ダンジョンに赤龍帝がいるのは間違っているだろうか 作:Wbook
……遅い。
日を跨ぎ、深夜を回り、いよいよ太陽が昇ってしまった。
何度も……何度も探した。沢山の人に聞いて回った。なのに、一向に見つからない。
一度探しては、ホームに戻り、帰ってきてはいないかと辺りを見渡し、そしてまた探しに出かける。
ヘスティアはそんなことを、もう何度も繰り返していた。
(一体どこに行ってしまったんだ、ベル君……)
どうしても、ネガティブな思考が頭によぎってしまう。
何か事件に巻き込まれたのではないか。そんな、漠然とした不安。あるいはもう、ベルは……。
(ダメだダメだ、諦めちゃいけない! ベル君だってお年頃なんだ、ちょっと遊び過ぎてるだけかもしれないしもしかしたら女の子と会ってるのかも……いやそれはそれで最悪じゃないか!?)
やっぱりまた探しに行こう、とドアノブに手を掛けたその時、一足先にドアが開く。幸いなことにドアは出口に向かって開くタイプであったため、四角板に激突するのは避けられたが。
「むぎゅっ!?」
代わりに、何か硬くて大きなものに顔面から勢いよく突っ込むことになった。遅れて胸がぶつかり、自らが持つ人ならぬ神の弾力によりヘスティアは後方へ弾き飛ばされて半回転。後頭部をしたたかに打ち付けた。コブが出来た。
「か、神様!? ごめんなさい、大丈夫ですか!?」
かなり嫌な角度、かつ結構な勢い。一歩間違えば『
ヘスティアとしても若干危惧してしまったので、これには一安心。未だ床の上をゴロゴロ転がりながら悶えてはいるが、天界に送り返されるよりマシというもの……もし帰っていれば、今後千年は笑い者にされていたことだろう。
「あ、あの、本当に大丈夫ですか、神様……?」
「うっ……ううっ……だ、大丈夫だよ、ベル君。なんとか致命傷はさけられた」
「結構危なかったってことですかそれ!?」
ある程度痛みが治まってきたヘスティアはガバッと飛び起きると、そんなことより……と前置きを入れ。
「ベル君! 君はいったい何をやって、い、た……ん、だい??」
「……神様?」
「え、誰?」
「えっ?」
「えっ?」
ヘスティアの目の前にあるのは、華奢なベルのものとは似ても似つかない……ともすれば、ぶ厚いとも表現できそうな胸板と、それなりに逞しい首。そして自分の記憶に間違いが無ければ、その高さはベルの顔があるはずの位置で……それなのに、ベルの声はそれより上から。いや、そもそもベルの声はもう少しだけ高かったはず……と、視線を上げてみると。
「ベル君?」
「ベルですけど?」
「本当に?」
「え、それはもちろんそうですけど……そういえば神様、なんだか縮んでません?」
「縮むわけないだろ、君が大きくなってるんだよ!!」
「え、そんなまさか……人は急に大きくなったりしませんよ、ははは」
そう、人は急に大きくなったりしない。だが神ならあるいは、そんな気持ちでベル(仮)は笑ったのだ。きっとヘスティアの冗談かなにかなのだろう、と。
「神はもう完成されてるんだよ!? 不変の存在なんだよ!? 『神の力』も使わずに縮んだり大きくなったりするわけないだろ!?」
話にならないと思い、ヘスティアはぴょんっと跳ねてベル(仮)の耳を摘んで——その際、何度か届かず失敗しながら——鏡のある洗面所まで引っ張っていった。
「ちょ、何するんですか神様、い、痛いですよ……!?」
「いいから! ベル君カッコカリ、鏡を見るんだ!」
有無を言わせないヘスティアの行いに、不満は無くとも怪訝に思いつつ、渋々鏡で自分の姿を見るベル・クラネル(仮)。
「……あれ?」
鏡に映っているのは、不機嫌そうに口を尖らせた主神と——白髪赤目、身長にして175
