戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

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西住殿が皆をあんこうチームを呼び始めた理由は、幕間として別にやります。
ついでに皆がオリ主のことを名前呼びし始めた理由も一緒に。

ようやく作品名っぽい話が始まりました。






2章
第13話 「合宿を始めましょう➀~幕開け~」


朝六時、カーテンから僅かに漏れる日の光で、西住みほは目を覚ました。

ぱち、ぱちとまばたきを二つすると、靄がかかった視界が徐々にクリアになっていく。

ぼーっと天井を眺めながら、みほは大きく深呼吸を一つした。寝心地の良い布団と枕の感触に包まれながら、ゆっくりと意識を覚醒させていく。

 

「ん……ふぅ」

 

上半身を起こして、背筋を伸ばす。身体から小気味の良い乾いた音がいくつか鳴って、妙な気持ちよさが身体に広がっていく。上に伸ばした手がたっぷりと伸びること10秒、大きく息を吐きながら腕を降ろすころには、みほの意識は完全に覚醒していた。

 

西住流では日常的に早朝鍛錬が行われていたので、みほは寝起きが良い。ぱっと起きてぱっと準備しなければ、母に文字通り叩き起こされて頬をぐいーっと引っ張られながら表に出てくる兄と同じ運命を辿ることになったからだ。

そんな生活を、場所は違えど小中高と続けてきたみほにとって、早起きは最早習慣であった。

しかし苦手ではないけど、だからといって得意でもないわけで、叶う事ならゆっくりと眠っていたいという気持ちもなくはない。……できた試しは、ないけども。

 

「……意外と疲れてないかも」

 

くるくると腕を回してみたり、胴を捻ったりしてみたみほは、自分の身体が思ったより軽く動くことに驚いた。それはなぜかというと、前日にそれはそれは口に出すのも憚れるような恐ろしい戦車道の練習が行われていたからである。いやもうほんとに、何度練習中に走馬燈が駆け巡ったか。練習が終わってからご飯を食べたりお風呂に入ったりしたわけだが、合間合間の記憶が抜け落ちているあたり、多分断続的に気絶している。

それほどとてつもない疲労感だったので、明日は大変かもしれないと思っていたのだが……

 

「身体が慣れてきたのかな?」

「………それはみほだけだよ」

 

ひえっ、とみほは小さく悲鳴を上げてしまった。真横から、ゾンビみたいな声がしたからだ。

ゆっくり首を回すと、そこには見慣れた髪色があった。

 

「沙織さん……起きてたんだ」

「……起きたくなかったけどね」

 

普段の快活さの欠片も見当たらない沙織に、みほは苦笑するしかなかった。

沙織はまるで重しでも背負っているかのような鈍い動きで身体を起こした。その動作からみほは沙織の心中を察した。

 

「ん―――――ふぅ、おはよう、みほ」

「おはよう、沙織さん」

 

みほと同じように背筋を伸ばした沙織は、すっかり目が覚めているようだった。彼女は彼女で、寝起きが良いらしい。

 

「いま何時?」

「6時ちょっと過ぎたくらいだよ」

「うぅ~あと30分かぁ……もうちょっと寝たかったなぁ」

「私もかも。やっぱり疲れた?」

「ほんのちょっとだけね。でも大丈夫」

 

布団の上に座りながら、みほと沙織は小声で会話する。

大丈夫とは言いつつも、沙織の表情には少しだけ翳りが見える。それはそうだ。みほは実家、そして黒森峰でずっと厳しい練習をしてきたからある程度のスタミナも耐性もあるが、沙織は今年の四月から戦車道を始めたばかり。今までは練習メニューが軽いものばかりで、それでいて休みもしっかりあったからなんとかこなせていたが、今はそうではないのだ。

 

「じゃあ私、麻子の方行ってくるね」

「うん、わかった」

 

沙織は静かに立ち、足音をできるだけ抑えてそろそろと歩いていった。

と言っても、麻子は数歩先の近くにいるのだが。

 

とある場所で腰を下ろして、餅のように膨らんだ布団を揺らす沙織を見ながら、みほもまた立ち上がった。

沙織の言う通り、時間はあと少ししかない。今のうちに顔と歯磨きくらいはやっておかないと、おそらく間に合わないだろう。

 

ドアをゆっくりと開けて、みほは()()へと出る。

そして閉まりゆくドアの間から、中の様子を窺った。

そこには綺麗に列を成す布団の群れと、それに包まれる20名の眠り姫の姿があった。姿勢よく眠る者、掛け布団を豪快に蹴り飛ばしている者、芸術点の高い寝相を披露している者など、それはまさに十人十色な光景だった。

彼女たちを起こさないように、みほは細心の注意を払ってドアを完全に閉め、蛍光灯が点いていなくても十分に明るい廊下を歩いていった。

 

本日、五月某日。

大洗女子学園戦車道受講者22名が、学園内のとある一室にて同居生活、あるいは『神栖渡里によるパーフェクト戦車道合宿』を始めて一週間が過ぎようとしていた。

 

後に大多数の人間に賞賛と尊敬と恐怖の目で見られることとなり、主導者の神栖渡里が『頭のネジが吹っ飛んでる』との評価を受けた、約二か月にも及ぶ長期合宿はなぜ敢行されることとなったのか。

 

それを説明するには、大洗女子学園VS聖グロリア―ナ女学院の練習試合が行われた日の三日後にまで時間を巻き戻さなければならない。

 

