戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

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本作には似非戦術論、ミリタリー知識がかなりあります。苦手な方は見ない方が幸せだと思います。

作者的には「強い聖グロ」「強いダージリン」を表現したかったのですが、どこまでできているのやら。映るだけで面白い人扱いですけど、実際原作でもマジで強いと思います。

オリ主の出番が一切ないので、ここ数話は原作再構成っぽくなっています。
次からはキチンとオリ主タグが仕事します。


第11話 「練習試合をしましょう④」

『こちら八九式、聖グロリア―ナの戦車五両確認!大洗駅前通りからきらめき通り、ようこそ通りの二手に分かれて進行していると思われます!』

「こちら四号戦車武部、了解!――――みほ!」

 

振り返る武部に、みほは頷きを一つ返した。

作戦開始から十五分程、聖グロリア―ナは市街地へと侵入してきた。予想よりも早い到来となったが、特に問題はない。大洗女子は既に戦車を散開させており、偵察の網を広く設置していた。その網に掛かったのは、一両ではなく五両だったが。

 

大洗駅前通りは文字通り、大洗駅の前に横たわる道である。片側一車線で狭くもなく広くもなく、といった感じだが、駅前通りはいくつかの大通りに連結している。それが大貫勘十堀通り、きらめき通り、ようこそ通りの三つで、これらはそのまま海岸沿いのサンビーチ通りへと続いている。言ってしまえば大洗町の支柱のような道で、おそらく最も交通量が多い。ゆえに道幅は広く、戦車を走らせやすい。

流石にいきなり突っ込んではこないか、とみほは脳内の地図を広げた。

 

二手に分かれた、ということはローラー作戦でこちらの居場所を炙り出すつもりなのだろう。だが大貫勘十堀通りを選択しなかったということは、それより南西側、つまり大洗サンビーチや海浜公園がある方には戦車を配置してないと読まれている。

 

その読みは正解である。みほはそちら側は隠れる所が少なく、道も単調だったため『こそこそ作戦』には向いてないと判断し、北東側に戦車を寄せていた。

 

「八九式の皆さんは相手に見つからないよう、注意しながら偵察を続けてください」

 

聖グロリア―ナは、こちらが機動力勝負に持ち込むことを予測している。やはり強豪校の隊長ともなれば、それくらいは見抜いてくるか、とみほは気を引き締めた。

 

この動き方なら、相手はサンビーチ通りに何両か、みほの見立てでは二両は走らせてくるはず。そして残りの戦車は商店街の中に行かせ、いつでもL字型の陣形を取れるようにする。碁盤のような形をしているこの場所なら、闇雲に動くよりもそういった足並みが揃った連携の方が望ましい。一方が相手と戦闘に入っても、他方が即座に相手の横面を殴れるからだ。

理に適った動きゆえ、隙はないが………

 

「寧ろチャンスかも」

 

みほは無線を繋いだ。通信先は、生徒会チーム38tであった。

 

「すいません、おそらく大洗マリンタワーの前に相手の戦車が出てくると思います。戦闘はしなくていいので、意識だけ誘引してもらえませんか?」

『誘引―?適当にちょっかいをかければいいー?』

 

ガサガサと袋が擦れる音がしているが、気のせいだろうな、とみほは思った。無線越しに聞こえる角谷の声が、何やら口に物を含んでいるような感じだが、それも気のせいだろう、きっと。

 

「それでお願いします。その間に此方は商店街に入ってくる相手を撃破します」

『ほーい、まぁ気をつけてねー』

 

どんな時でも自然体でいられる角谷の太い神経が、心底羨ましいみほであった。一応はじめての対外試合なのだし、少しくらい緊張するなり動揺するなりしてもいいはずなのだが。

伊達に学園艦を仕切る生徒会長ではない、ということなのだろうか。

 

「みほ、バレー部チームから通信!ようこそ通りを走ってたマチルダのうち、一両が加速したって!」

 

ここかな、とみほは早々に攻撃のチャンスが回ってきたことを直感した。

 

「攻撃態勢に入ります。ターゲットはようこそ通りを走行中のマチルダ。先行したほうではなく、後ろの方をやります。三号突撃砲は二両のマチルダの間に入って足止めを。できれば若見屋交差点の辺りで止めてください」

『了解した!』

 

本来ならば待ち伏せとして使いたい三号突撃砲だが、この場合は仕方ない。各戦車の位置から考えると、そこに入れるのは三号突撃砲しかいない。タイミングを間違えると前後で挟まれてしまう危険もあるが、そこは巧く生徒会チームがやってくれることを期待するしかない。もちろん、みほも慎重に時機を図らなければならないが。

 

『先頭のマチルダ、若見屋交差点を通過!後続のマチルダはあと20秒ほどで交差点に差し掛かります!』

『了解した!こちらは砲撃準備に入る!』

「生徒会のみなさん、そろそろ出てきます。準備は大丈夫ですか?」

『大丈夫―当てなくてもいいんだから楽だよねー』

『こ、こちら一年生チーム!髭釜商店街から若見屋交差点の手前に向けて走行中です!』

 

頭で時計をカウントしながら、みほは全車両の位置を把握した。

冷静に、そして静かに無線に耳を傾け、肌に伝わる空気の振動を敏感に捉える。

五感すべてを使って状況を察知する。それは西住みほの癖のようなものであった。

やがて秒針が四分の一回ったとき、一つの通信がみほに届けられた。

 

