「艦娘と深海棲艦に関する資料がほとんど、か」
司令室に戻った八代は大淀たちが艤装を外して戻ってくるまでの間、壁に設置されている書棚を確認していた。
艦娘に関して西城海将が言っていた情報はほんの一部だったことと、深海棲艦は類似する特徴ごとに区分され、いろは歌になぞらえた艦級が名付けされていたことを資料に目を通して初めて知る。
疑似艦艇級の娘達。
身寄りのない子供に対し、適性の有無を確かめ、適性を有する者達に対し、腰椎を中心とした手術を施し、対深海棲艦兵器“艤装”を装備できるようにした者のこと。
それは西城海将から伝えられた通りだったが、資料に目を通していると、直接的ではないが遠回しに艦娘のことを“兵器”として扱われている。
深海棲艦との戦闘において、怪我を負うことはあっても、一定時間入渠つまりは休憩等を取ることで全快する。そういう手術を腰椎を“中心に複数箇所”施したということだ。
「なんと言ったか……たしか、サイボーグ……?」
人間や動物を元に機械的な強化を行った物。
まるでSFの話の設定のようだが、現実で起こっていることだ。
「信じられることじゃないな」
大淀たちを目の前にして、彼女たちが兵器だとはとても思えない。
その場所で息をして、緊張したり、会話をしたりして、生きていると言うのに兵器と言われるのは疑問しか浮かばない。
戦えない者の代わりに戦おうとする艦娘には、むしろ敬意を払うべき対象のはずだ。
そして何より、艦娘の中には未成年と言ってもいい見た目の子がいた。
今や諸外国と連絡がほぼ取れない日本にとって、体裁を保つために国際法を順守する必要性があるのかどうかは疑問だが、国連決議や国際法上で禁止若しくは禁止に近い扱いを受けている“少年兵”と言えるのではないだろうか。
戦場に立てず艦娘に任せるしかない自分に、憤りを感じずにはいられない。
“政府は落ちるところまで落ちた”
西城海将の言葉を思い出す。
まさにその通りだ。だがもし、この艦娘を投入して成果が得られなければ、今よりもっと非人道的と言える研究や行動に移る可能性もある。
そのような意味が含まれていると考えられる。
コンコンコン
と、そこに扉をノックされる。考えるのをやめ、返事をして彼女たちを迎い入れる。
「大淀他5名入ります」
大淀たちは艤装を外して身軽そうになっていた。
「よく来てくれた。早速案内してもらいたいんだが、大丈夫か?」
「お気遣いありがとうございます。私はそれほど疲れていませんが……」
貴方たちはどう? と言葉にはせずに後ろの吹雪たちを見る大淀。
「私も大丈夫です司令官」
「さっさと行くわよ」
「はわわわ、司令官さんにそんな言葉遣いはだめなのです、叢雲ちゃん」
「なによ電、私はこんなの司令官だなんて認めてないだけよ」
「ツンデレ発言キタコレ!」
「う、嘘ですよ提督。叢雲さんはそんなこと思ってなんか――」
「――フォローしなくていいわ、五月雨。思ってることを言ってるだけなんだから」
「ほう……?」
叢雲の発言に大淀は思考停止して固まっている。
確かに着任して一日目で右も左も分からない、艦隊の運営方法も分からない、とりあえずこれから基地を案内してもらおうという立場であるし、二佐というにはあまりにキャリアが短い。だが、防衛大学校では学年が絶対であるし、上は上の立場として、下は上に対する防衛軍における礼儀作法等を徹底して叩き込まれる。
防衛大学校ではなくても、防衛軍に入るのならば教育隊などで訓練のみならずそういった教育もされる。そもそも防衛軍に入る段階でそれなりの人生経験を積んできているので、教育されるのは一部であるのだが。
きっと艦娘はそういった教育をされず、艦娘として水上戦闘だけを教えられてきたのだろう。
ため口など聞かれるのを諦めた、とは言っても、司令官と認めない、なんて上下関係を有耶無耶にされては、団体行動のみならず、作戦行動をする時の指揮系統までも乱れてしまう。
正規ではないにしても、火器を扱うあたり軍事関係から離れることはできない。上下関係や指揮系統等ははっきりさせておかないと、いつ事故が起こってもおかしくはない。
全体のため、団体行動のため、今の叢雲の発言は目に余る。
「叢雲、どうしたら認めてもらえる?」
冷静を装って叢雲に尋ねる。
「そうね、私より実力が上なら認めてあげるわ」
「実力、ね」
