いつか君と共に   作:カキツバタ

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はじめまして。
クリプターに関しては現状判る範囲からキャラ付けをしてます。
一話から一万字は自分でも驚きました。
ではどうぞ。


prologue1

───その日は、雨が降っていた。

 

空は冷たい鉛のように重く、その肩を濡らしていく。気がつけば全身が濡れ衣のようにずぶ濡れだった。

酷く冷たくなった身体はそれでも休むことなく歩みを進め、いつの間にやら喧騒溢れる地へ足を踏み入れていた。

すでに夕暮れ時。生憎の天気だがそれでも人の波というものは変わることはない。

帰宅ラッシュで溢れる人々を眺めていると、途端に漠然とした不安を感じる。

 

────早く、帰らないと。

 

そうやって歩きだそうと重い脚を動かした、その時のことであった。

 

 

此処から、運命の歯車は動き出したのだ

 

 

 

 

 

 

 

prologue1

とりとめのない日常 2015年7月28日

 

 

 

 

 

 

 

「…………んっ…」

 

重い瞼を開き、眠気を訴える身体をなんとか起きあがらせる。どうやらまた寝付きが悪かったらしい。そんな重い倦怠感を振り払うように大きく伸びをして、壁に丁寧に掛けられた制服を着る。時計を見るとどうやら朝食まではまだ些か余裕があるらしい。大方の場所は把握したところだったがこのまま部屋で何もしないのも躊躇われたのでとりあえず部屋を出て出歩くことにした。

 

 

#

 

 

 

「あら、おはよう立花。今日は早いのね」

 

廊下を歩いていると、後ろからそんな声が掛けられた。振り返るとそこには手を軽く振りながら此方へ歩いてくる男性(…?)がいた。

こんな時間に起きているのは徹夜で調整を続けている職員達だけだと思っていたのだが、と思わぬ遭遇に驚くがペペロンチーノさんだからと思えば案外得心してしまうのだから全くもって謎である。

そんなことを考えながらも手を振り返して言う

 

「おはようございます、ペペロンチーノさん。今日は少し早く起きたので」

 

すると、ペペロンチーノさんという言葉に反応したのか彼はまじまじと俺の顔を見てから、少し呆れたように首を傾げて言う

 

「私のことはペペでいいって言ったでしょ?寝付きが悪いならアロマとか良いわよ。まだ此処での生活に慣れていないんでしょうけど、リラックスすることは大切よ」

 

……正直驚いた。まさか見ただけで俺の不調がわかるとは。俺も心配されないようにと少しは気丈に振る舞ったつもりだったのだが。そんなにわかりやすかったのだろうか?

もしかしてエスパーか何かなのでは、とペペロンチーノさんに対しての謎が更に深まったのは言うまでもない。

 

「……わかりますか?」

 

「そんな顔してれば誰だってわかるわよ。貴方、いかにも眠そうですって感じよ?誤魔化したいのなら笑顔でいることね。笑顔って大切なのよ。たまには形から入ることも必要よ。笑顔で寝ると寝付きも良くなるらしいし。まず立花はその眠そうな仏頂面をどうにかすることね」

 

…そんな顔をしていたのか、と心の内で反省する。どうにも感情が顔に出やすいみたいだ。

 

「そうですね……ちょっと顔洗ってきます。ペペロン────ペペさん、はこの後どうするんですか?」

 

ペペロンチーノさん、と言いかけた途端、何処からともなく威圧感を察知した俺はすぐさま言い直した。ペペロンチーノさんもといペペさんはまぁ及第点かしらなどと呟いて言う、

 

「うーん、とりあえず軽く身体を動かしてから朝食にしてそれから技術班の人達とお話でもするかしら。召喚の準備はあっちでも進めてるらしいから」

 

「……そういえば、あと3日ですね」

 

長い間カルデアにて準備を着実に進めていたレイシフトはとうとう3日後にまで迫っているのであった。

 

「ええ。私達はともかく此処の職員はみんな大忙しよ。この前も職員の子が『フフ、ブラックなんて生ぬるいよ。ベンタブラックだよ此処の忙しさは…………フフ…』なんて愚痴っていたわ」

