ダンジョンに赤龍帝がいるのは間違っているだろうか   作:Wbook

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事実は小説より奇なり。されど人は信じず。

「……結局、信じてもらえなかったな……」

 

 

 ベル(真)の必死の訴えも虚しく、ベル(真)の正体がベル(元)の成れの果てだというのは受け入れてもらえなかった。スキルの話をすれば、あるいは……という気持ちもあったが、いずれバレるにしろ吹聴するのは絶対にやめろとヘスティアからキツく言われていたので、そういう訳にも行かず。

 

 現在『豊穣の女主人』においてベル・クラネルの評価は、食い逃げをしたくせに自分では謝罪にも来ず代理を立てて料金だけ押し付けていったゲス野郎というところに収まっている。一応、必死に謝ったし代金も受け取ってもらったが……ベル(真)は特徴的にはベル(ゲス)に近いこともあって、ベル(ゲス)の親戚か何かだろうということになってしまった。

 最終的に、身内の尻拭いに来た苦労人といった風情で扱われ、釈然としない気持ちになるとともに。

 

 ——去り際に、悲しげに顔を伏せるシルの姿がドアの隙間からチラリと見えてしまい……とても、とても凹んだ。

 

 

「なんで、こんなことに……」

 

 

 確かに食い逃げをしてしまったのはベル自身だ。それは認めるし、事情があったとはいえ非があるのは間違いなくベルの方だ。

 しかし、だからといってこんな目に合う必要はないだろう……とも思っている。『豊穣の女主人』の面々は今も、既にこの世に存在しないベル(元)に対して敵意を向けていて、街で見かけたならその場でしょっぴいて全力でシバき倒してやろうと考えているはずだ。

 反省の気持ちを思いつく限りの言葉で表し、誠心誠意謝罪し続け、代金も色をつけて受け取ってもらったというのに……。

 

 

「あんまりだ……」

 

 

 遣る瀬無さと切なさと、ひとかけらの憤り。

 その全てをぶつけるべく、ベルはダンジョンへと向かっていた。昨日の今日だ、もしかしたらヘスティアが怒るかもしれない……とも考えたが、このムシャクシャを解消するにはそれしか無いという英断の前には瑣末なことでしかなかった。

 

 ヘスティアの話によると、過去の赤龍帝は【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】をそのまま格闘用に使うものが多かったらしい。しかしベルはまだ籠手を呼び出すことは出来ないので、代わりに格闘用のガントレットを仕入れてきた。

 そのうち出せるようになってもすぐに対応できるように……と、ベルなりに考えた結果である。ナイフにしたって武器として使い始めたのは本当につい最近のこと、技量なんてあってないようなものだったので持ち替えの決断も早かった。

 

 少し試した限りだと、肉弾戦は今のベルの身体に大変よく噛み合ったようで、違和感はまるで感じられなかった。むしろ剛腕を振るうのに若干の喜びが湧き上がり、メインウェポンはこれしか無いと思ったほどだ。

 

 

「よし、今日から僕は拳闘士だ!」

 

 

 もちろんそんな簡単な話ではなく、しっくり来ると言っても腕前自体は街のゴロツキと大して変わらないくらいだろう。

 勘違いしている者には喧嘩の延長くらいにしか思えないかもしれないが、剣に術理があるように、拳にも理合は存在する。力や速さに任せるだけのものでは無いのだ。拳闘士などとは、とても呼べやしない。

 

 だが、拳闘士などただでさえ珍しく、自分以外に眷属もいないために誰にも師事することが出来なかったことや、十四歳という夢見る年齢(お年頃)を考えれば、仕方のないことかもしれない。

 

 それに本来、ドラゴンの多くは自身の地力を頼りに戦う生き物なので、生態的に言えば本能に従っているということでは、ある意味正しい選択だ。まあ、人間として考えたなら、それで良いのか……という話になるが。

 

 

「こんにちは、エイナさん!」

 

 

