刀使ノ巫女 -蜘蛛に噛まれた少年と大いなる責任- 作:細切りポテト
ー鎌府女学院大浴場
数刻前まで道場で可奈美と沙耶香が打ち合いをし、その様子を自ら進んで見学を申し出た歩とその場のノリでついて来た美弥は彼女達の立ち会いを見学していたが時間が経過していい具合に食後の運動になった上に汗もかき、入浴に丁度良い時間帯となったため全員でこの大浴場にて身体を流していた。
湯船にまったり浸かっていると歩は興奮さめやらぬといった具合に先程の立ち会いの感想を可奈美達に述べていた。
「私達とはまるで次元が違いました!」
「二人とも立ち会いたかったな~」
「私達なんて相手になりませんから……」
美弥の謙遜のように聴こえるが本人からすれば本心からの言葉だ。先程の道場での高次元の立ち会いを見せられて以降すっかり萎縮してしまっている。
だが、そんな美弥の様子は露知らずの可奈美は2人に気になっていた事を質問する。
「二人の剣術の流派は?」
「私達二人とも鞍馬流です!」
「綾小路で鞍馬流というと…親衛隊の此花さんと同じ?」
「あ!はい!そうです!」
「元親衛隊ですがね……」
共通の知人の話題があり、話が盛り上がっているのが楽しくなって来たのか歩は食い気味になって行くがそれに反して美弥はどこか乗り気では無いようだ。同じく同門でも学年もかなり離れている先輩なためあまり会った事が無いのか話題に挙げられても反応しにくいのだろうか。
「そっか~。此花さんも強いよね」
「ですね!」
「その親衛隊とも渡り合ったって噂ですけど……」
若干の温度差はあるが談笑する3人を他所に会話には入っていなかった沙耶香は浴槽から立ち上がってドアの方へと歩いて行こうとする。
「先に上がる、少しのぼせたから部屋に戻る」
「沙耶香ちゃんありがとう!沙耶香ちゃんの剣相変わらず速かったね」
何気なく、普通に立ち合いに付き合ってくれたお礼を言っただけなのだが背を向けたままの沙耶香の表情は曇って行く。
「でも駄目。早くても意味がない。可奈美が本気を出したら多分私じゃ一本も取れない。そのくらい差がついてる」
「そんなこと……」
「ない?」
そんなつもりは無かったのにネガティブに返されてしまい、フォローのつもりで否定の言葉を返そうとするが先程からこちらを見ずに背を向けていた彼女は疑念の意を込めた視線をこちらを向けて問い掛けて来る。
「可奈美ならわかるはず。可奈美だけ一人遠い所にいる事」
「…………」
再度こちらに背を向けて去って行く沙耶香本人に悪気はないし、嘘や世辞を言っている訳でもない。しかし、彼女の言葉は確実に可奈美の心に妙なしこりを残してしまったのであった。
ーー奈良県の姫和の実家にて
時間帯は既に夜へと変わり、時間も時間なのでいろは既に帰ってしまったがその去り際に言っていたことを思い返しながら姫和は1人仏壇の前に腰掛け、仏壇に置いてある線香立てに視線を落として逡巡する。
『さっき鎌倉の紗南ちゃんから連絡があってな』
『真庭……本部長ですか?』
『また姫和ちゃんの力を貸して欲しいって直々の御指名らしいけど…ちょっとややこしい事になってて』
意外な人物からの指名に姫和は一瞬意外そうに表情を変えるが、「そのややこしいこと」が引っ掛かりいろはに聞き返す。
『というと…?』
『荒魂を討伐した後でノロの回収班が何ヶ所かで襲われてるらしいんよ』
『荒魂に…ですか?』
ノロの回収班を襲うとなれば普通は荒魂の仕業と考えるのが自然ではあるのだがこれからその予想を越える事実を伝えなければならないため、いろは一拍置いた後に普段は閉じているかのように細い糸目を開眼しながら事実を語る。
『それが相手は刀使らしいんよ。フードを被った謎の刀使…』
いろはとのやり取りを思い返しながら仏壇に飾ってある亡き母篝の生前の写真が飾ってある写真立てに視線を移す。
4ヶ月前のあの日、自分は一時的であるが目標としていたタギツヒメの討伐は果たし、戦いに一区切りは着いた。そして、それにより一度眼前にあった大きな目標がなくなってしまっため、どうも何をするにも身が入らないため隠居生活を送ってまったりしていた。
だが、もし今起きている非常事態の遠因の一端の中に自分が4ヶ月前にやり残した事があるというのならば、それにより新しい脅威が現れたと言うのであれば今自分が為すべきことは何か……。
「母さん…私……」
姫和はいろはの話から得た情報を整理しながら自分が次にやるべき事を認識すると決心して視線を前に向ける。
ーー綾小路武芸学舎ーー
古風な屋敷といった外観のこの校舎は伍箇伝の中の1つ、綾小路武芸学舎。
伍箇伝の中で最も長い歴史を誇り刀使養成学校である伍箇伝の内京都府、滋賀県、兵庫県、大阪府における荒魂事件を担当し、鎌倉の鎌府女学院に何かしらの事態が発生した場合は特別刀剣類管理局の仮本部としても機能することもある。
卒業生の中では此花寿々花、燕結芽と言った折神紫親衛隊に所属する程の実力者を2名輩出している。
そんな夜の校舎の廊下を1人歩くグレーのパンツスタイルのタイトスーツを身に纏う藍色の髪をウルフカットにし、鋭い細めのつり目で年齢は30代後半に差し掛かっている様に見える怜悧な印象を与え、差し詰めクールビューティーと言った風貌の女性が歩いて行く。
20年前の相模湾大災厄で活躍した英雄としてこの綾小路武芸学舎の学長の席を任されている相楽結月だ。
そんな彼女が目指しているのはこの古風な校舎には若干ミスマッチな地下室へと続くエレベーターだった。エレベーターに乗ってばらくするとエレベーターが目的の階へと到着した音が鳴り響くと同時に扉が開かれる。
視界の先に広がったのは複数台の高性能PC、高額に見える精巧な機械の数々、何よりこの地下室の異質さをより際立たせるのはガラス張りのバリケードに保護された壁面に貼り付けられている天井の高さ程ある細長い保管庫、そこに並べられているのは大量の橙色の液体の入ったアンプルが並べられている……そう、ノロアンプルだ。
更に部屋の奥の方にある机の上にコールタール状の液体の入ったガラスケースが置かれているこの場所はまさに研究施設と言った表現が正しいだろう。
そして、この場所で結月の来訪を待ちかねていたのは鎌府女学院の学長でありながら拠点が京都であるこの綾小路の研究施設に何故か出入りしている高津雪那、その背後に静かに佇む元折神紫親衛隊第3席皐月夜見……そして、椅子に腰掛けて片手タイピングでありながらかなりの速さで卓上のキーボードを叩く20代後半〜三十路になったばかりの白人男性は金髪に翡翠色の瞳は一見爽やかそうな優男の印象を与え、身に纏う白衣の右腕の袖には腕が通ってはいない。
いや、右腕が肩より下には存在していないのが特徴の青年がこちらに気付くと口元を薄く緩めて視線を向けてくる。
「おや、相楽学長。お疲れ様です、お待ちしておりました」
白人男性は席から立ち上がり身体を結月の方に向けて会釈をしてくる。青年が会釈の際に腰を曲げた事で首から下げているネックストラップの会員証が前後に動き、そこに氏名と証明写真が添付されていた。
『綾小路武芸学舎 スクールカウンセラー カーティス・コナーズ』
以前は刀剣類管理局の研究機関に席を置き、雪那や結月、そして紫と共にノロアンプルの研究に加担しており舞草の折神邸襲撃の際は破損したコンテナが保管庫に直撃した事で火災の起きたためシンビオートの片割れを救出し、自身がメディカルチェックを行っていた夜見の様子を心配して通信に割り込んで来て以降は一部始終を見届けていた人物の1人だ。
