第二海堡鎮守部   作:語部屋

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第二海堡鎮守府

 2013年4月

 

 防衛軍初となる防衛出動、深海棲艦への反攻作戦から約8年の月日が経過した。

 8年という長い期間を経ても、数十隻に及ぶ艦艇が失われた傷を癒すには短すぎて、ヨコスカ港を代表し、クレ、サセボ、マイヅル、オオミナトの軍港には十分な護衛艦配備は成されていない。

 政府は何とか自国のみで存命できるよう食料自給率を上げようと、政策を行ってはいるが劇的に上がるには、やはりこれも長い目で見なければならず、未だに大きな成果は出せずにいる。

 

 明日を夢見ることが出来ずに、国民は必至で今を生きるために、今日の食事を取るために働いている。国内に油田のないために、ガソリンは貴重となり車はほとんど走ることはない。

 電気だけは原子力発電所をフル稼働させているために、比較的安定した供給がある。昔いた原子炉反対派は現状を見れば、声を上げることはタブーだと気付くはずだろう。火力発電する燃料はなく、風力水力は弱すぎ、太陽光は不安定、地熱は建造期間が長く、今必要とする電力量を賄うには、少量で大量を生み出すことのできる原子力発電しかないのである。

 森は切り開かれ、山は崩され平地にされた後、畑や水田にされている。

 深海棲艦による海上輸送路封鎖が起こる前は、国民の多くは第三次産業つまり小売業やサービス業の割合が占めていたが、今現在は政策による影響もあるが国民が自ら食つなぐために、第一次産業である農業を行う比率が多くなってきている。

 ただ、今日を生きるために。今日の夜の食事を。今日食べられなくても明日食べられれば。最悪、子供だけは食べられるように。

 暗い時代、と言われていた昔であったが、今のほうがよっぽど、暗い時代と呼ぶにふさわしいだろう。

 

 そんな中、海上防衛軍フナコシ基地の護衛艦隊司令部の中を歩く一人の青年がいた。

 エナメル質かと見間違えるほど極限まで磨かれた黒の革靴。室内では基本脱帽するので帽子は右手に持ち、皺無く隅々までアイロンの行き届いた黒の詰襟。肩には桜の紋章と2本の金色の線が施された肩章。

 海上防衛軍の階級として、1等海尉。

 その青年はとある一室の前で立ち止まり、深呼吸をする。

 扉の上を見て部屋の名称を確認してから、もう一度深呼吸。

 

 司令室。

 

 壊滅状態である第一護衛隊群から第四護衛隊群及び潜水艦隊、掃海隊群等を全て取り仕切る自衛艦隊司令部。その司令が執務をする部屋である。

 平時であれば、通路には書類を持った自衛官がせわしなく行き交っているのだが、取り仕切る艦艇がそもそも無いに等しい今の状態では、誰一人として通路ですれ違うことはなかった。

 床に敷かれた赤い絨毯が、威厳だけは損なわないように、という見栄のように見えてしまう。

 意を決して扉を三回ノックする。

 

「はい」

 

 と声が返ってきたのを聞いてから扉を少し開け、

 

「八代一尉、入ります」

 

 八代尊は扉を開けて室内に入り、音が立たないように閉め、部屋の奥に座る司令に向き直り、十度の敬礼を行う。直ると頭の中で用意していた言葉を口にする。

 

「八代一尉、自衛艦隊司令の呼出しに応じ参りました」

 

 噛むことなく言えたことに安堵し、初めて司令の顔を視認する。

 着ている服は黒の詰襟ではあるが、肩章がまるで違う。海尉や海佐とは一線を画す金色のみの肩章は、海将補以上を意味する。自衛艦隊司令といえば、海将であることが常識であるし、海上幕僚長の次席、つまりはナンバー2と言っても過言ではない。

 

「よく来てくれた、八代一尉。まあ、そこに座って話でもしようか」

 

 と示されたのは、司令執務机の前にある応接用の椅子。言われるがまま椅子の前に立つと、司令も執務机から対面の椅子に移る。

 下の階級である八代が先に座るなんてことは出来ず、

 

「固くならずに、掛けてくれ」

 

 そんな言葉を待ってから「失礼します」と一言断ってから椅子に座る。

 

「こうやってじっくり話そうというのは久しぶりだな。八代一尉」

「はい、先日はほぼ話さずに終わったので、約8年ぶり、ということになりますか。私自身、実感がありませんが。西城海将」

 

