刀使ノ巫女 -蜘蛛に噛まれた少年と大いなる責任-   作:細切りポテト

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NWH、今日まで本当に長かった。FFHの衝撃的なEDから生き殺しのような気分でしたがようやくその続きを見れる時が来ました。まあ、初日に行けないんですけどね。

言い忘れていましたが2話連続投稿なので一つ前の61話からお願いします。

ネタバレがつべやTikTokに流れてたりサブスクで配信されているサントラの曲名がネタバレだったりしたらしく何とかネタバレを踏まないよう極力触れないように細心の注意を払ってネタバレを回避出来たので新鮮な気持ちで見に行けることを嬉しく思います、見に行く皆さんも楽しみましょう!完結作らしいので超不穏ですけどw


第62話 契約

紗南を載せた車は刀剣類管理局本部から車でそう遠くない距離にある拘置所の前で停車する。ここには主に刑事事件の被告人で刑が確定していない未決囚や死刑判決を受けて執行を待つ死刑囚が収監されている。

警察組織である刀剣類管理局の人間である紗南にとっても関係のない訳ではないがそこまで関係性は濃くはない……少なくとも本部長の椅子を任されている人間が易々と来る場所ではない。

ここに来ると言う事はそれだけの理由があるという事。紗南が本部長の仕事の合間を縫って時間を作り、今夜ここに拘置されている人物の面会に来た。

車から降りると持って来たバッグに視線を移す。バッグからはみ出る程大きな長方形の枕の様な物体を手にし、屋内に入って行く。

 

「これから奴に会うとなると気が重くなるな……だが、奥の手は用意してある」

 

受付けを済ませ面会室に向けて歩いて行く。受付けの際、鞄の中に入っている約150cm程の枕の様な長方形の物体に付いてツッコまれどうしても必要な物だとその正体を見せる事でどうにか説得したが受付に顔を引き攣らせた微妙な表情をされたのは地味にダメージが入った。

 

面会室に通されるとその無機質で生活感のない空間にこれから会う人物との間を隔てる声を通すためだけの穴が空いているアクリル板と座るためのパイプ椅子が存在し、そこに腰掛けてバッグを足元に置く。

それと同時に神妙な面持ちで待機していると向こう側で扉が開き、その人物が出て来る。

 

「ったく、今日はこんな時間に何の用だ暇人かテメェは……何だ今日はテメェかオバハン」

 

両手首に拳を封じるための手錠を嵌めてはいるがその気になれば普通に破壊出来そうだと思わせる引き締まった筋肉質な体躯、収監中であるためスウェット姿であるが堂々と髑髏マークがプリントされている奇抜なデザインの服装。

流石に今は外しているのか耳には大量のピアス穴、髪も以前は坊主頭に剃り込みを入れたお洒落坊主と言った髪型であったが今は散髪する時間が無いのか真紅の髪は無造作に伸び放題で襟足は肩の位置まで、前髪は眼にかかり左眼を覆い隠す程伸びているため以前とは異なりヴィジュアル系バンドのような印象を与えるがこちらに視線を向けた際の誰に対してもメンチを切るガラの悪く鋭い真紅の三白眼の目付きは変わっておらず何より身体の随所から覗く隠し切れない刺青はまさにヤンキーやチンピラと言った風貌の20代前半程の若者が出て来た。

 

「オ、オバハン……だと……」

 

「パッと見俺とそれなりに離れてるように見えるから客観的にそう判断しただけだ」

 

4ヶ月前、美濃関近辺の銀行で強盗を働きスパイダーマンに捕縛されてそのまま逮捕されていたが新装備ショッカーのテストパイロット兼舞草を含む反乱分子の捕縛のため管理局に雇われて協力していた人物ハーマン・シュルツだ。

 

タギツヒメ討伐のために舞草の残党達で折神邸にカチコミを掛けた際に敵陣営の最大戦力である親衛隊の1人である結芽を抑える役割を担っていたエレンと薫のコンビを迎撃する為にライノのテストパイロットアレクセイ・シツェビッチと共に参戦し、結芽を本殿側へと逃した上にエレンと薫の装備していたS装備を破壊及びエネルギー切れに追い込み彼女らを負傷させて疲弊させる程のダメージを与えた激戦を繰り広げた相手であるため仇敵の1人に他ならない。

 

2人に敗北した後はアレクセイ共々大人しく管理局に投降しようとした矢先に何者かに殴られた事で気絶させられ、目を覚ますと医療施設に入院させられた頃にはアレクセイは行方不明となっておりその後の消息は不明となっている。

 

そして、鎌倉危険廃棄物漏出問題の真相を世間に公表する事も出来ず混乱を防ぐ為には秘匿する必要があるため折神体制側に着いた事を深く咎められてはおらずショッカーのテストパイロットをしていた事を知る者も少ないが美濃関近辺の銀行を襲撃した罪は消える訳ではないため治療を終えて退院した現在はこうして裁判を待つ身となっている。

 

しかし、開口1番礼儀のれの字も知らないのではないかと思わされる刺々しい言葉遣いに気怠そうな口調。歳がそれなりに離れている歳上相手にこの様な態度を取る有様に紗南はため息が出そうになるが今日は態々時間を作って重要な話をしに来たのだ、気を強く持たなければ。

そう決心すると紗南はハーマンの鋭い目付きの三白眼を見据えて対応する。

 

「あのな、私はまだ今年で35だ。お前とは14しか変わらないんだ。だからこう……もう少し手心という物をだな」

 

「何だウチのババアの一個下じゃねぇか。じゃ、オバハンでいいな」

 

ハーマンは用意されたパイプ椅子に腰掛け、背もたれに背を預けて気怠そうに右脚を左脚の上に乗せる形で脚を組むと紗南に対し友好的とも排他的とも言えない当たり障りのないを対応する。

 

紗南は年齢を話した上で堂々とオバハン呼ばわりされ、それが定着した事にショックを受けるが最初のウチのババアの一個下……この一文が引っ掛かりつい聞き返す。成人した21歳の子供がいるにしてはかなり若い所の話では無いパワーワードだったからだ。

 