『こちら生徒会チーム、相手の戦車が出てきたよーそれも二両。砲撃開始するねー』

「―――――今です!!」

 

その合図とともに、一つの轟音が空気中の波となって商店街の中を駆け巡った。そしてそれは当然、みほの耳と肌にも届けられた。

 

四号戦車は一気に加速し、永町商店街を疾走する。

目標はすでに、みほの眼に映っていた。

 

勢いそのままに四号戦車は若見屋交差点に躍り出る。そこには僅かに白煙を吐き出すマチルダⅡ、そして筒先から同じように白煙を登らせる三号突撃砲。

一瞬でみほは事態を理解した。三号突撃砲はみほの指示通り、マチルダⅡの脚を止めることに成功したのだ。

ならば次は、とみほは全車に声を飛ばす。

 

「囲んで一気に落とします!全車、砲撃!」

 

隊長の命令に応じるようにして、四号戦車と交差点を挟んで真向かいからM3リーが、右方からは偵察としてマチルダを追いかけてきていた八九式が駆けつける。これにより交差点の中央にあるマチルダを、四方向から大洗女子が包囲する形になった。みほの思い描いていた形そのものである。

まさかここまでうまくいくなんて、と驚嘆する思いのみほであった。

 

絶好の機会に、各戦車の砲手たちは迷いなくトリガーを引く。装填中の三号突撃砲を除いた、計四つの砲から放たれた弾丸がマチルダを容赦なく襲い、激しい音を立てて硬い皮膚に噛みついてゆく。

 

「――――次弾装填!」

 

しかし大洗女子の牙は、僅かに届かなかった。立ち上る煙の切れ目、そこから垣間見えたマチルダは未だ健在。全身に砲撃を浴びようとも白旗を挙げることなく、威風堂々と佇む様は『陸の女王』の称号に相応しい姿であった。

 

その堅牢さにみほは唸るしかない。正面装甲とはいえ三号突撃砲の砲撃を受け、なおかつ一キロ先から35mmの装甲を抜く四号の主砲と、それ以上の火力を持つM3リーの主砲を近距離で側面に、おまけとばかりに最も装甲が薄い背後から八九式の砲撃も受けたのだ。白旗判定が上がってもおかしくないはず。

それなのに、マチルダは健在。全方向から撃ってもまだ耐えるとは、流石に笑えない防御力である。どれだけ硬い戦車なのか。

 

(もし三突が背後から撃ててたら、結果は変わってたかもだけど……)

 

過ぎたことを気にしていてもしょうがない、とみほは次弾の装填を待った。

いくら頑丈とはいえ、近距離で何発も撃ち込まれる弾を無限に耐えられるわけではない。おそらくあと一度、全方位から攻撃すれば、相手のマチルダは走行不能になる。みほは経験則でそれを悟った。

 

しかしその眼前では、女王に無礼を働いた不届き者を罰しようと、2ポンド砲がゆっくりと回っていた。――――攻撃が来る。

マチルダの砲性能は高いわけではないが、決して低いわけでもない。正面装甲とはいえ、油断すればもっていかれる可能性がある。撃破してもおかしくない攻撃を耐えた戦車があるのだ、撃破されないはずの攻撃で白旗を挙げてしまう戦車だってあるだろう。理論上は耐えれるものでも、現実でもそうなるとは限らない。

 

だが、とみほは動揺することはなかった。

 

『撃てぇーーーーーー!』

 

誰よりも早く砲撃したがゆえに、誰よりも早く装填を終えた三号突撃砲が再び火球を放ったからだ。目と鼻の先で鉄が割れる音がして、みほは舞い上がった黒煙から顔を守るように腕を翳した。

 

順当にいけば、一度撃ち終わったみほ達の次は、相手のマチルダが攻撃する番になるはずだった。戦車の砲撃に装填というプロセスがある以上、お互いが攻撃側と防御側に分かれて交互に撃ち合うといった、ターン制のような形になることは稀にある。

 

(三突の装填が早くて助かった)

 

あと少し遅ければ、回避のタイミングを逸していたみほ達は相手の砲撃を受けるしかなかっただろう。

 

『命中確認!よし、やったか!?』

『やったー!みたみた梓!?今のかなりいい感じだったんだけど!』

『あー!私も撃ったのにー!』

『キャプテン!バックアタック大成功です!』

 

湧きたつ歓声に耳を傾けながら、みほは黒煙が晴れるのを待った。

白旗が上がっているのかそうでないのか、それを視認するまでは決して油断できない。

みんなが喜んでいる分だけ上乗せして、みほは警戒心を高めなければならなかった。

 

「あれだけ撃ったら流石に倒せたでしょ!?倒せたよね!?」

「確かに。いくらマチルダといってもここまで至近距離で撃ち込まれれば……」

 

そしてそれは、功を奏することになる。

 

「―――――冷泉さん!」

 

叫ぶようにして飛ばした指示は、ほんの一瞬遅れて実行された。

四号戦車が僅かに後退し、そして一瞬の後。

 

四号戦車の砲塔部分を、重い一撃が襲った。

 

