私達、聖翔音楽学園99期生はこの春に卒業しました。
在学中は、ただ目の前の舞台を作り上げることに必死で、
それぞれの進路のことなんて何も考えてなかったけれど……。
「何も考えてなかったのは、華恋はんだけじゃないどす?」
「わあっ、香子ちゃん!?」
私の背中をどついていたのは、今晩京都に帰ってしまう香子ちゃん。
驚いた私の顔を見て、にんまりと笑っている。
「100回目のスタァライトを演じたあたりからみんななんとなく考えとったんよ?」
「女優、アイドル、今時は声優さんもええなーって。うちは何でもできるからなあ」
「だけどな?華恋はんとひかりはんに出会ってから、生まれてはじめて観たお芝居のことを思い出したんや」
香子ちゃんのご両親は、日本舞踊の家元。
小さいころから芸事を習い、そして触れて。その才能を培ってきたそうだ。
「うちが3つのお祝いの時にな、おかあはんの舞台を見たことを思い出したんや」
「でも、お家を継ぐことはあまりにもありふれてつまらないと思わへん?」
「叔父はんが観光地を運営しとるから、そこの時代村に採用してもろうた」
「これでうちは毎日お姫様やで~。お客様の心をばっきゅんしてはるぞ」
香子ちゃんが私を目掛けて手で作った銃で、ばっきゅん、とすると。
その桜色の銃口を双葉ちゃんが両手で塞ぐ。
「もうこれで香子とはばらばらになると思って、採用先を言わなかったんだ」
「東京ではこういった時代村は少ないから、もう京都に戻ってもいいかな?と思ってた」
「殺人のスキルを活かせるお芝居がしたくて、探してみたら香子と同じところが見つかった」
「で、面接の後に採用した香子の叔父さんに気に入れられて、採用されちまった」
香子ちゃんと双葉ちゃんは両手を重ねあって、見つめあいながら話を続ける。
「うちらほんま腐れ縁やな?」
「華恋と神楽は、再び出会ったことを『運命』って言っていたけど」
「あたしたちがこうやって離れられないのも、『運命』なのかもしれないな」
何言ってるのよ、と言わんばかりに驚いた後、ふんわりと女の子らしく笑う香子ちゃん。
きっと私たちと離れ離れになるこの日から10年、20年経っても。
このふたりはこうして笑いあっているだろう。
「腐れ縁といえば、私たちもよね?」
「何ですか?クロディーヌ」
クロちゃんと天堂さんは、まさかの二人での主演舞台。
1年生の時のスタァライトが海外のお偉いさんの目に留まり、高い演技力と語学堪能なふたりを主演に選んだそう。
「ふたりそろって、世界を股に掛けるすごいことしているのにさ」
「腐れ縁って言い方はなんだか面白いよね」
私が大声を出して笑っていると、ひかりちゃんも隣でくすくす、と笑っている。
そのひかりちゃんの姿を見て、まひるちゃんもつられて笑って。
「私たちの次の舞台は、海の向こうよ。クロディーヌ」
「そうよ! 今度こそは絶対に負けないからね?」
相変わらずふたりのまなざしの奥には、燃え盛るような炎が宿っている。
その炎の勢いはどちらも情熱が十分に感じられる。
かといって、お互いを消しあうようなものでなく、どこかあったかく包み込むようにも見える。
今私の目に見えているものが、ふたりが3年間培ってきた絆だと感じさせられる。
香子ちゃん・双葉ちゃんは新幹線のホームへ。
クロちゃん・天堂さんは空港方面の私鉄へ。
「また会いに来るどす」
「またな!元気にしてろよ」
「みなさん、ご機嫌よう」
「
駅構内の広場から4人が一斉に散らばって、私達5人に全員に手を振った。
舞台少女は、この春にそれぞれの居場所へ旅立ちます。
『 もっと大きく進化して、また同じ舞台に立ちたい!』という希望をのせて。
▽▽▽
「二度と会えなくなっちゃう気がするから、さよならって言わなかった」
「私もそうよ、なな」
卒業しても出会った時と変わらずに、歩くとばななのツインテールが揺れる。
じゅんじゅんも、ばななの歩幅に合わせて私達三人の一歩先を歩く。
「きっとまた明日起きた時、いつもみたいに『稽古にいかなくちゃ!』って飛び起きちゃいそう」
「私もこれからは春休みに入るから、もう少しゆっくり起きてもいいのに、いつもと同じ時間に起きそう」
「純那ちゃんは絶対そうだよね、もうちょっとお寝坊してもいいんだよ?」
ばななはいつも純那ちゃんとお話しするときは、彼女の背に合わせて少し屈む。
そんなばななの優しさを、いつも純那ちゃんは大切に思っているだろう。
「そういえばね、華恋ちゃん、ひかりちゃん」
「私の幼馴染で青嵐のすずちゃんのこと、覚えてる?」
私とひかりちゃんの間を歩いているまひるちゃんは、私達二人に突然言った。
「うん、覚えているよ」
