ゴブリンスレイヤー外伝 暗殺者は冒険者になれますか? 作:ラナ・テスタメント
では、第三話どうぞー♪
遅めの昼食を取り終えると、とりあえず二階の部屋を二つ取り、暗殺者は女武闘家を伴って酒場の裏手に回った。ちょっとした空き地がそこにあり、子供達が冒険者ごっこで木剣を振り回している。
最近では勇者が現れ、魔神王を討ち果たしたのだとか。子供達が冒険者に憧れるのも当然である。自分はどうだったか――苦笑した。あの頃はそれどころではなかったから。
「お師さま?」
そんな暗殺者の様子に訝しむように見てくる女武闘家になんでもないと手を振って向き直る。そして少しだけ腰を落とした。
「さて、お前の装備を見繕う前に、ちょっと実力見てやるよ。武闘家――でいいんだよな?」
「は、はい」
「よし。なら軽く組手と行こう。腹ごなしにもなるしな」
「えっと、いいんですか?」
「駆け出しがいらん心配すんな。遠慮なんぞいらんから本気で来い」
少しだけ躊躇い、しかし暗殺者の台詞に覚悟を決めたのか頷くと半身に構えた。いい構えだ――やや前かがみな所を見ると蹴りが主体の格闘術か。”人を相手にするならば“申し分ない。
遊んでいた子供達が何事かと冒険者ごっこを止めて、こちらを注目する。それに構わず、暗殺者は呟いた。来な、と。
「せぇぇい!」
その言葉に押された訳ではあるまいが、裂迫の叫び声を上げて女武闘家が殴り掛かって来た。順手での拳が狙うは鳩尾である。対して暗殺者は逆に踏み込みがてら、左手を回して突き出された拳を絡めるように逸らした。そのままさらに一歩を進んで回り込む。
まさか防御されるどころか、死角へと回られるとは思っていなかった女武闘家は驚愕しつつも止まらない。拳を引きながら後ろへと回し蹴りを放つ!
空気を引き裂くような見事な蹴りは、だが後ろに回り込むと同時に地面に張り付かんばかりに身を屈めていた暗殺者の頭上を通り過ぎるに終わった。
(下……!?)
暗殺者と目が合う。鋭く、冷たい視線は驚いてる暇なんぞないぞと告げ、素早く軸足へと刈り取るような蹴りが放たれた。これにはどうも出来ず、女武闘家はぽんっと空中に投げ出される。くっと呻く間もなく、暗殺者が蹴りの勢いのまま立ち上がるのが見えた。まだ女武闘家の体は宙にあるのに、だ。尋常ではない速さだった。そしてようやく体が地面に着いたと思った時には胸の中央部――鳩尾に足が置かれていた。
「こんな所か」
「…………」
唖然、とするしかない。勝負は一瞬で付けられた。初手は逸らされ、蹴りは躱され、そのまま決着である。もし暗殺者が止めずに踏み付けたら、急所に一撃を貰って終わりだ。
ひゅぅぅぅぅ、と呼気を吐いて暗殺者は足をどける。それを見ながら、女武闘家も立ち上がった。
「ま、参りました」
「おう」
まるで相手にならなかった事にショックを受ける女武闘家に、暗殺者は当然とばかりにふっと笑った。彼女が服を叩いて砂を落とすのを見遣って、話を始める。
「とりあえず一言二言言う事がある。いいか?」
「あ、はい」
「まず最初に蹴り主体の戦い方はやめとけ」
きっぱりと告げ、足を上げる。蹴りを放つようにだ。
「見て分かる通り、蹴りはバランスが悪い。体勢も崩しやすいし、隙もでかい。掴まれたらアウトと良いことがない。人ならともかく大概人より体躯がでかいモンスターやら、数が多い連中からしたら狙って下さいと言ってるようなもんだ」
「でも、お師さまも蹴り使ってませんでしたか?」
「確実に敵を潰せる時だけな。俺のはこかして踏みつけるが基本だ」
そう言えばと思い返せば、暗殺者が蹴りを放った時は必ず相手を転がして踏みつけている。いかにも重そうなブーツで急所を踏まれたら、まず大概の敵は戦闘不能であるのは明白だった。
「あと膝もわりと有効だ。蹴り抜くより隙が小さいからな。もちろん肘もだ」
「でも、それをするなら相手に組み付く間合いになっちゃいますよ……?」
当たり前だが肘、膝を使おうとするなら敵と密着する事となる。女武闘家が父から教わった技には無論肘や膝を使う打撃もあるが、やはり主な技は拳と蹴りだ。
それが拒否感となっている事もあるが、モンスター相手に零距離の間合いとなるのは抵抗が強かった。
「俺も毎度敵に張り付けとは言わんよ。だが、武闘家がモンスター相手に組み付くのを怖がってたら何の仕事も出来ねぇぞ」
