ダンジョンに赤龍帝がいるのは間違っているだろうか 作:Wbook
「ベル君。火、お願い」
「はい、神様」
ベルの口からボウッと小さな火種が放たれ、鍋を温め始めた。
「こうして火種として使ってみると便利な魔法だね。いつでもどこでも手ぶらで火がつけられる」
「そうですね……ドラゴンブレスなんて大袈裟な名前じゃなくて、点火とか着火とか、小火とか……そんなのが相応しいですよね……」
「あ、いや……ごめんて」
確かにドラゴンブレスなんて言ったら鼻で笑われるのがオチだろうとはヘスティアも思っていたが。
「まあ、使い続けて【ステイタス】を上げていけば、本当のドラゴンブレスになるはずさ。ベル君の今の成長率なら、そこまで時間は掛からないと思うぜ?」
「だと良いんですけど……」
「真面目な話、引き出しが多いのは良いことだ。多少釈然としなくても、ちゃんと使えるようになった方がいい。
今はドラゴンブレス(笑)でも、鍛え抜けばきっと強力な武器になるはずだ。
ベルの魔法スロットは一つ……これ以上の魔法は覚えられない。このまま腐らせておくというのは、あまりに勿体ない話だ。
「とりあえず今日は、君のアドバイザー君に、君がベル・クラネルカッコマジだということを証明しにいかないとね」
ギルドのアドバイザーから情報を貰えないというのは、流石に不利が過ぎる。いくら規格外のスキルを備えているとはいっても、ベルが初心者冒険者だという事実に変わりないのだから。
「でも神様、信じてもらえるんですか……本当に?」
「大丈夫だよベル君、僕に任せておきな!」
自信満々に胸を張る神様に、何か策があるんだなと素直なベルは目を輝かせていたが、当のヘスティアはゴリ押しで通す気満々だった。
もちろん神が言う以上、ギルドとしても無碍には出来ないので、決して間違いではないのだが、決してベルの思っているようなすごい作戦とかはないのである。
「はぁ……? つまり、この人がベル君である……と」
少し後、ギルド受付にて。ベルのアドバイザーであるエイナと神ヘスティアは向かい合っていた。
「ああ、そうさ。この子はベル君だ、このボクが保証するよ!」
思い知ったか、と言わんばかりのヘスティアの様子に、エイナは困り顔で溜め息を漏らす。
どう見ても納得していないのがベルには見て取れた。
「神ヘスティア。お言葉ですが、人間は一晩で10
「えっ……?」
(ぼ、僕……行方不明扱いされてるぅぅぅぅぅう!?)
全く昨日に続いてなんて日だ。ベルは唖然としてすぐには言葉を返せなかった。
確かに見た目はかなり変わっていたから、信じてもらえないのは仕方ないと頭では分かっている。もちろん肝心なのは気持ちの問題で、昨日かなり凹んでいたのは事実だ。
それでも主神からの言葉であれば信じてもらえるだろうと、楽観的なヘスティアを多少心配しつつも思っていたのだ。
それがどうしたことか。——裏を返せば、神が正気を疑われてる。
「し……しっっっっつれいだな君は!?! 僕だって初めは疑ってたから【ステイタス】はちゃんと確認してるよ、全く!!!!」
「えぇぇ!? そうなんですか!? じゃ、じゃああの、本当に……?」
「さっきからそう言ってるじゃないか!!!」
なんとか信じてもらえたようだが、今度から神を一度諌めてみるのもいいかもしれない……と、ベルからヘスティアへの信仰に若干の変化があったことに、彼女は気づいていない。
まあ信仰心が減った訳ではないので、気にすることでもないだろう。
「……えっと、ベル君」
「は、はい、一応ベルです……」
「……あなた、本当にヒューマン?」
もちろん他の種族だったとしてもこんなことはまず有り得ないのだが、つい聞いてしまったエイナの気持ちも分かる。
なお、よく分からない種族に変わってるかもしれない点については口が裂けても言えなかった。