 

……大丈夫だろうか?確かにみんなとても大変そうにしていたが。もはや気にすることの方が可笑しいレベルだが労働基準法に真っ向勝負を仕掛けてるよなと常々感じる。

 

「ペペさんは確かAチームでしたよね」

 

「えぇ、人理を護るために最前線に立ってこの世界を救うのが私達Aチームの使命」

 

人理を護る───何も知らない人からしたらただの戯れ言だとあしらわれるような言葉。しかしそこには何の脚色も存在しえなかった。

 

「といっても立花だってその使命を負っているではしょう?一般枠入りとはいえ人理守護の最前線でこそないけれどそこに限りなく近い戦線に貴方は立つのだから」

 

そう、ペペさんが選ばれしAチームのマスターであると同時に俺もまたマスター候補者の一人。そういう意味ではペペさん達と同じ使命を背負っている。しかし…

 

「いや……正直実感が無くて。別に世界を救うために此処に来た訳でもないというか」

 

「あら、そうなの?…でも気を付けなさい。それなりの意志と覚悟をもってレイシフトに挑まないと足元を掬われるわよ。……ま、Aチームはみんな変わってるけど人理を救うマスターとしては優秀な子ばかりだからきっと大丈夫よ。貴方にまでその任が回ってくることは無いわ」

 

本当に俺を気遣ってくれるペペさんに感謝しつつ、そんなペペさんが断言できるほどのAチームの優秀さに感嘆を覚える。確かに全員何度か出会ったが、纏うものが他と違ったというか…初めて出会った時から己の意志を確固として持っているという感じだった。一人を除いてだが。

 

「……そういえば、なんでわざわざ一般枠なんて作ったんですかね?それだけ優秀なAチームがいれば、魔術師ならともかく一般人まで登用する必要ってないんじゃ……?」

 

ふと、思った疑問を口に出してみる

 

「なんでもドクター・ロマンの発案だそうよ。一般人を敢えて参加させることで問題に行き詰まった時に新たな見方が可能かもしれないとかなんとか」

 

「ドクターが…」

 

「確かに備蓄が無駄だとか反対意見も結構出ていたらしいけどね。レフさんがドクターを擁護したことで所長も折れて決まったらしいわよ。私は良かったと思うわ。こうして立花とも出会えた訳だし」

 

そう言って微笑むペペさんに、此方も口を開く

 

「そうですね。俺もペペさん達と会えて良かったです」

 

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。貴方もしかして天然たらし?」

 

「?」

 

「これは重症ね……紳士的なのは良いけれど、誰にでもそんな風に接しては駄目よ。ここでの色恋沙汰は茨の路よ?」

 

俺がいまいち理解出来ないでいると、半ば呆れ気味にペペさんは言った

 

「は、はい。気を付けます…?」

 

「じゃあ私はここで。またね立花」

 

「はい。じゃあまた」

 

そうしてペペさんは踵を返して奥へと歩き始め、俺もまた有言実行のために自室へと戻った

 

#

 

カルデアの食堂はビュッフェ形式だった。何でもこの人数だと一人一人注文を聞くよりもこっちの方が早く、楽に済むのだとか。俺は早速目の前の皿を取ろうとして…

 

「「あ……」」

 

一人の少女とかち合ってしまった。

 

「…あの、どうぞ。俺は大丈夫です」

 

「え……でも…」

 

互いに一歩も引かずに譲り合う。そんなところに無遠慮に伸ばされる手があった。

 

「…貰ってくわよ」

 

そういって呆れたような、冷たい目を此方へ向けて俺達が譲り合っていた皿を取って行ってしまった

 

「「あ……」」

 

 

#

 

 

「さっきはすみません」

 

「いえ、こちらこそ。…貴女に取られるとは思わなかったけれど……」

 

俺が謝ると、律儀に返してくれた少女───オフェリアさんはなんとも言えない目を隣の芥さんに向ける。

一方の芥さんはそんなことは気にもしない様子で

 

