「では説明するとしようか。対深海棲艦専門部隊、艦娘のことを」
「……艦娘?」
聞きなれない言葉に疑問符を付ける。
「今出て行った彼女たちのことだ。彼女たちが対深海棲艦専門部隊の戦闘員となる艦娘だ」
「戦闘員ですか。あんな小さい娘が?」
大淀は小さいとは言えない身長なのだが、司令室で待っていた5人の中にはまるで小学生と言ってもいいような、小さい娘もいた。大きくても中学生程度の身長。
階級章は三曹から二曹。まるで成人してるとは思えない身長である。
「ああ、階級は違うとはいえ同じ司令となったのだ。敬語はやめにしよう」
「ですが……」
「ザルとは言え酔った状態では敬語を使っていなかっただろう。それに、正式に言えば八代は既に防衛軍所属ではない。自分の子どものように思っている奴から敬語と言うのも、なかなかに辛いものだ」
八代はそこで祐亨のことを引き合いに出すのは卑怯だろうと内心思いながら渋々承諾する。
「で、話は戻るけれど戦闘員について教えてくれ」
防衛軍という階級社会が身に染みている八代にとって、海将である西城にため口を使う違和感は相当なもので、記憶的には一週間ほど前まで三尉だった身からすれば恐れ多いと心を震わせる。
だが、西城海将は八代の心に反して臨んだ通りため口を使ってくれたことに嬉しそうにしている。
「艦娘だったか?」
「そう、艦娘。彼女たちは身ひとつで深海棲艦と渡り合うのだ」
「意味が分からない」
「百聞は一見に如かず。外に出るぞ」
そう言うと返答も聞かずに立ち上がり司令室を後にする西城海将を、ただ金魚の糞のように着いていく。
庁舎を出るとロータリー広場の中央には大淀と先ほどの5人がそれぞれ別の服を着て、何やら変なものを手に持っていたり、腰に付けて待っていた。
「さらに意味が分からない」
「そう言うな。大淀始めてくれ」
「了解しました」
大淀他5人は海のほうへ歩いていき、
「始めるって何を?」
「見ていれば分かる」
そのまま海に飛び降りた。
「ちょっ!」
腰に付けていた物は鉄で出来ていたように見えた。そんなものを付けて海に飛び込んでは、どれだけ泳ぎの上手い人でも溺れてしまう。
急いで駆け寄り海面を見ると、
「浮いてる……?」
6人は全員海面に浮いていた。
「西城海将、戦闘用意よろしい」
「かかれ」
その号令により6人は一斉に海面をスケートのように滑走し、海に浮かぶポールの間をすり抜けていく。
あっという間に小さくなった6人を、西城海将から渡された望遠鏡で覗き込む。
列の先頭を大淀が走り、その後を綺麗に5人が滑っていく。
ポール群を抜け、6人は横一列になり、奥にある的目掛けて、手に持っていた何かを狙い定める。
次の瞬間、ドンッ、という爆発音と共に、6人の手元から一瞬の火柱と黒煙が噴き出し、奥に立っていた的は粉々に砕け散り、周りには複数の水柱が立った。
「なにこれ」
あまりに理解しがたい光景に語彙力を欠いた言葉しか出てこなかった。
「言っただろう。深海棲艦を撃破しえる兵器を開発し、艦艇に載せたとしても、数百人で動かす百数メートルの鉄の塊など、奴らからすれば格好の獲物でしかない、と」
「……まさか」
「ならば、深海棲艦を撃破しえる武器を、ひとつの知性を持つ身体に持たせればよい。人類に敵対的な深海に棲息する疑似艦艇生物と戦うことになるならば、こちらも疑似艦艇と呼ぼう。疑似艦艇級の娘達、艦娘。それが彼女たちだ」
「確かに理屈は分かる」
西城海将の言う通り、百数メートルの鉄の塊とも言える鈍重な護衛艦と、即決即断が出来て的の小さいひとりの知性では、明らかに後者のほうが有利と言える。
「だが、あんな小さい娘でなくていいだろう」
八代は深海棲艦を目の前にした。
人間を丸呑みにできるほどの巨躯と現代兵器の効かない装甲。それは圧倒的絶望を与える存在であった。
それを生身一つで、小学生とも言えるような小さい娘に任せていいものか。