しかし、そんな彼はどういう訳か現在はここ綾小路で表向きはスクールカウンセラーとして働きながらこの研究施設で何かしらの研究に携わっているようだ。
「ああ、ご苦労。これは全て完成品か?」
「勿論です」
「量産ラインをここまで増やすのは骨が折れましたが、概ねあの方のご要望に添える代物にはなっているかと」
結月はガラス張りの向こうにある壁面に設置してある棚に視線を移すとその夥しい数のアンプルの棚を下から見上げる事で一瞥する。
雪那と結月がアンプルに釘付けになっている所にコナーズは左手を白衣のポケットに入れ、ポケットに入っている何かに触れるとそのまま2人に歩み寄って同じく棚の方を向く。
「当然だ、あの方から託された理論を半端な出来映えにするなど言語道断。それにしても貴様、やたら理論に詳しくなっていたがコソコソと何をしていた?」
「別に、この4ヶ月理論の完成の為に私なりにアプローチを変えて様々な検証をしていただけの話です。少々、身体は張りましたがね」(にしてもこれらのアンプルの効果をより精巧な物にするためとは言え彼に4ヶ月粘られたのは意外でしたけどね)
雪那が4ヶ月前のタギツヒメ 討伐以降も特に改心することなく現在もノロの研究を続けているのは見ての通りだがその研究を行う最中、コナーズの協力もあって研究はかなり進んだようだ。
だが、雪那としてもただの研究者に過ぎないコナーズと研究以外で関わる理由もない上に毒舌で慇懃無礼なコナーズとは必要以上には関わりたくないと心のどこかで思っているため彼が何故自分の研究に助言出来る程知識を獲得出来たのかは把握していない。
「では、せっかくですのでこの場にいる皆様にはその成果をお披露目いたしましょう」
「何?」
「これはこれらのアンプルのベースとなった代物です、慣れていない者が使うと危険ですのでご注意を」
そんな雪那の疑念を察してかコナーズは白衣のポケットから黒い蜥蜴の刻印が刻まれているアンプルを取り出すと一同がコナーズの方向へと視線を向ける。
「それは†リザード†……?貴様がやたら拘っていた蜥蜴の遺伝子とノロを結合させたアンプルなど取り出してどうするつもりだ?」
ただの人間に過ぎないコナーズがさも自分は扱えるかの様な言い方をしたのかコナーズの行動が理解出来ずにいるとコナーズは左手の中でクルクルとハンドスピナーの様に高速で回しながら右方向に腕を振ると首筋の右側にアンプルの頭部を当てる。
「こうするのですよ」
薄ら笑いを浮かべてボタンを押し込むとアンプルのシリンダーに充満したいたノロは一瞬の内にコナーズの首筋の頸静脈を通して体内に流れ込んで行く。
「これは人をより上位の存在へ進化させる革新的な秘薬。これにより人類は老い、病、肉体的損傷、才能の優劣、全ての苦悩から解放される……でしたね」
「貴様!それは私が相楽学長に説明しようと……っ!」
すると瞳が淡い深紅の輝きを放ち、身体から黒い瘴気の様な靄が立ち昇っていく。
「な、何だ……別に既存のアンプルと変わらんではないか」
ここまでなら夜見がアンプルを投与した時と同じ反応であった為、大袈裟に言った割には大した事が無い事に一瞬拍子抜けしたがコナーズが投与したアンプルにはここから別の派生あるようだ。
……しかし、眼前にいる彼の姿に変化が訪れる。
「いや、何だ……?これは」
「私がアンプルを使う時と違う……」
ーー直立不動の姿のまま腕を静かに広げるポーズを取るとコナーズの体内で細胞が新しく生成・再構築されて行き、皮膚を光沢を放つ刃の様に鋭い鱗へと変貌させ、鎧の様な外貌を形成しながら包み込む様に身体中へと拡散させて行く。
「お下がりください」
姿が徐々に爬虫類を連想させる姿に変化していくその様は正に変身と言った表現が正しく、眼前に起きている現象を前に雪那達は茫然自失と見入ってしまっていたが唯一この場で戦闘が可能なのは自分である事を思い出した夜見は雪那達の前に立ち、水神切兼光を鞘走らせて異形へと変貌して行くコナーズと対峙する。
「ご心配なく、皐月女史。あくまで研究成果のお披露目です、貴女方に危害を加えるつもりはありませんよ」
その言葉と同時に変身を終えたコナーズは……いや、翡翠色の異形は普段通り爽やかな口調で気さくに話しかけて来る。
そうは言うものの眼前に立つ動物界脊索動物門爬虫綱有鱗目トカゲ亜目である蜥蜴の姿をした流線型の鎧を纏ったヒーローのようにも怪人の様にも見える異形の姿と全身を覆う翡翠色の鱗がびっしりと生え、尾部からは爬虫類の象徴である尻尾、頭部は既に人間の面影は無く両眼が真紅に染まった蜥蜴の頭部の鎧兜をそのまま被ったRPGに出てきそうな竜騎士のような姿で言われても説得力は無い。
そして、何より目を引くのは先程まで存在していなかった右腕がしっかりと存在しており開いたり閉じたりしている。
「コナーズ、その姿は一体?」
一瞬、気を取られてしまっていたが結月は眼前のコナーズだった異形に向けて淡々と問い掛ける。
「以前高津学長と共に開発していたノロと蜥蜴の遺伝子を掛け合わせた最新型アンプルです。さしずめ見た目通り……『リザード』と言った所ですかね、投与すれば対象の遺伝子とトカゲの遺伝子が化学反応を起こしてトカゲの再生能力を手にする事が出来る」
「だ、だが以前開発した段階では瞬間的な再生能力を上げて戦闘ではほぼ不死身となるだけで変化する力など無かった筈だぞ!どんな小細工をした!」
アンプルの効果の概要を知っていたは言え雪那はアンプルを更に進化させていた事に自分よりも先を行かれたような気がして焦りを感じまったが臆しながらもがなり立てる。
「ノロをあくまで蜥蜴の遺伝子を活性化せるためのパーツへと変換し、その力を制御して意識を保ったまま人間を体内からスペクトラム化させて超人的な肉体を得る事に成功したのですよ。アンプルの量産化と同時進行で研究をより進めるために私自身も遺伝子構造を長期間に渡って調整してね、身体を張ったと言うのはそう言う事です」
「何故そこまでする?あの方への忠誠心か?」
確かに結月の言う通りアンプルの研究のためとは言え、体内にノロを投与するという行為は危険だ。それを自分に順応させるために遺伝子構造を操作したり等かなり危険な橋を渡る理由は常人には理解出来ない。
その問いかけに対してリザードは顎に右手を当てて考え込む仕草を取ると何処か言葉を濁そうとしたがすぐ様本心なのか嘘なのか分からない程度に心情を語り出す。
「うーん……まぁ、この場では空気を読んでそう言うべきなんでしょうが違いますね。あの鎌倉の夜から4ヶ月、世界は目紛しく変化し続けている。そんな最中、人間が自由を手にする為にはそれに応じた進化が必要です。私はその可能性を人類に齎したいというだけですよ」
「あくまで人類全体の為だと言うのか?ふん、なら精々その余計な寄り道で研究に遅れを出さんようにする事だな」
雪那も半信半疑ながらも一応納得すると取り敢えず研究を続けることを諫めるつもりはないようだ。
「それはご心配なく。研究と量産化を両立させてようやく1人前ですからね、精進致しますよ高津学長殿。そして……相楽学長」
「何だ?」
「我々がこうして日夜アンプルの研究に勤しむ事が出来ているのは一重に貴女に援助して頂いただけでなく、研究の場を用意して頂いているお陰です。感謝致します、綾小路学長」
結月に対して左手を前にして腹部に当て、右手は後ろに回して上体を前に傾けてお辞儀する。結月は眼前の自分よりも大きく刃のように刺々しい外見をした異形が自分に向けて紳士的にお辞儀をしてくる姿はどこかシュールに感じたがやはり恐怖感を煽る外見であるため視線を泳がすと後方にあるガラスケースが視界に入る。