着弾の振動で車内が揺れ、武部の悲鳴がみほの鼓膜を打つ。

キューポラにしがみつきながら、みほは弾が飛んできた方へ目をやった。

そこに、射手がいた。枯葉と若葉を混ぜ合わせたような深いカラーをした、チャーチルMK.Ⅶ。砲身から漂う煙が、何よりも雄弁に語っていた。

 

「全車散開!!進路は東、曲がり松商店街、消防本部方面へと向かってください!」

 

突然の砲撃にもみほは動じなかった。素早く指示を出し、四号戦車を前進させる。

その間に八九式、三号突撃砲は離脱し、商店街の狭い道を駆けていく。

 

「Dチームのみなさん!援護します、早く離脱してください!」

 

そして最後の一両、M3リーが慌てた様子で履帯を回し始めた。

それもそのはず。なぜならチャーチルは、M()3()()()()()()()()()()()()()

四号は庇うようにしてM3リーとチャーチルの間に割り込んだ。

 

(なんでわざわざこっちを……?)

 

チャーチルの不可解な行動に、みほは眉を顰めた。相手の背後を取る、という絶好の機会をわざわざ見逃し、戦車二両を挟んで向こうにいたみほ達を狙ってきた理由がわからなかったのである。チャーチルの火力なら、おそらく一撃でM3リーは撃破できる。今回のルールが殲滅戦である以上、一両でも減らしておいて損はないはずだ。なのに、角度的に装甲の薄い部分は狙えない四号戦車をわざわざ撃ってきた。一体、何の意味があって?

 

「五十鈴さん、四号の砲性能ではチャーチルの正面装甲は抜けません。できるだけ履帯部分を狙ってください!」

「で、でもみほさん。建物が邪魔で砲塔部分以外が見えなくて……」

 

強豪校らしいテクニックを見せつけてくれる、とみほは口を結んだ。

一度、二度と放たれた弾丸はあっけなく弾かれていく。お礼と言わんばかりに返ってきたチャーチルの砲撃は、直撃せずともみほの肝を冷やすというのに。

撃破は難しくとも、履帯さえ破壊できれば、という気持ちだったが、そう簡単にはさせてくれない。

 

「みほ!Dチームはもういったよ!」

「冷泉さん、相手に側面を晒さないようにバックで左折してください!」

「むぅ……ちょっと難しい」

 

とは言いつつも、冷泉は一切車体を壁に擦ることなく鮮やかな操縦技術を見せつけた。

広い道にさえ出れば転回だって余裕。あっという間に踵を返して四号はチャーチルの前から姿を消した。M3リーが離脱できたなら、あんな不利な撃ち合いに付き合う理由もない。

 

「みほさん、マチルダにトドメを差さなくていいんですか?」

「ごめん五十鈴さん、今は逃げる優先で」

 

お淑やかな見た目から考えられないくらい、さらっと怖いことを言うのが五十鈴という人である。

確かにマチルダの撃破を曖昧にしたままにしておくのはよろしくないことだが、今はそれ以上にリスクマネジメントである。今さっきの連携を見る限り、無理をして攻めることもない。チャンスはまだある。

 

『あーあーこちら生徒会長の角谷ー。西住ちゃん聞こえるー?』

「あ、はい、大丈夫です。どうしました?」

『いやーどうもちょっかいかけすぎたみたいでさー、相手が凄い勢いで突っ込んできてるんだよねー………逃げていーい?』

 

なにしたんだろう、とみほは冷や汗を垂らした。無線の向こう側でドッカンバッタンと何かが壊れるような音が間断なく流れ続けている辺り、相当な猛攻を浴びているような気がするのだが。

 

「ありがとうございます、もう大丈夫です。今は消防本部まで退いてるんですけど――――」

『ふーん、じゃあ町役場らへんで隠れてようかな。撒いたらまた言うねー』

 

プツン、と騒音がなくなって、みほの聴覚は自分の周辺の音しか拾わなくなった。

町役場と言うと消防本部の近くである。連携がある程度取れる位置を即座に選ぶあたり、角谷も中々只者ではない。

 

「西住殿、これからどうしますか?」

「基本方針はこのままで。これからはもっと入り組んだ場所になるから、三突がかなり活きてくると思う。うまく攪乱しつつ三突の前におびき出す形で相手を釣って、そこを狙って囲めれば…」

 

いけるだろうか。機動力では此方に分があるし、こそこそ作戦は一応の成功をみた。戦力や実力で劣ろうとも、まともに戦えない程の差は今のところない。奇跡的かもしれないが、初心者集団の大洗女子はなんとか聖グロリア―ナと戦えているのだ。

 

ならば、この勢いを殺さないまま畳みかけたい。作戦が成功し、チーム全体に「やれるかもしれない」という雰囲気が漂っている今こそが好機。

 

「常に先手を取って、主導権を渡さないこと。後手に回ったら一気にやられる……」

 

知らず呟いたみほの声は、空に溶けて消えていく。大洗女子が細い綱の上にあることを、みほは知っていた。

 

そんな胸中を知ってか知らずか、戦局は大きく動き出す。

 

「マチルダとチャーチルが商店街に入ってきたって!なんかくっついて動いてるらしいけど!」

「追撃か。まぁ逃がす理由もないし、当然だな」

「西住殿!」

「一番やっかいなチャーチルを此方で引き付けます。引き剥がしてマチルダを孤立させるので、素早く集中攻撃してください!」

 