「別に、私は食べたいものを取っただけ。というか、何故貴方達は私の隣で食べているの?」

 

と、言ってくる。その視線は暗に一人にしてと訴えていた。それにオフェリアさんが口を開いて

 

「それは……偶々此処しか開いて無かったから…」

 

「……勝手にすれば」

 

と、芥さんは素知らぬ顔をして食事を続ける

 

「…芥さんとオフェリアさんって同じAチームでしたよね?」

 

「……ふぅん。名前、覚えてたんだ」

 

芥さんが少し意外そうな顔を俺に向ける。オフェリアさんも似たような顔をしていた。全く心外だ。俺はそんなに覚えが悪そうな顔をしているのだろうか。…否定はしないが。

 

「何度か話せばそりゃ覚えますよ。それに、こういうことはちゃんと覚えておきたいんです。相手に忘れられるってきっと辛いことだと思うんで」

 

「そう……ごちそうさま。私は部屋に戻るから。じゃあね、オフェリア、立花」

 

そういって颯々と立ち去っていく芥さん。

 

「行っちゃいましたね」

 

「彼女はそういう人だから……えっと、立花さんって確か一般枠でしたよね?」

 

オフェリアさんからの問いに俺は頷く

 

「はい。偶然誘われたもので」

 

「そう…偶然に、というと貴方は……」

 

「俺は魔術師じゃないんです。魔術の話も誘われた時に初めてされたんですよ」

 

そう、俺は全くといっていいほど魔術を知らないままで此処へやって来たのだ。我ながらよく来れたと思う。

 

「そう………それは、少し────」

 

「?何か言いました?」

 

「……いえ。しかしそれなら此処に来たときには随分と驚いたのでは?」

 

オフェリアさんの言葉に頷く。此処では全てが新鮮だったのだ。

 

「確かに召喚とかレイシフトの話をされた時は訳がわからなかったです。今でもいまいち理解出来てないんですけど」

 

「あ……それなら────」

 

そういって何か思い付いた様子のオフェリアさんは手元の鞄を探り

 

「…あった。これ」

 

そういって俺に一冊の古めかしい本を渡した。

 

「これって……召喚についての魔術本?」

 

その言葉にオフェリアさんは頷く

 

「そう。私は元々降霊科にいたから、召喚については詳しい方なの」

 

「でも魔術本って高いんですよね。受け取れないですよ」

 

そういって本を返そうとする俺にオフェリアさんは

 

「私はもう覚えたから、気にしないで。これを読めば少しは召喚について解ると思う」

 

確かに、自分の無知さは正直どうにかしたい問題の一つだ。カルデアの大事な中枢を担う召喚についてわかるというのなら、読んでみる価値は十分にあるだろう

 

「…じゃあ、お言葉に甘えて借ります。でも、読み終わったらちゃんと返しますから」

 

「別に返さなくても……」

 

「ダメです」

 

そこは俺が譲れない。借りたものは返す。これが基本だとどこかのドクターに言ってやりたい。

 

「……わかったから。その…そんなに近づかれると……」

 

「あっ、すみません」

 

つい前のめりになってしまったようだった。慌てて態勢を元に戻す。

 

「いえ……でも時間かかると思うけど…」

 

「?」

 

「それ、フィンランド語で書かれてるから」

 

「え゛」

 

おそるおそるその本を開いてみると……見事に知らない言語で埋めつくされていた。

 

「……オフェリアさんって北欧出身なんですか?」

 

「母が古くからの北欧の血を受け継いでいるの。だから北欧の魔導書とかも持っていたから、必然的に覚えただけ」

 

数ぺージをパラパラとめくり、なにか知っている単語を見つけようと躍起になったが、なかなか見つからない。これは時間がかかりそうだ

 

「うーん。でも、正直さっぱりです」

 

「……やっぱり、召喚についてならその本じゃなくて別の…」

 

「いえ!借りて早々返す訳にもいかないから、とりあえず頑張ってみます!」

 

「そう…………そ、その……それなら……」

 