そのため、結月は研究の進捗を確かめるついでに話題をそちらに移そうと思って話を振る。
「いや、研究が進んでいるなら何よりだ。1つ、尋ねたいのだが……シンビオートの研究はどうなっている?」
リザードはシンビオートについて話を振られたためゆったりとシンビオートの入ったケースが乗っかっている机の方向へ歩くとケースの取っ手を持って結月達の方へと突き出す。
「並行して進めてはいますがこちら側で調整が出来ない生物ですからね……これまでマウスから徐々に大きい生物でテストを重ねる事でシンビオートにも慣れさせようと試みてはいますが適合出来るかどうかはその宿主次第と言ったデメリットは大きく、最近チンパンジーで試した所24時間で宿主が死に至ったためこちらはあまり成果を出せていないのが現状ですね」
リザードがより近くで見せるために歩み寄ろうとすると雪那は右手を前に突き出し、掌を向けてリザードを制止する。
「ま、待て!そこで止まれぇっ!あまりそれをこちらに近付けるなよ!その海苔の佃煮に取り憑かれて無事という保障はないからな!」
雪那の震え気味になりながらも室内に響き渡る怒声にリザードは脚を止める。確かに雪那の言う通りシンビオートに取り憑かれたとしても、適合出来なければ死に至るため貴重な人員が無駄に減るかと思い至り、距離を保ったまま解説を始める。
「それは申し訳ありません。ですが、実験で徐々に融合に慣れさせた事で融合可能時間は大幅に増え、融合時は強大な身体能力を手にした上に衰弱死までの間隔は大幅に長くはなりました。次はそうですね……より大きな生物との融合
実験に移行しても問題ないかと」
この4ヶ月間の間にノロアンプルの研究の傍らシンビオートの研究も欠かしていなかった成果もあってシンビオート自身もそれなりに成長しているようではあるようだ。
しかし、無事に適合できる検体には未だに出会えず地道に融合可能時間を伸ばす程度にしか研究は進んでいないためリザードは実験を次の段階へと押し上げようと画策している。
「より大きな生物だと?」
「そう、人間とかね」
「……っ!?」
リザードの冷静でありながらその言葉の裏には氷の様な冷たさの籠る冷徹な声色にこの場にいる全員は背筋が凍てつくような感覚に陥る。
そんな面々の内情を知るや否やリザードは淡々と自分の推測を交えて融合実験によって得られるであろう成果を語り続ける。
「確かに危険は伴いますが仮にシンビオートと真の融和を果たす事が出来れば宿主は人類を超越した力を手にする事が出来るだけでなく、自身の願望を自在に叶えられるだけの力を手にする事が出来るでしょう」
「願望を叶える力……」
「………この間の被検体の実験映像です、見ます?」
夜見の無意識の内に呟いた声を聞き逃さなかったリザードはスマホを取り出すと端末内に保存してある実験の記録映像を再生ボタンを押すと前に翳して3人に見せる。
映像内に置いて実験室のような閉ざされた空間の中で実験用と思われるチンパンジーと大理石の柱が並んでいる。
ケースから解き放たれたシンビオートは逃げ回るチンパンジーの腕に飛び付くと染み込んで行くようにチンパンジーの身体と結合して行く。
結合した実験用のチンパンジーの瞳が一瞬、生気の消えたように白く濁ったように見えるや否やチンパンジーは苦しくそうに暴れ回る。
身体を振り回した際、チンパンジーの腕は偶然ぶつかったという形になるが大理石の柱に触れる。するとチンパンジーの腕が触れた瞬間大理石の柱はいとも容易くガラス細工のように粉々に四散した。
「……………」
ただの動物1匹の身体能力をここまで引き上げる程の力を前にして一同は絶句してしまったがシンビオートも強力な生物である事を理解出来たようだ。
仮に融合に成功したのであればこちらの戦力の増強にも繋がると言うのは明白だろう。
しかし、リザードの口から融合に失敗すれば宿主は死亡する事実を聞かされているためリスクリターンの釣り合いが取れているとは言い難い。そう易々と進んで融合実験を行いたいと名乗り出る者などいないだろう。
「ですが人間の宿主を集めるのは現実的とは言えませんからね……次は獅子か虎にでも融合させましょうか」
当のリザードも説明を求められたから説明しただけであり、動画の再生を止めると冗談を交えながらあまり関心の無さそうな視線を3人に向けると再度シンビオートに視線を移す。
--だが、リザードが踵を返してシンビオートの入ったケースを再び奥の机に置こうとした矢先
「私が引き受けます」
背後から淡々としたモノトーンな口調であるが確かに自分の意思を伝える声が聞こえたため、リザードは脚を止める。
「え?」
「何だと?」
「……本気ですか?」
その声の主に対して雪那と結月は驚いて信じられない物を見る視線を送り、リザードは振り返る事なく夜見に問い掛ける。
「本気です」
「これまで様々な生物との融合を図って来ましたが融合時間は伸びたものの成功した例はありません、どれも死に絶えました。命の保障は出来ませんが……それでも引き受けると仰るのですか?」
「はい、あのお方の願望を実現させるのが私の願望です。それに近付けるのであれば手を伸ばすだけです」
どうやら彼女は自分らの願望、全体の目的のために例え危険で命を蝕む賭けだと知りながら力に手を伸ばす姿勢にリザードは大変愉快そうに指を鳴らすと刃が擦れ合ったような金属音のような音が室内に鳴り響く。
間近にある机の上にシンビオートの入ったケースを置くとこれから融合実験に臨む姿勢を見せた夜見に対して知的好奇心と敬意を込めて明るい口調で右手を犬の首を撫でるように指を外側から内側に向けて閉じる形で手招きをする。
「ふっ、素晴らしい。ならばいいでしょう、皐月女史こちらにどうぞ。もし貴女が融合に適応出来ずに暴走して我々に危害を加えたとしてもご心配なく。骨は拾って差し上げます」
リザードは全身に力を入れると翡翠色の刃の様な鱗が剥がれる。するとその鱗がまるで生きているかの様に空中で徐々に一つに結合し、形を再構築して行き、3尺6寸程の翡翠色の鋭利な刃が特徴の長剣を生成するとリザードの手に収まる。リザードは臨戦態勢を解かずに生成した剣の切先を夜見に向けたまま彼女の様子を見守っている。
「はい」
「止めないのか?鎌府学長」
結月も夜見本人が自分で決めた事である以上下手に深入りし過ぎていいのか?と思ってはいるが流石に命懸けとなると心配になってよく行動を共にしている雪那に問い掛ける。
「別に好きにさせてよろしいかと、元々私に彼女の考えは理解出来ませんから。彼女の代わりなどいくらでもいるので、精々価値ある成果を残せば儲け物でしょう」
雪那の夜見の事を1ミリたりとも心配などする素振りを見せず、彼女の選択を静観する立ち位置を貫く事を確認するとリザードは夜見に対して机に置いてある
ケースに切先を向けて開けるようにジェスチャーを送る。
「では、皐月女史。ケースを開けて手を翳してみてください」
「………」
夜見がケースの前に立って右手でケースを開けた後に左の掌を前方に翳す。
すると、ケースの内部から狙い澄ました様に銀色の液体が夜見の翳す掌に向けて一直線に飛び、彼女の手を包む手袋に付着するとその色に同化する様に布繊維を透過しながら彼女の皮膚に触れる。
「うっ………ぐぅ!」
皮膚を媒介にしてシンビオートが体内に浸透して行き、血管の中を伝って身体全身を駆け巡って行く。
だが、シンビオートの侵蝕による適合の選定には苦痛を伴うのか普段はあまり表情を変えない彼女も眉を寄せて苦悶の声を上げた。
「やはりそう簡単にはいきませんか……いや」
「お、おおおい!何をしている!コイツを止めろ!」
「マズイぞ、これは……っ」