「彼女らしかいないのだ」
「何故!」
「彼女らが手や足、腰に装備している物は艤装と呼んでいる。艤装を装備するには、腰椎に手術を施し装備できるようにせねばならない。だが手術を施すには適性が必要なのだ」
「適性があるのが、彼女たち……」
「その通り」
「親が、国民が納得するか」
「彼女らには親がいなければ身寄りもない。この計画を知っている者は海将以上と政府の一部、そして関係者のみ。国民には知られることは決してない」
いくら正式に防衛軍ではないとはいえ、この規模の軍事基地を作るとなれば、政府が関与していないわけがない。
「そこまで切迫しているのか」
「政府は国を存続させるため一を捨てて、十を救う。単に捨てるのではなく、使い捨てる。そういう決断をした」
救うとされる十は国民で、捨てられる一が八代や艦娘と言われた子たち。
「本来であれば未来を夢見て遊び回っているような娘たちを、手術を施し、名前を奪い、自らは安全地帯で隠れて戦わせる」
「名前を奪うって……?」
「手術の後遺症かは分からん。だがその手術で記憶の一部に障害が発生してしまうのだ。政府は都合いいと考えたのだろう。疑似艦艇なのだから艦艇として、旧帝国海軍の艦艇名を引用し、それぞれ名前を与え管理しやすくしたのだ」
管理という言葉に憤りを覚える。
人が人を管理するなど、民主主義の社会がすることではない。
「気持ちは分かる。政府は落ちるところまで落ちた。綺麗事を謳ってはいるが、実際はこれが現実だ」
「……だから、ここが選ばれたってことか」
陸地から見えるとはいえ、この時世に海を眺める人なんていない。
国民に誰にも知られることなく、事を進めるには、海上に浮かぶ孤島が都合いい。
「俺が選ばれた理由も……」
もともと殉職している身。それが撤回されず、そのまま今に至っている。
二佐に上がり後々一佐以上に上がるとはいえ、殉職していることに変わりはなく、現在は防衛軍人ではなくなっている。これから実際に死んだとして、殉職していれば書類上なんの手続きも必要ない。防衛軍人ではないのだから、発表することもない。
海を滑走している艦娘も同じである。
国民に知られることはない、と言っているのだから、きっと殉職したとしても発表することはないのだろう。
成人にも至っていない子に手術を施し、戦うことのできる身体にさせるなど、誰がどう見ても非人道的と言わざるを得ない。
深海棲艦を撃破し、海上輸送路を確保出来たとして、その功績の真実は誰の目にも触れることはなく、埋もれてしまうのだろう。
「帰投しました」
どんどんと悪い方向へと考えて行ってしまう八代の思考は大淀の声によって断ち切られた。
「どう、でしたでしょうか」
「正直驚いたよ」
優しく答えた八代の言葉に、不安そうに聞いてきた大淀たちの表情は少しの笑顔を見せた。
「ひとつ聞かせてくれ。深海棲艦は怖くないのか」
「そう、ですね……。怖くないかと聞かれれば怖いです」
大淀は自らの持つ兵器、艤装の表面を撫でる。
「だったら――」
「――ですが、このような身体になってしまっても、ニホンが私が生まれて育った国……この国が、私の祖国なんです。それがなくなってしまうことのほうが、怖いですね。なので戦います」
笑って答える大淀の顔に、一片の迷いもなかった。
ここまで言われてしまえば、ただの感情で止めてしまえるものではない。
「君たちも同じか?」
「はい!」
「間違いではないわ」
「キタコレ!」
「なのです」
「一生懸命がんばります」
返答になってない言葉もあるが、反応を見るからに同じ意見なのは間違いないだろう。
子どもだから、若いから、などと言っては彼女たちにとって失礼である。彼女たちはきっと、そこらにいる未来に絶望した人たちよりも強い。手術され強化された身体のことではなく、心が。
