刀使ノ巫女 -蜘蛛に噛まれた少年と大いなる責任- 作:細切りポテト
「やれやれ、交渉決裂……と言った所ですかね」
「……」
「ま、そんな時間もねぇと思うけどな」
眼前に立ち塞がるショッカーはどれだけ譲歩しようとこちらの要求を飲む気配は一向に見られず、それでいてこちらに焦燥感を与えるかの如く挑発的な態度は崩さないが腰を落として拳を前で構えたファイティングポーズを取りながらこちらの動きに対応出来る体勢に入り、ヘルメット越しからでも自分たちを逃すつもりはないと睨み付ける力強い圧が伝わり、三者の間にピリピリとした空気が広がって行く。
こうして膠着状態が続いている今もショッカーが逃した桐生達と回収班はより遠くへ逃げ、距離が広がっていることは想像に難くない。
だが、これだけ用心深くこちらに隙を見せないショッカーを無視して逃げた面々の追撃に移ることも同時に困難である事を推察したリザードとフードの人物は眼前に立ちはだかる敵であるショッカーに対抗するため、1つの結論を導き出す。
「「…………」」
一瞬だけ互いの視線を交差させるとそれを合図にリザードは翡翠色の右腕を前に突き出し、掌の中で細胞が再構築され、鱗が密集して行く。
右手の掌にはしなやかなカーブを帯び、一本の弦が張られている翡翠色の大型の弓。左手に持っていた剣を矢のように弦に番える。
弓の弦に左手に持つ剣を弓の右側につがえると親指を弦に引っ掛かると後頭部の位置まで一気に引き込み、弓を強く握る。
そして、左手を離すと弦に番えた剣が風を切る音を立て弓から離れショッカーむけて一直線に飛来する。
「……」
その嚆矢を合図にフードの人物は大地を蹴り上げて駆け出し、両手に持つニ振りの御刀を振り抜きながらショッカーへと斬りかかる。
(逆方向に逃げるかと思いきや仕掛けて来やがったか、逃げるにせよ広範囲攻撃が出来る俺を先に潰そうってかぁ? ……まぁ、その方が好都合だがなぁっ!)
リザードの放った嚆矢と少し遅れて来るフードの人物から繰り出される追撃。どうやら彼らは逆方向に分かれる事でショッカーを撹乱し、ノロを強奪するのではなく2人がかりでショッカーの排除を優先したようだ。
ショッカーの振動波を拡散する広範囲攻撃を警戒しての行動かと思案するが少しでも逃走の時間を稼ぎたいショッカーとしては好都合、
少しでも長くここで食い止めれば桐生達が逃げる時間を稼げるのだから。
しかし、気を抜けばすぐ様桐生達の方へ向かう可能性も無いとは言い切れないため常に細心の注意を払うべきだろう。
「避けなければ柘榴になりますよ」
「んなもん知ってんだよ!」
リザード牽制として弓から矢の如く放った剣が自身の頭部へと直進する軌道を読むと姿勢を低くする事で相手の狙い通り回避をすることで一瞬隙が出来たような空気を作り出す。
「……」
フードの人物が容赦なく回避行動を取ったばかりのショッカーに追撃を掛けようと両手に持つ御刀を振り降ろす。
しかし、ショッカーはすぐ様身体を反転させ、自身の頭上を通過した剣の柄を掴む。
「おっと」
「オラァッ!」
剣の柄を掴んだショッカーはその場で半回転しながら勢いに乗せて力任せに剣を横凪に一閃するとフードの人物が振り下ろした二振りの御刀とショッカーが鈍器の如く振り回した剣が衝突し、火花を飛び、甲高い金属音が鳴り響く。
「……」
「これでも運動全般得意なんだよ!」
着地したフードの特に人物は驚いた様子は見せてはいないが構えは解かずにいるとショッカーは反撃のために剣を振り回してフードの人物に斬りかかる。
ガントレットで培ったボクシングの技術で戦う時のようなキレは無いが乱雑に振り回しているように見えて常にリザードの方へも視線を送り、弓の追撃で援護しようにも常に射線上にフード人物が来るように立ち回っているためそれなりに扱えてはいる。
(ま、ホントは剣よりも拳の方が100倍得意なんだけどな)
しかし、精々中学生時代に運動部の助っ人で多少齧った程度の経験しかないため底の見えない恐ろしさがあり、剣術に精通した護衛の刀使達を……更に言えばリザードのアシストがあるとは言え桐生達を容易に戦闘不能に追い込むような相手にはまともに通用する程ではない。
おまけに変幻自在にいつでも自身の身体の一部を変化させる事で多種多様な武器を作成して来るリザードの存在も未知数である以上剣のみで戦闘していてはいずれ瓦解する。
「随分人の武器で好き勝手してくれますね」
リザードが前衛をフードの人物に任せながら今度は爪楊枝の如く細長く、鋭角な翡翠の矢を形成し、それを弦に番えて弦を引き絞り、ショッカーに狙いを定めている。
先程からどうにかリザードの剣でどうにか応戦しているが有効打を一切与えられていない上にリザードが第2射を放とうとしているためこれ以上剣での応戦に拘る理由も無いため次のカードを切る。