「……拳や蹴りで一発、とか無理ですか?」
「ゴブリンまでがせいぜいだな。しかもホブとかは無理」
当たり前の事ではあるがゴブリン以上のモンスターともなると体躯は余裕で人間以上である。頑丈さも比較にならない。そんな相手を打撃で沈めようとしたら、よほどの拳装備と急所への致命的(クリティカル)が必要だった。
「んであと一点、周囲に気を配れ。お前、俺の位置ろくに確認しなかったろ」
「……はい」
これにはぐぅの音も出ず、女武闘家は頷くしかない。回り込まれたと思ったので、すぐに蹴りを放ってしまったのである。当然、暗殺者はそんな彼女の動きなんぞ見切っており、すぐにしゃがんだと言う訳だ。
「どんなモンスターを相手にするのでもだ。周りを見ない、確認しない、は致命的だ。覚え、あんだろ?」
「…………っ」
思い出すのは最初の冒険。パーティーが全滅した時だ。焦っていた事もあるが、自分は見もせずに蹴りを放っていた。そして……あの様だ。
そんな女武闘家の様子にちょっとは自覚したかと暗殺者はふむと頷き、説教を締める。
「周りを見ろ、匂いを嗅げ、耳をそば立てろ、空気を感じろ、味を覚えろ。五感全てを空間に投射しろ――とまでは言わんから、とにかく落ちつけ。それが出来るだけでも雲泥の差が出る」
「……はい」
「よし。んじゃ、ちょっと一息入れて装備を――うん?」
そこまで言った所で暗殺者は囲まれている事に気付いた。それらは目をキラキラと光らせ、拳を握ってこちらを見てる。つまり、まぁ、子供達が。
「にぃちゃんねぇちゃん冒険者なのか!?」
「すごいすごい!」
「こぅ、ばしーばしーて!」
わいわい騒ぎながら話をせがむように近づいて来ていた。中には先程の組手の真似をしている子もいる。それを見渡して、暗殺者はため息を吐いた。
「……こうなる訳だ。周りに気を配らないとな」
「はい」
苦笑しながら女武闘家は頷く。確かに、もうちょっと落ちついて、視野を広げる必要がある。そんな彼女に少しだけ暗殺者は笑って、子供達にあめ玉でも買ってやるかと周りを探すのだった。
思わぬ出費にちょっぴり懐を痛めつつ、暗殺者は女武闘家を連れて買い出しに出掛ける。暗器、水薬の補充。そして女武闘家の装備の調達だ。しかし、暗殺者が向かうのはギルドの武器屋ではなかった。
「あの、お師さま? どちらに?」
「ああ、お前ギルドに行きたくないんだろ? だから別の場所で買い物だ」
「別の、場所?」
「闇市だ」
闇市――言ってみれば非合法の商人達の集まりだ。国が運営しているギルドはある程度の保証が約束されるが、闇市にそんなものはない。当然、非合法の商品も売られている。それこそ何でもだ。勿論、品質にも保証はなく、商人が勝手に値段をつけるため大概べらぼうに高い。
女武闘家は聞きかじった噂話を思い出し、さぁっと青ざめた。当たり前だが、そんな場所で買い物出来る金はない。
「あ、あ、あの、お師さま、あたし、お金――」
「ああ、ないんだろ? だから貸してやる。……利子付きな」
きっぱり言われ、顔をひきつらせる。この暗殺者、そこらはしっかりしていた。
「あの、ちなみに踏み倒した場合は?」
「地獄の果てまで追っかけて、お前の魂を悪魔(デーモン)に卸してやるよ」
ひぃぃぃぃとびびる女武闘家。流石に悪魔うんぬんは冗談だろうが、ろくな目に合わされないのだけは理解したのだ。暗殺者はにやりと笑いつつ、脇道をぐるぐると回り、ちょっとした広場に出た。そこでは所狭しと露天やテントが並んでいる。
「ここが闇市だ」
「ここが……」
ごくりと唾を飲み込む女武闘家に構わず暗殺者はさっさと前に進んで行く。慌てて追いかけるも、唐突に露天から声が掛けられた。
「美人の姉ちゃん! いらっしゃい! おひとつどうだい?」
「いえ、あの……?」
「いいからいいから、さぁさぁ」
戸惑ってる間に妙な色合いの果実を無理矢理押し付けようとする。そして手に握られようとした瞬間、ぬっと遮ぎるようにして手が伸びて来た。暗殺者だ。
「触んなバカたれ。触ったら商品台無しにされたとか言われて買わされるぞ」
「え、ええ……!?」
「あんた何邪魔して、て、ありゃ? あんた……」
「久しぶりだな。そしてこすい商売してんな」