彼女らの反応を聞いて、八代の心は決まった。
たったひとりで深海棲艦を撃破しえる装備を有する存在は、表に出ればきっと戦争の概念を覆しかねない。
親を亡くしながらも、深海棲艦と戦う艦娘の存在はきっと、歴史に闇に葬るつもりなのだろう。この基地の存在も、恐らく八代自身も。
ならば、帰る家となれるよう、居場所になれるよう、この基地を作っていこうと。
「そういえば、君たちの名前を聞いていなかった」
大淀の後ろにいる5人の娘たち。
「駆逐艦吹雪です。よろしくお願いいたします」
特型駆逐艦一番艦、だったか。様々な要請をクリアしながら重武装化を成し遂げ世界を驚かせた、その一番艦吹雪。その名を引き継いだのなら、それなりの武装を誇るのだろう。
「よろしく。駆逐艦ということは、他の艦種もいるのか」
「はい、今は私たちだけですが後々着任すると聞いてます」
「そうか、なるほどな……ということは、大淀って」
「はい、軽巡洋艦大淀、改めてよろしくお願いします」
旧帝国海軍連合艦隊最後の旗艦。現状最先任と言えるだけの名称を受け継いでいるわけである。だが、連合艦隊旗艦が二尉、というのも少し低すぎやしないか、と感じるが。
「苗字だと思ってた」
「紛らわしくて申し訳ありません」
「いや、大淀は悪くない。で、次の……」
「駆逐艦叢雲よ。よろしくお願いするわ」
「よろしく」
階級があるとはいえ、こんな小さい子に上下関係を厳しくするのも可哀そうだし、自分に至っては西城海将からのお願いとはいえ海将相手にため口聞いている奴から言われるのも癪だろう、と八代はため口など聞かれるのを諦めた。
それぞれの個性もあるだろうし、と。だが、
「必要な時くらいは敬語使えよ」
あまりに緩すぎると、規律が乱れてしまう。
締めるときは締めて、緩くするときは緩く、だ。
「考えとくわ」
次の子へ目を移すと、
「キタコレ! 綾波型駆逐艦漣です。よろしくお願いします、ご主人様」
「……よろしく」
ご主人様と呼ばれたのは初めてだったが、存外に悪くない。
「はわわ、雷なのです。よろしくなのです、司令官さん」
「よろしく」
慌てぶりが気になるが、根は優しくいい子なのだろう。
優しいとはまた別なことであるが、名前を引き継いだ暁型4番艦“雷”はスラバヤ沖海戦での敵兵救助の話が有名である。
最後になるのが、
「五月雨って言います! よろしくお願いします!」
「よろしく」
元気があって初々しく感じる。
どこか空回りしそうで心配なところがあるのだが、元気がないよりはあったほうがいいだろう。
「今所属しているのは、これで全員になるのか?」
「いえ、もう三人います。戦闘担当というわけではないですが」
後ろから草を踏む音が聞こえ、振り返ってみると、自動車の運転手と別の二人が立っていた。
「君たちが?」
そう問うと、運転手は深く被っていた帽子を取った。
「はい提督、工作艦明石です。主に艤装の開発修理を担当しています。艤装だけでなく日常生活の部分でも大抵は修理できると思います。お気軽に工廠に来てくださいね。階級は一応三尉ですが、艦隊に加わることはほとんどないので飾りみたいなものです」
旧海軍に所属していた工作艦明石。軍人のみならず民間人の工員も数多く載せていた海上工場と言える艦艇。
その名を引き継いでいるのなら、応急工作もお手の物なのだろう。
「俺の階級も飾りみたいなものだ。頼みたい物があったら足を運ばせてもらうよ」
「お待ちしてます」
残りの二人は、ここに着て1時間ほどしか経っていないが、初めて見る顔である。
「給糧艦間宮曹長」
「同じく、給糧艦伊良湖曹長」
「以上2名、当鎮守府における給養を担当しています。よろしくお願いいたします」
「もしかして途中にあった間宮食堂と酒保伊良湖の?」
「はい、覚えていただき、伊良湖光栄です」
「まあ、ついさっきの話だからね。よろしく二人とも」
