ダンジョンに赤龍帝がいるのは間違っているだろうか 作:Wbook
「それでどうしたの、ヘスティア? これでも忙しいのだけど?」
神ヘファイストスが言った。
彼女は、彼女の言う通り普段から暇があるとはとても言い難い。【ヘファイストス・ファミリア】は、オラリオにその名を轟かせる
「まあ、そういうな。ヘファイストス。ヘスティアにも何か理由があるんだろ」
神タケミカヅチが言った。
武の神と名高き彼は、ヘスティアと同じく最近下界に降りてきた新参ファミリアの主神である。とはいえ、Lv.2の冒険者を抱えている【タケミカヅチ・ファミリア】と、一人しか眷属の居ない【ヘスティア・ファミリア】とでは比べられないが。
「ヘスティアが意味もなく私達を集めたとは思えんしな。まずは話を聞くべきではないか?」
神ミアハが言った。
彼の【ミアハ・ファミリア】もまた、ヘスティアのそれと同じく零細ファミリアと呼べるもの。今の時間帯は、本来ならポーションの作成に勤しんでいるはずだ。
ヘスティアを含め、四人の神々が【ヘスティア・ファミリア】のホームへ集まった。時刻は既に正午、ベルには適当な理由をつけて外してもらっている。彼の方も用事があるらしく、特に怪しまれずに済んだのは幸運だったと言えるだろう。
ヘスティアは午前中、ベルが眠っている間に
「実は……みんなに相談がある」
「「「金なら貸さないぞ(わよ)?」」」
「そこを何とかっ……!って違うよ、みんなボクのことをなんだと思ってるんだ! 真面目な話なんだから茶化さないでおくれよ!」
ヘスティアは金銭にほとほと縁がなく、尚且つ構い過ぎれば怠け始めるという困った癖があり、神友達にしてもそれを理解しての発言なのだが、今回ばかりはヘスティアもふざけてはいられない。
「ベル君のことなんだ……」
「それって確か……貴方のところの?」
「うん。ボクの眷属、ベル・クラネルのことさ」
この中ではベルと直接知り合っているのは普段から交流の機会が多いミアハだけだが、他の二人もヘスティアに眷属が出来た事くらいは知っていた。彼女の神物像をよく心得ている神友達の方も、彼女が眷属のことで自分達に相談してきたなら、無碍にはできない。
ヘファイストスは個人的にヘスティアの面倒を見ていた時期に、怠け者の彼女を追い出した経緯があるので、男神二人に比べるとそっけなく振舞っていたが。
「……ベル君に、スキルが発現した」
「なるほど、レアスキルか……」
スキルのことで相談と来れば、これしかないだろう。それも、本来は秘匿することの多い眷属のスキルについて、神友とはいえ他のファミリアの主神に相談するなど並大抵のことではない。
「いいの、聞いても?」
「聞いてくれないと始まらないよ。それに、いつまでも隠しておけるものでもないんだ」
「使用すれば分かる類のスキル、か……」
「使わないって選択肢はないのかしら? 少なくとも、ある程度のレベルになるまで」
「いや、それは悪手だろう。どういうスキルであるにしろ、使い慣れていないものは、いざという時にも役に立たない。命の危機にも使えないというのは問題だろう」
「まあ待て。まずはヘスティアの話を聞くのが先だろう」
三人は一斉にヘスティアに視線を集め、続きを促した。
「……【
「ちょっと……冗談にしてはタチが悪いんじゃない?」
「ボクも冗談で済ませられたら良かったんだけどね……」
赤龍帝。知らない神はそうそう居ないだろう。天界下界問わず暴れ回り、名を轟かせた二天龍の片割れだ。
しかし神々も、ここでその名前を聞くとは思っていなかった。
「そもそもそれは、スキルと言っていいのか? 神器だろう、それも
「そんなのボクが聞きたいよ、発現しちゃったものは仕方ないだろ……。もう既にベル君にも影響が出てる。スキルが発現して一晩すぎて【ステイタス】と身体に変化があった」
「もう既に隠せるかどうかの瀬戸際というわけか……。【赤龍帝の籠手】を呼び出すことは出来たのか? アレは本来そういうものであろう?」
【赤龍帝の籠手】は、その名の通り“籠手”だ。真価を発揮するなら、その形に展開しなければならない。
「いや……そういうものだというのはボクも知ってるけど、やり方までは分からないからね。ベル君もちんぷんかんぷんって感じだったよ」
「そうか。まあ、スキルとして発現するなど前代未聞ゆえ、実際その形態を取る必要があるのかも分からぬが……」
「籠手って言うぐらいだし、その体は成す……と、思うのだけど、推測でしか無いものね……」
三人ともことの重大さをすぐに理解してくれた。当然だろう、神のことを一番よく知っているのは同じ神だ。これを神々が知れば、放っておくはずがない。
これが二天龍そのものが関わる話なら、神も易々と手出しできるものではなかった。都市内の大ギルドに所属する誰それや、生まれついての英雄ならば問題はなかった。
——しかし、ベル・クラネルはそのどちらでもない。赤龍帝という以外の“何か”が無い。
神は娯楽に飢えている。彼らとてドラゴンに手出しする危険は知っているはずだが、それでも危険を顧みずベルにちょっかいを掛けるのが神というものだ。
賢明な者なら絶対にやらない、“逆鱗”に触れるような行いも平気でやりかねない。それで神だけが滅ぶならまだマシなのだが……そうはならないだろう
「だから、ボクは君達に頼みたい。ベル君を気にかけてやって欲しいんだ」
ヘスティアは跪き、額を床につけていた。以前タケミカヅチに教わった土下座であった。
「ヘスティア! 頭を上げろ、お前の気持ちは十分伝わった」
「そうだな。……もっとも、我らに出来ることはそう多くないとは思うが……」