顔立ちこそまだまだ大人と言い難いが、身体つき自体はしっかりしており、将来的には中々の偉丈夫になりそうな予感をさせるものだ。筋骨隆々とは言えないものの、現時点で逞しいといって差し支えない。
欠点を挙げるとすれば、それなりに整っているはずの容姿にポカンと浮かべた間抜け面。そして、気の毒なほどにパツンパツンに張り詰めた、明らかにサイズの合っていない服だろう。どうやって着たのか気になるところだ。
「あっ……お、おはようございます」
ベル(仮)は思わず頭を下げる。自分でも、おかしいな鏡を見ていたはずなのに……という疑問はあった。
もちろん目の前の少年も全く同じ動きで頭を下げている。
背中から嫌な汗が噴き出してきた。
「……ねえ、君は何をやってるんだい?」
「……あ、挨拶です。挨拶は大事ですよね……」
顔を上げたくない理由がベル(仮)に増えた。きっとヘスティアは酷く呆れた顔でこちらを見ているものだと予想がついたからだ。
無論のこと、その予想は的中している。
「へえ? 君は鏡に挨拶するんだねぇ、ボクは初めて知ったよ。変わった習慣だねぇ?」
「は、ははは……ははっ……」
「馬鹿なことやってないで、現実を受け入れてこっちに来るんだ」
「…………はい」
*****
ベル・クラネル
Lv.1
力:H120→F351 耐久:I42→G283 器用:H139→H186 敏捷:G225→G254 魔力:I0
《魔法》
【 】
《スキル》
【
・二天龍『赤龍帝』の魂と接続。
・種族『ドラゴン』としての特性を獲得。
・十秒毎に自身の能力が倍加。
「【ステイタス】は間違いなくベル君のものだし、更新も出来た。とりあえず、これで君がベル君カッコマジだというのが確実に証明されてしまったわけだけど……心当たりは?」
「ありません……」
「変なドラッグとかは?」
「やってません……」
となると。
「やっぱりスキルのせいか……」
「え、僕にスキルが!? 本当ですか神様!?」
「しゃらっぷ! 言っておくけどね、ベル君カッコマジ? ボクは君が朝までダンジョンに籠ってたことにはまだ怒ってるんだからね。そこを忘れちゃダメだぞ」
「は、はい……ごめんなさい……」
しょぼんとしたベル(真)の姿は、以前であれば可愛らしいものであったが、今となっては情けなさの方が先行する。
仕草と体格の不一致が、実に激しい。
「このスキルはね、実は前の更新から出てたものなんだ」
「え!? じゃあどうして教えてくれなかったんですか!?」
「レアスキルだからね。素直なベル君カッコマジが隠しておけるとは思えなかったから、どうしようか考えてたんだよ」
「え、えっと……?」
どういうことか、ベル(真)には理解できなかったようだ。
「娯楽に飢えた神達にレアスキルを持った弱小ファミリアの子供を与えるなんて、兎小屋にライオンを放つようなものだよ」
「そ、それは……とっても恐ろしいですね……」
「だからボクも色々考えてたんだ。……もっともこうなってしまうと、どうしようもないけどね。君が無名だったのが不幸中の幸いだよ」
急に身体つきにまで影響を与えるスキルなんて、少なくともヘスティアは聞いたこともない。
神達にとってみれば、これ以上ないほど興味を引かれるものだろう。
「しかも、このスキルは大変に厄介だ。何より由来がヤバい」
【ステイタス】を記した紙をベル(真)に渡しながら、ヘスティアは天界での戦争と、二天龍について彼に話して聞かせた。
「赤龍帝ドライグ。単純な強さにおいては神すら上回る、二天龍のうちの一匹……元々は天界に存在したドラゴンだ。この赤龍帝の籠手は彼を封印したものなんだ。本来なら神器とされるシロモノだよ」
「そ、そんなに凄いものなんですか……!?」