「くっ……定着してしまった……いや待てお前の母親お前の年齢考えると相当若くないか?」

 

「まあ、俺はババアが15の時のガキだからな。ちなみに親父は今年で39だ。親父とババアの馴れ初めは当時14でイケイケなパリピギャルだったウチのババアが年齢詐称して親父がクラブDJとして働いてるダンスクラブに夜遊びしに」

 

ハーマンの中では自分の母親より多少若い紗南はオバハンで同い歳かそれ以上の女性はババアという基準の様だ。4ヶ月前に管理局に協力していた頃に伊豆山中の戦闘で負傷した際、管理局の医療施設に入院していた最中に偉そうに命令して来た雪那を苛ついていたとは言え堂々とババア呼ばわりしていたのはパッと見で母親と同じくらいの年齢だと思った事に起因する。

このままハーマンが自身の身の上話を細かく語り出したら長くなり、面会時間の圧迫になりそうだと思い長い身の上話は一旦静止させる。

 

「いや、それは長くなりそうだからいい……そう言えばお前今日は何の用だと言っていたが他に頻繁に面会に来ている奴がいるのか?」

 

しかし、紗南はハーマンの発言を思い返してみて気になった部分があった為身の上話を切っておいてなんだとは思うが問いかける。

 

「ああ、テメェんとこの凸凹コンビの凸の方だ。アイツ暇さえあればしょっちゅう面会に来んだよ」

 

「エレンがだと……」

 

その表現で合点が行くのもどうなんだと思うがまさかエレンがハーマンに面会を通して定期的に会いに来ていた事は聞いていなかったため意外だったが思い返してみれば舞草というか最も刀使の中ではハーマンと関わりが多かったのは彼女ではあるため面会に来るとすれば人物は彼女くらいだろう。

 

「ったく、物好きな野郎だよなアイツも……」

 

かったるそうに天井を見上げるがその表情に険悪な雰囲気や悪感情の様な物は感じられない。ここ4ヶ月の間、退院後は裁判を待つ身であり、その間にあった出来事がハーマンの脳内でフラッシュバックして行く。

 

ーーハーマンが拘置所に拘置され面会も許される時期になった頃。

 

『あーあ、ダリィ〜。折角入った前金も賠償金に半分は消えちまったが入院中に投票券付きCDは全国から買い占めて全部推しに投票して更にCD発売後のシリアル天井がもうちょいって分までは残ってたのは幸いだったな……まあ推しがセンターの水着衣装PVをリアタイ出来ねえのは悔しいが目的は大体達成できたしいっか。後は紅白だけだが今年は激戦区だからどうなっかな………にしてもゴリラの奴どこに行きやがったんだ………』

 

拘置所の個室にてハーマンは横になりながら独り言を呟き、今回引き受けた仕事の成果を分析しながら自分の目的は概ね達成出来た事を実感しつつも未だに心に引っ掛かる事が無いでは無いが今は特にやる事も無いためぐーたらしていた。

だが、心のオアシスであった推しグループのイベントにも行けずTVでの活躍を追えない上に、最近では別に親しくはないが唯一の話し相手ではあったアレクセイもいないためどこか心に穴が空いた様な虚無感を感じながらも日々を惰性に過ごしている。

 

『面会だ、出ろ』

 

『あぁ?面会だぁ?』

 

個室のドアの向こう側から看守の声が室内に木霊するとハーマンが訝しげに扉の方に首だけを傾け、視線をそちらに向ける。

 

(親父とババアには危ねえから日本には来んなつってるし妹はまずぜってぇ来ねえから誰も俺の面会になんざ来ねえ筈だ。管理局の連中も俺みてえな腫れモンに関わった事自体後ろめてぇだろうから口止めに来たって所か)

 

『ったく、めんどくせえな』

 

ハーマンはかったるそうに身体を起こすと頭を掻きながら個室から退室して面会室へと移動する。

面会室の前まで来ると看守に通され扉を潜って入室してアクリル板を隔てた向こう側に視線を向けて一体どこのどいつだと自分を呼び出した者の面を拝もうとした矢先、向こう側から声を掛けられる。

 

『Hello!お久しぶりですハマハマ!お元気してマシタカー!』

 

アクリル性の板で隔たれた向こう側の部屋から通声穴を通さなくても聞こえる程透き通った大きな声で人の名前を思い切り崩した変なあだ名で呼ぶ独特のコミュニケーション方法、こちらが室内に入るなり友人にでも会ったかのように手を振って来る気さくな態度……ハーマンが知る人間の中では1人しか存在しない。

 

最初の出会いが伊豆山中での激しい戦闘という最悪な出会い、そして後には折神邸で激しい攻防を繰り広げた舞草の一員、古波蔵エレンだったからだ。

 

『……………よりにもよって1ミリも想定してなかった奴が来やがった……』

 

確かに最も舞草側では接触が多かったが、全力でぶつかり合った事で互いの実力や人間性はある程度認めてはいる。

しかし、決して親しい間柄では無いし(ハーマンに至ってはエレンの名前すら知らない)悪感情は持ってはいないが敵同士であったという事実は変わらないため何故そんな相手に平然と会いに来るのかハーマンには理解し難かったが現に相手はこちらに屈託のない笑顔を向けながら目の前にいる。

それはハーマンを困惑させるにはあまりにも充分な代物だった。

 

それからというもの、エレンは鎌倉に出向する任務がある時や近くに寄る機会がある度にハーマンの面会に足繁く通い詰め近況報告や仕事の愚痴、身の上話をハーマンに振って来る様になり、それを通してハーマンの方も裁判を待つ身でありながらいつの間にかエレンが面会に来るのが一種の日常の様な物へと変わったいた。

 

『そう言えばハマハマのお誕生日っていつなんデスカ?』

 

『あ?別に言う事でもねぇだろ、もう祝われるような歳でもねぇしな』

 

面会に訪れた際、親しい間柄でも無いのに知り合い程度の付き合いでしかないエレンに唐突に誕生日を尋ねられたため、鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべるが既にハーマンは自身の誕生日等気にする歳でもないと思っているためかぶっきらぼうに返す。

 

