2月12日。鉄血陣営のティルピッツは悩んでいた。艦船としてではなく一人の女として悩むことは時折あったが、近ごろは日に日にその悩み事の数が増えている。その悩みの種は言わずもがな、執務室で日々共に仕事をこなしている一人の男のせいである。彼女はつい最近、その悩みの種を特定することができたようだ。日々膨れ上がるその
互いに共通の悩みであるはずなのに。彼は彼女の悩みを知らず、彼女もまた彼の悩みを知らず。互いが無いと否定している線が答えであるのに、今日も恋の議論は平行線。未解決のまま放置されていた。
閑話休題。
彼女は今、そんな恋焦がれる彼のために2月14日のバレンタインデーにチョコレートを渡そうとしていたが
(どうしようか……私は菓子作りは愚か、料理なんてしたことがないわ)
大きな壁に直面していた。指揮官が風邪を引いたときに出した料理は、ベルファストに手伝ってもらってやっとのことで完成したものであった。
(ここは諦めてしまおうか……いや、それは……そうだ、再び彼女に頼ることにしよう。情けないが、今の私には何もできない)
そう決意した彼女は速やかに、ロイヤルのパーフェクトメイドの元へと赴いた。
「失礼する、ベルファストに用があって来た」
「あら、ティルピッツ。何か用かしら」
「その、だな……」
指揮官の前では見せない砕けた態度をとるベルファストの前で、ティルピッツは硬直する。今この場で「指揮官にチョコレートを作りたい」なんて口にすれば、彼女が指揮官に好意を寄せていることがベルファストに露呈してしまうからであった。
だが、時すでに遅し。噂というのはあっという間に広がるものである。
「ふふ、指揮官にチョコレートを作りたいのだが……、違うかしら?」
本日もロイヤルのメイドは完璧であった。「気配りは給仕において最も重要なことでございます」というのが、彼女の信条であり、この察しの良さはその延長線上にあるものだった。
「……そうだ」
「あら、鉄血の誰かさんは指揮官様を慕っている、という噂は本当だったようね」
茶目っ気のあるベルファストの微笑みとからかいに、ティルピッツは頬を赤くする。
「……うるさい」
「ふふ、貴女も随分と女らしくなったじゃない。指揮官様にそんなところを見せれば、すぐに落とせるでしょうに……といっても、もう指揮官様は貴女にぞっこんなのでしょうが」
「それで、協力してくれるのか否か、どちらなんだ」
照れと敗北感から、彼女はぶっきらぼうに逸れた話題を戻す。
「そうね……指揮官様を私にくれるというのなら……冗談よ。分かったわ、協力しましょう」
「協力してくれる手前に注文を付けてしまって悪いのだが……その、自分で作りたいんだが、頼めるか」
「ええ、分かったわ。そうしたら、明日の秘書官の任務は早めに終えなさい。作る時間はできるだけ多いほうがいいわ」
「……恩に着る」
「さ、早く愛しい指揮官様のところにいってらっしゃい。待ってるわよ?」
「言われなくともそうす……!邪魔をした」
これでは私が愛しい彼のために執務室に行くという体で言葉が成り立ってしまうではないか、という念から彼女は出かけた言葉を引っ込めた。
「ふふ、あのようなお方は揶揄うと面白いですね……はぁ、私の恋は叶わずじまいね。本当は、それが正しい主従関係なんでしょうけど」
ベルファストはそう静かに、叶わぬ恋に今日もため息をつく。だが、叶わないとは知っていても諦めることはできずにいた。
「私も、チョコレートを作りましょうか」
ささやかな対抗心によって、彼に対するチョコレートがもうひとつ追加されることになったのは、誰も知る由はない。