四号戦車は左折を二度行い、道を変えて進路を180度転換した。これにより四号戦車はチャーチルの側面へと回り込むことになる。背後はおそらく相手が最も警戒している場所、迂闊に攻撃しようものなら手痛い反撃をくらう可能性もある。意識を誘引するくらいなら側面からで十分。

 

相手は直ぐに現れた。狭い道をいっぱいに使って悠々と進撃するマチルダとチャーチル。みほ達の狙いは後者。五十鈴に指示し、みほはチャーチルへの砲撃を開始した。

 

「――――その程度、予測済みよ」

 

初弾を受けてもビクともしないチャーチルは、ゆっくりと進路を曲げ、四号戦車の方へと向かってくる。できるだけ戦車が相手に対して斜めを向くようにし、限界まで車体を隠して四号戦車は砲撃を続行する。しかし最大装甲厚152㎜の硬い守りを前に、四号戦車はあまりにも無力であった。襲い掛かる弾丸を二度三度とはじき飛ばし、チャーチルは果敢に攻めてくる。

 

「冷泉さん、一気に突っ切ります。少しだけバックして、助走をつけて前方を走りぬけてください」

「わかった」

 

後進、後に前進。慣性の法則により身体が前後に激しく揺さぶられる。勢いよく走りだした四号戦車は、ほんの数瞬だけチャーチルの前に姿を現し、そして掻き消えていく。

予知能力でもなければ反応できない動きに、当然チャーチルは遅れる。放たれた弾丸は四号の残像を貫き、そのまま家屋の壁へと突き刺さる。

 

そして再び方向転換して四号は停止する。正面と正面を向け合うような形で、攻撃態勢に入った。あの装甲を相手に攻撃を続けるのは、言ってしまえば巨象を木の棒で突き続けるような、無意味な行動だが、みほ達の目的は撃破ではない。他の戦車がマチルダを撃破するだけの僅かな時間、それを稼ぎさえすればいいのだから。このやり方なら油断しなければやられることはない。

 

そして場面は変わり、生徒会チームを除く三つのチームがチャーチルから離れたマチルダへと迫っていた。

三号突撃砲、M3リー、八九式。この中でマチルダに通用する攻撃力を持っているのは言わずもがな。よって彼女たちは速やかに自分たちの役割を悟った。

 

『Bチーム、Dチーム、こちらは家屋の陰に戦車を隠している。なんとか釣りだせないか?』

『こちらBチーム!相手の戦車が見えたので私たちがやります!』

『で、Dチームです!Cチームが撃ったところを追撃します!』

 

すなわち攻撃、陽動、追撃である。比較的小回りの利く八九式がマチルダを誘い出し、三号突撃砲は隠蔽率の高い車体を活かして潜み、その近くでM3リーも待機する。

後はシンプルだった。撃って、撃って、撃つ。それだけである。

おそらく現時点で最も理に適った動きは、初心者特有のぎこちなさを僅かに残しつつ実行された。

 

八九式がマチルダの前を軽快に通っていく。貧弱な装甲の八九式は、いわば絶好のカモ。撃破という欲につられたマチルダは八九式の後を追うようにして走る。

その姿を目視で確認した磯辺は、作戦の成功を予感した。河西にジグザグ走行を指示して相手に狙いをつけさせないようにし、目標地点までひた走る。

 

そして三号突撃砲は、いまかいまかと火球を吐き出すタイミングを伺っていた。

通信によって大体の位置は掴めている。車体の位置を微調整し、砲撃に最適な位置取りを行えば、後は待つことしかできない。砲手の左衛門佐は唸りながらトリガーにかかる指を何度か動かした。

 

M3リーもまた三突に呼応する形でポジショニングを行っていた。

通信によって三突がどのあたりで相手を撃つか、それを聞いた上で自分たちも即座に追撃できるような場所を探す。

 

やがてM3リーの車長、澤が良さげな場所を発見した時、八九式からの通信が二両へと告げられた。

マチルダが目標地点へと迫っていたのだ。

 

三号突撃砲の車長、エルヴィンは一層注意深く前方を見つめた。砲撃のトリガーを引くのは左衛門佐だが、そのタイミングを指示するのは自分。判断を誤れば攻撃は失敗する。ならば、とまばたき一つも躊躇われるものだった。

そしてそれは、同じく攻撃の体勢に入っていたM3リーでも同様であった。

 

通信がカウントダウンを開始する。

五、エルヴィンは深呼吸する。

四、左衛門佐がトリガーに指をかける。

三、装填手カエサルが、次弾を掴み取る。

二、操縦手おりょうが、操縦桿を今一度握りなおす。

一、チーム全員に緊張が走る。

 

―――――ゼロ。

 

「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――!!」

 

瞬間、轟音。鉄が砕けたような嫌な響き数回に渡って鳴り、衝突と擦過の音がシェイクされる。やがて数秒の間をおいて、場違いなほど軽い音がラストを飾る。

それは戦車道の規則により装着が義務つけられた、とある装置の起動音であった。

 

一同は悟った。

 

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『大洗女子学園、三号突撃砲撃破!!』

 

「うそぉ!?なんで!?」

「そ、そんな……Cチームがやられてしまいました!」

 

離れて行動してはいたものの、通信によりある程度の状況を察していた四号戦車の乗員を混乱が襲う。みほもまた、声を上げることはしなかったが武部たちと同じ気持ちだった。

 