『え〜私は知りたいデスネ、生まれた日がめでたいのは何歳でも一緒デス!ネ!』

 

『チッ……4月13日だ、21歳』

 

しかし、それでもと食い下がるエレンに根負けして渋々誕生日を告げる。何気に初登場時以前には既に誕生日を迎えていたのだ。

ハーマンがふてぶてしくはあるが自分の質問に答えてくれた事に目を輝かせるとエレンはノリノリで自分の身の上話を始める。

 

『ワオ!もうお誕生日は過ぎてたんデスネ!まぁ、実は私も5月15日なんでもう過ぎちゃってマスけどネ。年齢は16歳デス!』

 

『なんだテメェも遠くはねえが過ぎてんじゃねえか……』

 

『あら!近かったら祝ってくれるつもりだったんデスカ?』

 

『バッ……!違ぇーよ、誕生日がもうすぐだから祝って欲しいのかって思っただけだっつの』

 

子供の照れ隠しのように素直じゃ無い態度がどこかおかしく、それでいて可愛らしく思えたためつい笑みが溢れてしまう。

 

『またまた……でも誕生日が早いとちょっとだけ損デスヨネ……』

 

『あ?何でだ?』

 

『だって、折角出会って仲良くなれたのに早いとお誕生日を祝ったり準備とか遅れたりで祝えなかったりするじゃないデスカ、それがちょっと惜しいなって』

 

確かに誕生日が早いと後に出会えば出会うほど誕生日を祝う機会が無くなってしまうという事はあるかも知れない。成人を過ぎたハーマンにとっては割とどうでもよくなってはいたが相手はまだ祝われたい思春期の子供だ。一年に一度だけ訪れるその人物がこの世に生を受けた日を祝ってやるのも悪いものでも無いのかも知れない。

 

『……おめっとさん』

 

『what's?』

 

無愛想なハーマンの口から出た言葉を脳が処理するのに時間が掛かってしまったのかエレンは素で聞き返してしまったがハーマンは頬杖をついたままではあるがエレンの青空の様な瞳を夕空の様な深紅の瞳でしっかりと見つめ返しながら祝福の言葉をエレンに送った。

 

『……別にテメェは誕生日迎えてからまだそんな経ってねぇだろ、誤差だよ誤差』

 

ハーマンが祝いの言葉を掛けてくれた事は正直驚いているし、今でも少し信じられないがエレンは一瞬胸の奥が温かくなるような気持ちになると太陽の様な笑顔を向け、自身もハーマンに対して祝いの言葉を投げかける。

 

『oh、thank you!過ぎてても祝いの言葉を貰えるのは嬉しいデス!ハマハマも……大分過ぎちゃいましたケド、おめでとうございマス!』

 

『へいへいどーも』

 

無表情で頬杖をついたままぶっきらぼうで気怠そうな口調は変えていないがエレンの祝いの言葉を目を逸らさずに確かに受け止め、一応感謝の言葉を返す。

長時間異性に真剣な眼差しで目を見つめられる事にはあまり慣れていないのか少しだけ気恥ずかしくなり、エレンは一旦話題を変える事にした。

 

『あ!そうデス!聞いてくたサイ!後2ヶ月したらいつも忙しくてあまり会えないパパとママに会えるんデス!』

 

『ほーん、そりゃ良かったな』

 

『ハマハマのご家族ってどんな人達なんデスカ?』

 

『別に人に態々言うもんでもねぇが家族構成は親父とババアと妹だ、んで妹は確か俺の5つ下だから今年で16だったな。まあ大体テメェらと同じ位か』

 

家族の話題が出た際、一瞬めんどくさそうな表情にはなったが聞かれた以上は答えるべきかと思い自分の身内の事を語る。

両親とは別に険悪な訳では無いがいつまで経っても子供扱いしてくる上に両親共精神が若い頃のギャルとチャラ男のままなせいか軽くておちゃらけたノリで接して来る為他人に紹介するのはキツいと感じて気恥ずかしさの様な物も多少介在している。

妹も昔はよく甘えて来たがここ数年は反抗期で兄弟がウザいと感じる歳頃なのか自分には無愛想な態度を取って来るため一方的に避けられている気がしてロクに話してはいないため多くは語れない。

 

『wats!?ハマハマって実はお兄ちゃんだったんデスカ!?』

 

『おい、なんでそんな驚いてんだコラ』

 

『いや〜子供っぽいからつい』

 

『ぐぬぬ……テメェ……』

 

エレンが口に手を当て心の底から驚いた様な大袈裟なリアクションを取った為、つい食い気味に聞き返す。

自分でも自覚がある部分でもあり不良が更生し損ねて身体だけ大人になった様な精神構造であり、ボクシングの世界チャンピオンになった際にもWBA評議会に対して対戦相手のライバルを貶された事で全員を半殺しにして逮捕され、その時の精神鑑定でも責任能力はあるが精神年齢は小学生並という結果が出たため子供っぽいという部分は否定出来ずに悔しげに唸るしか出来なかった。

 

『あー……でもちょっと分かる気がしマス、意外と面倒見はいいデスからネ』

 

『あ?何か言ったか?』

 

『別に何も〜』

 

彼女は自分達が折神邸にカチコミを掛けた際に外見は小学生にしか見えない薫をハーマンは"人手不足な舞草に夜遅くまで無理矢理付き合わされている小学生"として接して気遣った対応をしたがそれが逆に彼女の地雷を踏みまくる結果となったことを思い出していた。

だが、あの時のハーマンは間違いなく歳下の小さい子供には優しく接する面倒見のいいお兄さんであったことは間違い無かった筈だ。知らなかったハーマンの一面を新たに知る事が出来た事は嬉しかったが今は自分の中だけに留めて置く事にしていつもの様におとぼけてはぐらかした。

 

ーー更にある時

 

『大分髪伸びマシタネ〜、くりくり坊主も可愛かったですが今位の長さならちゃんと整えればV系でも通用しそうデスネ!ハマハマって意外と素材は良いと思いマス!』

 

『くりくり坊主じゃねえ、バリアートだ。最高にイカすクールなヘアスタイルなんだよ。後意外とって何だ意外とって』

 