「ともかく! 彼はベル君だ、今まで通りアドバイザーとして彼をサポートしてくれ!」
「は、はい……それはもちろん」
「じゃあ話は終わりだ。帰るよ、ベル君!」
「あっ、待ってください、神様!」
言い捨てて帰ろうとするヘスティアを、ベルは慌てて呼び止めると。
「い、いいんですか、神様?」
「いいって、何がだいベル君?」
「その、詳しく説明した方がいいんじゃ……」
「そんな必要ないさ、そもそもギルドに報告する義務なんて何処にもないんだからね。だいたい冒険者のスキルは最大の秘匿事項なんだ、そうそう明かしちゃならないのは君だって知ってるだろ?」
「それはそうなんですけど……」
小声でひそひそと相談する神とその子供。
幸いここは人通りも多く目立つことはなかったが、神と人ということを抜きにしてみれば、今まで以上に兄妹感が出ていた。
*****
「……やっぱり慣れないわね」
「す、すみません。僕もたまに頭を打ちます……」
数日後。ダンジョン入り前、受付にいたエイナとベルのやり取りがこれだ。
無言のまま近づくベル、無言のままそれを迎えるエイナ。少しの沈黙後に交わした最初の会話である。
「ま、まあ……神々のことわざで、事実は小説よりも奇なりというのがあるし、それの現物だと思って納得しましょう。……二度目だけど、ベル君本当にヒューマンなのよね? 何処かの少数種族とかじゃないわよね?」
「はい、それはもちろん…………たぶん」
スキルに関することはヘスティアにキツく口止めされている。相手がアドバイザーでも一切語るなというお達しだ。
せっかくのレアスキルだというのに、最近は隠し事や不幸、遣る瀬無い出来事が増えるばかりで今のところ大して得した気分になれなかった。
「そういえばベル君、武器を持ち替えたのね?」
「はい、今はガントレットを使ってます。結構しっくり来るんですよね!」
「体格の変化に合わせて変えたのね、いい判断よ。でも身体に合うからって、すぐに深い階層に行っちゃダメよ?」
「えっ……?」
既に普段通りに降りていることを知られてはならない……と、思ってしまったのが運の尽き。
素直なベルはすぐに顔に出してしまう。
「……ベル君。ちなみに昨日は何処まで行ったの?」
「その……五層です」
「……全く、無事だったから良かったものの。いい? 君はまだ冒険者に成り立てで、しかもソロなのよ? 新しい武器に慣れる意味でも、安全マージンはしっかり取らないと!」
「は、はい……気をつけます。でもエイナさん、僕も結構強くなったんですよ? その……そう、成長期みたいで!」
つい先日、それより深い六層まで降りたことを知られたらこの程度では済まないと思い、話を逸らす意味でもベルは反論した。
実際は成長期というよりスキルのおかげなのだが、それは言うわけにはいかないので咄嗟の誤魔化しを交えつつ濁した。
「ふぅ……あのね、ベル君。君くらいの年頃だとそう思ってしまうのも無理はないけど、自分のアビリティのことを思い出してみて? まだHがやっとでしょう?」
エイナの見立ては正しい。本来であれば、冒険者を始めて半月もしない者の【ステイタス】はその程度……Gに届いていれば上等過ぎるくらいだ。
ただしそれは、
「ほ、本当です! 力の【ステイタス】なんか、もうDになってるんですよ!」
「Dって……嘘、そんなわけ……」
「嘘じゃありませんって! この間なんて僕、ウォーシャドウも倒したんですよ!」
「そんなまさか……って、ウォーシャドウ?」
「あっ……」
やはりベルは隠し事には向いていないようで、バレてはならないと自分でも分かっていたくせに一瞬でボロを出してしまった。
「ベル君、あなた今の到達階層は?」
「え、えぇっと……」
「ベル君?」
「……六層、です」
「ろ、ろく……ですって……!?」
「ひっ! す、すみませんでしたぁ!?」