ショッカーが上段からの袈裟斬りを放つとフードの人物にあっさりといなされ、おまけに腕力で力負けしたためショッカーの手から剣が離れ、地面へと落ちるがショッカーはそれを狙っていたかのように声を張り上げてサッカーボールを蹴るかのように右脚を振り上げる。
「だったら返してやる……よっ!」
ショッカーが振り上げた足の爪先が地面へと落下していく剣を蹴り上げると鈍い音を上げ、縦に回転しながら弓を構えるリザードへと一直線に飛来し、既に矢を構えていたリザードでは対応出来ず、手に持っていた弓に命中し、衝撃に驚いたリザードは弓から手を離してしまいそのまま剣に巻き上げられるように弾き飛ばされ、弓矢と剣は後方の木々に突き刺さる。
「……っ!? お見事」
リザードが自身の方向にショッカーが蹴飛ばした剣が回転しながら飛んで来たのが予想不能なため一瞬焦り、自身の戦闘経験の少なさを呪っている最中ショッカーがフードの人物への対応を忘れずにすぐ様両腕のガントレットを起動して振動波を拳に纏い、すかさず拳を下から上に向けて振り上げるアッパーカットを叩き込む。
「…………」
しかし、その一撃すらもフードの人物は難なく二振りの御刀の縞地で受け止めるが振動波を纏ったガントレットの威力は中型程度のサイズの荒魂を容易に殴り飛ばし、大型の百足型荒魂の外殻に亀裂を入れて叩き伏せる威力を誇る。
今装着しているショッカーもアイアンマンマーク5のように普段はケース状に折りたたんで手に持って持ち運びが可能なコンパクトな仕様を目標としている分、幾分か攻撃性能及び装甲の耐久自体はマイルドに落とし込まれているがそれでも充分引けを取らない性能を発揮する。
ガントレットの一撃を堂々と御刀で受け止めた結果、周囲の木々が騒めきを上げて波の様に揺れ動き、身体を支える大地が陥没し、脚を引き摺るようにして後方へと押しのけられ、リザードと並ぶ位置まで移動させられる。
「まとめて……っ!」
2人が同じ位置に並び立った瞬間、続け様にショッカーが跳躍して右腕に振動波を纏わせ、空中で身体を捻ることで半回転させ、更に左腕を一瞬だけ上方に向けて振動波を放つ事で推進力として一気に加速する。
「潰れろオラァッ!!」
振動波を推進力として利用する事で高速移動を擬似的に行うことで攻撃の威力を上げたまま勢いに乗せ、振動波を纏った右拳を振り被ってリザードとフードの人物を叩き潰すために渾身の力を込めて叩き付ける。
「まずい……っ!」
リザードの焦りの混じった声が非情にも途切れ、容赦なくショッカーの拳は両者に向けて叩きつけられる。
ショッカーの拳が激突した瞬間に木々が倒れ、大地が割れて土塊が弾け飛び、砂塵が巻き起こり周囲一面を覆い尽くす。
「ハッ」
右腕に伝わる何かを殴った感触、周囲に与えた甚大な影響、確かな手応えを感じたが何かがおかしい。
自分が殴り付けたまま空中で静止し、相手側から気絶する際の断末魔の声すら聞こえない。その不気味な有様を警戒してショッカーは後方へ一回転しながら地面に着地するとガントレットの振動波を起動する事で土煙を払う事で状況を確認する。
「いってぇなぁ」
土煙が雲散霧消することで前方にいる2人組の姿が視認出来るようになるとショッカーの荒々しい口調を真似ておちょくるリザードの声が聞こえ、その姿が顕になる。
リザードの右腕には大型の翡翠色で中心にはトカゲの模様が刻印された円形の盾を装備されており、殴り付けられる寸前にこの盾を生成してショッカーの攻撃を防いでいた。
「チッ、しぶてぇ野郎だ……っ!」
しかし、直後に盾に亀裂が入り鈍い音を立てて砕け散る。おまけにリザードの両腕は歪にひしゃげて潰れているため無事ではないことが見て取れるが生々しい再生音を立てながら両腕の組織が再構成されて行く。
「リアタイに……遅れんだろうが……っ!」
あまりのしぶとさに毒付きながらも、リザード達はショッカーの攻撃を受け止めた直後で立て直しに時間を要する状態だ。
桐生達がこの山から離脱するための時間を稼ぐためにも今は攻撃の手を止めず、追撃するのが最適と判断して両腕を前方に構えてガントレットを起動して振動波をリザード達に負けて放つ準備を開始する。
両脚で地面を強く踏み締め、ガントレットが開くと拳が帯電し始め、振動波を纏い前方にいる標的を狙い打たんと放たれる瞬間……
「ふふっ」
リザードが誰に聞こえるでもない小さい声で笑みを溢すと狙ったかのように地面が隆起し、轟音を挙げながらショッカーを取り囲むように四方から翡翠色の鋭利な槍が飛び出し一直線にショッカーに襲い掛かる。
「や……べぇ……っ!?」