 八代一尉と西城海将、この二人は以前知り合うことがあり、階級の差はあれど、仲が良いこともあり、思い出話に花を咲かせることとなる。

 

「確か、船で初任幹部をしていた時だったか。まったく変わっていないな」

「その通りです。私は初任幹部で初めて配属された船に、西城海将は護衛隊司令で勤務されていたのを記憶しています」

「初任幹部で覚えることが多いとはいえ、よく働いていたのを覚えている。久々に優秀な人材が来た、とな」

「よく声を掛けていただいたからそう感じているだけでは?」

「いや、そんなことはない。年老いてはいたが、目まで老いたつもりはなかった。防衛大の成績は上の上ではあったが、首席次席ではないのが不思議でならなかった」

「首席を目指してはいたのですが、生徒出身の根から軍人には敵いませんでした」

「勉学や生活では見えぬ部分もあるということだ」

「例えばどのような?」

「そうさな……本来であれば幹部課程や上官から学ぶような、指揮能力」

「私にはそれがあると?」

「この老人の目が確かであったのなら、な」

「……自分のことながら、自信が持てませんね」

「何故だ」

「何故と聞きますか……」

 

 八代は一呼吸おいて、

 

「何度か飲みに連れて行って貰いましたが、最終的に行き着く先は良くてキャバクラ。悪くて風俗店。酔い潰れて道端に倒れることは両手では数えられず、道行く若い女性を見れば即ナンパ。これが妻のいるいい大人がやることですか。しかも、自分の子どもを連れて! そんな人が、決まり顔で『君には指揮能力がある』なんて言われても誰も信じやしませんよ」

「お前、祐亨と一緒にあんなに嬉しそうにキャバクラに行っていたではないか!」

 

 祐亨とは西城海将の息子である。父親の背中を追い幹部になろうと防衛大学校に入学し、八代と友人になった。そしてそのまま、偶然と言うべきか初任幹部を同じ艦艇で行った。

 

「初めは新鮮で楽しかったですが、回数が増えれば『またか』と感じるようになりますよ」

「どの子がいいですか、なんて聞いてきたこともあっただろう!」

「もう誰でもいいや、と半分自棄になった結果ですね」

「酔い潰れたのは八代、お前じゃなかったか!」

「いえ、貴方です、西城海将。祐亨も同じくキラキラしたものを道路にぶちまけていました。私は二日酔いしない体質なので、酔い潰れることもありませんでした」

「そうだったな、ザルだったのを忘れていた」

「ええ、何度も言われた記憶があります」

「……そんなにキャバクラや風俗に何度も連れて行ってたか?」

「はい」

「……そうか」

 

 話に出てきていた祐亨は、防衛出動時に殉職し、八代と同じ一尉となっている。

 久しぶりに祐亨の出てくる話をし、一緒にキラキラを道路に吐き出したのを思い出したのだろうか、落ち込んだ様子の西城海将は、自らの膝に頬杖をついて溜息を吐く。

 その様子に罪悪感を覚え、八代はフォローしようと言葉を紡ぐ。

 

「まあ、楽しくなかった、とは言えませんね。時世を考えれば心の底から楽しむことは出来ませんでしたが、笑う余裕があるのだと感じるくらいには、楽しかった……と思います」

「そうだろうそうだろう。あのような状況だからこそ、息抜きも必要だと感じていたのだからな」

 

 少し無理した笑いではあるが、八代は事情を知っているがために見ているのは少々辛い。

 

「ええ、半年ほどと短かったですが、何度笑わせていただいたか……呆れることもそれ以上に多かったと思いますけど」

「半年、か……儂は退艦し総監部勤務となった、その後だったか、護衛隊群総出の防衛出動は」

「首相の全国放送演説も、深海棲艦を目の前にした絶望も、あの約1カ月を私は一生忘れることは出来ないでしょう」

「儂も見たことはあるが、遠目でしかない。現代兵器が効かぬ未知の脅威が目の前にいたのなら、忘れることができないだろうな」

「ええ、昨日のように覚えています」

「お前にとっては、本当の意味で“昨日のように”ではないのか。防衛出動唯一の生還者、八代尊三尉」

 

 三尉。

 

 それは、八代が初任幹部から防衛出動し殉職とされるまでの階級。

 約8年間に殉職したと記録されていた八代が、先日海岸に流れ着き倒れていたのを地元民に助けられ、病院へ搬送された。

 外傷はほとんど無く、入院する必要がないほどに健康体であった。だが、レントゲンやCRT検査にて脳内に物質不明の欠片が埋まっていたのだ。医師からは取り出すことが難しいため、意識や身体麻痺等の異常がないのなら、無理に取り出すこともないだろう、として放置されている。

