スタァライトを追いかけて   作:バキバキジロー

1 / 3




Ⅰ.Prelude

 

 

 

幕が上がる前のやわらかなアイボリーの照明と。

舞台袖から香るちょっとだけ埃っぽい匂い。

 

10年前の私は、劇場の空気を吸うだけで。

いつもよりしゃんと胸を張ることができた。

 

舞台少女として、舞台の上に立っている時も。

観客として、お芝居を感激する時も。

 

若い頃―――。

この座席に座る9人と共に夢を追っていたあの頃は、

どんなに感情が高ぶっても、ここに来れば涙を流すことは絶対になかった。

 

どんな時も笑顔で、キラめいていた。

それなのに、スタァライトを演じて10年が経った大人の私は。

まだ緞帳が上がっていないのに、ぼろぼろと泣いてしまっている。

 

「華恋ちゃん、落ち着いた?」

ぽつぽつと涙を流していた私の背中をさすりながら、声掛けをしてくれたのは、ばなな。

若手舞台監督として軌道に乗ってきたばななは、外出するときにいつも被るようにしている帽子を脱ぎ、あの頃のままの笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう、ばなな」

「落ち着いてきたよ」

私は涙でびしょびしょになってしまったひかりちゃんとお揃いのハンカチを、

乾かす様にスカートの上に広げて乗せる。

 

「愛城さん、耳まで真っ赤よ。ほら、ちゃんと深呼吸して」

「最前列だと、きっと神楽さんに見られてしまうかもしれないのよ」

「この後の同窓会では、沢山泣いて構わないから」

そう声を掛けてくれたのは、すっかり大物舞台女優になったじゅんじゅん。

それぞれ両隣に座る私の背中をさする、ふたりの手が重なった。

そのふたつのあたたかさと優しさに、私はもっと泣いてしまいそうになった。

 

「ばなな、じゅんじゅん……」

「あのね。ひかりちゃんが、ひかりちゃんが……」

2年前のあの日もそうだった。

学生時代はふたりで舞台を作り、そして同じ就職先で働いたふたりには。

何度も何度も支えられた。

 

私が背中を丸めて座席に座っていると、つむじのあたりを誰かが触ってきた。

その手の主が誰かわからず、驚いて振り返ると。

 

「華恋ちゃん、ひかりちゃんの舞台、見届けてあげてね」

「神楽はん、きっとキラめいているから」

「おう!香子の言うとおりだぞ!華恋」

まひるちゃん、香子ちゃん、双葉ちゃんの3人。

週一回会っているまひるちゃんの笑顔は、今までよりももっと澄み渡って見えて。

香子ちゃんは、学生時代より色っぽくなって、美人さんになった。

双葉ちゃんは、今までよりも凛々しく、しゃきっとして見える。

 

「愛城華恋。神楽さんの音色を、心に刻むのよ」

「華恋! いつまでもめそめそしてないで元気出しなさい」

「そろそろ幕が上がるから」

天堂さんと、クロちゃんも後ろの座席から声を掛けてくれた。

私は、大きなテレビで見る天堂さんより生で見る天堂さんが纏うオーラが好き。

クロちゃんは先週海外のファッションショーから帰ってきたみたいで、

おしゃれなインポートの服に身を包んでいて、とても似合っている。

 

9人は、『スタァライト』を演じ終わっても。

それぞれの進化したキラめきを放ち続けている。

 

それはきっと、私もひかりちゃんも同じはず。

今日は舞台の上に立つひかりちゃんのキラめきを心に焼き付ける。

そのキラめきから、たくさんの勇気をもらって。

再びひかりちゃんと離れ離れになってしまった私も、これからもずっとキラめき続けられるように。

 

『まもなく開演いたします』

アナウンスが流れて、照明が少しずつ絞られていく。

私を励ましてくれたみんなは、舞台に立っていた時と変わらない足音を立てて座席に戻る。

 

私はじゅんじゅんに言われたように、そっと深呼吸して。

背もたれに向かって背筋を伸ばし、まっすぐ座る。

 

緞帳が上がって、私たちは。

幕の向こう側のひかりちゃんに出会う。

 

 

ずっと待ちわびていた、ひかりちゃんの『命の舞台』が。

そして、ばらばらになった私たちが再び出会い。

共にキラめきを追いかける日々が始まる。

 

 

 






3か月程度で全編完結を見込んでおります。
長きに渡る連載になりますが、どうぞよろしくお願いいたします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。