何が起きたのか、それを知る者は一チームだった。

M3リー、三突と連携できるように動いていた彼女たちだけが、一連の出来事を見ていた。

 

『し、Cチームの後ろからマチルダが……』

「後ろから、だと?」

 

冷泉の平静な声を聞きながら、みほは悟った。背後を取られたのか、と。どのような形で隠れていたのかはわからないが、撃たれたということは、正面からは見えなくても後ろからは丸見えだったのかもしれない。

詳しい状況は分からないが、明確に分かっていることは一つだけあった。

 

大洗女子は、貴重な戦力を一つ失ったのだ。

 

『あ!マチルダが退いていきます!』

『くそー!こうなったら敵討ちだー!』

『桂里奈ちゃん、こっちもいっちゃえー!』

『あいー!』

 

勢い良く走りだした二両により、状況は先ほどとは逆転した。

逃げる聖グロと追う大洗。

チャーチルを釘付けにするために撃ち合っている四号戦車は助けにいけない。ゆえにみほは傍観するしかない。

 

その時、不意に無線が繋がった。

 

『おーいこちら生徒会チームだけど』

『あ、すいません!今Cチームが撃破されてしまって……できればBチーム達の援護に向かってほしいんですけど……』

『あー、それはいいけどさー』

 

含みのある言い方に、みほは首を傾げた。

何かあったのだろうか。通信が来たということは、生徒会チームは無事に逃げ切れたということのはずだが。

 

疑問符を浮かべるみほは、しかし次の瞬間。角谷の一言により顔色を変えることになる。

 

『さっきまでこっちに来てた戦車が、そっちに向かってったけどー』

「―――――――」

 

頭の中で何かが鳴った。それはバラバラになっていた歯車が、しっかりと噛み合う音に似ていた。

 

「っダメ!!追いかけーーーーー」

「一歩、遅かったわね」

 

金髪青眼の隊長は、優雅に笑った。

 

ドン、と遠くの方で重い音がした。身体の芯に響くような、まるで大太鼓を叩いたような音。

そしてそれは、みほもよく知っている音。

すべてが遅かったことを、みほは思い知らされた。

 

『大洗女子学園、M3リー撃破!!』

 

響くアナウンスに、四号戦車の車内は更なる動揺に包まれた。

ここまでピンチこそあれど、まともな被害を出していなかった大洗女子学園。機動力を活かした作戦で試合を優位に進めていたはずの彼女たちは、この短時間で二両もの戦車を失ったのだ。

全員に等しく浮かべられた疑問符。その中でみほだけが、全てを理解していた。

 

「……やられた」

「ど、どうゆうことですか!?」

 

――――作戦を逆用された。

みほ達は相手を罠にかけたと思っていたが、その実罠にかけられていたのは自分たちだったのだ。

 

「私たちがやろうとしてたことを、そっくりそのままやられたみたい…」

 

相手が孤立したところを一気に囲い込み、瞬間的に戦力を集中させて、相手に何もさせないまま撃破するというのがこそこそ作戦。

いわばそれは、一頭の牛を群れて狩る肉食動物のような用兵である。

だが相手からすればそれはどう見えるか。餌を垂らしたところに、魚が一息に群がってくるようなものではないのだろうか。

こまごまとした魚を銛で突くのは困難である。追っても追ってもすばしっこく逃げられてしまう。しかし餌で寄ってきたところを網で掬い取るならば、これほど簡単なことはない。なんせ自分から追いかけなくとも、向こうから近づいてきてくれるし、なにより一回で大量に取れるのだから。

 

最終的な着地点は少し違うが、それはこそこそ作戦と同質の作戦だった。

 

「機動力で勝る相手は、一か所にまとめて撃破するのが定石。私たちは相手を釣ったつもりが、知らない間に釣られてたのかも」

「えぇーー!?」

 

巧妙かつ迅速。誰の頭から出てきた作戦なのかは明確。今目の前にいるチャーチルに乗っている、金髪青眼の隊長だろう。そのこと自体は、彼女の実力的に驚くことではない。注目すべきは、聖グロリアーナの選手たちが隊長の指揮なしで、この作戦を実行したということ。一流の脚本家が書いたシナリオを、忠実に演じることができる役者が聖グロには揃っているのだ。

みほとしては、地力の違いを見せつけられたような気分である。

 

「…………この感じ」

 

しかしこの時、みほにはもっと別の感情が芽生えていた。

 

相手の作戦を読み切り、巧みにそれを利用する戦術の腕。敵味方双方の動きを統率してしまえる大局的な視点。そして何より、相手に上手くいっていると思わせておいて、突如逆転の一手を放ってくる作戦指揮。

金髪青眼の隊長に、みほはとある人物の姿がピッタリと重なって見えた。

 

(お兄ちゃんと同じ………?)