リザードはシンビオートの融合実験には何度も立ち会っておりこの反応を何度も目撃している為平然としているが雪那は夜見が暴走してこちらに危害を加える事を危惧してリザードの背中に隠れながら慌てふためき、結月の方は一見冷静そうに振る舞っているが夜見の身体を心配する等三者三様に眼前で彼女に起きている変化に対するリアクションを取っている。
「ぐ……っ!」
血液の流れに乗ったシンビオートは遂に脳へと到達する。彼女の脳と結合すると宿主である宿主である夜見の脳と結合し、宿主の記憶という名のデータの海へとダイブし、文明に関する情報、言語を瞬時にインプットして情報を整理して行く。
(ふゥン、これまでハズレばかりで私の運の低さに辟易していたが……この個体からは強い衝動を感じる。ようやくアタリを引けたようだねぇ)
「はぁ………はぁ………私は……」
そして、得られた情報の中で今自分が取れるであろう最適解な行動を熟慮した結果、拒絶反応も無く宿主に異常を来していない所を鑑みるにこの宿主はアタリだったと言う事だろう。
だが、その声は夜見の脳内に直接響くような形で反響しており、彼女は自分の現状を確かめるために耳や頭に触れ、周囲を見渡すが相変わらず臨戦態勢を解かずに長剣をこちらに向けて警戒しているリザードと信じられない物を見るかのような結月と雪那の姿のみであった。
「何ともない……だと」
「成りましたね、皐月女史」
「どう言うことだ?………ヒッ!」
リザードが何かを察したような発言をした直後、夜見の身体に異変が起こる。ーー夜見の左肩の位置から銀色のコールタール状のコールタール状の液体は人間で言う所の頭と顔に相当する形を形成し、周囲を見渡し始めたのだ。
「ふぅん、脳内から読み取った情報通りこの星の技術はかなり進んでいるようだねえ」
その異様な光景だけでも恐怖映像と呼べるがその銀色のコールタール状の液体は口は両端まで裂け、大きい口には細かく鋭利な牙のような歯が並び、悪魔の様に長い舌を持ち、眼は三日月の様に鋭く生気を放っているのかすら怪しく、くすんでいるその異形の姿に雪那が驚くのも無理はないだろう。
そして、宿主として適合してしまった事実を当の夜見は自分の左肩の位置を見つめて無機質な視線を向けるがさほど驚いている様子は見せず普段通りの反応を見せている。
「あ〜驚かせてしまったねえ、地球の民草よ。私は水星より来訪したシンビオートの使者、この星の言語形態に変換すると……ライオットと言う者だ」
暴動・騒乱の名を冠するシンビオート、ライオットは自己紹介を始める。
リザードは今の所向こうに敵対の意思はないように見えた為、向けていた長剣を床に向けて下ろし、自己紹介を始める。
しかし、手に持つ剣を手放さないのはやはり最低限警戒はしておくべきだと考えているため完全に信用してはいない事は見て取れる。
「ようやくお話出来ますね、ライオットさん。私はこの星の遺伝子工学の研究者兼綾小路武芸学舎のスクールカウンセラーをしているカーティス・コナーズ……いえ、この姿ではリザードと名乗っておきましょう」
「君には私をあの火災から救い出し、保護してもらった様だねえ。感謝しているよ」
「いえいえ、管理義務もありましたので。ですがもう片方のシンビオートは救えなかったのは申し訳ありませんがね」
ライオットの感謝の意に対してリザードは謙遜しつつも、一応同時に管理していたシンビオートの片割れを救えなかった事を悔やんでいるような雰囲気を出す事で相手に良い印章を与えようとするがライオットは特に気にする素振りも見せていない。
「あぁ、奴は別にいい。私の補佐でついて来ただけの下っ端だ、大して支障はないさ」
完全実力主義のシンビオートの星に於いて、脱落する敗者はその程度の存在として扱われるため、その環境下で生き抜いて来たライオットにとっては補佐役としてついて来たのに脱落したと思われるヴェノム は歯牙に掛ける程の存在でもないためか非常にドライめに言い切った。
しかし、話題に置いてかれ気味になっていた雪那は震えながらも両者に向けて質問を投げかける。
「お、おい!我々を置き去りにして話を進めるな!シンビオートとやら!言葉を交わせるのであれば貴様らの思惑を話せ!」
「落ち着け鎌府学長」
毅然とした態度で相手にナメられまいと振る舞っているが既に怯える姿をこの場の全員に見られているため、全く威厳がない雪那を結月が宥める。
それによりライオットが話しやすい空気になり、言われた通り自分たちの目的を差し支えのない程度に語り出す。
「我々は水星を居住地とし、その大地に根を張り生息しているが水星の大地も無限ではなく食糧にも限りがある以上各地で食糧が枯渇し始めていてね」
「地球と大して変わらないんだな」
「この少女の脳内からこの星の知識を読み取ったので分かるが、その通りだ。しかし、我々の星は太陽系の中では最も小さい以上、君達の星よりも速く限界が来る事は想像に難くない。いずれ、その他の星の生物への寄生が必要になるが他の星への移住も視野に入れる必要が出て来たという訳さ」
「よって、敢えて我々を呼ぶ事で地球外生命体として研究される事を見越して地球に来たと言う事ですね」
「その通り」
シンビオート全体の目的を大まかに語ると何故自分達を呼んだのか、どのようにして地球に潜伏するつもりだったのかをリザードがすぐさま把握すると結月はライオットに問い掛ける。
「なら、目的はあくまで移住のための下調べだと言いたいのだな?」
「………ああ、その為に私が代表としてこの星の調査に来たと思って貰えればいい。それが私の勤めさ」
「?……なるほど、理解は出来ました。ならば我々の庇護下の元、思う存分地球の調査に勤しんでくださ」
「ふざけるなぁ!誰がこんな得体の知れない奴と組めるか!この寄生虫がぁっ!」
リザードは一瞬ライオットの返答に間があったことに不信感を抱いたが今は波風を立てずに出来るだけ相手から情報を引き出せるよう友好的に接している最中割って入るように怒号が飛んで来る。
「高津学長……」
雪那のライオット……もといシンビオート全体に対する不信感は拭えていない為か粗雑な物言いを前に、慎重に話を進めようとしていたリザードは雪那の方へ視線を向けるとその態度に苛立っているのが伝わって来る程低い声で呟く。まるで余計な口を挟むなとでと言いたげだ。
「どうしても信用して欲しいと言うのであれば、それ相応の態度と言う物があるだろう!それを示せぇっ!」
「「「……………」」」
一触即発の冷ややかな空気が漂う最中、ライオットの方は今は変に関係を拗れさせるよりはこの場を収めようと雪那の横柄な態度を特に気に留める様子も無く、自分の中で夜見の記憶から読み取った情報と雪那の要求を噛み砕いて両端まで裂けた口を開いて自分なりに譲歩した妥協案を提示する。
「確かに、いきなり信用しろと言う方が不自然か。ならば、私の任務は後回しで構わないよ。この少女の脳から知識を得たので君たちの行動理念は把握しているつもりさ、あの方という君たちの代表の復帰のために私も協力しようじゃあないか」
「随分あっさりだな」
自分の要求に対し、やけに物分かりのいいライオットの対応に雪那の方も予想外だったのか拍子抜けしてしまった。
「我々シンビオートはこの星で宿主無しでは生存出来ない、宿主の機嫌を損ねて追い出されてしまえば任務を達成する事が困難になる。おまけにそこの研究者君に性質を解析されている以上状況的には私の方が幾らか不利と言える。我々の弱点は既に知っているんだろう?」
「ええ、熱と超音波ですね。この2つを当てた際に不快そうな反応を示したので弱点だとは把握していましたが」
