滑走路横にあるヘリポートに着陸し、初めて第二海堡鎮守府の地面を踏む。
場所としてはチバ県フッツ岬の先端から少し離れた海上の孤島。
「短い間とはいえ、ヘリの座り心地は慣れるものではないな」
と五十肩になりつつあるだろう肩を回す西城海将。
ヘリコプターのエンジン音は徐々に消えて、回転翼による風圧も弱まってくる。
「で、西城海将、ここに来るのは初めてと仰っていましたが、誰か案内役でもいるのでしょうか」
「確か待っていると言っていたはずだが……」
八代と西城海将が辺りを見回すと、小走りで駆け寄ってくる一人の女性がいた。
黒の礼装を身に纏い、黒の眼鏡を掛け、長い髪を揺らしている。
近くまで来ると、走ってきたにも関わらず息が上がっておらず、そのまま綺麗な敬礼をした。
敬礼をされればもちろん答礼を返す。
肩章を見る限り、二尉らしいが、二尉にしてはあまりに若すぎる。
「申し訳ございません、庁舎前の広場に降りるとばかり考えていましたので出迎えが出来ませんでした」
「構わんよ。現状、この鎮守府での先任は君かね」
「はい、申し遅れました。この度、当基地第二海堡鎮守府に配属される八代二佐の案内役及び補佐役を命ぜられました、大淀二尉です。大淀とお呼びください」
「ということだ、八代一尉……いや、この場所に来た時点でもう二佐だ」
肩章はまだ一尉のままなのだが。
大淀と名乗った彼女は二尉であるのなら、実質的な経験は大淀二尉のほうが上なのではないか。など八代は考えた。
「これが二佐の肩章だ。付けたまえ」
「ああ、はい」
いわれるがまま、西城海将がポケットから出した二佐の肩章と一尉の肩章を付け替える。
金色の線が一本増え3本になった。
あまりにあっけない昇任である。一尉の肩章を付けていた時間が一日もないとは、如何なものだろう。
ちなみに三佐は真ん中の線が細い。一佐で4本の線になる。
「昇任式が無いのを許してほしい。二度も殉職するなど本来あるはずがない。それを行うと勘繰られる可能性があるのでな」
「分かりました」
名誉階級の昇任式なんて聞いたこともない。
「それでは八代二佐、庁舎まで送迎致します」
大淀がそう言うと、黒塗りの送迎車が横付けされ、ドアマンとしてドアを開ける。
車内で上座は、運転席の後部、助手席の後部、助手席となっているのが一般マナーで、それはここでも通用する。
西城海将が運転席後部で、八代が助手席後部に座る。
面倒なのが、八代が司令として着任していた場合は運転席後部に座ることになる。何故かと言えば、序列順で言えば確かに西城海将のほうが上ではあるが、基地の中での一番序列が上なのは司令である八代になるからである。だが、司令クラスの人物が1台の車に2人乗るなんてことは滅多にない。ほとんどの場合は、車を2台用意して、それぞれに乗車してもらう。
艦艇でも同じことで、艦橋での艦長席は右側にあり、これは不動である。階級が上である護衛隊群司令が乗艦しようが、艦の長は変わらないので、司令は左側に座ることになるのだ。
本来であればドアマンは見送るのが普通だが、大淀は助手席へと座った。
案内役及び補佐役を任されているのであれば当然か。
運転手が車を発進させると、
「見える範囲で施設の概略を説明させていただきます」
滑走路を出るとすぐ左には運動場があり、それを過ぎれば建物が立ち並ぶ。
「左に見えるのが学舎と弓道場です。学舎は戦術など実践的知識を学ぶ場所で、弓道場は一部の者から要望で建てられました」
学舎が3階建てでふたつの棟を2階と3階の渡り廊下で繋がれている。おそらく上空から見ればHの形になっているだろう。
「右には酒保伊良湖、間宮食堂、居酒屋鳳翔です。酒保伊良湖は厚生施設類と考えていただければ間違いはないかと。基本的に食事は間宮食堂となり、居酒屋鳳翔に関しては課業止め以降の営業となりますが、女将となる方が不在なので現在のところは営業しておりません」