振動波を前方に放出する事に意識を向けていたショッカーは不意を突いた地面からの攻撃に対してはワンテンポ遅れてしまう。即座に振動波を放つ際に反動を最小限に抑えるために出力を落とし、防御に姿勢に入るが振動波を放ったばかりで振動波を防御に回す余裕はないためボクシングのファイティングポーズを取る事で動きを最小限にしながら回避に専念する。
「ぐっ……!」
地面から槍が飛び出して来る速度がショッカーの反応速度を上回り、幾つかは紙一重で回避に成功したが数本の槍がショッカーに命中する。
掠めた槍がショッカーのヘルメットの右側面を抉り、素顔が露出し額を切ったのか滴り落ちる血液が頬を伝う。
背後と前方からの槍の刺突はスーツの装甲を貫き、装着者であるハーマンの左肩を穿ち、右脇腹を掠める。
「いってぇなクソがッ!」
左肩に刺さった槍を右腕を回して後ろ向きに引き抜き、忌々しげに地面へ投げ捨てると視界にあるものが映り込む。
槍が飛び出して来た場所の周辺には翡翠色の鱗のような物が散らばっており、
これを槍に変化させて不意を突いたのだと察知する。
「なるほどな、ただ俺を狙うだけじゃなくて弓で剣を飛ばした時や俺がフード野郎と剣で斬り合った時に飛び散った鱗みてぇなのを撒いて罠を仕掛けてたって事かよ……って事はまさか!?」
リザードが鱗や身体の一部を変形させて時間差で攻撃が可能な罠を仕掛ける事が出来ると察知したショッカーはある1つの、結論が導き出される。
「アイツらが……危ねえ!」
直後に何かが炸裂したような耳をつんざくような轟音が麓の方から聞こえて来る。
桐生達を先行させて山から離脱するように行かせたはいいが、この山のあちこちに同様の罠が仕掛けられているとすれば、今は逃げるのに精一杯な上に戦えない回収班を守りながらとなると逃走は更に困難になるだろうと思案する。
「正解! よく出来ましたねお利口さん」
「思ったよりやるではないか、去りたければ去ればいいものを」
素直に感心して拍手を送るリザードの後に続けて長い沈黙を破ったフードの人物からの偉そうな皮肉混じりの称賛に苛つきながらも痛みに耐えつつもショッカーも相手の注意をこちらに引くために斜に構えた態度は崩さず挑発を続ける。
「うっせえハゲ! 帰れんならさっさと帰ってテレビ見てぇっつの」
「なら何故? そんな痛い想いをしてまで我々の邪魔をするのですか?」
リザードから投げられた問いかけに対し、ショッカーはヘルメットの下で底意地の悪い笑みを浮かべて啖呵を切る。
「ここでテメェらを行かせたら、ガキ共の頑張りも、チビの想いも、全部無駄になっちまうからな」
この数日、薫や沙耶香や桐生たち、そしてねねと共に行動して交流した事で彼女たちが自分よりも若いながら自分のポリシーを持って自分の仕事に臨んでいるという事、そしてねねと交流した事でこれまで倒すだけの存在だと認識して敵視していた荒魂も心のある生き物だと認識させられた。
荒魂だから倒すのではなく、考えて信じて、それでも人間に牙を剥くのならば責任を持って倒す。という薫の矜持を目の当たりにしてショッカーも自分なりに考えて仕事に臨み、彼女たちの力になりたいと。そう思わされた。
「俺は折り紙付きのどうしようもねぇカスのダメ人間だが……それでも大人として今、守らなきゃなんねえモンは分かる。だから、テメェらと戦うんだ」
これまで常にその場のノリと自分の感情優先で生きて来て、何度も失敗して来たダメ人間のショッカーだが今こうして自分なりに何をすべきかを考え、こうして傷付き、痛みに耐え、スーツも損傷と長時間の活動と激しい戦闘により稼働時間も限界が迫っている。それでもリザードとフードの人物の前に立ち塞がりメンチを切る。
「それにな……幾らテメェらが有利で強かったとして、それで諦める程俺はお利口ちゃんじゃねぇんだよ!」
ショッカーがガントレットを起動すると地面を殴り付け地面に仕掛けられたリザードの鱗を宙に浮かせ、振り払う事で自分の周囲から除去する。
これだけ追い詰められて尚未だに闘志の消えないショッカーの執念に対し、敬意を通り越して最早ドン引きという感情を抱いたリザードだが恐らく眼前にいるこの男は息の根を止められるまで自分たちに向かって来るだろうという認識はフードの人物も同様だと察し、再度臨戦体勢に入る。
(くそっ……どうにか筋肉で止血しちゃいるがやはりいてぇな。左で殴るにせよ決め手にはなり辛え、それに……)
『損傷過多、稼働限界までバッテリー残量残り20%』
負傷して出血している部位を筋肉を張る事で止血しているが身体に余計な力が掛かってしまうデメリットがある上にヘルメットのHUDを確認すると一日中山中を歩き回り、激しい戦闘を行っているためスーツの稼働限界を告げる警告分が表示され警報音が鳴り響いており戦える時間も残されていないことを把握する。
(だが関係ねぇ……っ! 1秒でもいい、あいつらが山から逃げる時間を稼げ……っ!)