顔見知りだったのか苦笑する暗殺者に商人はけーと呻き、頭を掻く。手口はまるっとお見通しと言う事だ。
「旦那ぁ、商売の邪魔は勘弁してくだせぇよ」
「その果実一個で金貨3枚だろ? 邪魔するわい」
「金貨3!?」
慌てて看板を見ると、小さく――本当に小さく書かれていた。一個金貨3枚、と。とんでもないぼったくりであった。
「効能は確かですぜ? 旦那もそこのお姉さんと3日3晩ぶっ通しではしゃげるてもんですよ。終わったら死ぬかもですが」
「いらんわい」
頭痛を押さえるようにしてこめかみをぐりぐりする暗殺者に女武闘家はちょっと顔を赤らめつつも、回りを見渡す。
金貨が100やら200やらが普通にあり、しかもギラギラとした目が向けられている。何も支払いはお金だけではないと言う事だ。見れば、そう言った女性達がちらほら見受けられる。
「んな果実よりもっとマシなもん貰うよ。杏、冷やしてるだろ? 銀貨1枚な」
「旦那ぁ、もっと高いもん買ってって下さいよ」
「買うだけマシと思えよ」
全くもーと、暗殺者に促されるままに樽を一つ取り出す。中にはたっぷりの氷水に浸された杏が浮かんでおり、商人は2つ取り出すと銀貨と交換した。
「ほら」
「あ、ありがとうございます。えっと、お金」
「こんくらいはおごってやるよ。さて、ババァはまだ生きてるか?」
「あんの婆様がくたばる所があったら見てみたいもんだよ。装備の調達かい?」
「ああ。暗器と薬の補充と、そいつの装備」
「そらまた奮発だなぁ。ウチで買ってってくだせぇよ」
「お前ん所ろくなもんねぇだろうがよ。マシな品揃えしてから言えよな」
「かー! 闇市で無茶言うもじゃねぇですよ旦那!」
「だから一番信用出来る所で買うんだよ。ま、杏は美味いからまた買ってやるよ」
「杏ばっかじゃ商売あがったりつーんですよ! 毎度あり!」
商人にひらひら手を振りながら杏を齧り、暗殺者は進む。女武闘家はぽかんとするも、はっと我に帰ると慌てて追いかけた。
「すごい所ですね、ここ……」
「ま、ろくな所じゃないわな。杏、美味いぞ。食わないのか?」
「あ、はい。いただきます」
よく冷やされた杏に齧りつくと仄かな甘味と酸味、そして冷たさが口に広がる。確かに美味しい。……まぁ、これで銀貨1枚は高いが。
「でも、なんで闇市なんか知ってるんです?」
「こう言った稼業してると、まともな所以外とも付き合いは出来るもんなんだよ。ギルドの店じゃ取り扱わないのもここには出るしな」
杏を食べ終わると、芯と種をそこらに放る。捨てられたそれらは、土の肥やしか虫の餌になるだろう。女武闘家もそれに倣う。そして暗殺者が進む先に黒く塗られたテントがあった。あそこがそうなのか。彼はずかずかと無遠慮に入り込む。
「おう、入るぜババァ」
「……なんじゃい、小僧。生きとったんか」
テントの中には小柄な老人が居た。元は魔法使いだったのか、ローブを身に纏い、キセルから煙を吹かせている。
女武闘家は入るなり頭をペコリと下げるも彼女からは見向きもされなかった。
「どっかで野垂れ死んだと思っとったわ」
「そいつは残念でしたね、と。いつものやつ頼むわ」
「……全く」
やれやれと首を横に振ると老人店主は後ろを向き、ごそごそと商品を漁る。そして暗殺者に投げ渡した。
「ほれ、これでいいんじゃろうが。全く、こんなもんお前さんしか買わんぞ」
「スローイングダガーに、水薬各種、毒、痛み止め――ま、こんなもんか」
「金貨30」
「30ぅ!?」
悲鳴を上げるかのような声を出す女武闘家をじろりと老人店主が睨む。そしてふんと鼻で笑った。
「ギルドでも扱わん品なんじゃ、そんくらいは貰うよ」
「いや、でも……」
「ほい」
抗弁しようとする女武闘家を無視して暗殺者は袋を老人店主に投げ渡す。ぎっしり詰まった中身は金貨で間違いなかった。一枚一枚取り出して確かめる老人店主に暗殺者は買ったばかりの暗器を広げた。
「毒の仕込みと武器の整備させてくれ。砥石」
「わしゃ金の勘定で忙しいんじゃがねぇ、全く」
ため息を吐きながらも傍らの砥石を暗殺者に放る老人店主。それを見もせずに受け止めると、腰の短剣を取り出し――おっと、と顔を上げた。女武闘家の装備を買わねば。
「ババァ、悪いけど、その子の装備も一揃い買うわ」
「はぁ? そこの駆け出しのかい?」
