「さっきの狼は、漆、と呼称されているらしい。俺達は二ヶ月前に漆と遭遇した」
「あの時はね、戦士と狩人がいたんだ。戦士は武骨な奴で、狩人はお調子者。どちらとも俺と同じタイミングで塔に呼ばれた奴等だった。順調なパーティーでさ、ゴブリンになんて負ける気すらしなかった。調子にのっていたんだと思う。漆をみてさ、怖かったよ。なんたってゴブリン狩りをメインにしてたのにいきなりあんな大物。でも、怖いよりも、金になるって思考が勝った」
「俺は撤退ではなく、挑戦をえらんだ。このメンバーならやれる。もしやばくなったら逃げればいいってね」
「それが最大の過ちだった」
「漆の速度に、攻撃についていけなかったんだ。俺がヘイトを集めようとスキルを唱えても少したてば戦士に意識が向けられた。一噛みで戦士は体を食いちぎられた。そこからはもう戦闘なんてもんじゃない。あれは一方的な狩りだ」
「戦士がやられた瞬間に撤退しようとしても、漆は凄い速さで追っかけてくるからさ。聖騎士の俺がタゲをとって残るつもりだったんだ。けど、カケルが、狩人の奴が俺に任せろって」
「楽勝だなんて、嘘に決まってる。わかってたさ。でも俺はそれを信じた。信じるフリをして逃げたんだ」
「あとはもうだらしくなく走った。走って、走って、気がついたら街の中にいた。よかった、助かったなんて思ってさ。きっとカケルも後から、まじやばかったっしょ!なんて言って帰ってくる。そんな風に考えた」
「帰って来なかったよ。何時間、何日たってもね」
「そこからはご覧の通り、チームの戦力低下からゴブリンと綱渡りの戦い。それでも、俺達はあの日、決意したんだ。絶対に漆を殺す。敵はとるって。でも、実際に再開してみれば体は震えてまともに戦えすらしなかった」
「これはね、どうしもない馬鹿で浅ましいリーダーが引き起こした、最低な復讐劇なんだよ」
ハヤトは独り言のように、俺とコマチに話を聞かせた。
一種のトラウマ。
よく聞く話だ。新人が下手うってそのままポックリいくなんて、珍しくもない。珍しいのは生き残りがいて、さらには敵を取ろうとしていること。
それほどまでに追いやられているならば、義勇兵をやめてもいいだろう。
なのに、続けている。あのオカマ野郎からもらった見習いバッチを懐に忍ばせてまで、やっている。
寝起きで頭が冴えないながらも、話を聞くうちに疑問が口から出ていた。
「なんのために、義勇兵を続けている」
「俺は守る力がほしいからだ。もう後悔しないための強さがほしい」
「私は知りたいから。自分が何者で、なんであの塔にいたのか」
「私は、敵をとりたい。ここで逃げたから、もう駄目な気がするんだ。今はただそれだけ…かな」
答えなくてもいいだろうに、律儀に答えてくれた。
「おにいちゃん…」
コマチはせがむ様に俺を見る。俺がどうするのか気づいたのだろう。だが変えるつもりはない。
「まぁ、わかった。理由もきいて納得もした。これで今回の件はチャラにしてやるよ。じゃあな」
「まって!」
「やだよ」
「まだ何も言ってないのだけれど」
「チームに入ってくれってことだろ。断る」
「……そう。そうよね。でも、考え直してくれないかしら。漆と遭遇するまでは順調だった」
「でも遭遇した。そんな危ない爆弾抱えている奴等とはチームを組みたくない。それに敵、討つんだろ? 」
「ハチマン、どうしてもダメ…?」
ユキノもユイもまだ諦めきれないらしい。
「図々しいにも程がある。本来は今日1日限り、加えてあんなめあったんだ。慰謝料をもらってもいいくらいなのに、まだ言うか」