「うおおらああああああああああああ!」
大地を裂き、眼前に立つ者全てを威圧する爆発のような咆哮を上げながら左腕で地面を殴り着け、振動波を放出する事で一直線に加速して瞬く間にリザードとフードの人物の眼前に迫る。
「……っ!」
「良い気迫だ」
宙で身体を捻ると遠心力を利用した右拳が2人を叩き潰さん振り下ろされる。咄嗟に2人が左右に分かれて跳躍すると叩き付けられた拳が地面を蜘蛛の巣の如くひび割り、砕く。
「うおらあ!」
叩き付けられた事により拡散された振動波が2人を怯ませるとショッカーは容赦なく続け様に左拳のガントレットを地面に向け、振動波を放つ事で再度弾丸の様に一直線に飛び出してフードの人物に飛び蹴りを放つ。
「ふっ……」
しかし、フードの人物はまるで蹴りが飛んで来ることを予測していたのか二振りの御刀を交差するように構え、縞地で受け止める。
「ありがとよ、予想通り受け止めてくれて……な!」
ショッカーはフードの人物相手には何度も行動が読まれているかのように攻撃を回避されたり容易に防がれているため自分の攻撃に対しては身動きの取りにくい空中では防御して来ると読み、そのままフードの人物の御刀の上で向きを変えて力強く蹴り上げる。
「何……っ!?」
フードの人物を攻撃すると思いきやフェイントの道具として利用し、自分を狙って来るとは思っていなかったリザードに向けてガントレットを起動して拳を叩き付ける。
「ゴルァ!」
「ぐっ……」
ショッカーのフェイントに対し、反応が間に合わなかったリザードの顔面にショッカーの右拳が命中し、振動波を纏ったショッカーの拳を直に受けた事により頭に強い衝撃を受けて視界が揺れる。
地面に着地するとすぐ様リザードに向き直ると再度武器を生成したり、身体の一部を変形させた不意打ちを受ける可能性を考慮し、脳震盪を受けているリザードに対し再度ガントレットを起動し両拳に振動波を纏わせて猛攻に出る。
「フェイントは、ボクシングの基本なんだよ!」
まだ痛む左肩では本調子の威力は出ないが再度怯ませるには充分だと判断してかリザードの顔面に左フックを叩き込むと鋼鉄を槌が叩くように火花が飛び散る。
「オラァ!」
左フックを受けて左側によろけた所にすかさず鳩尾に抉り込むように突き刺すような鋭いボディブローを打ち込む。
「この……っ!」
振動波を纏った一撃はリザードの肋骨を粉砕し、振動波は身体の内側へと伝わり臓器にもダメージを与えて行く。破壊された内部を独自の再生能力が修復を開始すると同時にリザードもカウンターとして右拳を放って来るがその一撃を怪我をしている筈の左側で防ぐ。
「軽ぃよ」
そのままはたき落とす左右の拳を器用に使い、顔面に的確にジャブを高速で叩き込んで行く。
物の見事に一気に劣勢になって行くリザードを前にし、このままでは戦闘不能に追い込まれると判断してかフードの人物は加勢しようとショッカーの背後へと接近し、右手に持つ御刀で背中に上段から斬り付けようと振り下ろす。
「……」
「チッ、やっぱ来たか」
リザードに集中攻撃しているかのように見えてフードの人物にも気を配っていたショッカーは右脚を軸にし、身体を反転させる最小限の動きで回避を試みるが上段からの一閃はスーツを掠めて火花を散らす。
「危ねえな……っ!」
更に左手に持つもう一振りの御刀を横凪に一閃するとその一撃は振動波を纏って右の裏拳で弾き、反撃で拳を叩き込むがまたしても予測されているかの如く的確に防がれてしまう。
「はぁっ!」
その隙を見逃さなかったリザードが大振りの拳をショッカーの背後から頭部に向けて振り下ろす。
しかし、何度もボクシングで多くの選手と戦って来たショッカーには背後からとは言え大振りの拳を見切るのは容易い。
「そんな大振り、プロには当たんねえぜ素人くん」
姿勢を低くすることでリザードの腕の下を潜るように回避し、立ち上がると同時に左拳で裏拳を顔面に叩き込み、流れるように腹部にボディブローを打ち込む。
そして、痛みに怯んだリザードが数歩下がった隙に、フードの人物はショッカーへ突きを放つ。
「ぐっ!貰いましたよ」
突きを回避した事で姿勢を崩したショッカーを痛みに怯んで数歩下がっていたリザードが今度は大振りの動きではなくなるべく最小限の動きで組み付く。
「な……っ!? テメェ!」
「さぁ、今のうちに!」
背後から両腕で肩を掴み、ショッカーを拘束する事に成功するとフードの人物へと今の内に攻撃するように促す。
(このままだとソルベにされちまうか……だったら!)
ショッカーも組み付かれると思ってはいなかったがこのままでは自分はフードの人物の御刀によって両断されるだろうと咄嗟に理解する。
「足元がお留守なんだよボケ!」
「しまった……っ!」
フードの人物の脚が地面から離れ、身動きの取れないこちらに踏み込んで来た事を見逃さなかったショッカーはリザードの脚に自分の脚を引っ掛けて姿勢を崩し、手を離したリザードを背負い投げの要領で自身の前側に向けて叩き付ける。
「うおらぁ!」
フードの人物は既に踏み込み、御刀を上段から降り下ろす寸前でショッカーがリザードを盾にしたことで咄嗟に力を緩めたが後一歩と言う所で間に合わずリザードに凶刃が命中してしまう。
「ぐおふっ!」
「あ、すまぬ」
(やるなら……今っきゃねえ!)
