
ウェブシューターを見つめるとその鏡面に叔父の顔……そして、蜘蛛型荒魂の顔が写し出される。気遣って忠告をしてくれたと言うのにやはり、自分はこの生き方を選んでしまう。そこに申し訳無さを感じながらも自分の意志を伝える。
『お前は、お前の今に帰れ、お前を待っている奴らがいるんだろう?』
(悪いね………やっぱり僕は、僕の今を……待っててくれる人達の今も守りたいんだ)
「ありがとうございます、でも結構です」
自然と口から出たのは朱音の管理局が原因で起きている戦いから身を退いて日常へ帰るという選択を蹴る言葉だった。
「け、結構?どうしてですか?」
あまりにも早く、答えを出された事に驚きを隠せないのか反応が遅れてしまったがそれでも茨の道を行こうとする理由を朱音は問い掛ける。
そんな朱音に対して颯太は彼女の瞳を見つめて真剣な顔付きで言葉を返す。
「お気遣いはありがたいです。でも、やっぱり僕は自分に何かが出来るのに何もしなくて、それで悪い事が起きたら自分のせいだって思います……だからしばらくは地に足を付けて仕事を続けます。親愛なる隣人のスパイダーマンとしてご近所の誰かを守らないと」
確かにあれだけ危険で恐ろしい目に何度も会ったため安全で優しい場所で生きてみたい。と思っているのも事実ではあるがやはり自分は戻って来る道を選んでしまう、一緒に戦った皆が無事に生きて帰って来て笑顔でいてくれた事が嬉しかったから……力を持つ責任を受け入れていると再確認出来た。
側から見れば愚かで理解不能な事だろう、現に朱音も少し困惑している。
「ですが………」
「君がそう言うのなら僕は否定しない」
「スタークさん………っ!」
「彼の眼を見てみろ、僕らが何を言っても頑として聞かないだろうよ」
「……………」
トニーの言葉通りこちらを見つめる眼はどこまでも真っ直ぐで曇りない眼だった。これはいくら自分たちが引き止めても無駄だろうと思わされる説得力のある力強さを持っている。子供にそんな眼をさせる様に強いている現実の残酷さに朱音は悲しさを覚えはするものの、自分の家が関わっている管理局の研究が遠因である事も自覚しているため、彼の意志を尊重しながらも助力する事を決意する。
「分かりました……颯太さん、いえ……スパイダーマン。貴方がそこまで言うのなら私はもう止めません、今後の協力を引き続きお願い致します。ですが」
朱音は彼の意志を汲み取る選択をするとこれで良かったのか?という葛藤を胸に残しながらもスパイダーマンがこれからも管理局に協力を続ける以上、体面を保つ必要もある上に同時に制約も課さなければならなくなる。
「貴方が我々の味方である事は私もよく理解はしています。ですが、特殊な力を持ち超常的な身体能力を持つ一般人である以上は身体検査を受けてもらいつつ、もしもの時に備えて基本的に刀使皆さんと行動を共にし、戦闘は基本的に補助に回って貰います。現在各地に荒魂が頻出しているため色々な部隊を回って頂くことになりますのでコミュニケーションはしっかり取ってください」
「はい、問題ありません」
朱音が出してくる条件は確かに納得のいく物ばかりであるため素直に了承して行く。しかし、女性とのコミュニケーションは多少はここ数日で慣れて来たが流石に初対面の相手と上手く話す自信はないため頑張るしかないと自分に言い聞かせる。
「ですが貴方の正体を下手に誰かに知られるのも貴方や周囲の方にとって非常にリスクが大きい、分かりますね?勿論我々も正体の秘匿に尽力致しますが貴方自身も注意してください」
「分かりました」
朱音の出してくる条件を順当に呑んでいくとトニーが今度は自分が話す番だと言わんばかりに颯太の眼を見て語りかける。どうやらスパイダーマンになりきっていない時、その場に行くための理由付けが必要になってくる。
「今後管理局……いや、舞草に協力すると言うのなら基本的に監視の名目で嬢ちゃん達の指揮下に入り任務の補助に回って貰うのが基本だが普段の君がそこに行く理由付けが必要になる。分かるよな?」
「はい、確かに普段の僕がそこに行くための理由が無いと怪しまれちゃうのは理解出来ます。だから、戦闘を終えた彼女達の御刀を研いでメンテナンスするって事ですね?」