給糧艦と言えば、単なる食料だけではなく羊羹などの嗜好品を製造していた、菓子職人が乗る船だったはず。その名を継いでいるとするならば、食事だけではなくお菓子作りの腕も相当なものだろうか。
八代は「さて」とお菓子のことを考えるのをやめて、艦娘たちを見回す。
大淀、明石、間宮、伊良湖、吹雪、叢雲、雷、漣、五月雨。八代を含め、計10名。
海上防衛軍に所属していた、あぶくま型3番艦“おおよど”、たかなみ型4番艦“さざなみ”、むらさめ型5番艦“いなづま”及び6番艦“さみだれ”。旧帝国海軍から名前を引き継いでいた護衛艦は防衛出動時に深海棲艦に撃沈され除籍となっている。
「たったの10人で何が出来る、と問いたいところだが、司令として着任した以上運営していかなければならない。新しく艦娘が着任し、ある程度の数が揃うまで苦労を掛けると思うがよろしく頼む」
「司令官に対し、敬礼」
最先任の大淀が号令を掛け、それぞれ7人が敬礼を行う。
「ここに第二海堡鎮守府の開設を宣言する」
そう告げて答礼を返す八代。
「直れ」
敬礼から直り、次の指示を待つ9人だが八代自身、何をしたらいいのかさっぱり分からないのである。
「無事に基地開設したことであるし、後は任せる。明石三尉、ヘリポートまで送ってはくれんか」
「了解しました」
「さ、西城海将……?」
情けなく西城海将に縋るような声を出してしまった。
「そうだ八代二佐、例規の大本は用意しておいたのだが、ここは君の領地と言っても過言ではない。防衛省管轄外なのだから、君の思い通りにするといい。出来る限りのサポートはしよう」
「思い通り……了解、です」
「今日が基地開設とはいえ、先に着任していた9人がいるのだ。新着任者教育と言うわけではないが、基地の案内でもしてもらうといい」
言われてみれば、滑走路横のヘリポートから車で窓の外を軽く紹介されただけで、まともな地図を脳内にイメージできない。
庁舎だけで業務が済むとは思っていないし、明石の工廠が何処かも分からない。
「まずは案内からかな」
「来週には新しい艦娘が着任する。今後も新しい艦娘が着任する場合は、司令室に用意したホットラインで連絡する」
「来週か、早いな。まあ基地運用するために人では多いに越したことはないか」
「困ったことがあれば、気軽に言ってくれ。この基地だけが、この国を救えるのだ」
「了解しました」
タメ口でいいとは言われたが、海将が帰られるのだ。見送りとして、敬語を使わざるを得ない。叢雲に対して言った、必要な時、とはこういう時だったりする。
西城海将は車に乗り込み、明石の運転でヘリポートへと向かっていった。
「さて、大淀たち」
「「「はい」」」
全員が揃ったいい声。
「俺は君たちのことを何も知らない。君たちも俺のことを何も知らないだろう。だからと言っては何だが、基地の中を歩きながら話さないか」
「基地のご案内をしようと思っていましたので、ちょうどよい機会ですね」
「はい、喜んで!」
「仕方ないわね」
「ご主人様の好感度アップイベントキタコレ!」
「なのです」
「ご案内、ですね! 一生懸命がんばりますから!」
「私たちは夕食の準備がありますので失礼させていただきます」
「お詫びと言ってはなんですが、間宮食堂にご休憩時いらしてください。伊良湖、美味しいお菓子を準備して待ってます」
「分かった。疲れたら足を運ぶよ。また後で」
残念ながら間宮と伊良湖はここでお別れらしいが、早速給糧艦の菓子職人としての腕が味わえる機会がやってきた。
「さて、艤装を付けたまま歩くのも疲れるだろう。俺は司令室に行ってるから、外したら来てくれ」
「了解しました」
八代は踵を返して庁舎へと向かう。
見上げれば庁舎の屋上には国旗の日の丸が掲揚されていた。
2013年4月23日、第二海堡鎮守府は開設され、初めて庁舎の屋上掲揚塔に国旗が掲げられた日となったのである。