まずは資料室にいって辞書を借りて、それで引きながらやってみるかなどと考えていると、オフェリアさんが何かを口ごもっていた。不思議そうにそれを見ていると、オフェリアさんが口を開いた

 

「……いえ。それよりも貴方は確か日本出身よね?」

 

「あ、はい。一応は」

 

さっきは何を言おうとしたのだろうか。気にはなったが訊くのは躊躇われたのでオフェリアさんの質問に答える。

 

「じゃあ2004年に日本の地方都市で何か起こったことってわかる?」

 

「うーん…いや、覚えてないです」

 

「それもそうね。貴方の年齢だと5、6歳の頃だし」

 

俺の答えにオフェリアさんはそれも当然か、と納得していた様子だった。しかし、 2004年……?11年も前のことを何故訊くのはだろうか?

 

「2004年に何かあったんですか?」

 

「?知らないの?…そうね。座標が確定したのは割と最近だし、Aチームはまだしも一般枠の彼なら知らなくても可笑しくはないのかしら」

 

そうオフェリアさんが呟く。話を聞きたくて口を開こうとしたところ、オフェリアさんは誰かと何やら話している様子だった。

 

「はい……わかりました。…ごめんね。私も用事が出来たから。じゃあ…頑張ってね」

 

「はい。ありがとうございます、オフェリアさん」

 

結局さっきの話は訊けず仕舞いだったが、とりあえず召喚の本でも読んでみるか、と思い直した。

 

 

#

 

 

 

 

あれから数時間後、ドクターに呼び出されたので医務室へ向かおうとすると、何処からか話し声が耳に入ってきた。

 

「────とりあえず、魔術協会の奴等には召喚魔術の大規模演習とでも誤魔化しておくか」

 

「でもそれって怪しまれないですか?変に疑われて本腰を入れられたらこっちはたまったもんじゃないですよ?」

 

「だからこそだよ。嘘ってのは真実を交ぜるとそこに途端に信憑性が出てくる。実際今回のレイシフトで規格外の召喚魔術のデータが出てくるのは間違いないんだから、協会にはそこのほんの一部のデータを提供すれば文句は言われないだろ。それだけでも魔術演習にしてはとんでもない成果な訳だし」

 

「じゃあそっちは良いですけど、こっちの大量の医療品の奴はどうします?」

 

「数は誤魔化しが効くとして……そこら辺はレフさんに訊いてみるか」

 

「そうですね」

 

「ムニエル?」

 

「じゃあこっちは………って立花!?何でこんなところに?此処は今最終調整を前に準備中の魔界だぞ?」

 

俺が話しかけると、その男性職員────ムニエルは驚いた様子でこちらを見ていた。

 

「魔界って……いや、否定しませんけどね…」

 

隣ではムニエルの後輩のエクトルさんが溜息をついていた。俺はムニエルと此処の中では割りと付き合いが長い方だ。今では気兼ねなく話せる人の一人になっている。

 

「俺はこの後ドクターに呼ばれてるんで」

 

「あぁ、なるほど。しかしドクターも大変そうだな」

 

「医療システムの確認とかもしないとですしね」

 

そう言って頷く二人。ムニエルは溜息をついて言う

 

「はぁ……大体、俺はコフィン担当なのに何で事後処理の方も手伝わないといけないんだよ!」

 

「それは先輩がこの前の『プロジェクト直前!みんなで騒いで次の日から頑張ろうの会』の時に間違えて事後処理担当のクラリス先輩の大事にしてた酒を飲んじゃったから……」

 

あぁ、それはやらかしてるな。というか何だその会のネーミング。ドクターが付けたのか?

