電脳の世界にて、悪狼は嗤う   作:コズミック変質者

2 / 2
第2話

「ん〜。久々の外の空気は美味しいねぇ。数百年ぶりに出てきたけど、文明はあんまり発達しているようには見えないね」

 

塔から外に出た少年は大きく伸びをして周りを見る。見える範囲にあるのは貴族の屋敷、民家。やはり整合騎士の住処ということで、畑などといった風景を濁らせるものは一向に見えない。

 

「拠点は、多分あっちかな?」

 

目を向けた方には常人よりも強い魂がほんの少しだけ存在している。ただ単に有象無象が多すぎて埋もれているだけ、と判断。直ぐに目的地をその場所に決めて移動しようと決意する。

 

「歩く、のは時間かかるか。たかが移動程度にアレを使うこともなしい。そうだね、走ろうか」

 

そう言うと少年の姿が掻き消える。瞬間移動、と思わせるような速度で走ったのだ。少年が走った場所の地面は少しだけ抉れている。ただ早く走っただけで、地面を抉るなど、尋常ではない。

 

否。アドミニストレータを劣等と称し、封印され続けていた少年が尋常であるはずがないのだ。むしろ、これこそ少年にとっての普通だ。

常識に囚われないからこそ、彼は最悪の騎士なのだ。

 

 

———————————————————————————————

 

 

ソルティリーナ・セルルトは拠点から少し離れたところで剣を振るっていた。彼女はダークテリトリー軍に対抗するために集まった義勇兵の一人であり、極めて優秀な剣士である。

何故離れたところで剣を振っているのか。それは彼女が剣だけではなく、短剣や鞭などといった、様々な武器を扱うセルルト流を修めているからである。

本来であれば、彼女のような貴族が修める剣術は正統剣術であるハイ・ノルキア流なのだが、ソルティリーナはかつて祖先が皇帝の不興を買ったせいで、ハイ・ノルキア流を修めることを禁止されたのだ。故に、セルルト家はセルルト流を生み出し、それを代々継承してきた。

 

「はっ、ふっ」

 

かつて修剣術学院にいた頃、ソルティリーナは周りから、歩く戦術総覧と呼ばれるほどの強者だった。修剣術学院ではその代の1位で卒業する程に。

 

鬼気迫る、といった表情だろう。いつダークテリトリーが攻めて来るか不安の最中。誰もが警戒している。無論、ソルティリーナも。敵を知らないからこそ、最大限にまで警戒する。

敵の体格、速度、筋力。あらゆる全てを頭の中で仮想しなければならない。使う武器が多いからこそ、誰よりも状況に適した武器を扱えるという、セルルト流の強みをどれだけ活かすことが出来るか。

 

「ハッ!」

 

締めに鞭が空を切る。凄まじい裂破の音と共にソルティリーナの手に鞭が収まる。額に流れる汗を、近くに置いてあったタオルで拭き取る。乱れる息を直ぐに整え、また修練に戻ろうとしたその時、ソルティリーナは自分に近づいてくる少年に気づいた。

 

「少年、ここは危ない。はやく家に戻りなさい」

 

いつ戦場になるか分からない拠点近く。集まったのは修剣術学院の生徒達や腕のたつ武芸者、そして整合騎士達のいる場所に、こんな少年がいるにはあまりにも場違い。大方、人が大勢いるのを見てに迷い込んだのだろうと判断し、早く帰るように促した。

 

「うーん、僕は別に迷ってるわけじゃないんだけどな〜。ちょっと人探しに来たんだよ。ここにいると思うんだけどね」

 

「人探し?」

 

集まった義勇軍の中に父、もしくは兄弟でもいるのだろうか。戦場で死ぬかもしれない親しい人に最後になるかもしれない言葉でも伝えたいのだろうか。

 

「ねぇ、整合騎士がいる所ってどこか分かるかい?」

 