盾にされた上に味方であるフードの人物に斬り付けられたことは流石に応えたのか情け無い声を挙げるリザードの残念な連携を他所に、ショッカーは両者に向けて最後のチャンスと見切りを付け、最大限の力を叩き付けんと右脚を引き、左脚を前に出し……そして、右腕を自身の後方へと引き絞る。
「今度こそ……潰れやがれ!」
ショッカーがスーツの残った全電力を右拳に乗せるとガントレットが開き、金色の雷光が辺り一面を駆け抜け、右腕以外のガントレット以外のスーツのパーツが吹き飛んでパージされ、装着者である傷だらけのハーマンの姿が顕になる。
スーツがパージされた以上自分が時間を稼げるのはもうこの一瞬が全てであろう。ならば、この一撃に全てを賭けるしかないと……っ!
「くらええええええええええええええ!」
覚悟を決めると雄叫びを上げながらスーツの全電力が乗った振動波を纏ったガントレットの一撃が弾丸のような速さの渾身の右ストレートから放たれる。
金色に光る振動波の閃光にリザードとフードの人物を含む周囲一帯が包まれ、地面が爆ぜて木々が粉砕され、爆発でも起きたような轟音が響き渡る。
「はぁ……はぁ……っ」
スーツの全電力を注ぎ込んだ振動波の一撃により、粉砕された樹木の破片が夥しく散らばり、地面は地雷が炸裂したかのように一帯が吹き飛び岩盤が露出して大きなクレーターを作っていた。
右拳のガントレット以外は生身のままこの一撃を放った当のハーマンも纏っていた制服の上着は衝撃で吹き飛び上裸となっており筋骨隆々の引き締まった肉体を顕にして、肩で息をしていた。
ガントレットもこの絶大な威力によりひしゃげており、ただの鉄塊と化している。正に全ての手を尽くしたと言えるだろうこの状況……それでも
「見事であった、正直肝を冷やしかけたぞ」
ハーマンの一撃を咄嗟に身体全体を丸めて防御の姿勢を取り、自らを盾へと変形させたリザードを手に持ち仁王立ちするフードの人物の姿があった。
そして、フードの人物は盾へと変形していたリザードを地面へと投げ捨てる。
「ゴホッ……ッ、ひどいじゃないですか……私を盾にするなんて」
「奴の真似をしただけよ、お前も勉強になっただろう?」
「とんだスパルタですね……」
憎まれ口を叩いてはいるがハーマンの一撃を受ける寸前、フードの人物が自分を盾にしてその攻撃を防ぐという味方でありながら無茶苦茶な行動に出たが危機的状況に追い込まれた事により、全身の細胞を変化させて盾となる事で防御に徹するという対応力が身に着いたのでそこまで心象が悪い訳ではないようだ。
「こんの……バケモン共が!」
憎々しげに敵意の視線と呪詛の言葉を向けるが既に手札を出し尽くした状態。
この状況下でハーマンに出来ることはもう、ない。王手、チェックメイトと言った状況だ。
「スーツも砕け、貴様の肉体も既に限界だろう? もう楽になるといい」
フードの人物がハーマンに向けて右手に持つ御刀を振り下ろし、トドメを刺そうと凶刃がハーマンを捉えようとした矢先……
「……ハッ」
ハーマンの口元が微かに三日月のように歪む。
ガキィン! と金属音が響き渡るとその一撃は静止させられていた。
そして、その一撃を受け止めた小学生女児程の小柄な人物が背後に立つハーマンへと声を掛ける。
「ワリイ、遅れちまった」
「もう大丈夫、ハーマン」
薫が祢々切丸の刃でフードの人物の刃を受け止め、その隙に沙耶香がすかさずに妙法村正を横凪に振り抜いて反撃をする。
薫の背中から出て来たねねが満身創痍のハーマンに向けてもう大丈夫だと言わんばかりに明るく声を掛ける。
「ったく、来んのが遅ぇんだよハゲ」
「無茶言うなよ、大変だったんだぞアレ」
──時は少し戻ってフードの人物達が襲撃して来た時刻
『おいチビ! 例のコソ泥が出やが……っ! チッ! 人の話遮んなボケ!』
「くそ! 次から次へと何だってんだ! ……ん? なんだ?」
危機迫る落ち着きのない様子のハーマンからの通信が突如切れた事に困惑しているとメッセージアプリの画面に1つの文章が飛んで来る。
『メガネたち リス夫持って逃げる てつだえ おれのスマホ追え』
「相当焦って入力したなこれ……」
ハーマンがフードの人物達と戦う前に送っていたメッセージは薫達に桐生達の離脱を援護しろと言う内容だったのだ。
しかし、句読点もなく変換していたらしていたなかった様子を見るに一応日本語の読み書きが出来る彼の焦りがこれでもかと伝わって来る。
しかし、一応文章自体は簡潔に纏められているため理解は出来た。いつの間にか画面を覗き込んでいた沙耶香は薫の方へ顔を向けて問い掛けて来る。
「薫、ハーマンのスマホは追える?」
「おう、けど副隊長達が逃げるのに何でアイツのスマホを追うんだ?」
「さぁ?」
「ま、まあアイツなりの考えがあんだろ。行くぞ」