 

 

「頼まれていた練習メニューが出来たぞ」

 

戦車道の練習が終わり、いつも通り締めの挨拶に入ろうとしてた時、兄は唐突にそんなことを言った。

一瞬、全員の時間が停止し、そして一秒後にわーっという歓声が上がった。

みほは歓声こそ上げなかったが、内心では兄を称えていた。

 

「随分早かったですねー」

「ま、あんな話を聞かされたらな。指導者として応えないわけにはいかないだろ。全身全霊、あらん限りの知恵を絞ったさ」

 

角谷の調子はいつもと何ら変わらないように見えるが、少しだけ驚いた、いや感心したような様子であった。

そうだろうな、とみほは思った。それだけ、兄の仕事の速さは異常だった。

 

聖グロリア―ナとの練習試合を終えた翌日、兄は普段のような練習はせず、戦車道の授業に当てられた時間をすべて使って、練習試合の振り返りを行った。全員一か所に集まって、一人一人感想を言ってゆき、兄はそれを真剣に聞いていた。

 

皆の声はそれぞれだった。面白かった、楽しかった。難しかった、怖かった。思う通りに戦車が動かなかった、相手に攻められて頭が回らなくなった、とにかく必死で目の前のことに夢中になった。興奮した様子で語る人も、笑顔で語る人も、浮かない顔で語る人もいたけれど、最後にはみんな、同じことを言った。

 

―――――楽しかった以上に、悔しかった、と。

 

撃破された時悔しかった。もっとできると思っていたから悔しかった。試合終了のアナウンスを聞いた時悔しかった。………負けて、悔しかった。

 

それは本来、芽生えるはずのない感情だった。もし聖グロにボロ負けしていたら、みほ達は自分たちと相手の実力差に笑うしかなかっただろう。

だがみほ達は、あの聖グロに後一歩という所まで迫った。だから、楽しいを越えて、悔しいと思えてしまった。

 

だから、とみほ達は言ったのだ。今よりもっと、もっと強くなりたいと。こんな思いは、もうしたくない、と。

 

しかしみほ達は、強くなる術を知らなかった。思いを同じくしようとも、具体的にどうすればいいかが分からない。みほは全国屈指の戦車道強豪校、黒森峰女学園で数多くの練習をこなしてきたが、それをそのまま大洗女子学園で行っていいわけではなかった。

それで強くはなれるだろう。だが身の丈に合わない練習を無理に続けた代償は、必ずやってくる。そしてそれは、きっと多大なものになる。

 

大洗女子学園にフィットした練習が必要だった。しかしみほには練習メニューを作るだけの知識が足りず、みほで無理なことは大洗女子学園の誰にも無理だった。

 

そしてみほ達は、神栖渡里を頼んだ。

正しい知識を持ち、確かな理論と着実な結果が伴う練習メニューを作ることができる、唯一の人に、自分たちがもっともっと強くなれるようにしてほしい、と。

 

『そこまでお前達が考えているとは思わなかった。でもお前達の気持ちを知ってしまった以上、見て見ぬ振りはできないな』

 

そう言って兄は、笑みと共にみほ達の頼みを受けた。

そして今日、兄はみほ達の希望通りの練習メニューを作ってきたと言う。

待ち望んでいたものがようやく来たのだから、それは歓声の一つや二つ上がるというものである。

 

しかしこの時、みほ以外の全ての人間は知らなかった。そしてみほは、うっかり忘れていた。

神栖渡里という人間は、戦車道では一切手加減をしないということを。

 

「練習メニューの都合とお前達の身体のことを考えて、合宿という形を取ろうと思う。校内に宿泊所を作って、そこで朝から晩まで共同生活だ」

「それってお泊りってことですかー!?」

「わー!なんか楽しそー!」

 

一年生チームの無邪気で楽しそうな声が、随分遠くに聞こえるみほであった。

一年生チームだけじゃなく、みんなちょっとワクワクそわそわしている感じで、置いてけぼり感があるが、それどころではない。

今までの経験から、みほは合宿という言葉にいい思い出がない。というか楽しいという感情が湧いたことがない。それは、ただただ鬼のように疲れた記憶で埋め尽くされている。

そもそも合宿とは、短期間で普段以上のレベルアップを図るために、普段以上の負荷をかけるものなのだから。

 

みんな、お泊りと聞いて浮かれているのか知らないが、兄がさらっと恐ろしいことを言ったことに気づいてないのだろうか。

()()()()()()()()()()()()()。これが何を意味するのか、ちょっと想像したくないみほであった。

 

「小山、アレあるか?」

「はい、こちらに」

「んじゃ配ってくれ」

 

そうして小山はA4サイズの紙を配り始めた。

どうでもいいが、不思議と人を使う姿が様になる兄である。いや、小山が人に使われ慣れてるのか。生徒会の一員として会長たる角谷にこき使われている……のかは知らないが、なんとなく奉仕する姿がしっくり来ている。

 

「それは合宿のしおりだ。よく読んで、訊きたいことがあるなら何でもどうぞ」

 

遠足か、というツッコミを皆がしなかったのは、やっぱり浮かれてるからなんだろうな。

みほは回ってきたしおりに、目を通した。

 

『合宿概要

いち、学校内に宿泊所を設置し、そこで生活する。朝食、夕食は食堂職員に協力してもらい、学校側で用意する。

に、持ち物は自由。宿泊所の中から出さない限りは、何を持ってきてもよい。

さん、宿泊所は必ずしも使用しなくていい。練習時間に間に合うのであれば、自宅から通ってもよい。

よん、合宿の期間は六月末までとする』

 

