クーデレフェチと孤高の女王   作:ずぼらな無機物

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6話:触れ合う距離感

「ふー、今日の仕事は終わりっと」

書類と数時間にらめっこした末、日が暮れる前に仕事を終えることができた。

「ああ、お疲れ様」

思えば、彼女の態度も出会ってから今日までで、随分と柔らかくなったものだ。出会ったときは短く「ああ」と4バイトの文字を発声するだけだったのが、今ではこうして執務を終えるたびに労いの言葉を掛けてくれるようになっていた。

「そういえばもう暖房をつけない日も増えたな、指揮官」

「あぁ、寒がりな俺としては暖かくなってくれてありがたいな」

「暖かくなるにつれて、ペンの動きが鈍ることも減るといいのだが」

「……善処するよ」

今のように彼女から話しかけたり、冗談を言ってくるようになったりもするようになった。自惚れかもしれないがその、彼女との距離が縮まっているのが実感できて嬉しく思う。

「コーヒーでも淹れるかな……あ、ティルも飲むか?」

「頂こう。砂糖とミルクを少し入れてくれ」

「かしこまり」

彼女は何となく、コーヒーはブラックで飲むようなイメージがあったため、その発言が可愛らしく思えてしまい、つい顔が緩んでしまった。

「……どうした?」

「なんでもないよ」

「……そうか」

恐らく俺が笑っている理由は彼女に悟られているのだろう。そのせいで少しむくれている彼女がまた可愛くて、コーヒーを淹れている間は微笑みが顔につきっぱなしだった。微笑んでいたというより、ニヤけていたと形容したほうが正しいだろうか。いずれにせよ彼女は今日も可愛いし、俺は今日も彼女が好きだという事実は変わりないものだ。

「ほい、おまちどうさん」

「ありがとう」

彼女と隣り合わせでソファに腰かけ、無言でコーヒーを啜る。彼女がコーヒーを飲むたびに聞こえる色っぽいため息が聞こえて、変な気分になりそうだということを除けば執務室には穏やかな時間がゆっくりと流れていた。

だが、そんな時間はノックの音によって遮られた。

「おう、入っていいぞー」

「明石にゃ。この前指揮官に頼まれていた装備ができたから、その報告にきたにゃ」

そういえば昨日、明石に設計図を丸投げしていたのだった。守銭奴で少々阿漕な商売をしていることを除けば、こんな風に1日で装備の作成を終えたりと優秀でいい奴なんだが。……俺の財布を干ばつさせたりしなければ、いい奴なんだが。

「おう、ありがとうな」

「あ、明石はペットじゃないにゃ!」

「うるせぇ、撫で心地のいい髪の毛が撫でやすい位置にあるのが悪いんだよ。うりうり」

「やめるにゃ~……明石のミミがぺたんこにされそうだにゃ……」

仕返しをせんとばかりに撫でまわす。ついでにこいつは撫で心地もいい。ふわっふわだ。ずっと撫でていられそうだにゃ~。

口先だけでは抵抗しつつも、まんざらでもないような彼女を一通り撫で終えてから、彼女が持ってきた書類に目を通して印を押す。

「あ、指揮官、他にも用事があるから後で明石のところまでこいにゃ」

「ん?ああ、分かった」

彼女に呼び出されるようなことは何かあっただろうか……考えてもわからなさそうだし行けばすぐにわかることだろうから、一旦このことは頭の片隅にでもおいやっておくことにする。

忘れるにゃ~、と言いながら去る明石を見届けてからティルの隣に座りなおす。それにしても、先程明石の髪の毛を撫でていたせいか彼女の髪の毛についつい目が行ってしまう……うむ、相変わらず艶のある綺麗な髪だ。