「あの、髪が短くて目が印象的な子……」
ひかりちゃんが合同授業の時に。
まひるちゃんと一緒に戦っていたすずちゃんのことをすぐ思い出したようだ。
「大学が一緒みたいなの、この前のオリエンテーションで会った」
「私は教育学部だけど、すずちゃんは看護学部だって」
まひるちゃんは都内の女子大の教育学部に進むことになった。
私やひかりちゃんが、何度も何度もまひるちゃんのバトンを誉めたことがうれしかったみたいで。
『この輝きを、子供たちにも教えてあげたい!』と奮起して、受験勉強を頑張っていた。
まひるちゃんは大学を卒業したら、教育に演劇やダンス、バトンを取り入れ。
学校を通じて舞台に立つことの素晴らしさを教えたい、という強い志を抱いている。
「看護学部は実習が忙しいみたいなんだけど、
叶うのなら一緒にバトンを回したり、ダンスができたらいいなって」
「新入生歓迎会を一緒に回る約束をしたよ」
「華恋ちゃんやひかりちゃんと同じように、私達にも『運命』がめぐってきたみたいだよ」
そのまひるちゃんの笑顔は、今までのように苦しみやさみしさから生まれたようなものではなくて。未来に向けた希望で、私にはどこまでも輝いて見えた。
そして。
私、ひかりちゃん、ばなな、純那ちゃんは。
「スタァライト」とはまた別の「卒業公演」を演じた蒼天劇場のスタッフとして就職した。
ばななは、舞台監督を目指して舞台装置の仕組み、大道具小道具の勉強、公演に対するノウハウを現地で学ぶため。
あの時、みんなを包み込んでくれたばななのやさしい気持ちは、これからの舞台にも生かされていきそう。
じゅんじゅんは、芸能事務所に入りながら舞台女優として活躍しながら、生活を切り盛りしていくため。
大手の事務所に入ることもできるほどの実力を持っているのだけど、「自分自身をひとつのイメージに固まらせられるのが嫌」で、
「若いうちはさまざまな舞台経験を積みたいから」だそうで。
なんとも頑張り屋さんのじゅんじゅんらしい選択。
私と、ひかりちゃんは。
実を言うと、もう一度「舞台」というものを改めて学びたいと思い、蒼天劇場に就職した。
恥ずかしい話だけれど、「スタァライト」というふたりにとって『運命の舞台』に立ったことで、ふたりの夢は叶ってしまって。
離れ離れになってしまった9人の卒業公演にもすがっていたいという気持ちもある。
年齢はあんまり関係なくて、完全に実力主義のお芝居の世界。
まだまだ若いのだから、ふたりで色んなものを磨き上げ、新しい目標を見つけていけばいいと。
だけど、就職したことでひとつだけ叶えられた夢があります。
『ひかりちゃんと一緒に暮らすこと』。
ずっとそばにいてほしかったひかりちゃんと、これからずっと一緒にいれること。
トップスタァになれたことと、その夢が叶ったことだけで。
私はしばらくお腹いっぱいなのかもしれない。
「あ!私とひかりちゃんはこっちだ」
「そかそか!今度また遊びに来てね、華恋ちゃんもひかりちゃんも」
「真っ暗だから、気を付けて帰るのよー」
「帰ってきたら、ふたりのおうちにも泊まりに行くねー!」
じゅんじゅんとまひるちゃんは、ばななの新居に泊まるらしい。
本当はまひるちゃんの作った朝ごはんが食べたくて、うちに泊まってほしかったけど。
明日のお昼には地元の北海道に帰ってしまうようなので、空港まで直通のバス停が近くにあるばななのお家に泊まるそう。
「ばいばーい!また遊ぼうねー!!」
「……ばいばい」
私たちは大きく手をぶんぶん振って、大きな交差点に進む3人を見送った。
その後、私とひかりちゃんは息が合ったようにきゅっと手をつないで。
電灯がぼんやりと光る家路をとぼとぼと歩いた。
▽▽▽
「ひかりちゃん」
3月と言えど、まだ気温は冬に近い寒さ。
冷たい夜の空気の中で、ひかりちゃんの手のぬくもりがぽかぽかとあったかくて。
「何?華恋」
ひかりちゃんはわざわざ立ち止まって私の話を聞こうとする。
そんなひかりちゃんが愛おしくて、思わず私は、ひかりちゃんの顔をしっかり見てこう言った。
「……しあわせだねっ」
「ばかっ、バッ華恋」
小さな頃から変わらない、いつもと同じあの返事。
その手はしっかりと握ったままで、歩幅を揃えて夜道を歩き続ける。
ふと通り抜けた公園の脇を見上げると、桜の木に小さなつぼみがついていました。
今年もひかりちゃんと一緒に桜を見ることができる。
そんな他愛もない幸せを心に抱きしめた、春の夜でした。
今のところ、しばらくこのようなほのぼの展開が続きますが。
いきなり言葉にできないような悲劇がはじまります。
ジェットコースターのような物語でもよろしければ、どうかお付き合いください。