老人店主から値踏みされるように見回され、女武闘家はびくりと震える。そんな様子に構わず、彼女はふむと頷くと奥に引っ込んだ。ややあって戻って来るとカウンターに広げる。
「あんた武闘家だね?」
「えっと……はい」
「なんだい曖昧な返事して。はっきりしない子は死ぬよ。しゃんとしな」
うぐっと言葉に詰まる女武闘家に構わず老人店主が取り出すのは武闘服だった。漢服と呼ばれる東の国の服である。
「まずはこれだね。耐刃繊維の服で、ちょっとやそっとじゃ刃が立たん。サイズはあっとるから着替えな」
「こ、ここでですか!?」
今度は本当の悲鳴だった。流石にこんな場所で着替えろと言われてもだ。ちらりと師匠を見るが彼は我関せずと黙々と装備の手入れを行っている。
「いいからさっさとしな! あたしゃ暇じゃないんだよ!」
「は、はい!」
思わず返事をしてしまい、はっとなるがもう遅い。うーと唸り、師匠を見て、周りを見て、覚悟を決めた。えいや、とぱっぱと服を脱ぎ、すぐに漢服に袖を通した。
意外な事に、本当にサイズはぴったりだった。
「わ、動きやすい……」
「変わりに打撃にゃ弱いから注意しな。んでこれだ」
次に渡されたのは靴だった。普通の靴に見えるがやたらと重い。不思議に思いつつ、足を入れるとこちらもサイズがあっている。しかし……。
「これ、なんでこんなに重いんです?」
「足裏に鉄板が仕込んどるからの。当たり前じゃ」
「え?」
鉄板? と足を上げて裏を見るも中に仕込まれているのか分からない。しかし、この重さは確かに何かが入っていた。
そして手甲、肘当て、膝当て、部位鎧、と次々に装備を渡され、それを着込む。どれも何かしかの仕込みが施されており、防具なのか武具を付けてるか、女武闘家は分からなくなりそうだった。
「よし、こんなもんじゃろ」
「わぁ……」
装備を終え、女武闘家は自分の姿を見渡す。真新しい漢服の上から皮の部位鎧を着込み、肘、膝当てが光る。鉄板仕込みの靴はやや重いが、その重さが頼もしい。
防御用の皮の手甲も固く、また軽い。最後に師匠の戦闘服のグローブと同じもの(暗殺者が前に頼んだまま忘れていた予備品)を付ける。このグローブは手指に鑢(やすり)が仕込まれており、引っかけるだけでも皮をめくらせるに足る。さらに指先から甲にかけて、関節ごとに板のようなものが張り付けてあった。甲虫の背中のようにも見える。最初は鉄板かと思ったが異様に軽く、硬いものだった。
「小僧、終わったぞい」
「ん? お、終わったか」
老人店主に呼ばれ、暗殺者が振り返る。そこに立つ女武闘家を見てにやりと笑った。
「ま、駆け出しじゃ、なかなかできん装備だろ」
「過保護じゃないんかい?」
「きっちり元手は取るさ。で、どうだ?」
「は、はい!あ、えと、その……ありがとう、ございます」
問われ、女武闘家はびくっと背を伸ばすと、たどたどしく礼を言う。まさか、こんな本格的な装備をされるとは思わなかったのだ。勿論、金属の防具ではないのだが、女武闘家からすれば寧ろ助かる。そんな彼女に苦笑して暗殺者は背嚢から袋を取り出すと老人店主に渡す。中身は言うまでもないものだ。
「200入ってるから」
「ほ? 大奮発じゃぁないかい? 150くらいのつもりじゃったが?」
「あともう一個買うからな」
「ほう?」
にやりと老人店主が笑うも取り合わず、暗殺者は女武闘家に振り向いた。金額を聞いたか目をぎょっと開く彼女に苦笑して、立てかけてある武器を手に取ると投げ渡す。
女武闘家はあわたたと何とか受け止めた。
「これは……連結棍(フレイル)ですか?」
「いーや、ヌンチャクて言う東洋の武器だ。お前さんに合うと思ってな。使い方は後で教えてやるよ」
そう言って暗殺者は笑い、テントから空を見る。夕方に差し掛かり、赤く染まっていた。これは明日も晴れそうだなと確認して、広げていた装備を背嚢に詰めていく。
さぁ、明日は冒険(デート)だ。
(第四話に続く)
はい、第三話でした。女武闘家ちゃん装備一新です
ちなみに彼女の装備は本来冒険者向けではなく、暗殺者の本業向け装備です。
なので過剰なまでに仕掛けが施され、めちゃんこ高いと言う(笑)
借金、金貨200(利子付き)を背負った女武闘家ちゃんの明日はどっちだ。あれか、体で支払うルートか(コラ)
ではでは、第四話、ようやく冒険です。お楽しみにー♪