要領を得ない部分は確かにあったが、彼の焦りが伝わる文章から急いだ方がいいと判断してハーマンのスマホのGPSを追って2人と1匹は掛け出して行く。
ハーマンのスマホを追ってここ数日山中を歩き回った土地勘も身に着いた事によりスムーズに回収班を連れて下山しようとしている桐生達を発見する。
「あ、いたいた! お前ら何が起きてる!?」
「ハーマンは?」
手際良く合流出来た事に桐生達は驚くが、情報を共有する事が先決と判断して今の自分たちの状況を伝える。
「隊長、糸見さん! シュルツさんが自分が時間を稼ぐからこれを持って逃げろと」
「アイツ……なんて無茶な真似を」
下山する面々の中に彼だけがいない事を見るに今も尚襲撃者たちを足止めせんと奮闘している事を知り、心配になり薫の表情は曇っていく。
しかし、桐生の方もこんなに手際良く自分たちを薫達が発見出来た事に出来た事に疑念を持ち問い掛ける。
「でもどうして私たちの場所が分かったんですか?」
「アイツが自分のスマホを追えって言うから」
「スマホ……? アレ? 何かポケットにもう一つ感触が」
かなり切羽詰まった状況下で必死に逃げ回っていたため、気付かなかったが自分のスカートのポケットにある違和感に気付いて手を入れて取り出してみるとスクリューボールのロゴが入ったストラップを付けたハーマンのスマホが入っていた。
「これ、ハーマンの携帯。ストラップが同じ」
「ね!」
このスマホを取り出して使用していたのを覚えていた沙耶香とねねがハーマンのものだと反応すると桐生の中でも色々とパズルのピースが埋まっていく。
自分たちに逃げるよう促した際に何故か自分の隣に立った事を思い出し、眼鏡を右手の指で押し上げる。
「もしかして、私に逃げろと言って隣に並んだ際気付かれないように私のポケットにスマホを入れたということですか」
「変な所でズル賢いよなアイツ……っと!」
会話の最中で自分たちに反応したのか予想だにしない、森林に生えている樹木から翡翠色の槍が形成されて行き、薫達に向けて飛来するとそれを祢々切丸を軽く振る事で叩き落とすと隊員の1人が声を上げる。
「これ! さっきの緑の奴が作った武器に似てる!」
槍が飛んで来た事で周囲を観察した沙耶香が何かを発見したのか、声を掛けてくる。
「薫、あちこちに槍が出て来た鱗が仕掛けられてる」
周囲を見渡すと、木々や地面、枝葉や根元。ありとあらゆる場所に罠が仕掛けられている事を発見すると薫は心底めんどくさそうな表情を浮かべるがハーマンが今こうしてる間も彼なりに自分で考えて出した答えに責任を持って全力で奮闘している事を察して隊長らしく皆を一喝する。
「逃げられた時の保険ってことか、あまりボヤボヤしてられねえな。オレと沙耶香が援護する、お前らは気にせず全力で走れ!」
「こっちは任せて」
「ありがとうございます、総員退避!」
粗暴で幼稚な口振りと、短気で喧嘩っ早い性格。誰がどう見ても頭の悪いチンピラにしか見えないハーマンであるが追い詰められると頭の回転の速さを見せる人物であると薄々勘付いていたリザードは興味を持って声を掛けて来る。
「まさか、ここまで先読みしてたと?」
「な訳あるかバーロー、ここ数日の苦労をテメェらみてえな陰険ナメクジ野郎どもに潰されるのがムカつくだけだよ。それに……」
頭を右手で掻きながら心底くだらなそうな小馬鹿にしたジト目でリザードとフードの人物に視線を送り、気怠そうに首を鳴らしながら淡々と答えると底意地の悪い笑みを浮かべて頭を掻いていた右手の人差し指を真上に向ける。
「どうやら俺らの勝ちみてぇだな」
一同が視線を向けると黒い機影が彼らの真上に現れ、上空から回転し続ける多人数が乗れる中型ヘリのローター音が鳴り響く。
そして、ヘリの窓から桐生が栗鼠型荒魂のノロが入った箱を頭上に上げてこちらに見せびらかして作戦が成功した事を遠巻きに伝えて来る。
「あそこまで離れられては私の弓では届きませんね」
「……」
「これ以上ここにいても収獲はありませんから……ね!」
どんどんヘリに距離を離されていく様子を見て完全に逃げ仰せられたと判断し、これ以上この場に留まる理由のないとしフードの人物がリザードにアイコンタクトを送ると意図を察したリザードが地面を踏み付けると爆発したように地面から大きく鋭利な棘が飛び出して来る。
「ぐっ!」
「うっ!」
目眩しのつもりで放った一撃のためか驚きはしたが薫が咄嗟に棘を横凪に振り抜く事で防が事で対応し、防ぐ事に成功したがリザードとフードの人物の姿は既に無く、完全に見失ってしまった。
しかし、尻尾を巻いて逃げたと言えるリザードとフードの人物に向けて聞こえていようといまいと関係なく全力で小馬鹿にした表情で両手の中指を立て、舌を出しながら小学生並の語彙力でハーマンは大人気なく煽り倒す。
「へっ、ざまぁみやがれバアアアアカ! いててて……」
「大丈夫? すごい傷」
「ねぇ……」