エレンがハーマンの面会に通う様になってから3ヶ月頃、時の流れによって丸い坊主頭に剃り込みを入れたバリアートは見る影も無く髪が伸び切り、現在の無造作に伸び放題な髪型に近付いて来ていた。

ハーマンが右手の指で前髪を絡めてくるくるといじりながら伸びた事を実感している姿を見て見た目の印象が変わったハーマンの顔をじっくりと眺めていると三白眼の鋭い目付きは威圧感と刺々しさを与えるが決して不恰好ではなくむしろ真紅の髪にマッチした赤い瞳の組み合わせはヴィジュアル系やパンクロッカーの様な格好良さに直結するとエレンは感じ、素直に称賛している。

 

『前のも似合ってマシタが今の方が女子ウケしそうデスヨ、髪型で損しちゃってた気がしマス』

 

『そうかよ』

 

前はあまり意識して見ていなかったが面会に通い始め、お互いの顔を見てあるがままを話すようになってから知らなかった相手の良さが少しずつ分かって行く。何てことない筈だが最近では唯一の話し相手だったアレクセイも行方不明となった事でこうして誰かと取り調べ等の様な毒気のない会話をするのは貴重な機会であるためいつの間にか煩わしさは薄まって来た。

 

ーーそして、1ヶ月前

 

『はぁ……最近薫に会えてまセン……寂しいデス。薫成分が欠如して薫欠乏症になりそうデス』

 

『確かに今バケモン共が頻出してんならチビのゴリラパワーの方が需要高そうだもんな。まあ俺も最近推しに会えねえ所か公式からの供給も拾えねぇから気持ちは分からんでもねえわ……おい、一ついいか?』

 

普段あまり愚痴を零したりネガティブな発言はしない彼女ではあるがハーマンにはいつの間にかそう言った部分も見せる程気を許しており、そんな彼女の愚痴も特に嫌な顔はせず淡々とフォローを入れるなどすっかり馴染んでいる。

だが、ある程度互いに踏み込んだからこそ気になってしまう部分も出来てしまい、そんな事を聞くのは感じ悪くないか?と思ったが踏み込まずにはいられずガラの悪い鋭い三白眼を刃の様に光らせて真剣な顔付きで問いかける。

 

『どうしマシタ?』

 

『俺ァ別にテメェの事は嫌いじゃねえ。だが、何でテメェがしょっちゅう俺に会いに来んのかはイマイチピンと来ねんだわ。俺らは元々敵同士で2度も命懸けでぶっ潰し合った間柄で俺もテメェの事を何度もボコボコにぶっ飛ばしたりもした』

 

伊豆山中での戦闘の時も義理を通して勝利したエレンの事を誰にも話さずずっと黙っていたり、折神邸で戦った際も幾ら薙ぎ倒されても立ち上がる彼女達の事は国に喧嘩を売るバカなテロリストだとは終始思っていたと同時に成し遂げたい目的の為に勝ち目の無い試合でも全力で挑む面白えバカで強え奴と認めていたりなど悪感情は無いがお互いのことはあまり知らない敵同士という関係性から面会を通してある程度は気を許せる相手へと変化しているのは間違いない。しかし、同時に近づけば近付く程引っ掛かる部分でもある。

 

『俺が管理局に協力してたのはスパイダー野郎へのリベンジと協力すれば大金が貰えるし推しに課金出来て俺にとって得だからっつー損得勘定が大半だ。今こうして管理局との関係が切れた以上俺にとって管理局なんざどうでもいいようにテメェらから見りゃ俺は目上のたんこぶの腫れモンで態々俺に絡むメリットがあるとは思えねえ。なのに何でテメェは得にもならねえ俺の所に来やがんだ?』

 

ハーマンはぶっきらぼうだが、それでいて真剣な声色で心境を吐露する。

管理局に協力していたのは大半が損得勘定であり元々部外者である以上管理局に対しては何の忠義も思い入れも無い。

それは勿論管理局も同じで自分に協力を要請したのはショッカーのテストパイロットとしてデータを集める役割とスパイダーマンや舞草の面々を捕らえるのに有用で得になるからで管理局の長であった紫が倒されて舞草が局の実権を握った以上、自分は管理局にとっては目上のたんこぶに過ぎないただの犯罪者でそんな奴とツルむメリットなど既に管理局には無い……とハーマンは考えている。

そんな自分に舞草の一員であるエレンは友人の如く接して来る理由が理解出来ず真意を知りたくなった。

 

彼の瞳をじっくりと見つめる青空の様に青い瞳は揺らぐ事なく全てを受け止める。ハーマンの言いたい事を理解した彼女は一息吐くと自分の気持ちをハーマンに投げ返す。

 

『ハマハマ……損だとか得だとか特別な理由が無きゃ会いに来ちゃいけないんデスカ?』

 

『あ?』

 

『私が貴方に会いに来るのは貴方が私にとって得になるからだとかそんなんじゃありません。私は貴方の事は大分……いいえ、スーパー変な人だとは思ってますが心の底から悪い人じゃない……と思ってマス』

 

『分かったような口ぶりだな』

 

『確かに私達が出会ったのは最近ですし分からない事も多いです。ですから貴方の事もちゃんと知りたい、出来ればずっといがみ合ってるよりは仲良くなりたい、単にそれだけデス。まぁ友達と呼べるかはまだ微妙デスが私も貴方の事が嫌いじゃありません、その後どうしてるのか気になる位にはね』

 

エレンの口から語られる真意、その人物に関わるにあたり自分にとって損か得かではなく相手に寄り添って理解し、関係を構築したいと思えるかどうか。

少なくともエレンにとってハーマンは変人ではあるが根っからの悪人ではなく良好な関係を築きたいと思える相手であり単に親しくなりたい、自分がそうしたい。それだけだった。

ハーマンは自分がそんな相手の気持ちを理解しようとせず信じたいと何処かで思いつつも信じようとせず物事を損得勘定で見る悪癖が段々馬鹿らしくなって来た。

 

『それに、めんどくせーと言いつつ貴方は一度も面会を拒否してないじゃ無いデスか』

 

『うっせ、暇なだけだ』

 