今どき珍しい少年だと思った。整合騎士は畏敬の念から、整合騎士様、と呼ばれるのが常。なにせ彼らは時にダークテリトリーと戦い続け、時に禁忌教典を犯した罪人を連れていく役目を持っているからだ。

 

「整合騎士様達がいるのはあそこだが・・・。

———っ!?」

 

そう言って拠点の中央付近を指差す。しかし何故この少年は整合騎士様に会いに行こうとしているのか。その疑問を持った瞬間、ソルティリーナは強烈な殺意に見舞われた。

殺意に反応し、持っていた鞭と剣を抜いた時にはもう遅い。ソルティリーナは腹部にまるで棍棒を振り当てられたような衝撃を受け、10m以上吹き飛ばされ、転がる。

 

「な———ガァッ・・・!!」

 

何が、と言おうとしたら、腹部にまた衝撃が走った。痛みで鈍る脳に必死に命令し、瞳を開けてみればソルティリーナの腹部を少年が足で踏んでいる。

少年は獰猛な笑を浮かべながら、その美しい隻眼でソルティリーナを見下ろす。その冷たい瞳にドロドロとしたものを見たソルティリーナは恐怖を隠せなくなる。今まで感じたことの無い、巨大すぎるほどの殺意。

平和と呼べていたこの世界に存在しなかった、極大の悪意。

 

「整合騎士の居場所を教えてくれたお礼に、君は殺さないであげるよ。まぁ、そもそもの僕の目的に、君達みたいな木っ端は含まれてすらいないんだけどね」

 

「なん・・・だ・・・お前・・・は?」

 

「何だ、なんてまるで物みたいな言い方だね。いいよ、特別に名乗ってあげる。僕はウォルフガング・シュライバー・フローズヴィトニル。かつて白騎士(アルベド)と名付けられた者。

そして僕は、

 

 

君達が整合騎士と呼ぶ存在のプロトタイプ、要は原初の整合騎士さ」

 

少年が言いきり、バカな!と叫びたくなる。原初の整合騎士?ありえない。認めたくない。口に出そうにも、言葉は出ない。膨大な痛みがシュライバーの手によって送られ、脳がエラーを起こし、ソルティリーナは意識を落とした。

 

 

————————————————————————————————

 

 

「あーあ、落ちちゃった。相変わらず弱っちいなぁ人間って」

 

たおれるソルティリーナを足蹴にしながら、シュライバーは鼻歌交じりに拠点を見る。何人増えているのだろうか。あの劣等は何人増やしたのだろうか。シュライバーが知っている整合騎士は一人だけ。というのもシュライバーは400年前にプロトタイプの整合騎士として見出されたが、一人目の完璧な整合騎士が現れて少し経つと封印された。

整合騎士一人だけで、ダークテリトリーからの侵攻を防げるはずはない。必ず何人かはいる。実際封印されている整合騎士は何人か見た。

 

「統率者としてベルクーリ君はいるだろうね。あとは二番とかもいるのかな?あぁいいねぇ。とっても楽しくなってきたよ」

 

その貌が浮かべるのは狂人の笑み。殺戮を繰り返し続けた獣である。血を被り臓物を千切り四肢を捥ぎ命を刈り取ることに幸福を感じる破綻者。凡そ人の領域にいない殺戮の獣。

 

「あ、でももしかしたら劣等を殺した奴にも会えるかもしれないよね」

 

狂人の興味の矛先は、アドミニストレータを倒しシュライバーを世に解き放った存在へと向けられた。その人間はどんな人間なんだろうか。アドミニストレータの所業に憤慨して自分の正義を信じて立ち向かったのだろうか。そうであれば最高だ。何せアドミニストレータを倒したせいで、殺戮の獣を檻から出して首輪を外したのだから。

その事を教えてやりたい。教えながらソイツの大切な存在を鏖殺して轍にしてあげたい。

 

「でもそれはメインだから、まずは前菜からだよねー」

 

