ゴブリンスレイヤー外伝 暗殺者は冒険者になれますか? 作:ラナ・テスタメント
ゴブリンスレイヤー一行と重なるようで重ならない。勇者一行と重なるようで重ならない。
そんな一行の物語であります。
さて賽子は投げられました。出目はいくつ?
ファンブルだけはご勘弁――
――彼女はそれを見ていた。蠢くように動く黒を。それは暗い洞窟の中で、なお黒かった。闇の中ですら分かる黒。その黒は人型で、黒が動く度に血飛沫が上がる。その血はゴブリン。この四方世界“最弱”の【祈らぬ者ども(ノンプレイヤーキャラ)】だ。最弱、そう最弱だ。
だが最弱だからと言って、極悪でないなどと誰が言えるものか。彼女はそれを知っていた。
痛めつけられ、犯され、汚されたから。そして今また震える手足は動かず、またそうなる筈だった。筈だったのに。
「GORBBB!?」
黒が襲い来る小鬼を蹴倒し、素早く踏みつけ顎を砕く。同時に腕を閃めかせた。そしてまた上がる血飛沫。逆手に持った黒色の短剣が小鬼の首を薙いだのだ。さらに横からナイフを振り上げ、飛ぼうとした二匹がどう、と倒れている。いつの間にやら投げたスローイングダガーが首に突き刺さっていた。恐るべき早業である。刹那にも満たない間に四匹の仲間を殺され、小鬼達は目に見えて狼狽した。しかし、まだ五匹もいる――が、狼狽した隙をついて黒が突き蹴りを小鬼の腹にぶち込んでいた。それ一発で内臓を破裂させ、肋骨をまとめて叩き折り、なお止まらない。そのまま小鬼に足を突き入れたまま飛び上がり、ついでとばかりに両手を開いて両隣の小鬼の顔面を掴む――悲鳴が上がった。顔面を掴むと同時に目に指を刺していたのか。黒は止まらず足の小鬼を地面に叩き付け、同時に両手の小鬼も頭から落とす。
……三匹死んだ。一瞬でだ。黒は勢いのままに前転し、すぐに立ち上がるとどこからともなくスローイングダガーを二本取り出した。残りは二匹、小鬼達は訳もわからず目を白黒させ、次の瞬間には首から刃を生やしていた。防ぐ事も、避ける事も――否、気付くことすら許されずにスローイングダガーを投げ込まれたのだ。そして、洞窟は静かになった。あれだけいた小鬼は皆殺しにされ、黒はただ一人佇む。油断なく、そう一切の油断なく辺りを警戒しながら。
そんな黒につい彼女は唾を飲み込み、ようやっと口を開いた。
「あ、あの……」
はたして黒はそんな女の問いを無視、いつの間に取り出したのか先ほどより大きいスローイングダガーを握っている。それに気づいて青ざめるが、黒は明後日の方を向き、一閃! 重いものが倒れる音といくつかの汚ならしい声が聞こえた。
「田舎者(ホブ)だ」
「え?」
ようやくそこで初めて黒からの声を彼女は聞いた。それは男の声だった。見上げるとこちらに向き直っている。
「でかいのが一匹な。来てた」
「でかい、の……っ!?」
思い出す、でかいゴブリン。掴まれた足、叩き付けられた壁、捕まえられた手足、引き裂かれた服、押し当てられた、貫かれた、ヨゴサレタ――
「う、ぶ、おえ……! え……!」
「…………」
気付いたら吐いていた。胃の中のものをありったけ。それでもダメだった。胃液を吐き出してもまだ足りない。中の汚れは落ちない、綺麗にならない……!