「指揮官、私の顔に何かついていたか?」

「ああ、いやその……」

そういえば、以前にも彼女の顔をこうして見つめてしまったことがあったなあと思い返す。本当にカドが取れたというか、物腰が柔らかくなったというか……待てよ、今誰も見ていないこの状況、そして彼女の軟化した態度を総合的に判断した俺の無駄にキレる勘と頭が俺に囁く。今なら彼女を撫でることができるのではないだろうか、作戦名(コードネーム)「髪の毛撫でよう作戦」を実行することができるのではないだろうか、と。……作戦の下り及び作戦名については忘れることにしよう。どうやら俺にはギャグセンスとネーミングセンスというものは一切備わっていないらしい。

「その、だなぁ……」

今この場で髪を撫でたい、なんて言い出したら怪訝な目線を向けられてしまうかもしれない。ここは極力リスクを避けながら、慎重に

「……彼女にしていたように、私の髪を撫でたいのか?」

オーマイゴッド。俺は今まで無神論者だったが、たった今神を信じることにした。ありがとうございますキリストよ、神の祝福を与えてくださったことに感謝の念を。……これ以上やると本当の信者に怒られてしまいそうな気がするのでやめておくことにする。

「その、そういうこった」

「指揮官がしたいと言うなら、好きにするといい」

以前ならこんなことをさせてくれなかっただろうな、と感慨深くなりながら、帽子を取り頭をこちらに向けてきたティルの頭に手をのせる。

「ん……」

「じゃあ、いくぞ」

想像通り、彼女の髪の毛はさらさらとしていて撫で心地が良かった。普段からしっかりと手入れをしているのが分かる。そんな彼女の女性らしい一面を垣間見れて。彼女が頬を染めながら目をそらして、それでもまんざらでもなさそうな顔をしているのを見れて、俺は今年最大に満たされている。いや、今年はまだ始まったばかりなのだが。

それから暫く彼女の頭を撫でていた。

「……もういいか、指揮官」

「あ、ああ、ありがとうな」

手を離したとき、若干名残惜しそうだったのは気のせいではなかったと思いたい。だが俺は確実に名残惜しいという念を抱えていた。誠に遺憾である。某蛇の言葉を改変して用いることにしよう。もっと撫でさせろ。この言葉が俺の心情を最も的確に表しているだろう。

「指揮官がこうしたくなったのなら、その、これからもしてもらって構わないわ」

……先ほど怒られそうだからやめようと誓ったが、どうやら俺には本気で神がついているらしい。ありがとうございます、神よ。ありがとう、ティル。

「あ、ああ。そんときはその、頼む」

それからカップを片付けた。ティルとは暫くの間お別れである。明日が待ち遠しいと感じるようになったのは、間違いなく彼女のお陰だろう。

「またな、指揮官」

「ああ、また明日」

ゆっくりと執務室のドアが閉じられる。

「髪の毛、さらさらだったなぁ……にしても、照れたティルはやっぱ可愛いかったな」

その上これからは毎日彼女のそんな姿を見れる確約を手に入れたのだ、今の俺の心は貴族を名乗れるほど潤っていた。

「さて、帰……っと、明石に呼ばれてたんだったな」

若干億劫になりつつも、数分間かけて明石のもとへと足を運んだ。

「指揮官、遅いにゃ」

「悪い悪い、詫びと言っちゃなんだが今度何か買ってくよ」

ティルの頭を撫でていたら遅れただけなので、この遅刻は正当な理由がある。異論反論は一切認めるつもりはない……遅れたことは紛れもない罪なわけだが。というかこいつの前でさらっと購入宣言をしてしまった。まずいことになった……俺の財布が干物になってしまう。後でどうごまかしをいれようか。

「楽しみにしてるにゃ。で、用事っていうのは……これ、日頃の感謝の気持ちを込めてあげるにゃ」

「……これは」

珍しい、というか初めての彼女からの贈り物。

「大事に使うにゃ~」

「……ああ、大事にしすぎてしまいっぱなしにならないように、精々気を付けるさ」

「頑張るにゃ~。明石は応援してるにゃ~」

明石から貰ったそれをポケットに入れてから、今度こそ帰ることにする。学園の桜は、そろそろ花を咲かせる頃だろうか。

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