襲撃者2人を煽るまではいいものの痩せ我慢に近く、肉体は既に限界を迎えており身体のあちこちは切り傷や刺し傷、おまけに出血も見られるが思ったよりも元気そうで心配する沙耶香とねねは一安心するが突如としてハーマンが何かを思い出したかのように目を点にして慌てふためき始める。
「心配すんなこんくれぇ旅館の救急箱借りりゃなんとかなる……ってか今何時だ!?」
「18時45分過ぎだけど」
沙耶香が下山した桐生から預かったハーマンのスマホを取り出して画面に表示されている時刻を見せる。
すると、ハーマンは沙耶香の手からスマホを奪い取りすぐ様TV中継に切り替えて番組の進行具合を確認する。
「やっべえ! 歌番始まってんじゃねえか! しかもセトリの順的に……っ!」
『みんな、ありがとうー!』
楽曲のアウトロの余韻を残したまま国民的アイドルグループ、スクリューボールは観客席に手を振りながらグループのセンターを陣取るハーマンが推している銀髪の少女、相戸瑠璃が満面の笑みでファンに感謝を述べていた。
完全に目当てのライブを見逃した事実を突き付けられ筋肉を隆起させると全身をワナワナと震わせ、背中から湯気のようにドス黒いオーラを漂わせつつ額に青筋を浮かび上がらせ鬼のような形相で怒りを爆発させた怒号を森中に響き渡らせる。
「スクリューボールの番終わってんじゃねぇか! あんのクソ野郎共……っ! ぜってぇ許さねええええええええ!」
1番激怒するポイントが好きなアイドルのライブの生中継を見逃した事であることに薫は脱力したが満身創痍でもそんな事で怒れるハーマンにある種の安心感を覚えまた薫は頭を掻きながら声を掛ける。
「ま、そんな元気があんなら大丈夫だろ」
怒りを爆発させているハーマンと唐突に起こり出したハーマンを何故そこまで激怒しているのか理解出来ずに小首を傾げて見つめている沙耶香に目をやると踵を返して宿へ向けて歩を進めて行く。
「そんじゃあ、帰っか」
「ね!」
「うん」
「ま、続きは宿で見ればいいか……歌わなくても画面に映るりるるんをこの目に焼き付けねえとな!」
相変わらずな反応を返す2人と1匹だが、この凸凹で奇妙な距離感のある関係性も意外と楽しいものだなと思わされた薫は2人に気付かれないように笑みが溢れた。
(やるじゃん、お前ら)
宿屋へと戻り、夕陽も落ちてすっかり外も暗くなった頃、隊長として現場責任者を一任されている薫は本部長兼上司兼学長である紗南に廊下に出て連絡を取っていた。
負傷したハーマンであるが旅館の救急箱を拝借して処置を行なった事により、胸部と腹部を包帯でグルグル巻きにし、肩に肩から袈裟懸けにするように巻くエジプトのミイラの様な姿……所謂ニチアサ巻きの奇妙な姿となり連絡を取る薫の隣に立ち、スマホで歌番組の続きを見ていた。
部屋に戻ってテレビで見ればいいのでは? と思われるが本人曰くただでさえリアタイに間に合わず途中参戦のため部屋に戻ったりリコモンで操作したりテレビがつくまでの時間でタイムラグが生じて推しのアイドルを見る時間が削がれるのが癪との事。
沙耶香はと言うとねねを頭に乗せたまま襲撃者達から栗鼠型荒魂のノロをヘリに乗って遠くの社へ行った他の隊員たちを向こうの宿泊施設に送る手続きを済ませると廊下へと出て来る。
ノロを強奪せんと襲撃して来たフードの人物達には逃げられた事、ハーマンの奮闘により栗鼠型荒魂のノロを死守する事に成功したというたった1日に起きたとは思えないが事実である内容をスマホで通話をしながら伝えている。
「ノロはどうにかハーマンが時間を稼いでくれたから奪われずに済んだよ。けど、奴らには逃げられちまった」
「そうか、ご苦労だった」
あっさりとした労いの言葉を受け、フードの人物たちを取り逃した事に対して叱責されると半ば覚悟していたため拍子抜けしてしまい、素っ頓狂な声を上げる。
「え? それだけ? 怒らないのか?」
「荒魂を倒し人々の不安を祓ったんだろ? ならば問題はない」
ここ数ヶ月、各地を飛び回らせロクに休みも与えてくれずに無理難題を押し付けるブラック上司から出るとは思えない、普段は閻魔大王だとすら思っていふが今この瞬間だけは仏様に思えて来たので心の底から歓喜する。
「信じてたぞ~本部長! じゃなかったおばさん!」
『おい、今言い直す必要なかったよな!?』
しかし、「おばさん」という御年35歳を迎える……所謂世間一般で言うアラフォーに差し掛かる紗南にとっては禁句に等しい一言だ。
自分と14歳程離れている21歳のハーマンにおばはん呼ばわりされるだけでもかなり応えるというのに未成年である薫に言われるのはかなり洒落にならないラインのため、大人気なく食い気味な過剰反応を起こす。
「あ? 何だおばさんって! お前もおばさんになる日が来るんだからな!! 聞いてんのか!?」