「ま、艦娘として前線に出る私と、後方で指揮をするだけの司令官じゃ、実力なんて試さなくても分かり切ってることよね」
「決めつけられるのは好きじゃない」
そう告げて叢雲の目の前に歩み寄る。
「て、提督、その、あの……」
大淀はようやく声を絞り出したが、言葉にならずに消えていく。冷静に努めていただろう大淀の慌て方は、手をわたわたさせて挙動不審に見える。自分の許容範囲を超えた展開に弱いタイプなのだろうか。
「なによ」
「大淀」
「は、はひ!」
八代は叢雲の目を見たまま呼ぶと、突然言われた大淀自身は呼ばれると思っていなかったのだろう、変な声を上げる。
「この基地に小火器はあるか」
「小火器、ですか。89式でしたら基地警備用に武器庫にありますが」
「弾薬は」
「実弾とゴム弾、が……あり、ますけど……提督、もしかして」
「ゴム弾があるなら重畳」
大淀は察しがよく、八代がやろうとしていることを予想できたようだ。
「今後の予定を変更する。基地案内は中止とし、基地内警備訓練を行う。戦闘服装に着替えた後、庁舎前集合。以上、別れ」
「り、了解です」「わ、分かりました司令官」「はわわ、大変なことになったのです」「うへー、マジかー、サバゲーとかやったことないですよ」「一生懸命がんばるしか、ないですね!」
反応は各々違うが了解してくれているが、
「基地警備とか私たちは艦娘で、海が私たちの戦場なのよ」
叢雲だけは反発してくる。
反発してくる相手に正論で返すのは駄目だとどこかで聞いた気がするが、変に言い訳を考えるのが馬鹿らしい。
「海でしか戦えないから陸では戦えないとは言うなよ。ここは海上部隊ではなく、対深海棲艦専門部隊だろう」
深海棲艦に知性があるという仮説を聞いて、防衛出動時の光景がフラッシュバックした途端、更なる不安が頭を過ぎった。
「戦場ではあらゆる可能性を考慮し行動しなければならない。そして戦場に赴く前にはあらゆる可能性を考慮して準備をしなければならない」
「何が言いたいのよ」
「深海棲艦の一部には足があり、その一部が陸上に上がる可能性があると言っている」
足は歩くための身体の一部だ。決して海に浮かんで使うものではない。だとするのなら、何故深海棲艦に足がある必要があるのか、という疑問が浮かぶ。
答えを、陸上へ上がるため、と予想する。
決して無いとは言い切れない。可能性があるのなら、対策をするべきである。その演習として、今回の基地警備訓練をこの場で思いついた、……ということにしておこう。
「深海棲艦が陸上に上がっても、私は艦娘だから海でしか戦わない、とは言えないだろう」
「わ、分かったわよ」
「ならさっさと着替えてこい」
そうして大淀たちは司令室を後にして、代わりに
「どうしたんですか、提督。大淀たち出ていきましたけど、基地案内はどうなったんですか」
西城海将をヘリポートまで送り届けた明石が戻ってきた。
「叢雲が、な」
「あー、叢雲ですか」
叢雲の名前を挙げるだけで明石は察してくれたようだ。
「悪い子じゃないんですが……ちょっと人見知りしちゃうタイプなんですよ」
「人見知りというレベルか、あれは」
「まあそれは置いといて、これからの予定は変更なんですよね。大淀が出て行ったことから察しがつきます」
「今後予定していた基地案内は中止。代わりにゴム弾を使った基地警備訓練を行うつもりだ」
「私も参加したほうがいいですか?」
「いや、明石は救護班を行ってもらいたい。ゴム弾とはいえ場所が場所なら危険なこともあるだろう」
「了解です提督」
「それとな、生活で必要になるというわけじゃないんだが、頼みたいものがあるんだ」
「早速ですか。いいですよ、出来る限り作ってみせます」
八代と明石以外誰もないのだが、どこで誰が聞いているか分からないために、念には念を入れて耳元で事を伝える。
「え、そんなもの必要ですか?」
明石は少し驚いたようだが、八代にとっては将来必要になると考える代物である。
「必要と考えているから頼むんだ。作れそうか?」
「ちょっと時間ください。現段階で作れるかどうか判断は出来ないですけど、かなり難しい案件ですね」
「今必要ってわけじゃないから急ぐ必要はない」
「分かりました。難しいと思いますが、最大限努力します」
「無理そうだったら言ってくれ」
「分かりました」
「それじゃ明石も基地警備訓練の準備を頼む。俺も着替えないといけないな」
「はい、了解です提督」