「………あの渡里先生」

「せんせー!持ち物は自由ってことはトランプとか持ってきていいんですかー?」

「いいぞ。なんならお菓子もジュースも持ち込んでいい。宿泊所から出さなきゃな」

 

きゃー。やったー。どうするー。

そんな歓声に、みほの声はあっけなく飲み込まれた。

いやいやいや、ちょっと待ってほしい。三番まではいいよ、特に変なこと書いてないし、寧ろ朝食と夕食の手間がなくなって万々歳だし。

問題は、

 

「あの西住殿」

 

声をかけられ、みほは振り向いた。そこには口の端を引き攣らせた秋山がいた。

不思議な顔だ。でも多分、自分も同じ顔をしてるだろう。

 

「く、黒森峰にいた時にも合宿ってありましたよね?」

「……あったよ」

「だ、だいたい一週間とか、長くても二週間以内とかでしたよね?」

「………そうだよ」

「………今って、ぎりぎり五月に入ってないですよね」

「……………ないよ」

 

秋山は絶句した。みほも、叶う事ならこれが夢であってほしかった。

いや、落ち着け。まだ合宿の開始日は言われてない。いくらあの兄でも、明日明後日から急に合宿を始めようとはしないはず。学校側の都合とか、その他諸々考えると相応の準備期間が必要。とすれば普通に考えて六月の頭、どれだけ早くても五月中旬くらいになる。なってくれ。二か月間みっちり、あの兄が本気で作った練習なんてどう考えてもやばい。

 

「合宿は三日後から始める。必要なものを早々に纏めて、明後日までに宿泊所に運んどいてくれ。宿泊所の場所は角谷から全員に知らせるので、よく確認しとくように」

「みほ?みほ!?大丈夫!?」

「渡里先生!みほさんが倒れました!」

「白目剥いてるぞ」

「ほっとけ。んじゃ河嶋」

「では、練習を終了する。解散!」

 

 

 

そうして合宿は幕を開けた。

始まりは、和気藹々としたものだったと思う。用意されていた部屋は全員が一か所に入れるくらい大きく、快適な生活をする上での必需品がしっかり揃えられており、不自由しないようにされていた。

 

それが兄の、「まぁ寝る場所くらいは快適にしといてやろうか」という、憐れみから生まれた気づかいであることをみほが知ったのは、合宿初日の夜のことであった。

 

「よし、揃ってるな。じゃあ早速ウォーミングアップからいこうか。身体叩き起こすつもりでやるように」

 

戦車が格納されているいつもの倉庫の前に、思い思いの服装でみほ達は集合していた。

現在時刻、午前六時三十分。

一週間前ならまだまだベッドの中でぐっすり眠っている時間だが、今はもう違う。今からは、朝練のお時間である。

一応遅刻者はいなかったが、麻子が本気で危なかった。沙織が半ば引きずる形で、ここまで持ってきたのだ。

 

渡里の号令を受けて、一同はまばらに散っていく。その足取りは重い。とくに麻子あたりは、そのまま地面に寝そべっていきそうなくらいである。低血圧だから仕方ない部分もあるけど。

 

しかしこれでも、マシなほうだった。一番大変だったのは、合宿二日目であった。初日は身体がニュートラルな状態でこの朝練に取り組むことができたが、二日目は渡里が作ったメニューをこなした後。詳しくは言えないが、それはもうみほですら未体験ゾーンに片足を突っ込んだレベルのものだったから、有体に言うとみんなしんでた(比喩表現)。

まともに動けていたのは、バレー部キャプテンの磯部と角谷生徒会長、そしてみほくらいで、後はみんな動くのも精々という有様であった。

 

「西住隊長、今日は役職ごとに分かれてやるみたいです」

「あ、うん。わかった」

 

横から声をかけてきた澤梓に並んで、みほは同じ方向へと歩き出した。

見た感じ澤もかなり辛そうであるが、足取りはしっかりとしている。責任感の強い子だし、一年生チームの車長としてみっともない所は見せないようにしているのだろうか。

 

「よーし、西住ちゃんが来たし、早速始めよっか」

 

角谷は普段となんら変わった様子を見せない。いつも通りの、飄々とした雰囲気である。

純粋に凄いと思うみほであった。

磯部も同じく元気いっぱいの様子で、エルヴィンはいつもより帽子を深く被っていて、表情が窺えない。

 

「鬼どーする?」

「あ、じゃあ私がやります」

 

四人の車長が描く輪っかの、中心部分にみほは移動した。

そして深呼吸を一つして、スイッチを切り替える。

視線は、角谷が持っているバレーボール。神経を集中させて、注意深く見る。

 

角谷はそんなみほを軽く笑いながら見やって、一息。

 

「澤ちゃん!」

 

掛け声と共に、ボールを()()()()()へと投げた。

それが朝練開始の合図であった。

 

結構な速さで投げられたボールは、ワンバウンドしてエルヴィンの元へ。それをインターセプトしようとみほは手を伸ばすが、僅かに届かない。

すぐさま体勢を整えて、エルヴィンと澤の間に割り込もうとする。

 

「―――会長!」

 