指摘された通り実はハーマンはこれまで一度も彼女の面会を拒否した事がない。面会が来たと言われれば素直に応じて毎回彼女との会話に出向いていた。単に暇だったからなのか、それとも……

 

『時間です』

 

 

『oh、時間が経つのは速いデスネ。じゃ、また近くに寄ったらまた来マス!今度はスクリューボールの売り上げ情報も一緒に持って来マスネ!私の推し曲はデビュー曲の恋はスクリューボールで皆にも布教してマス!紅白もきっと行ける筈デス!』

 

監視役の看守に終了時刻を告げられ、席を立ち踵を返して退室して行くハーマンに対して友好的に声を投げかけ続ける。彼女はまた次に面会に来た時により親しくなれる様にハーマンの趣味の物にも手を出し始めている。

そこまでされたら既に損得勘定ではなく純粋な厚意を自分に向けていると理解したため照れ隠し気味にそっけない態度で返す。

 

『勝手にしやがれ……ったく、調子狂う野郎だ』

 

 

と、これまでの面会での記憶を今の一瞬で思い返していたが面会時間も無限では無いため早く本題に入ろうと紗南に話を振る。

 

「まあそれはそれとしてだ。で?一応お偉いさんのテメェがこんな所で俺なんぞに何の用だ?何度も言ってるが俺はゴリラの行き先なんざ知らねえぞ。別にあいつの行動パターンが分かる程親しかった訳じゃねえし、今ここで嘘付くメリットも無えからな」

 

「いいや、今日お前に提案したいのはこれだ」

 

ハーマンは取り調べの際に何度もアレクセイの行き先には見当が付かないと言う事と、同じ病室で過ごした相手ではあるが組んでいたのは仕事と敵が同じであって仲間と呼べる程心も預けてはいないし友達と呼べる程親しかった訳ではない事、既に蟠りは解けて同じ目的の為に普通に協力して力も貸し借り出来る位のビジネスライクな連帯感で接していたため知らない事の方が多い事は話した。

だが、どうやら今回の紗南の狙いは違う様でバッグの中からタブレット端末を取り出し、その案件が記載してある画面をハーマンの方へと向ける。

 

それを見せられたハーマンは一瞬、三白眼の小さな瞳を散大させて驚きを隠さずにすぐ様視線を紗南の方へと変える。

 

「あ?何だこりゃ……おいおいおい、こいつはどう言うつもりだ?」

 

紗南はハーマンの眼を見つめながらこれから自分が出す提案を説明する為に一度深く深呼吸をして取引を持ち掛ける。

 

「鎌倉危険廃棄物漏出問題で現在関東を中心に荒魂が頻出している。今はどこも人手不足でな、1つでも多く戦力が欲しい程猫の手も借りたい状況だ……だから提案したい……ハーマン・シュルツ、お前に再びショッカーのパイロットとして我々に協力して貰いたい」

 

「随分思い切ったな、テメェらにとっちゃ目上のたんこぶの俺にそんな提案するなんてよ。だが、俺は今裁判を待つ身だ。そんなめんどくせえ状況にいる俺をどうやって再びショッカーのパイロットにする気だ?」

 

ハーマンの方も半信半疑と言った姿勢は崩さないが今置かれている複雑な状況下の中にいる自分を再度ショッカーのパイロットにするとなると一筋でではいかない。その質問をされることは想定済みな紗南はその疑問に答える。

 

「この事態がいつまで続くかは分からないからな、前局長がやっていた様にテストパイロットとして一時的に釈放という手段は取れないだろう。だから近い内にお前の判決を明確に決め、刑を確定させる。裁判の時に盲目だが凄腕の弁護士を雇うから上手くいけば執行猶予程には出来る筈だ」

 

「マジか、すげえな」

 

前回逮捕されたてで留置所にいたハーマンをスパイダーマン及び舞草の構成員の捕縛が終わるまでの一時的な契約であったが現在荒魂が頻出する事態の終息はいつ頃終わるのかも不明確で、より悪化するかも知れない可能性がある以上刑が確定していない人物を長期的に連れ回すのは多方面に迷惑をかける。よって、ハーマンの刑を確定させる事を最初の段階に想定している。

 

「その代わりお前には更生して社会復帰を促す為にショッカーのテストパイロットとして特別祭祀機動隊の嘱託隊員として働いて貰う事になる。基本的に荒魂が出現したら出動してスーツを装着し、彼女達が到着するまで時間を稼いだり、荒魂の動きを封じて彼女達の支援に回ってもらう事になるな。勿論働いてもらう以上は3食宿付きで給料も出る」

 

「え?給料出んのか?」

 

ハーマンが思わず素っ頓狂な声をあげて驚くが自分たちを血も涙もない鬼か何かだと思っていたかの様な反応は心外だった様でジト目で給料の金額が提示されている画面までスクロールする。

 

「我々を何だと思ってるんだお前は。大体……こんなモンだな」

 

「思ったより高えな」

 

「まあ命懸けだからこれくらいは出さんとな」

 

荒魂との戦闘は刀使でも命懸けの戦いとなる。写シの様な実質的な残機が無いハーマンの場合パワードスーツを着ているとは言えより背負うリスクは大きい

為それなりの給料が支払われなければ割に合わないだろう。

しかし、0の桁が多い給料を見て一瞬興味深そうにしていたが徐々に何かを咀嚼するかの様に不満げに唸り出した。

 

「う〜ん………」

 

「何だ?不満か?」

 

「まぁ、俺にもメリットが無ぇ訳じゃねえが命懸けてまでやる意義を感じねえな。他の奴でもいいだろ簡単だぞショッカー」

 

「それが出来るなら最初から他の奴にも言ってる。ショッカーは玄人向けで装着者の技量の影響を強く受けるからお前以上に上手く使える奴はそうそういないんだ」

 

「そんなムズいかね……あー、じゃあ聞いといてなんだけど機動隊に配属されるにせよ俺の行動はどんだけ制限されんだ?俺みてえな目上のたんこぶな犯罪者を扱うならテメェらも世間体を守る為に何かしら対応が必要だろ?そいつを話せ」

 