幸運なことに前菜は腐るほどある。目下にある拠点に集った義勇兵。壁の向こうに呪詛を吐き出しながら跋扈する畜生の群れ。後ろにある街を襲ってもいい。正義も信念も矜持も持たない純粋な殺意の人型は、殺せるのならばなんだっていい。力のない女子供を父親の前で轢き殺し、その臓物を喰わせてもいい。凡そ通常の人間の思考では想像することさえできない残虐性。

 

命を散らせる瞬間こそが、自らが生きている至福の時間。

彼はその狂気とは裏腹に、可愛らしく微笑みながら動き出す。

 

 

————————————————————————————————

 

 

「嬢ちゃんが来てくれたとはいえ、戦力は磐石とは言い難いな・・・」

 

人界軍のキャンプ地の真ん中に設置されている、他のキャンプとは程度が違うと言えるほどの装飾が施されたキャンプ。その中で顰めっ面をしながら思案に耽けるのは1番目に造られた真っ当な整合騎士であり、整合騎士達を取り纏める団長である、ベルクーリ・シンセシス・ワン。現時点における人界軍の中で、文句なしに最強の称号を与えられた騎士である。

 

「せめて坊主の意識が確かならよかったのだが・・・」

 

アリス、とはアリス・シンセシス・サーティーであり、一番最後の名が示すとおり30番目の整合騎士である。彼女は坊主———アドミニストレータを打ち破った剣士キリトの療養のために、整合騎士を離れていた。二度とその役に付かないつもりで。

アリスは実質的には整合騎士の反逆者である。表向きには人界の秩序を守っていたアドミニストレータと敵対するキリトに力を貸し、実際に彼女を倒してしまった。いや、アドミニストレータの行った数多の外道行為を鑑みれば、誰も彼女を責めることはない。それでも彼女は自らの裏切ったという事実から、整合騎士という役目を降りた。

そんな彼女が戻ってきた。心の壊れた空虚な剣士を連れて。

 

ベルクーリはキリトと直接対峙したことは無い。彼の反逆の際、ベルクーリを打ち倒したのはキリトの親友であり、死亡したユージオという少年である。だがデュソルバートなどの話を聞く限りでは、正しく心が壊れたというのが正しい。簡単な受け答えさえ出来ない、己の剣と折れた相棒の剣に縋るその姿は、長き時を生きるベルクーリからしても痛々しいものだった。

 

「もしもの話などいつまでもしてられないな」

 

敵の進行は目の前である。壁の天命が尽きればその瞬間には戦争の開始。要らぬ思考をしては死ななくていい者まで死んでしまう。

 

「他の整合騎士達の目覚めが一人でも多ければいいが・・・。いや、待て・・・」

 

記憶の調整のために眠り続ける整合騎士と、そんな彼らを調整するアドミニストレータとポチョムキンは死んだ。そう、彼らは死んだのだ。ならば、セントラル・カセドラルにアドミニストレータの力で封印を施されていた、あの男はどうなる。

 

「まずい・・・!」

 

何の拍子で封印が解けるか分からない。そして封印が解けて、あの男が解放されてしまえば結果など火を見るより明らかである。ダークテリトリーは殺し尽くされる。どんな種族の子供だろうが一つ残らず刈り取られる。そして人界軍も、あの男を討ち取るまで永遠に虐殺が続く。

 

すぐに愛竜に乗ってカセドラルに戻らなければ。ここを放り出してでも止めなければならない。軍の将としては絶対にやっては行けない行為。ともすれば敵前逃亡と見られ、一瞬で人界軍が崩壊する可能性さえもある行為を、憚りもなく行おうとする。それは絶対的な恐怖からくるもの。人界軍ではなく、たった一人の整合騎士に対しての。

 

「団長?!どうなさいました?!」

 

「緊急だ!!オレは一度カセドラルに———」

 