しかしキャッチから2秒以内に投げられたボールに、みほは追いつくことができない。

伸ばした手は空を切り、ボールは澤の元へ向かう。

距離的に澤と角谷の間に入ることは不可能。ならば、とみほは視点を鳥瞰に切り替え、全員と自分の位置関係を把握した。

 

「――――磯部先輩!!」

 

投げられたボールはワンバウンドで澤へ、そして角谷へと回る。

みほは瞬時に角谷の方へと寄りつつ、全方位へと警戒を強める。

 

「エルヴィンちゃん!」

「澤!」

「会長!」

 

ボールはみほを翻弄するように、ぐるぐると所有者を変え続ける。

しかしみほは冷静にボールを目で追いつつ、最小限の動きで円の中を細かく移動する。

鬼役のみほは、このパス回しをどこかで止めなければならないわけだが、これが一筋縄ではいかない。

 

全力で地を蹴り、左手を伸ばした。

磯部からエルヴィンへと向かうボールは、伸ばしたみほの手を僅かに掠めて、そのままエルヴィンの両手へと収まった。

 

みほは内心で歯噛みした。

――――ギリギリ間に合わなかったか。やはり課題は、思考と動き出しのタイムラグである。ここを限界まで速くしないと、安定してボールを取ることができない。

 

(考えながら動く、か……)

 

兄の言葉を思い出しながら、みほは再び躍動する。あっちこっちに飛び回る、一つのボールを奪うために。

 

 

兄がウォーミングアップとしてみほ達にやらせたのは、とても変わった練習だった。

使うのはボールだけ。五、六人が円になって、その真ん中に鬼役を一人置く。そしたら、後は鬼に取られないように、ボールを回すだけ。

それは一見すると、子どもの頃によくやった遊びのような練習だった。

 

しかし兄が設けた特別なルールによって、この練習は『遊び』から『訓練』へと変わった。

ルールは三つ。ひとつ、ボールを持っている人は、次のボールの受け手を指名しながら、それ以外の人間にボールをパスすること。ふたつ、必ずワンバウンドさせてパスすること。みっつ、二秒以内にパスすること。

 

ふたつめ、みっつめは問題ないが、厄介なのは最初のルール。

パスの受け手を指名するということだが、角谷→エルヴィン→澤という先ほどの流れを例にすると、角谷は『エルヴィン』が『澤』にパスするように指示し、エルヴィンはそれに従わなければならない。そして同時に、エルヴィンもまた澤が誰にパスするかを指示しなければならない。これを延々と繰り返すのだ。

 

言葉にしても難しいが、実際にやるともっと難しい。

何が厄介かというと、パスの受け手を指示するためには、『自分が指示された受け手』から考えて、誰を受け手にすれば鬼に取られないか、を考えなければならない。適当に誰かの名前を言うと、あっけなく鬼に取られてしまうからだ。

 

鬼役はボールが取れるまで動き続けることになるが、寧ろそっちの方が楽。

パスを回す方は先の先を読む思考が求められるが、自分が誰にパスをするのか、とか鬼に取られないように、とかでそれどころではない。じっくり時間をかければできるかもしれないが、ふたつめのルールがそれを許してくれない。

 

最初は六人がパス回し、一人が鬼役という形でやっていたのだが、人数が増えた分楽かと思えば、真逆。選択肢が多くなったことで余計に迷いが生じ、状況判断が遅くなった結果、まともにパスが回らなくなった。

見かねた兄が難易度を限界まで下げ、練習として最低値の効果を得られるところまで簡単にし、それでようやく安定してパスが回るようになったが、当然そんなレベルで満足していいわけがない。

しかしみほ達は、一週間経っても成長の切欠を掴めずにいた。

 

『コツを掴めば一回でできる。だが漠然とやってるだけじゃ、例え百万回繰り返したってできやしねぇ。()()()()()()()()()()()()しないと、永遠に成長しないぞ』

 

そんな兄の言葉が、みほの、そしてもしかすると皆の焦りに繋がっているのかもしれなかった。

――――――考えながら、動く。

 

兄が教えてくれたコツは、それだけだった。

それはわかってる。でも、思考を優先すれば身体が追い付かず、身体を優先すれば思考が間に合わない。

畢竟、課題はそこにあった。

 

 

 

30分間のウォーミングアップを終え、みほ達は用意された水分を補給する。

朝練は75分かけて行われ、合間合間で五分間の休憩がある。

そこでは花も恥じらう女子高生たちが世間話に花を咲かせる……ということは当然ない。

もっぱら会話の内容は戦車道の練習に関することであり、そこには色気も何もなかった。

 

「疲れたぁ~!やっぱ難しいよこの練習~」

 

ジャージ姿の武部は、頬を伝う汗を可愛いデザインのタオルで拭いながら地べたに座り込んだ。同じ場所にはいつもの、四号戦車チームが集まっている。

 

「頭がおっつかないんだよねー、考えてる間にボールが来ちゃうっていうかさ」

「あ、わかります。すると慌てちゃって、誰にパスするのか、と誰にパスさせるべきなのか、がごちゃ混ぜになってしまうんですよね」

「そうですね……何も考えずにやるとうまくボールは回りませんし……」

「……………こんな朝早くから頭が回るわけがない」

 

困り顔で顔を突き合わせ、感想を言い合う。

これは別にみほ達だけでなく、それぞれのチームも自然とやっていた。特に兄が何か指示したわけではないが、不思議なものである。良いことだけど。

 