そして、殉職で一尉になっていたのだから、生存していたのならば撤回されるのが普通であるが、今は平時ではない。先の防衛出動で人員不足に陥り、一尉を欲している枠があるため、撤回されることなく一尉の階級を背負っている。

 官品である服一式と靴、帽子、そして一尉の階級章は病院へと西城海将が直々に届けてくれた。

 本来であれば激務に追われる護衛艦隊司令も「護衛艦が無くて暇だから来た」と言えるほどには激務ではないらしい。その言葉にはどこか悔しさが含まれていたが。渡すものを渡し、伝えたいことを伝えたらさっさと帰ってしまったので、忙しいことに変わりはなさそうだったが。

 その際に「どこに配置されるか今のところ分からん。とりあえず動けるようになったら司令室に顔を出せ。話す時間は作ってやる」と伝えられていたため、今日この日に八代は防衛軍復帰しようとするも、一度殉職してしまった身で前の配置は海の底。次の配置が聞かされていないため、その言葉通りに護衛艦隊司令、西城海将の下へとやってきたわけだ。

 

「儂から見れば、お前は8年前と何も変わっていない。防衛出動で最前線におり、8年間殉職とされていたにも関わらず、傷らしい傷も無ければ、姿形は昔のまま年老いたようにまったく見えん」

 

 最も驚くべきことは、八代の姿が本来であれば30代前半である年齢のはずなのに、初任幹部時代20代前半の見た目であることだ。

 まるで、時が止まったか、時を渡ってきたかのように。

 

「私は8年間の記憶がありません。次々と同僚が、仲間が、護衛艦が沈められていくのをただ見ているだけしかできなかった記憶は、私の中では先週となっています」

 

 防衛大時代を共に切磋琢磨した同僚が深海棲艦に飲み込まれるのを見ていることしか出来なかった。

 初任幹部で面倒を見てくれた対番の上司が吹き飛ばされ海に沈むのを眺めていることしか出来なかった

 艦内を説明してくれた海曹以下の部下たちが小銃を持って立ち向かっていくのを見守ることしか出来なかった。

 深海棲艦の前では、人はあまりにちっぽけで無力な存在であると実感させられた。

 思い出すだけで悔しさと憎しみが増してしまい、握った拳には血が滲む。

 

「祐亨の最期を見たか」

「はい。深海棲艦に飲み込まれていくのを、この目で」

 

 丸呑みだった。

 その後の瞬間に艦艇が爆発を起こし、それから八代の意識は消え、記憶は飛び数日前の病院で目を覚ますことになる。

 祐亨の行く末を考えたくはないが、きっと中で絶望を感じながらゆっくりと融かされていったのだろう。

 

「初任とはいえ防衛軍人となったからには覚悟はあったはずだ。親としては思うところはあるが、上官としては言うことはあるまい」

「西城海将……」

 

 目を隠して俯く西城海将に、八代は掛ける言葉が見つからない。

 子どもにとって最大の親不孝は、親よりも先に死ぬことだとよく聞くが、やはりそうなのだろう。

発する言葉から、親としてと上官としての立場が葛藤しつつも、やはり息子を亡くした親としての立場のほうが強く出てしまうようだ。

 西城海将は目元を拭い、深呼吸をして会話を再開する。

 

「時に八代一尉、つかぬ事を聞くが、深海棲艦は何故あのように脅威であるか考えたことはあるか」

「それは、現代兵器では傷を付けることが一切出来ないためと考えていますが」

「何をもって現代兵器と言うか。今現在、人類が開発した兵器を全て試したことがあっただろうか?」

「……西城海将は、核を使うべきとお考えで……?」

 

 誰もが知っている人類史上、最強最悪の殺戮破壊を実現できる唯一の兵器、核。

 深海棲艦に対し2度しか行われていない反攻作戦では、どちらも使用されずにいる。そして、未だ使用されない理由が、海へ撃ったものか、陸へ撃ったものか核保有国が判断を間違えれば、深海棲艦ではなく人類同士の戦争が再燃し、その戦争が核戦争と成り得ると誰もが知っているからだ。

 

「使うべきとまでは考えていない。仮に使ったとしても、水中にいる深海棲艦には効果が薄く、大量の放射線で海上航行は難しくなり、島国の我が国は今とそれほど変わらんだろう。深海棲艦の脅威の根幹はそこではない。もっと別にある」