ハーマンからすれば自分の力を求められており、自分が一番ショッカーを上手く扱えるという事は理解出来たが命懸けで戦う理由はイマイチピンと来ない。それでも紗南から情報をしっかりと引き出した上で考慮しないといけないと思い、受けるとは言わずにメリットデメリット、設けられる制限をより明確にさせに行く。話はそれからだ。

 

「あぁ、そうだな。まずお前の衣食住は神奈川県警機動隊の独身寮に3食付きで寝泊まりして貰う、勿論水道光熱費はこっちで負担する。休日は不定期になるが年間130日はあるだろうが出動要請があれば出動して貰う事にはなるな」

 

「多いんだか少ねんだか分かんねぇな……働いてたつっても基本試合以外はトレーニングしてたから休日らしい休日なんて無かったしな」

 

「まぁ、大体週1〜2日程あると思えばいい。後、休日出掛けるにせよこんな状況でいつ出動要請があるか分からないから常にショッカーの入ったトランクは持ち歩いて貰う事になるぞ、おまけにお前は仮にも執行猶予扱いになるだろうからそんな奴を1人で行動はさせられん。休日出掛ける場合はお前に監視役を付けさせて貰う」

 

ずっとプロボクサーという勝負の世界に生きて来た上に、以前にやった事があるレストランのウェイターのバイトも同僚のウェイトレスが迷惑客に絡まれていたのが目障りで「うぜぇ」の一言で蹴り飛ばして追い出した事で即日クビになった事があったり、収入も試合に勝ったファイトマネーで一気に稼ぐというスタイルで地道に働いて稼いだ経験に乏しいハーマンにはイマイチピンと来ないが、そこそこの待遇ではあったりする。

説明を受けるとハーマンの脳内でも管理局がそんな事をする理由が1つの線となって繋がって行き、答えを導き出す。

 

「かったりぃが言いてえ事は分かる、俺みてえな何するか分かんねえ奴はすぐ制圧出来る様ガキ共を監視役に付けるって所か?んでもってショッカーも基本的に機動隊の現場責任者サマのパイセンか一緒にいるガキ共の認可が無えと着れねぇようにでもするつもりか?」

 

「察しがいいな、悪いがこちらも無理を通してお前を引き入れるならこれくらいでもヌルい位だ。休日にアイドルのライブに行くのも自由だが監視役の刀使も一緒に同行するため窮屈にはなるだろうが我慢して貰う」

 

紗南からある程度情報を引き出した上で、ハーマンは提示された情報を整理して自分がショッカーのパイロットになる必要性を考慮して行く。

1つ、給料が高いという点だがハーマンは元々管理局に協力したのはスパイダーマンへのリベンジとイベントに行けない代わりに夏の新曲のPVで推しをセンターにする事を最優先事項に設定していた。

しかし、現状スパイダーマンへの報復は時間も大分経った上に現在は大荒魂討伐に協力したとして世間的には親愛なる隣人に戻っている以上、以前のテロリトススパイダーマンを捕縛する為にショッカーを装着して叩き潰す大義名分は得られないため固執する理由が無い。

何より自分が全国店舗からほとんどのCDを買い占めて推しをセンターにするという目標は達成しているため無理に管理局にこれ以上協力する理由がない。

 

2つ、自分が行く必要性。これに尽きる。市民やそれらを守るために前線で戦ってる刀使達の為に戦えないなりに必死こいて命懸けで戦う。立派、大変ご立派なんだろう。

だが、自分には市民の為に命をかけて戦う理由も無ければそこまでする必要性を感じておらずそういうのは使命感や責任感のある奴がやればいい。

よって、自分がショッカーを装着して命懸けで戦う必要性は低いと判断して紗南の誘いを断る事を決断した。

 

 

だが、心の何処かで何か引っ掛かりを感じる。確かに命懸けでやる必要性も無ければ市井の者達の為に戦う義理も無いのは確かだがコイツと組むのを渋っている他の理由は何だろうか?

心の何処かで出会ったばかりでロクに知らない紗南には胡散臭さを感じてイマイチ信用し切れていないのかも知れない。

 

「なるほどな……ま、悪くは無えがノれ無えな。俺はそんなお堅い仕事なんざ向いちゃいねえし俺は夏の新曲のPVで推しをセンターにするって目的も達成してるし紅白も安全圏だろうからやる意義を感じねんだわ」

 

ハーマンの否定を受けると紗南は残念そうに目を伏せるがまだ残している奥の手を使うべきかと判断して足元に置いてあるバッグからこの時の為に持って来ていた約150cm程の長方形の物体を取り出し、包んでいた袋を外して前に持って来る。

 

「そうか……残念だな。入隊するならこれ、やろうと思ってたのにな」

 

「あ?…………ああああああああああー!それはー!」

 

「うおっ…!」

 

バッグの中を漁り出した紗南を眼を細めて凝視しているとその物体に印刷されている絵柄を見てすぐ様何かを察知して面会室中に響き渡る大声を上げ、その声量に驚いて紗南も素で驚いてしまった。

ハーマンはアクリル板に顔を引っ付けながらオタク特有の早口で捲し立てて行く。

 

「夏季限定、新曲サマー⭐︎マーメイドとぅいんくるすたー!のCD特典のシリアル抽選3名様限定のセンターメンバー抱き枕シリーズではあーりませんか!拙者の推しのりるるんがセンターを務め、水着衣装により曝け出された蒼い果実の如く成長期の肢体を惜しげなく披露している水着衣装の抱き枕という千年に一度の逸材な神アイテムであり拙者も全国店舗からCDを買い占めまくって天井をねらったのに資金が尽きて幾らか買い漏らして観賞用と添い寝用しかゲッチュ出来なかった代物を何故貴殿がお持ちなのでありますかあああああああああああ!?」

 

「静粛に!」

 

 

そう、紗南が持って来たのは抽選でしか手に入らないアイドル衣装のようなアレンジを加えられた水着に身を包んだ銀髪の10代半ば程の少女が右手にマイクを持ち、左手を前に向けて手を差し伸べてあるかの様なポーズを取っているハーマンが推しているアイドルグループの推しメンの限定抱き枕だったのだ。