「みほさんは何か掴めました?」

「う……一応、状況判断を早くしようとしてるんだけど、あんまりうまくいってないんだよね……どうしても限界があるっていうか」

「二秒以内ですからね……神栖殿はすごく簡単そうにやってましたけど」

「あ、最初の説明の時にしてくれたやつ?あれ凄かったよね、ボール貰ったらすぐに投げてたもんね」

「どうすればあんなに早くできるんでしょうか……?」

 

思い出されるのは、合宿初日のことであった。百聞より一見、ということで兄が実演してくれたのだが、一人だけスピードが段違いだった。それでいてパスは最適かつ正確なのだから、いったいどうやっているのやら。

 

うーん、という唸り声で合唱。それからああだこうだ、と言葉を交わしていく内に、休憩時間は終了。朝練は次のメニューへと移行した。

 

 

 

午前七時四五分、朝練は終了した。

詳細は語らないが当然のように変則的な、戦車の走行訓練をバッチリ行った後、丁寧に戦車の掃除。ピカピカに綺麗にしてあげたら、解散。それぞれシャワールームへ駈け込んだり、食堂で用意された朝食を取りに行ったりといった具合に、自由行動である。

 

授業開始のベルが午前八時三〇分なので、それまでに教室に入ってなければならないが、宿泊所が校内にあるためかなり時間の余裕がある。

しかし神栖渡里的には遅刻なんてしようがない時間配分をしているらしく、もし授業に遅れたりなんてした場合とんでもないペナルティが用意されてるとのこと。

なのでみんな、余裕があるにも関わらずかなり行動が迅速である。

 

日中は戦車道の授業以外は平穏そのもの。普通科のみほ達は、一般の高校生と同じようなカリキュラムで授業を受けるわけだが、実はここに意外な罠がある。

 

―――――――とにかく眠いのだ。

 

合宿が始まってからというものの、疲労が溜まっているせいかとにかく授業中の睡魔が尋常じゃない。特に理系科目の時なんかはやばい。公式や元素記号が呪文に聞こえる。うっかり気を抜いたら、即座に夢の世界へゴーしてしまう。

 

授業中の居眠りは当然よくない。成績ダウンに直結するのは勿論だが、それ以上に兄が怖い。いや、別に兄が何か言ったわけじゃないのだが、みほは思うのだ。

授業中寝る→勉強ができない→定期考査の点数が悪くなる→赤点とか取っちゃう→補修受ける→その分戦車道の練習ができない。

 

こうなった時、果たして兄はそれを笑って許してくれるだろうか、いやない。

絶対怒る。もし「戦車道の練習が大変だったから」なんて言おうものなら、それこそ烈火の如く。あの兄がよりにもよって戦車道を、勉強しない言い訳にすることを許すはずがない。

普段はテキトーが服を着て歩いているような人間だが、戦車道に関しては誰よりも真剣。みほ達の成績がどうなろうと知ったことではないだろうが、その点だけは絶対に許してくれないだろう。

 

なので必死に目を見開き、欠伸を噛み殺しながらノートを取るわけだが……

 

「沙織さんっ、沙織さんっ。起きてくださいっ」

 

あんな具合で睡魔に勝てず、机に突っ伏してしまうこともある。

後ろの方で聞こえる華の声を聞きつつ、みほは内心で合掌した。

みんなの話を聞いた感じ、半分くらいは沙織と同じように寝てるようで、戦車道受講者の成績は割と大変なことになるかもしれない。

 

ちなみにこの時間、兄も校内にいる。

生徒会から旧い用務員を貰ったらしく、そこを基本的な住処にしているのだ。もし用務員室にいない場合は、だいたい戦車が格納されている倉庫にいる。

会おうと思えばいつでも会いに行けるし、実際みほも二回ほど、昼休みに兄を訪ねていた。

 

みほ達が勉学に勤しんでいる間、戦車の整備をしたり練習の準備をしたりと、色々やってくれているらしく、決して暇しているわけではないようだった。

みほ的にはそれが居眠りできない理由の一つでもある。

 

―――――せめてノートは取ろう。

 

自分まで脱落したら、華の負担が大変なことになる。

みほはシャープペンを握る手にいつも以上の力を込めて、黒板の内容をノートに写していった。

 

 

 

「よし、それじゃ今日も役職ごとに分かれて練習だ。通信手と装填手は倉庫の中、操縦手と砲手は戦車に乗って外へ。車長はいつも通りに」

 

そして時は放課後、本格的な戦車道の練習の始まりである。

朝練は終わってから授業があることに配慮して、そこまでハードな内容(兄曰く)ではないが、これからの練習にはそんな気遣いはない。たっぷりある時間と、「終わった後は寝るだけだろ?」という考えによって、尋常じゃない濃度の練習が手招きしている。

 

最初は役職ごとにチームを作って、それぞれ別々の練習を行う。

渡里曰く、砲手なら砲手に、通信手なら通信手に特化した能力を養うことが目的らしく、ある種スタンダードな戦車道に触れてきたみほからすれば、かなり異端であった。

 

戦車道は激しいスポーツなため、いつかの華のように競技中に気絶することが結構ある。もしそうなった場合、当然誰かがその人の穴を埋めなければならない。なので戦車道の選手は、基本的に複数の役職を兼任できるし、できなければならない。

みほだって操縦手以外は大体できるし、操縦も苦手というだけでできないわけではない。いきなり砲手をやれと言われても、四回に一回は狙い通りに撃てる。

そういった、その人には及ばないものの、戦闘に問題ないくらいの代わりを務めることができる能力が、戦車乗りには必要とされる。

 