 

 

「―――み殿!西住殿!」

「あ、はい!なに?」

「なに?じゃないよ!」

「相手の戦車が―――」

「こっちに向かってきてるぞ」

 

え?とみほは正面を見やった。するとそこには、意気揚々と猛進してくるチャーチルの姿があった。状況を好機とみて、一気に試合を決めるつもりなのだろう。っていうか冷静に考えている場合じゃなくて。

 

「こ、後進!!」

 

四号戦車は十字路に入り込んで、チャーチルの射線から逃れた。そのまま転回して、一息に走り去っていく。

 

「どうしたの?なんかボーっとしてたけど……」

「ご、ごめんごめん。もう大丈夫だから」

「そう?ならいいけど。っていうかさっきから通信がめちゃくちゃ入ってきてるんだけどっ」

『おい西住!!これからどうするつもりだ!?作戦は失敗してるぞ!!』

 

あぁうん、とみほは曖昧な表情になった。

言われなくても河嶋の声が、鼓膜を痛いくらいに叩いていた。

 

どうするか。その問いに対する答えを、みほは持っていなかった。より正確に言うならば、河嶋の期待に沿うような答えを持っていなかった。

こそこそ作戦が失敗した時点で、みほにはもう出せる手札がない。

この状況を打破するための作戦は、それこそいくらでもあるのだろう。だがそれは机の上に書いた場合である。いま、この現実を条件として篩にかけたとき、そこに残るものは何もない。

 

戦車が二両減った瞬間、みほは戦術的に大きな枷をかけられたのだ。

 

「………こそこそ作戦は中止します。下手に連携しようとすると、また逆用されてしまうかもしれません」

『ならどうするつもりだっ?』

 

うぐっ、とみほはその言葉を口にするのに少しばかりの勇気を必要とした。

頭の中で反芻してみて、あまりにも無責任のような気がしたのだ。しかし言わないわけにもいかない。みほの直感が正しければ、おそらく最も有効な作戦はこれしかない。

やや間があって、みほは一息に、それを音にした。

 

「基本は単騎行動で、まとまらないようにバラバラに動きつつ……自由に戦って、相手を倒してください!」

『――――――なにぃ!?』

 

人、それを行き当たりばったりという。

 

 

 

 

 

そこからは一進一退、とは言えない戦いが繰り広げられた。追い込まれた鼠が、必死に猫を噛もうとしては失敗し、捕食されないように爪を避けてはまた噛もうとする……そんな戦いだった。

 

西住みほの指示によって全車が有機的に連携して動くことがなくなった大洗女子は、単騎での戦闘に従事することになる。その結果は、それはひどいものだった。

大洗女子学園は戦車道を初めて数週間の素人集団であり、まともな走行訓練を行っていない。ゆえにその動きは、拙いと言わざるを得ない。

加えて言うのなら、大洗女子には圧倒的に経験値が足りない。単騎で動くということは、独自に思考し、状況を判断する力が求められる。そのために必要なものを、彼女たちは備えていなかった。

 

結論から言うと、大洗女子は聖グロリア―ナに手酷く追い回された。散々に。

こそこそ作戦を中止してからの数十分、彼女たちに出来たことは「逃げる、逃げる、時々撃つ、そして逃げる」のみ。戦車撃破への道は、果てしなく遠かった。

ある者は作戦の失敗を悟った。

 

西住みほの名誉のために言うが、彼女の決断は、決して思考放棄の結果ではない。寧ろ彼女の中に閃光の如く湧いた、とある考えによるものだった。

彼女はそれを黙して語らず、そして誰も知る由のないことではあったが、それはこの場において実は最善の策であった。

ただ不幸は、僅かな勝機を掴むだけの力を大洗女子が持っていなかったことだろう。

………ただ一両を除いて。

 

 

「――――寄せて!!」

 

車長の指示を受けて、四号戦車は平行して走っていたチャーチルの横腹に体当たりをする形で密着した。四号の車体につっかえて、チャーチルの砲身はあと僅かというところで四号を捉えることができない。

ギリ、ギリ、ギリ、と鉄同士が擦れ合う音が奏でられ、火花が散る。

重量で勝る相手に一歩も退かず、四号は長い直線道路で鍔迫り合いを演じる。

 

 

荒野地帯、そして大洗町と二つの場所を跨いで行われた初心者集団VS戦車道強豪校の戦いは、最初から結果が見えた試合であった。

戦車の性能、選手個人個人の技量、経験値。勝敗を分かつ要因、全てにおいて上をいく聖グロリア―ナの有利は疑いようもない。

確かに、部分部分で履帯を破壊される、戦車一両が瀕死になるなどの被害は出ている。だが、総合的に見て、どちらが相手を上回っていたかと言われれば、やはり聖グロリア―ナなのである。

大洗女子の作戦を巧みに利用し、戦車二両を立て続けに撃破した後、聖グロリア―ナは散り散りになった残りの戦車を連携して追い詰めていく。大洗女子の策、その全てを呑み込んで。

聖グロリア―ナの攻撃に対し、無秩序に逃走し、徐々に逃げ場を失っていく大洗女子の姿に、観客は彼女たちの敗北を疑わなかった。

 

―――それを覆したのが、たった一人の例外……西住みほであった。

 

市街地の特性を上手く利用した機動でマチルダを一両撃破し、連携の一角を崩すと、そのまま一騎討ちを決行。西の最大流派、その直系の実力を示すかのようにマチルダをもう一両撃破した。 

戦車乗りとして類い稀な才覚の片鱗を見せる活躍。それに鼓舞されるようにして、他の選手もまた奮起した。

執拗な追跡を受けていた八九式が、相手の一瞬の隙を突き、最初の一合で集中砲火を浴びて瀕死状態だったマチルダを一両撃破した。動きが鈍っているところを、背後から一突きしたのだ。八九式の攻撃力がいかに貧弱であろうと、吹けば消し飛ぶ程の体力しかないマチルダならば絶対的に倒せない相手ではなかった。