「わかってる。それでも、俺達が先に進むには君の力が必要なんだ。頼む」
ハヤトは頭を下げ、それに倣うようにユキノたユイも頭を下げた。
「おにいちゃん、コマチね。おにいちゃんって凄いかっこわるいと思ってるの」
「藪から棒になんだ。そんなこと俺が一番わかってる」
「わかってないよ。いつも、凄いかっこわるいけど、凄いかっこいい時があるんだよ。一人で泣いていたコマチを助けてくれた時とか、コボルトの群れから助けてくれた時とか」
「……。」
「コマチはそんなおにいちゃんだから、一緒にいたいって思ってる」
ハヤトは守る力がほしいと言った。
それは俺も同じだ。俺が、俺を守る。あとコマチを守れるだけの力がほしい。
ユキノは己の意味を探している。
何故、目覚めてみればあんな塔の中にいたのか。これは俺の中でも最大の疑問だ。
ユイは自分を裏切らないために挑む。
俺もそうだった。あの時、何回も往復して、もうこれしかないというタイミング。あそこで逃げ出していたら今の俺はないし、死んでいただろう。逆言えば、ここを越えれば一つ、強くなれる。
三人の挑む理由は俺の今後の生活の役に立つ。これは大きなメリットである。
なによりも--妹にああいわれたらやるしかないのが、兄というものではないのだろうか?
「……はぁ。わかった。わかったからもうやめろ、頭下げられるとか気持ち悪いし、妹にそんな事いわれるとむず痒い」
「じゃあ!」
「漆討伐。これができればチームに加わる。ただし、漆に挑むのはあと一回だけだ。それでまた固まってたりしたら即抜ける」
「流石おにいちゃん、コマチ的にポイント高いっ」
「ええ、それでいいわ。ありがとう。本当に、ありがとう」
「ハチマン、次は今度こそ俺の役目を果たす」
「私も! ケガしたらそっこーなおすし!」
「お前の場合傷口広げそうだけどな」
「そんなことないもん! ね、ゆきのん!」
「それは…いいにくいわね。あとゆきのんではなく、ユキノよユイさん」
「ひどっ! なんかゆきのんって言いやすいというか、もうゆきのんはゆきのんというか」
「何を言っているのかしら…」
「とりあえず、だ。お前らが俺に期待して誘ってくれたのはいいが、求めてる火力。これはまだ補えてないことわかってるのか」
「ああ。やはり戦士はいる」
「ハヤトがヘイトをとって、漏れた漆の攻撃は俺が弾く。後方支援の狙撃と回復はいいとしても、肝心の攻め役がいない。俺が防御丸投げで攻めるなんてことはないし、あの体毛と肉を断つには火力が足りない」
「俺が聖騎士から戦士に変えるのはどうだろうか」
「時間と金と労力がかかる。そんな事している間にベテランが漆を狩るぞ」
とはいっても二ヶ月放置されているけどな。
「なら、勧誘するしかないわね」
「ああ。お前とユイ、コマチで勧誘すれば男の戦士ならいくらでも釣れるだろ」
「キモ…」
「事実を言ったまでだ」
「いや、仮にそうかもしれないが、戦士職は基本チーム所属、所属予定の奴が多い。勧誘って難しくないか?」
「そこでだ。一つ秘策を教えてやろう」
「秘策?」
「名付けて、類は友をよぶ作戦。いくぞ」
「はぁ? ちょ、ハチマン、どこいくのー!」
断れない国日本生まれよろしく、俺はまたも断ることはできなかった。だが、それでも悪い気持ちではない。
「ニッポンって、なんだ?」
頭の中でふと、何故か――という言葉引っ掛かるも、何を疑問に思ったのかすらもう忘れてしまう。やだ年かしら。
変な違和感を覚えつつも、俺は目的である――始まりの塔を目指して黙々と足を進めた。
大岡、戸部ファンの奴等すまんな、彼等は尊い犠牲になったのだ。