一点特化(スペシャリスト)より、万能選手(ユーティリティ)が重宝されるのが、戦車道の常識である。

 

しかし大洗女子学園は、その常識に見事に逆らっていた。

これは渡里が変な反骨精神の持ち主というわけでなく、ちゃんとした理由があるとみほは考えている。

それは実にシンプルである。大洗女子学園には、複数の役職をこなせるようにする時間が無いのである。万能であれ、とは言うものの、それは器用貧乏になれというわけではない。自分本来の役職を誰よりも上手にこなせるようにした上で、他の役職もできるようにならないといけない。

大洗女子学園は、その()()()()()()()を習熟するのに手一杯で、他のことをやってる余裕がないのだ。恐らく兄も、苦渋の決断だったと思う。

 

だからこそ、せめて一つの道は限界まで鍛えるしかない。どっちつかずよりはいっそ振り切ってしまって、スペシャリストを超えたプロフェッショナルにならないといけないのだ。

 

まぁ、そもそもとしてほぼ初心者の大洗女子学園には絶対必要な練習だし、現時点では特化というにはまだまだ実力不足。これから練習を重ねて尖らせていくのだろうが……

 

「それにしても変わった練習だよね」

「……まぁ、普通ではないな」

 

やらせている本人がそれを言うのか、とみほはジト目になった。

みほは今、渡里の横でとある練習を見ていた。それは通信手たちに課せられたものだった。

 

みほと渡里の視線の先、そこには大きくバッテンの印がつけられたマスクを着用し、忙しなく腕を振ったり手を回したりする通信手たちがいた。

 

傍目から見るとどう考えても遊んでるようにしか見えないが、これも歴とした戦車道の練習らしい。

何をやってるかは分かるが、何の意味があるかはみほにも分からない。

 

「ジェスチャーゲームって、戦車道と何か関係あるの?」

 

ジェスチャーゲーム。それは喋らずに、身振り手振りでお題が何かを伝えるゲーム。

アイスブレイクには使われるだろうが、戦車道には特に関係ない。

ちなみに二日前にも通信手たちの練習を見たが、その時は伝言ゲームをしていた。

 

「あることしかやらせねぇよ。あぁ見えてもちゃんと、通信手に必要な能力が養われてるんだぞ」

 

あれで、か。みほはもう一度視線を通信手たちに戻した。

ちょうど今は沙織がマスクをして、何やらジェスチャーしている。遠目から見たところ、お題は『キリン』と書いているようだが、果たしてどうやって伝えるのだろうか。

 

「――――――っ!!―――っ!―――――っ!!」

 

その動きは、一言で表すと変であった。

なんだろう、みほは見てはいけないものを見ている気がして、視線を外した。

それはたぶん、優しさだった。

 

「ってかお前いつまで横にいるんだよ」

「いいでしょ、見るのが練習なんだから」

 

通信手、砲手、装填手、操縦手はそれぞれ渡里から練習メニューが指示されているが、車長だけは例外であった。

 

『車長連中は、いまの自分に何が必要か自分で考えて練習してくれ。他の奴らの練習を見ているだけでもいいし、それが必要だと思ったんなら、その練習に混じってもいい』

 

これが車長たちに言い渡された指示であった。

人はそれを、丸投げというのではないだろうか。一応みんな、言う通りにしているようだが。

 

「それにお兄ちゃんが皆に変な事させないか見張っておかないと」

「手遅れだぞ。砲手とか見ただろ?」

 

軽く鼻で笑いながら渡里は言った。

みほの脳裏に浮かんだのは、合宿初日の、砲手たちの練習だった。

この兄が何をやらせたか、それは言葉にするとシンプルである。

 

『600発、弾を撃たせる』、それだけである。

 

一人で戦車に乗り、装填を自力で行いながら、黙々と弾を撃ちづける。

簡単そうに聞こえるが、これは尋常なことではなかった。

一回の砲撃にかかる時間は、装填を含めて大体20秒。掛け算すると、600発撃ち切るには単純計算でも三時間とちょっとかかる。練習が始まるのが午後四時として、最短で終わるのは午後七時過ぎ。

誰がどう考えても、大変な練習である。

 

「またやらせたりしないよね?」

「流石に一回きりだな。目的は達成したし、弾も勿体ないし」

 

良かった、とみほは胸を撫で下ろした。

合宿初日の夜、誰もが疲労困憊だったが、輪にかけて疲れていたのは砲手たちだった。みほも華の様子を見ていたが、立っているのがギリギリで目を離したら床に倒れていてもおかしくない有様だった。本人は大丈夫とは言うものの、優花里に肩を貸してもらいながら歩く姿はどう見たって大丈夫ではなかった。

 

あれが何日も続いたら、真っ先に潰れていたのは砲手たちだっただろう。

 

「そういえばチームの名前決まったか?」

「あ、忘れてた」

 

おい、と今度は兄がジト目で見てきた。

仕方ないだろう。話し合うなら日中の休み時間か、夜の練習終わりしかないが、前者は時間が足りず、後者はそもそもそんな気力がない。

 

「自分たちで決めるって言ったから待ってんだぞ、こっちは。期限があるわけじゃないけど、いつまでも決まらないようならこっちで決めるぞ」

「それだけはやめて」

 