熱量と声量に気圧され、一瞬ポカーンとしてしまったが幸い重要な部分は聞き逃さなかったため気を取り直して抱き枕の入手経路を語り始める。

 

「あ、あぁ……ウチの学校の生徒の間で密かにスクリューボールが流行っててな。教え子にいい曲だから聴いてみろと言われて聴いてみたら意外といい曲だったから1枚位買ってやろうと思って仕事帰りに近所の電気屋のCDショップコーナーに立ち寄ったら奇跡的に1つだけ残ってて試しに買ったら……その……シリアルが当選してたんだ」

 

少し前に学内でスクリューボールの布教を始めたエレンによって長船内にも流行しており、紗南にもその布教の手が及んでおり実際にCDを拝借した際に地味にだがハマってしまいお布施としてCDの購入を決意。

ハーマンが全国店舗から買い占めていた事もあって殆ど残っていなかったが電気屋に唯一残っていたCDを購入し、自宅に帰って開封するとフロントジャケットの間にあったシリアルをどうせ何も当たらないだろうと何となくで入力してみたら見事、A賞である3名様限定のセンターメンバー抱き枕に当選していた。

 

(い、いらね〜……)

 

しかし、スクリューボールにハマっては来ていたがあくまで楽曲が好きなだけであってメンバー全員を把握している訳でもないため非常に反応に困ったが処分するのは勿体ないと思い部屋の隅っこに置いてしばらく放置していた。

エレンとスクリューボールの話題になった際ハーマンの推しメンが抱き枕にプリントされているメンバーであると知り、置き場所に困ったので押し付け……もといついでに交渉材料として扱うためにこの場に持って来た。

 

結果として抱き枕を見せた瞬間今日1番いい反応をしたため、効果抜群である事に手応えを感じて心の中でガッツポーズをした。多方面に働きかけて色々なしがらみを潜って綿密に勧誘のプロセスを踏んだ時よりも反応が良かったのは心底複雑だが。

 

「で、この娘がお前の推しだと言うから入隊特典にくれてやろうかと思ってな」(ほんとは置き場所に困ったというか処分するのがめんどくさいからとは口が裂けても言えないがな)

 

「ふ、ふん!そんなんでこの俺が靡くと思ったか?ナメて貰っちゃあ困るぜ」チラチラ

 

(思いっきりガン見してるが?)

 

一方、凝り固まった利己的主義者であるハーマンはただでは靡かない。ペースを紗南に掴まれない様に先程の様な嵐のような勢いは鳴りを潜めて拗ねたように斜に構えた態度で誤魔化そうとしているが抱き枕の方を思い切り凝視しながら言っているため説得力が無い。

 

「残り5分です」

 

(しまった……時間を使い過ぎたかっ!?)

 

そうこうしている間にいつの間にか時間が迫って来ている事を告げられ、抱き枕を提示した際に反応はあったが成果はあまり芳しく無いことに気付くと額に冷や汗が流れ始めた。

 

そんな一瞬焦った素振りを見逃さなかったハーマンは物で釣ろうとしたり、メリットもあるが命懸けの仕事に勧誘して来る紗南に対する残っている不信感の正体を確かめて相手を見極めるために紗南の瞳を穴が空くのではないかと思う程見つめ、気怠げだった口調から低く、真面目な声色へと変わって行く。

 

「なぁ、オバハン。時間もあんま無えから今から俺が聞く事に答えてくれるか?」

 

「何だ?」

 

「そっち側に着く俺へのメリットデメリットは分かったしそれなりに気ぃ遣ってくれてんだなってのも伝わった」

 

「なら」

 

ハーマンなりに紗南から提示された情報を咀嚼し、好感触とも取れる反応をしめしたため紗南もやや食い気味に声のトーンが上がってしまったがそれを遮るかの様にハーマンは紗南に抱いている不信感を正直に伝える。

 

「だが、テメェらがそんな無理を通してまで俺に協力を仰いだのも組織運用的な部分で全体のためってのは分かるがイマイチテメェ個人の気持ちは見えて来ねぇんだわ」

 

「どう言う事だ?」

 

「別に深い意味は無ぇよ。ただテメェ個人はどう言う腹づもりなのか気になっただけだ。テメェが上にのし上がってくために一個でも動かせる手駒は増やしておきてえとか、目上のたんこぶは金で釣って危険な現場に送り込んでお掃除するつもりだとか……ま、何でも良いが前のバ先のトップがとんでもねぇ奴だったからな、バ先選びに失敗するにせよ次仕事を選ぶんならクライアントがどんな奴なのか自分の眼で確かめて自分で選びてぇってだけだ」

 

「今言わなきゃダメか?」

(コイツ……私を試してるのか?)

 

「まぁ、今真面目に答える気が無えなら次からテメェの面会は拒否るかもな」

 

ハーマンが紗南に抱いていたのは管理局の本部全体を動かす本部長としての提案なのは理解は出来たがそこには真庭紗南個人としての意志がどれ程介在していているのかイマイチ汲み取れない不信感だった。

メリットとデメリットが同時に存在するこのピーキーな契約の中で単に自分が組織の中でのし上がって行く為の手駒の獲得なのか、邪魔者を金で釣って始末するための損得勘定なのか。

そのハーマンの心境を聞いて紗南もあまり知らない相手にそこまで語らなければならないのかと重圧を掛けられたが、信頼を築くにせよ自分個人の本当の気持ちを伝えなければならないと判断し、ハーマンのこちらを見据える瞳を見つめて語り出す。

 

「分かった……話そう。鎌倉特別危険廃棄分漏出問題以降、荒魂が各地に頻出してる。おまけに最近ではノロを強奪する奴まで現れた、また新しく悪意を持って日本に牙を向ける奴が現れる可能性もある」

 

(まさか、あの夜俺らを気絶させてゴリラを攫った野郎かそいつの他の仲間って所か)

 

現在管理局本部が抱えている問題は頻出する荒魂の対応だけでは無く、倒した祓った後に流れ出るノロを強奪する者まで現れ出しておりそれらを実行しているのが身内なのか、はたまた外部の相手なのか…それらが単独犯なのか複数犯なのか…新たな脅威の登場により日々現場で戦う彼女達への負担がより重篤なものへと変わっていくことが現在最大の懸念材料だ。