任務遂行のため、自分の今の状況を把握した上で今取れる最善の手を取ろうとしていることは見て取れるが思ったよりも理性的であることにライオットを研究していたリザードも今は刺激せずに当たり障りのない対応をする事で話を進めていく。
だが……
「まぁ、今のままでもこの場にいる全員を瞬きする間に八つ裂きにする事は容易いけどもね」
ライオットが液状の身体を瞬間的に変化させて夜見の身体を包み込み、外貌を
全身から凶器が生えていると思わされる程の刺々しい異形へと変化させる。
「…………っ」
これまでの穏やかそうに見える態度から打って変わって、粛々と獲物を狩る狩人のような冷徹で生気の籠らない冷やかな声色に場の空気が一気に凍り付く。
「だが彼女もそれを望まないだろう、宿主の機嫌を損ねるのは賢くない。おまけに我々は所詮この星では宿主ありきの存在だ」
しかし、すぐさま変身を解除して先程までと同じ、頭と腕のみを形成して肩から顔を見せている状態に戻り、ライオットをじっと見つめる夜見を見下ろしながら手をヒラヒラと振って戦意は無いことを伝える。
「仮に彼女の意に反して肉体から追い出されたとして、またすぐにアタリを引けるとも限らない以上は君達と程よく協力関係に落ち着くのが賢明な筈だ。君たちは曲がりなりにも知識を持つ者だろうからこの星を調査する上で関わりを持つ位ならば近くにいて損は無いだろう?」
「なるほど、了解致しました。我々も地球についての知識は出来る限り伝授致しましょう、ですが我々も慈善事業でやっているわけでは無いので対価として協力して頂くことになるとは思いますが貴方のシンビオートとしてのデータ採取と皐月女史が前線に立つ際、彼女の補助をお願い致します」
「ああ、それで構わないとも」
「おい、本当にいいのか?」
協力関係を結ぶためにリザードとライオットが円滑に話を進めて行く様を見ている雪那は向こうに敵意がないことを知りつつもやはり深く信頼するのはリスキーだという考えは変わらないため確認のためにヒソヒソと隠れるようにリザードに声を掛ける。
「あの方の復活に一歩近くのです、弱点が割れていることを向こうが熟知しつつも人間に寄生している時の力は未知数な為、今は下手に関係を拗れさせるよりも程よく協力関係を結ぶ分には問題はないでしょう」
「くっ……なら、精々足を引っ張るなよ寄生虫が」
確かに今は変に関係を拗らされるようりも一旦協力関係に落ち着くのがこの場における最適解かと判断するリザードの判断が正しいかと納得し、渋々……それでいて心底嫌そうにライオットを睨み付けながら了承する。
「あぁ、期待に添える働きを心掛けよう。いつ頃出ればいいかな?」
「あー……そうですねぇ……ライオット氏はケースの中にいることが多かった上に融合に成功したばかりで慣れないことも多いでしょう。まずはこの星に慣れる事から始めてください、時が来ればお声掛けします」
「いいだろう」
ライオットと協力体制を結ぶことで戦力の増加を実感するとリザードはふと思い出したかのように左手の掌に右手をポンと当ててこの場にいる全員に自分の案を提案する。
「あぁ、そうだ。こちらの戦力が増えたという事で私から1つ、報告がありますので早めに共有しておこうと思いまして」
「何だ?」
「これまであの方がノロの回収に出向かれる際、私の協力者が事前に偵察をする事で手薄なポイントや適切なタイミングをあの方に伝える事で円滑に進めて来てはいたのですが流石に何件か襲撃した以上、徐々に管理局側からの警戒体制が強くなって来る筈です」
「なるほど」
この場にいる全員の共通の主、あの方。現在、各地で護衛の刀使を襲撃し、ノロの強奪に暗躍している謎の人物である。
しかし、これまでの襲撃事件は実はある程度現場の下調べを行う別の協力者の存在もありそれらを単独で行っていたのだが既に何件か襲撃を行った上にノロの強奪まで行ったとなると自然と警戒体制を敷かれてしまう。
「あの方はまだ完全に力を取り戻している訳ではありませんからね、もしもに備えてこちらからもある程度対応策を講じなければならないかも知れません」
「勿体つけるな。それで、何だと言うのだ?」
今の所、あの方という人物単独でもどうにかなっているが警戒体制がより強化されれば苦戦を強いられる可能性も考慮しなければならなくなるだろう。そこで、戦力も増強した上に自分も進化を遂げたと言うのであれば取れる手段は取っておくべきと言いたいようだ。
そして、リザードは重い腰を上げて自分たちが次に切れるカードをこの場にいる全員に提示する。それは……
「次からは私も出ましょう。主に研究施設のような類であれば私の研究者という地位を活用して実地見学という形で潜入し、事前に警備の数や手短なルートを調べてあの方にお伝えする事は出来る筈です」
「潜入するだけか、まぁ貧弱な貴様ではそれが精々だろう」
「これは手厳しい。これでも研究の間に力の使い方も練習して軍隊式のトレーニングも習っているんですがね。まぁあの方の支援位は出来るでしょう」
リザードはあちゃーとでも言いたげに右手で頭を押さえて天井を向いてとぼけたフリをすると一同は訝しげな視線を彼に向け、雪那が次のプランを尋ねる。
「ならば次はどこに狙いを付けるつもりだ?」
雪那の問いかけに対し、リザードは空を見上げた横顔をそのままカメラに向かって倒したような顔の角度で雪那達の方へと視線を向けると頭に置いていた右手を下ろして変身を解除して本来のコナーズの姿へと変わる。
変身が解除されるとリザードに変わっていた際には生えていた右腕は消失し、本来の隻腕の状態へと戻り、左手を白衣のポケットに突っ込むと首から掛けているネックストラップの会員証とは異なるネームプレートを取り出して皆の前に掲げる。
「長久手の民間研究機関・特別希少金属利用研究所です。聞くところによるとあそこは現在警備の刀使が1人しかいませんからね、既に見学のアポイントメントは取っています、近いうちに出ますよ」
「ふん、精々あの方の足を引っ張らないよう気をつけるんだな」
コナーズなりにあの方の役に立とうと念入りに準備を進めていることをこの場の全員が理解すると雪那は釘を刺すつもりで念を押すとコナーズはフッと不敵な笑みを浮かべ、粛々と告げる。
「さぁ、始めましょう。我々で人類に進化を齎し、世界を変えるのです」
ーー鎌倉・刀剣類管理局医療施設
「ありがとうございました」
「お疲れ様です、遠くない内に他の機関とも共同で研究を進めて行くと思うのでよろしくお願いします」
颯太は昼間に市ヶ谷でナノマシンスーツのテストを終えた後に鎌倉へと出向き、現在は紗南に呼び出されて管理局の医療施設に赴いていた。
朱音に定期的に身体検査を受けるよう指示されているため、御刀のメンテナンス以外でも鎌倉に通うことが増えている。
本日の検査を終えると椅子から立ち上がって検査員一同に一礼して退室すると前方から声を掛けられる。
「ご苦労さん、身体検査は終わったみたいだな」
「おっす、久しぶりだな。まぁ、お前とはあんま一緒になんなかったもんな」
「ね!」
前を向くと扉の前の廊下で紗南と薫が待ち構えていた。2人の存在を認識するとこちらも歩み寄る。紗南は恐らく拘置所でハーマンとの契約を結び、局の医療施設まで戻って来たと言った所だろう。
紗南とは鎌倉に赴いた際に会う機会はそれなりにあるが薫は今の荒魂が頻出する時勢ではかなり重宝する人材であるため日本中あちこちに飛ばされているだけでなく、任務の補助に就く機会も少なかった為久しぶりの再会となる。
「あ、お疲れ様です本部長。薫とねねも久しぶり」