愛剣をもってテントを壊す勢いで飛び出す。周りの者はギョッとする。それは彼と親しい整合騎士でさえも、その見た事も無い形相に。そんな彼らを置いてベルクーリは一直線に愛竜の場所へ駆けていこうとする。

 

「やっ」

 

彼はもう、そこにいた。まるで長年の友人のように、軽く手を上げる人型が。

 

「嘘だろ・・・そんな・・・」

 

気づいた頃には全てが手遅れだったのだ。もう最悪は目覚めていた。狂気は解放されていた。今度はアドミニストレータという絶対的な鎖はなく、野に解き放たれていた。

 

「おじさま?」

 

ベルクーリをおじさまと慕う、彼を連れてきた黄金の少女アリスは、かたまるベルクーリの様子に首を傾げる。なんだなんだと周りの者達が気になって彼らを囲む。

 

「なんで、アンタが・・・」

 

「なんでって、酷いなーベルクーリ君は。そんなのあの劣等が死んだからに決まってるじゃん。全く酷いことをしてくれたよね。まさか約400年も封印されてるんだなんて。おかげで体が訛って仕方がないよ」

 

無邪気に笑う。狂気は目の前にいる。ベルクーリは愛剣を構えることすら出来ず、睨むことさえもできない。湧き上がるのは圧倒的な恐怖。400年前、彼が封印される前に行われた自分と彼の決闘の際に刻み込まれた敗北という名の死。

 

「えっと、君はおじさまと御知り合いなのですか?」

 

アリスからすれば、彼はたまたま迷い込んできた所を見つけた子供である。ただ一つ、人を探していると可愛らしく言ってきたので、親心のようにここまで連れてきて人探しを手伝っていたが、その相手がベルクーリだとは全く思っていなかった。

 

「うん、そうだよ。あとごめんね、嘘ついちゃって」

 

「え?」

 

「アリス———!!」

 

にこやかに笑顔をアリスに送った次の瞬間、まるで真逆のように溢れ出てくる極大の殺気。殺気に気づいて剣を手にした時にはもう遅い。アリスの眼前にはもう、ソレが突き付けられていた。

ソレに気づいた瞬間、アリスの前に見慣れた青い背中が現れた。

小さな爆発音のような音が連続する。神聖術の心得がある者は何らかの術の公使と思うかもしれないが、全く違う。ソレはこの世界の外側にあるはずの武具。剣や槍で戦う戦争の概念を覆した、子供でも誰でも人を殺せる道具である。

 

その名は拳銃。火薬を爆発させて中の鉛の弾を超速で射出して敵を穿つ最速最短の武器。

 

放たれた弾丸はアリスに届く前に、現れた青に叩き切られる。圧倒的な弾速に対して繰り出されるのは圧倒的な剣速。縦横無尽に振るわれる剣は、全ての弾丸を叩き切る。

 

「くっ、相変わらず出鱈目だ!」

 

「その出鱈目を君は他人を庇いながら乗り越えたけどね。僕からしたら大概だよ、君も」

 

冷や汗を流すベルクーリとは対照的に、軽い笑みを彼は浮かべる。この程度、彼にとっては小手調べに過ぎなかった。例えアリスを簡単に殺しきる威力だとしても。

 

「問題はそこの整合騎士、アリスだよねー。さっきの行動に対して動きが遅すぎるよ。期待外れもいい所だね。僕からしてみれば殺してみてくださいって言ってるかと思ったよ。落ちたものだね、整合騎士も」

 

「貴方は・・・一体・・・」

 

戸惑うアリスに、彼は笑う。先程までの可愛らしく人当たりのいい笑みではなく、残虐性と、狂気に溢れた狂人の貌を、この場にいる全てに晒す。

 

「シュライバー。ウォルフガング・シュライバー・フローズヴィトニル。ああ、君達にはこっちで名乗った方がいいかな。

 

シュライバー・シンセシス・プロトゼロ。君達整合騎士の大先輩だよ。そこのベルクーリ君よりもね」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。