「別、ですか」

 

 八代は中空を見つめ、目の前にまで迫った深海棲艦を思い出す。

 魚の形に近い深海棲艦と、人の形に近い深海棲艦がいた。

 前者はただ単に船内を食い散らかすかのように暴れ回っていたが、後者は違っていた。甲板に降り立ったかと思えば、周辺を見回したり、複数で行動したり、人間を眺めている節さえあった。

 

「考えつかんか」

「まさか、深海棲艦に知性があると……?」

「否定はできない。むしろ、知性があると考えるのが当然であろう。奴らは海洋生物には目もくれず、我々人類のみを狙って攻撃を仕掛けてくる。これを知性があると言わずして何という。習性と呼ぶにはあまりに正確すぎる」

「では、人類史上初めて出会う知的生命体であり、人類との戦争である、ということになりますが」

「識者を自称する能無し共は否定するだろうが、私はそう考えている」

「深海棲艦に知性がある、と考えたとして、現状を打破できる要因とは成り得ません。奴らに傷を付けることのできる兵器を開発しない限りは」

「その考えも間違っているぞ」

「どこが、でしょうか」

「仮に兵器を開発できたとしても、載せるものが艦艇であったなら、前回と同じ結果に陥る」

 

 西城海将は「よっこいしょういち」と言いながら立ち上がり、座ることに疲れてしまったのか部屋の中を行ったり来たりを繰り返す。

 

「深海棲艦が脅威である点は現代兵器が通用しない装甲に加え、知性がある。そして、ひとつの生物として持つには大きすぎる攻撃力と機動力である。深海棲艦を撃破しえる兵器を開発し、艦艇に載せたとしても、数百人で動かす百数メートルの鉄の塊など、奴らからすれば格好の獲物でしかない」

「ならば現状を受け入れろと言うのですか」

「そうではない。深海棲艦に装甲、知性、攻撃力、機動力が持つのなら、我々も同程度、もしくはそれ以上の兵器を開発すればいい」

「どのような兵器か想像がつきませんが……それが可能であるなら、現状を打破できるかもしれませんね」

「絵空事ではない。既に動き始めている」

 

 西城海将は部屋の中央で立ち止まり、八代に向き直る。

 

「そこでだ、八代一尉。もう一度死んでくれないか」

「……」

「……」

「……は?」

 

 漏れた言葉は決して上官に向かって発していいような言葉ではなかった。

 西城海将の言葉を理解するにはあまりに唐突すぎて、理解しきれずに肯定も否定も出来なかったところを、西城海将は言葉を続ける。

 

「ああ、儂としたことが言葉が足りなかった。今現在、対深海棲艦専門部隊の創設に向けて動いている。新しい基地も建造中である。そこの基地司令を八代一尉に任せたい」

「私が、ですか?」

 

 一尉が基地司令などあり得る話ではない。

 基地司令と言えば、海将か海将補の枠だ。部隊の司令でさえ一佐がほとんどであるし、小さい部隊では二佐。部隊の下に付く分遣隊でやっと三佐か一尉が普通である。

 幹部として数年のキャリアを積み重ねた後に、科長、隊長とクラスアップした後、一握りが高級幹部課程を経て一佐に昇進し、部隊司令や基地司令という役職に就けるのだ。

 八代一尉は殉職特進で一尉になった身であり、幹部としての経験はあまりに浅い。それが基地司令など、通常で考えればあり得ないのである。

 

「階級の話を言っているのなら問題はない。君をまた殉職させ再び特進させ二佐にさせる。書面上の話ではあるが、ね」

「わ、私は指揮幕僚課程を受けていませんよ」

「構わない。指揮能力があると見込んで話しているのだ。今の時世、課程などやっている暇などない。キャリアや実績など飾りにしかならん。ひとつも徽章を付けていなくとも能力ある人間を埋もれさせておくつもりはない」

「ですが……」

 

 八代の左胸は司令である西城海将と見比べたらまるで違う。そこには、防衛軍で培ってきた実績を意味する、記念徽章が付けられる場所である。例えば海外派遣や災害派遣、ある群に属していれば資格取得でさえ、ひとつの徽章をもらうことが出来る。勤続年数を意味する徽章もあるのだ。

 西城海将は縦3列横6段を持つ輝かしい徽章を身に着けているが、八代の胸にはひとつもない。

 