重要機密ではあるが本当のことを話せと言われている以上、信頼を得るためにここで開示する。

 

「そして、荒魂に対抗出来るのはアイツらだけ、外部協力者であったアイアンマンも他にやることが山積みで常にこちら側にばかり手を貸せると言う状況でも無い。そんな最中、私達大人がアイツらにしてやれるのはアイツらが戦い易い環境作りとサポートだけ……情け無いよな、偉そうにアイツらに指示するクセにアイツらに大した事をしてやれない」

 

「……………」

 

「猫の手も借りたい状況だと言うのは間違い無い。だが、それは使える手駒が欲しいとか私がのし上がって行く為の道具が欲しいからじゃない。マスコミからの偏向報道とそれによって世間から冷たく心ない言葉を浴びせられながらも人々を守る為に命懸けで戦ってるアイツらの力になってやりたい、だから恥を忍んで誰よりもショッカーを上手く扱えるお前に頼んでいる」

 

「私個人が本当にお前に求める事はただ一つ、アイツらの……私の生徒達の力になってやって欲しい、それだけだ」

 

紗南がハーマンに求めているのは自分達にとって得になる道具という関係ではなく、生徒達の命を預かる教育者として生徒達の力になりたいという想いから来ている損得勘定抜きの真心からだった。

この場で適当でありきたりな事を言うのは簡単だ。だが、損得ではなく生徒の為に彼女にとってデメリットもある自分に協力を求める教育者としての彼女の言葉を聞き、ハーマンは何故かここ4ヶ月時折面会に来るエレンのことを思い浮かべると俯いて足元に視線を移す。

 

『ハマハマ……損だとか得だとか特別な理由が無きゃ会いに来ちゃいけないんデスカ?』

 

『あ?』

 

『私が貴方に会いに来るのは貴方が私にとって得になるからだとかそんなんじゃありません。私は貴方の事は大分……いいえ、超変な人だとは思ってはいますが心の底から悪い人じゃない……と思ってマス』

 

『分かったような口ぶりだな』

 

『確かに私達が出会ったのは最近ですし分からない事も多いです。ですから貴方の事もちゃんと知りたい、出来ればずっといがみ合ってるよりは仲良くなりたい、単にそれだけデス。まぁ友達と呼べるかはまだ微妙デスが私も貴方の事が嫌いじゃありません、その後どうしてるのか気になる位にはね』

 

(損か得かじゃなく、そいつの為に自分がしてやりたい事をするってか……揃いも揃ってお人好しかよテメェら。けど認めたかねぇが、この4ヶ月アイツの損得抜きの付き合いに話し相手のゴリラもいなくなって隙間が空いちまってた俺の心が埋まって行ったのは事実だ……。おいおいおい、とうとうヤキが回ったな俺も……けど、自分より歳下のガキに借りた借りを返さねぇってんなら俺は一生推しに顔向け出来ねぇ)

 

これまでの人生で基本的に損得ばかりを優先し、他人を顧みない利己的な生き方をして気に入らない事があれば口より先に手を出して積み上げた物すらぶち壊しにする典型的な能力以外価値のないダメ人間な自分に、損得無しで寄り添ってくれた事で心が満たされていた。

推し以外で初めて、コイツのために何かしたやりたいと思わされていた事に気付かされた事で気恥ずかしさの様な物を感じている。

しかし、これから自分が就く仕事は命懸けで明日の生死すら保証出来ないような職場だ。おまけに、ノロを強奪する不届き者とも戦わなければならない可能性もあるのであれば尚更今から自分が取る選択が学のある賢い者達には客観的に見たら荒唐無稽で馬鹿馬鹿しく見えるだろう。

 

ーーだがそれでも、答えは既に決まっている。

 

「………い」

 

「面会時間終了です」

 

「終わりか、じゃあな」

 

ハーマンが何かを言いかけた瞬間、面会時間終了を告げる看守の声が室内に響き渡る。その言葉に看守の方を向くと起立し、紗南に背を向けてドライな態度で面会から退室して行く。

 

(くっ……やはりダメか。誰しも命は惜しいからな)

 

「おい、オバハン」

 

「?」

 

しかし、ハーマンは紗南の方を一切見ることは無いがしっかりとそこにいる紗南に向けて言葉を投げ掛ける。

 

()()()?」

 

「………っ!予定が決まり次第追って連絡する。待ってるぞ」

 

「抱き枕はちゃんと寄越せよ」

 

短く、端的に先程の問答で紗南も取り敢えず信用してみる価値はあると判断して協力の意を示すと紗南に背を向けながら前進して面会室から退室して行く。

個室に戻るハーマンとそれに付き添う看守の足音だけが響き渡り、基本的に必要最低限の会話しかしない2人だが看守が沈黙を破って気になっている事を問いかけて来る。

 

「いいのか?今の荒魂が頻出してる状況下でSTTに入るなんて命の保証なんか無い、光の巨人が来るまでのかませになる様な物だろ。ここにいた方が幾らか安全だろうに」

 

確かに客観的に見ればショッカーを装着して常人よりは遥かにまともに荒魂に対抗出来るがどの道命懸けであることに変わりはない、それなのに機動隊に配属されるという選択を取るハーマンの選択はこれまで利己的な態度や発言を繰り返していた人間から出る選択とは思えないトチ狂ったようにしか見えないだろう。

今思い返すとつくづく自分でもまともじゃねぇなと思う。だが、自分の腹は既に決まっている。損か得でなくそいつの為に何かしてやりたいと思える奴が出来た、それだけだ。

そんな自分の選択を心底バカくせえと思いながらも何故か不思議と悪い気分はせず、無意識の内に口元を緩ませながらぶっきらぼうに看守の言葉を一蹴する。

 

「うっせ、暇なだけだ」




ネタバレ回避のためにNWH見るまではしばらくSNS等は遮断するので反応とかは遅れるかもです、すみません。リアルが初日に観に行けない仕様なので2日目以降かなと思います。

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