「う……ぐ、う……!」
そして彼女はその場で踞りながら泣き出した。もう今さら意味の無い涙を。その後悔に何の意味があろう。
もう時間は戻らない、あの時の自分は帰って来ない――
「…………」
黒の男はそんな彼女を見下ろして、しかし構わず前に進んだ。手には黒色の短剣。左手にはスローイングダガー。彼は殺すだろう、この場の小鬼を全て。自分は出来なかった。何も、何も。
(何て、弱い……)
惨めだった、情けなかった、哀れだった、自分が。
小鬼の死骸で溢れたその場で泣き続け、しばらくすると黒の男が帰って来た。小鬼を全滅させて。
彼女に怪我は、少なくとも動けなくなる程の怪我はないと見て取ってか、踞る女を置いて出口へと歩き出す。その背中に。
「待って、ください」
彼女から声が掛けられた。つたなく、吐いた胃液で焼かれたのか、しゃがれた声が。黒の背中が止まる。彼女は立ち上がった。そしてただ一つだけ腰帯に差していた小ぶりなナイフを掴み、束ねていた髪を掴んで、切り落とす。
さようなら、私。さようなら、彼。さようなら、ただ一時だけだった仲間達。
もう、何も知らず――それこそ汚れすらしらなかった自分はいない。あの時死んだから。だから。
「私を、弟子にして下さい!」
だからもう一回、生まれよう。
彼女は、女武闘家は真っ直ぐに立ち、挑むかのように黒の男にそう言った。そして黒の男は――
【奴の名前はゴブリンスレイヤー。そして俺は暗殺者だ】
さて――賽子の転がる音が鳴る。出目はいくつだ? 《幻想》と《真実》は出た出目に一喜一憂し、駒達の運命は回る。ここにございますは、一つの駒。なんの変哲もない、冒険者の駒であります。さてさて、駒は一つではありません。何せ、駒一つではつまらない。どうせなら会わせたほうが楽しいでしょう?
それがちょっと変わり種ならなおの事。世には類は友を呼ぶとも言いますれば。
おっとそうでした。出目はいくで? またその出目ですか?
ゴブリン退治の依頼は尽きぬもの。ましてや春先ともなれば奴らは元気に暴れ出す。畑を荒らし、家畜を奪い、女を拐う。ある意味で奴らは変わらない。そして彼も――ゴブリンスレイヤーもまた変わる事はなかった。
角が折れた鉄兜に、薄汚れた皮鎧。全身に鎖帷子。中途半端な長さの剣。いや、一つだけ変わった所はあった。首から下げられた冒険者の等級を表す認識表だ。それは春から鋼鉄に変わっていた。
ちょうど一年。冒険者になり、ひたすらにゴブリンを狩り続けた。その結果が、鋼鉄級の認識表だ。彼の活躍をギルドも認めたと言う事だろう。……肝心のゴブリンスレイヤーに取ってはどうでもいい事だったのだが。
「…………」
そして今日もまたゴブリンスレイヤーはゴブリンを退治に向かう。それが自らの成すべき事だと思うが故に。
その視線の先にあるは横穴、洞窟だ。
……トーテム。と言う事はシャーマンが1か。
洞窟の脇に立てられたトーテムを見ながらゴブリンスレイヤーは背嚢から火打石を引っ張り出す。中には拐われた村娘が2人との事だが、わざわざ敵の陣中に入ってやる必要はない。まずは煙で燻り出して一匹一匹確実に殺せばいい。
いつもの事だ。いつも通りに手を抜かず、皆殺しにする。そう、ゴブリンは皆殺しだ。
「…………?」
と、準備を整えようとした所で、ゴブリンスレイヤーはふと顔を上げた。何か、聞こえた気がしたのだ。今は早朝、ゴブリンに取っての真夜中。奴らがこの時間に出歩くとは思えない――
(だが、放ってもおけまい)
もしゴブリンだったら。後ろから襲われるかも知れない。投石は厄介だ。それをしない可能性は考えない。
ゴブリンがこの時間に出歩くか? 絶対あり得ない事ではない。たまさかそこらで誰かを襲っていないとも限らない。
しばらくゴブリンスレイヤーは考えこみ、やがて立ち上がった。リスクは残しては置けない。気のせいならそれでいい。そして音がしたと思われる方向に歩き出した。
――結論から言おう。確かにゴブリンはいた。ただし、ゴブリンスレイヤーですら思いがけない姿であったのだが。
くぐもった悲鳴が漏れ聞こえる。やはりゴブリンか――そうゴブリンスレイヤーが思いながら向かった先には確かにゴブリンがいた。ゴブリンと黒の男が。
「――! ――!! ――!?」
「暴れるなよ、痛くなるだけだぞ?」
そう黒の男はゴブリンに――“四肢を切り落とされ、肩と腿に杭を打たれ、木に張り付けられた”ゴブリンに笑い掛けた。口には布を突っ込まれている。あれで声を出せなくしたのか。四肢を切り落とされてるのに出血死していないのは、おそらく傷口を焼いているからだろう。
