ダンジョンに赤龍帝がいるのは間違っているだろうか   作:Wbook

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朱毛の女神

「えぇぇぇぇぇぇぇっ!? じゃ、じゃあ皆さん、気づいてて嘘ついてたんですかぁ!? し、シルさんも……?」

「ふふっ。すみません、ベルさん。元々ミアお母さんがお灸を据えてやれって言うから気づかないフリをしていたんですけど……だんだん面白くなってきて。我ながら迫真の演技だったって思うんです!」

 

 

 ここは『豊穣の女主人』。シルバーバックを倒したベルは、あの場にいた冒険者と住民にいやに気に入られ、ここへ連れてこられていた。もちろん、主神であるヘスティアも一緒に来たのだが……。

 

 

「おっしゃー! ボクはまだまだ飲めるぞぉぉぉおお!!」

 

 

 いつの間にやら、あの有様だ。

 周りに囃し立てられているのも少しはあるが、ほぼほぼ自主的に“ああ”なった。やはりお小遣い制は正解だったようだ。

 

 

「まあまあ、お客様から聞きましたよ? 逃げ出したモンスターのうち一体をベルさんが倒したんですよね、それも素手で!」

 

 

 実のところ、ベルはしばらくこの店に立ち寄る気は無かった。こんな機会でもなければ、来るのはずっと先になっていたかもしれない。

 今日だって、以前のこともあってここを訪ねるのは気が引けたのだが……なんてこともない、どうやら一杯食わされていたらしい。

 どうやら食い逃げの罰として、気づかないフリをされていたようだ。入店した時、堪え切れないように大爆笑したキャットピープルの店員——アーニャと呼ばれていたか——の顔は絶対忘れない。そもそも自分が悪いというのは分かっているが、それにしたって笑いすぎだ。

 

 いつかギャフンと言わせてやるとベルはその時、心に誓った。

 

 

「はははっ、Lv.1のくせにシルバーバックと素手で殴り合ったんだろ、無茶する坊主だね! しかも前より食うようになったじゃないか、胃袋もデカくなったのかい!」

「ミャーは前の方が良かったのニャ……ショギョームジョーって言葉の意味が嫌というほど分かるのニャ……」

 

 

 何故か凹んでいるもう一人のキャットピープルの店員、クロエのことを尻目に、豪快で立派な体格をした女将のミアがそう言って山盛りの料理をドンと置いた。彼女もまた店に入ったベルを楽しげに笑った一人だが……怖いので特に報復は目論んでいない。

 

 

「で、酒は今回もいいのかい?」

 

 

 前回は遠慮したが、今日はベルをここに連れてきた人々の奢りで、かつ自分を称えてくれているというのもある。

 ベル自身、こういった場での賑々しい酒盛りに憧れがあったので、今回は頂くことにした。

 

 

「ベルさん、無理しなくてもいいんですよ?」

「いや、そんな……無理だなんて」

 

 

 それに。

 

 

「なんだか、大丈夫な気もするんですよね」

 

 

 妙に楽観的なベルに首を傾げつつ、新人冒険者なんて誰も彼もこんなものだと思ってミアは流し、程々にしてくださいねとシルは苦笑いを浮かべた。

 

 ……が、ベルはその言葉を現実のものにした。

 

 

「いやぁ、お酒ってこんなに美味しかったんですね!」

「く、クラネルさん……大丈夫なんですか?」

「何がですか?」

 

 

 空のジョッキを両手いっぱいに抱えたエルフの店員、リューが青ざめた顔で尋ねたが、ベルはその質問の意味が分からず、首を傾げていた。

 

 

「べ、ベル君……」

「神様?……って、神様、顔青いですよ、大丈夫ですか?!」

「だ、大丈夫だベル君。だ、だがこのままでは女神らしからぬ行いをしてしま……うぷっ。してしまいそうなんでね、お先に失礼するよ……うえっぷ」

「ちょ、神様!? それなら僕も……!」

 

 

 流石に酔っ払った主神を一人で返すわけには……と、ベルは席を立とうとしたが。

 

 

「き、君は今日の主役だろう。ボクのことは気にせず楽しんでくるといい、せっかくみんな君を讃えてるんだしね……!」

「いや、でもですね、神様……」

 