「俺は今あちこち飛ばされまくってるからな、どこぞのパワハラ上司殿のお陰で」
「ほう、次は最北と最南を連続で往復させてやろうか?」
歯に着せぬ物言いをしながらジト目で紗南を見つめてはいるが、ただの冗談である。そんな薫の物言いに対し、特に怒る様子もなく悪い笑みを浮かべて彼女を見下ろしながらこちらも冗談で返すが妙な説得力を含んでおり本当にやり兼ねない凄みがある。
「そ、それは勘弁してください……」
「ねねぇ……」
萎んで行く薫と彼女の扱いを心得ている紗南のやりとりを前に苦笑いを浮かぶが2人が信頼関係にある上司と部下である事は理解しており、ある程度見慣れた光景であるため普通に受け流している。そして、ふと思い出したように身体検査以外にも紗南に呼ばれていた件について切り出す。
「相変わらずだね……あ、そう言えば本部長。僕に用っていうのは?」
「ああ、そうだったな。これから会わなければならない奴がいてな。そいつに大事な話があるから今日ここに用事があるお前にも立ち会って貰おうと思ってな。こっちだ、行くぞ」
「ういー」
「分かりました」
紗南がその会わなければならない人物がいると言う方向へ先に歩き出すと2人と1匹に対して、自分に着いて来いとでも言いたげに手を軽く振る。そして、直後に先導して歩き出した紗南の背後を親鳥の後を追いかける雛鳥のように2人と1匹は付かず離れずの距離を保ちながら着いて行く。
……しばらく医療施設内を練り歩くと紗南がとある一室の前で足を止めた。
先導していた紗南が足を止めると彼女の後方を歩いていた薫と颯太も足を止める。紗南は2人の方へと向き直り、親指で部屋のドアを指差して左右に振ってこの部屋が目的地である事を強調する。
「着いたぞ、ここだ」
「えーと……マジすか」
2人はその一室のプレートに書かれている名前を見やると薫は特に無反応、颯太はその相手と会うのが気まずいのか複雑そうな表情を浮かべる。そんな颯太の様子を他所に紗南はノックの後に一室の扉を開ける。
「失礼する」
「邪魔するぜ」
「し、失礼しまーす……」
扉を開けて3人と1匹はその病室へと入室すると、部屋の奥に備え付けられたリクライニングベッドに横たわっていた人物が渋々と閉じていた瞼を開けて首を傾ける事でこちら側に視線を送る。
「今日はどういったご用?」
突然の来訪に対しての丁寧な口調から育ちの良さを伺わせ、入院中であるためか病衣を身に纏い、普段は頭の後ろで纏められているワインレッドの髪は無造作に下されているため印象は大分変わるがそれでもこちらを見つめる青い瞳と端正な顔立ちは気品を保つ令嬢の優雅な雰囲気は崩していない。
そう、『元折神紫親衛隊第2席、此花寿々花』。かつて舞草と管理局の人間として争い合った者同士が一斉にこの場に会している。
現在彼女は新体制となった刀剣類管理局の下で人体と融合した荒魂を分離する医療研究に協力しているため、この医療施設に入院していたのであった。
「いや、少し聞きたいことがあってな」
「よう親衛隊。いや、元か」
「こ、こんばんは」
三者三様に寿々花に向けて挨拶をすると寿々花は何故かこの場所にほとんど一般人に等しく無関係に思える颯太がこの場に来ている事を見るに何となく事情を察する。
会話をしたこと等ほとんどなかったが姫和と可奈美の捜索に一時的だが協力をしていた事を何となく覚えてはいた。しかし、印象に残りにくい程影の薄い人物ではあったがまさかそんな人物が自分たちに散々煮湯を飲ませた相手だったことはかなり意外だった。
彼に対して思う所が無いでは無いがあの一件はお互い様だと思っているため、特に深く追及する事なく遠巻きに気を遣った挨拶をする。
「あら、珍しい来客ですわね。調子はいかがかしら?」
「まぁ、努力してます」
寿々花に挨拶混じりに突っ込まれた言葉に対し、頻出する荒魂への対応、複雑な友人達や家族との関係、皆を助けるための装備開発、学生ならば疎かにしてはいけない学業。それら全てが上手くいっている訳では無いがそれでも自分なりにやれる事はしているつもりだ、今はこう答えるのが精一杯だった。
そんなお互いに深くは踏み込まずに当たり障りの無い対応をする2人を横に薫の肩に止まっていたねねは突如薫の頭の上に乗り、寿々花に対して全身の毛を逆立てながら威嚇するように吠え始める。
「ね゛ーっ!!」
「かなり抜けたと聞いたがまだまだだな。まだ荒魂の匂いがするってよ」
ねねに威嚇される寿々花に対し、ねねの言葉を代弁するとふと思い出したかのように颯太の方を向いて語りかける。
「あーそうだ、この前コイツの親玉にやったみたく追い出してやる事は出来ないのか?その……必殺キックで」
「いや、入院中の人にそれはダメでしょ……というか、あの日から1回も使えてないから無理だよ」
4ヶ月前、折神邸のノロの保管庫での戦闘にて皆が倒れて行く最中颯太は瀕死になりながらも奮闘し、真希の協力もありながら何故か咄嗟に発動した力。
あの時は瀕死で無我夢中であったためどうやったのかと具体的な説明は出来ないが薄紫色の毒々しい輝きを発ち、紫とタギツヒメの融合を解除した神性の者にのみダメージを与える猛毒、手首から放つ、隠世にまで行こうとした姫和を繋ぎ止めた蜘蛛糸、颯太にスパイダーマンの力を与えた蜘蛛型荒魂と同じ力。
その力により紫とタギツヒメ を分離する事に成功した要因の1つとなっている為、それが出来るのであれば寿々花と身体強化に投与した荒魂と分離が可能なのでは?と思うのだが実はあの日から1度も使用出来ていないのだ。
「マジかよ、じゃあ何であの時使えたんだ?」
「分かんない……かれこれ調べてはいるんだけどこれだけはどうもね、あの時瀕死になってハイになってたから防衛本能で咄嗟に使えたのかも?としか」
何度か再び使えるかどうか試してはみたが一度も発動することは出来ず、何かしらの条件はがあることは想像出来るが全く見えて来ない状況である。
あの時、瀕死だったという条件以外に何かあったと言うのだろうか………。
「おまけに詳しい事を聞いたら正しくは神性のみに効果を発揮する毒針なんだって、だからキックじゃなくてパンチとかチョップでも使えるだろうって」
既に自分が力を手に入れたのは相模湾岸大災厄でタギツヒメを止めようとした蜘蛛型荒魂が交戦の末、共に篝の一つの太刀で隠世へと追いやられてしまう寸前に人類がタギツヒメ に対抗できる手段の一つとして自身のバックアップを託してその蜘蛛が管理局の研究所に侵入して改造を施された後に噛まれた事であることを関係者には話している。
そのため、薫と紗南は把握している為付いて行けているが寿々花は若干置いてけぼりにされてしまっているが特に深く追及することはせずに何となく聞いている。
そして、4ヶ月前の戦いの後も颯太がスパイダーマンであり続けることを選んで以降は人類に対して協力的な姿勢を見せており、頻度は多くは無いが時折睡眠中の無意識下の状況に陥る事で夢の中でのみで登場し、助言をしたり世間話をしたりしている。
ーー少し前、夢の中
意識を無意識下の睡眠状態へと落とし込むと霧というか霞の掛かった様なモノクロの世界が広がっていく。この夢の中で颯太は頻度は決して多くは無いが自身に力を託した蜘蛛型荒魂とこうして交信(会話と言うべきか?)している。
隣に腰掛けて会話をしたり、特に何もしなかったりしていると、そう言えばこれまで特に気にした事もなかったがねねやタギツヒメと言った名前を持つ荒魂と出会った事で何となく気になっていた事を蜘蛛型荒魂に問い掛ける。
『あー、そう言えば僕君の名前知らないんだけど何て名前なの?ねねやタギツヒメ みたく名前がある荒魂がいるって知ると君にもあるのかなーって』