今までチーム名は、仮としてアルファベットの名前をつけていた。聖グロとの練習試合までは、ほとんど戦車に乗る機会がなかったから不便しなかったが、合宿が始まるとそうもいかない。毎日戦車に乗るわけだし、いい機会だからちゃんとした名前を付けることになったのだ。

この時兄が真っ先に「バッタさんチーム」とか「ナマズさんチーム」とかヘンテコな名前をつけはじめたので、みほ達は自分たちで考えようと固く心に誓ったわけだが、現状まだ名前は決まっていない。

 

今日の夜になんとか頑張って決めるしかないか、とみほはため息をついた。

正直しんどいが、兄の絶望的なネーミングセンスに任せるよりかは百倍いいだろう。

 

倉庫の扉の向こうでは茜色の空が広がっているが、練習はまだまだ終わらない。

ここから更に、走行訓練と砲撃訓練を行うのだ。

 

―――――体力残ってるかなぁ。

 

西住流、そして黒森峰と厳しい環境を耐え抜き、戦車乗りとしてスタミナには自信があるみほが、こんな心配をしないといけないところに、神栖渡里謹製の合宿の恐ろしさと異質さがあった。

 

 

 

午後八時、練習が終了。

朝練の時と同じく、戦車をピカピカにして、軽いミーティングを行った後に解散。

ここからは自由行動になる。

しかし自由とは言うが、大体みんなの行動パターンは同じである。

まず夕食。とにかく失った分のエネルギーを補給しないと、身体が動かない。正直お風呂に入って汗と泥と油を流したいなのだが、何も食べずに湯船に浸かるとうっかり気を失い、そして溺れる。普通に命の危機だし、そもそもご飯を食べた後でもこの現象が起きることもあるので、一同の間で「お風呂は二人以上で入ること」というルールが出来た。

 

夕食、入浴を済ませた後は、宿泊所でゆっくりする。

宿泊所の中は布団が綺麗に列をなしており、各自どこで寝るかは自由。でも大体チーム毎に固まっていてはいる。

設置されたテレビは点いてはいるものの、流れている番組を誰も見てはいない。あちこちで寝転がりながらの会話が繰り広げられていて、静かではないがガヤガヤと騒がしくもない。至って慎ましい感じである。

 

一応、食堂で世間話や、外に散歩しに行くこともできるのだが、基本みんな宿泊所から出ない。理由は単純に、動くだけの元気がないからである。

 

しかし合宿開始から一週間が経った今は、これでも割とマシなほうである。

初日、二日目あたりは皆宿泊所に帰ってくるなり、布団の上で横になって爆睡した。

四日目あたりからまばらに声が聞こえるようになったが、それまでは無音であった。

 

そして今になってみほは知った。なぜ兄が、トランプやゲームなどの娯楽を宿泊所に持ち込むことを許可したのか。

答えは、持ってきても意味がないからである。だって、練習メニューが殺人的すぎて誰もそれで遊ぶ元気がないんだもの。

やけに寛容だった兄の態度を不審に思っていたが、とんでもない罠である。

 

ちなみに同様の理由で、寮に帰る人もいない。最初に言われた通り、宿泊所の使用は強制ではないのだが、全員帰宅途中で力尽きることが分かっているので、大人しく宿泊所を使っているのだ。というか寮に帰ったら、次の日は学校までかかる時間分早起きしないといけないわけで……それがみんな寮に帰りたがらない理由でもあった

 

「チームの名前ぇ……あーそんなのあったねぇ……」

「そういえばまだ決まってませんでしたねぇ……」

 

みほ達は掛け布団を被り、枕の上に顎を置いた状態で話していた。

内容は勿論、兄にせっつかれたチーム名の件である。とりあえず全員起きていたので、話を振ってみたのだが、沙織たちの様子を見ているとどうにも議論が進みそうにはない。

みんな疲れてるので、喋りが間延びしているし頭も碌に回っていない。そもそも次の瞬間には寝れる体勢で会話している辺り、やる気もない。

 

まぁ気持ちは分かるけど。

 

「みんな……このままだとテレビや雑誌でとんでもない名前で紹介されることになるよ?それでもいいの?」

「うぅ……虫は、虫の名前は嫌です……」

「………………………………………………………眠い」

 

しかし具体的な案は出てこない。みほは内心でため息をついた。

するとみほの横に、ふとシャンプーの香りが漂った。なんだろう、と目を向けると、そこにはお風呂上りなのか少し濡れた赤い髪をタオルで包んでいる角谷の姿があった。

 

角谷はみほの視線に気づいたのか、不思議そうに首を傾げた。

 

「どしたの西住ちゃん?もうお休みの時間?」

「あ、いえ……チーム名について話してたんですけど……」

「あー、渡里さんが言ってたやつ。まだ決めてなかったんだ」

 

まーウチもだけど、と角谷はカラカラと笑った。

みほは慌てて起き上がって、寝そべり体勢から女の子座りに移行する。

 

角谷は熱いのか、寝間着の襟元や裾をパタパタと仰いで風を入れようとしていた。

少し上気した頬とか、しっとりした肌とかその他諸々がキワドイ角度でチラチラ見えてしまって、みほは同性だが思わず視線を外した。

女子だけだから別におかしなことじゃないんだけども、なんとなく直視するのは躊躇われてしまう。

 

「で、どんなにするの?」

「そ、それがまだ全然……候補もなくて」

「そうなの?前の学校で使ってたのは?」

「黒森峰はチーム名がなくて……あっても数字とかでしたし」

 