ベル自身知らないことだし、ヘスティアも大して詳しくないので教えていないことなのだが、ドラゴンの形質が追加されている彼は威圧等にも中々の耐性を誇っている。しかし、エイナ・チュールにかかってはもうダメだ。
彼女に対する闘争心は、とっくの昔にヘシ折られていた。
「あなたには一度きっっっつく説教をしないといけないようね?」
「ひ、ひぃぃ!?」
「まあ、それは後でも良いわ。……でも、Dか……」
付き合いは短いがこのベル・クラネルという少年は欺瞞や小細工が苦手というのはエイナにもよく分かっていた。というより、彼は分かりやすい類で、理解するのに然程時間を取られなかったのだ。
エイナの見る限り、ベルは嘘はついていない。ウォーシャドウも実際に倒したのだろう。
と考えると、Eというのはいくらなんでも早すぎる。
「まさか……」
しかし、そう考えると腑に落ちる点もある。ベルの急激な成長……こちらの成長は、【ステイタス】という意味ではなく肉体面を指したものだ。
これを何らかのレアスキルの影響だと考えたなら、【ステイタス】もこれと同じく飛躍的な進歩を遂げていると判断することが可能だ。
(それなら、神ヘスティアが強引に話を進めて、こちらに有無を言わさなかったのも理解できる)
【ヘスティア・ファミリア】はベル一人しか眷属のいない弱小ファミリアだ。きっと、他の神々にバレれば要らぬちょっかいをかけられるに違いない。それを警戒しているのだとすれば、話の辻褄は合ってくる。
(さっきのベル君も、嘘じゃないにしろ様子のおかしいところはあったし……やっぱり口止めされているのでしょうね)
あの様子では長く続きそうも無いが、ベルの言うことが本当で、このままのペースで【ステイタス】が伸びていったなら……。
(【ランクアップ】……いえ、まさかね)
いくらなんでも早過ぎる。それに【ランクアップ】はただ【ステイタス】が上がればいいというものでも無い、冒険が必要なのだ。
そして、そう都合よく冒険は転がっていないし、ましてベルはソロだ。乗り越えられる保証も少ない。
「ねえ、ベル君。本当にDなのね?」
「はい、Dです。力だけですけど……」
「……はあ。分かったわ。代わりにもう少し細かく【ステイタス】を教えてもらえるかしら? アビリティだけでいいわ。誰にも話さないし、ちゃんと信じるから」
「……まあ、それなら……」
エイナ自身、【ステイタス】を記した【
実際のところ、ヘスティアの手でアビリティ以外の欄には細工がされているから、見たとしても解読できないのだが。
ベル・クラネル
Lv.1
力:D593 耐久:D520 器用:G271 敏捷:E457 魔力:I49
俄かには信じがたい数値だ
しかしやはり、ベルに嘘をついている様子はない。馬鹿正直に魔力が上昇していることまで教えてしまう辺り、真実と思う他ない。
(魔法もあるってことよね……)
今のところ魔力自体は大した数値ではないが、どんな魔法であれ十中八九不利にはならない。それに、魔法のことを考えなかったとしてもこの【ステイタス】ならば六層はおろか七層にも降りることが出来るだろう。もちろん、ソロで。
「ベル君。明日……は、ダメか。明後日空いてる?」
「え、はい。まあ……」
「じゃあ、一緒に装備を買いに行きましょう。そのままじゃちょっとね?」
「へっ……?」
*****
「……少し、変わっているわね」
何処までも透き通った、美しい魂の持ち主で……けれど、弱々しく、まだまだ頼りない少年だったはずだ。それが、たった数日のうちに変化した。
強く、猛々しい……これは。
「赤……?」
——炎の如き、赤に染まっている。
「でも、それでもあなたの魂は濁らない……。ふふっ。二度も私の見たことのない色を見せてくれるなんて」
透明だった彼の魂を自分以外の何かに染められてしまったのは気に入らないが、それでもなお美しさを損なわない彼の魂は、やはり……。
「——素晴らしいわ」