「居酒屋まであるのか。まあ、ある程度は羽を伸ばさなければいけないだろうし」
納得する八代。
西城海将に連れて行って貰っていたのも、羽目を外すことで、翌週もまた頑張ろうとなれた。キャバクラや風俗は逆に疲れることもあったが、頭を空っぽにするにはいい機会でもあったのは事実だ。
「残念ながら、現在は女将が不在のため営業すらしておりません」
「営業していたならば久しぶりに八代と飲みたかったのだが、女将がいなければ行く意味がないな」
「一応課業中だということを忘れないでいただきたい」
非常に残念がっている西城海将だが、飲めるように見えても結構早くダウンする。だから路上で寝たりするのだ。
「続いてこちらは、隊舎となります。1号から5号の隊舎ですが、今のところはほとんど空き室状態ですね」
3階から4階建てとなっていて、これが満室となるとかなりの人数になると考えられる。
用意されているということは、余裕を考えて建築されているだろうが、それほどの規模が入居する予定ということになる。
小さい島ではあるが、ひとつの基地として運用できるような人数が配置されることになるのだろう。
「この隊舎エリアを過ぎ目の前に見えるのが庁舎となります。隣に八代二佐の住居があり、裏手には岸壁、ドックハウス、防音された室内射場があります」
庁舎の前はロータリーとなっており、車は一方向にしか入れない。
横付けされ、大淀がドアを開けてくれる。そのまま大淀の先導に従い庁舎に足を踏み入れた。
室内は簡素ではあるが、正面の司令室へと続く床には赤い絨毯が敷かれており、横の壁には国旗と防衛軍旗が飾られている。
八代は司令室を前にして深呼吸。
「この扉をくぐれば、この基地の司令だ。心の準備はよいかね」
西城海将が現実を言葉にする。
この1日で、むしろたった数時間、フナコシ基地に来て西城海将のいる司令室に赴いてから、まだたったの数時間しか経っていないというのに、八代はどうやって準備をするのか、と心の中で愚痴る。
だが、強引に推し進められたとはいえ、正式に決まってしまったことなのだ。上司の命令に従う義務がある以上、いやだとは言えない。
「……はい」
「そう重く考えることはない。任務は重要極まる案件ではあるが、急ぐことはない。気楽にやっていいのだ」
バシ、と背中をたたく西城海将。
海上輸送路が復活しなければ日本の未来はない、と考えられている中、恐らく初めてとなる対深海棲艦専門部隊を指揮しろということは、日本の未来を任されたと言っても過言ではないと考える八代にとって、それをどう受け取ったら気楽にやれと言えるのだろう、と西城海将の発言を疑う。
「準備はよろしいですか、八代二佐」
いろいろ考えても始まらない。大淀の催促とも捉えられるような言葉に八代は返事をして、心を決めた。
大淀が先導するように扉を開ける。
「八代司令が着任しました。これより艦隊の指揮に入ります」
そう宣言すると、
「敬礼!」
中にいる横に並んだ5人の礼装を着た娘たちに敬礼をされた。
突然のことに戸惑いはしたが、敬礼されたら答礼を返す、と体に刻み込まれているために八代は理解せずとも答礼を返した。
ひとりが直れを掛けて手を下すと、3-2で別れて堵列し、大淀はその一列に加わった。
真ん中が分かれたことで部屋の奥が見えるようになり、司令の机が目に入る。
八代は歩み寄って机に触れる。
名札にも「八代尊」の文字が刻まれており、ここに来て初めて実感した。
「俺が、司令……」
心に思ったままを口にし、普段使っている丁寧語を忘れていた。
「さて、目出度く司令となった八代司令にこの部隊の概要を説明しよう」
西城海将がそう告げて、応接用の椅子に座る。
「君たちは例の装備に着替えて待機していてくれ」
「了解しました。では、大淀二尉他5名着替えて参ります」
そう告げ、大淀二尉と他の5人は部屋を後にした。
「では説明するとしようか。この基地と対深海棲艦専門部隊、艦娘のことを」
「……艦娘?」