しかし返す刀で砲火を浴びた八九式は一矢報いることなく撃破される。

 

これにより、大洗女子学園と聖グロリア―ナ女学院の数が並ぶ。

最早勝負の行方は誰にもわからず、すべては今鍔迫り合いを演じている二両の戦車に委ねられた。

 

 

「――――減速!」

「加速」

 

身を押し付け合っていた二両は、一方が後ろへとズレ、もう一方が前へと足を進めたことで大きな隙間を生んだ。

背後を取る形となった四号は、間髪を入れずに主砲を発射。しかし前に出たチャーチルがそれを読んでいたかのように右にズレたことで、攻撃は不発。

返礼とばかりに放たれた弾丸を、これまた四号戦車がギリギリで舵を切ったために側面を擦るだけで凌ぐ。

 

「機動力の低いチャーチルでここまで食い下がるなんて……」

「やっぱり、只者じゃないわね。先の作戦を立てたのも貴方かしら?」

 

知らず、二人は思いを同じくしていた。

もはや一撃必倒の至近距離で繰り広げられる幾重もの攻防は、さながら達人同士の剣劇を思わせる。お互いに刀を突きつけ、刹那でも気を緩めれば即座に致命傷を負う。そんな緊迫した空気が両者を包んでいく。

 

そんな中にあって、苦しいのは西住みほの方であった。

一見、緩急をつけた猛攻で間断なくチャーチルを追い立てているようだが、その実みほは焦っていた。

理由は言わずもがな。乗員個人の実力差がモロに影響し始めていたのである。

これは当然の問題であった。元々初めてまともな戦闘を経験する者が大半。緊張感による疲労もピークを迎えており、みほがその高い実力でカバーしているとはいえ、いつまでも誤魔化せるものではない。

冷泉の操縦技術があとほんの少しでも拙ければ、今頃みほ達は白旗を挙げていただろう。

 

苛烈な攻めは、余裕のなさの表れ。

そして逆に言えば、いまだ防御からの反撃に徹しているチャーチルには、相手の攻撃を受けるだけの余裕があるということ。

その分だけ、みほ達は不利であった。

 

「なんとか切り崩さないと……」

 

戦闘に限界を感じ、短期決着を望むみほ。

攻撃的な意志は最高潮に達し、思考ベクトルも一方向に定められたその瞬間。

 

「そろそろかしらね」

 

金髪青眼の隊長、ダージリンもまた、次の一合が勝負所であることを感じ取り、指示を出す。

 

事態は動いた。

今まで四号から離れなかったチャーチルが突如として停止したのだ。これにより彼我の距離が一気に開く。

みほは直感した――――ここしかない。

四号戦車は転回し、長い一本道で両者は対峙した。

 

「冷泉さん、真正面から突撃すると見せかけて左から背後に回り込みます。できますか?」

「問題ない」

「五十鈴さん、砲塔を右30度で固定しておいてください」

「わ、わかりました」

「それと―――――」

 

キューポラから身を乗り出して指揮するみほには、視界の制限はない。青い空も白い雲も、これから挑む緑の戦車もよく見える。

 

みほは大きく深呼吸した。威風堂々たる佇まいのあの戦車相手に、そうそうチャンスは転がってこない。―――――なんとしてもここで仕留める。

 

四号のエンジンが唸りを上げる。長い直線は、加速するには十分な距離がある。あっという間にスピードが乗る四号戦車。この速さで側面に回り込めば、砲塔の旋回は追いつかない。

後はそれまでに、撃破されないこと。

 

「右!」

 

当然のように、そうはさせまいと相手は撃ってくる。

しかし放たれた弾丸を、みほは天性の感覚で回避。すれ違っていった弾は家屋に突き刺さる。

 

一度でも回避してしまえば、装填までの時間は絶対に撃たれない。図らず訪れた好機に四号がすかさず喰いつく。ギアをマックスまで上げ、最高速度でチャーチルへと吶喊していく。

 

―――――いける。

 

みほは確信した。そして同時に、ダージリンもまた。

 

「終わりね」

 

勝利を確信していた。

 

横道から突如として、マチルダが四号の進路上に割って入ったのだ。

その瞬間、みほの時間は停止した。そして思考の歯車が高速で回転する。

 

なるほど、実に有効なカードの切り方である。所在を掴めないマチルダがどうしてるか気がかりだったが、こんなところに伏せていたとは。

こちらが短期決戦を挑むことを読み、それを利用する形で無茶な攻めを誘発させる。この場所でチャーチルを倒そうと思えば、選択肢は自然と限られる。ならば後は、適切な場所にマチルダを配置しておけばいい。

 

このタイミング、この間合い、最早回避はできない。

マチルダの砲火の餌食となるか、マチルダに止められたところをチャーチルに射貫かれるか。不名誉な二択しかない―――――はずだった。

 

「――――!」

 

瞬間、四号戦車は極短の弧を描くようにして、マチルダをかわした。

最短距離を掠めるようにして、最小限の動きで回避不能のはずだった罠を掻い潜り、四号戦車はチャーチルへと肉薄していく。

 

「―――――あのタイミングでかわした?」

 