 

 プルプルと震えながらサムズアップするヘスティアだが、そもそも一人で帰れるのか……という不安もある。

 

 

「坊主、主役は主役らしくするもんだよ、アンタは座ってな。ホームはここからそう遠くないんだろう?」

「は、はい。でも……」

「座ってろって言ってんだろ! リュー。アンタ送ってやりな」

「えっ!?」

「はい、ミア母さん。……クラネルさん、神ヘスティアは私が責任持ってお送りするので、ご心配なく」

 

 

 有無を言わさぬという具合のミアであったが、厚意で言ってくれてるのはベルにも分かる。それに、ヘスティアもベルがここで帰るのは望んでいなかった。

 それならば、とベルは頭を下げて。

 

 

「リューさん、神様のことよろしくお願いします」

「ええ、任せてください。あなたは宴会を楽しんで」

「おやすみぃ、ベル君……うっぷ」

「はい、おやすみなさい、神様!」

 

 

 出入り口までヘスティアとリューを送り、ベルは席に戻っていく。

 

 

「……うう、気持ち悪いよぉ……」

「あんなペースで飲んでいればそうもなります。しっかりしてください」

 

 

 外から聞こえる会話を耳にした限りでは、ヘスティアはリューに任せておけば大丈夫そうだ。

 

 

「おいルーキー、お前もこっち来て飲めよ!」

「よぉし飲み比べだ、クラネル! 根性見せろよ!」

 

 

 冒険者達が次々とベルに声をかけてくる。荒っぽく豪快な……ともすれば、乱暴とも横暴とも取れる台詞だが——これは間違いなく、ベルの憧れていた冒険者達のやり取りだ。

 

 

「はい、負けませんよぉ!!」

 

 

 ベルは嬉々として、荒くれどもに混じっていった。

 

 

「こ、こいつ化け物か……!?」

「ウワバミの大酒飲みじゃねえか、ガキのくせになんてやつだ!?」

 

 

 既に酒場にいた半分ほどの大人達がグロッキー。店先で死人のように唸っている者や口元を押さえたまま一歩も動けずにいる者……三者三様だが、いずれももはや酒も見たくないといった惨状である。

 

 ベルの並外れた酒豪っぷりがドラゴン由来の性質だと知る者も既にここにはいないので、ただひたすらに驚嘆されるばかりだ。

 

 

「いやぁ、僕って結構お酒強かったんですね!」

「す、凄いですね、ベルさん……それ、ドワーフ御用達の火酒ですよ?」

「お前ら! 潰れるのは勝手だけど、店の中で吐いたら承知しないからね!!」

 

 

 ミアの怒号で慌てて外に避難した者はうち半分といったところで、一部は完全にダウンしている。

 そんな騒がしい店内に、訪ねてくる者が一人。

 

 

「よぉっす、ミア母ちゃん! なんや店の前にボロ雑巾みたいなんが並んどったけどどうしたん?」

「ああ、アンタかい。別になんてことないよ、この坊主と飲み比べをして潰されちまったのさ、全員」

「ほぉほぉ? 自分、そんなに強いんか?」

 

 

 『豊穣の女主人』に入ってきた朱毛の女神はミアと親しげに会話を交わすと、興味を持ったようにベルに話しかけてきた。

 

 

「はい、本格的に飲んだのは今日が初めてだったんですけど、結構強かったみたいなんです!」

「へぇ〜。おっしゃ、ならうちとも飲もうや! 勝てたらここの代金みんなうちの奢りでええで!」

「え、あ……す、すみません。実は今日の払いは僕じゃなくて」

「硬いこと言いっこなしやで! ミア母ちゃん、こいつと同じのちょうだい! で、自分名前は?」

「べ、ベル・クラネルですけど……って、ちょっと待ってくださいってば女神様!?」

「ほっときゃいいのさ、ほらよ」

「よっしゃあ、ミア母ちゃんのお許しも出たようやし勝負やで、ベル!」

 

 

 そして、三十分後。

 

 