よくショック死しなかったものである。そうして短剣を腹に当てていた。ゴブリンが泣きわめく。しかし悲鳴は全てくぐもったものにしかならなかった。暴れる手足もなく、抵抗は出来ない。次の瞬間、一気に短剣は引き落とされ、ゴブリンの内臓が引き出された。頭をぶんぶん振り回すが、当然、零れた内臓は戻らない。
「ふむふむ、大まかな内臓と場所は人体と変わらないか。まぁ、そりゃそうか」
頷きながら黒の男は器用にゴブリンを開きにしていく。皮をめくり、小さなナイフで止めた。まるで標本である。そしてそれは正しく標本だったのだろう。黒の男は胃をかっさばき、腸を切り落としていく。
「よしよし。大体の内臓の位置はこれで分かった。後は頭か」
まだゴブリンは死んでいなかった――後数秒足らずの命だろうが、まだ死んではいなかった。その目に恐怖と絶望が浮かんでいる。それに構わず男は頭を掴むと短剣をズブリと突き刺す。何をしようとしているのか、一部始終を見ていたゴブリンスレイヤーは即座に理解する。彼がやっているのは解剖だ。なら頭は何を見るのか。決まっている、”中身“だ。
そして血飛沫が激しく飛び散り、ゴブリンは解体されながら死んでいった。
「よし、満足――ところでいつまで見てるつもりだ?」
「…………」
ようやくこちらに振り向いた男にゴブリンスレイヤーは無言で近寄った。黒の男は異様な格好をしていた。
全身真っ黒――しかし鎧の類は着けていない。だが、明らかに普通とは違う素材で作られたであろう服に、口元を隠すマスク。頭を覆うターバンに、額当て。見るからに堅気の人間ではあるまい。武器は腰の鞘にぶら下げられた短剣しか見当たらなかった。しかし、ゴブリンスレイヤーの見立てが確かならば、あの服の至る所に暗器が仕込まれている筈だ。そうこの男は。
「……暗殺者(アサシン)」
「ああ、うん。分かるよな。そりゃ」
そう言って男は――黒の暗殺者は苦笑したのだった。
暗殺者(アサシン)。冒険者では斥候を任されるタイプであり、野伏(レンジャー)と混同される事もある。しかし、暗殺者と野伏の最大の違いは暗殺者は殺す者、と言う事だった。手段の一切を問わず、標的を殺す事を第一とする。故にギルドに登録している事事態が珍しいタイプであった。だが。
(暗殺者なのに冒険者か。……駆け出しの)
暗殺者の首からは認識表が、”白磁“の認識表が下げられていた。彼は珍しくも暗殺者の冒険者らしい。顔は隠されていて見辛いが、確かに若い。多分、15くらいか。
「何をしていた?」
「うん?ああ、これ?ちょっと調べたかった」
ゴブリンの事を。と続けて暗殺者は解剖したもの以外にも目を向ける。そこには他のゴブリンがいた。もちろん死んでいたが。しかし、殺され方はそれぞれ違っていた。
「……毒と、窒息か」
ゴブリンの死因である。片や首に紐を巻かれ、片や血反吐を吐きながら死んでいる。どうやらこの暗殺者はゴブリンの事を調べていたらしい。視線を向けると、彼は罰が悪そうに頭を掻いた。
「ゴブリン退治の依頼を受けたんだけど、ろくにこいつらの事知らなかったからな。だから、ちょっと調べようかと」
「……そうか」
知ってどうするのか。ゴブリンの返り血で血塗れになりながら笑う暗殺者にそれだけを答える。どうやら依頼がブッキングしたらしい。別々の村から依頼が来る。対して珍しくない事だった。珍しいのはこの暗殺者だ。
「どうやら依頼が重なったらしいな」
「ああ。……どうせなら、一緒にやらない?」
ゴブリン退治をだ。これもまた珍しい事ではない。依頼が重なった時は一緒に依頼を行う事は多々ある。しかもお互い単独(ソロ)でもある。ゴブリンスレイヤーは、少しだけ鉄兜を傾け、そして。
「俺は構わん。ただし、やり方は任せてもらうが」
「もちろん。よろしく頼むよ」
にっと暗殺者は笑い、ゴブリンスレイヤーに手を差し出す。それを握り返し、さて二人ならばどんな手段を使えるかと思案を始めるのだった。
もちろん、その後にゴブリンスレイヤーが行ったゴブリン退治は暗殺者を大いに驚かす事になるのだったが、それはまた別の話し。
そしてそれから四年後、ゴブリンスレイヤーと別の場所で、暗殺者の賽子は振られるのだった――。
はい。そんな訳でゴブリンスレイヤーの話しをちらと書いてみたり(笑)
お前オーフェンはどうしたよ? とか言われそうですが、うん妄想が止まらんかったんや……
さて、暗殺者ですが、某配役的にはやはりオーフェンを当てたい所。うん? 戦闘描写がまんまじゃボケ?
いやぁ、何の事だか分かりませんとも
では次話でまたお会いしましょう♪