自分が専攻している学科は研師。戦闘が続けば続く程彼女達の御刀をメンテする人物が必要になる。自分も何度か研いでメンテナンスをした事があるため颯太としての自分がそこに行ける理由を推測出来た。
「察しがいいな。基本はその理由だけでも充分だが君と一緒に行動する嬢ちゃんの行き先や任務の内容によっては研究施設に入る必要があるだろう。そのために、君にはコイツの研究と開発を進めて貰いたい」
「これは………」
トニーが投げ渡して来た手に収まる小型の大量のデータの入ったデバイスでありディスプレイを起動するとそこには『ナノテクノロジー』と記載されていた。
「新しいインターンの課題としてナノマシンテクノロジーを使用した装備開発案とデータ採集、そして制作を課す。リチャードにも話は通してあるから彼のいる施設に行く際は彼に装備開発やメンテの指導を乞うのがその場所に行く理由付けにもなるだろう」
「後、ナノテクの瞬時結合で変幻自在にスーツを瞬間的に装着出来たら持ち運び問題も解決出来るし、荒魂が頻出してるなら今後はすぐに装着出来る利便性が大事になってくる……これの研究が進めば皆の役にも立てるってことか!」
目を輝かせているのは最新のテクノロジーに触れられるという好奇心による部分もあるがそれを制作する側に立てばこれらがいずれ皆の役に立つと考えると俄然やる気が出て来ている。
「ま、リチャードも君は戦闘員より技術者向けって言ってたからな。せいぜい励めよ」
「グサッ……はーい、頑張りまーす……」
フリードマンは自分が舞草の里で倉庫にあったパーツでウェブシューターを改造したり、潜水艦の中でも累やフリードマンの協力もあったがアークリアクターをウェブシューターの電力に変換して見せていたため腕前は理解している。
しかし、堂々と戦闘員としては少し劣る事を指摘されると流石にショックなのか少し落ち込む。
「あ、すみません朱音様。そう言えばハリーや親衛隊の皆さんってどうしてるんですか?燕さんは……あの時……」
「「……………………」」
2人が気まずそうに押し黙ると何か言いにくい事があると察知して先程とは打って変わって真剣な表情に変わる。これから聞かなければならないのは辛い現実であると察知出来るようになってしまったからだ。
「あの?どうかしたんですか?」
「言うのか?」
「はい、彼には知る権利があります。颯太さん……申し上げにくいのですが心して聞いてください」
「…………はい」
朱音が一度深呼吸し、これから目の前にいる子供に辛い真実を伝える。大人である事の残酷さと責任感の重さをしっかりと受けて止めて言葉を紡ぐ。
「此花寿々花、ハーマン・シュルツ、針井栄人。現在管理局の医療施設にて拘束され、治療中です。皐月夜見は高津学長と共に行動をしていますが燕結芽は昨夜の戦闘で亡くなったそうです……しかし、遺体は見つかっておらず此花さんの推測だと死後に体内に投与していた荒魂がスペクトラム化して彼女を依代としてその場から去った可能性が高いとの事です」
「え?そんな…………じゃあ………」
「針井さんは燕さんが人間として死ねなかった件と、今回自分がした事の罪悪感に押しつぶされて言葉もまともに発せません……しばらくはお会い出来ないかと思います」
「……………………」
一応生きて療養している面々がいるのは喜ばしい反面、行動の報いと言えばそれまでだがあまりにも辛い現実で誰もが皆幸せでは無い事を痛感させられる。
そして、自分がその不幸の遠因でもあるから尚更だ。
「先程述べた4人は所在が判明していますが行方が分からない方もいます。獅童真希、アレクセイ・シツェビッチ、エイドリアン・トゥームスです」
「一席さんが………?あの人………僕が瀕死の時タギツヒメと戦うのを手伝ってくれてたのに………」
そして、意外にも真希が行方を眩ませているという話を聞いてこれもまた信じられないという顔をしてしまう。彼女はあの祭壇での戦いで自分の主ではあるが日本に牙を向く敵であるタギツヒメとの戦いに協力してくれたのに行方を眩ませている事に強い違和感を感じた。
「はい、逃げる様な方では無いと思われますがこちらは調査を進めて行きます。後の2人の詳細は分かりませんがアレクセイ・シツェビッチと一緒にいたハーマン・シュルツ曰く、一緒に管理局に投降するつもりだったのに目が覚めたらいなくなっていたと仰っていました……何者かの襲撃を受けたとの事です」