男神二人は、すぐに受け入れてくれた。
……しかし、もう一人はそう簡単にはいかない。
「ヘスティア。あんたの言いたいことは分かった。……でも、それは私にどんなメリットがあるの?」
何も用意してないなんて言わせない、ヘファイストスは暗にそう言っているのだ。
彼女の言っていることは当然のこと。無償で頼むなんて虫のいい話は、いくら神友といっても……いや、神友だからこそ許されてはいけない。
「——ある!」
だからもちろん、ヘスティアはその答えを用意していた。
「今のベル君は、まだ弱い。ボクが知る限り、素質だって大したことない。でも——!」
何の根拠も無い話だが、それでもヘスティアには確信がある。
「きっと彼は強くなる。もっと、ずっと強くなる。だって彼は赤龍帝だ! 絶対に損はさせないとも! この縁は、君達にとって絶対にプラスになる!——これは、未来の英雄との縁だ!!」
自信満々に、ヘスティアは宣言した。
その余りに堂々とした大言壮語に、ヘファイストスは目を見開き、ぽかんとしている。
「……あんた。それ本気で言ってんの?」
「もちろんだとも。ボクと、ボクのベル君を信じてくれ!」
「……はあ。私もとことんあんたに甘いわね……」
嘆息するヘファイストスの様子。それは、ヘスティアからすれば幾度となく見た表情だ。
彼女はこんな顔をして……いつもいつも、自分を助けてくれた。
「言っておくけど、これは取引よ。期待には答えなさい。まあ、あんたの子のことは気にしておいてあげるわ」
「ふははっ、ヘファイストスは素直ではないな」
「確かに。こういうのをツンデレというんだろうな!」
「弱小ファミリアが……なにか言ったかしら?」
「「……すまん」」
茶化そうとした身の程知らずな男神二人を黙らせたヘファイストスは、なにかを誤魔化すように咳払いを一つすると。
「私とタケミカヅチは基本、鍛治と武芸が能の武骨者。ミアハだって策略に優れる訳じゃない。何処までやってあげられるかは分からない。こういうのはロキとかの領分よ」
「うん。うん、心強いよ……!」
「っとに話聞いてるのかしら、この子は……」
「いや、ヘスティアらしい」
「そうだな。さすがヘスティアだ、シンプルでいいと思うぞ」
「それ、褒めてるの……?」
頼もしい神友達の言葉を聞き、ヘスティアはただただ感謝した。ヘファイストスは別に、利益を求めた訳ではない。彼女は初めから、タケミカヅチやミアハと同じように、ヘスティアの要請に応えることに否はなかったのだ。それでも“取引”という形をとったのは、ひとえにヘスティアを気遣ってのことだ。
一方的な援護では、ヘスティアに対して“貸し”を作る形となる。いくら交流がある神同士とはいえ、ファミリアを巻き込むことになりかねない……本来なら、有り得ない状況での支援。高く付くことになるだろう。
もちろん神々の身勝手を許せば、自分達も被害を受ける可能性があるのは確かだが、それにしたって破格の条件。
ヘファイストスはこう考えたのだろう。ヘスティアはきっと引け目を感じて、今まで通りの関係ではいられない……と。
つまり彼女は、ヘスティアへの協力を申し出つつも、今の関係を続けたいと思ってくれている。だからこそ、善意が先行して気の回らなかったタケミカヅチとミアハの分も含めて、わざと見返りを求めたのだ。
「……ありがとう、みんな」
——それが、とてもありがたかった。
*****
「あ、あのぉ……」
ベルは、昨晩衝動的に飛び出してしまい、不覚にも食い逃げをしてしまった酒場『豊穣の女主人』へ来ていた。表にはクローズの札がかかっていたので、今は営業時間ではないのだろう。
そんなつもりではなかったとはいえ、会計もせずに出て行ってしまったこともあり、中に入るのはかなり気まずかったが……これも身から出た錆と思い、意を決して入ったところだ。
「申し訳ありません、お客様。当店はまだ準備中です」
「まだミャー達のお店はやってニャいのニャ! 営業時間に出直すニャ!」
ドアの鐘が鳴る音ですぐにこちらに気づいたらしいエルフとキャットピープルの店員が対応してきた。
「あ……すみません、僕はお客じゃなくて……その、シルさん。シル・フローヴァさんと女将さんはいらっしゃいますか?」
「いったい何の用ニャ? 女将にも用があるってことはナンパ野郎でもなさそうニャけど?」
「シルもミア母さんも居ますが……私達ではダメなのでしょうか?」
代金を渡すだけなら問題ないのかもしれないが、仮にも食い逃げだ。直接謝るのが筋だろう。
「出来れば、直接……」
「まあ、何のことかは知らニャいが、別に構わないニャ。いま呼んでくるニャ!」
「少々、お待ちください」
程なくして、まずシルやってきた。
エルフの店員が隣についており、彼女が言うには女将であるミアが来るのはもう少し掛かるらしい。
「あの、私に用事というのは……?」
「えっと、その……シルさん、昨日はすみませんでした! お金も払わずに出ていってしまって……これ、代金です! 足りないならもっと払います!」
「え? あの、何のことで……?」
「いや、昨日のことですよ。その……怒っているのは無理もないことですけど、これは頂いてもらわないと……」
ベルはシルの態度を、昨日の食い逃げに腹を立てていて知らない人として扱っているのだと考えていた。ある意味ではそっちの方が余程辛いので、報復としては間違いでもない。
……が、彼は忘れていた。
「……その、ところで貴方はどちら様でしょうか?」
「え?」
「え?」
自分がいま、ベル・クラネル(真)であることを。