年齢の話題はデリケートだったのか捲し立てて来る紗南の勢いに押され、地雷踏んだなとめんどくさそうに顔を顰めると誰かに押し付けるのが得策かと判断してスピーカーの部分を抑えて隣で歌番組を視聴しているハーマンへと手渡しする。
「……お前も報告しとけ……」
「チッ、今いい所なんだが……まぁいいや、ようオバハン」
もう少し画面に映る推しのアイドルを眺めていたかったが今は1つの仕事を成し遂げて自然とそんなに悪い気分ではないのか薫からスマホを受け取ると紗南に対して普段通りの対応を始まる。
「お前もオバハン呼びか……まぁ、よくやったな。奴らからノロを守り切れた事実は大きい、今後も励んでくれよ」
「へいへい」
「お前相無茶したそうじゃないか、身体は何ともないのか?」
襲撃者2人との戦闘で負傷し、更には右腕のガントレットにスーツの全電力を乗せ、ガントレットが破損する威力で殴り付けはしたが自前のタフさとガントレットの安全装置により事なきを得ているためあっけらかんと返す。
「ホントは結構いてぇけどな。まぁ、大丈夫だろ」
「それにしても、よくそこまでやったな。どういう心境の変化だ?」
紗南とは生徒の力になってやって欲しいと腹を割って話した事でそれなりの信頼関係は築けているが負傷してスーツが損壊するまで戦い、栗鼠型荒魂のノロを守り抜いた事実には驚きを隠せないのか興味本位で尋ねるとハーマンの脳裏にはかつては敵同士でありながら暇さえあれば自分の面会に来ては拘置所生活での退屈で穴の空いたような日々を自然と埋めてくれたエレン、絡むだけでデメリットのある犯罪者の自分に対し損得勘定抜きで自分の生徒の力になって欲しいと頭を下げられる紗南。
そして、ここ数日行動を共にした程度の間柄だが普段は怠惰な反面存外に面倒見がよく、一時の感情や偏見だけで判断して力でねじ伏せるのではなく自分の目でよく見て、自分の頭で考えて判断し、それでも戦わなければならない時は責任を持って立ち向かう小さい背中に背負う強い責任感を受け取ったからこそ自分は戦えたのかも知れないと思わせてくれた薫の姿が思い浮かぶ。
「ま、どっかのお人好しが感染ったのかも知れぇな。意外とセンコーの教えがよかったりしてな」
「エレンはともかくあのちゃらんぽらんがか……」
「まぁ、そう言ってやるなよ。あのチビ、意外とすげえ奴かも知れねえぜ」
普段とは打って変わって穏やかな声色のためハーマンとしては嘘偽りのない本心からの発言であるが、本人を前にして称賛の言葉を受けるのは照れ臭さがあるのかやや拗ねたように薫が呟く。
「意外とって何だ意外とって」
「……」
自分の生徒をここまで心から称賛してくれる事は学長冥利に尽きるのか、生徒たちが誰かの背中を押した事実に感動して言葉を飲み込んでいるとハーマンとしては特にもう話す事はないため沙耶香へとスマホを手渡す。
「せっかくだしテメェも話せよターミネー子」
「うん」
スマホが沙耶香に手渡されると、勘付かれないよう紗南は平静を保って咳払いをして労いの言葉を投げ掛ける。
「ゴホン……沙耶香悪かったな。面倒なの押し付けて……」
紗南の言葉に対してそんな事はないと首を左右に振って否定し、事実を伝える。
「刀使として大切な事を教えてもらった」
「そうか」
彼女もハーマンと同じく薫から何か大切なことを受け取った事を知り、自分の生徒の成長を実感し、隣で聞いていた薫も照れくさそうに右手の人差し指で頬を掻いていると沙耶香の口から爆弾が投げ付けられる。
「遊ぶのも任務の内だと」
「げっ……!」
無垢とは恐ろしいもので彼女は一切曇りのない瞳で言い切ってしまうが明らかに上司には報告しない方がいい爆弾発言であるためそれを堂々と言い切る様子にハーマンは耐え切れずに吹き出し、腹を抱えて子供のように爆笑する。
「ブッ! ダハハハハハ! 最高だわテメェら!」
「おう、ちょっと薫呼べ」
薫の表情も一瞬固まったが面倒な事になるのは確定であるため、すぐ様踵を返して逃げるように廊下を全速力で駆け抜けていく。
「ダーッシュ!!」
「ねねー!」
ねねの叫び声により薫が逃走を図った事を察知した紗南は電話越しに怒鳴り付ける。
「おいコラァ!! 逃げんな薫ー!! わかってんだからなー!!」
「ふふっ」
「あ゛ー腹いてぇww傷が開きそうだぜw」
電話越しからでも聞こえて来る紗南の怒声を背中に受けて逃走する薫の背中を見て、今尚腹を抱えて笑い続けるハーマンと良くも悪くもブレないがたまにはこんな騒がしくも楽しい日々も悪くないと感じた沙耶香はここ数日で1番の笑顔になる。
そんな2人の心境も梅雨知らず、電話からは逃げられてもいざ本部に戻った時に紗南の長時間説教……もしくはまたしても長期の遠征任務に駆り出される安息ない日々が待っているのだろうと容易に想像出来た薫は不満を込めて悲痛な叫びを上げる。
「遠征任務なんてこりこりだあ〜!」
ピーター(mcu版)たんおめ!