灰と幻想のハチマンガル   作:ぜの

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宿敵

その脚は大き丸太。

胴体は俺の四倍以上太く、厚い。

鞣した様な黒色の体毛は先端が尖り、触れば皮膚が切れてしまいそうだ。何よりも、その獰猛な眼と強靭そうな牙と爪。眼前の黒狼から漂う風格は俺が今までやりあってきた奴よりも雲泥の差、明らかに格が違う。比較にすらならない。

 

 

「…げろ」

 

「あ?」

 

「逃げろ!! 撤退だ!!」

 

撤退指示は間違ってはない。予定外の敵との遭遇。敵の戦闘力は未知数となれば果敢に挑むよりも撤退する方がいい。挑むことで報酬が上がるかもしれないが、少なくとも俺はそう思っている。

 

だが、ハヤトをはじめ、三人の様子がおかしいのだ。

 

ユイもユキノも一言も喋らず、ただ体を震わしている。

 

俺だってこの不測の事態には恐怖を覚える。しかし、それは動けなくなるほどではない。動けなければ死ぬだけだから。そう何処のギルドでも基礎の基礎として叩き込まれているはず。

 

「コマチ! 引き付けとけ!」

 

「…うん!」

 

場を静観していたコマチは、俺の指示通りに体を動かし、黒狼の周囲を旋回、射撃を開始する。

 

「おい、ハヤト。お仲間とコマチをつれてとりあえず街まで後退しろ」

 

「まて! キミは奴をなめてる! 死ぬぞ、死んでしまうんだよ!」

 

ハヤトは顔をひきつらせて、あらんかぎりに叫ぶ。

あの冷静沈着眉目秀麗でいけすかない奴が、明らかに興奮状態に陥り、まともな判断すらできなくなってしまっている。

 

「おい、目を覚ませチキン野郎。ガクガク怯えている奴が三人いて無事に逃げられると思ってんのか? 俺が奴をストップしている間にお前らがいたら邪魔なんだよ。失せろ」

 

「っ!……すまない!!」

 

「ユイ、ユキノさん! 撤退だ!」

 

 

「「…っ!!」」

 

放心状態であった二人は怒鳴り口調の声を聞いて我を取り戻した様だ。

そこからは早い。踵を返して脱兎の如く去っていく。それでも、やはり体は震えており、足取りは覚束ない様で転びそうになっているのをみてハラハラする。

コマチ一人にヘイトレイジを任せているのだ。時間はそう長くはもたない。

 

「コマチ! スイッチ!」

 

「うん!」

 

三つほど矢をまとめて飛ばして、切り替わるように俺と交替する。

 

「いけ」

 

「……必ず。必ず戻ってきてね」

 

交差する瞬間、言葉をかわす。

 

しっかりとした足取りで地を蹴る音を聞き届けた後、俺は眼前の敵を見る。

 

コマチからおちょくられた怒りが収まらないらしく、黒狼は直ぐ様その太い足で踏みつけにきた。

 

距離感が掴めず、地ならしと風圧で飛ばされてしまうが、どうにか受け身をとる。

 

「これこそまさに役不足だろうが、我慢してくれ。何、倒そうなんてこれっぽっちも思ってねぇよ」

 

「ウゥゥゥ…ガァァ!!」

 

根比べ勝負の、開始だ。

 

 

 

 

 

 

反らす。流す。避ける。

 

ただそれだけに集中した。

 

正直、あわよくば反撃を試みたがそんな隙など、いや、隙はあるだろうが暇がない。

 

噛みつき、踏みつけ、切り込んでくる。

 

ただそれだけなのにそれがどうしようもなくきつい。

 

それでも防衛だけに神経を注げば、俺の十八番、スワットでどうにかなる。

 

 

弾く、弾く、弾く、弾く――。

 

 

二十回を越える猛攻を全て反らす。

 

 

必殺仕事人宜しく、一撃必殺でゴブリンを殺していたがそれは初撃で決めなければならないからだ。

盗賊は戦闘に長けている訳ではない。どちらかといえば、索敵、諜報といった隠密系統がメイン。その中でも俺は面と向かっての戦闘がド下手だった。攻撃に転じるタイミングが非常に遅い。

 

師、曰く。

 

「君は何でもない顔をして怯えて怯えて、これでもかと予防線を張って、それでも不安だから更に余裕を持たないと攻撃に移れない。これはPVP、PVMの際には致命的な弱点だ。」

 

「だが、スワットの技術に関しては私と肩を並べている。その高すぎる危険察知能力によって、君は勝てはしない、けれど、死ぬ可能性は低い。これは義勇兵にとって重要な事だ。攻めの意識を持つことも必要だがな。その凝り固まった逃げの意識は弱点であり、得難い才能だよ」

 

 

「精進したまえ、ハチマン、いや――『Timid cat』」

 

 

弾く、弾く、弾く――切る。

 

業を煮やした黒狼は明らかに大振りで前脚を振り上げる。

前の攻撃で軽く弾き流せた事で余裕ができた。それだけ大振りなら余裕で避けれる。

そして、最悪はアレを使う。

 

 

距離を、詰める。

 

 

瞬間的に近距離まで接近し、右後脚の筋を狙い、斬った。

 

――チッ、浅いか。

 

剛毛と強靭な筋肉によって俺の短刀は浅い処まで刃が通らなかった。しかし、それでもいい。

 

「ギャワッ!?」

 

 

唐突な反撃をくらい、数十秒は動けないはずだ。

 

 

殺す必要性はない。逃げるが、勝ちだ。

 

 

 

 

 

 

 

「すまない…君の兄を囮にして逃げてしまった。これは俺の責任だ」

 

「違うわ。彼を誘ったのは私。もとをただせば私が一番の加害者よ」

 

「私なんて、ただ、流されただけだよ…もう、嫌だ……」

 

「三人ともやめてください。誰の責任とかじゃないですよ。何があったのかは知りませんけど、あんだけ気が動転していたら兄の邪魔ですし、兄が、私がついていくと決めたんです。勝手に自分の責任にしないでください」

 

「「「……。」」」

 

「それに、戻ってきますよ。なんたって」

 

 

 

「お前のおにいちゃんだからな」

 

 

「……言葉をとるのはコマチ的にはポイント低いけど、約束守ったのは、ポイント高いよ!」

 

妹に抱きつかれ、街まで帰ってこれたのだと実感する。

 

「ハチマン…」

 

「ああ、まぁ、わかってる。謝罪も受け入れる。だから、ちゃんと説明しろよ。じゃないと一生恨む」

 

「おにいちゃんそれはキモい」

 

「はは…、そうだね。うん。説明、させてもらうよ。込み入ったことになるけどいいかい?」

 

「ああ、それは構わないが」

 

「構わないが?」

 

「少し、寝る」

 

朦朧とした意識の中で、最後にみたのは不安そうなコマチの顔だった。

 

 

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