 

「あいつも酒を飲まれたからって怒りすぎなんだよ…お陰でもうクタクタだ…」

 

「……まぁ…自業自得、かな……?」

 

「なっ……り、立花!?お前まで俺が悪いと言うのか!?」

 

と、驚愕の顔で俺を見てくるムニエル。

 

「いや、この時期に更に仕事を増やすのは鬼畜以外の何者でもないとは流石に俺も思うけど。だって、此処での楽しみなんて早々ないし。クラリスさんの唯一の楽しみがそれだったならよりにもよってプロジェクト前最後のチャンスにその楽しみを取られて怒るのも無理はないかなって」

 

すると横からエクトルさんがフォローを入れてくれた

 

「それに実際、何人か職員も倒れそうになってて別に担当以外の仕事も任せられるのなんてよくあることじゃないですか。まだ事後処理なだけマシですよ。これがレイシフトシステムとかだと考えたら……」

 

その言葉に何を想像したのか、ムニエルは心底嫌そうな顔をして

 

「それは……寒気がするな」

 

げんなりとした二人を見ていると、無力な自分が情けなく思えてきた

 

「なんか…すみません。ムニエル達がこんなに頑張ってるのに俺は何も出来なくて…」

 

「何言ってるんだよ。立花達マスターの仕事はこれからってだけだろ?むしろ立花達が命がけで戦ってるのを支えること位しか俺達には出来ないんだ」

 

「こほん……えっと、お話中のところすみませんが、こんなところで世間話とかしてたら技術2班の奴等に睨まれますよ先輩…」

 

エクトルさんの言葉にムニエルは周りをキョロキョロと見回し、

 

「げっ……悪いな立花、俺達仕事に戻るわ」

 

「あぁ、悪いな時間取らせちゃって。それじゃあ頑張ってくれ」

 

そう言って二人を激務をこなす二人を見送った。

 

 

#

 

 

「失礼します……ドクター…と、レフさんも?」

 

「あぁ、立花君!来てくれたんだね」

 

「やぁ、立花君。元気そうで何よりだよ」

 

医務室に入ると、二人が二者二様の挨拶をしてきた。

 

「はい。でも……どうして俺を呼んだんですか?今は忙しい時期だっていうのにドクターはまだしもレフさんまでわざわざ…」

 

「僕はまだしもってなんだい立花君!僕だって結構忙しいんだからね!」

 

………おととい、勝手に俺の部屋にやって来てマギ☆マリ見てたのは何処の誰かな…?、と言ってやりたい気分だったがあれは秘密だと約束してしまった。彼もまた忙しいから少し位は暇を、と思い承諾したのだが早速後悔することになってしまった。

 

「まぁ、ドクターが忙しいのは知ってるけど…」

 

「ハハハハ、立花君も随分とロマニに物を言うようになったね。此処での生活には慣れてきたかい?」

 

「はい、お蔭さまで。最初は右も左もわからなかったんですけど」

 

「そうそう、前は可愛げがあったんだよ。カルデアに来たばかりの時なんて魔術師達の中で一人怖がってしょっちゅう僕のところに……って痛い!痛い!ちょっ!?わかったから!ギブギブ!!」

 

俺が物凄い勢いで頬をつねったところ、効果はてきめんだったようだ。

 

「いててて……」

 

「それで、話を戻すとどうして俺を?」

 

隣のドクターはとりあえず無視して、改めてレフさんに向き直って訊く。

 

「あぁ。それなんだが……立花君は次のレイシフトの場所について何か聞いているかな?」

 

「あ……いえ、聞いてないです」

 

此処に来ておよそ一ヶ月程経つ。その中で魔術師について、魔術協会と聖堂教会について、レイシフトについて、そして召喚についてなど様々なことを怒涛のように学んでいったが実際のレイシフト先については何も知らなかったのだと今更のように思い至る。

 

「まあそうだね……正式発表するのは多分直前のミーティングで所長の口からになると思うし、知らなくても可笑しくはないんだけどね」

 

「えっと……確かオルガマリー所長でしたっけ……?」

 

「あぁ、オルガマリー・アニムスフィア。先代所長のお父さんからその任を引き継いだ人だ。彼女のお父さんは偉大な魔術師でね。レイシフトの中枢を担う召喚・喚起システムを構築したのは前所長なんだ」

 

(ほら、彼女だよ。しょっちゅうレフの後ろにくっついてる彼女)

 