『実は生まれてこの方名前を付けられた事も考えた事も無いな。お前が前に話していたねねという荒魂は人間が付けたもので、タギツヒメは自分で名乗っていたから恐らく自分で付けたと想像出来るが俺の場合は何も無かったな……当時の人間たちからはただ化け物としか』
あまり楽しい話題でも無く、失言したかと思い深く追及はせずに自分なりに言いたい事を纏めて語り出す。
『そっか……でもさ、皆に説明する時蜘蛛型荒魂って説明するのなんかくどいって言うか他にも蜘蛛型の荒魂が出て来た事もあるし、どれの事を言ってるのか紛らわしくなるんだよね』
『ならどうする気だ』
確かに蜘蛛型荒魂という見たままの呼び方では長い上にどれの事を指しているのか微妙に分からなくなる為、何かしら専用の呼び方があった方が呼びやすいかと思い颯太は蜘蛛型荒魂に提案する。
『呼びやすいように名前を付けるんだよ。蜘蛛型荒魂じゃ微妙に呼びにくいからさ』
『………ならば、お前のセンスを信じよう』
ここ最近で各地を転々とし、様々な人間と接する機会が増えたため僅かながらでもコミュニケーション能力は向上したこともあり、以前では想像も付かない意外な提案をして来た事に一瞬固まってしまったが何故か悪い気はしないため、取り敢えず聞くだけ聞いてみる事にしてそちらをじぃーっと見つめる。
『エレンみたくすぐに人のあだ名を付けられる自信はないけどそうだな……まず、ミゲルとかは?』
『何?俺が後方不注意だって言いたいのか?悪いが俺の場合は上方不注意だ』
カレンの名前を付けた時の様にスマホで調べる事が出来ないため颯太としては何となく思い付いた名前を適当に挙げただけなのだが、前にテレビで再放送していたロボットアニメを見ていた際に前方から飛んで来たブーメランを回避した矢先に再度ブーメランの射線上に戻り、帰ってくるブーメランに気付かずに
後方から機体の足が切断され、その隙に正面から対艦刀で機体を両断されたキャラクターがいた事を覚えていたため、訝しげな声色で反論する。
自分がタギツヒメに遅れを取り、隠世に放り込まれてしまったのは眼前にばかり気を取られ、攻撃に気付かなかった事にあるためそこを擦られているのかと邪推してしまった部分もあるのかも知れない。
『あ、いやそんなつもりは……ゴメン……じゃあ、ジェイムソン……は僕が嫌だな。たまには写真持って来いってうるさいし……うーん土蜘蛛……はなんかずっと土の中に埋まってからみたくなりそうだよね?』
『確かにそれは何となく嫌だな……』
逡巡した結果、ふと昔遊んでいたゲームで聞いたことのある無難にカッコよく程よく強そうな名前を閃いたためその名前を口にする。
『じゃあ、中二だけにちょっと厨二センスを働かせて……エゼキエル。昔やってたゲームでカッコいいなあって思ってたしね。不満なら名字でも付ける?シムズとか』
名前だけでなく名字を付ける事で無難に名前らしくなっため、蜘蛛型荒魂……いや、エゼキエル・シムズはその名前で納得する。
『……まあ、いいだろう。そう言えば初めてだな、誰かから直接何かを貰うのは』
自身が誕生し、半身を奪われた憎しみで暴れ回っていた為化け物、怪異、モノノ怪等と呼ばれていたが颯太から初めて毒気のない自分だけの名前を得たエゼキエルはどこか満更でも無さそうな声色を漏らす。
ーーその時の事を思い返していると薫が何気なく感じた事を口にする。
「マジかよ……それもう必殺技じゃん、条件付きでそう簡単にはぶっぱしまくれない感じとかまさにそれだよな。じゃあ他には蜘蛛の軍団とか呼べる?」
「無理」
「じゃあ社長の元で勉強してるなら巨大ロボは?」
「呼べない」
「う〜ん、ならせっかくだしその必殺技に名前とか付けないのか?」
「ええ〜……そういうのはちょっと」
薫とねねが食い気味に目を椎茸にして輝かせながら颯太に詰め寄るが流石に自分で技名を素の状態で考える事に多少の羞恥心を覚えるため恥ずかしげにはぐらかす。
「いやいや分かってねえな、こういうのは形だけでも入っておくの大事なんだって。必殺技はヒーローの醍醐味だろ」
「ねね!」
人差し指を立たせて小さく左右に振り、ねねもせっかくだし考えてみろ!とでも言いたげに右手を上げるとその空気に押され、颯太は若干頬を赤く染めながら思い付く限りの名前を挙げて行く。
「まぁ、スーツ作成時のネーミングセンスを鍛えるようなもんだと思えばいいか。強いて言うなら……う〜ん、スティンガー……スパイダー・デトネーション……スパイダー・エクスプロージョン……ダインスレイヴ……」
「いや連打出来てないやん。けど、お前も中々板に付いて来てんじゃねえか?」
「それはまぁ……でもカッコよくない?」
「まぁな……っ!」
「ねねー!!」
「ゴホンッ!」
2人と1匹が変に盛り上がり始めた事で本来の話題から脱線し始めたのを感じた寿々花は一度咳払いをして話を本来の路線に戻そうとする。
我に帰った2人と1匹は申し訳なさそうに頭を掻きながら寿々花の方を向いて苦笑いを浮かべて軽く会釈する。
そんな2人と1匹に対して舞草と管理局の抗争で煮え湯を飲まされ続けた事や先程2人と1匹で勝手に盛り上がって置いてけぼりにされた意趣返しかやや皮肉げに言葉を返してくる。
「荒魂とお話ができたり荒魂の力を使えるだなんてあなた方もこちら側なのではなくて?」
「俺は人だ。このねねも荒魂だが穢れじゃない。悪いな、仲間じゃなくて」
「僕は……現在調べ中って所ですけどね」
「お前は人だろ、少なくともねねがコイツみたいに敵意を抱いてないしな……多分」
「………」
皮肉に対して皮肉で返す薫の発言に対し、寿々花は悔しそうに歯噛みする。売り言葉に買い言葉で空気が重くなりそうであったため、紗南はサラッと会話に割って入り、薫を諌める。
「いちいち挑発するな」
「それで、聞きたい事とは?」
薫が大人しくなると紗南は持って来ていたタブレットを取り出し、寿々花と颯太に確認したい画像をフォルダから引っ張って来ると画面に写し、2人に見える様に提示する。すると、画面の奥に見えるのは顔を視認できない程フードを深く被った例のフードの刀使の姿だった。
「お前たち、コイツを知っているか?」
「さぁ。存じ上げませんわ。そもそもお顔が見えませんし」
「画質が粗くて僕にも分からないですね……というか僕のパチモンモドキ以外にもまた変な奴が現れたって事ですか?」
映像に映る人物については何も分からないという2人の反応も嘘を付いているようには見えない。颯太に至っては心底困惑しているようで頭まで抱えている様子から尚更だ。
それでも、引き出せる情報は少しでも引き出しておきたい紗南は尋問を続ける。
「そう、変な奴が現れたんだ。それで、他に思い当たる人物は?」
「特には」
「僕もないですね」
寿々花も目を細めてじっくりと眺めても皆目見当も付かず、颯太もこれまで戦って来た犯罪者の中にいたか?とも思ったが同じく見当が付かないようである為、知らないという事は本当の様だ。
そこで痺れを切らした薫は堂々と自分の意見を2人に……いや、主に寿々花に向けて告げる。
「はっきり言ってやる。こいつは獅童真希じゃないのか?」
「真希さんですって?」
現在行方を眩ませている事を鑑みての薫なりの推測なのだが寿々花が真希の名前を出され、尚且つ犯人扱いする物言いに対し、食い気味に返してしまう。彼女がそんな事をする等信じられない……いや、信じたく無いとでも言いたげだ。
だが、同時に彼女が犯人では無いという証拠もないため一概に全否定も出来なかった。
「え?一席さんが?僕はそんな事をする理由やメリットがあるのかな?って思うけど」