バカな、とダージリンは目を見張った。いや、ダージリンだけではない。その瞬間を見ていた人すべてが、ダージリンと同様の感情に襲われていた。

唯一、四号戦車の乗員と、とある一人の男性を除いて。

 

簡単な話である。「見てから避ける」で間に合わないのなら、「見る前から避けていればいい」。最初からマチルダが出てくるという心構えでいれば、不可避の罠を回避できる。

とどのつまり西住みほは、

 

「読んでいた、ということかしら」

 

本人は胸を張ってそう言うことはないだろう。なぜなら「そういうこともあるんじゃないかなぁ」くらいの、予測というよりは漠然とした予感だったから。とはいえそれを事前に乗員に伝えていたのは間違いないことであるし、それによりみほはダージリンの罠を食い破った。よってこれは偶然ではない。

 

「ここまで詰めれば………!」

 

チャーチルは撃てない。

ここで撃って外せば、チャーチルは四号に対して打つ手がなくなる。装填にかかる時間で、四号がチャーチルの背後に回りこめるからだ。

この勝負所で、そんなリスクを―――――

 

「アッサム、撃ち抜きなさい」

「Yes」

 

冒すのか、と今度はみほが目を見張った。

なぜ。近距離で、しかも高速で動いている戦車相手。外す確率の方が高い。いやもっと言うなら、回り込んできたところを撃つ方が確実なはず。こちらだってずっと動き続けるわけではない。射撃の際には、必ず静止する。それを狙ったほうが……

 

「安全よ。でもね、私たちは栄光ある聖グロリア―ナ」

「――――ッ!?」

 

チャーチルの砲身が、まるで四号と糸で繋がってるように流麗に動く。一撃で四号を倒す雷の槍は、確かにみほ達を捉えようとしていた。

 

(回避―――――いや、)

 

 

 

 

「相手の思惑に乗ったままなんて、誇り(プライド)が許さない」

 

 

 

 

一息、迷いなく砲弾が発射される寸前にみほは悟った。

 

――――これは、かわせない。

 

みほは長年の経験で、大体砲撃のタイミングが分かる。もちろん条件はあるし、常にそういうわけではないが、少なくともこの状況ではそれができていた。。

ゆえに、一歩早く、みほは結末を知る。すなわち、チャーチルの一撃によって、四号戦車は倒されるという未来を。

敗北という終わりを。

 

「―――――――参上―!!」

 

しかしみほは、未だ勝利の女神から見放されてはいなかった。

この場において手段がないのなら、場外から手段を持ってくればいい。

 

聖グロリア―ナにマチルダという伏兵がいるように。

大洗女子にもまだ、札は一枚残っていた。

生徒会チームが駆る、38tという札が。

 

「撃てーーーーーってなああああ!!??」

 

そして38t()は二秒で破れた。

路地から飛び出し、チャーチルを狙ったつもりだったのだろうが、運悪く射線上に入ってしまい、結果的に四号が受けるはずだった一撃を肩代わりしたのだ。

紛うことなく奇跡である。タイミング的に。

 

「砲塔旋回!!オレンジペコ!装填!!」

「今です!」

 

だがそれが、希望への活路となる。

四号戦車は砲撃の威力を抑えきれず吹っ飛んでいく軽戦車38tの脇を抜ける。

もはや四号の前に、立ち塞がる壁はない。火花を散らし、履帯を削るようなドリフト走行でチャーチルの背後を取る。

 

――――――とった。

 

照準の位置は完璧。後は砲撃の合図を五十鈴に送るだけでいい。いかなチャーチルとてゼロ距離の攻撃を耐えることはできない。白旗を挙げることに、疑いはない。

 

後はマチルダが一両残っているが、既に三両のマチルダを単騎で倒しているみほ達にとっては脅威となる相手ではない。金髪青眼の隊長という絶対的な存在を支柱としたチームゆえに、このチャーチルさえ倒せば勝ちも同然。

 

「撃――――――――――」

 

事実上の勝利を目前に、みほは万感の思いと共に一息で合図を送ろうとした。

 

 

―――――――ところでみほは、とても眼がいい。

 

それは単純な視力の話ではなく、動体視力、周辺視野、間接視野、鳥瞰視点といったような類の話である。高速で動く物を止まってるように見ることができるし、視界は180度まで広がり、時に上空から見下ろすように状況を把握することができる。

みほは、常人の倍ほどの情報量を視覚から得ており、それは戦車道において、そして戦車乗り、隊長として稀有な才能であった。

 

だが「狡兎死して走狗煮らる」というように、優れた力が常に幸福な結果を招くというわけではない。

優れた眼は、時として見たくないものまで見てしまうのだから。

だから、この時起きたことは、きっと悲劇なのだろう。

 

「―――――――――――――――あ」

 

みほはそれを、スローモーションのように見ていた。

広い道、吹き飛ばされた38t。

止まることなくゴロゴロ転がって、行きつく先は何処か。

ここは大洗町、学園艦の寄港地、()に面した町。()()()()()町。

 

 

 

 

 

水に落ちていく戦車。

 

それは西住みほのーーーーーーーーーーー悪夢(トラウマ)

 




最終スコア 
大洗女子学園 三両撃破

聖グロリア―ナ女学院 五両撃破

うん?原作より結果悪くね?
きっと全部オリ主ってやつが悪いんだな。(2話くらいまともに出番ない)

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