そうロマンに言われて名前と実像が結び付いた。まともに会話をしたことは無いが、そうか彼女が所長だったのか。

当然のことながら所詮一般枠入りの俺が気安く所長に話しかけることも、所長から此方へ話しかけることも無かったので知らなかったが、想像以上に若い。俺よりもそこそこ年上といったところだろうか。どちらにしろ20代前半なのは間違いない。そんな彼女が人理を救う組織の長というのはやはり驚きが隠せない。

 

「…彼女のことは置いておいて。その、レイシフト先っていうのは…?」

 

「あぁ。これまではカルデアスに観測された特異点の場所は大体の位置しか掴めていなかったんだが、ようやく数日前に正確な場所と時代を特定出来たんだ」

 

レフさんの言葉を受け継ぐように、ドクターが口を開く

 

「そこは───2004年の冬木市」

 

「え?冬木って…」

 

「そう。日本にある地方都市の一つだ。あそこは魔術的にも優れた土地だと聞いているよ。君は奇跡的に日本で見つかったレイシフト適合者だ。日本人の君なら冬木市について何か知っているんじゃないかと思ってね」

 

「どうかな?立花君、冬木市について何か思い出せるようなことはあるかい?」

 

そう言って俺を見てくる二人。俺は暫く考えて、

 

「…………いえ。その、冬木市は知ってますし見たこともあるんですけど。特別どうとか言うことはちょっと思い出せないです。普通の市に見えましたけど……そういうのなら芥さんとかに訊いてみた方が良いと思いますよ。多分名前的に日本出身だと思うので」

 

「いや……芥さんにも訊いてみたんだけど反応が無かったものだから」

 

……なるほど。芥さんらしい反応だ。そうなるとますます自分が役に立たないことが申し訳なく思えてくる。

 

「すみません。全然役に立てなくて」

 

「気にしなくて良いさ。元々データは揃っていた。念のために冬木市を知っている人に話を訊いているだけだからね。では私は他の仕事もある。長居する訳にもいかないのでね、これにて失礼するよ」

 

「じゃあね、レフ。今度は酒くらい持って来てくれ」

 

「ハハハ、善処するよ」

 

ドクターの冗談なのか本気なのかよくわからない言葉に笑って返したレフさんはそのまま医務室を出ていった

 

#

 

「ドクター、冬木市ってどんな場所だったの?」

 

「……調べたデータによると、2004年には冬木市で第一回聖杯戦争が行われていたんだ」

 

「聖杯…戦争?」

 

「立花君は聖杯って知っているかい?」

 

「確かキリスト教の聖遺物で……色々な聖杯伝説があるんだったっけ」

 

アーサー王物語での聖杯探索などはその最たる例だろう。

 

「そう。それで、魔術的な聖杯っていうのは謂わば万能の願望器……膨大な無色の魔力を溜め込んでいるんだ。聖杯戦争っていうのはその聖杯を求めて7人のマスターとサーヴァントが戦う殺し合いのことなんだ」

 

此処では確か7人のマスターとサーヴァントは協力して人理を護る筈だが、聖杯戦争では違うのか。

 

「サーヴァントって今回Aチームが召喚する英霊のことですよね」

 

「そう。実はこのカルデアの召喚技術も冬木の聖杯戦争が基になっているんだ」

 

「ということは今回のレイシフトは……」

 

「あぁ、十中八九聖杯戦争絡みだろうね。聖杯戦争の爪痕は聖堂教会がいくら隠蔽しようともどうしても残ってしまう。何せサーヴァント同士の争いだからね。つまり一般の人々にも何かしら噂位は立つものだし報道もされただろう。レフはそれを知りたかったんだろうね」

 

そうか、オフェリアさんが訊いてきたのはそういうことだったのか。と俺は今更ながらに彼女の質問の意味を理解した

 

「……はぁ、俺って全然役に立たないよなぁ。一般枠で採用されたは良いけど、ただカルデアで世話になってるだけというか…」

 

溜息をつく俺にドクターは不思議そうな顔をして、

 