 だからここで問題なのは、痛い目に遭ったのだからいい加減懲りろ……という点なのだろう。経験を教訓として活かせなかったのは、彼の不徳の致すところだ。

 ダンジョンに行く前、昨晩手に入れた魔石の欠片を換金所に持っていった。バックパックを空けておかなければ、入手した魔石の欠片が入りきらないということもあるかもしれないからだ。

 

 それだけならば良かったのだが……最後に、たまたま見かけたエイナに、つい元気よく笑顔で挨拶をしてしまった。

 

 

「え……あの、申し訳ありません、どちら様でしょうか……?」

 

 

 ベルは、全速力でダンジョンに向けて、踵を返して走り出した。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 拳を振りかぶり、打ち据える。振り抜いた腕を引き戻しながら、今度はもう片方の拳を叩き込む。一撃ごとにコバルトの、ゴブリンの頭が砕け散り、或いは臓物が破裂していく。

 今までの自分には無かった力で叩き潰す感覚に心躍らせる……などということもなく、ベルは黙々とモンスターを狩りながらダンジョンを進んでいた。丁度いまは、4層を探索している。

 

 

「ちくしょう……僕が何したって言うんだ……」

 

 

 ……と、ダンジョンに入って以降このような次第であり、ぐちぐちと不満を口にしていた。

 

 不幸中の幸いというべきか、ネガティブな気分のおかげで妙な高揚もなく、冷静に今の自分の実力と性能を測ることが出来ていた。おかげで今も新たな戦法を確立しつつある。

 

 敏捷特化であった頃は回避ルートに気を遣い、敵に囲まれて袋小路に追い込まれないように立ち回っていたが、今は違う。敵の数によっては壁際も敵をこちらの攻撃範囲に誘い込むために利用できる。身体が大きくなって、更に種族的なものか【ステイタス】的なものだけかは分からないが、力と耐久が上がったことで、スマートなばかりでなく強引に押し込む戦い方も可能になり、今までにないパワーファイトが可能になった。

 

 しかし同時に、失ってしまった長所もある。

 

 大きくなった身体は以前と違って攻撃を掻い潜るには不向きとなり。籠手に持ち替えて威力こそ上がったが、切り裂くことによる殺傷性は失われた。後者に関しては、もう一度ナイフを持ち替えて試してみたものの、上手くはいかなかった。おそらくは今のベルの身体には向かない戦い方なのだろう。

 

 

「僕、これからずっとベルカッコニセなのかなぁ……」

 

 

 ベル(偽)……もとい、ベル(真)はかつてないほどネガティブな冒険をしていた。本人の心情と裏腹に驚くほど順風満帆ではあったが、正直既にやる気は半減している。八つ当たり気味にモンスターを倒してはいるが、裏を返せばそれだけだ。

 

 変化こそあれど【ステイタス】の成長を実感し、新たな戦い方も特に問題なく馴染み、立ち回りも一新された。所構わずモンスターを倒していたおかげで実入りも十分と来れば……それだけなら、今日は良い一日と言えたのであろうが。

 

 

「もう、今日は帰ろう。ブルーだ……」

 

 

 そうしてベルは元来た道をモンスターを倒しながら引き返していき、ダンジョンから離脱した。周りにも帰路についたらしい冒険者達が居たが、今日は気にする気分ではなかった。

 本日入手した魔石の欠片を換金すべく、ベルはもう一度ギルド本部に向かい……。

 

 今度は、挨拶しなかった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「……神様、これからどうすればいいと思います?」

 

 

 遅れて帰ってきた神ヘスティアが目撃したのは、ソファーに横たわり、かつてないほど不貞腐れた眷属の姿であった。

 

 

「……どうしたんだいベル君。主神が帰ってきたってのにソファーにうつ伏せになったままだなんて。ちょっと声くぐもってるよ?」

 

 

 いつまで経ってもベルは顔まで伏せた状態で起き上がらず、かつ微動だにしない。どうするべきかと思い、このままという訳にはいかないのでヘスティアは彼に事情を聞いてみた。

 

 