「それと、後々二佐から一佐、時間は経つが海将補まで階級が上がる予定だ。さすがに海将は無理だがね」

「か、海将補!?」

「殉職した身であるから、名誉階級、ということになってしまうが問題はないだろう。対深海棲艦専門部隊は総員が名誉階級だ」

 

 次から次へと情報が湧き出てくるために理解が追い付かない。だがひとつ言えることは、

 

「そこまで情報を教えていただくということは、既に決定済みということですか」

 

 ということである。

 

「察しが早くて助かる。さあ、続きは向かいながら行くとしようか」

 

 拒否権はないらしい。

 こういうところは変わってないな。キャバクラや風俗に強引に連れていかれたのを思い出す。

 と八代は呆れながら昔を思い出していた。

 

 

 

 

 

 用意されていた輸送ヘリへ乗り込んで離陸した後、東へ向かっている。

 海洋に比べ、湾内は比較的安全であるが、万が一を恐れて一般人は船を出すことはない。よって、食卓に並ぶのは真水で養殖できる魚ばかりである。

 今回は近距離だからと、危険性を理解しつつヘリで目的地、対深海棲艦専門の基地へと向かっている。

 

「さて、どこまで話したか」

 

 ヘリのエンジンとプロペラ音で聞こえにくいために、ヘルメット内蔵のインカムで話している状態だ。

 

「基地の概要を一切聞いていません」

「話しながら向かおうと言っていたな」

「部隊総員が名誉階級、という点だけ聞いてますが」

「そうだ、名誉階級という意味を理解しているかね?」

「厳密には軍に所属しているわけではない、ということかと」

「理解が早いと話も早いな。つまりはそういうことだ。対深海棲艦専門部隊とは言うが、厳密に言えば防衛軍に属しているわけではない。だが、部隊であることには変わらない。よって、最低限の規律や階級、序列が必要だろう。そのための名誉階級というわけだ」

「ということは、私も防衛軍から除隊することになる、というわけですか」

「殉職だから名誉除隊、ということにでもしておこう」

 

 西城海将は窓から外を眺めると、

 

「見えてきた」

 

 釣られて八代も窓の外を見る。

 

「基地は基本的には他の基地と変わらないが、その部隊運用法等から孤島に作られた。艦艇を停泊させる岸壁と1キロほどの滑走路がある」

 

 島の形は分かりやすく言えば「へ」の字を上下逆にした形である。長い部分には滑走路があり、短いほうにはいくつかの建物が見え、中間部分には運動場としてのグラウンドも見えた。

 短いほうの先端部分には岸壁があり、停泊されている艦艇が見えるが、たった1隻だけだ。

 

「滑走路は短いが心配することはない。無理やりではあるが蒸気式カタパルトを採用している。目に見えている施設の他に、地下にもいくつかの施設が存在している。儂も来るのが初めてだから、どれがどの施設かなど聞いても答えられんぞ」

 

 滑走路横には管制塔と格納庫らしき大きい屋根が見え、他の建物もあり、敷地面積からすると妥当な適度な密度であるが、ひとつの基地として考えた場合、建物の数はあまりに少ない。そのため、地下に作らざるを得なかったのだろう。

 

「確かこの位置にある島は……」

 

 ヨコスカから東へ向かったところにある、本州の陸地ではない、トウキョウ湾に浮かぶ島の一つ。

 その島は2人が所属する海上防衛軍に所縁のある島である。

 

「気付いたか。孤島で運用するとはいえ、海上で島を一から作るには深海棲艦の危険性が大きすぎる。よって、元から存在していた人工島に拡張工事を施させた」

 

 明治時代に当時の陸軍が首都防衛のために作られた要塞島。

 

「旧海軍時代に作られた島を再利用させて貰っているのだ。我ら海上防衛軍は良きというべきか、悪しきというべきか、伝統を重んじ継承するところがあるだろう?」

 

 後に海上防衛軍の前身ともいえる旧帝国海軍が使用し、先の大戦での敗戦を受けてGHQにより爆破処理されていたのだが、建造目的が防衛のため強固な造りを受けて、土台は問題なく運用できたらしい。

 

「対深海棲艦専門の艦隊を指揮することになる中枢だ。だとするのなら、基地の名称は伝統を引き継ぎ、こう呼ぶのがいいだろう」

 

 長らく使われてこなかった、旧帝国海軍の存在した証と言っても過言ではない島。

 

 日本の未来を、海の平和を取り戻すため旧帝国海軍から受け継いだ、対深海棲艦専門艦隊を統括する島。

 

 その名は――、

 

 

 

 

 

「第二海堡鎮守府」


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