「じ、自分ホントにヒューマンか……ドワーフちゃうん……?」

「一応、ヒューマンなんですけど……」

「うっそやろ……ドワーフでもこんなに飲むヤツ珍しいで……?」

 

 

 カウンターに突っ伏した女神の姿が、ベルの隣にあった。

 なお、現在『豊穣の女主人』において意識があるのは店員と女将であるミアを除けば、ベルとその彼女だけであり、他は全員漏れなく潰れ、キャットピープルの二人組とヘスティアを送って戻ってきたリューの手で店の前に捨てられている。

 

 

「そういえばベル、今日はなんの宴会やったん?」

 

 

 青い顔はしているものの、意外と元気で意識もまだある朱毛の女神がベルに尋ねた。

 

 

「ああ、実は今日……」

 

 

 ベルは事の顛末を朱毛の女神に聞かせた。と言っても、ベルが口にしたのは本当に概要だけで、残りは店の客から話を腐るほど聞かされていたシルやアーニャ達の口から誇張混じりに語られた。

 

 

「Lv.1でシルバーバックと素手で殴り合うて……命知らずやなぁ、見た目によらず!」

「は、ははは……」

 

 

 たしかにベルもあの時はどうかしていたと反省している。

 怒りに駆られてチカラを増すというのは、決してメリットばかりではない。感情に流されているため、引くべき時に引けないというデメリットもある。

 

 

「しかし倒したんなら立派やで! うちは気に入った! イケる口なところもイイ!」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 面白い女神様だな……というのは、この時のベルの内心。

 

 

「ていうか自分、うちのファミリアにこんか? 結構繁盛しとるんやで?」

「え……?」

 

 

 酒の席の冗談にしても、少しばかり大胆な誘いであった。改宗(コンバージョン)という、別のファミリアに移る手段があるのは知っているが、余程のことが無ければ改宗することは無いと聞く。

 それをこんなところで、あっけらかんとこの朱毛の女神は口にしてしまった。

 

 

「冗談とかやないで、無理強いもせんけどな」

 

 

 ベルはつい、呆気に取られて黙ってしまったが、次の瞬間にはハッとしたように答えた。

 

 

「い、いえ! 僕は今のファミリアを離れるつもりはありませんよ!? うちの神様には何処のファミリアからも門前払いを食らって途方に暮れていたところを拾ってもらった恩もありますし、待遇にだって不満なんてないんですから!」

 

 

 迷うことなく宣言した。紛れも無い本心として。

 

 

「そかそか! いや、無粋なこと言ったみたいやな、すまんすまん!」

「そ、そんな、謝らないでくださいよ! お誘いは嬉しかったです、今までそんなこと言ってもらったことなかったし……」

「かかかっ、見る目のないやつばっかやなぁ! 初めにうちのファミリアに来とったら二つ返事で入れたったのに、惜しいわぁ!」

 

 

 もっとも、この朱毛の女神のファミリアも当然ベルは訪ねていたのだが、下っ端の団員が独断で彼を追い払ってしまっていたのだ。

 実際あの頃のベルには今のような逞しい身体もなく、気も弱そうで見るからに頼りなかった。選民意識の高い団員に当たった不幸もあるが、それ以外の団員でも良い顔はしなかっただろう。

 今の二人には知る由も無いことで、知ったところで何の得も無い話だが。

 

 それから二人は意気投合し、真面目な話から下世話な話まで一通りしたところで、ベルが席を立った。

 

 

「では、女神様、僕はこれで失礼します!」

「おーおー、またな〜、ベル! 今度はうちのファミリアのよう飲むヤツ連れてくるから、そいつと飲み比べや!」

「はい、楽しみにしてます!」

 

 

 そう言って笑顔で店を出て行ったベル。

 もう深夜やのに爽やかな笑顔浮かべるやっちゃなぁ〜、と自分も呑気に席を立つ朱毛の女神であったが。

 

 

「おい」

「なんや、ミア母ちゃん?」

「お代がまだだよ」

「カウンターに置いとるやん?」

「何言ってんだい、全然足りないよ。アンタ、ベルになんて言ったか忘れたのかい」

「何って……あっ」

 

 

 その後、ベルと朱毛の女神の再会は随分先となる。理由については、語るまでも無いだろう。

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