「みんな、僕を僕だと分かってくれないんです……」

「ああうん、もういいよ。全部わかった」

 

 

 説明不足にも思える言葉だが、ヘスティアは全てを理解した。まあ、然程難しい推理でもなかったが。

 随分と凹んでいる様子だし、何か心に来ることがあったのだろう。ちょっと知り合いに気づかれなかった程度のことではなさそうだ。詳しいことは聞かないでおいてやろう……というのは、せめてもの神の情けだ。

 

 

「まあ、ベル君よ。ギルドの方には僕が一緒に行ってあげるから、それで信じてもらえるさ」

 

 

 流石にあそこで気づいてもらえないのは、色々と困るだろう。

 

 

「元気だしなよ、ベル君! そういう日もあるって!」

 

 

 ヘスティアはダンジョンのことで説教をしようと思っていたのだが、この様子だと違うところで痛い目に遭っているようだし、元々の甘い性格もあって、これ以上追い討ちをかけようとは思えなかった。

 今日もダンジョンに行ったようだが、どうやら無茶はしていないようだ。傷も負っているようには見えないし、怒る理由としては不足だろう。

 

 

「そ、そうだベル君! もうそろそろガネーシャ主催の『怪物祭(モンスターフィリア)』が開催されるんだ、一緒にいこうぜ!?」

「『怪物祭』……ですか?」

 

 

 脈アリ、とばかりにヘスティアは畳み掛けた。

 

 

「ああ! 【ガネーシャ・ファミリア】所属の腕利きモンスター調教師(テイマー)がダンジョンから生け捕って来たモンスターを公開調教するお祭りさ! 興味あるだろう!」

「それは……はい、あります」

 

 

 ベルはようやくソファーから起き上がった。好奇心を隠し切れない、実に少年らしい反応を見せてくれる。多少大きくはなってしまったが、こうして見れば案外可愛いものである、とヘスティアは満足げに頷き。

 

 

「だろう! ほら、不貞腐れてないで背中を見せな! 景気付けに【ステイタス】更新だよ!」

「は、はい!」

 

 

ベル・クラネル

Lv.1

 

力:F351→E458 耐久:G283→F383 器用:H186→G255 敏捷:G254→F300 魔力:I0

《魔法》

【ドラゴンブレス】

・吐息魔法

・収束可能

《スキル》

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)

・二天龍『赤龍帝』の魂と接続。

・種族『ドラゴン』としての特性を獲得。

・十秒毎に自身の能力が倍加。

 

 

「魔法が出てる!?」

「え!? ほ、ホントですか神様!? 早く見せてくださいよ!?」

 

 

 ベルに促され、ヘスティアは用紙を手渡した。あとは語るまでもない、ベルは今日一日の不幸を全て忘れたかのような歓喜の色を浮かべ、喜びを噛み締めていた。

 

 

「言うまでもないけど、ドラゴン由来の魔法だね。吐息魔法……炎の息を吐けるってことかな? 収束可能っていうのはよく分からないけど」

「『詠唱』は無いんですか、神様!」

「ない、ね……」

「じゃ、じゃあもしかして、自分の意思で息が炎に変わるってことですか!」

「たぶんそういうことだと思うけど……って、ベル君こんなところでやっちゃあ……!?」

 

 

 気づいた頃には遅かった、ベルは天井に向けて目一杯吸い込んだ息を吐き出した。

 

 ボウッ!——シュゥゥゥ。

 

 

「えっ」

「えっ……」

 

 

 あわや大惨事……かと思われたが、幸いというか、そうはならなかった。ベルの吐き出した炎は一瞬、松明の火くらいの大きさまで燃え上がり——そのまま、消えた。

 

 

「……あの、ベル君。たぶんこのスキルは魔力値に依存してるんだよ。だから……あの、ベル君。ベル君ってば、何処へ行くんだい? おーい、ベル君! べ、ベルくぅぅぅぅぅん!?」

 

 

 ベルは翌朝まで、トイレから出て来てくれなかった。

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