そう考えると、やっぱり黒森峰は厳格な学校だった。一種の軍隊といっても過言ではない。

 

「お兄ちゃんはバッタとかカブトムシとか変な名前ばかりつけるし……なんとか自分たちで考えないとなんですけど」

「へー、まぁ西住ちゃんも『やっぱり渡里さんの妹だなぁ』って感じのセンスはしてるけどね。コソコソ作戦とか」

 

うそ、みほは愕然とした。

ちなみにみほと渡里が兄妹であることは、既に周知の事実となっている。そのことに驚いた人は、大体半分くらいだったけど。

 

「じゃあ西住ちゃんならどうする?」

 

当たり前といえば当たり前の質問に、みほは顎に指を添えて考えること約十秒。

 

「ウサギさんとかどうでしょうか?戦車って見た目が座ったウサギに似てるし……」

「あーー!!それ可愛いーー!」

 

ふぇっ!?と背後から響いた大声に、みほの両肩が跳ね上がる。

振り返るとそこには、それぞれの寝間着に身を包んだ一年生チームが、目を輝かせて立っていた。

 

「西住隊長!それ私たちにください!」

「え?え!?」

「お願いします!私たちもチーム名どうしようかって考えてたんですけど、いいの思いつかなくて!」

「可愛いのとか付けていいのかなって思ってたんですけど、名付け親が隊長なら問題ないですし!」

「それにほら、私たちの戦車の方が砲塔二本ついてる分ウサギっぽいですから!」

 

ぐいぐい、と布団の上に押し倒される勢いで寄られて、みほは慌てた。

いや、あげる分にはいいのだが、逆にいいのだろうか。所要時間わずか十秒、適当ではないがほぼ直感に任せたネーミングなのだが。

しかし一年生たちは大変熱望しているようで、みほが折れて名前を贈呈すると両手を挙げて喜んだ。

M3リーを駆る一年生チーム、改めウサギさんチーム爆誕の瞬間であった。

 

「動物かぁ~いいねー。じゃあウチも動物の名前にしよっかな。38tは背が低いし、亀っぽいからカメさんチームとか!」

「い、いいんですかそれで……」

 

38tは寧ろ機動力が高く、防御が薄いのだが。

生徒会チーム改め、カメさんチーム誕生。

 

「どうしますキャプテン?私たちのチーム名……」

「動物だとすると……八九式はなんでしょうか?」

「L字っぽい見た目……首が長くて上に伸びてる……」

「アヒルだ!確かアヒルの名前がついたバレーの漫画があったし、アヒルにしよう!」

 

それバスケットじゃなかったっけ?

しかしみほの声は届かず、バレー部チーム改めアヒルさんチーム降誕。

 

「我らはどうする?」

「三突は大洗女子学園最強の火力を持ち、かつ待ち伏せが基本的運用」

「平時は大人しく潜み、いざという時には恐ろしい威力の牙を剥く。そんな動物となると………」

「カバぜよ」

「「「それだ!!」」」

 

それだろうか。いやまぁ、本人たちがいいならそれでいいんだけど。

歴女チーム改め、カバさんチーム出現。

 

あちこちで名前が決まりはじめ、わいわいがやがやと盛り上がりを見せる宿泊所。その中にあって四号戦車チームは、明らかに乗り遅れていた。

いけない、私たちも何か名前をつけないと。沙織たちに視線を向けると、そこにはぐっすりお休みタイムの四人の姿が。寝るの早いよ。

 

その様を見て、角谷はイジワル気に笑った。

 

「あ~あ、やっぱり西住ちゃんのところは渡里さんに付けてもらうしかないんじゃない?」

「うっ」

 

それだけは嫌だ。しかしこのままだと、間違いなくその通りになる。他のチームは名前が決まったのに、みほ達だけが決まってないとなると……

 

何かないか。みほは戦車道の試合をしている時のように、思考を歯車を高速回転させる。

四号戦車の色は灰色系、形は普通の戦車で、そこそこのレベルでまとまったスペックは完全にバランス型。………あ、ダメだ。なんの特徴もない。というか特徴がないのが特徴だし。

 

「大洗女子学園は茨城県代表として試合に出るんだし、茨城か、大洗町に縁のある動物にするのはどう?」

「あ、それいいですね!」

 

奈良県は鹿、みたいな。もはや藁にも縋る思いのみほであった。

しかしそんな有名な動物はいただろうか?いや、角谷がそういうからには、何かいるのだろう。

期待の視線送るみほ。

角谷は満面の笑みで、その名を言った。

 

「大洗町だと有名なのは()()()()だねー」

 

みほは布団に突っ伏した。

兄の『ナマズさんチーム』といい勝負だった。

 

「茨城県の県鳥はヒバリ、県魚はヒラメだったかなー。どれにする?」

「あ、あの……その……」

 

本当にそこから選ばないといけないのか。愕然とするみほを他所に、沙織たちはぐっすりと眠っていた。

 

Aチーム改めあんこうチームが生まれた日の夜のことであった。

 

 

合宿は続く。まだまだ続く。多くの人間に、様々な思い出をつくりながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんこうチーム?なんだこの変な名前」

「お兄ちゃんに言われたくないんだけど!?」

 




各チームの名前がどんな風についたかは想像です。
というか今回の話は全部想像。

細かい設定は失くした(クズ)

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