「まあね。昔は度々適合する者を見つけては、宿主にして暴れ回ってたんだけど……まさか、スキルとして現れるなんてね……」
案の定目を輝かせているベルだが、ここは一言言っておかなければならないだろう、とヘスティアは表情を引き締める。
「基本的な能力である十秒毎の倍加だけでも強力だけど、少なくとも神器としての赤龍帝の籠手には先の次元があった。慢心はダメだよ? 赤龍帝は二天龍の片割れである白龍皇と争う運命にある。ちゃんと力を磨かないと——君は、殺されてしまうかもしれないんだよ?」
「……っ」
「白龍皇と赤龍帝が互角の能力を持っている以上、地力が勝負の分かれ目になるんだからね? ボクは……君に死んで欲しくはないよ?」
考えを改めた様子のベルの姿を見て、ヘスティアは満足したように一つ頷いた。
「と……脅かしてはみたけど、そう深刻にならなくていいよ。実は、どちらか片方しか現れなかった時代もあったんだ。とはいえ忠告はちゃんと守って欲しい。まあドラゴンと適合したベル君には、要らない注意だったかもしれないけどね」
スキルとは、『
「ドラゴンっていうのはね。とても力強く、そして誇り高い生き物なんだ。そんなドラゴンに適合した君は、きっと強くなりたいと望んでいるはずだ。今度こそ心当たりがあるんじゃないかい?」
「……はい」
「君はいま、人型のドラゴンとも言うべきものだ。
「竜人……ですか? でも、身体以外は特に変わった感じは……」
「でも【ステイタス】には変化があっただろう? まだ気づいてないだけさ。今までの君は敏捷に特化してたけど、今は力に優れている。これはドラゴンというより、ドライグの特性かな。速さが特徴のドラゴンも居たからね。飛躍的な能力の上昇も、最強の生物と名高い彼等と同じになったなら納得できる」
「なる、ほど……?」
あまり解っているようには見えないベルだが、別に細かく理解する必要もないと判断したヘスティアは、気にせず自分の考えを彼に話した。
「スキルを得た後で赤龍帝の力を活かせる身体に変化したんじゃないかな。パワータイプのドラゴンだったからね、彼は」
「でも、今まではそんなことなかったんですよね?」
「今までは『
ベルは頭を抱えてしまっているが、起こってしまったことは今更元には戻らない。受け入れてもらう他にない。
別にヘスティアのせいという訳ではないが、責任を感じないでもないので、自身の無駄考察はともかく、芯となる部分くらいは解ってもらう必要がある。
「さあ、ベル君。小難しい話はこの辺にして、今日はもう休みなよ。徹夜だろう?」
「……そういえば、色々あって忘れてましたけど、思い出したらなんだか眠くなってきました……」
「疲れてるだろうし、ベッドで寝るといい。お昼を食べる時間になったら起こしてあげるからね」
「はい……。でも、神様、バイトはいいんですか?」
「大丈夫さ、お昼にちょっと時間をもらって戻って来ればいいだけだからね」
申し訳なさそうにしているベルだが、ヘスティアも今日は許してやらないことにしている。
またこんな無茶をされては敵わない。命を落としていても不思議じゃなかったのだから、二度とこんなことが無いようにしっかりと反省してもらわなければならない。
「バイトが終わったらまたお説教だからね、覚悟しときなよ! おかげで一睡もしてないんだ!」
「ううっ……! はい、すみませんでした、神様……」
トボトボとベッドに向かうベルを見送ると、ヘスティアもまたホームを後にした。
「……バイトは休まないといけないな」
ヘスティアにはやることがある。最愛の眷属のため、出来る限りのことをしなくてはならない。
彼女に出来ることは、そう多くはない。ファミリアも、ベル以外には一人としておらず、財産も権威も持ってない。
——それでも……何か、せずにはいられなかった。