「分からんぞ、ノロを強奪して自分をパワーアップさせる為に使わないとも限らないだろ」
颯太が頭を掻きながら薫の予想に対して寿々花同様信じられないと言った具合に首を傾げて唸っている。反論された薫はあっけらかんとしながら自分の意見を語り続けるが寿々花は2人のやりとりを真剣な顔付きで聞いている。
「けど一席さん、あの夜僕が瀕死だった最中手伝ってくれたからそうは思えないんだけどなぁ」
「騙されてた事にムカついて手を貸したって線も無くはないだろ」
「いやでも……」
薫の予想に対して颯太はやはりあの鎌倉での夜、瀕死の中戦っていた際に自分も一歩間違えが死ぬ危険性がありながらも協力してくれた事には感謝しているため、行方を眩ませているとは言え今更ノロの強奪をする理由は見えて来ず、誰かを無作為に攻撃したりするような人物だとは思えない、思いたくないというのが彼の意見だ。
「私も彼の言う通り分からないとしか」
「どうやら2人とも知らないのは本当のようだな。すまないな時間を取らせて」
紗南の中で2人がフードの刀使については知らない事を納得するとタブレットを仕舞い、2人に対して頭を軽く下げながら謝罪をする。
「いえ、別に……」
「どの道聞かされてたと思うので、大丈夫です。けど、次に派遣される場所で遭遇しないとは言い切れないので気を付けた方がいいかも知れませんね」
寿々花は目を伏せながら真希に容疑がかかっているという事実は変わらないため、あまり気分は晴れないままでいた。
颯太はそんな寿々花の様子を見過ごせず、気になってしまったがまずは紗南への対応が先と判断して紗南から伝えられた情報を脳内で整理すると自分なりの答えを紗南に伝えた。
「そうだな、次に行く場所でも念のため警戒はしておいてくれ。確か次に行く場所は」
「長久手の民間研究機関・特別希少金属利用研究所です、博士に呼ばれてるんで」
刀使の任務補助だけでなく、その地へ向かう理由付けとしてトニーから課せられているナノマシンテクノロジーを用いた装備の研究開発にも携わっているため時折フリードマンからも装備開発の指導を受ける機会もある。
そして、今度は新しく建てられた民間研究機関・特別希少金属利用研究所に招集が掛かっている。
「お前も結構色んな所飛んでるんだな……てか、ジジイに呼ばれてるって事は」
「うん、多分エレンにも会うと思うよ。何か伝えとく?」
「あー……そうだな……ま、たまにで良いから顔見せろって言っといてくれ」
.
今は会う機会が減ってしまっているが信頼している相棒の名前が出るとどこか嬉しいのか一瞬声のトーンが明るくなるのを抑えて無難な回答をする。
「分かった、会ったら伝えとくよ」
用は済んだため薫と紗南が病室から退室しようと歩き出し颯太も同じく退室しようとした際、一瞬寿々花の方へと視線を向ける。
「………」
やはり、先程から浮かない表情を浮かべている。真希がノロの強奪犯として疑われているという話を聞かされて以降会話中ずっと浮かない表情を浮かべていた事が気掛かりになっていたため扉の前で立ち止まる。
決して親しい間柄では無い歳上が相手であるためやはり気まずさもあって緊張してしまうがそれでも放ってはおかなかったため一呼吸置いて寿々花の方に向けて声をかける。
「……あの、2席さん?」
「もう親衛隊は解体されてますのでその呼び方は相応しくありませんわ。なので名前でお呼びください」
話しかけられるとは思っていなかったせいか当の寿々花も鳩が豆鉄砲でも食らったような表情を浮かべるがすぐに素に戻り、普通の対応をする。
「えっと、じゃあ此花さん」
「なんでしょうか?」
「その……あんまり上手く言えないんですけど、僕も手伝って貰ったこともあってかこの強奪犯がいっせ……獅堂さんだとはあまり思えなくて」
「何を仰りたいのかしら?」
直接話したこと自体はほとんど無い間柄であるため固さは抜けていないがしどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。しかし、寿々花からすれば要領を得ないのか訝しげな表情を颯太に向ける。
「……僕も、もし現場で遭遇したら聞くだけ聞いてみます。1人で行方をくらましてでもやらなきゃいけない事があるなら何か理由があると思うので……つまり何が言いたいかって言うと」
未だに懐疑的な視線を向けて来る寿々花に対し、彼女の瞳を見つめ、自分なりに言いたいことを纏め、簡潔に伝える。
「彼女が誰にも言わず、行方をくらましてでも行動してるならそれなりの理由があると思うんです。だから、1番身近だった貴女だけでも彼女の事を信じてあげて欲しいんです」
かつて協力者も仲間もいない、1人でスパイダーマンとして孤立無援で1年間活動していた事や御前試合で紫を強襲した姫和の逃走に加勢し、国家を敵に回し、テロリストとして追い立てられた事があった。
だが、そんな経験をしても切り抜けて来られたのは自分だけの力では無い。協力してくれた新たな仲間達や自分の事を信じ続けてくれた隣人達がいたからだ。
それが精神的な支えとなったことにより恐らく真希も孤立無援で今も何かを成し遂げようと行動していると言うのであればそんな彼女の心に寄り添えるのは彼女にとっての最も親愛なる隣人と呼べる寿々花だけではないかと颯太は考えている。戦場であった時にあれだけ息が合っている所を見ている限り、そう思えたからだ。
「誰か1人にでも、信じてくれる人がいるとそれだけで助かる時ってあると思うんで……んじゃあ僕らはこれで」
気休めにもならないかも知れないが、自分に協力してくれた恩人でもある真希にもそういった相手がいてくれればいいな、と思い不器用ながらに寿々花に自分なりの意見を伝える。
そんな懇願を聞き入れた寿々花の表情は幾らか気持ちが楽になったのか先程までの沈んだような表情から少しだけ柔らかくなり、颯太に向けて手を振りながら別れを告げる。
「ふふっ……分かりました、ありがたく受け取らせて頂きますわ。では、ごきげんよう」
ーー早朝、鎌倉の鎌府女学院学生寮出入り口前
既に夜は明け、朝日が昇る明朝の時間帯となりまだ薄暗い地上を太陽が徐々に明るく照らしていく。
そんな時間帯でありながら荷物をキャリーケースに詰め、大人数を乗せる事が可能であろう大型バスにこれから乗らんとしている歩と美弥は綾小路の制服を身に纏い、見送りに来てくれた可奈美に出発前に挨拶をしていた。
「またこっちに来たら一緒に戦おうね!」
「はい!私綾小路に戻ったら衛藤さんのこと自慢します!」
「私も…すごい刀使と知り合いになったって!」
「うん!じゃーねー!」
手を振りながら送迎バスへと乗り込む2人を見送ると直後にゆったりとこちらに近付いて来る人影が1つ、そして背後からその人物に声を掛けられる。
「すっかり有名人だな」
聴き覚えのある馴染み深い、澄んだ声色が耳に入ると脊髄反射でその方向へ振り返る。
「ひよ……っ」
「今日からまたこっちに出向だ。しばらくは一緒だな。可奈美」
頻出する荒魂への対応、そして日本を脅かす新たなる脅威の出現と4ヶ月前にやり残した事にケリを着けるために隠居生活から重い腰を上げて参戦する事を決意した姫和の姿であった。
MoMはちと色々あってすぐには見に行けないし、初日勢じゃ無い人もいると思うのでネタバレは控えてくだされ。
バースの続編2部作なんすね……やはり映画では個人的にバースが1番好きなので(大好評のNWHも最もすごい事をやってのけた良い映画ではあると思いますし、充分楽しめました)楽しみですね……その分公開がまだまだ先なんですが……。