「………敵は各地に頻発する荒魂だけじゃ無いって事か……」
栄人の語っていた現体制を粛清し、警察組織のトップに君臨していたタギツヒメが倒される事で噴き出してくる問題、新たな敵の出現を自覚させられる。
「これからも管理局に関わる以上、君の身に降りかかる事は全て君にとって幸せでは無いだろう。だから、いい歳こいた大人から1つ忠告しとくぞ……何でも1人で抱え込み過ぎるなよ」
「はい………スタークさん」
颯太の肩にトニーは手を優しく置く。トニーもよく1人で抱え込み、それに押し潰されてしまい大惨事へと繋がる事も多かったため、言えた立場では無いかも知れないが失敗した経験のある大人として真剣な表情で忠告する。浮かない顔をしてはいるが決してトニーから目を逸らさず、しっかりと見つめ返す。
「今は1人にしといてやろう、行くぞ」
「はい…………」
そうして、2人が退室して行くと窓の外の青空を眺めながら瞳から一筋の涙が頬を伝い、流れて行った。
「太………颯太?」
「あ、ごめん。ボーッとしてた」
長い間瞑想していた様で芽衣に語りかけられていた事に気付かずその声で我に帰った。
「しっかりしなさい、貴方は今皆のお手伝いをしながら装備の開発にも関わってるんでしょう?」
「うん、まあね……ここに来る度叔父さんの事思い出しちゃうのもあってさ……」
「叔父さんを愛してたのね、叔父さんもあなたを愛してたわ。でもあなたが立派な人間になるって、おじさんは信じて疑わなかったわ。だから期待に応えなきゃ」
スーツの開発と任務に協力し続ける事は今自分の目の前にある立派な目標だ、目標を持って生きていると生きる活力になって行く。
当然……ではあるが未だに芽衣には自分がスパイダーマンである事を伝えてはいない。言える訳がない、話して仕舞えば叔母を危険に晒してしまう可能性もあるからだ。
「うん」
「拓哉さん、お義兄さん。颯太は今スタークインダストリーズのインターンで皆の役に立つ研究に携わって頑張っているわ。2人の科学好きが似たのかしらねぇ、特にお義兄さんに」
「父さん……確か技術者だったんだっけ?」
「そうよ、とても熱心な人だったわ」
自分が一歳の頃に亡くなってしまっているため、記憶もほとんど無いため実感はイマイチ湧かないが叔父が自慢の兄だったと語っていた。
「そうなんだ………また来るよ、皆」
「そうね、そろそろ帰りましょうか」
「あ、桶返してくる」
「お願いね」
水を掛け終わった事で空になった桶を手に持って元々あった場所に返しに行くために来た道を引き返して行く。
家族の墓に背を向けて歩きだすその瞬間、改めてこれから先起こるであろう現実に対して決意を新たにする。
(これから先、何が待っていようと僕はこの言葉を忘れない。大いなる力には大いなる責任が伴う。僕に授けられた力は僕を一生呪い続ける)
あの日、自分の自覚の無さのせいで大切な人を……叔父を死なせてしまった。
それ以降、力を自制して大切な人を失って泣く誰かの為に使い続けている……
"大いなる力には大いなる責任が伴う"それを胸にこれからも力の使い方と、自分の在り方と向き合い続ける。
それを責務とし、自分自身を縛って誰かの為に生きる事は愚かに見えるだろうか?
(スーツとウェブシューターは奪う事も壊す事も出来る、でも……これだけは誰にも奪えない。僕が誰かって?僕はスパイダーマン)
それでも人と人の繋がりの糸によって沢山の仲間にも出会えた。彼らとの繋がりも、今自分を構成する一つの要素となっている。
立て続けに降り注ぐ現実の中で2人の英雄の背中から教えられた事が確かにある。スーツは自分を守るための力、本当に大切なのは自分の力を信じて最後まで諦めずに前を向いてまだやれると言い続ける事。
迷い、苦しみ、傷付いたとしても今何をすべきかを考えて行動で示し続ける。その在り方を流儀としてこれからも生きていく、それが自分のスパイダーマンとしての生き方だ。
NWH、MCUスパイディの完結になるっぽいのでアイアンマンみたく単独は3で終わりって感じなのか離脱なのかは定かではありませんが実写のシリーズでは初の明確に完結と銘打たれるのはマジで気になりますねえ。