「魔術師でもないのにこの空間に馴染めてるってだけでも十分凄いと僕は思うけどね。立花君は人の役に立ちたいタイプ?」

 

出来ればたくさんの人を救えたら嬉しいとは思う。けど俺はいざという時にはきっと大切な人を選ぶだろう

 

「まぁ、恩返しの一つも出来ないのは性に合わないというか…」

 

「少なくとも僕はこうして君と他愛ない話を出来ることで十分恩を返されてるけどね……おっと、じゃあ僕はこれからメディカルチェックに行ってくるね!」

 

そう言ってドクターは部屋を出て行く。その背に向かって声を掛ける

 

「あぁ、サボらないでな!」

 

「サボらないってば!」

 

 

#

 

ドクターとの用事も終わり、気づけば夕方になっていた。夕食を軽く済ませた後、特にやることが見つからなかった俺は部屋に戻ってぼぅっと一時を過ごした。

手持ち無沙汰無かったのは確かだが、何かをしようにもやれる事が余りに少ない。

職員達の手伝いをしようにもやっていることが魔術的かつ高度な内容なので魔術回路の開き方どころか魔術すらまともに知らなかった俺では手伝いようがない。というかむしろ迷惑になるだけだろう。

 

また、此処での生活で自分なりの娯楽を見つけられるほど俺はまだ此処に慣れてはいない。

 

「ふぅ……そろそろ行くか…」

 

気づけば時間帯は夜。俺のドクターとのメディカルチェックは最後になるので大抵この時間だ。部屋から出て歩き始めようとしたとき、月明かりに照らされて廊下に一人佇む少女が目に入ってきた。

 

すると彼女───マシュは俺に気づいたようで、

 

「あ……先輩」

 

「マシュ、奇遇だな。こんなところで会うなんて。Aチームの準備は順調か?」

 

「はい。今日も概要の確認を行いました。職員の皆さんは忙しそうですが、このままいけば順調にファーストミッションを遂行出来そうです」

 

俺とマシュは俺がカルデアに来た初日に出会った。マシュが忙しいドクター達の代わりに俺の案内役になってくれた。それ以来こうして会話をするようになったのだ。

 

マシュは出会った時から話していく内に随分と明るくなったと思う。初めて出会った時はなんというか…自分を抑えている感じだった。

 

「そっか。それは良かった。……マシュは最前線に出るんだよな?」

 

「はい。Aチームですからそうなります」

 

頷くマシュに俺は率直な疑問を述べる

 

「怖かったりはしないのか?」

 

「………どうなのでしょうか。レイシフトは確かに多くの危険を伴います。不安が無いとは一概には言い切れませんが。それでも、選ばれたからにはその不安や恐怖に打ち勝たないといけないのだと思います」

 

選ばれたからこその責任、か。そんなことも考えずに来てしまった自分が少し情けなく感じた。

 

「もし何かあったら俺で良ければ相談にでものるよ。それくらいしか俺はマシュにしてやれないけど」

 

「何を言いますか。私は先輩とこうして話しているだけで十分です」

 

「それ、ドクターにも言われたよ」

 

そう言うとマシュは微笑んで、

 

「先輩にはきっとみんなを元気づける力があるんですよ」

 

「だと嬉しいけどな」

 

「それでは私はこれで。お疲れ様です、先輩。また明日」

 

そう言ってお辞儀をして踵を返すマシュに俺も言葉を返す

 

「あぁ。おやすみ、マシュ」

 

 

 

 

#

 

 

────聖杯戦争、か。

 

今日のドクターとの話を思い返し、物思いに耽る。

 

マシュ達ならきっと大丈夫だ。一体何を心配する必要があるのだろうか?

……しかし、何かが引っ掛かるのだ。俺は何かを見落としているのではないか、という漠然とした不安を抱く。

その正体を掴めないまま、俺は久しぶりに深い眠りへと落ちていった。

 

 

────その不安が、現実になるとは知らずに。

 





主人公は朝倉立花、立花って誤字じゃないので。

……なんか気づいたら女性っぽい名前になってました。
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